大阪地方裁判所堺支部 平成14年(わ)15号 判決 2002年7月08日
主文
被告人を懲役三年六月に処する。
未決勾留日数中一一〇日をその刑に算入する。
理由
(犯罪事実)
被告人は、平成一三年一二月二七日午前零時三五分ころ、普通乗用自動車を運転し、大阪府阪南市鳥取中《番地省略》先の信号機により交通整理の行われている下出東交差点を北から南に向かい直進するに当たり、対面信号機が赤色の灯火信号を表示しているのを同交差点の停止線手前約一八七・七メートルの地点で認めたが、先の交差点で赤信号を無視したことによりパトロールカーに追尾されていたことに加え、当時飲酒運転中であったことから、上記下出東交差点で停止することなく直進してパトロールカーの追尾を逃れようと企て、同交差点の赤信号を殊更に無視し、重大な交通の危険を生じさせる速度である時速約八〇キロメートルの速度で自車を運転して同交差点内に進入したことにより、折から、左方道路から青色の灯火信号に従って同交差点内に進入してきたB(当時三四歳)運転の普通乗用自動車(軽四)右前部に自車前部を衝突させて同人を車外に転落させ、よって、同人に胸部外傷の傷害を負わせ、同日午前一時四九分ころ、同府泉佐野市りんくう往来北《番地省略》所在の大阪府立泉州救命救急センターにおいて、同人を上記傷害により死亡させた。
(証拠)《省略》
(法令の適用)
罰条 刑法二〇八条の二第二項後段
未決勾留日数の算入 刑法二一条
(量刑事情)
本件は、念願していたトラック運転手として稼働し始めた被告人が、飲酒後に普通乗用自動車を運転して帰宅中、赤信号を無視して交差点を通過したところを警ら中の警察官に現認されてパトカーで追尾され、上記違反によって検挙されることにより、せっかく手にしたトラック運転手としての職を失うことをおそれて逃走中、本件交差点に差し掛かり、その対面信号が赤色であることを認識しつつ、これを殊更に無視し、時速約八〇キロメートルの高速度で本件交差点内に進入したため、折から青色信号に従い左方道路から同交差点内に進入してきた被害者運転の車両に自車を衝突させ、同人を車外に転落させて死亡させたという危険運転致死の事案であるところ、被告人は、最高速度が毎時三〇キロメートルと規制されている片側一車線の道路(一車線の幅員は三メートル足らず)を、その制限速度を大幅に超過する時速約八〇キロメートルもの高速度で進行した上、見通しの悪い本件交差点に差し掛かり、その対面信号が赤色であることを十分認識しながら、これを無視して同速度のまま交差点内に進入して被害車両と衝突したものであって、他人の生命、身体の安全を顧みない誠に危険かつ無謀な態様の犯行である上、飲酒運転中に、ただ単に早く帰宅したいとの理由で赤信号を無視して交差点内を進行したところを警察官に現認されて追尾され、検挙による失職をおそれて逃走を企てた挙げ句に本件に至ったその経緯や動機は、保身のために他者への危害を省みない誠に身勝手なものであって酌量の余地はない。しかも、被告人は、酒気帯び運転の罪による罰金前科や、多数の交通違反を犯して三度免許停止となるなどの処分歴を有しているほか、平素から、夜間交通閑散の際などに赤信号を無視して走行したり、たびたび飲酒の上で車を運転するなどしていた末に本件に及んでおり、被告人の交通法規無視ないし軽視の姿勢は顕著といわざるを得ず、このような被告人の平素の運転態度も本件の一因となっていると考えられることなどに照らすと、その犯情は誠に悪質というべきである。
被害者は、仕事を終えて深夜車で帰宅途中、妻子の待つ我が家を目前にしながら、被告人の無謀運転によってその尊い生命を奪われたもので、生じた結果は極めて重大であり、被害者の被った肉体的苦痛はもとより、未だ三四歳とこれから人生を謳歌すべき年齢にありながら、突如その将来を断たれた被害者の無念さには察するに余りあるものがあり、被害者を唐突に失った妻子の悲嘆も深く、同人ら遺族が被告人に対し厳しい処罰感情を抱いているのも当然である。被告人は、家族の支えとしてかけがえのない存在である被害者を失って耐え難い辛さや悲しみにさいなまれながらも、必死にこれを乗り越えようと日々の生活を送っている被害者の妻子の姿に思いを致し、本件のもたらした影響がいかに深刻なものであるかを改めて自省してみなければならない。
以上に加え、危険運転致死傷罪が、自動車運転による死傷事犯の実情等を踏まえ、悪質かつ危険な運転行為により人を死傷させた者に対し、その事案の実態に即した処分及び科刑を行うべく、罰則強化の一環として創設された犯罪類型であって、その処罰は、行為の有する実質的危険性に照らし、暴行により人を死傷させた者に準じることとされ、ことに危険運転致死罪においては、暴行の結果的加重犯である傷害致死罪に準じた重い刑が規定されているのであって、このような法の趣旨をも併せ考慮すると、被告人の刑事責任は重い。
そうすると、他方、本件は、深夜の交通閑散時に敢行された犯行であり、赤信号無視により交差点内で衝突事故を起こす危険性として必ずしも高度のものが予測される状況にはなかったこと、被告人が本件犯行を素直に認めた上で、自己の犯した罪の重さについて認識を深め、亡くなった被害者の冥福を祈るとともに、その遺族らの心情に思いを至らせて同人らに対する謝罪の気持ちを述べ、今後は二度と車を運転しないことを誓うなどしており、その法廷における態度に照らしてみても、本件を真摯に反省・悔悟している様子が窺われること、本件事故によって被害車両や現場付近の住民らに与えた物的損害については、全て被告人が加入している任意保険により補填されて同人らとの間で示談が成立しているほか、被害者やその遺族が被った有形無形の損害等についても、今後その加入保険で適正な賠償がなされる蓋然性が高いこと、被告人には前記の交通前科等がみられるものの、これまで一般前科や服役するに至った前科はないこと、被告人の今後の更生には母親の協力も期待できることなど、被告人にとって酌むべき諸事情を十分に考慮しても、被告人を主文掲記の刑に処するのが相当であると判断した。
(求刑 懲役五年)
(裁判長裁判官 湯川哲嗣 裁判官 柴田厚司 大多和泰治)