大阪地方裁判所堺支部 平成15年(ワ)250号 判決 2004年10月26日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は、原告に対し、240万円及びこれに対する平成14年8月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、被告と自動車保険契約を締結した原告が、所有する自動車を駐車中盗まれたとして保険金とその支払請求の翌日から民事法定利率による遅延損害金の支払いを求めたのに対し、被告が偽装盗難であるなどとして争う事案である。
一 争いのない事実等
1 原告は、Hオートサービスの屋号で、自動車修理工場を営む者であり、被告は、損害保険業を主たる目的とする株式会社である。
2 原告は、平成10年6月1日の車両盗難事故につき、保険金369万円を受領し、保険金詐欺とされた件と、同年5月22日の車両盗難事故により保険金165万5000円を受領し、同車両所有名義人と共謀した保険金詐欺とされた件で、平成11年2月16日及び同年5月10日に起訴され、平成12年2月4日に懲役2年6月、執行猶予4年の有罪判決を受けた。被害者である日本興亜損害保険株式会社とは、560万2947円につき分割弁済の示談が成立し、平成13年11月に弁済を了した。(乙5の1・2、8ないし11、弁論の全趣旨)
3 平成13年12月11日、原告と被告は、原告の所有する普通乗用自動車三菱パジェロ(登録番号<略>、車体番号<略>、以下「本件車両」という。)につき、保険金額240万円、ただし免責金額1回目は5万円、2回目以降は10万円、保険期間は同日午後4時から平成14年12月11日午後4時までとする、一般自動車総合保険契約(SAI、証券番号<略>、以下「本件保険」という。)を締結した。
同契約の約款には、一般条項15条4項として、保険契約者または被保険者が、事故内容等の通知につき不実のことを告げた場合、警察への届け出もしくは被告から必要として求めた書類に故意に不実の記載をした場合には、被告は保険金を支払わない旨の条項がある。
4 平成14年5月22日に、原告は、本件車両が、<略>及び専門店街である<略>の5階屋上駐車場に駐車中盗まれたとする盗難届(受理番号1740)を富田林警察署小金台交番所に提出した。
5 同年8月22日に、原告は被告に対し、前記2の保険契約に基づき、車両損害保険金の請求をしたが、被告は支払を拒否した。
二 争点
1 本件車両の保険事故(盗難)の有無
(原告の主張)
原告は、本件車両につき、前記第2-4の届け出どおりの盗難にあったものである。
(一) 盗難現場の駐車場は、乗車してきた者はほとんど店内に入っていて人の動きは少ないし、警備員は入口付近で進入車両の整理をしているだけで、本件車両の駐車位置を見通すことは他の車両が障害となって困難であり、本件車両の件より前3か月の間に本件車両も含め3件もの盗難が発生している。発生場所及び時間から、持ち出しの方法は自走により、短時間で、警備員も気付かない手際の良さから、プロによる犯行であると考えられる。その際まず、盗難防止装置の設置を確かめ、その配線を切断し、これが作動しないように細工できるし、ドアその他の解錠もたいした工具は必要なく、ドアを閉めれば周囲が不審に思う程の音は出ない。上記駐車場から一般道路への経路は、現場で確認したところ、スロープで1階まで降りた後敷地内T字路を右折して屋外駐車場を一周して一般道路(<略>)へ出ることは可能であり、被告主張のように陸橋を通過する必要はない。また、警備員が配置されているとしても、自走していれば、外観上は所有者が運転しているのと変わらないのであり、よほどの不審行動を取らない限り、通行の整理を主な業務としている警備員の目に留まるおそれはなく、それほど大きな盗難の障害とはならない。
原告が所有していた本件車両のキーは、前所有者であったBから引渡を受けた1本のみであり、これは、被告から委託されて保険事故の調査をしていた有限会社ベスト保険リサーチのKへ、平成14年5月の終わりころ調査の際に手渡した。
(二) 原告は、平成14年5月22日午後零時30ないし40分ころ、屋上駐車場への上がり口からすぐに右折した区画の端から7台目のあたりに、窓をすべて閉め、サイドブレーキを引いて、エンジンキーを抜いて、ドアをロックするとともに、本件車両に備え付けた盗難防止装置をセットして、駐車した。<略>で買い物の後、本件車両が駐車場所に見当たらなかったことから、2、3分あたりを捜し、車の整理をしていた女性警備員に警報音か何か不審な出来事がなかったか尋ね、知らないとの答えから、同警備員の所属する近畿ビルサービスの<略>警備室へ行き、防犯カメラの設置や駐車時に屋上駐車場にいた警備員に話を聞きたいと申し入れたが、防犯カメラは設置されておらず、上記警備員のその後の配置場所もわからなかったために、直ちに富田林警察署小金台交番所へ本件車両の盗難を届け出た。駐車場所にガラスの破片等盗難の痕跡はなく、上記盗難事故の客観的状況に原告の関与を疑わせる不審な点はない。被告が不審点の根拠とする、本件車両の登録番号が言えなかったという事実はなく、被告の調査報告書は調査員の創作としか考えられない記載が多い。
(三) 原告が保険金詐欺事件を起こしたことは前記第2-2のとおりであるが、本件の保険金請求が詐欺を意図しているというのは予断と偏見に満ちたものである。原告は職業柄保険手続は比較的多く取り扱っているが、現在執行猶予中の原告にとって、実刑まで覚悟して犯行に及ぶ動機となるものではない。被告が指摘する原告の車両事故歴のうち、ホンダオブアメリカはアメリカ仕様の逆輸入車で人気の高い車であるし、S名義の車両については同人は原告のもと従業員ではなく、原告とは関係がない。
原告の経済的状況は、上記刑事事件のころと変わらず、借金の返済は滞ってはいるが、金融業者から厳しい取立を受けているわけでも、早急に多額の返済金を用意しなければならない状況でもなく、保険金不正請求の動機とはならない。
(四) 本件車両は、前主Bの娘Nが乗っていたが、平成13年8月ころ横転事故を起こし、原告が修理のため引き上げたが、修理代を見積もったところ120ないし130万円かかると告げると、修理代が高くつくならクライスラー社のチェロキーを捜してほしいと言われたため、同年10月か11月ころに知り合いを通じてオークションでチェロキーを入手し、引き渡して、その代金約175万円の支払いを受けた。本件車両の処分は、手数料等は原告が負担することで原告に任されることになり、原告は自家用に使用しようと考えて修理したのである。そのために修理見積書や、部品交換に伴う請求書等がなくとも不自然ではないし、装備したカーオディオはツーイータースピーカー以外の取扱説明書は提示している。盗難防止装置は友人であるMから中古品を購入したので保証書等の書類はないが、取扱説明書などはなくとも、原告は自動車修理を業としているので取り付けくらいはできるのである。
本件保険契約は、同年12月11日に新しいナンバープレートを付けた本件車両を運転して、M総合保険事務所へ行き、1年半ほど前からMの母の知り合いから自動車修理の仕事を回して貰っていた関係から、締結した。車両保険金240万円は、Mが、本件車両の型式などをもとに本で調べたり、被告の担当部署に問い合わせをして設定したのであり、原告もこれを了解した。
(被告の主張)
原告主張の本件車両盗難の事実は疑わしく、原告自らが本件車両の紛失に関わっていた可能性が高い。
(一) 原告主張の盗難現場は、屋上駐車場で、警備員が交通整理をしており、しかも白昼で、人の流れが途切れることは考えにくく、かつ買い物客はいつ車へ帰ってくるかわからない場所である。同駐車場からは、スロープで1階まで降りても、敷地内T字路で警備員が左折を誘導しているから、再びスロープを上がって陸橋を渡って、道路を挟んだ駐車場(ここにも警備員がいる)から一般道路へ出なければならないが、かように逃走の困難な屋上駐車場で盗難に及ぶとは考えにくい。しかも、ここから盗難するには車両積載車やレッカー車での運搬は考えられず、本件車両が自走する方法がとられたと考えられるが、本件車両には、原告が備え付けた盗難防止装置が装備されており、予めその配線を切断することは極めて困難であり、自走させるには何らかの物理的な破壊が必要となる。本件車両は車高が高いから不審な挙動をすれば目立つのみならず、破壊音は避けられないし、破壊作業をすれば警報音が鳴り続けたはずであるし、現場に破壊の痕跡も残っていなかったことから、本件車両の正規キーにより、盗難防止装置を解除して自走させたとしか考えられない。原告は、1本しか所持していなかった本件車両のキーを、被告から委託されて保険事故の調査をしていたKに渡したと主張するが、そのような事実はない。
(二) 原告は、盗難発見後、屋上駐車場入口の警備員に本件車両を見なかったか尋ね、防犯カメラに盗難の様子が写されていないか警備室へ行って尋ね、その後午後2時ころになってから交番へ盗難届を提出しているが、本件車両発見のために直ちにとるべき有効な手段は110番通報であったのに、ありもしない防犯カメラを探したり、わざわざ交番まで被害届を出すために出向いている。これらはたとえ110番通報しても本件車両が発見されないことを原告が知っていながら、盗難であることを裏付ける意図的な証拠作りをしたものである。しかも、警備室においても、交番においても、車両登録ナンバー「7」を言えない、車両の所有・使用者とは思えない態度であった。
(三) 原告には前記第2-2の保険金詐欺をした前科があるのみならず、刑事事件の平成10年6月当時、原告の父は1億円を超える負債を抱え手形不渡りを出して蒸発してしまい、原告自身はジェットスキーや自動車の購入代金のため1088万円余の負債を抱えていたのであり、この大部分は高金利で4年足らずで完済できるとは考えにくく、原告は本件車両の盗難当時負債を抱えており、保険金詐取の動機があった。
一般に自動車保険に加入していても、犯罪被害にあう者は稀であるのに、原告は、平成7年9月28日に原告名義のホンダオブアメリカの一部盗難器物損壊事故により日本火災から保険金83万円を受領、平成8年1月29日に、同ホンダオブアメリカの車両盗難事故により日本火災から保険金93万円を受領、平成9年2月に原告のもと従業員S名義の車両盗難事故によりSが車両保険金を受領するなど、前記第2-2の刑事事件以外にも原告の周囲では車両盗難や車両荒らしの被害が相次いで発生しており、偶然とはとても考えられない。
(四) 原告は、本件車両の取得経緯について、Kの調査に対しては、Bのチェロキー取得に際して本件車両を、(本件車両と同型車の平成13年当時の中古車市場価格は、小売価格で161万円、下取り価格で117万円にすぎなかったのに)諸費用込みで175万円で下取りしたと答え、これにそう見積書を提出し、修理費用は15万円程度だったと述べていたのに、被告からの平成14年8月22日付け「ご質問状」には修理費用は120ないし130万円と記載し、本件訴訟においては横転事故にあった本件車両を諸費用は原告持ちで原告が引き取り、チェロキーの代金150万円は別途支払を受けたと主張している。また、本件車両に新品のカーナビやオーディオを取り付け、その価格は43万5000円であると主張するが、これらを取得したことを示す資料は提示されていない。
原告は知人で保険代理店のMに、最高額で頼むと依頼して240万円の車両保険を設定したが、本件車両に240万円もの価値はなく、車両保険は実損填補を目的としていて、現実の取得価格に基づき車両保険金を設定することを、自動車保険のプロである原告は知っていたはずである。
2 本件保険契約の免責条項に該当する事実の有無
(被告の主張)
原告は前記第2-3後段にもかかわらず、原告父子の経済状態、保険金請求歴、本件車両購入の経緯及び代金、本件保険の保険金設定根拠につき、被告に対して、虚偽の報告をしていた。
(一) 前記1(三)のとおり原告は自己または父の負債を抱えているはずであるのに、自分はまったく借金はないと、Kに述べている。
(二) 原告は、前記1(三)後段のとおり多くの車両事故により車両保険金を受領しているのに、被告からの平成14年8月22日付け「ご質問状」において、他保険会社での事故歴を照会されたのに対し、「ナシ」と不実の記載をして被告に提出した。
(三) 実際には、原告が本件車両を取得した価格は無償であり、当時の中古車市場下取価格117万円程度の車両が、120万円もの修理を要する事故にあい、それだけでも価値は著しく減価するのに、同額の修理をして装備品45万円を付しても、165万円の時価を有することにはならない。自動車の専門家である原告はこのことを承知していながら、本件車両の取得価格を、チェロキー販売の下取りであり、同車の価格が175万円であったと偽ったものである。
(原告の主張)
被告主張のような虚偽記載の事実は否認する。
(一) 原告が、被告からの調査員に対して、原告の父にかなりの借金があり自分と父の収入からその返済をしている旨の供述をしたことはなく、そのような調査報告書の記載は調査員のねつ造である。原告が保険実務に精通し、保険金を詐取しようとしたのであれば、ことさら詐欺の動機となるようなことを発言するはずがない。
(二) 平成14年8月22日付けのご質問状についてはKと相談しながら記入したが、保険金請求歴について過去に車上荒らし等の被害を受け保険金請求したことはあるが、どう書くのか尋ねると「なし」と記入するよう指示され、これに従った。このやり取りから、原告は被告との保険契約についての質問と誤解しており、もし意図的に保険金請求歴を秘匿しようとしたのであれば、被告が他の保険会社に対して照会することに同意するはずがない。
(三) 本件車両購入の経緯は、前記1のとおりであり、従来の説明内容を変更したものではない。
第3 争点に対する判断
一 本件車両事故の客観的状況について
1 盗難場所の状況
甲20の1ないし6、乙6、24、33、40、41、富田林警察署に対する調査嘱託の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件車両が盗難にあったと原告が主張する駐車場につき、次のとおり認めることができる。
<略>の駐車場は、商業施設建物と道路を隔て、同建物と陸橋で連結された南側にある屋外の南側駐車場、同建物から西側へ伸びるスロープからの通路に接した屋外の西側駐車場、同建物4階の屋内駐車場、同建物5階の屋上駐車場があるが、商業施設の開店後は45台駐車可能な西側駐車場、約25台駐車可能な4階の屋内駐車場、5階の屋上駐車場、南側駐車場の順で埋まる。そのため、入口からの通路が西側駐車場へ接する敷地内T字路では、警備員が西側駐車場へ車両が進入しないように、4、5階の駐車場へ通ずるスロープの方へ左折するか、出口へ誘導しているが、道路への出口としては右折して西側駐車場の周囲を回って東側へ向かう道路に合流するか、左折して陸橋を渡って南側駐車場から西側へ向かう道路に合流することになるため、T字路での右折が禁止されているものではない。原告が本件車両を駐車したのは、同建物5階の屋上駐車場であるが、同駐車場の上がり口付近には警備員がいて、歩行者と車両の誘導に当たっており、同駐車場は駐車車両のほとんどが乗用車であるため、比較的静かである。<略>の駐車場での車両盗難は、平成8年から本件車両の件までの間に所轄の富田林警察署に3件盗難届けが出されており、平成10年7月24日午後1時から同時55分ころエンジンキーを抜きドアロックをしていたダイハツムーブが、平成13年12月30日午前11時45分ころから午後1時30分ころの間にエンジンキーを抜いたトヨタクラウンが、平成14年3月22日午前11時30分ころから午後1時10分ころの間にエンジンキーを抜きドアロックをしていた三菱ランサーが盗難にあったとして届け出られているが、いずれも屋上駐車場とは区別された屋外駐車場に駐車していたものであり、上記の西側駐車場または南側駐車場での発生である。
2 駐車時における本件車両の状況
甲18、乙31、41、原告本人、三菱自動車工業株式会社への調査嘱託の結果によれば、駐車時の本件車両の状況は次のとおり認めることができる。
原告は、当時8割方駐車された状況であった屋上駐車場へ、白線で指示された進行方向とは逆に進入して、上がり口を右折してすぐの駐車区画の端から7台目当たりに本件車両を止め、窓ガラスを全部閉め、エンジンを切って、レバーをパーキングに入れ、キーを抜き、サイドブレーキを引いてから、降車して、キーと一緒にキーホルダーに付いている盗難防止装置のリモコンボタンを押して、ドアをロックするとともに盗難防止装置をセットした。原告が本件車両に備え付けていた準難防止装置は、バイパー社製の中古品で、振動や衝撃が加わったり、ドアを開けてルームランプが点灯して微小な電流変化が生じるとサイレン音が鳴るものであり、本体とスピーカーが別個になっており、エンジンキーのキーシリンダーから配線して電源を取り、エンジンルームの端に本体を取り付け、フロントグリル内の支柱にスピーカーを取り付け、遊びが出ないよう所々で固定した配線で本体とスピーカーを結んであり、配線の上にカバー等を掛けてはなかったが、アンダーカバーは付けられていた。スピーカーを取り付けた支柱は、フロントグリルから約20センチメートル内側にあり、フロントグリルの前のグリルガードとフォグランプは本件車両を原告が引き取って修理した際に取り外していた。スピーカーの後ろから配線が出ているのは外から覗くと見えるが、その他の部分では、ボンネットとフェンダーの隙間は忍び返しの構造になっているため、ボンネットを閉めた状態では配線を外から見ることはできないし、手や器具を差し込んで配線を切断することは、かなり困難である。
本件車両自体の防犯対応としては、ピッキングがしにくいようにキーの形に工夫がしてあるほか、ドアのキーシリンダーをドアの外から取り外すことは容易にはできないし、窓枠の内側には鋼尺などが差し入れられるのを防ぐ遮蔽板があるうえ、エンジンキーのキーシリンダーの裏側は樹脂カバーで覆われているが、ドライバーを使ってこれを外し、キーシリンダーを物理的に破壊すれば中身を見て、配線を直結することでエンジンを始動することは可能であるが、破壊に伴う破壊者や金属音が発生する。しかし、エンジンを始動させても、自動的にハンドルロックは解除されず、人の素手でハンドルロックをはずすことはできず、バールなどの長いものをかませてテコの原理でハンドルを回し切ることをすれば、ハンドルを動かすことは不可能ではないが、かなりの破壊音がすると考えられる。
本件車両が駐車されていた場所に、ガラスの破片などの形跡は残っていなかった。
3 以上1・2の状況からすると、本件車両を盗み取ろうとする者は、静かでほとんどが乗用車ばかりの屋上駐車場にレッカー車などを持ち込むことは目立ち過ぎることから、自走により持ち出そうとすると考えるのが通常であろう。
そうすると、まず盗難防止装置を解除しなければならないが、原告が同装置のリモコンをキーとともに所持していたのであるから、最も容易な解除法は同装置の配線を切断することである。配線は同装置のスピーカーとともにフロントグリルを覗き込めば見えるから、そこから何からの器具を差し込むか、フェンダー部分の下側へ入り込んで、アンダーカバーで覆われた配線を探し出して切断することになろう。しかし、屋上駐車場は、当時8割程度の駐車があり、その乗降客や駐車車両が出入りしていたのであり、本件車両の前方にしゃがみ込んだり、車両の下側へ入り込んだりすることはかなり目立つ行動である。しかも、もし発見された場合、本件車両とは別の乗車してきた車両で逃走するか、徒歩で店内へ逃げ込むことになろうが、前者は5階から地上までスロープ部分を走行することになるし、後者の場合駐車場から店内へ逃げ込めても、店内には警備員もいることは当然予想できるのであり、かなりの危険が予想される。そうであるからこそ、<略>の駐車場での車両盗難は、平成8年以降3件発生しているが、いずれも、屋外の南側駐車場または西側駐車場での発生となっているものであろう。
盗難防止装置の解除をひとまずおくとしても、本件車両を自走させるには、ドアを開けて車内に入り、エンジンを始動させ、かつハンドルロックを解除しなければならない。ドアを開けるには、ピッキングや、窓枠とガラスの隙間に鋼尺を差し込んでロックを開披する方法もあるが、本件車両の車高は190センチメートルと高い(甲2)ことから、これらの方法はそれなりに目立つほか、本件車両の前記2の構造からはかなり困難である。そうすると、ドアを開けるには、キーシリンダーを取り外すかバール様のものでこじ開けることになるが、いずれにしろそれなりの破壊音が発生することは避けられない。しかも、車内へ侵入してからも、エンジンキーのキーシリンダー裏側の樹脂カバーを外したうえでキーシリンダーを物理的に破壊して、配線を直結するのみならず、ハンドルロックを解除するために、バールなどの長いものをハンドルにかませてテコの原理でハンドルを回し切ることが必要となるが、これらの際にはかなりの物理的破壊音が避けられない。たとえ、原告が主張するように、車内へ入ってドアを閉めれば、周囲にそれほどの音が響くことはないとしても、ドア開披のための破壊音は避けられない。
しかも、上記の盗難防止装置の解除が予めされていないとすれば、物理的方法でドアを開披すればその振動により、また物理的破壊を伴わないドアの開披であったとしても、ルームランプの点灯により、いずれもサイレン音が鳴り出すのであり、その時点で駐車場内の警備員や客の注意を引くことは避けられない。サイレン音を止めるには、ボンネットを開けて、盗難防止装置を取り外すか配線を切断することになるが、その間周囲の注目を集めることになるし、サイレン音を止めないならば、そのまま逃走することになり、同駐車場内のみならず、スロープを降りて敷地を離れるまで警備員や周囲の客の注意を引くことになる。
原告は、本件車両のないことに気付いて、15分ほど前に交代したという女性警備員に聞いたが警報音は聞いていないとの答えであり、<略>の警備室へ行き、交代前の警備員に会わせてくれるよう頼んでもらちがあかなかった(甲18)ことからすると、サイレン音や物理的破壊音が周囲に聞こえていたとは考えられない。もし警備員に聞こえていれば、いかに交通整理が主たる仕事であるとしても、警備員は異常を感じて何らかの通報をしたはずであるし、警備員が聞かなくとも周囲の客が聞けばなにごとかと騒いで、警備員の注意を引いたはずだからである。
原告が主張するように、本件車両がプロの窃盗犯により、何らかの方法で盗難防止装置も働かず、物理的破壊音もさせずに持ち出されたという可能性も考えられないではない。しかし、そのような技術を有する窃盗犯が、スロープを降りなくてはならない、かつ警備員の常在している屋上駐車場のような場所で窃盗に及ぶであろうか。むしろ、逃走の容易な南側駐車場または西側駐車場でこそ窃盗に及ぶのが自然であるし、前記1認定のとおり、<略>での既発生の3台の車両盗難が、南側駐車場または西側駐車場で発生しており、しかもいずれもエンジンキーは抜き、うち2台はドアロックもしていたこととも符合する。よって、原告の上記主張の可能性は、ほとんど考えられないといえる。
そうすると、本件車両が、盗難防止装置の配線切断の有無にかかわらず、不正な方法でドアを開披して持ち出されたということは考えにくい。4階屋内駐車場や5階屋上駐車場においては、スロープを含め逃走経路が長くなって逃走が困難であることから盗難自体発生しにくいし、屋内であるという安心感や警備員もいることから、エンジンキーを抜き忘れたり、ドアロックをし忘れたといった駐車方法により、盗み取られることが通常予想されるところである。
4 結局、本件車両が持ち出されたのは、盗難防止装置が解除され、正規のキーにより本件車両が自走させられた可能性が高いということができる。
ところで、乙6によれば、平成14年5月28日に調査員のKは、保険事故の調査のため原告本人と面談した際、原告から所持していたキーを盗難防止装置のリモコンとともに示され、これを写真撮影している。原告は、甲18において、上記の際にキーをKに渡した旨供述し、現在はキーを所持していない旨を自認している。上記のとおり、Kが写真撮影する際に原告がキーを手渡したことは疑いないが、それ以上に、本件車両のキーを保険会社の調査員にそのまま預ける必要性は考えられないし(車両保険金が支払われたならば、被告が原告に対して、キーの引渡を求めることも考えられようが)、逆に調査員であるKにキーを受領する権限があるとも思えない。乙6及び同35においても、Kが本件車両のキーを預かったことを窺わせる供述はない。甲12、18及び弁論の全趣旨によれば、原告が所持していた本件車両のキーは1本のみだったというのであり、現時点において、本件車両は発見されておらず、これが発見される可能性が高いとはいえないけれども、だからといって、原告が現在本件車両のキーを所持していないのは、やや不自然の感を免れない。
二 原告の前後の行動について
1 甲18によれば、原告は、買い物の後屋上駐車場で本件車両がないことに気付くと、最初場所を間違えたかと捜したが、本件車両がないことが分かると、前記1(三)のとおり、屋上駐車場にいた女性警備員に警報音を聞かなかったか尋ね、15分ほど前に交代したから知らないと答えられると、前記商業施設横の警備室へ行き、防犯カメラを見せてくれるよう頼み、屋上駐車場に防犯カメラは設置していないと言われ、交代前の警備員に会いたい旨頼んだが、巡回中で連絡が取れないという対応であったと認められ、これに反する証拠はない。むしろ、乙6には、同警備室でKが聴取した事実として、原告がかなり興奮して警備室へ来たこと、その後原告は警備室での対応が悪いとして商業施設の事務所へ苦情を言いに行ったことが記載されており、原告が上記警備室へ駆け込んだことは疑いない。ただし、乙6には、原告が上記警備室及びその後の交番所で、本件車両の登録番号7番が言えなかったとの記載もあり、原告は甲18においてそのような事実はない旨供述している。
2 被告は、本件車両が真実盗難に遭ったならば、110番通報するのが最善の対応であるのに、原告は警備室へ行くのみならず、警察への届け出もわざわざ徒歩で出向くなどして時間を浪費しているのは、本件車両が発見されないことを知っていたための意図的な証拠作りであると主張する。たしかに、原告が本件車両が駐車場所にないと気付いた場合、あちこち走り回ることが最善の策とは考えられないが、思いがけない出来事が生じたとき人がいつでも冷静に最善の策を取れるとは限らないのであり、無駄な動きをしたからといって、それが直ちに時間稼ぎであると推認することはできない。原告が、警備室及び交番所で本件車両の登録番号をすぐに言えなかったとの事実はその有無が明らかでないが、仮にかような事実があったとしても、原告はそのときかなり興奮していたのであって、簡単な登録番号が言えなかったとしても、それほど不自然で不審に思うほどのことではない。
原告が、本件車両がないとして取った行動は、以上のとおり、特段不審を抱くべきものとはいえない。
三 原告の動機について
1 乙7、原告本人及び弁論の全趣旨によれば、原告が、前記第2-2の刑事事件のころに計1088万円余りの借金を有しており、これが保険詐欺の動機となったこと、その返済はその後もさほど進んではおらず、本訴係属後の平成16年3月ころに個人再生の手続を申し立てたことが認められ、原告も、平成14年5月当時に上記借金のあったことを自認している。上記刑事事件の動機となったのが、原告の借金返済であったことは上記のとおりであり、保険金詐欺が比較的反復性のある犯罪であること、上記借金につき原告が法的整理の手段を取ったのが、本訴提起後1年以上経過した後であって、原告が借金の法的整理につき意欲を有していたとはいえないことが認められるけれども、借金があるから原告に詐欺の動機があったとまでいうことはできず、原告の借金が原告の保険金不正請求を推認させるとはいえない。
2 乙5の1・2、弁論の全趣旨によれば、原告は、平成7年9月28日に所有するホンダオブアメリカがフロントガラスを割られ、タイヤホイール4本と本革シート2個を盗まれたとして車両保険金83万円を日本興亜損害保険株式会社から受領したこと、平成8年1月29日に同一のホンダオブアメリカが路上駐車中に盗難にあったとして車両保険金93万円を受領したことが認められる。被告主張の平成9年2月に原告のもと従業員であったSが車両盗難事故により車両保険金を受領しているとの事実については、Sというのが原告の従業員であったこと、同保険金受領に原告が関わっていたことを認めるに足りる証拠はない。上記事実から、原告は保険金詐欺をしたほかに、本件車両の盗難のほか、平成7年9月と平成8年1月というわずか4か月間に同一車両が2回保険事故にあっており、これは決してよくあることとはいえない。原告は、ホンダオブアメリカは逆輸入車で人気車種であると主張するけれども、人気車種であるならば盗難にあいやすいとはいえようが、上記のような器物損壊について上記主張は理由として妥当せず、原告が保険事故によくあっていることの理由になるとは考えられない。
3 以上からすると、原告には借金があるから保険金不正請求をする動機があるとまではいうことはできないが、原告に保険金不正請求をする動機が何もないというものではなく、借金がその動機であったとしても不自然ではないし、原告が通常よりも頻繁に車両保険事故に遭遇しているとはいえる。
四 保険契約に関する事情について
1 本件車両の取得
甲12、15、18、19によれば、原告は、本件車両のもとの所有者であるBから、平成13年9月27日に本件車両代金として150万円の振り込みを受けていること、同人の娘Nから同年7月25日ころ、横転事故を起こしたので引き上げてほしいと頼まれ、修理代として120ないし130万円が必要だと伝えると、少し考えてから、このまま廃車にしてもいいし原告が引き取ってくれてもいいとのことで、白色の右ハンドルのチェロキーを捜してほしいと頼まれ、本件車両の譲渡書や印鑑証明等の書類を預かったこと、同年11月2日に、Bの印鑑証明の期限が切れそうになったことから、本件車両の所有者名義を原告に移転していたが、その後修理が完成し、希望していた7番の登録番号や車庫証明が取れたので、使用者も原告に変更登録したこと、チェロキーは同年9月にオークションで130万円で入手し、アルミホイル及びカーオーディオをつけて整備して、150万円としてBに引き渡したと認められる。乙6中には、KがB方へ訪問した際には、横転事故のことなど話さず、入れ替えの形で購入したと聞いた旨記載されているが、同部分はBの妻らしき者からの聴取であって、本件車両に直接関与していたNの供述でもなく、これをもって、上記認定が覆されるとまではいえない。修理費用についても、乙6には30ないし40万円とKに供述していた旨の、甲5(同年8月22日付けご質問状)には120ないし130万円との記載があるけれども、本件車両についての修理費用につき正式の見積書があるものでもなく、原告本人の供述が、変遷したからといって、これを過大に評価して原告の供述が信用できないということはできない。なお、乙6には、平成13年9月15日付けの原告からN宛てのチェロキーの見積書が添付されており、これによれば、同車は車両本体価格が160万円で、整備費用や諸費用を併せて175万4690円の見積りで、下取車(本件車両と考えられる。)価格は175万円となっている。ところが、甲18においては、同見積書をKに聞かれて書いたものであり、Kがチェロキーの価格を参考にパジェロ(本件車両)の価格を割り出そうとしたのかもしれないが、原告がパジェロの下取り価格として見積書を作成したのではない旨記載され、原告本人はチェロキーの価格はそのとおりだが、それ以外の数字は事実と異なりKが作成した旨供述している。乙6には、平成14年6月17日にKが前面談時(同年5月28日)に依頼していた販売時の明細書につき原告から「資料が見つかりました」との電話を受けて、同見積書を受領し、更に警備室を訪れたときに本件車両の登録番号を言えなかった点や盗難防止装置につき質問をした旨記載されている。原告は、乙6の記載につき調査員のねつ造である等の主張をしているが、上記のようにKが再度原告を訪問して見積書を受領したことまでも否定しているものではなく、上記のような経過で原告から資料が見つかったと連絡しておきながら、原告が上記見積書をKが作成して本件車両の価格を割り出すために作成したかのようにいう上記供述及び甲18は、にわかに採用できない。チェロキーの代金として150万円を受領したとの上記認定事実とも異なるうえ、Kが(原告と保険契約を締結したMならばいざ知らず)本件車両の価格をでっち上げる理由は見当たらないからである。そうすると、原告は、みずから本件車両の見積価格として175万円の見積書を作成し、後にその内容の信用性を否定しているのであり、チェロキーの販売価格の記憶が曖昧であったという以上に、辻褄合わせの資料を作成してKに提供していたこととなる。
また、上記認定によれば、原告は横転事故によりかなりの損傷を受けた本件車両を自己用として使用することにしたのであるが、原告本人によれば、平成13年12月当時代車用などとして本件車両以外に5台ほどの車両を有していたというのであり、乙6には、原告が乗れる車は何台かあり、それらに入れ替え乗っていたが決めた車には乗っていなかった旨、原告が供述した旨の記載があって、原告は特段、乗る車に不自由していたわけではないと認められるのに、何故事故車両である本件車両をかなりの修理をしてまで自己用としたのかやや不自然である。
2 本件保険契約
甲18によれば、本件保険契約は、個人的な商売の関係から、M方で締結したのであるが、車両価格につき、年々車両の価格は下がることから原告自身がいつも最高限度価格で設定しており、Mが最高額を240万円と設定してくれた旨記載されているところ、原告は、本件車両の保険契約時の価格につき、レッドブックではなくオークション価格で考えると言いながら、オークション価格を調べたことはなく、甲18では本件車両の修理代が120万円はかからなかったが、きれいに仕上げていたし、DVDナビシステムも設置しているので200万円では売れると考えていた旨供述している。しかし、付属装置を設置したのは原告自身であるし、事故車両は評価損が生じることも明らかであるのに、きれいに仕上げたからといって何の根拠もなく、本件車両が200万円で売れると考えていたとの上記供述は、本件車両と同型車の中古小売価格が161万円であること(乙17の1・2)に照らしても、にわかに信じられない。しかも、本件車両の保険価格につき、Mが何をもって240万円と算定したのか、原告自らが200万円の価値はあると考え最高価格での算定を望んだとしても、これより高い240万円となるのかの理由は明らかでなく、結局、同保険金額設定の根拠は見当たらない。しかも、原告本人は、被告と保険契約を締結したのは、本件車両が初めてであり、保険料は月払いにしており、上記個人的な商売の便宜から締結したといいながら、他の車両につき被告と契約する予定があったとは供述していない。すなわち、原告は、本件車両のみ、初めて被告と保険契約を締結し、しかも車両価格の評価につき、何らの根拠もなく、原告の主観以上に高価な価格を設定しており、保険料も一括で支払ったわけではない。
五 以上、本件車両が、<略>の屋上駐車場から持ち去られた時の客観的状況からは、本件車両の持ち出しに原告が関与している可能性は高いと考えられるほか、原告が車両保険に関して通常よりも保険事故に遭遇することが多く、本件車両を取得した理由はやや不自然であるうえ、保険金の不正請求をする動機がないわけではなく、保険価格の設定につき納得できる根拠は見当たらない。
これらの事情を総合考慮すると、本件車両の遺失が盗難であって偶然の保険事故であると認めることはできない。
よって、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 宮本初美)