大阪地方裁判所堺支部 平成13年(ヨ)92号 決定 2001年9月18日
債権者
奥野延代
代理人弁護士
村田浩治
債務者
コーブル・ファーイースト株式会社
代表者代表取締役
鞠山祥男
代理人弁護士
鳩谷邦丸
同
別城信太郎
主文
1 債権者の本件申立てをいずれも却下する。
2 申立費用は債権者の負担とする。
理由
第一 本件は、債務者の従業員であった債権者が、債務者による解雇は解雇権の濫用に当たり無効であると主張して、債務者に対し、従業員たる地位にあることを仮に定めることと賃金の仮払い(平成一三年四月六日以降毎月二五日限り月額二二万五〇〇〇円)を求めた事案である。
第二 前提事実(争いのない事実以外は証拠を併記)
1 債務者は、繊維機械の製造、販売及び輸出入等を目的とする株式会社である。
債権者は、昭和六一年八月二〇日に債務者に入社し、主として事務全般の業務に従事してきた。
2 債務者(代表者)は、債権者に対し、平成一三年三月六日、同月末日をもって解雇する旨を伝え、翌日には「三〇日前の通告なので四月五日まで来てもらったらよい」旨述べた(書証略。以下「本件解雇」という)。
3 債権者は、その後、全大阪金属産業労働組合(以下「組合」という)に加入し、平成一三年三月二六日、他の債務者従業員二名と共に同労組・コーブル・ファーイースト分会(以下「分会」という)を結成した(書証略)。そして、債権者は、債務者との間で、同月三一日及び同年四月七日に本件解雇等につき話し合いを行ったが、不調に終わった。
第三 争点
1 解雇権の濫用
2 保全の必要性
第四 当事者の主な主張
(債務者)
本件解雇は、いわゆる整理解雇であり、以下のとおり、解雇権の濫用となるものではない。また、債権者は以下の非違行為をしており、この点からも当事者間の雇用契約は終了している。
1 整理解雇について
(1) 経営上の必要性
債務者は、不況による受注の大幅な減少、価額競争による利益率の低価、債務者の機械が競争力を失っていることなどから、その業績が年々悪化し、一九期(平成九年一〇月一日から同一〇年九月三〇日まで)以降の決算内容は、別紙「債務者の決算内容の推移」記載のとおりであって、売上は一貫して大幅な減少、二一期の経常利益は損失計上となった。さらに、二二期となって平成一三年一月及び二月の売上が悪化し、滋賀東リ株式会社(以下「滋賀東リ」という)からの受注の可能性も極めて低くなったことから、今後の売上予想に対し、従前の営業経費のままでは、大幅な赤字となることが判明した。そこで、債務者は、本件解雇を決意した。
なお、債務者においては、本件解雇後も業績が悪化し、さらなる経費削減策を講じても、未だ赤字脱却の目処は立っていない。
(2) 解雇回避努力の履行
債務者が、従業員の解雇を避けるために行った経費削減策は、別紙「経費削減の実施内容」記載のとおりである。
本件解雇前に希望退職の募集は行っていないが、債務者のような従業員一〇人未満の会社で希望退職を行えば、その後の事業継続に支障が生じることは明らかであって、希望退職の募集を行うことはできなかった。
また、別紙「経費削減の実施内容」番号一〇記載の全従業員の給与カットの措置は、本件解雇後も、さらに業績が悪化したことから、会社の解散をも覚悟して全従業員に計った結果、取られたものである。
なお、債務者の仕事量やそれぞれの職種に熟練した従業員がいることからすれば、債権者につき、配置転換等をする余地はなかった。
(3) 被解雇者選定の合理性
債権者を整理解雇の対象とした時点での債務者の従業員の業務分担は別紙「債務者の従業員の仕事内容」記載のとおりであり、債権者以外の従業員は、債務者の企業継続に不可欠であった。債権者の仕事量は、多大な時間をインターネットの私的利用に費やせる程度のものであった上、その内容は、経理及び総務を担当する鞠山美代子(債務者代表者の妻)において兼務することが十分可能であった。逆に、鞠山美代子の行っている専門知識を要する経理や労務に関する業務、銀行取引等を含む資金繰り業務等を債権者に委ねることはできない。なお、平成一三年六月以降、鞠山美代子が月給一〇万円で、経理、総務のほか事務一般をすべて行っている。
(4) 手続の相当性
債権者の本件解雇については、平成一三年三月三一日及び同年四月七日の二回の団体交渉時に、資料を示し、解雇理由につき十分説明を行った。解雇予告時や、その直後の話し合いの場では、債権者は、債務者の説明に全く耳を傾けない状況であった。
なお、債権者に示した退職金は、債務者規模の会社では破格のものである。
2 業務妨害等の非違行為を理由とする解雇について
債権者は、以下のとおりの重大な非違行為を行っており、債務者は、平成一三年四月七日、債権者に対し、これを理由とする解雇を告げた。なお、予備的に、同年六月八日付答弁書でも、非違行為を理由とする解雇を告知した。
(1) 債権者は、債務者において、ワープロ及びパソコンのハードディスクで保存していた各データを勝手にフロッピーディスクに移行させた上、どのデータがどこに保存されているのかわからない状態にした。
(2) 債権者は、債務者にある三台のパソコンで同じ電子メールが読めるようにしてあったインターネット機能の設定を勝手に変更し、一台で読むと他の二台では読めない状態にした。
(3) 債権者は、債務者のパソコンのファイルに入れてあった部品製作報告書等の書式(オリジナル原稿)を取り除き、利用できないようにした。
(4) 債権者は、勤務時間中に、インターネットの私的利用を繰り返していた。
3 保全の必要性についての債権者の主張は、否認する。
(債権者)
本件解雇は、以下の点から解雇権の濫用であって無効である。
1 整理解雇の要件の欠如
(1) 経営上の必要性の不存在
債務者主張の経営状況については、二一期の経常利益が赤字であったということ自体に疑念があるし、決算書だけから経営上の必要性を判断できるものではない。債務者の場合、景気動向だけで売上の予想はできず、特に、本件解雇予告のあった時点では滋賀東リからの大きな受注を予定していたはずであり、当時の売上予想を過少に述べている疑いが高い。
(2) 解雇回避努力を尽くしていないこと
債務者が行った経費削減策の中には、本件解雇後のものが含まれており、これらは、本件解雇の有効性の判断に加えることはできない要素である。また、本件解雇後には、債務者従業員に対して、「会社の解散か全従業員の給与カットかを行わなくてはならない、ただし、それに同意しない場合は退職金を支払う」として、希望退職を伴う提案を行った上、全従業員の給与カットの措置を取っているにもかかわらず、本件解雇前にはこのような提案も措置もしておらず、極めて不当である。
また、債務者は、債権者につき新たな業務に配置するなどの労働力としての活用をほとんど検討していない。
(3) 被解雇者選定の不合理性
債務者は、債権者の業務内容を過小評価し、極めて限定的に主張しているが、債権者の業務実態は、他の従業員と遜色のない内容で、債権者を整理解雇の対象としたことに合理性はない。特に、同じ事務をしていた鞠山美代子と比べ、債権者が選定されたことの合理性には大いに疑問が残るし、そもそも、鞠山美代子は、本来、労働者に対して雇用責任を負っている経営者の立場にある者であって、同人を解雇者選定の選択肢に加えることは不当である。
なお、インターネットの私的利用は、債務者において問題視されたことはなく、債権者の場合は、パソコンの使用方法等の有用な情報収集のための利用がほとんどであった。
(4) 手続の不当性
債務者は、債権者に対し、整理解雇としてどのような判断をしたのかの説明も全くないまま一方的に解雇予告を言い渡したものである上、当初の解雇予告は、一ヶ月の予告期間も満たさないものであった。債務者は、分会結成後の団体交渉も当初は拒否し、行われた団交での説明も適正な説明義務が尽くされた内容とは言い難いものであった。
また、退職金についても解雇予告時には金額の提示もないばかりか、その後も特定退職金共済制度(以下「共済制度」という)に基づく退職金の額につき実際より低い金額を債務者に伝えて交渉材料にしていたことが推測される。さらに、共済制度に基づく退職金は、これまでの掛け金に従って当然に労働者個人に支払われるものであり、債務者が解雇を理由に上積みするものではないから、その金額が解雇を正当化する要素とはならない。
2 業務妨害等の非違行為を理由とする解雇の正当事由の不存在
債権者の非違行為として債務者の主張する事実は、いずれも否認する。
3 保全の必要性
債権者は、共働きの夫と幼児を抱え、住宅ローンの返済などもあり、本件解雇による経済的打撃は極めて大きい。
第五 判断
1 前記前提事実、疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が一応認められる。
(1) 債務者は、カーペット製造機・タフト機の販売、改造、サービス等を具体的な業務としているが、機械の販売先となるタフトカーペット製造業界自体の不況による受注の減少、価額競争による利益率の低価、債務者の機械が競争力を失っていることなどから、その業績は年々悪化し、一九期以降の決算内容は、別紙「債務者の決算内容の推移」記載のとおりであって、売上は一貫して減少傾向、二一期の経常利益は損失計上となった。なお、同一二年九月三〇日時点で債務者が解散した場合の収支は、約一二五四万円の負債が残る計算となる(書証略)。
(2) そこで、債務者は、上記のような業績悪化に対する措置として、平成一二年一月から同一三年一月にかけて、別紙「経費削減の実施内容」番号一ないし八記載のとおりの経費削減策を講じた。
(3) 債務者は、二二期となる平成一二年一〇月ないし一二月の売上が月額一五〇〇万円から一八〇〇万円となったので、同一三年の年頭には、二二期の総売上として二億五〇〇〇万円(二一期の売上とほぼ同じ)を達成できる可能性があると考えていた。しかし、同年一月の売上は約七三七万円、同年二月の売上は約六〇四万円にとどまり、その後の滋賀東リ等からの受注の可能性も低くなったことから、債務者は、同年三月時点で、二二期の売上予想を一億八〇〇〇万円に修正した。そして、売上に対する粗利率を四〇%としても(二一期は三二%)、粗利益月額平均六〇〇万円に対し、経費削減策を講じた二一期の営業経費月額平均七〇〇万円でも(二〇期は八一六万円)、大幅な赤字経営となるのが判明したことから、債務者は本件解雇を決意した。
なお、債務者においては、本件解雇後も業績が悪化し続け、平成一三年五月時点では、二二期の売上予想をさらに一億四〇〇〇万円と修正した。そして、債務者は、従業員に対し、現状のままでの会社継続は困難であるとして、従業員の希望が会社の解散であればそれでも良いこと、債務者としては、全従業員の給与を下げての会社存続を提案すること(給与を下げて残るのに不同意な人には退職金を支払う)などを内容とする書面(書証略)を配布し、その結果、全従業員の選択によって、同年六月から後者の措置が取られた(具体的な内容は、別紙「経費削減の実施内容」番号一〇記載のとおり)。
(4) 債務者は、債権者に対し、平成一三年三月六日、同月末日をもって解雇する旨を伝え、翌日には「三〇日前の通告なので四月五日まで来てもらったらよい。二五〇万円の退職金と給与の二ヶ月分を出す」などと述べた。
(5) 債権者は、組合の執行委員長(以下「委員長」という)及び債務者従業員一名と共に、平成一三年三月二六日、債務者に対し、分会結成通知の提出に赴いたが、債務者は、債権者ら分会員三名を解雇すると述べた上、債権者らを追い返した。これに対して、組合は、債務者に対し、解雇発言の撤回、団体交渉の開催を求める申入書を送付した。その後、債務者は、債権者以外の分会員二名の解雇を取り消し、他方、組合は、再度、債権者の解雇についての団体交渉の開催を求める申入書を送付した。
債務者は、組合に交渉を申し入れ、同月三一日、債権者及び委員長に対し、一九期から二二期二月までの月々の「売り上げ」「粗利」「一般経費」「営業利益」等の一覧表を示して、債務者の経営状況の概要を説明し、今後の業績予想では債権者の雇用の継続は不可能であること、退職金としては、共済制度に基づく退職金の額が三〇〇万円程度になるので、それに二ヶ月分の給与を加算して支払うことなどを説明した。また、債務者は、同年四月七日、債権者及び委員長に対し、「1 会社の危機を解決するために取った方法」と題する書面(書証略)を交付して解雇理由を説明するなどした。上記両日とも、債権者及び委員長は、債務者に対し、整理解雇の人選の妥当性等につき質問し、債権者の解雇撤回を求めたが、債務者はこれを拒み、結局、進展がないことから交渉は終了した。
なお、債務者提示の退職金額については、千代田生命保険会社の破産により共済制度に基づく退職金の額の確定が遅れたことから、平成一三年五月一六日付債権者代理人宛、債務者代理人作成の内容証明郵便により、共済制度に基づく退職金の額が三四〇万一八一五円であり、それに二ヶ月分の給与を加算して合計三八四万一八一五円となることが明らかにされた。
(6) 平成一三年三月時点での債務者の従業員数は代表取締役を含め一〇名であり(ただし、同年四月に一名退社)、債権者及び鞠山美代子を除く債務者の従業員の業務分担は別紙「債務者の従業員の仕事内容」記載のとおりである。
債権者の行っていた具体的な仕事内容は、見積書・売上伝票・請求書・領収書・台帳等の作成、台帳の数字の集計、輸出入業務、在庫管理、海外への部品の発注、ゲージパーツの組立、集金、納品、部品の発送・引取り、請求もれのチェック、売上の粗利計算、事務所内の掃除、決算時の在庫表作成等であった。また、鞠山美代子は、経理事務、資金繰り(銀行借入や手形割引の処理等を含む)、支払い、総務関係(労務、賃金支払い)等の業務を担当しており、本件解雇後、債権者が担当していた上記仕事内容も行っている。
2 経営上の必要性について
上記1認定の事実によれば、一九期から、債務者が本件解雇を決意した時期に至るまで、債務者の業績は悪化の一途をたどっており、この傾向は一時的なものではないと予想されたこと、平成一三年三月時点での二二期の合理的な売上予想額からすると、それまでの経費削減策では、その後も赤字経営が続くことは明らかで、債務者の収支を均衡させるためには、人件費の削減にも踏み込む必要性があったことが一応認められる。
したがって、債務者において、その経営上、人員削減の必要性を認めるに足りる合理的な理由があったものというべきである。
3 解雇回避努力について
上記1認定の事実によれば、債務者は、平成一二年一月から同一三年一月にかけて、別紙「経費削減の実施内容」番号一ないし八記載のとおりの経費削減の努力をしてきたこと、小規模で各職種に熟練した従業員が存在する債務者会社において、予め希望退職の募集及び配置転換を行わなかったことは必ずしも是認できないものではなく、本件解雇後の全従業員の給与カットの措置(別紙「経費削減の実施内容」番号一〇記載の内容)は、さらに業績が悪化した債務者が、会社の解散をも覚悟して全従業員に計った結果であり、本件解雇前にそのような提案をしなかったとしても不当とは言えないことが一応認められる。
そうすると、債務者は本件解雇を回避するための相当な努力を尽くしたものというべきである。
4 人選の合理性について
上記1認定の事実によれば、債務者が、本件解雇後に会社に残した従業員は、その仕事内容からして、いずれも債務者の業務遂行には不可欠な人材であるといえること、特に、鞠山美代子につき、同人が経理等の専門知識を有し、銀行取引等の資金繰り業務を担っていることなどからすれば、この点に関する債権者の主張を考慮しても、債権者に比し、代替性に乏しいものであったことが一応認められる。
したがって、人選の合理性も認められるというべきである。
5 手続の相当性について
上記1認定の事実によれば、債務者は、債権者に対し、平成一三年三月六日に突然の解雇予告を行ったこと、その際には法定の予告期間に満たない同月末日までで解雇する旨述べた上、解雇理由につき資料を示すなどして十分な説明を行ったとはいえないこと、同月二六日の分会結成通知の提出の際、債権者らを追い返すなどしたこと、退職金の具体的な金額につき不明瞭な発言をしていたことなどが認められ、債務者において、債権者に対するこれらの対応に相当問題がある面は否定できない。
しかしながら、上記1認定のとおり、債務者は、同月三一日及び四月七日の交渉の際には、一九期から二二期二月までの月々の「売り上げ」「粗利」「一般経費」「営業利益」等の一覧表を示して債務者の経営状況の概要を説明し、「1 会社の危機を解決するために取った方法」と題する書面を交付して整理解雇の理由を説明するなどしたこと、退職金については、共済制度に基づく退職金額の特定に時間を要したことには理由があるし、同金額に給与の二ヶ月分の加算を提示したこと、債権者側からも本件解雇に代わる代替案の提示はなく、当事者間でさらに協議を続行しても、真に共通の理解を得られる可能性があったかは疑問であることなどが一応認められるのであるから、これらの事情に照らすと、本件解雇が手続的にも必ずしも不当であったとは言い難い。
6 以上を総合すると、本件整理解雇については、客観的にみて合理的な理由を有することの一応の疎明があり、解雇権の濫用に当たるとは認められない。
よって、本件申立てについては、被保全権利についての疎明が不十分というほかないから、その余の点を判断するまでもなく、いずれも却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 田中智子)
別紙(略)