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大阪地方裁判所堺支部 平成15年(ワ)968号 判決 2003年12月01日

主文

一  原告らと被告の間において、別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく原告らの被告に対する損害賠償債務は金九八一万〇二七一円を超えて存在しないことを確認する。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

原告らと被告の間において、別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく原告らの被告に対する損害賠償債務は金三九万七六〇八円を超えて存在しないことを確認する。

第二事案の概要

一  本件は、原告X1の運転する車両が被告の運転する車両に衝突して被告が負傷した交通事故に関して、原告X1及び同人とともに自動車損害賠償保障法三条に基づき連帯賠償責任を負担する原告医療法人X2会及び原告X3が、被告に対して、被告から原告らに対して請求される損害賠償債務が一定金額以上存在しないことの確認を求めている事案である。

二  前提となる事実(争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実(該当証拠は括弧内に掲記する。))

(1)  本件交通事故

原告X1と被告との間で発生した交通事故の内容は、別紙交通事故目録記載のとおりである(甲一、甲二、弁論の全趣旨)。

(2)  原告らの責任

ア 本件交通事故は、原告X1がギアがバックに入っているのに気付かず加害車両を発進させたことにより発生したものであるので、原告X1は民法第七〇九条に基づき被告の損害を賠償する責任がある(甲二、弁論の全趣旨)。

イ 原告医療法人X2会は加害車両の保有者であり、原告X3は加害車両の運行供用者であるので、自動車損害賠償保障法三条に基づき原告X1と連帯して被告の損害を賠償する責任がある(甲四、弁論の全趣旨)。

(3)  被告の受傷及び通院状況

被告(昭和○年○月○日生)は、本件交通事故により、頚椎捻挫、左肩関節捻挫、左第七肋骨骨折等の傷害を負った。

被告は、a整形外科に平成一三年一一月一六日から平成一四年五月二七日まで一九三日間(内通院実日数一〇七日)通院した(甲六ないし甲二一)。被告は、上記a整形外科において、平成一四年五月一八日で症状固定したとの診断を受けた(争いのない事実)。

また、被告は、左第五頚椎神経より第一〇胸椎神経領域の脊髄症並びに脊髄根症状を呈しているとの由で、脊椎・脊髄疾患精査目的でMRI撮影のために、bクリニックの紹介を受けて、平成一四年五月二三日、同クリニックに通院し頚椎及び胸椎のMRIを撮った(甲二二、甲二三)。

a整形外科によれば、上記MRI検査の結果は、頚椎、胸椎とも異常所見を認めずというものであった。なお、上記胸椎MRI検査によって、胸腔内に液貯留を認めたが、レントゲン検査の結果では特に胸水は認められなかった(甲二〇、乙三四)。

(4)  既払額

被告に対しては、これまで以下のとおり合計四五一万円が支払われた(甲二六、乙四五、弁論の全趣旨)。

ア 加害車両付保の自賠責保険(株式会社損害保険ジャパン)より被告に対し二八万一三二二円と三三一万円。

イ 加害車両付保の任意保険(株式会社損害保険ジャパン)より被告に対し一四万円。

ウ 加害車両付保の任意保険から、a整形外科に対し七一万一二三八円(平成一三年一一月一六日から平成一四年五月二七日までの分)、bクリニックに対し六万七四四〇円(平成一四年五月二三日の分)。

三  当事者の主張

(原告らの主張)

(1) 本件交通事故による被告の損害額は、次のとおり合計四九〇万七六〇八円である。

ア 治療費 八〇万六二四八円

内訳

(ア) a整形外科

平成一三年一一月一六日から平成一四年五月二七日までの治療費 七三万八八〇八円

(イ) bクリニック

平成一四年五月二三日の治療費 六万七四四〇円

イ 通院交通費 四万一一六〇円

被告宅からa整形外科まで片道約九・八キロメートルである。被告は自家用車で一〇五日間通院したので、通院交通費は四万一一六〇円となる。

(算式) 20円×9.8キロメートル×2×105日=4万1160円

ウ 休業損害 一二万三二〇〇円

被告は、本件交通事故当時、東京海上火災保険株式会社のパート社員で、代理店を回って自賠責保険金の集金業務を行っていた。しかるに、本件交通事故による受傷のため同業務を平成一三年一一月一九日から同年一二月二一日までの間に二二日欠勤した。被告の時給は一四〇〇円で、一日実働は四時間であるので、被告の休業損害は一二万三二〇〇円となる(甲二四参照)。

(算式) 1400円×4時間×22日=12万3200円

エ 傷害慰謝料 六二万七〇〇〇円

オ 後遺障害慰謝料 三三一万円

被告の後遺障害は、自賠責損害調査事務所において、被告からの異議申立を受けて、下記理由により併合一一級と判定された。

(ア) 受傷当初から左上肢の脱力感、しびれの神経症状が認められており、a整形外科において左手指の腫脹、c記念病院において左手のうっ血、冷感等の所見が認められ、カラー写真上もこれを確認できることから、神経症状をある程度客観的に裏付ける所見はあるものと捉えられる。よって、頚椎捻挫後の頚部から左上肢の神経症状については、これを他覚的に証明されるものと認め、「局部に頑固な神経症状を残すもの」として第一二級一二号を適用する。

(イ) 左肩関節可動域制限については、XP上明らかな異常所見は認められないものの、その経過や他動値も制限されていることを勘案し、左肩関節捻挫後の拘縮によるものと捉えることとする。障害程度については、屈曲伸展および外転の運動可能額域が健側の三/四以下に制限されていることから、「(左肩)関節の機能に障害を残すもの」として第一二級六号を適用する。

(2) 既払金(前記二(4)参照)を控除すれば、原告らにおいて、被告に対して更に賠償を要すべき金額は三九万七六〇八円であるが、被告は原告らに対し、これを超える損害賠償金の支払を求めている。

(3) 被告の主張に対する反論

ア 被告には、左上肢機能の全廃を客観的に裏付けるほどの所見を認めることはできず、被告の症状をRSDによるものと認めることは困難である。

イ 被告が本件交通事故によって被った傷害は、平成一四年五月一八日に症状固定となっている。したがって、それ以降の治療費は、本件交通事故とは相当因果関係がない。

ウ 通院介護の必要性は認められない。被告は、平成一三年一二月二一日以降は、従前どおり自ら車を運転し、代理店を回って自賠責保険金の集金業務を行っている。

また、被告は、本件交通事故後も従前どおり自賠責保険金の集金業務を行っており、家事を休んでいるとは思われない。

(被告の主張)

(1) 原告らの主張する損害額はいずれも否認する。

被告は、後遺障害として、RSD(反射性交感神経性ジストロフィー)の診断を受けている。

被告のa整形外科への通院は、労災アフターケアのために、原告ら主張の通院時期以降も続いている。よって、原告ら主張の通院日数は誤りである。

また、休業損害証明書(甲二四参照)の意味は不明である。

なお、被告から損害賠償請求を求める反訴を提起する予定はない。

(2) 損害費目別の被告の主張

ア 治療費

原告ら主張の金額の外に、少なくともa整形外科に対する平成一四年五月一九日から平成一四年一〇月三一日までの治療費四万七九二〇円が未払いであり、この金額を追加する必要がある。

イ 通院交通費

被告勤務先との契約による単価である一キロメートル四〇円(自家用車)で計算すべきである。

ウ 通院介護者の介護費用

一日二〇〇〇円として平成一四年五月一八日の症状固定日までの通院介護費用は以下のとおりである(Aが通院介護した。なお、その後も上記介護費用は発生している。)(乙三八の一参照)。

(算式) 2000円×63日=12万6000円

エ 休業損害

(ア) 原告らは被告のパートタイマー休業損害(平成一三年一一月一九日から同年一二月二二日まで三三日間休業)として、一四万一〇四二円を提示していたはずである(乙二九の五参照)。

(イ) 被告の家事従事者としての休業損害も認められるべきである。被告は、平成一三年一一月一六日から平成一五年八月二〇日現在までの間、家事従事の仕事を休んでいる。自賠責保険の支払基準では、一日当たり五五〇〇円に相当する。

(算式) 5500円×184日間(平成13年11月16日から平成14年5月18日の症状固定日まで)=101万2000円

オ 傷害慰謝料

自賠責保険の支払基準では、一日四一〇〇円であるから、症状固定日まで一八四日間として、七五万四四〇〇円となるはずである(乙四二参照)。また、民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準いわゆる「赤い本」(二〇〇三年版)における入通院慰藉料基準では六か月で一一六万円となるはずである(乙四三の一、乙四三の二参照)。

カ 後遺障害慰謝料

支払額による積算額は一一二九万円である(乙一の六参照)。

キ その他の損害請求項目として、以下のものがある。

<1> 家族駆け付け費用

<2> 臨時病院搬送及び帰宅費用

<3> 事故車運搬費用

<4> 診断書費用

<5> 労災アフターケア費用

<6> 将来の通院交通費

<7> 将来の介護費用

<8> 補装具購入費用

<9> 日常生活用具購入費用

<10> 住宅改修費用

<11> 自動車改造費用

ク 以上のように、被告の被った損害は、原告らの主張する損害額を超えることになる。

第三裁判所の判断

一  原告ら(なお、原告X3が本件の被告に対する損害賠償責任を負担することについては、前記第二の二(2)のとおりである。)が損害賠償債務として負担する各損害費目について、以下検討する。

(1)  治療費

被告は、通院先のa整形外科において、平成一四年五月一八日をもって症状固定したとの診断を受けており、診断書を発行したのが、同月二七日である(甲一九)。同日までのa整形外科における治療費は七三万八八〇八円であり(甲七、甲九、甲一一、甲一三、甲一五、甲一八、甲二一)、bクリニックにおける平成一四年五月二三日の治療費は六万七四四〇円である(甲二三)。

よって、症状固定日の診断までの被告の治療費として八〇万六二四八円を認めるのが相当である。

なお、症状固定日後の被告の通院治療費を原告らに負担させなければならない事情は認められない。

(2)  通院交通費

被告宅からa整形外科まで片道約九・八キロメートルであること(弁論の全趣旨)、被告が自家用車で一〇五日間通院したこと(弁論の全趣旨)、本件訴訟提起前は原告らの担当保険会社側は、通院交通費として一キロメートル四〇円を被告の実費としており、これを単価相当額として計算する金額を被告に提示していたこと(乙二七の一、乙二七の三、乙二九の五)、その他の交通機関を利用した場合に被告が負担する交通費の金額(乙三七の一、乙三七の二、弁論の全趣旨)等を考慮すると、通院交通費としては、一キロメートル四〇円として、以下のとおり八万二三二〇円を認めるのが相当である。

(計算式) 40円×9.8キロメートル×2×105日=8万2320円

(3)  休業損害

ア 証拠(甲二四、甲二五、乙九、乙二三、乙二六、乙四六)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(ア) 被告は、本件交通事故当時、東京海上火災保険株式会社のパート社員(自賠責集金パート)として稼働し、代理店を回って自賠責保険金の集金業務を行っていたほか、主婦として家事労働にも従事していた。被告には二人の子供がある(長男B(昭和○年○月○日生)及び二男C(昭和○年○月○日生))。

(イ) 本件交通事故による受傷のため、被告は上記業務を平成一三年一一月一九日から同年一二月二一日までの間に二二日欠勤したが、被告の時給は一四〇〇円であり、一日実働は四時間(午前九時一五分から午後二時一五分まで)である。

(ウ) 本件交通事故による受傷前の平成一三年八月の被告の上記パート勤務先会社での稼働日数は二一日、同じく同年九月は二三日、同じく同年一〇月は一九日であった。

(エ) 被告の上記パート勤務先会社からの平成一二年の給与所得は一四八万六〇五〇円であった。また、被告の平成一四年分の所得証明における給与収入は一四七万七七五〇円であった。a整形外科の診断では、被告が療養のために労働できなかったと認められる期間として事故日から平成一三年一二月三一日までの四六日間とされていた。

イ 以上によれば、被告は、パートタイマーとして稼働する兼業主婦であるところ、勤務実態と事故後の稼働状況、併合一一級の後遺障害等級認定を受ける程度の負傷内容であったこと、日常家事を行う上での支障の実情等からすると、本件の場合は、賃金センサスの産業計・企業規模計・学歴計・女子労働者の全年齢平均の賃金額(平成一三年)(三五二万二四〇〇円)を基準として、事故時から症状固定時までの間(一八四日間)に四〇パーセントの労働能力の制限が存在したものとして休業損害を認めるのが相当である。

そうすると、以下のように七一万〇二七〇円を認める(なお、家事労働における休業損害額として上記金額が算出される以上、被告のパート勤務先での現実の減収額(上記金額を明らかに下回る金額である。)を別途損害として認めることはしない。)。

(計算式) 352万2400円×184日間÷365日間×0.40=71万0270円(1円未満切り捨て)

(4)  通院介護費

通院介護費については、損害として認定するには通院するにつき介護の必要が医師等から認められる必要があるところ、本件においては、そうした事情にあったことを認める証拠はない。

(5)  通院慰謝料(傷害慰謝料をさす。)

被告の負傷内容及び程度(前記第二の二(3)参照)及び症状固定日までの通院期間(約六か月)等の諸事情を考慮して、九二万円を認めるのが相当である。

(6)  後遺障害慰謝料

ア 証拠(甲二七ないし甲二九、乙一〇、乙一三ないし乙一六、乙二一の一、乙二一の二、乙三二、乙三三の一、乙三四、乙三五の三)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(ア) 被告の自賠責の後遺障害認定等級については、被告からの少なくとも三回にわたる異議申立を経て、<1>被告の頚椎捻挫後の頚部から左上肢の神経症状については、受傷当初からの脱力感、しびれの神経症状の存在、左手指の腫脹、左手のうっ血、冷感等の所見が認められること等から、他覚的に証明されるものとされ、「局部に頑固な神経症状を残すもの」として第一二級一二号を適用するとされたこと、また、<2>左肩関節可動域制限については、その治療経過や他動値が制限されていること等を勘案し、左肩関節捻挫後の拘縮によるものと捉えられるとされ、屈曲伸展及び外転の運動可能領域が健側の三/四以下に制限されていることから、「左肩関節の機能に障害を残すもの」として第一二級六号を適用するとされたことから、これら<1><2>の事情等により併合一一級と判定された。

(イ) 被告の左上肢の疼痛の増強及び筋力低下は、本件交通事故後約六か月間の加療を受けて症状固定した後の、理学療法を開始した後に生じたものである。

(ウ) a整形外科では、被告の左上肢神経炎については平成一四年五月一八日から、左上肢不全麻痺については同年九月一〇日から、それぞれ治療を開始している。

(エ) 被告は、左上肢機能全廃(二級)の身体障害者の障害等級認定を受けた。

イ これらの事実及び弁論の全趣旨からすると、被告の左上肢の機能障害については、上記(ア)で認定した以上の機能障害を裏付ける客観的証拠は認められない(反射性交感神経性ジストロフィーに罹患したものと疑いなく認定するまでには至らない。)。

ウ そこで、上記認定内容及び被告の左上肢の痛みの内容等を斟酌して、後遺障害慰謝料としては、三九〇万円を認めるのが相当である。

(7)  後遺障害逸失利益(被告主張の各損害項目の内容からして黙示的に主張しているものと認めてよい。)

ア 被告の基礎収入については、上記(3)で検討したとおりの女子労働者の全年齢平均賃金の賃金センサス(三五二万二四〇〇円)を基準とする。また、労働能力喪失率は、被告の後遺障害認定等級が併合一一級であることや、傷害の部位及び程度、被告の現実の稼働状況等を参考にして一八パーセントとする。

また、被告は症状固定時に四一歳であるところ、本件の場合、諸事情考慮の上、労働能力喪失期間としては二〇年間(ライプニッツ係数は一二・四六二二)とするのが相当である。

イ そうすると、被告の後遺障害逸失利益としては、七九〇万一四三三円を認めるのが相当である。

(計算式) 352万2400円×0.18×12.4622=790万1433円(1円未満切り捨て)

(8)  なお、その他の被告主張の損害費目については、具体的金額の主張がないことはさておくとしても、本件交通事故による損害として認めるに足りるものはない。

二  以上によれば、被告の被った損害額は、一四三二万〇二七一円となる(被告主張の損害金額合計額の範囲内である。)。ここから、既払額を控除すると、原告らが賠償責任を負担する損害額は、九八一万〇二七一円となる。

三  結論

よって、原告らの請求については、主文の限度で理由があることになる。

(裁判官 関根規夫)

(別紙)

交通事故目録

一 発生日時 平成一三年一一月一六日(金曜日)午後一時四八分ころ

二 発生場所 大阪府堺市市之町西一丁一番一七号先路上

三 関係車両

ア 加害車両 普通乗用自動車(<番号省略>)

運転者:原告X1

イ 被害車両 普通乗用自動車(<番号省略>)

運転者:被告

四 事故態様 加害車両が突然後退し、後方で一時停止中の被害車両に衝突した。

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