大阪地方裁判所 昭和63年(行ウ)58号 判決 1991年10月15日
原告 山本雅俊
被告 東大阪税務署長
代理人 森勝治
主文
一 原告の請求を、いずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が原告に対し、昭和六二年三月二日付けでした、原告の昭和五八年分及び昭和五九年分の所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定は、いずれも取り消す。
第二事案の概要
一 本件各更正の存在等(当事者間に争いがない。)
1 原告は、その住所地において、金属屑商を営む白色申告者である。
2 原告は、昭和五八年分及び昭和五九年分(以下、昭和五八年及び昭和五九年を「係争各年」という。)の所得税につき、別表課税の経緯一覧表の確定申告欄記載のとおり確定申告をした。
3 被告は原告に対し、原告の係争各年分の事業所得金額を推計によって算定したうえ、昭和六二年三月二日付けをもって、同表更正欄記載のとおり、その総所得金額及びこれに対する税額を更正する旨の処分(以下「本件各更正」という。)並びに過少申告加算税の賦課決定をした。
二 被告の主張
1 本件各更正に至る経緯
原告が被告に対して提出した係争各年分の確定申告書は、所得金額欄に事業所得金額が記載されているだけで、収入金額欄及び必要経費欄には記載がされていないものであった。
そこで、被告の部下職員は、右確定申告書に記載された事業所得金額の適否について調査を行うべく、調査日時について原告に連絡したうえで、再三原告宅に赴くなどしたが、原告は、調査に関係のない第三者を調査に同席させることを要求し、被告の部下職員が、これを退席させて調査に協力するように求めても、これに応じず、係争各年分の申告所得金額を裏付けるような帳簿書類等の掲示もしなかった。このため、被告は、原告の係争各年分の事業所得金額を実額で把握することは困難であると判断し、これを推計して、その事業所得金額及びこれに対する税額を更正した。
2 係争各年分の原告の総所得金額
(一) 事業所得金額
(1) 売上金額
被告が原告の取引先に対する反面調査によって把握した、原告の係争各年分の売上金額の明細は、別表1の被告主張欄記載のとおりである。したがって、原告の係争各年分の売上金額は、その合計金額である別表2の売上金額欄記載の金額を下回ることはない。
(2) 算出事業所得金額
原告の係争各年分の算出事業所得金額(売上金額から一般経費を控除した金額。なお、以下、単に「算出所得金額」という。)は、別表2の算出所得金額欄記載のとおりである。
右金額は、(1)の売上金額に、別表3記載の比準同業者の算出所得率(算出所得金額の売上金額に対する割合)の平均値を乗じて算出したものである。
(3) 特別経費
ア 利子割引料
原告が、係争各年中に、国民金融公庫に対して支払った利息の実額は、別表2の利子割引料欄記載のとおりである。
イ 地代家賃
原告が、係争各年中に、市村善宏に対して支払った駐車場使用料の実額は、別表2の地代家賃欄記載のとおりである。
(4) 以上によれば、原告の係争各年分の事業所得金額は、別表2の事業所得の金額欄記載のとおりとなる。
(二) 雑所得金額
原告が、五八年一〇月三一日に、濱本啓伍に対して貸付けた金員につき、係争各年中に支払われた利子の実額は、昭和五八年分が一万五七五〇円、同五九年分が九万六二五〇円である。
(三) 総所得金額
右(一)の事業所得金額と(二)の雑所得金額を合算して算出される原告の総所得金額は、昭和五八年分が六六〇万七五四五円、昭和五九年分が六四一万三一四九円となる。
3 算出所得金額の推計の合理性
(一) 別表3記載の比準同業者は、原告の事業所の所在地を所轄する東大阪税務署長並びにその隣接地域である生野、東成、城東、東住吉、八尾、門真及び奈良の各税務署長に対し、青色申告書による所得税の確定申告をしている者のうち、大阪国税局長が発した一般通達に基づき選定された、次の(1)ないし(7)の選定基準のすべてに該当する者である。
(1) 金属屑商を営んでいること
(2) 事業所が、生野、東成、城東、東住吉、東大阪、八尾、門真及び奈良の各税務署いずれかの管内にあること
(3) (1)以外の業種目を兼業していないこと
(4) 年間を通じて継続して事業を営んでいること
(5) 事業専従者が一名以下であること
(6) 売上金額が、一九〇〇万円以上七九〇〇万円未満であること
(7) 係争各年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属していないこと
(二) 右(一)の基準により選定された比準同業者は、その業種、業態、事業場所、事業規模等において原告と類似性を有し、しかも、帳簿書類の備付けを義務付けられたいわゆる青色申告者であるから、その申告内容の正確性も担保されている。そして、その選定は、大阪国税局長の発した一般通達に基づいて機械的にされたものであるから、選定過程に被告の恣意が入る余地もない。
したがって、右(一)の基準と方法により選定された比準同業者の平均算出所得率については、正確性と普遍性が担保されており、原告の係争各年分の売上金額にこれを乗じてその算出所得金額を推計することは合理的である。
三 被告の主張に対する原告の認否及び反論
1 推計の必要性の欠如
原告は、被告の部下職員が原告方に調査に訪れた際には、民主商工会の事務局員に同席してもらったうえで、調査に応じるべく、係争各年分の事業所得算出の基礎となるべき帳簿書類等の準備もしていた。そして、被告の部下職員に対して、帳簿書類等を見てもらいたい旨を明確に申出たにもかかわらず、被告の部下職員はこれを拒否して、原告に対する質問調査を一方的に打切った。
右のような調査経過に鑑みると、推計によってされた本件各更正は、推計の必要性を欠くものといわざるを得ない。
2 係争各年分の原告の総所得金額
(一) 事業所得金額
(1) 売上金額
係争各年分の原告の売上金額の明細は、別表1の原告主張欄記載のとおり(なお、右原告主張欄に○印を付したものは、被告の主張額を認める趣旨である。)であり、その合計額は、別表4の売上金額欄記載のとおりである。
(2) 売上原価
係争各年分の原告の売上原価は、別表4の売上原価欄記載とおりである。
右金額は、後記3記載のとおりの方法によって推計した金額である。
(3) その他の必要経費
係争各年分の原告の事業所得に係る必要経費のうち、売上原価を除く分の実額は、別表4記載のとおり(したがって、原告が係争各年中に支払った利子割引料及び地代家賃の実額については、被告の主張を認める。)である。
(4) 以上によれば、原告の係争各年分の事業所得金額は、別表4の所得金額欄記載のとおりとなる。
(二) 雑所得金額
被告の主張2の(二)記載の事実(雑所得金額)は認める。
3 売上原価の推計方法とその合理性
(一) 売上原価の推計方法
(1) 売上金額の分類
係争各年分の原告の売上金額を金属屑の種類(「アルミ63S」、「アルミ新くず、2S他」、「アルミビニール付」、「アルミ」、「アルミ粉」、「鉄」、「スケール」「その他」)によって、売上金額及び売上数量を年月日順に分類整理したものが別表5―1及び5―2(売上分類表)<略>である。
(2) 仕入原価の分類
原告の主要な仕入先であり、各種金属屑の仕入単価も明らかな、浪速建材工業株式会社からの金属屑の仕入れにつき、売上金額と同様に、金属屑の種類によって、仕入金額及び仕入数量を年月日順に分類整理したものが別表6―1及び6―2(仕入分類表)<略>である。
(3) 平均原価率
別表6―1及び6―2記載の各種金属屑の合計仕入金額を合計仕入数量で除して算出される各種金属屑の平均仕入単価(別表7<略>記載の売上原価計算表記載の仕入単価)を、別表5―1及び5―2記載の各種金属屑の合計売上金額を合計売上数量で除して算出される各種金属屑の平均売上単価(別表7の売上単価)で除することによって、金属屑の種類に応じた原価率(別表7記載の原価率)を求めることができる。
(4) 前記のとおり分類整理した各種金属屑ごとの合計売上金額に金属屑の種類に応じた原価率を乗じることによって各種金属屑の合計仕入金額を推計すると、別表7の売上原価欄記載のとおりとなり、各種金属屑の合計仕入金額を合算すると、別表4の売上原価欄記載のとおりとなる。
(二) 売上原価推計の合理性
原告は、きわめて多数の業者から金属屑を仕入れており、しかも現金取引が多いことから、仕入れのすべてについて、領収証の交付を受けられるわけではない。このような実情に鑑みると、原告の係争各年分の売上原価を実額で把握することは、不可能である。
ところで、金属屑は、その種類によって仕入単価や売上単価が大きく異なることや、予め決った単価があるわけではない。このような事情を考慮すると、実額による売上原価の把握が不可能な本件においては、右の推計方法が、最も正確に原告の係争各年分の売上原価を算定しうる方法であるということができる。
四 争点
1 推計の必要性と本件各更正の適否の関係
2 原告の係争各年分の売上金額
3 被告が主張する算出所得金額推計の合理性
4 右推計に対する原告の反証の成否
第三判断
一 推計の必要性と本件各更正の適否について
1 課税処分は、課税標準の存在を根拠としてされるものであり、課税標準の認定がされれば、これに対する課税処分の内容は法律上当然に決定される関係にある。したがって、課税処分の適否は、原則として客観的な課税標準の存否によって決せられるべきものであって、抗告訴訟でその存在が争われた場合は、裁判所において証拠によりその存在が肯定されなければ、課税処分は取消されるのである。
ところで、推計とは、課税標準あるいはその算定根拠となる要件事実(以下「課税標準等」という。)を、直接の証拠ではなく、間接事実からの推認により認定する方法であるが、それは事実認定の一方法であって、いわゆる推計課税というのも、実額課税と別個の特別の課税処分ではなく、課税標準等が右のような推認で認定されたものを呼ぶにすぎないと解される。推認は、直接の証拠による認定に比すると、事実認定としては劣る場合があるから、課税標準等の認定に当たって、事実認定の通例に従い、より正しい認定が可能な直接の証拠の存する場合には、推認の方法を用いるべきものではなく、このことは事実認定の一法則であるといえる。しかし、右のように、推計は事実認定の一方法にすぎないのであるから、課税処分の時点において、直接証拠で(実額で)課税標準等を認定することが不可能ではないにもかかわらず、これを推計(推認)によって認定したとしても、右認定に係る課税標準等が訴訟に提出された証拠により認められる以上、それは課税処分取消の理由となるものではないというべきある。
2 のみならず、原告の係争各年分の売上原価を実額で把握することが不可能であることは、原告も認めているし、<証拠略>を総合すれば、原告は、民主商工会事務局員等第三者の立会の下で、帳簿書類等の調査をすることを要求し、被告の部下職員が、右第三者の退席を求めてもこれに応じなかったことが認められる。これらの事実に鑑みると、本件においては、推計によって、原告の係争各年分の事業所得金額を認定する必要性があったことも明らかである。
3 したがって、本件各更正の違法理由として、推計の必要性の欠如をいう原告の主張は、失当というべきである。
二 原告の係争各年分の売上金額について
1 原告の各売上先に対する係争各年分の売上金額は、関西軽金属株式会社に対する係争各年分(昭和五八年及び同五九年分)の売上金額、敷島アルミニウム株式会社に対する昭和五八年分の売上金額を除いて、被告主張額のとおりであることは、当事者間に争いがない。
2 関西軽金属株式会社に対する係争各年分の売上金額について
原告主張の昭和五八年分の売上金額のうち、その他欄記載の売上である四万八一八〇円が関西軽金属株式会社に対する売上金額であることが、<証拠略>によって明らかである。
右四万八一八〇円を、原告が主張する昭和五八年分の関西軽金属株式会社に対する売上金額に加算すると、同株式会社に対する売上金額についての、原告と被告との主張は、昭和五八年分については原告主張額が五六一〇円多く、昭和五九年分については被告主張額が五六一〇円多くなる。そして、<証拠略>を総合すると、原告と関西軽金属株式会社との間では、原告は、納品の際に、納品を担当する運送業者を通じて、四枚複写の伝票のうち納品伝票を関西軽金属株式会社に対して交付して納品の確認をしたうえ、請求締日に右四枚複写の伝票のうちの請求書を送付して代金の請求をし、右請求を受けた関西軽金属株式会社は、請求から概ね一〇日後に代金の振込をするという取引形態がとられていたこと、右五六一〇円分の売上については、関西軽金属株式会社に対する納品伝票又は請求書の送付が遅れたため、原告の経理処理上は、昭和五八年分の売上に計上されている金額が、関西軽金属株式会社においては、昭和五九年分の仕入金額に計上されたことが認められる。右の事実に<証拠略>を総合すれば、原告が右五六一〇円を収入すべき時期は、昭和五九年であったと認めるべきである。
したがって、関西軽金属株式会社に対する係争各年分の売上金額は、被告主張のとおりと認められる。
3 敷島アルミニウム株式会社に対する昭和五八年分の売上金額について
<証拠略>を総合すると、被告が敷島アルミニウム株式会社に対する昭和五八年分の売上金額であると主張する金額の中には、昭和五七年分の売上金額の繰越分五四万〇八〇〇円が含まれているのではないかとの疑いがある。しかるに、右疑いを払拭するに足りる的確な証拠はないので、<証拠略>中の昭和五八年分の取引金額の記載のみによって、被告主張の昭和五八年分の売上金額は昭和五七年分の繰越残高を含むものではないと認めるには足りない。
したがって、敷島アルミニウム株式会社に対する昭和五八年分の売上金額については、当事者間に争いがない四三六万五五二〇円を超える部分については、これを認めるには足りないというべきである。
4 被告は、原告主張の昭和五八年分のその他の売上一七万〇六〇五円についてはこれを援用しないから、被告が主張する原告の係争各年分の売上金額については、昭和五八年分が三七七一万二〇三九円、同五九年が三八一二万五〇四一円を下回ることはないとの限度でこれを認める。
三 被告主張の推計の合理性について
1 原告の業種、業態等
原告が、その住所地において、金属屑商を営む者であることは当事者間に争いがなく、原告の売上金額は、昭和五八年分が三七七一万二〇三九円、同五九年が三八一二万五〇四一円を下回ることはないものと認められることは、右認定のとおりである。そして、<証拠略>を総合すると、原告は、係争各年を通じて右事業を行なっていたこと、原告以外に右事業に従事する者はいなかったことが認められる。
2 比準同業者の選定基準及び選定方法
<証拠略>によれば、別表3記載の比準同業者は、原告の事業所の所在地を所轄する東大阪税務署長並びにその隣接地域である生野、東成、城東、東住吉、八尾、門真及び奈良の各税務署長に対し、青色申告書による所得税の確定申告をしている者のうち、大阪国税局長が発した一般通達に基づき選定された、次の(一)ないし(七)の選定基準のすべてに該当する者であること、その申告書によれば、売上金額及び算出所得金額が同表記載のとおりであることが認められる。
(一) 金属屑商を営んでいること
(二) 事業所が、生野、東成、城東、東住吉、東大阪、八尾、門真及び奈良の各税務署いずれかの管内にあること
(三) (一)以外の業種目を兼業していないこと
(四) 年間を通じて継続して事業を営んでいること
(五) 事業専従者が一名以下であること
(六) 売上金額が、一九〇〇万円以上七九〇〇万円未満であること
(七) 係争各年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属していないこと
3 右1及び2に認定したところによれば、右2の基準により選定された比準同業者は、その業種、業態、事業場所、事業規模等において原告と類似性を有し、しかも、帳簿書類の備付けを義務付けられたいわゆる青色申告者であるから、その申告内容の正確性も担保されていると認めることができる。そして、その選定は、大阪国税局長の発した一般通達に基づいて機械的にされたものであるから、選定過程に被告の恣意が入る余地もないうえ、選定された比準同業者数は一八名にものぼるのであるから、右比準同業者一八名の算出所得率の平均値については、各業者個別事情を捨象するに足りる普遍性を肯定することができる。
したがって、原告の係争各年分の売上金額に、右2の基準と方法により選定された比準同業者の平均算出所得率及び平均雇人費率を乗じることによって、原告の係争各年分の算出所得金額及び雇人費を推計することは合理的である。
4 もっとも、<証拠略>によれば、原告の係争各年分の売上金額のうち、浪速建材工業株式会社に対する分は、廃材処理を行なったことによる手数料であると認められ、原告は、金属屑商と併せて廃材処理をも行なっていると認めることができる。
しかし、<証拠略>によれば、原告は、金属屑の主要な仕入先である浪速建材工業株式会社の依頼をうけて、金属屑の仕入に付随して廃材処理を行なっているにすぎないこと、金属屑の仕入に伴う廃材処理は、他の金属屑商も行なっていることが多いことが認められ、原告が、廃材処理を行なっているとの事実があるからといって、2に認定した同業者選定基準の合理性を否定するには足りない。かえって、<証拠略>によれば、廃材処理は売上原価を必要としない点において、金属屑の販売よりも算出所得率が高い傾向にあることが認められ、この事実に照らすならば、原告が金属屑商のほかに、廃材処理を行なっているという事実は、原告の算出所得率を高める方向に作用する事実であるということができる。そうすると、原告の売上金額に、業種を金属屑商と特定して選定された比準同業者の平均算出所得率を乗じて算出所得金額を算出する方法は、原告の現実の算出所得金額を上回ることなくこれを推計する方法として、充分な合理性を有するものということができる。
他に、被告主張の算出所得金額の推計それ自体の合理性に疑いを差し挟むべきような事実はないから、特段の反証がされない限り、原告の係争各年分の売上金額に別表3記載の比準同業者の平均算出所得金額を乗じることによって算出される金額(昭和五八年分が六七七万六八五三円、昭和五九年分が六七七万四八一九円)をもって、原告の係争各年分の算出所得金額であるとの事実上の推定をすることができる。
五 より合理的な他の推計方法の存在による反証について
1 一般に、被告(課税庁)の主張する推計方法の他にも、納税者の課税標準等を推計し得る推計方法があること及び他の推計方法によって算定される額の方がより真実の課税標準等の額に近似すること、すなわち、他の推計方法の方がより合理的な推計方法であることが立証された場合には、この反証によって被告の主張する推計額を納税者の課税標準等であるとする事実上の推定は覆されると解される。
2 本件において原告が主張する売上原価の推計が、被告が主張する推計を上回るような合理性を有するものとは到底認め難いことは、以下に認定説示するとおりである。
原告主張の売上原価の推計の基礎とされる仕入単価が、原告の各種金属屑の仕入全体についての仕入原価の平均値であることを認めるに足りる証拠はない。すなわち、<証拠略>を総合すると、原告が主張する各種金属屑の仕入単価は、原告の仕入先のうち、最大手の安定的仕入先である浪速建材工業株式会社からの各種金属屑の仕入単価の平均値にすぎないこと、浪速建材工業株式会社からの各種金属屑の仕入数量を、原告主張の各種金属屑の売上数量(原告の総売上数量は、更にこれを上回ると認められることは、後記認定のとおり。)と対比してみると、浪速建材工業株式会社からの各種金属屑の仕入数量が各種金属屑の売上数量に占める割合は、原告の主要な取扱品目であるアルミ63Sにおいて昭和五八年が三〇・七七パーセント、昭和五九年が二八・一三パーセントであり、鉄に至っては昭和五八年が二三・五〇パーセント、昭和五九年が一七・七七パーセントに過ぎないことが認められる。原告の仕入の一部に過ぎない一仕入先からの仕入価格の平均値が、原告の各種金属屑の仕入単価の平均値に当たるとは、到底認め難いことは明らかである。
したがって、その余の点について検討するまでもなく、浪速建材工業株式会社からの各種金属屑の仕入単価の平均値が原告の各種金属屑の仕入全体についての仕入単価の平均値に当たることを前提とする売上原価の推計(原告主張の推計)を、合理的なものであると評価することはできない。
六 必要経費の実額反証について
次いで、原告の主張するその他の必要経費の実額反証について検討する。
1 総売上金額の立証について
所得の計算上必要経費の額に算入すべき金額は、総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るために直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額である(所得税法三七条一項)。右規定に照らして判断すれば、原告は、係争各年分の総売上金額及び必要経費の実額についての立証を尽くすことによって、売上金額と必要経費との対応関係(期間対応)を立証しない限り、当該年分の必要経費の実額を立証しても、右は有効な経費の立証とはなり得ないというべきである。換言すれば、訴訟において立証の対象となる収入金額や経費の額はあくまでも課税標準である所得金額を算出する基礎となるべきものであることに照らすならば、原告が主張・立証する収入金額が、納税者の総収入金額の一部に過ぎないことがうかがわれる場合に、かかる金額から総経費の実額を控除した額を、所得金額とは認め難いことは明らかであって、係争各年分の総収入金額の実額の立証が尽くされないかぎり、仮に係争各年分の経費の実額を立証したとしても、右実額立証は、算出所得金額の推計を覆すに足りる有効な実額反証としての意味を持ち得ないものということができるのである。
これを本件についてみてみると、原告は、係争各年分の売上金額について、被告が反面調査によって把握し得た売上金額のほかに、昭和五八年分の共栄に対する売上一七万〇六〇五円があることを主張・立証するにすぎない。反面調査による売上金額の把握には、その性質上、ある程度の把握洩れのあることは避け難い。しかも、以下に認定説示する事実によれば、本件においては、原告が主張・立証する売上金額を超える売上(その売上先及び売上金額を認定するに足りる証拠はない売上)の存在することを認めるのに十分である。したがって、原告は、係争各年分の総売上金額についての立証を尽くしたとは認め難く、既にこの点において、原告の実額反証は、前記認定にかかる算出所得金額の推計に対する有効な反証とは評価することはできない。
(一) <証拠略>によれば、原告が主張・立証する売上金額のほかに、同業者間における物々交換による取引があったことが認められ、原告の係争各年分の総収入金額には、右取引による売上相当額も算入されるべきことが明らかである。
(二) <証拠略>によれば、原告は、昭和五八年に三重県内に土地を購入し、同年中に約一〇〇〇万円、昭和五九年中に約四〇〇万円の支払いをしたこと、更に、昭和六一年にも土地を購入して約四〇〇万円を支払ったこと、これらの土地代金の支払いには、手持ちの現金を充てたこと、ところが、原告が主張・立証する売上先のうち、現金取引をしているのは、扶和金属興業株式会社だけであることが認められる。原告が、右認定のように、手持ちの現金から多額の土地代金の支払いをしている事実は、原告が主張・立証する売上のほかに、現金取引による相当多額の売上があったことを推認させる。
(三) <証拠略>によれば、原告は仕入れた金属屑を保管する倉庫等は有していないため、仕入れた金属屑を長期間手元に置くことはなく、原則として、当日ないし翌日には売却していたこと、仮に、仕入れた金属屑を手元に置くとしても、保管場所の関係上トラック一台分が限度であったことが認められる。ところが、別紙5―1及び5―2と同6―1及び6―2を対照してみると、別紙6―1及び6―2は原告が浪速建材工業株式会社から仕入れた金属屑を記載したものにすぎず、仕入のすべてが記載されているわけではないにもかかわらず、これに記載された仕入に対応する売上を別表5―1及び5―2に見出すことのできないものがある。このことも、原告が主張・立証する売上のほかにも売上があったことを推認させるものといえる。
2 必要経費の実額立証
右に認定説示したとおり、本件においては、係争各年分の総収入金額の立証が尽くされていない以上、仮に、係争各年分の経費の実額が立証されたとしても、右経費実額の立証によっては、算出所得金額についての前記推計を覆すには足りないのであるが、更に、経費実額についても、その立証が尽くされたとは認め難いことは、以下に認定説示するとおりである。
(一) 経費帳(甲七、八号証の各番)の証拠力について
原告は、甲七、八号証の各番(経費帳)は、係争各年当時、経費の支出を記帳していたものであると供述する。
しかし、甲八号証の四の一と同三一号証の一三の二とを対比すると、昭和五九年分の経費帳である甲八号証の四に、三年も前の昭和五六年(一九八一年)に発行されたレシートに記載された支出が記載されていることが明らかである。また、原告は、甲八、七号証の各番の経費帳は、数か月程度遅れて記帳したこともあるとの供述をするところ、原告主張の経費の支出の中には、記帳の基礎資料となるべき領収証等のないものもある。これらの事実に照すと、甲七、八号証の各番の経費帳が、原告の係争各年分の必要経費の支出を正確に記載したものであるとの点については、疑問を抱かざるを得ない。
(二) 領収証等(甲一三ないし三七号証の各番)による経費の実額立証の成否について
甲七、八号証の各番の経費帳の証明力について、右(一)に認定したような疑問があるとなると、甲一三ないし三七号証の各番の領収証等及びこれらが必要経費の支出に関するものである旨の原告本人の供述のみによって、原告主張の必要経費の実額を確定することは困難である。すなわち、前記のとおり、原告主張の必要経費の支出については、甲七、八号証の各番に記載があるだけで領収証等の裏付けのないものがあるほか、甲一三ないし三七号証の各番の領収証等の中には、領収証の宛名が「上様」となっているものや宛名の記載がないものなど当該支出の主体が原告であるとの立証が尽くされたとは認め難いものや、領収証等の記載自体からは、当該支出の事業関連性を認めるには足りないものもある。そうすると、甲一三ないし三七号証の各番の領収証等と原告本人の前記供述によって、原告の主張する必要経費の支出を認めるには足りないものというほかはない。
3 以上のとおり、原告の必要経費の実額反証は、算出所得金額の前記推計を覆すには足りないことが明らかである。
七 係争各年分の原告の総所得金額
以上によれば、原告の係争各年分の算出所得金額は、前記認定のとおりの推計によって算出される金額(昭和五八年分は六七七万六八五三円、昭和五九年分は六七七万四八一九円)と認められるので、原告の係争各年分の事業所得金額は、右算出所得金額から、当事者間に争いのない利子割引料及び地代家賃の額(昭和五八年分は合計二八万二二四〇円、昭和五九年分は合計四五万七九二〇円)を控除した金額ということになる。したがって、原告の事業所得金額は、昭和五八年分が六四九万四六一三円、昭和五九年分が六三一万六八九九円と認められる。
そして、右事業所得金額と当事者間に争いがない原告の係争各年分の雑所得金額(昭和五八年分は一万五七五〇円、昭和五九年分は九万六二五〇円)を合算した、原告の係争各年分の総所得金額は、昭和五八年分が六五一万〇三六三円、昭和五九年分が六四一万三一四九円と認められる。
八 結論
そうすると、本件各更正及び過少申告加算税の賦課決定は、いずれも、原告の総所得金額の範囲内において、適法にされたものと認められる。
よって、本件各更正及び過少申告加算税の賦課決定の取消を求める本訴請求は、理由がないので、主文のとおり判決する。
(裁判官 松尾政行 綿引万里子 和久田斉)
別表 課税の経緯一覧表<省略>
別表1
売上金額明細表
(単位:円)
年分
取引先名
昭和58年分
昭和59年分
被告
原告
被告
原告
関西軽金属(株)
18,328,107
18,285,537
9,812,850
9,807,240
敷島アルミニウム(株)
4,906,320
4,365,520
13,944,855
○
西川興業(株)
4,782,067
○
6,179,656
○
(株)軽金属協和商会
4,092,190
○
1,163,250
○
扶和金属興業(株)
1,485,435
○
1,567,320
○
生島商店
343,880
○
――
――
紀和商事(株)
――
――
2,488,110
○
浪速建材興業(株)
4,314,840
○
2,969,000
○
その他
――
170,605
――
――
――
48,180
――
――
合計
38,252,839
37,888,254
38,125,041
38,119,431
別表2
事業所得の金額の計算
(単位:円)
年分
項目
昭和58年分
昭和59年分
売上金額
<1>
38,252,839
38,125,041
同業者の算出所得率
<2>
(17.97%)
(17.77%)
算出所得金額
<3>
6,874,035
6,774,819
特別経費
利子割引料
<4>
30,240
205,920
地代家賃
<5>
252,000
252,000
特別経費の合計額
<6>
282,240
457,920
事業所得の金額
<7>
6,591,795
6,316,899
別表3
同業者の算出所得率一覧表<省略>
別紙4
損益計算書
58年 59年
売上金額 37,888,254 38,119,431
売上原価 29,792,583 30,747,019
差引金額 8,095,671 7,372,412
給料賃金 15,000
減価償却 928,780 833,132
地代家賃 252,000 252,000
利子割引料 30,240 205,920
租税公課 113,600 238,070
荷造運賃 267,500 8,000
旅費交通費 248,410 169,200
通信費 67,760 62,720
接待交際費 314,420 332,387
損害保険料 111,250 158,050
修繕費 299,500 468,150
消耗品費 1,342,296 863,895
会費分担金 46,500 41,000
支払手数料 8,400 56,600
〃今里開発 487,000 342,000
雑費 173,000 190,600
経費計 4,705,656 4,221,724
所得金額 3,390,015 3,150,688
別表5―1、5―2 売上分類表<略>
別表6―1、6―2 仕入分類表<略>
別表7 売上原価計算表<略>