大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所堺支部 平成15年(ワ)43号 判決 2004年9月28日

主文

1  原告と被告との間の別紙物件目録記載の各建物についての賃貸借契約における約定純賃料が、平成9年7月1日から平成13年11月30日までの間は1か月404万円、平成13年12月1日以降は1か月371万円であることを確認する。

2  原告のその余の本訴請求を棄却する。

3  被告の反訴請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを5分し、その4を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  本訴請求の趣旨

原告と被告との間の別紙物件目録記載の各建物についての賃貸借契約における約定純賃料が、平成9年7月1日から平成13年11月30日までの間は1か月276万2000円、平成13年12月1日以降は1か月272万3000円であることを確認する。

2  反訴請求の趣旨

(主位的請求)

(1) 原告は、被告に対し、別紙物件目録記載の各建物を明け渡せ。

(2) 原告は、被告に対し、平成16年6月1日から前記明渡済みまで1か月451万9500円の割合による金員を支払え。

(3) 仮執行宣言

(予備的請求)

(1) 原告は、被告に対し、平成19年12月30日限り、別紙物件目録記載の各建物を明け渡せ。

(2) 主位的請求(2)と同じ

(3) 平成19月12月31日を停止期限とする仮執行宣言

原告は、「被告の反訴に係る訴えを却下する。」との裁判を求めた。

第2当事者の主張

(本訴関係)

1  請求原因

(1) 原告は、被告から、平成4年12月1日、別紙物件目録記載の各建物(以下「本件各建物」という。)を次の約定で賃借した(以下、この契約を「本件契約」という。)。

① 期間 平成4年12月1日から15年間

② 賃料 下記の各年度の約定純賃料に償却賃料額を加算した額を月額賃料とする。償却賃料額とは、本件建物のうち、別紙物件目録記載1の建物(以下「本件建物1」という。)を除くその余の建物にかかる当該年度の不動産取得税、固定資産税及び都市計画税相当額の12分の1並びに本件契約についての契約書5条の記2に記載する建設協力金返還金相当額をいう。

初年度 平成4年12月1日ないし平成5年11月末日 360万円

2年度 平成5年12月1日ないし平成6年11月末日 360万円

3年度 平成6年12月1日ないし平成7年11月末日 360万円

4年度 平成7年12月1日ないし平成8年11月末日 369万円

5年度 平成8年12月1日ないし平成9年11月末日 369万円

6年度 平成9年12月1日ないし平成10年11月末日 441万4500円

7年度 平成10年12月1日ないし平成11年11月末日 441万4500円

8年度 平成11年12月1日ないし平成12年11月末日 441万4500円

9年度 平成12年12月1日ないし平成13年11月末日 441万4500円

10年度 平成13年12月1日ないし平成14年11月末日 441万4500円

11年度 平成14年12月1日ないし平成15年11月末日 451万9500円

12年度 平成15年12月1日ないし平成16年11月末日 451万9500円

13年度 平成16年12月1日ないし平成17年11月末日 451万9500円

14年度 平成17年12月1日ないし平成18年11月末日 451万9500円

15年度 平成18年12月1日ないし平成19年11月末日 451万9500円

③ 保証金等 ア 建設協力金

原告は、本件建物1の建設協力金として7500万円を、別紙物件目録記載2及び3の各建物(以下、それぞれ「本件建物2」、「本件建物3」という。)の建設協力金として3億2760万円を無利息で被告に預託する。本件建物2、3の建設協力金の預託は、原告及び被告間で別途協議したところに従い、請負契約に基づく末広建設株式会社に対する支払の完了をもって預託されたものとみなす。

イ 保証金

原告は、賃料の支払、損害の賠償、その他本件契約から生ずる債務の弁済を担保するため、同契約存続中、1500万円を無利息で被告に預託する。

④ 賃料の変更 消費者物価指数の変動及び経済情勢の変動が予期せざる程度に及び、本件各建物の約定純賃料が著しく不相当となった場合は、原告及び被告で協議の上、これを改定することができる。

(2) 本件契約後、大阪府下の不動産市況は下降をたどり、不動産評価額は下落し続けており、本件契約の約定賃料は、著しく不相当となっている。

(3) 原告は、被告に対し、平成9年6月27日ころ、同年7月1日をもって、本件建物の賃料を減額する旨の意思表示をした。

(4) 原告は、被告に対し、平成13年11月26日、同年12月1日をもって、本件建物の賃料を減額する旨の意思表示をした。

(5) 本件建物の相当純賃料は、平成9年7月1日時点が1か月276万2000円、平成13年12月1日時点が1か月272万3000円である。

(6) 被告は、前記(5)の各相当純賃料額を争っている。

よって、原告は、被告に対し、本件建物の約定純貸料が、平成9年7月1日ないし平成13年11月30日が1か月276万2000円、同年12月1日以降1か月272万3000円であることの確認を求める。

2  請求原因に対する認否

(1) 請求原因(1)の事実は認める。

(2) 同(2)の事実は否認し、主張は争う。

(3) 同(3)、(4)の事実は認める。

(4) 同(5)の事実は否認する。

なお、鑑定人Aの鑑定(以下「A鑑定」ともいう。)は、本件契約が原・被告らの共同事業の一環であり、賃料は被告の出資に対する収益として契約当初から、地価の上下とは一応無関係に計画的に決定されたことを無視していること(以下「被告主張1」という。)、地価が高いにかかわらず貸料を安価とし、原告が大きく利得している結果を無視していること(以下「被告主張2」という。)、評価対象地の標準価格の算出方法が不明であること(以下「被告主張3」という。)、水路の存在を理由に土地価格を16パーセントも減価するのは不合理であること(以下「被告主張4」という。)、利回り法及びスライド法は運用益と本来無関係であるから、これらの算定方法を差額配分法に加味した賃料から低下金利分を控除する理由がないのに、低下金利分の半額を控除し、さらに、その後の算出過程で、再度、運用益を控除し、結局、2回にわたって運用益を控除していること(以下「被告主張5」という。)、15年の契約期間終了後、本件建物の取り壊しが予定されているのに、減価償却費及び取り壊し費用の計算上25年後の取り壊しを前提としていること(以下「被告主張6」という。)、以上の理由により不当である。

(5) 同(6)の事実は認める。

3  被告の主張

(1) 賃料減額請求権の不存在

① 本件契約は、建物賃貸借契約の形態を採っているが、実質は、原告、被告、株式会社永井スポーツセンター、株式会社ジャパンマーケッティングアソシエイツ及びテレビ大阪株式会社の共同事業である。この事業の内容は、被告が所有地を提供し、原告がその地上に建物を建ててその所有名義を被告としながら、原告が転貸等を行って収益を上げ、被告は原告から賃料名義で収益を得るというものである。賃料は、事業継続期間である15年分が予め決定され、原告の建物建設費負担を勘案して当初は低額とし、順次増額することにし、原・被告が協議の上、前記土地上に本件建物以外の建物を建築した場合、この新建物も本件契約の対象になるが、純賃料は変更がないとされている。このように本件契約における賃料は名目上のものであり、実質上は共同事業の分配金である。

したがって、本件契約については、借地借家法の適用を受けない。

② 本件建物の賃料が、前記のとおり、実質上は共同事業の分配金であり、15年間の継続事業の趣旨に従って設定されていることからすると、原告は、地価の下落を理由として賃料の減額を請求できないと解すべきである。

(2) 本件建物2、3の建設協力金不返還

本件契約に先立って前記(1)、①の原・被告ら5者が調印した協定書において、建物等の建設費はすべて原告及び株式会社ジャパンマーケッティングアソシエイツの負担とされていたところ、本件建物2、3の建設協力金は、前記原告ら2社の事業分担金であるから、被告にその返還を請求し得るものではないし、被告にはその運用益は発生しない。なお、本件契約においては、本件建物2、3の建設協力金を分割返済するものとされているが、他方、原告は、この返済額と同額を償却賃料の一部として支払うものとされ、現実には、この建設協力金返済額については金銭の授受はない。

(3) 現行賃料の相当性等

① 本件建物の約定賃料は、月額1平方メートル当たり約372円(平成13年まで)又は約390円(平成14年ないし平成18年)にしかならず、敷地の公租公課の3倍以下(平成13年まで)又は3.83倍(平成14年)に過ぎない。

② 本件建物は転用が不可能であるから、被告は、15年間の契約終了後、その費用負担で同建物を撤去する予定である。

③ 原告は、被告が造成費を支出して設置し、ピープルに賃貸した駐車場につき、これを無償で使用し、かつ、駐車場料及び管理運営費名目で収入を得ている。

(4) 消滅時効

原告は、平成9年6月27日ころ、同年7月1日以降の賃料につき減額請求権を行使し、これによって賃料は相当額に増減しているところ、この増減した時点から本訴提起までに5年以上経過しているから、賃料減額請求権行使の効果は、民法169条により時効消滅している。

4  被告の主張に対する原告の反論

(1) 本件建物2、3の建設協力金

本件建物2、3の建設協力金は、本件契約により、預託金として返還されるべき性質のものであるから、その運用益は、賃料の前払い的性格を有し、適正賃料は、実質賃料から運用益分を控除して算定されるべきである。本件契約特有の「約定純賃料」及び「償却賃料」についての約定から、前記建設協力金の返還を要しないと解することはできない。

(2) 消滅時効

賃料減額請求権行使の結果生じた効果が、その後時効消滅することはあり得ない。

(反訴関係)

1  請求原因

(1) 被告と原告は、平成4年12月1日、本件契約を締結し、被告は、原告に対して本件各建物を引き渡した。

本件契約は、本訴における「被告の主張」(1)記載のとおり、原告、被告外3社の15年間の共同事業の一環として締結されたものであり、15年間の契約期間が終了すれば本件契約は消滅する。その意味で、本件契約は、借地借家法の適用を受けない。しかるに、被告が、原告に対し、平成19年11月30日の契約期間満了時に本件建物を明け渡すことを明確化するよう求めたところ、原告は、本件契約は通常の賃貸借契約であるから明け渡す意思はないと回答した。原告のこの回答は、15年間の共同事業であることを根本から覆すものであり、背信性が大であるから、原告が契約条項に違反し、本件契約を継続し難いと認められるときは、被告は本件契約を解除できる旨の本件契約の約定に基づき、被告は、原告に対し、本件反訴状によって、本件契約を解除する。

(2) 平成14年12月1日以降の本件建物の賃料相当損害金は、1か月451万9500円である。

よって、被告は、原告に対し、主位的には、契約解除に基づき、本件建物の明渡及び平成16年6月1日から明渡済みまで1か月451万9500円の割合による賃料相当損害金の支払を求め、予備的に、契約期間の終了に基づき、平成19年12月30日限り本件建物を明け渡し、かつ、平成16年6月1日から明渡済みまで前同様の割合による賃料相当損害金を支払うことを求める。

2  原告の本案前の主張

本件反訴は、本訴の目的である防御方法と関連する請求を目的とするものではなく、また、本件反訴の提起により、著しく訴訟手続を遅延させるから、不適法である。

3  原告の本案前の主張に対する被告の反論

本件契約が共同事業の一環として締結されたとの被告の主張は、本訴における原告の賃料減額請求権を否定する理由であるとともに、反訴請求における契約解除の前提となるものであるから、本件反訴請求は、本訴の防御方法と関連性を有する。

被告は、遅くとも平成15年6月26日付け準備書面により、前記共同事業の主張をし、その立証をしてきたが、裁判所の訴訟指揮により実質的審理が行われなかったにとどまるから、本件反訴の提起は時機に後れたもとはいえない。

4  請求原因に対する認否

(1) 請求原因(1)のうち、被告と原告が平成4年12月1日本件契約を締結し、被告が原告に対して本件各建物を引き渡したことは認める。その余は、被告による契約解除の意思表示の存在を除き争う。

(2) 同(2)の事実は否認する。

理由

第1本訴請求について

1  請求原因(1)(本件契約の成立)、(3)、(4)(賃料減額請求)及び(6)(質料額についての紛争の存在)の各事実は当事者間に争いがない。

2  請求原因(2)、(5)について判断する。

(1)  原告による賃料減額請求の可否

① 前記第1、1の事実、甲1号証の1・2、2号証の1ないし3、乙1、2号証、3号証の1・2、6号証(甲1の1と同じ)、7号証(甲1の2と同じ)、8号証、9号証の1ないし10、鑑定の結果に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

ア 原告、被告、株式会社永井スポーツセンター、株式会社ジャパンマーケッティングアソシエイツ及びテレビ大阪株式会社は、平成3年12月24日、「被告所有地に、原告指定の仕様に基づくインフォメーションパビリオン、フラワーセンター、バラエティショップ、アミューズメントアメニティ施設及び駐車場を建設し、レジャー、スポーツ及びリゾートに焦点を当てた事業を展開する。」、「事業は平成4年9月1日に開場し、15年間の継続事業とする。」、「株式会社永井スポーツセンターが土地整地費及び建設引当金2億円を負担するほか、前記各施設の建設費は、原告及び株式会社ジャパンマーケッティングアソシエイツがすべて負担し、株式会社永井スポーツセンター及び被告に対して何らの請求をしない。」、「前記各施設は、被告の所有とみなす。」、「開場後の催事は、原告が主催し、テレビ大阪株式会社が後援し、株式会社ジャパンマーケッティングアソシエイツが企画を代行する。」こと等を内容とする協定書(乙1)に調印した。

イ 株式会社永井スポーツセンターと原告は、平成3年12月24日、株式会社永井スポーツセンター所有の土地に原告の指定する仕様により建設する建物及び附帯施設につき、以下の約定を含む賃貸借契約の予約を締結した。

(ア) 期間15年、期間延長は、契約終了の1年前に双方協議の上決定する。

(イ) 当初賃料は月額360万円とし、賃料改定は別途覚書による。

消費者物価指数の大幅な変動、賃貸借物件の公租公課の急激な上昇、経済情勢の大幅な変動等により、前記改定率が著しく不相当となった場合は、双方協議の上改定率を決定する。

(ウ) 原告は、建設協力金として7500万円を無利息で株式会社永井スポーツセンターに預託する。

株式会社永井スポーツセンターは、建設協力金を、本契約締結の日から3年間据え置き後、20パーセントを引きびきし、12年間で分割返還する。

(エ) 株式会社永井スポーツセンターは、賃貸借物件である土地の整備費及び一部施設の建築費として2億円を限度として負担し、その他の施設は原告が建設し、原告は、株式会社永井スポーツセンターに対し、その建設費の支払を請求しない。

(オ) 原告は、保証金として1500万円を預託する。

ウ 被告は、末広建設株式会社に対し、平成4年8月5日、代金4億7380万円で本件各建物等の建築工事を発注した(後に、請負代金額は4億5880万円に変更された。)。末広建設株式会社は、同年12月ころまでに、前記工事を完成させた。

エ 原告と被告は、平成4年12月1日、本件契約の内容が記載された賃貸借契約書(甲1の1、乙6)に調印した。前記賃貸借契約書は、冒頭に、前記アの協定書による合意を実施するため、以下のとおり賃貸借契約を締結する旨記載されている。また、前記契約書には、本件契約の内容を記載した条項のほか、次の趣旨の条項がある(本件契約は、これらの条項による約定を含むことになる。)。

(ア) 被告は、前記イの賃貸借契約予約及び前記ウの請負契約に基づき建設された本件各建物を原告に賃貸する。原告は、本件各建物の賃貸借に伴い、被告所有の本件各建物の敷地を含む前記契約書別紙図面で範囲を示した土地を駐車場、駐輪場として利用することができる(1条)。

(イ) 被告は、原告に対し、本件建物1の建設協力金7500万円につき、3年間据え置いた後、20パーセント相当額を控除した金額を、平成7年12月から144回に分割して支払う(5条の記1)。

(ウ) 被告は、原告に対し、本件建物2、3の建設協力金3億2760万円につき、6か月間据え置いた後、平成5年6月から174回に分割して支払う(5条の記2)。

(エ) 被告は、本件各建物につき、原告のため賃借権設定登記をすることを承諾する(16条)。

(オ) 原告が本件契約の各条項に違反し、本件契約を継続し難いと認められるときは、被告は、催告の上、本件契約を解除することができる(17条4号)。

(カ) 本件契約締結後、原・被告が協議の上、本件各建物以外の建物の建設に合意したときは、新建物についても本件契約に基づく賃借建物に含まれるものとする。その場合、新建物に対する建設協力金及び償却賃料等については別途協議又は別途協議決定するが、純賃料は変更しない。

オ 原告と被告は、本件契約締結と同時に、「本件契約は、被告所有地上に建設した賃貸借物件を被告所有の建物としているが、その建設費の大半は原告が負担したものであり、原告は、その償還を被告に請求しないことを約定したものである。」との趣旨の条項を含む覚書(甲1の2、乙7)を交わした。

カ 本件契約の内容を記載した前記エの賃貸借契約書には、本件契約において借地借家法の適用を排除する旨の規定はなく、他に、原・被告間でその旨記載した書面は作成されていない。

キ 本件建物1は、スケルトン仕様の飲食店舗として、本件建物2は、ログハウス仕様の店舗として、本件建物3は、スケルトン仕様の物販店舗・遊技場(カラオケボックス)としてそれぞれ設計されている。

本件各建物敷地と一体をなす被告所有地には、スポーツセンター等が存在し、全体で複合商業施設ゾーンを形成している。

② 前記認定事実に基づき判断する。

本件契約は、原告、被告、株式会社永井スポーツセンター、株式会社ジャパンマーケッティングアソシエイツ及びテレビ大阪株式会社が被告所有地上において展開することを計画したレジャー事業等を具体化するものと位置付けられるが、あくまで建物賃貸借契約の体裁を採っている。実質的にみても、本件契約において、事業主体となる者の資金提供により他人の所有地に建設された建物につき土地所有者と事業主体者間で締結される一般的な建物賃貸借契約と比較して格別異質な約定、または賃貸借契約としては説明困難な約定が含まれているとは解されない。他方、原・被告間において、共同事業契約又は組合契約的な具体的約定を内容とする契約書面が作成されたことを認めるべき証拠はない。そうすると、本件契約が、賃貸借契約以外の共同事業契約又は組合契約等であるとか、借地借家法の適用を受けない特別な賃貸借契約であると解する理由はないというべきである。

したがって、本件契約は、借地借家法の適用を受ける建物賃貸借契約(借家契約)であり、原告は、賃料減額請求権を有するというを妨げない。これに反する被告の主張は採用できない。

(2)  賃料減額請求権発生の有無及び相当賃料額

① 鑑定の結果によれば、本件各土地の近隣地域は、都市計画法上の準工業地域にあり、その標準的使用は、沿道サービス施設地であるところ、大阪市及び堺市の公示価格は、平成6年以降、住宅地、商業地及び工業地とも毎年下落していること(対前年比で、最少マイナス1.3パーセント、最大マイナス19.8パーセント)、本件契約成立時点と平成9年7月1日時点での消費者物価指数の変動率はプラス3.6パーセントであるが、前記各時点での企業向けサービス価格指数(不動産賃貸)の変動率はマイナス3.8パーセント、堺市における小売業の売場面積1平方メートル当たりの年間販売額の変動率はマイナス9.9パーセントであること、平成9年7月1日時点と平成13年12月1日時点での消費者物価指数の変動率はマイナス1.8パーセント、企業向けサービス価格指数(不動産賃貸)の変動率はマイナス5.2パーセント、堺市における小売業の売場面積1平方メートル当たりの年間販売額の変動率はマイナス16.5パーセントであることが認められ、平成4年12月1日以降平成13年12月1日までの間、景気が低迷していたことは公知の事実である。これらの事実に本件契約において、正常賃料に比し特に高額の賃料合意がなされたことを認めるに足りる証拠がないことを併せ考慮すると、本件契約における約定純賃料は、平成9年7月1日時点では高きに失するものとなり、更に同時点で相当賃料額に減額されたとしても、平成13年12月1日時点では減額後の約定純賃料が再び高きに失するものとなったと認めるのが相当である。

なお、前記第1、1、2、(1)、①、アないしオ認定事実及び鑑定の結果によれば、本件契約における約定純賃料は、15年間の契約期間の賃料を一括合意し、これを契約期間内に経時的に漸増させるように配分する構造となっているところ、この場合、契約期間内のある時点における相当賃料額(約定純賃料額)の算定に当たっては、15年間の約定純賃料を単純平均した額を比較の基準となる従前賃料(従前合意時点は、平成4年12月1日の本件契約日)とするのが相当と認められる。前記の賃料の不相当性も、この従前賃料を基準とした場合の判断である。

② 鑑定の結果によれば、本件各建物の平成9年7月1日時点における相当な継続約定純賃料は月額404万円であり、同時点において、同各建物の約定純賃料が月額404万円に改定されたことを前提とした場合の平成13年12月1日時点での相当な継続約定純賃料は月額371万円であると認められる。

③ 被告は、被告主張1ないし6を理由として、鑑定の結果(A鑑定)は不当である旨主張するので、順次検討する。

ア 被告主張1について

本件各建物の賃料が15年分一括合意され、その意味で「計画的に決定された」ことと、事情変更による賃料の変更が予定されているか否かは別問題である。現に、本件契約は、「消費者物価指数の変動及び経済情勢の変動」により、約定純賃料が改定される場合があることを明示的に確認している(請求原因(1)、④)。

被告主張1は失当である。

イ 被告主張2について

地価が高いにかかわらず賃料を安価とし、原告が大きく利得していることを認めるに足りる証拠はない。

ウ 被告主張3について

A鑑定は、「評価対象地」の「標準価格」なる概念を採用しておらず、被告がいう「評価対象地の標準価格」の意味は不明である。この点を措くとして、A鑑定は、各価格時点における標準価格の算定方法を十分説明しているし、評価対象地の価格査定についても、採用した増減価率の根拠につき必要な限度で説明している。

被告主張3の非難は当たらない。

エ 被告主張4について

A鑑定は、評価対象地の価格査定において、水路の存在を減価要因とし、減価率を計16パーセントとしているが、この減価率は合理的判断の枠内と解され、これを覆すに足る事情を認めるべき証拠はない。

オ 被告主張5について

利回り法及びスライド法は運用益と本来無関係であるとの被告の主張の趣旨は必ずしも定かでない。利回り法における継続賃料利回り(従前実績利回り)算出の基礎となる実際実質賃料が、支払賃料に一時金の運用益等を加算して算出されることは異論がないと解されるし、利回り法によって試算される継続賃料も実質賃料(純賃料に諸経費等を加算したもの)であるから、適正な支払賃料を求めるには一時金の運用益を控除する必要がある。スライド法については、確かに、従前支払賃料を基礎としてスライドさせる方式もあるが、実際実質賃料をスライドの基礎とする方式もあり、A鑑定のように、複数の手法で算出した試算賃料を総合して適正な継続賃料を求める方法を採る場合、実際実質賃料を基礎とするスライド法を採用する方が便宜である。

A鑑定は、従前合意時点(従前改定時点)から評価時点までの間に、金利水準が極端に変動した場合、試算された実際実質賃料から継続支払賃料を求めるために控除する一時金の運用益を、従前合意時点又は評価時点のいずれの金利水準に従って算出しても、賃貸人・賃借人間の公平を欠く結果になることから、継続実質賃料算出の最終過程で運用益の減少分の一部を賃貸人に負担させる補正を加えた上、継続実質賃料から控除する一時金運用益については、これを評価時点の金利水準で算定することによって、公平を図ったものと解され、その手法には合理性があるといえる。金利変動を考慮した継続実質賃料の補正と、支払賃料を求めるための一時金運用益の控除は、全く趣旨が異なるから、これを運用益の二重控除であるというのは当たらない。

以上に反する被告の主張は採用しない。

カ 被告主張6について

A鑑定は、本件各建物の合理的経済的耐用年数を25年としているが、その判断が不合理であることを認めるべき証拠はない。また、本件各建物が、原告以外の者にとって使用価値のない特殊な使用であることを認めるべき証拠もない。現に、甲10号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件各建物の一部を転貸していることが認められる。仮に、本件契約が15年の契約期間満了により終了した場合に、被告が、合理的経済的耐用年数の経過していない本件各建物を自ら使用し又は他に賃貸することなく、取り壊すことを予定しているとしても、同各建物の相当賃料の算定に当たり、この予定を前提とすべき合理的必要はないと解される。

④ 本件建物2、3の建設協力金の運用益を実質賃料から控除すべきか否かにつき、原・被告は、異なる主張をし、A鑑定は非控除説で処理しているが、鑑定の結果によれば、いずれの立論を前提としても、理論上は、結論において、算出される継続支払賃料の額に差異はないと認められる。

⑤ 被告は、被告が造成費を支出して設置し、ピープルに賃貸した駐車場を、原告が無償で使用し、かつ、原告は、駐車場料及び管理運営費名目で収入を得ていると主張するが、鑑定の結果によると、被告主張の点は、結論を影響を及ぼさない事情であると認められる。

⑥ 他に、A鑑定が、前提した事実に誤認があるとか、その採用した鑑定手法、判断過程に明らかな不合理があることを認めるべき証拠はない。

したがって、前記第1、2、(2)、②の判断は揺るがない。

(3)  賃料減額請求の効果

以上によれば、本件各建物の約定純賃料は、請求原因(3)の賃料減額請求により平成9年7月1日から1か月404万円に、請求原因(4)の賃料減額請求により平成13年12月1日から1か月371万円にそれぞれ変更された。なお、平成9年7月1日に変更された賃料1か月404万円は、当時の名目上の支払純賃料1か月369万円より高額であるが、前記第1、2、(2)、①説示のとおり、15年間の約定純賃料を単純平均した額を比較の基準となる従前賃料とすべきところ、鑑定の結果によれば、この意味での従前賃料は、1か月419万円であると認められるから、平成9年7月1日に変更された後の約定純賃料は、従前賃料より減額となる。

3  被告は、原告が、平成9年6月27日ころ、同年7月1日以降の賃料につき減額請求権を行使し、これによって賃科は相当額に増減しているところ、この増減した時点から本訴提起までに5年以上経過しているから、賃料減額請求権行使の効果は、民法169条により時効消滅していると主張するが、形成権である賃料減額請求権の行使によって発生した賃料変更という契約内容の変更自体は、民法169条の「債権」に該当しないことが明らかである。

被告の前記主張は失当である。

第2反訴請求について

1  反訴請求の適法性

反訴請求原因として被告が主張する本件契約の共同事業性は、本訴における原告の賃料減額請求権を否定する理由としても主張されているから、反訴請求は、本訴の防御方法と関連する請求であるといえる。

また、反訴の提起が著しく訴訟手続を遅滞させることになるとはいえない(現に著しく遅滞させたとは認められない。)。

したがって、本件反訴は、民訴法146条1項本文を要件を欠くか、同条項ただし書の消極要件に該当するものではないから、適法である。

2  主位的請求について

被告と原告が、平成4年12月1日、本件契約を締結し、被告が原告に対して本件各建物を引き渡したことは当事者間に争いがなく、被告が、原告に対し、平成16年5月25日の本件口頭弁論期日において陳述した本件反訴状によって本件契約を解除したことは記録上明らかである。

被告は、本件契約が15年間の共同事業の一環として締結されたものであるから、借地借家法の適用を受けず、更新の余地はない旨主張するが、前記第1、2、(1)認定説示の理由により採用できない。

したがって、被告のした本件契約の解除は無効であるから、その余の点について判断するまでもなく主位的請求はいずれも理由がない。

3  予備的請求について

(1)  被告の予備的請求中、建物明渡請求及び口頭弁論終結日の翌日であることが記録上明らかな平成16年7月21日以降建物明渡済みまでの賃料相当損害金請求は、将来の給付の訴えであるところ、特に、建物明渡請求についてはあらかじめ請求をする必要がある場合(民訴法135条)に当たるか疑問もあるが、被告は、本件契約が平成19年11月30日の契約期間満了時に確定的に終了し、原告の建物明渡義務の履行期が確実に到来するのに、原告がこれを争っていると主張して反訴の各請求をしていることからすると、将来給付の訴えの前記要件を満たすといえなくもない。

(2)  被告は、平成19年11月30日に本件契約が終了と主張するだけで、予備的請求の関係でそれ以前の同契約の終了原因を主張しない。したがって、反訴請求中、本件各建物についての平成16年6月1日から平成19年11月30日までの賃料相当損害金請求は、請求原因事実の主張自体が失当である。

(3)  本件契約が平成19年11月30日に更新なく確定的に終了するといえないことは前示のとおりであるから、本件各建物の明渡請求及び平成19年12月1日から明渡済みまでの間の賃料相当損害金請求は理由がない。

第3結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、本件各建物についての賃貸借契約における約定純賃料が、平成9年7月1日から平成13年11月30日までの間は1か月404万円、平成13年12月1日以降は1か月371万円であることの確認を求める限度で理由があり、被告の反訴請求はいずれも理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤明)

(別紙)物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例