大阪地方裁判所堺支部 平成16年(ワ)981号 判決 2006年5月31日
第1事件原告
全国自動車交通労働組合大阪地方連合会
同代表者執行委員長
A1
第1事件原告
佐野南海交通労働組合
同代表者執行委員長
A2
第1事件原告・反訴被告 第2事件原告
A3
外44名
第1事件・第2事件原告
A4
外4名
第1事件原告
A5
第1事件原告
A6
上記54名訴訟代理人弁護士
西本徹
同
岡本一治
同
山﨑国満
同
半田みどり
同
小林保夫
同
横山精一
同
藤木邦顕
同
中筋利朗
同
高橋徹
第1事件被告・反訴原告
第一交通産業株式会社
同代表者代表取締役
B1
第1事件被告
B1
第1事件被告
B2
第2事件被告
御影第一株式会社
同代表者代表取締役
B3
上記4名訴訟代理人弁護士
松下守男
同
清水英昭
同
眞野淳
同
奥毅
同
佐野洋二
同
妹尾佳明
同
楠森啓太
主文
1 第1事件(本訴請求)
(1) 被告(反訴原告)第一交通産業株式会社,被告B1及び被告B2は,別紙当事者目録③ないしfile_6.jpg記載の各原告(反訴被告)及び別紙当事者目録file_7.jpgないしfile_8.jpg記載の各原告に対し,連帯して,それぞれ金70万円及びこれに対する平成15年5月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告(反訴原告)第一交通産業株式会社,被告B1及び被告B2は,別紙当事者目録file_9.jpg及びfile_10.jpg記載の各原告に対し,連帯して,それぞれ金35万円及びこれに対する平成15年5月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被告(反訴原告)第一交通産業株式会社,被告B1及び被告B2は,原告全国自動車交通労働組合大阪地方連合会に対し,連帯して,金110万円及びこれに対する平成15年5月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 被告(反訴原告)第一交通産業株式会社,被告B1及び被告B2は,原告佐野南海交通労働組合に対し,連帯して,金220万円及びこれに対する平成15年5月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 別紙当事者目録③ないしfile_11.jpg記載の各原告(反訴被告)及び別紙当事者目録file_12.jpgないしfile_13.jpg記載の各原告の主位的請求に係る訴えのうち,本判決確定日の翌日以降の賃金の支払を求める部分をいずれも却下する。
(6) 原告全国自動車交通労働組合大阪地方連合会,原告佐野南海交通労働組合,別紙当事者目録③ないしfile_14.jpg記載の各原告(反訴被告)及び別紙当事者目録file_15.jpgないしfile_16.jpg記載の各原告のその余の主位的請求をいずれも棄却する。
(7) 被告(反訴原告)第一交通産業株式会社は,別紙当事者目録③ないし⑪,⑬,⑮ないし⑳及びfile_17.jpgないしfile_18.jpg記載の各原告(反訴被告)及び別紙当事者目録file_19.jpgないしfile_20.jpg記載の各原告に対し,平成15年5月から本判決確定に至るまで毎月28日限り,別紙3(賃金相当損害金一覧表)記載の各金員及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(8) 被告(反訴原告)第一交通産業株式会社は,原告(反訴被告)A7に対し,平成15年5月から平成17年5月22日まで毎月28日限り,金24万2012円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(9) 被告(反訴原告)第一交通産業株式会社は,原告(反訴被告)A2に対し,平成15年5月から本判決確定に至るまで毎月28日限り,金18万0038円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(10) 被告(反訴原告)第一交通産業株式会社は,原告(反訴被告)A8に対し,平成15年5月から本判決確定に至るまで毎月28日限り,金14万3974円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(11) 被告(反訴原告)第一交通産業株式会社は,原告A9に対し,平成15年5月から同年9月まで毎月28日限り,金31万7203円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(12) 別紙当事者目録③ないしfile_21.jpg記載の各原告(反訴被告)及び別紙当事者目録file_22.jpgないしfile_23.jpg記載の各原告の予備的請求に係る訴えのうち,本判決確定日の翌日以降の賃金の支払を求める部分をいずれも却下する。
(13) 別紙当事者目録⑫,⑭及びfile_24.jpg記載の各原告(反訴被告)のその余の予備的請求をいずれも棄却する。
2 第1事件(反訴請求)
(1) 原告(反訴被告)A10は,被告(反訴原告)第一交通産業株式会社に対し,金81万5724円を支払え。
(2) 原告(反訴被告)A7は,被告(反訴原告)第一交通産業株式会社に対し,金64万6534円を支払え。
(3) 原告(反訴被告)A2は,被告(反訴原告)第一交通産業株式会社に対し,金107万3878円を支払え。
(4) 原告(反訴被告)A8は,被告(反訴原告)第一交通産業株式会社に対し,金201万1542円を支払え。
(5) 被告(反訴原告)第一交通産業株式会社の債務不存在確認の訴えをいずれも却下する。
(6) 被告(反訴原告)第一交通産業株式会社のその余の請求をいずれも棄却する。
3 第2事件
(1) 別紙当事者目録③ないし⑪及び⑬ないしfile_25.jpg記載の各原告が,被告御影第一株式会社に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
(2) 被告御影第一株式会社は,別紙当事者目録③ないし⑪,⑬,⑮ないし⑳及びfile_26.jpgないしfile_27.jpg記載の各原告に対し,平成15年5月から本判決確定に至るまで毎月28日限り,別紙1(賃金一覧表)記載の各金員及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(3) 被告御影第一株式会社は,原告A7に対し,平成15年5月から平成17年5月22日まで毎月28日限り,金24万2012円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(4) 被告御影第一株式会社は,原告A2に対し,平成15年5月から本判決確定に至るまで毎月28日限り,金18万0038円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(5) 被告御影第一株式会社は,原告A8に対し,平成15年5月から本判決確定に至るまで毎月28日限り,金14万3974円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(6) 被告御影第一株式会社は,原告A9に対し,平成15年5月から同年9月まで毎月28日限り,金31万7203円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(7) 別紙当事者目録③ないしfile_28.jpg記載の各原告の訴えのうち,本判決確定日の翌日以降の賃金の支払を求める部分をいずれも却下する。
(8) 別紙当事者目録⑫,⑭及びfile_29.jpg記載の各原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,第1事件本訴,反訴及び第2事件を通じてこれを5分し,その1を第1事件原告ら及び第2事件原告らの,その2を第1事件被告らの,その余を第2事件被告の各負担とする。
5 この判決は,第1(1)ないし(4),(7)ないし(11),第3(2)ないし(6)に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
以下において,第1事件原告全国自動車交通労働組合大阪地方連合会を「原告大阪地連」,第1事件原告佐野南海交通労働組合を「原告組合」といい,別紙当事者目録③ないしfile_30.jpg記載の各当事者を「原告③」又は「原告A3」などという(なお,原告③ないしfile_31.jpgを総称して「原告組合員ら」ということがある。)。
また,第1事件被告(反訴原告)第一交通産業株式会社を「被告第一交通」,第1事件被告B1を「被告B1」,第1事件被告B2を「被告B2」,第2事件被告御影第一株式会社を「被告御影第一」という。
第1 請求
1 第1事件(本訴請求)
(1) 主位的請求
ア 原告③ないしfile_32.jpgが,被告第一交通に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
イ 被告第一交通は,原告③ないしfile_33.jpgに対し,平成15年5月から毎月28日限り,別紙1(賃金一覧表)記載の各金員及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
ウ 被告第一交通は,原告file_34.jpgに対し,平成15年5月から同年9月まで毎月28日限り,金31万7203円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
エ 被告第一交通,被告B1及び被告B2は,原告③ないしfile_35.jpgに対し,連帯して,それぞれ金330万円及びこれに対する平成15年4月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
オ 被告第一交通,被告B1及び被告B2は,原告大阪地連に対し,連帯して,金2200万円及びこれに対する平成15年4月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
カ 被告第一交通,被告B1及び被告B2は,原告組合に対し,連帯して,金2200万円及びこれに対する平成15年4月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 予備的請求
ア 被告第一交通は,原告③ないしfile_36.jpgに対し,平成15年5月から毎月28日限り,別紙3(賃金相当損害金一覧表)記載の各金員及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ 被告第一交通は,原告file_37.jpgに対し,平成15年5月から同年9月まで毎月28日限り,金31万7203円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 第1事件(反訴請求)
(1) 別紙6記載の不法行為事件に関する被告第一交通の原告③ないしfile_38.jpgに対する損害賠償債務は,存在しないことを確認する。
(2) 原告③ないしfile_39.jpgは,被告第一交通に対し,別紙7(仮払金一覧表)の「仮払額」欄記載の各金員をそれぞれ支払え。
3 第2事件
(1) 原告③ないしfile_40.jpgが,被告御影第一に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
(2) 被告御影第一は,原告③ないしfile_41.jpgに対し,平成15年5月から毎月28日限り,別紙1(賃金一覧表)記載の各金員及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(3) 被告御影第一は,原告file_42.jpgに対し,平成15年5月から同年9月まで毎月28日限り,金31万7203円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
(1) 第1事件
本件は,タクシー事業を営む佐野第一交通株式会社(以下「佐野第一」という。)の従業員であった原告③ないしfile_43.jpgが,佐野第一の解散及びそれを理由とする原告組合員らの解雇は,同社の親会社である被告第一交通が原告組合を壊滅させる目的で行った不当労働行為であるなどと主張して,被告第一交通に対し,主位的に,法人格否認の法理に基づき労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び未払賃金の支払を求め,予備的に,不法行為に基づき賃金相当損害金の支払を求めるとともに,原告らが,上記解雇によって被った精神的苦痛等について,被告第一交通及びその代表取締役である被告B1,被告B2に対し,不法行為に基づく損害賠償を求める事案(本訴請求),並びに,被告第一交通が,原告③ないしfile_44.jpgに対し,不法行為に基づく損害賠償債務がないことの確認及び仮処分決定に基づき仮に支払った金員の返還を求める事案(反訴請求)である。
(2) 第2事件
本件は,前記のとおり,佐野第一の解散を理由に解雇された原告③ないしfile_45.jpgが,佐野第一と同じ営業区域においてタクシー事業を営む被告御影第一に対し,同被告は被告第一交通の指示の下,佐野第一の事業を承継したものであるなどと主張して,法人格否認の法理に基づき,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び未払賃金の支払を求める事案である。
2 争いのない事実等
(1) 当事者等
ア 被告ら
(ア) 被告第一交通,被告B1及び被告B2
被告第一交通は,昭和39年に設立された,北九州市に本店を置く一般乗用旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社である。
被告B1は被告第一交通の創業者であり,創業以来現在に至るまでその代表取締役を務めている。被告B2は,被告第一交通の代表取締役である。
(イ) 被告御影第一
被告御影第一は,神戸市東灘区に本店を置く自動車による旅客運送事業等を目的とする株式会社である。
(ウ) 佐野第一
佐野第一は,自動車運送業等を目的とする株式会社であり,大阪府泉佐野市を中心とする泉州交通圏において自らタクシー事業を営むとともに,サザンエアポート交通株式会社(以下「サザン社」という。)にタクシー乗務員と特定バス乗務員を出向させて,タクシー事業及び特定バス事業に従事させてきたが,平成15年5月12日,株主総会の決議により解散し,現在,清算手続中である。
イ 原告ら
(ア) 原告大阪地連
原告大阪地連は,大阪府下の自動車運輸に関係する労働組合で組織される連合体であり,一般旅客自動車運送業関係労働者による単一労働組合の実現促進,加盟組合間における共同政策の決定とその遂行,日常諸闘争における相互援助などを目的とする法人である。
(イ) 原告組合
原告組合は,佐野第一及びサザン社の従業員で組織される労働組合であり,原告大阪地連に加盟している。
(ウ) 原告③ないしfile_46.jpg
後記(6)記載の解雇の意思表示がなされた平成15年4月3日当時,原告③ないしfile_47.jpg,file_48.jpgないしfile_49.jpg及びfile_50.jpgは,佐野第一においてタクシー乗務員又は特定バス運転手として稼働しており,原告file_51.jpgないしfile_52.jpgの11名は,佐野第一からサザン社に出向してタクシー乗務員として稼働し,原告file_53.jpgないしfile_54.jpg,file_55.jpg及びfile_56.jpgの6名は,佐野第一からサザン社に出向して特定バス運転手として稼働していた(なお,原告⑭〔原告A2〕及び原告file_57.jpg〔原告A8〕は,後記(4)キ記載のとおり,平成13年11月22日に佐野第一から解雇の意思表示を受けたが,佐野第一と同原告らとの間で,同原告らが佐野第一の従業員として労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する旨の判決が言い渡され,確定している。)。
原告③ないしfile_58.jpgは,いずれも原告組合の組合員である。
(2) 被告第一交通によるタクシー会社の買収
ア 第一交通グループ
被告第一交通は,資本金20億円,従業員約3400人を擁する株式会社であり,創業以来,全国のタクシー会社を次々と買収して事業を拡大してきた。被告第一交通を中心とする第一交通グループが保有するタクシー台数は,平成17年9月30日現在,合計6171台である。(乙93)
イ 被告御影第一の買収
被告御影第一は,従前,御影タクシー株式会社(以下「御影タクシー」という。)の商号で,神戸市域交通圏においてタクシー事業を営んでいたが,平成11年8月に被告第一交通が御影タクシーの全株式を取得して同社を買収したため,同月20日,その商号を御影第一株式会社に変更した。
そして,同日,被告第一交通の取締役であるB3(以下「B3」という。)及びB4(以下「B4」という。)らが被告御影第一の取締役に選任され,B3が代表取締役に就任した。(甲A233)
ウ 佐野第一の買収
(ア) 佐野第一は,昭和23年8月13日に自動車運送業等を目的として設立され,従前は,佐野南海交通株式会社(以下「佐野南海」という。)の商号で,南海電気鉄道株式会社(以下「南海電鉄」という。)グループのタクシー会社の1つとして,泉州交通圏において主としてタクシー事業を営んできた。
(イ) 被告第一交通は,平成13年3月30日,南海電鉄から,佐野南海,南海タクシー株式会社(現・大阪第一交通株式会社〔以下「大阪第一」といい,特に旧商号で表示するときは「南海タクシー」という。〕)及び堺南海交通株式会社(現・堺第一交通株式会社〔以下「堺第一」といい,特に旧商号で表示するときは「堺南海」という。〕)など同社が直接あるいは間接的に全株を保有して支配していたタクシー会社7社の全ての株式の譲渡を受けてこれを買収するとともに,全社とも「第一」の名称を付した商号に変更した。
(ウ) そのため,佐野南海は,同日,その商号を佐野第一交通株式会社に変更した上,被告第一交通の取締役であるB3,B4及びB5(以下「B5」という。)並びに被告第一交通の従業員であるB6(以下「B6」という。)が佐野第一の取締役に,被告第一交通の監査役であるB7(以下「B7」という。)が佐野第一の監査役に選任され,B3が代表取締役に就任した。また,被告第一交通の従業員であるB8(以下「B8」という。)が佐野第一の業務執行役員部長に,B9(以下「B9」という。)が課長に就任し,B4,B3らの指示のもと,現場管理職として佐野第一の従業員らの指導等に当たることとなった。(甲A1,F6)
(エ) 平成13年3月30日当時,佐野第一は,大阪府泉佐野市の本社(泉佐野営業所)のほか,大阪府泉南市樽井に樽井営業所を,大阪府泉南郡岬町に岬営業所を置き,南海電鉄の泉佐野駅,尾崎駅,樽井駅,みさき公園駅,関西空港駅を営業拠点として,57台の車両を用いてタクシー事業を営んでいた。
(3) 佐野第一における賃金体系をめぐる労使紛争
ア 原告組合は,平成9年9月,佐野南海との間で,タクシー乗務員の賃金について,①月例賃金として,毎月の営業収入(公休出勤分を除く)の47パーセント及び諸手当を支給し,②賞与として,年3回,4か月ごとにその間の営業収入(公休出勤分を除く)の15.5パーセントを支給するが,③実際の支給は,毎月,①の月例賃金と②の賞与を合わせて,各乗務員の月間営業収入の62.5パーセントに当たる額を佐野南海が支払い,4か月ごとに上記①,②に従い精算するとの内容の労働協約を締結した(以下,上記賃金体系を「旧賃金体系」といい,これを規定した労働協約を「本件協約」という。)。
佐野南海は,本件協約に従い,タクシー乗務員である従業員に対し,毎月15日締め,当月28日払いで,月間営業収入の62.5パーセントに相当する額及び諸手当をその賃金として支払ってきた。
イ 佐野第一は,被告第一交通による株式取得後の平成13年4月13日,原告組合に対し,タクシー乗務員の賃金について,その減額を内容とする新たな賃金体系を導入することを提案したが,原告組合は,これを受け入れなかった。
そこで,佐野第一は,同年5月9日,上記の案を修正した新たな賃金体系案を原告組合に提案したが,その内容は,月間営業収入が40万円未満の場合は,精勤手当や無事故手当も支給されず,賞与を含むすべての賃金が月間営業収入の45パーセントとなるものであったため,原告組合は,この案にも反対した(以下,上記賃金体系を「新賃金体系」という。)。
佐野第一は,このころ,新賃金体系を内容とする就業規則を定め,佐野南海労組の反対意見を付して,岸和田労働基準監督署に届け出た。(甲A19,乙41)
ウ 佐野第一は,平成13年5月から,新賃金体系に基づいて算出した賃金の支給を実施した。
エ 佐野第一の従業員である原告組合の組合員らは,大阪地方裁判所岸和田支部(以下「岸和田支部」という。)に,平成13年5月分の賃金について,旧賃金体系に基づいて算出した賃金額と実際の支給額との差額の仮払いを求める仮処分命令を申し立て(岸和田支部平成13年(ヨ)第55号),岸和田支部は,同年7月2日,これを認める決定をした。
また,原告組合の組合員らは,岸和田支部に,平成13年5月分及び同年6月分の賃金について,旧賃金体系に基づいて算出した賃金額と実際の支給額との差額の仮払いを求める仮処分命令を申し立て(岸和田支部平成13年(ヨ)第67号),岸和田支部は,同年8月7日,これを認める決定をした。
オ 佐野第一は,平成13年7月4日,原告組合に対し,旧賃金体系を規定した本件協約を破棄する旨の意思表示をした。(甲A9)
カ 原告組合の組合員らは,佐野第一に対し,平成13年5月分の賃金について,旧賃金体系に基づいて算出した賃金額と実際の支給額との差額の支払を求める本訴を提起した(岸和田支部平成13年(ワ)第506号)。同訴訟については,同年12月13日,佐野第一が同年5月分から同年10月分までの差額の全額を支払う旨の和解が成立した。
また,原告組合の組合員らは,平成14年10月,佐野第一に対し,平成13年11月分から平成14年7月分までの賃金について,旧賃金体系に基づいて算出した賃金額と実際の支給額との差額の支払を求める本訴を提起し(岸和田支部平成14年(ワ)第631号),岸和田支部は,平成15年3月25日,従業員らの請求を認容する判決を言い渡した。佐野第一は,上記判決に対して控訴をした(大阪高等裁判所平成15年(ネ)第1342号)が,同裁判所は,同年11月26日,控訴を棄却する旨の判決を言い渡し,同判決は確定した。
(4) 佐野第一におけるその他の労使紛争
ア 交友会の結成と組合員の脱退
(ア) 佐野第一においては,平成13年4月,管理職が主導して,会社再建に協力する従業員の集まりとして「第一交通交友会」(以下「交友会」という。)が発足した。
(イ) 佐野第一は,同月中旬ころ,①交友会への加入申込書,②佐野第一から再建協力金を受領した旨及び1年以内に会社都合以外で同社を退職した場合はこれを返還する旨の念書,③原告組合宛の脱退届,④佐野第一宛の退職届の4点,あるいは①ないし③の3点の書式をセットにして従業員に配布し,上記書類を提出して交友会に入会した者には,再建協力金名目で15万円を支給することとした。
(ウ) その結果,平成13年4月に3名,同年5月に9名,同年6月に8名の従業員が,原告組合を脱退して,交友会に入会した。
(エ) 佐野第一は,その後,社員各位宛として,「職場内外で交友会員に冷遇及び劣悪行為を行う者については厳重処分とする。再建協力金については,同年7月20日で打ち切る。」等と記載した書面を営業所等に掲示した。その結果,同年7月は48名,同年8月は10名の従業員が,原告組合を脱退して,交友会に入会した。
(オ) 原告組合には,被告第一交通が佐野第一を買収した平成13年3月30日当時,171名の組合員が在籍していたが,上記のとおり,組合を脱退して交友会に加入する者が続出し,中途退職者も多数を数えたこと等から,組合員の数は減少し,同年8月末日には78名,平成15年3月末日には62名となった。
(上記(ア)ないし(オ)につき,甲A16の1ないし4,100,147,153,178の1ないし18,334,D2,4,7,F2,5ないし8)
イ 中小企業退職者共済(以下「中退金」という。)の廃止
(ア) 原告組合は,平成9年9月,佐野南海及びサザン社との間で,①タクシー乗務員である従業員らを対象として中退金に加入する,②掛金月額は,原則として全額会社負担として一律7000円とする,③ただし,賃金総額35万円未満の者は本人が1000円を負担する,④本人の都合で掛金を加算する場合は1000円単位で加算する,⑤任意積立部分と自己負担部分は給与から控除して,会社が中退金を運営する勤労者退職金共済機構に支払う,との労働協約を締結した。(甲A114,119)
(イ) 佐野第一は,平成13年5月20日ころ,中退金を運営する勤労者退職金共済機構宛に原告組合の組合員らが同年3月31日に佐野第一を事業主の都合で退職したとする虚偽の届出をした。
そして,同年6月分から掛金の支払を中止し,同年4月分及び同年5月分の掛金の返還を受けた。(甲A119)
(ウ) 佐野第一の従業員らは,平成14年5月,岸和田支部に,佐野第一が,勤労者退職金共済機構に対し,平成13年4月分以降の共済掛金を仮に支払うことを求める仮処分命令を申し立て(岸和田支部平成14年(ヨ)第57号),岸和田支部は,同年7月18日,同年7月分までの掛金について,これを認める決定をした。(甲A119)
佐野第一は,同決定に対して異議を申し立てた(岸和田支部平成14年(モ)第471号)が,岸和田支部は,平成15年1月17日,会社の負担部分である月額7000円を超える部分について仮処分を申し立てた従業員がその差額を佐野第一に支払う旨の条件を付したものの,その余の異議申立てを却下する決定をした。(甲A268)
ウ 共済会制度の廃止
(ア) 原告組合は,佐野南海時代に,組合員の共済制度の一環として佐野南海交通株式会社・サザンエアポート交通株式会社共済会(以下「共済会」という。)を設立した。
共済会は,原告組合の組合員を中心とする会員の福利共済事業の運営を目的とし,独自の運営資金を有して,会員の慶弔・災害に対する給付,会員の交通違反・事故等による罰金等補助金の給付,タクシー振興共済による業務上災害等の給付などの事業を行ってきた。
共済会の事業運営資金は,普通預金口座に預金され,平成13年5月7日時点における残高は,金1138万4240円であった。
(以上につき,甲A14,86)
(イ) ところが,佐野第一は,同月29日の団体交渉において,共済会制度の廃止を宣言した上,同年12月14日,共済会から預かって保管していた上記事業運営資金1138万4240円を,同会の了解を得ることなく引き出し,これを佐野第一の従業員に分配した。
(ウ) また,共済会規程は,「本会の資金は,会費および会社の補助金,その他でこれにあてる。(第10条)」,「会費は1人1か月1000円とし,会社の補助金はこれと同額とする。(第11条1項)」と定められているが,上記(イ)記載のとおり,佐野第一は共済会制度の廃止を宣言したため,同年4月以降,上記の補助金を支払っていない。(甲A14)
(エ) 共済会は,平成14年3月,佐野第一に対し,同社が無断で引き出した金員の返還を求めるとともに,未払の補助金の支払を求める訴えを岸和田支部に提起し(岸和田支部平成14年(ワ)第171号),岸和田支部は,同年10月1日,その請求を認容する判決を言い渡した。佐野第一は,上記判決に控訴をした(大阪高等裁判所平成14年(ネ)第3191号)が,大阪高等裁判所は,平成15年2月14日,遅延損害金支払義務の起算点を一部変更したものの,基本部分について原審の判断を認める判決を言い渡した。
エ チェックオフの中止
佐野第一は,従前,原告組合との間で締結された労働協約に基づいて労働組合費等のチェックオフを行っていたが,平成13年6月,原告組合の了解を得ることなく,上記チェックオフを取りやめた。
オ 出庫前点呼の実施
(ア) 旅客自動車運送事業運輸規則24条は,車両の点検の実施やその確認,運転者の疾病,疲労,飲酒など安全運転を妨げる要因がないことを確認するため,出庫前の点呼を行う旨を定めている。
(イ) 佐野南海においては,出庫前の点呼が行われることはほとんどなかったが,被告第一交通が買収して以降,毎日のように出庫前の点呼が行われるようになった。そして,平成13年6月ころからは,連日数十分にわたる長時間の一斉点呼が行われ,同年8月には1時間を超えるようになった。(甲A32)
(ウ) 原告組合の組合員らは,同年8月30日,岸和田支部に,佐野第一に対して長時間に及ぶ点呼を行わないことを命じる仮処分命令を申し立て(岸和田支部平成13年(ヨ)第77号),同日,原告組合は,大阪府地方労働委員会に同実効確保の措置申立てをした。
(エ) 佐野第一は,その後まもなく,長時間点呼を中止した。
カ 配置転換の実施
(ア) 前記(2)ウ(エ)記載のとおり,佐野第一には,泉佐野営業所,樽井営業所,岬営業所の3つの営業所があり,南海電鉄の泉佐野駅,尾崎駅,樽井駅,みさき公園駅,関西空港駅の5駅を営業拠点としていた。
(イ) 佐野第一は,以下のとおり,原告組合の組合員である原告⑥(原告A11),原告⑫(原告A7),原告file_59.jpg(原告A12),原告file_60.jpg(原告A13),原告file_61.jpg(原告A14),原告file_62.jpg(原告A15)及びC(以下「C」という。)に対し,本人の意に反する配置転換を行った。
すなわち,佐野第一は,平成13年8月上旬ころ,従前,泉佐野営業所に所属していた原告A7及びCに対し,同月16日以降,原告A7は岬営業所,Cは樽井営業所において勤務するよう命じ,従前,岬営業所に所属していた原告A15に対しては,同日以降,泉佐野営業所において勤務するよう命じた。また,従前,泉佐野営業所に所属し,泉佐野駅を営業拠点としていた原告A12,同A13及び同A14に対し,同日以降は尾崎駅を営業拠点として勤務するよう命じた。(甲A44ないし48,56ないし58)
さらに,佐野第一は,同年9月11日ころ,従前,泉佐野営業所に所属していた原告A11に対し,同月16日から岬営業所において勤務するよう命じた。(甲A49)
(ウ) 原告A7,同A15,同A11及びCは,指定された営業所等を拠点として勤務することを拒否し,佐野第一を相手方として,岸和田支部に配転命令の無効と賃金の仮払いを求める仮処分命令を申し立てた(岸和田支部平成13年(ヨ)第78号,第103号)。
一方,原告A12,同A13及び同A14は,上記の勤務場所変更命令に異議を止めつつこれに従ったが,岸和田支部に,配転命令の無効の確認とこれにより生じた減収分について仮払いを求める仮処分命令を申し立てた(岸和田支部平成13年(ヨ)第124号)。
(エ) 佐野第一は,同年12月16日,原告A7,同A15,同A11及びCに対する上記の各命令を取り消した。
(オ) 原告A7ら6名及びCは,平成14年10月,上記(ウ)の仮処分命令申立ての本訴を岸和田支部に提起し,その回付を受けた大阪地方裁判所堺支部(以下「堺支部」という。)は,平成16年4月7日,原告A7ら6名及びCに対する上記命令は,実質的には配置転換を命じるものであるが,その必要性を欠いているから無効であり,かつ,不当労働行為に当たるとして,不法行為に基づき,佐野第一に対し,配置転換がなければ得られたであろう賃金との差額の支払を命じる判決を言い渡した(堺支部平成14年(ワ)第1578号)。佐野第一は,上記判決に対して控訴をしたが(大阪高等裁判所平成16年(ネ)第2058号),同裁判所は,平成17年10月21日,控訴を棄却する旨の判決を言い渡し,同判決は確定した。(甲A372,374)
キ 原告A2及び原告A8に対する解雇
(ア) 佐野第一は,平成13年11月22日到達の内容証明郵便により,原告組合の中央執行委員長である原告⑭(原告A2)及び同副執行委員長である原告file_63.jpg(原告A8)に対し,解雇の意思表示をした。(甲A106,107)
(イ) 上記内容証明郵便(解雇通知書)には,①原告A2及び同A8は,平成13年4月16日から同年11月15日までの間,会社の再三にわたる警告,指示にもかかわらず,所定乗務日数どおりに勤務せず,②労働組合役員として従業員を扇動し,南海電鉄及びその関係者に対して街宣運動等を行い,不当な圧力を加え,会社の南海電鉄沿線における営業上の地位を危うくする行為を繰り返したが,上記各行為は,いずれも就業規則に違反するなどと記載されていた。(甲A60,61)
(ウ) 原告A2及び同A8は,同月30日,佐野第一を相手方として,岸和田支部に,従業員の地位確認と賃金の仮払いを求める仮処分命令を申し立て(岸和田支部平成13年(ヨ)第115号),岸和田支部は,平成14年7月22日,原告A2らに対する解雇は無効であるとして,賃金の仮払いについて,その一部を認める決定をした。
(エ) 原告A2及び同A8は,同年8月,上記仮処分命令申立ての本訴を岸和田支部に提起し,その回付を受けた堺支部は,平成16年4月7日,原告A2らに対する解雇は無効であるとして,佐野第一との間で,原告A2らが従業員として労働契約上の権利を有することを確認するとともに,佐野第一に対し,賃金の支払を命じる判決を言い渡した(堺支部平成14年(ワ)第1317号)。佐野第一は,上記判決に対して控訴をした(大阪高等裁判所平成16年(ネ)第2058号)が,同裁判所は,平成17年10月21日,原告A2及び原告A8の地位確認請求部分については佐野第一の控訴を棄却し,賃金請求部分については,将来請求(判決確定日の日の翌日以降毎月28日限り各月の賃金支払を求める部分)につき,あらかじめ請求すべき必要性があることの主張立証がないとして却下し,その余は原判決どおりの支払を命じる旨の判決を言い渡し,同判決は確定した。(甲A372,374)
(5) 被告御影第一の泉州交通圏進出
ア 被告御影第一は,平成14年6月28日,近畿陸運局に対し,泉州交通圏への事業区域の拡張及び営業車両50台の増車を申請した。
イ 被告御影第一は,同年8月2日,事業用地として大阪府泉南市りんくう南浜に2000平方メートルの土地を取得し,同年11月15日,同土地上に工場・事務所を新築した。(甲A234,235)
ウ 被告御影第一は,同年12月19日,近畿陸運局から,泉州交通圏へ事業区域を拡張し,50台の車両で営業を行うことについて認可を受け,平成15年1月21日には運賃の認可を受けた。
エ 被告御影第一は,同年2月16日,泉州交通圏におけるタクシー事業を開始した。
(6) 佐野第一の解散と解雇の意思表示
ア 平成15年4月3日,被告第一交通の取締役会が開かれ,佐野第一を解散する旨が決議された。
イ 佐野第一は,同日,原告組合員らに対し,同月15日付けで解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。
原告組合員らは,同月4日,佐野第一より,解雇通告書を受け取ったが,同解雇通告書には,佐野第一が同月16日付けをもって事業を廃業するため,就業規則36条20号に基づき,同月15日付けで解雇すると記載されていた。
佐野第一の就業規則36条20号は,「事業の譲渡・廃止その他業務の都合によるとき」は,従業員を解雇する旨定めている。
ウ 佐野第一は,同月14日ころ,営業を停止した。
エ 同年5月12日,佐野第一の株主総会が開かれ,同社の解散が決議された。
3 争点
(1) 被告第一交通及び被告御影第一の雇用契約上の責任の有無
(2) 被告第一交通の不法行為責任の有無
(3) 被告B1及び被告B2の不法行為責任の有無
(4) 原告③ないしfile_64.jpgの地位確認請求及び賃金請求の可否,並びに,原告らの損害及びその額
(5) 反訴請求の可否
第3 争点に対する当事者の主張
1 争点(1)(被告第一交通及び被告御影第一の雇用契約上の責任の有無)について
(原告らの主張)
(1) 被告第一交通の雇用契約上の責任(法人格の形骸化)
ア 親会社が,株式の所有,役員の派遣,営業財産の所有関係,専属的取引関係などを通じて子会社を支配し,両者間で財産と業務が混同され,その事業が実質上同一視される場合には,子会社の法人格は形骸化していると判断すべきであり,この場合,子会社の解散は,親会社の一営業部門の閉鎖にすぎない。
したがって,子会社の従業員は,子会社の解散を理由として解雇の意思表示を受けたとしても,労働者としての地位を失うことはなく,直接,親会社に対し,雇用契約上の権利を主張することができるというべきである。
イ 被告第一交通は,以下のとおり,①株式保有,②役員派遣,③労務管理,④経理,事務,資産運用などを通じて佐野第一を支配し,⑤佐野第一を解散したものである。
すなわち,被告第一交通は,①平成13年3月30日に佐野第一の全株式を取得し,②同日,被告第一交通の取締役であるB3らが佐野第一の取締役に就任して以降,取締役や管理職を佐野第一に派遣して同社を支配してきた。そして,③従業員の労働条件を被告第一交通において決定した上,被告第一交通から派遣された役員が主導して,賃金カット,退職金制度の廃止,共済制度の改悪などの大幅な労働条件の変更を行った。
また,④佐野第一における営業収入の管理,給与や公共料金等の経費の支払に関する業務,日常的な帳簿類の作成,貸借対照表及び損益計算書の作成等の経理事務は,全て被告第一交通において行われ,資金調達も被告第一交通において一元的に行われていた。
そして,⑤被告第一交通は,佐野第一を存続させたままで労働組合を壊滅することは困難であると考え,佐野第一の営業と非組合員の受け皿として被告御影第一を佐野第一の営業区域に進出させた上,佐野第一の解散を断行し,組合員全員を解雇したが,この一連の計画は全て被告第一交通において決定され,佐野第一の役員には何らの発言権もなかった。
ウ 以上の事実によれば,佐野第一は,被告第一交通に買収されて以降,被告第一交通の一営業部門にすぎなくなり,その法人格は形骸化したものといえる。
したがって,被告第一交通は,原告③ないしfile_65.jpgに対し,法人格否認の法理に基づき,雇用契約上の責任を負う。
(2) 被告第一交通の雇用契約上の責任(法人格の濫用)
ア 法人格を濫用した場合の親会社の責任
(ア) 法人格の形骸化が認められない場合であっても,親会社が子会社を一定程度支配し(支配の要件),子会社に存する労働組合を壊滅させるなどの不当な目的を達するために(目的の要件)子会社の法人格を濫用して子会社を解散させ,その従業員を解雇した場合には,親会社は,子会社の従業員に対し,雇用契約上の責任を負うというべきである。
(イ) そして,法人格の濫用が認められる場合に,親会社は,子会社の従業員に対して未払賃金や退職金の支払等,既存の債務について責任を負うほか,子会社の解散が偽装解散(経営者が会社解散の後,同種の会社を設立し,若しくは既存の会社を利用して,旧会社の非組合員あるいは新たに採用した従業員をもって,解散した会社の事業と同種の事業を継続する場合)であると認められる場合には,親会社は,将来の雇用契約上の責任も負うと解すべきである。
イ 佐野第一の法人格の濫用
(ア) 支配の要件について
法人格の濫用が認められるために必要とされる支配の要件は,法人格の形骸化とは別個に法人格の濫用が認められている以上,法人格の形骸化が認められるほどの強い一体関係である必要はない。
そして,被告第一交通は,前記のとおり,佐野第一を被告第一交通の単なる一営業部門にすぎないものとして取り扱い,同社を支配していたのであるから,支配の要件が満たされていることは明らかである。
(イ) 目的の要件について
a 被告第一交通は,平成13年3月30日に佐野第一を買収して以降,賃金カット,中退金の廃止,共済会の廃止,チェックオフの廃止等を行ってきたが,原告組合はこれに強く反対した。
そこで,被告第一交通は,佐野第一をして,原告組合を脱退して交友会に加わらない原告組合の組合員らに対し,長時間点呼や,差別的な配置転換をしたり,原告組合の委員長である原告A2と同副委員長である原告A8を解雇するなどしたが,原告組合は,裁判闘争等を通じて反撃し,いずれの裁判でも勝訴してきた。
そのため,被告第一交通は,原告組合を壊滅させて新賃金体系を導入しようと考え,佐野第一の法人格を濫用して同社を解散し,原告組合員らを解雇したものであり,本件解雇は不当労働行為である。
b これに対し,被告らは,佐野第一が解散したのは同社が存続不可能なほどの赤字を出していたためであるなどと主張し,証拠として乙8(比較損益計算書及び組替後の比較損益計算書)を提出する。
しかし,乙8は佐野第一ではなく被告第一交通の経理部が作成したものであり,佐野第一の状態を正しく示しているか疑問がある。
すなわち,比較貸借対照表上,平成14年3月期における負債合計は平成13年3月期よりも増加しているが,佐野第一は,同年9月に2億8000万円の債務免除を受けており,新たに債務免除額以上の負債を作らなければ,平成14年3月期の負債総額が平成13年3月期を上回ることはないはずである。また,平成14年3月期から平成15年3月期の比較をみると,固定負債が3591万5628円増加しているが,比較損益計算書の平成15年3月期の当期利益(損失)は,マイナス1431万7000円とされており,なぜ固定負債が当期損失の倍以上も増加するのか説明がつかない。
そして,乙8によれば,被告第一交通が株式を買収して以来,賃金の一方的な切り下げによって売上利益は増加しているにもかかわらず,販売及び一般管理費は佐野南海時代より増加し,その結果赤字が生じている。被告らは,上記の販売及び一般管理費の増加について,被告第一交通に対する業務分担金や大阪第一に対するチケット代金回収手数料,役員報酬等が増加したためである等と主張するが,いずれも佐野第一となってからの額の増加は異常であり,被告第一交通本社が利益を吸い上げて,佐野第一の赤字を作為的に発生させていることは明らかである。
以上のとおり,佐野第一は,経済的に存続可能な会社であったということができ,被告らの主張は理由がない。
c また,佐野第一の解散が,原告組合を壊滅させるという違法な目的のために行われたことは,被告第一交通が,後記ウ記載のとおり,佐野第一を解散した後の泉州交通圏における事業の拠点として,また,労働組合を脱退した従業員の受け皿として,被告第一交通が支配する被告御影第一を泉州交通圏に進出させて,佐野第一の事業を承継させていることに照らしても明らかである。
(ウ) 結論
以上のとおり,佐野第一の解散は,親会社である被告第一交通が原告組合を壊滅させるという違法な目的のため,自らの支配する佐野第一の法人格を濫用して行ったものである。
ウ 被告第一交通が負うべき雇用契約上の責任の内容
(ア) 前記ア(イ)記載のとおり,法人格の濫用が認められ,子会社の解散が偽装解散であると認められる場合には,親会社は,既存の債務のみならず,将来の雇用契約上の責任を負うと解すべきところ,被告第一交通は,佐野第一を解散した後の泉州交通圏における事業の拠点及び労働組合を脱退した従業員の受け皿として,以下のとおり,被告第一交通が支配する被告御影第一を泉州交通圏に進出させて,佐野第一の事業を承継させたものであるから,佐野第一の解散は偽装解散であるといえる。
(イ) 被告御影第一について
被告第一交通は,①平成11年8月20日に被告御影第一の全株式を取得し,②同日,被告第一交通の取締役であるB3らが被告御影第一の取締役に就任して以降,取締役を被告御影第一に派遣して同社を支配してきた。そして,③労働条件の決定や従業員の採用は被告第一交通においてなされ,現場の従業員に対する指揮命令等の労務管理は,被告第一交通ないし大阪第一から派遣された管理職によってなされていた。④経理については,佐野第一と同様,被告第一交通において管理されていた。
また,⑤被告御影第一の本社がある土地建物の購入資金等,被告御影第一が泉州交通圏に進出するための資金は,被告第一交通が支出した。
以上の事実によれば,被告御影第一は,佐野第一と同様,被告第一交通が完全に支配する会社であることは明らかである。
(ウ) 被告御影第一の泉州交通圏進出の経緯について
a 被告第一交通は,平成14年5月23日に行われた団体交渉において,佐野第一に対する支援を打ち切る,役員も全て引き揚げる,資金援助も打ち切る,佐野第一が倒産,廃業してもやむを得ないとの発表をし,同日付けで佐野第一の取締役を務めていたB3,B4,B5らが辞任し,B8が代表取締役に就任した。
なお,同月24日に交友会員を対象に行った説明会の中で,B3は,新たな会社を泉州交通圏に進出させる計画があり,交友会員は新たな会社に引き継ぐが,組合員については採用しないことなどを説明していた。
b そして,同年6月25日に行われた団体交渉において,被告第一交通は,交友会と全て同じ賃金等の労働条件で,原告A2及び同A8の解雇の意思表示は撤回する,解決金として金4500万円を支払うという最終案を提示したが,原告組合は,賃金については受け入れるが,共済会は自主運営すること,中退金は見直しの上継続すること,解決金として1億2000万円を支払うことを提示したため,団体交渉は決裂した。
c 被告第一交通は,その直後である同月28日に被告御影第一の区域拡張及び増車申請を行い,平成15年2月16日から被告御影第一泉南営業所の営業を開始した上,同年4月3日,被告第一交通の取締役会において佐野第一の解散を決定し,同日,B8が原告組合員らに対し本件解雇の意思表示をした。
d 以上のとおり,被告第一交通は,平成14年6月25日の団体交渉において,被告第一交通の最終的な提案を原告組合が受諾しなかったため,被告御影第一を泉州交通圏に進出させた上,佐野第一を解散することとし,これを実行したものである。
(エ) 被告御影第一の泉州交通圏への進出理由について
上記の経過で,被告御影第一が泉州交通圏へ進出したが,被告御影第一は,神戸市の御影地域を中心にタクシー事業を営んでおり,泉州交通圏に進出する理由はなかった。
この点,被告らは,被告第一交通は,泉州交通圏には更なる需要拡大の可能性があると判断したものの,会社の再建に反対している者が多数存在する佐野第一ではその目的は達し難いと考え,被告御影第一を泉州交通圏に進出させたなどと主張するが,佐野第一の57台に加えて,新たに被告御影第一の50台の需要が見込まれるとは考えられない。結局,被告御影第一が進出した理由は,原告組合が佐野第一の再建に反対したということに尽きる。
なお,被告御影第一が選ばれたのは,被告第一交通グループの大阪第一などが,いずれも行政処分を受けていて被告御影第一しか区域拡張・増車申請をできなかったためである。
(オ) 事業の承継について
a ターミナル駅への乗り入れ
佐野第一は,南海電鉄の泉佐野,樽井,尾崎,みさき公園,関西空港の5駅を中心に営業を行っていたが,被告御影第一は平成15年2月16日の営業開始直後から泉佐野駅に乗り入れ,他の4駅についても,佐野第一がタクシー業務を停止した同年4月14日ころから同所に乗り入れて営業を開始した。そして,佐野第一が南海電鉄から賃借していた樽井,尾崎及びみさき公園駅のタクシー待機場所については,佐野第一の廃業にあたり,賃借権が佐野第一から被告御影第一に譲渡された。
b 無線客の取得
被告御影第一の営業開始に伴い,佐野第一の無線室は被告御影第一泉南営業所に移され,同営業所において佐野第一の電話番号と被告御影第一の電話番号を使用して,両社の無線連絡を行っていた。
そして,佐野第一が廃業した後は,被告御影第一がそのまま佐野第一の電話番号を使用して,無線客を取得している。
c 乗客の取得
被告御影第一のタクシーも佐野第一のタクシーも,ともに被告第一交通グループを表示する「第一」の表示があるだけで,外見上は区別が付かない。地域住民は,佐野第一と被告御影第一の区別も付かないまま,被告御影第一のタクシーを利用しており,被告御影第一は佐野第一の知名度や信用をそのまま引き継ぎ,乗客を獲得している。
d 従業員の引継ぎ
被告御影第一は,佐野第一の交友会員であるタクシー乗務員をほとんどそのまま引き継ぎ,佐野第一の無線従業員5名(いずれも交友会員)についてもそのまま引き継いで営業を開始している。また,事務員1名及び管理職1名も佐野第一から被告御影第一に移っている。
e 営業車両の引継ぎ
佐野第一の営業車両は,被告第一交通関係の会社に引き継がれた。
(カ) 佐野第一の被告御影第一の泉州交通圏進出への協力
佐野第一は,以下のとおり,被告第一交通の指示の下,競業関係に立つ被告御影第一の泉州交通圏進出を推進してきた。
a 佐野第一は,被告御影第一の進出に当たり,各営業所に被告御影第一の従業員募集に関するチラシを掲示していた。
また,佐野第一の交友会員で被告御影第一に移籍した者の賃金について,2か月間は足切りなしで営業収入の60パーセントを支給する旨の条件が提示されたが,これは,交友会会長と佐野第一の当時の社長が話し合いをして実現したことである。さらに,交友会員の移籍に当たり,被告第一交通から支度金として10万円が支払われたが,佐野第一は,それに異議を唱えることなく,むしろ佐野第一の交友会員に対して宣伝すらしていた。
b さらに,佐野第一は,前記のとおり,被告御影第一が,佐野第一の営業車両と同じ外観の営業車両を使用して業務を行うこと,泉佐野駅等へ乗り入れて営業を行うこと,佐野第一の無線電話を被告御影第一が共同使用することなどについて,抗議することもなくこれを容認していた。
c そのため,佐野第一の営業収入は,被告御影第一が営業を開始した平成15年2月以降は減少していたにもかかわらず,佐野第一は,被告御影第一の進出に協力することに対する対価や補償を求めることもしていない。
(キ) 小括
以上の事実及び前記イ(イ)記載のとおり佐野第一の解散が不当労働行為目的でなされたものであることを総合すると,佐野第一の解散は偽装解散であるといえる。
そして,法人格否認の法理は,法人の背後にある実体を捉えて,正義・衡平の観点から,背後者に対する法的責任の追及を可能にする理論であるから,法人格を濫用する当事者がその法的責任を負担すべきである。したがって,親会社とは別に新たに事業を行う会社が存在しても,親会社がその責任を負うべきである。
よって,被告第一交通は,法人格否認の法理により,原告組合員らに対し,既存の責任のみならず,将来の責任についても,雇用契約上の責任を負う。
(3) 被告御影第一の雇用契約上の責任
ア 親会社が子会社の法人格を濫用して子会社を偽装解散した場合に,仮に,親会社に雇用契約上の責任が認められないとしても,新たに事業を行う別会社が雇用契約上の責任を負うと解すべきである。
イ 前記のとおり,佐野第一の事業は,被告第一交通が支配する被告御影第一泉南営業所がこれを引き継いで行っているから,佐野第一の解散は偽装解散であり,被告御影第一は,法人格否認の法理により,原告組合員らに対し,雇用契約上の責任を負う。
(4) 解散決議の効力と法人格否認の法理との関係
被告らは,佐野第一の解散決議は有効であるから,本件解雇も有効であり,法人格否認の法理を論ずる意味はないなどと主張する。
しかし,解散決議が有効であったとしても,それが不当労働行為目的でなされた場合には,解雇は違法であるというべきであり,被告らの主張は理由がない。
(被告第一交通及び被告御影第一の主張)
(1) 佐野第一の解散決議の効力と本件解雇の効力について
ア 解散決議の効力
株主総会の決議の内容自体に法令または定款違反の瑕疵がなく,単に決議をする動機,目的に不法があるにとどまる場合は,当該決議が無効となるものではない。
したがって,たとえ労働組合を排除するという不当な目的,動機で会社の解散決議がされたとしても,その内容が法令に違反しない限り,その決議は有効であるというべきであり,佐野第一の解散決議について法令違反等はないから,これを無効とする余地はない。
また,憲法22条は営業の自由を保障しており,事業者は,事業の開始及び廃止について広汎な自由を有しているから,会社の解散という判断は,本来株主が自由に行い得ることである。
したがって,佐野第一の解散決議は有効である。
イ 本件解雇の効力
そして,会社が解散した場合には,もはやその従業員の雇用を継続することはできないから,その従業員を解雇する必要性が認められ,その解雇は,客観的に合理的な理由を有し,原則として有効である。
被告第一交通は,後記(3)記載のとおり,佐野第一は採算性を確保することができないと判断し,佐野第一を解散させたものであり,原告組合の壊滅を企図したものではないから,本件解雇は有効である。
したがって,本件解雇が有効である以上,法人格否認の法理によって,被告第一交通及び被告御影第一の責任を論ずる意味はない。
(2) 法人格の形骸化の主張について
原告らは,佐野第一の法人格は形骸化しているなどと主張するが,以下のとおり,佐野第一の法人格は形骸化しておらず,被告第一交通が雇用契約上の責任を負うことはない。
ア 佐野第一は,従前南海電鉄の子会社であったものであり,被告第一交通が新たに法人格を作出したものではない。
イ 被告第一交通は,佐野第一及び被告御影第一の全株式を所有しているが,被告第一交通と佐野第一及び被告御影第一との間で,事業や財産の混同などは一切ない。
なお,被告第一交通は,子会社の経理・会計について,被告第一交通本社の経理部で一括して処理をしているが,これは,①子会社の経営規模ではできない高度な経理・会計の処理を,被告第一交通の経理部で一括して処理することにより,最新鋭のコンピュータ機器を使った合理的な処理が可能となること,②被告第一交通は福岡証券取引所に上場しており,子会社との間で連結決算処理が必要とされるため,被告第一交通と子会社との間で統一した会計基準による経理・会計の処理が必要とされること,③煩雑な計算処理の関係から子会社を解放することができ,事務処理の負担を大幅に軽減できることから行われているものである。従前,被告第一交通は,子会社の経理・会計の処理を無償で行っていたが,監査法人と協議をした結果,事務処理経費として子会社からその売上げの3パーセントを受け取っている。
そして,子会社の流動資産は,被告第一交通の経理部で保管しているが,各子会社名義の預金通帳等により,混同なく管理されている。
ウ また,被告第一交通では,他社を買収した場合に,被買収会社の経営と運営の刷新を行うため,株主として被買収会社の取締役を選任し,現場の管理職を出向させることがあるが,被買収会社の経営と運営は,上記の取締役及び管理職が,被買収会社の取締役管理職としての職責に基づいて行うのであって,被告第一交通の取締役らが具体的に経営に関わることは極めて少ない。佐野第一における従業員の労務の具体的内容を,被告第一交通が決定していたという事実はない。
(3) 法人格濫用の主張について
ア また,原告らは,被告第一交通は佐野第一及び被告御影第一の法人格を濫用して本件解雇を行ったなどと主張するが,以下のとおり,法人格の濫用は認められない。
(ア) 佐野第一の解散理由
a 佐野第一(佐野南海)は,被告第一交通が買収した時点において,既に経済的に破綻し,単独では立ちゆかない状態となっており,平成12年度の単年度の営業損失は7947万8689円で,同年度末(平成13年3月31日)時点における累積損失は4億2870万2673円に達していた。
b そのような状況にもかかわらず,佐野第一(佐野南海)は,売上げ0円から賃率を62.5パーセントとする旧賃金体系をとっていたが,これは他に例のない高率の賃金体系であり,その他にも乗務員(組合員)に様々な法定外福利を実施していた。
そのため,佐野第一は,買収当初から,原告組合との交渉において,賃金その他の福利を含めた人件費負担を地域標準のものに改定したいと要望し,特に賃金の合理化ができなければ廃業解散せざるを得ない旨を繰り返し述べたが,原告組合はこれを受け入れなかった。
c 佐野第一の,平成14年度の単年度の営業損失は1431万7697円で,同年度末(平成15年3月31日)時点における累積損失は資本金の20.5倍にあたる2億0423万9357円に達していた。
この数字は,原告組合員らに対する賃金について,新賃金体系に基づくものであって,原告組合が主張する旧賃金体系に基づき賃金を支払ったと仮定すると,年間4000万円程度の人件費増となり,経常赤字は平成14年度でも年間5000万円程度になった。その他の福利厚生を実施した場合には更に悪い数字になったことは疑いがない。
d そして,平成15年3月25日に,岸和田支部において,新賃金体系の導入を認めない判決が言い渡されたため,被告第一交通としては,佐野第一における経営改善が事実上不可能となったと判断せざるを得なかった。
e そのため,同月28日の団体交渉において,当時佐野第一の代表取締役のB8が,再度原告組合に賃金の了承を求めたが,原告組合の幹部は,「破産でも解散でもしたらどうだ。」という挑発的発言を繰り返すだけであった。
上記判決及びその後の原告組合の対応などからして,賃率を合理化することは不可能であることが明らかとなったため,B8は佐野第一の株主である被告第一交通に対し佐野第一の廃業・解散についての意向を打診した。被告第一交通は,これを了承して,同年4月初めの役員会で佐野第一の廃業・解散の意思を固めた。
そこで,佐野第一は,同月3日に乗務員を解雇し,同月15日で営業を終了し,同年5月12日,被告第一交通は株主として佐野第一の臨時株主総会において,佐野第一の解散を決議した。
f 以上のとおり,佐野第一を解散したのは,事業継続が困難であったからであって,原告組合を壊滅することが目的ではない。
g これに対し,原告らは,佐野第一の財務諸表上の数字について,被告らが佐野第一を廃業・解散するために作った数字であり,信用できないと主張する。
しかし,南海電鉄グループ当時の平成8年度から平成12年度までの決算資料,第一交通グループになってからの平成13年度及び平成14年度の決算資料を合わせて検討すると,これらの決算はすべて連続したものであり,作為など介在した形跡はない。佐野第一を単体で見たときには常に赤字であり,平成12年度まではその赤字が増え続けていたことは明らかである。
また,原告らは,平成13年9月に2億8000万円の債務免除を受けており,新たに債務免除額以上の負債を作らなければ,平成14年3月期の負債総額が平成13年3月期を上回ることはないはずであるなどと主張するが,これは,南海電鉄グループ当時の決算処理においては計上していなかった大阪第一(南海タクシー)に対するチケット代金回収手数料を第一交通グループの会計処理に従い,債権債務として計上することになったためである。
さらに,原告らは,佐野第一は,賃金の切り下げによって売上利益は増加しているにもかかわらず,販売及び一般管理費は増加し,その結果,赤字が生じていると主張する。
しかし,南海電鉄グループ時代とは異なり,第一交通グループは,物的設備等に関する費用を売上原価に組み入れず,販売・一般管理費に計上しているため,販売及び一般管理費が増加しているのであって,会計方針,勘定科目の建て方に由来するものである。
また,被告第一交通では,従前,子会社のために,会計帳簿等の記帳業務,決算関係の業務,給与の支払等の事務処理を無償で行っていたが,これについて監査法人から指導を受けたため,平成15年3月期決算から,子会社から「事務管理費」として売上げの3パーセントを受け取ることにした。このほか,旧南海電鉄グループのタクシー会社では,南海タクシーが,他のタクシー会社のチケット関係の営業,回収,その他の営業活動を一手に引き受けて行っており,この仕組みは第一交通グループとなってからも継続しているため,その対価として売上げの2.5パーセントを「事務分担金」として,大阪第一に支払っている。
なお,平成14年3月期と比して,平成15年3月期の事務分担金の負担が大きくなっているが,これは,平成14年3月期(平成13年4月1日から平成14年3月31日)においては,被告第一交通が,買収直後であったため,適正な金額を負担させることができなかったためである。
(イ) 被告御影第一が泉州交通圏に進出した理由
平成14年2月1日,改正道路運送車両法が施行され,タクシー事業への新規参入及び増車の要件が緩和された。そのため,タクシー事業者は,競って増車及び営業区域の拡大政策を実行することとなった。
第一交通グループにおいても,平成13年5月ころには大阪府における増車計画を作成し,まず大阪市域の増車を行い,次いで河南B地区及び泉州交通圏の増車を行う計画を立てた。
当時,泉州地域は,大阪府内では有望なタクシー市場と捉えられており,第一交通グループとしても,泉州地域への増車が必要であると考えていた。
そこで,被告第一交通グループは,佐野第一に加えて,被告御影第一泉南営業所を出し,泉州交通圏における「増車」をすることとした。
なお,第一交通グループの中で,被告御影第一が泉州交通圏に進出した理由は,佐野第一と競合する地域に,他の旧南海電鉄グループのタクシー会社が進出したのでは,原告らが再び南海電鉄に執拗な抗議行動に出るなどする可能性があったため,近畿圏の第一交通グループ関係各社の話し合いにより決定されたものである。
(ウ) 佐野第一と被告御影第一泉南営業所との事業の同一性の有無
a 営業資産等
被告御影第一は,泉南営業所を開設するにあたり,りんくう地区に新たに土地を購入した。
また,営業車両も全て新車を購入しており,佐野第一の車両は引き継いでいない。給油施設等の施設も新調した。
佐野第一の備品類については,被告御影第一だけではなく,被告第一交通グループ内の企業に簿価で売却されており,被告御影第一が購入したのは,そのうちの無線親機ほかごくわずかである。
b 従業員
佐野第一の従業員のうち被告御影第一に就職した者については,佐野第一を退職して被告御影第一で新たに採用するという手続きが踏まれており,佐野第一の非組合員らに対する雇用契約上の使用者の地位を,佐野第一がそのまま被告御影第一に譲ったものではない。
被告御影第一は,佐野第一から被告御影第一へ移った者に対しても,新規採用者と同様支度金を払い,一定期間の収入保障もしている。
c 事業計画等
被告御影第一泉南営業所は,佐野第一とは独立した事業として行政当局から認可を受けている。
佐野第一は,従前,サザン社から発注を受けて日本航空の乗務員の送迎業務を行っており,その収入は売上げの20パーセントを占める重要なものであった。しかし,被告御影第一泉南営業所はその業務を承継していない。
d 以上によれば,佐野第一と被告御影第一泉南営業所の間に事業の同一性はない。
(エ) 原告らの主張に対する反論
原告らは,佐野第一の解散は「偽装解散」であると主張する。しかし,偽装解散論とは,解散会社と実質的に同じ法人格であると評価される新会社あるいは個人がある場合には,解散決議は実行されておらず,事業あるいは営業は解体されておらず,解体されていない事業あるいは営業を行うものが解散会社と法的に同じ立場に立つというものである。
しかし,被告御影第一は佐野第一の解散とは関わりなく設立された株式会社であって,「旧会社を解散して新会社を設立した場合」でも「新たに第二会社を設立した場合」でもない。
被告御影第一は,原告らが問題とする泉南営業所以外に,神戸市東灘区に営業所と事業を持っており,法人としての被告御影第一と佐野第一が実質的に同一ということはない。
そもそも,タクシー事業は,道路運送法に基づき,事業の参入等について様々な許認可の手続きが定められており,佐野第一の廃業及び被告御影第一の泉南営業所の開設にあたっては,国土交通大臣(運輸局)の認可を受けなければならなかった。また,タクシー事業を譲渡・譲受する場合も国土交通大臣(運輸局)の認可を受けなければならない。このような行政的規制の存在するタクシー事業において,名目的な廃業,仮装廃業などという事態は法的に生じない。
イ 被告第一交通の雇用責任について
以上のとおり,本件では法人格の濫用があったとは認められず,原告組合員らが被告第一交通に対して契約責任を追及することはできない。
ウ 被告御影第一の雇用責任について
(ア) 同じく,被告御影第一についても,法人格の濫用に基づく雇用契約上の責任は認められない。
また,仮に法人格の濫用が認められるとしても,以下の事情に照らすと,原告らの被告御影第一に対する請求は,時機に後れた権利の主張であり,信義則違反であるといえる。
(イ) すなわち,被告第一交通は,平成15年4月3日の取締役会において佐野第一の解散を決定したが,佐野第一の従業員については,被告第一の他のタクシー会社の乗務員として受け入れる考えがあった。
そこで,佐野第一の代表取締役であったB8は,同日,解雇の意思表示とともに,被告第一交通グループでは希望者全員を再雇用する考えであることを全ての従業員に告げた。
ところが,原告らは,再雇用の申し入れを受け入れなかった。
(ウ) その後,平成15年10月29日に実施された岸和田支部における仮処分の審尋において,担当裁判官から,暫定的な就労に関する和解の提案があったことから,同年11月6日に佐野第一らと原告組合との間で団体交渉が行われた。
上記団体交渉において,原告組合は,62.5パーセントという賃率については「仮に」ということであれば譲歩するが,就労場所については佐野第一の本社があった場所でなければならないなどと主張した。
そのため,被告第一交通らは,原告らの主張する条件を満たすために,被告御影第一が佐野第一の本店所在地に「泉南営業所第二車庫」(以下「泉南第二車庫」という。)を開設することとし,同年11月17日に近畿運輸局の認可を受けて,営業車両20台を準備し,同月21日から稼働開始可能となった。
そして,同月19日付けで,原告組合員らに対し,同月20日以降,泉南第二車庫で就労するよう個別に指示をしたが,原告組合員らはこれを拒否した。
被告御影第一は,その後,毎日,原告組合員らに指示した乗り番表に基づいて,平成17年3月15日までは原告組合員らが就労の提供をすればこれを受領する用意をしてきた。しかし,原告組合員らは,就労しなかった。
(エ) 以上の経緯にもかかわらず,当時の就労拒否がなかったかのようにして被告御影第一の従業員であると主張するのは不当であり,時機に後れた権利の主張であり,信義則違反であるから,棄却されるべきである。
2 争点(2)(被告第一交通の不法行為責任の有無)について
(原告らの主張)
(1) 親会社が,子会社に存する労働組合を消滅させる等不当な目的を達するために,子会社に対する支配的な地位を利用してこれを解散し,子会社の労働者の雇用機会を喪失させたときには,その解散が真実されたものであるか,偽装でされたものであるかにかかわらず,その行為は不法行為を構成し,親会社は,子会社とともに雇用機会喪失等によって子会社の労働者に生じた損害を賠償すべき責任を負うというべきである。
前記1(原告らの主張)記載のとおり,被告第一交通は,原告組合員らを第一交通グループから排除し,原告組合を壊滅させるために,その支配する佐野第一を解散し,原告組合員らを解雇させ,雇用の機会を喪失させたものであるから,不法行為に該当する。
したがって,被告第一交通は,後記4のとおり,原告らに対し,賃金相当損害金及び慰謝料等の損害賠償責任を負う。
(2) なお,被告らは,賃金請求権とは別に賃金相当額の損害賠償が認められる余地はないなどと主張する。
しかし,解雇がなされた場合に,賃金請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権が競合し,被解雇者はこのいずれの請求権に基づいても請求することができるとするのが判例であるから,子会社の従業員は,親会社に対し,雇用契約上の責任を追及して賃金を請求できるとともに,不法行為に基づく損害賠償として賃金相当損害金を請求でき,両請求権は競合関係にあると解すべきである。
(被告第一交通の主張)
(1) 原告らは,佐野第一の解散は不当労働行為であり,被告第一交通に共同不法行為が成立すると主張する。
しかし,佐野第一を解散したことを違法であるとするのは,不採算の事業の継続を私企業である被告第一交通に強制することであり,憲法22条,29条によって許されない。
前記のとおり,佐野第一の解散及び本件解雇はいずれも有効であるから,被告第一交通の共同不法行為が成立する余地はない。
(2) 原告らは,解雇がなされた場合に,賃金請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権が競合し,被解雇者はこのいずれの請求権に基づいても請求できると主張する。
しかし,いわゆる請求権競合の問題は,同一の損害について,契約義務の不履行に基づく損害賠償請求も不法行為に基づく損害賠償請求も可能であるという場合の問題であり,本来的給付が可能であるときとは異なる。賃金請求権は本来的給付であり,債務不履行に基づく損害賠償請求権ではないから,原告らの主張は理由がない。
3 争点(3)(被告B1及び被告B2の不法行為責任の有無)について
(原告らの主張)
本件解雇は,被告第一交通の代表取締役である被告B1及び被告B2が,その職務として決定したものであるから,被告B1及び被告B2は,被告第一交通と連帯して,不法行為責任を負う。
(被告B1及び被告B2の主張)
争う。
4 争点(4)(原告③ないしfile_66.jpgの地位確認請求及び賃金請求の可否,並びに,原告らの損害及びその額)について
(原告らの主張)
(1) 原告③ないしfile_67.jpgの地位確認請求について
前記のとおり,被告第一交通及び被告御影第一は,法人格否認の法理に基づき原告組合員らに対し,雇用契約上の責任を負う。
よって,原告③ないしfile_68.jpgは,被告第一交通及び被告御影第一に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める。
なお,原告file_69.jpgは,平成15年10月に他社へ就職し,原告file_70.jpg及びfile_71.jpgは,同年10月17日にサザン社に再就職した。
(2) 原告③ないしfile_72.jpgの雇用契約に基づく賃金請求権について
ア 原告③ないしfile_73.jpgは,本件解雇までの間,別紙5(賃金計算書)記載のとおりの営業収入をあげてきた。旧賃金体系に基づき算出した賃金額は,別紙1及び別紙2(賃金一覧表)記載のとおりである。
イ なお,被告らは,原告組合員らに対し,被告御影第一への移籍を呼びかけたなどと主張する。
しかし,被告第一交通らが移籍を認める条件は,新賃金体系を受け入れ,原告組合を脱退して交友会に入ることが前提とされていたのであるから,およそ実現不可能な呼びかけである。
ウ また,被告らは,サザン社にバス運転手として出向して勤務してきた原告file_74.jpgないしfile_75.jpgにつき,それら原告は,出向に際し,佐野第一(佐野南海)との雇用契約は解消となってはいないものの,別途,サザン社とも雇用契約を締結し,これに基づきバス運転手として就労し,バス運転手としての賃金をサザン社から得ていたものであるから,本件解雇によって佐野第一との雇用契約は終了するとしても,サザン社との雇用契約は当然になくなるものではないし,賃金の内容についても,サザン社でのバスの運転手としての就労の対価としてサザン社が支払ってきた賃金をもって佐野第一との雇用関係上の賃金とみることはできないなどとも主張する。
しかし,上記原告らは,佐野第一(佐野南海)から,同社に在籍したままでサザン社に出向することを命じられ,その結果として,サザン社でのバス運転手としての就労の対価としての賃金を受領してきたものであり,サザン社との間で雇用契約の締結はしていない。そして,上記原告らがサザン社で就労できなくなったのは,佐野第一が被告第一交通によって解散させられて営業を停止し,それに伴って上記原告らが解雇(本件解雇)されたため,サザン社が,佐野第一との出向契約が終了したものとして,上記原告らを出向社員として受け入れることを拒否したからであるから,上記解散及びそれに伴う本件解雇が法人格否認の法理により認められない以上,上記原告らが従来支払を受けてきた賃金に相当する賃金の支払を求めることができるのは当然のことである。
(3) 原告③ないしfile_76.jpgの不法行為に基づく賃金相当損害金請求権について
ア 原告③ないしfile_77.jpgは,本件解雇までの間,別紙5(賃金計算書)記載のとおりの営業収入をあげてきた。
旧賃金体系に基づき算出した賃金額は,別紙3及び別紙4(賃金相当損害金一覧表)の「賃金額」欄記載のとおりである。
イ そして,被告第一交通は,佐野第一及び被告御影第一と共同して,本件解雇後約3年を経過した現時点においても,原告組合員らの就労を拒否しており,今後もそのような態度を継続することが強く推認される。
したがって,原告組合員らは定年退職に至るまで就労の機会を奪われる蓋然性が極めて高く,定年までに支払われるべき賃金に相当する金額が,本件不法行為と相当因果関係にあるとするのが相当である。
(4) その他の不法行為に基づく損害について
ア 原告③ないしfile_78.jpgの精神的損害等
(ア) 慰謝料 各300万円
原告組合員らは,原告組合の組合員であるという理由だけで解雇され,名誉・信条を著しく傷つけられ,不安定な生活に置かれた。本件解雇により,原告組合員らが被った精神的損害は計り知れず,これを金銭に換算すると,一人当たり金300万円は下らない。
(イ) 弁護士費用 各30万円
イ 原告大阪地連の非財産的損害等
(ア) 非財産的損害 2000万円
原告大阪地連は,その傘下の労働組合の組合員を一斉に解雇されることにより,労働組合の連合体が無力であるとの印象を喧伝され,その名誉と信用を著しく毀損された。原告大阪地連が被った非財産的損害は甚大であり,これを金銭に換算すると,金2000万円は下らない。
(イ) 弁護士費用 200万円
ウ 原告組合の非財産的損害等
(ア) 非財産的損害 2000万円
原告組合は,その所属の組合員を一斉に解雇されることにより,労働組合が無力であるとの印象を喧伝され,その名誉と信用を著しく毀損された。原告組合が被った非財産的損害は甚大であり,これを金銭に換算すると,金2000万円は下らない。
(イ) 弁護士費用 200万円
(被告らの主張)
(1) 原告③ないしfile_79.jpgの地位確認請求について
ア 争う。
イ 定年制について
佐野第一と原告組合員らとの間の雇用契約上,定年は64歳と定められている。
原告⑫(原告A7)は平成16年5月23日,原告file_80.jpg(原告A16)は平成17年8月9日,原告file_81.jpg(原告A17)は同年9月11日,原告file_82.jpg(原告A18)は同年12月5日をもって定年退職となっており,雇用契約上の地位確認請求は理由がない。
(2) 原告③ないしfile_83.jpgの雇用契約に基づく賃金請求権について
ア 賃金額の計算方法については認めるが,その余は争う。
イ なお,被告御影第一は,前記のとおり,平成17年3月15日までは泉南第二車庫を用意して就労の受け入れ体勢を整えており,就労をしなかったのは原告組合員らであるから,賃金債権は発生しない。
ウ 原告file_84.jpgないしfile_85.jpgについて
サザン社に出向して,同社のバス運転手として勤務していた原告file_86.jpgないしfile_87.jpgについては,出向に際し,佐野第一(佐野南海)との雇用契約の解消(合意解約・解雇)はなされていない。しかし,サザン社に出向しバス乗務員として勤務してきた者らについては,①日々の勤務における具体的な指揮命令は,もっぱらサザン社において行われ,②賃金の計算及び支給も,サザン社の基準に基づき直接サザン社が支払ってきたもので,これを佐野第一(佐野南海)との雇用契約に基づくものとみるのは困難である。それらの者らは,佐野第一(佐野南海)との間の雇用契約とは別に,サザン社との間で雇用契約を締結したとみるしかない。
したがって,サザン社に出向しバス乗務員として勤務してきた者らについては,本件解雇によって,佐野第一との間の雇用契約が終了しても,サザン社との間の雇用契約は別の雇用契約であるから,本来は当然になくなるものではないし,賃金の内容についても,サザン社が支払ってきたバス運転手としての就労に対する賃金をもって,佐野第一との雇用契約上の賃金とみることはできないものである。そもそも,被告御影第一にも佐野第一にもバス事業はないのであって,バスの運転手の賃金を含んだ雇用契約が佐野第一との間で締結されあるいはそれが被告御影第一に移転するなどということはあり得ないことである。
以上のとおりで,サザン社に出向してバス乗務員として勤務してきた原告file_88.jpgないしfile_89.jpgの賃金請求は,サザン社との雇用契約に基づく賃金を請求する点で不当であるし,その額も過大なものとなっている。
(3) 原告③ないしfile_90.jpgの不法行為に基づく賃金相当損害金請求権について
争う。
(4) その他の不法行為に基づく損害について
争う。
なお,原告file_91.jpg(原告A5)及び原告file_92.jpg(原告A6)は,平成15年4月25日から原告大阪地連からの労働者派遣のかたちでサザン社に派遣され,その後同社に雇用されており,間断なく同社のバス乗務員として就労していたのであるから,他の原告組合員らと同額の慰謝料が認められることはない。
5 争点(5)(反訴請求の可否)について
(被告第一交通の主張)
(1) 債務不存在確認請求について
前記のとおり,原告③ないしfile_93.jpgは,被告第一交通に対し,不法行為に基づく損害賠償を請求するが,同原告らの本訴請求における主張は,不法行為に基づく賃金相当損害金の請求権を予備的請求と位置づける点など,一義的に明確でないから,被告第一交通は,同原告らに対し,別紙6記載の不法行為に基づく損害賠償債務が何ら存在しないことの確認を求める。
(2) 不当利得返還請求について
被告第一交通は,岸和田支部平成15年(ヨ)第30号地位保全及び賃金仮払仮処分命令申立事件の決定及び大阪高等裁判所平成16年(ラ)第536号仮処分認可決定に対する保全抗告事件の決定に基づき,平成15年8月分から平成17年9月分までの賃金又は損害賠償金として,別紙7(仮払金一覧表)の「仮払額」欄記載のとおりの金員を原告③ないしfile_94.jpgに対して支払ったが,本訴請求において,同原告らの賃金請求及び損害賠償請求権が認められず,請求が棄却された場合には,同原告らが受領済みの上記仮払金は,法律上の原因を失い,被告第一交通との関係で不当利得となるから,その返還を求める。
(原告③ないしfile_95.jpgの主張)
仮払額については認めるが,その余は争う。
第4 争点に対する判断
1 前記争いのない事実等に証拠<証拠略>及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
(1) 被告第一交通による佐野第一の買収
ア 被告第一交通は,平成13年3月30日,南海電鉄から,同社が直接あるいは間接的に全株を保有して支配していたタクシー会社7社(佐野南海,南海タクシー,堺南海など)の全株式の譲渡を受けてこれを買収した。
被告第一交通が買収した上記7社のうち,大阪府を事業区域とするのは,佐野南海のほか,南海タクシー(現・大阪第一)及び堺南海(現・堺第一)の3社であり,このうち佐野南海のみが大阪府泉佐野市を中心とする泉州交通圏を事業区域としていた。
被告第一交通は,上記買収の結果,関西方面に多数の子会社を保有することとなったため,大阪第一に第一交通グループの関西事業本部を置くこととした。
イ 佐野第一は,従前,「佐野南海交通株式会社」の商号で,南海電鉄グループのタクシー会社の1つとして,泉州交通圏においてタクシー事業を営んでいたが,上記のとおり,被告第一交通が平成13年3月30日に南海電鉄から全株式の譲渡を受けて買収したため,同日,法人格の同一性を保ったまま,その経営権が南海電鉄から被告第一交通に譲渡され,商号も「佐野第一交通株式会社」に変更された。
そして,被告第一交通の取締役であるB4,B5,B3及び被告第一交通の従業員であるB6が佐野第一の取締役に,被告第一交通の監査役であるB7が佐野第一の監査役にそれぞれ選任され,B3が代表取締役に就任した。また,被告第一交通の従業員であるB8及びB9が佐野第一の現場管理職として派遣され,B4及びB3らの指示のもとに,佐野第一の営業,管理職及びタクシー乗務員の指導等に当たった。
(2) 佐野第一における労使紛争
ア 賃金体系の変更及び福利制度の廃止
(ア) 佐野南海の平成8年度以降の営業収支は,毎年赤字であり,平成12年度(平成12年4月1日から平成13年3月31日)の売上は7億1685万4081円,営業損失は7947万8689円,当期損失は1億1945万0563円であって,累積損失は同期末で4億2870万2673円に達していた。
(イ) 被告第一交通では,経営不振に陥ったタクシー会社を数多く買収してきた経験から,タクシー事業において採算性を確保するには,「地域標準的な賃金」のもとに「地域標準的な売上」をあげることが必要であると考えており,この経営方針に基づき,買収した子会社における給与基準その他の労働条件等の基本的な部分を被告第一交通において決定し,被告第一交通から派遣した役員をして,それを実行させてきた。
(ウ) 被告第一交通が佐野第一を買収した平成13年3月30日当時,佐野第一のタクシー乗務員の賃金は,平成9年9月に原告組合との間で締結した本件協約に基づき,運賃収入の多寡にかかわらず,その62.5パーセントが賃金となる完全歩合制の賃金体系(旧賃金体系)が採用されていた。また,原告組合の組合員を対象とした中退金制度や共済会制度などの福利制度も実施されていた。
(エ) 被告第一交通では,佐野第一の収支を改善して債務超過状態を解消するためには,タクシー乗務員の賃金の引下げ等の経費削減を実施することが必要であると考え,平成13年4月13日に行われた佐野第一と原告組合との団体交渉において,B4及びB3から,原告組合に対し,①タクシー乗務員の賃金について,その減額を内容とする新たな賃金体系を導入すること,②中退金制度を廃止すること,③共済会制度を廃止して新たな共済制度を実施すること,④会社の再建に協力する従業員の集まりとして交友会を発足させること等を内容とする会社再建案を提案したが,原告組合は,これを受け入れなかった。
そこで,佐野第一は,同年5月9日に行われた団体交渉において,上記の賃金体系案を修正して,①給与は月間営業収入の45パーセントとし,②月間営業収入が40万円以上の場合は,1年に3回,4か月ごとに,収入の多寡に応じて一定の歩合により算出した賞与及び諸手当を支給すること,③賞与の歩合率の上限は16パーセント(給与と合わせて61パーセント)とすること等を内容とする新たな賃金体系案(新賃金体系)を作成して原告組合に提案したが,原告組合はこれにも反対をした。
ところが,佐野第一は,原告組合の反対にもかかわらず,これを就業規則として制定し,同月28日から,新賃金体系に基づいて算出した賃金の支給を開始した。
(オ) そして,佐野第一は,翌29日に行われた原告組合との団体交渉において,新賃金体系に基づく賃金の支給等を原告組合が認めなければ,従前から労働協約に基づいて行われていた労働組合費等のチェックオフを中止するなどと通告した。原告組合はこれに抗議したものの,佐野第一は,同年6月分の給与から,チェックオフを取りやめた。
(カ) また,佐野第一は,同年5月20日ころ,中退金を運営する勤労者退職金共済機構に対し,原告組合の組合員らが,同年3月31日に佐野第一を事業主の都合で退職したとする虚偽の届出をした。
そして,同年3月までは労働協約に従って給与から控除されていた中退金の任意積立部分及び自己負担分の掛金の控除を同年4月支払分から一方的に中止し,また,勤労者退職金共済機構に対して支払っていた会社負担分の掛金についても同年6月分からの支払を中止し,同年4月分及び5月分の掛金の返還を受けた。
(キ) さらに,佐野第一は,共済会制度も一方的に廃止し,同年4月分以降,補助金の支払を中止した。そして,佐野第一は,同年12月14日,共済会から預かって保管していた事業運営資金1138万4240円を,同会の了解を得ることなく引き出し,佐野第一の従業員に分配した。
イ 交友会の結成と組合員の脱退
(ア) 一方,佐野第一においては,同年4月,管理職が主導して,会社再建に協力する従業員の集まりとして交友会を発足させ,同月中旬以降,泉佐野営業所長であったB10(以下「B10」という。)やB9課長,B3らが,原告組合の組合員らに対し,佐野第一が提案する新賃金体系及び労働条件に合意するよう求めると共に,原告組合を脱退して,交友会に加入するよう説得した。
(イ) そして,①交友会への加入申込書,②佐野第一から再建協力金を受領した旨及び1年以内に会社都合以外で同社を退職した場合はこれを返還する旨の念書,③原告組合宛の脱退届,④佐野第一宛の退職届の4点,あるいは①ないし③の3点の書式をセットにしたものを,管理職が従業員らに配布し,上記書類を提出して交友会に入会した者には,再建協力金名目で15万円を支給することとした。
(ウ) その結果,平成13年4月に3名,同年5月に9名,同年6月に8名の従業員が,原告組合を脱退して,交友会に入会した。
(エ) その後,佐野第一は,社員各位宛として,「職場内外で交友会員に冷遇及び劣悪行為を行う者については厳重処分とする。再建協力金については,同年7月20日で打ち切る。」等と記載した書面を営業所等に掲示した。その結果,同年7月は48名,同年8月は10名の従業員が,原告組合を脱退して,交友会に入会した。
(オ) また,佐野第一は,同年6月中旬ころから,出庫前点呼の機会を使って,B3やB8,B9,B10などの複数の管理職らが従業員に対し,佐野第一の経営再建に協力すること,会社に協力しない者は辞めるように,交友会への勧誘に応じない場合には配置転換をするなどと繰り返し話すようになり,そのため,出庫前点呼は長時間に及び,同年8月には1時間を超えるようになった。
(カ) さらに,佐野第一は,同年8月上旬ころ及び同年9月11日ころ,交友会への入会勧誘を断ったり,上記出庫前点呼の際に,管理職に対して反論をするなどした原告A7,同A15,同A11,同A12,同A13,同A14及びCに対して,勤務内容,態度等に問題があるとして,配置転換命令を出した。
(キ) また,佐野第一は,同年11月22日到達の内容証明郵便によって,原告組合の執行委員長である原告A2と副委員長である原告A8に対し,就業規則違反を理由として解雇の意思表示をした。
(ク) 以上の経過を経て,被告第一交通が佐野第一を買収した平成13年3月30日当時には171名在籍していた原告組合の組合員数は,同年8月末には78名と半数以下に激減したが,原告組合の解散には至らず,原告組合は,裁判手続を行うなどして争っていた。
(ケ) なお,佐野第一と同様,被告第一交通が同年3月30日に南海電鉄から買収した他のタクシー会社6社においても,賃金体系の変更や労働条件の変更が実施されており,特に,大阪府を事業区域とする大阪第一,堺第一及び佐野第一の3社は,統一した基準で賃金体系が定められていた。
そして,佐野第一以外の上記6社にも,労働組合は存在していたが,多くの労働組合が,被告第一交通による買収後,数週間から数か月で解散し,原告組合と同様,賃金体系の変更等について裁判手続を行うなどして争っていた堺第一の従業員が組織する堺南海交通労働組合も,同年10月には解散に至った。そのため,現在も存続している労働組合は原告組合のみである。
(3) 被告第一交通の佐野第一に対する支援の打切り
ア 従前,タクシー事業の新規参入と増車は,あらかじめ営業圏ごとに需給調整を経た上でなければ許可されなかったが,平成14年2月1日に施行された改正道路運送車両法では,一定の基準を満たせば原則として許可されることとなった。
イ そこで,被告第一交通は,同年5月ころ,佐野第一に派遣していた役員を引き揚げて,原告組合との間で新賃金体系導入についての合意が成立しない場合には,佐野第一に対する資金援助を中止することとし,第一交通グループの泉州交通圏におけるその後のタクシー事業については,泉州交通圏を事業区域とする新会社を設立するか,又は他のグループ会社の事業区域を泉州交通圏に拡大させることによって継続していくこととした。
ウ 上記の方針に従い,佐野第一では,同年5月9日に,被告第一から現場管理職として派遣されていたB8及びB9と,佐野南海時代から引き続き泉佐野営業所長を務めていたB10が佐野第一の取締役に就任し,同月23日に,被告第一交通から佐野第一に取締役として派遣されていたB3,B4,B5及びB6と監査役として派遣されていたB7が辞任し,B8が佐野第一の代表取締役に就任した。
エ そして,同日,被告第一交通及び佐野第一は,原告組合と団体交渉を行い,B4が,B3らが佐野第一の取締役を辞任したこと,原告組合が新賃金体系を受け入れなければ,被告第一交通は佐野第一に対する支援を打ち切ること,佐野第一の倒産,廃業もあり得ることなどを伝えた。
オ また,佐野第一は,同日及び翌24日,B3,B8,B10らが,交友会員を対象とした説明会を実施し,その席上で,B3が,被告第一交通は佐野第一から手を引き,第一交通グループとして泉南地区に新しい会社を設立する予定である,交友会員については,現在の賃率や労働条件を維持しつつ,新会社に移行させることを保障する,佐野第一は原告組合員らだけが働く会社となるが,早晩廃業となることは避けられない,新会社に原告組合員らは入れないなどと述べた。
カ 佐野第一では,同日以降,原告組合との間で断続的に協議や団体交渉などを行う一方,B9ら管理職が,原告組合員らに対し,新会社を作る,それには組合員らは入社させないが,交友会員らは入社できるなどと話して,組合脱退を勧誘していた。
キ そして,同年6月25日,佐野第一は,原告組合との団体交渉において,原告組合に対し,新賃金体系の導入,中退金制度の廃止及び共済会制度の廃止等の会社の方針を受け入れれば,原告A2及び原告A8に対する解雇を撤回し,解決金として4500万円を支払う等とする解決案を提示した。
これに対し,原告組合は,新賃金体系の導入には応じるが,中退金及び共済会の廃止には応じられないなどと回答し,解決金として1億2000万円を支払うよう求めたため,結局,協議は決裂した。
ク 佐野第一は,翌26日,一連の団体交渉における提案を全て白紙撤回した。
ケ なお,佐野第一は,同年5月,同社が保有していた57台の営業車両をすべて住商オートリース株式会社に売却し,その後は,同社から同車両のリースを受けて営業を行っていた。
コ また,佐野第一が所有する大阪府泉南郡岬町淡輪の土地建物について,同月14日受付をもって,大阪第一に対し,同月10日の売買予約を原因とした所有権移転請求権仮登記がなされた。なお,前記土地建物については,同月13日受付をもって,大阪第一,佐野第一及び熊野第一交通株式会社を債務者とし,株式会社三井住友銀行を根抵当権者とする極度額30億円の根抵当権(平成13年9月28日設定)の設定登記がなされ,平成14年5月14日受付をもって,佐野第一を債務者とし,大阪第一を権利者とする極度額3億5000万円の根抵当権(同月10日設定)の設定仮登記がなされている。
また,佐野第一が大阪府河内長野市菊水町に所有する土地についても,このころ,同様の処理がなされた。
(4) 被告御影第一の泉州交通圏進出と佐野第一の減車
ア 同年6月28日,被告御影第一は,近畿運輸局に対し,泉州交通圏への事業区域の拡張及び営業車両50台の増車を申請した。
イ 被告御影第一は,同年8月2日,事業用地として大阪府泉南市りんくう南浜に2000平方メートルの土地を取得し,同年11月15日,同土地上に工場・事務所を新築し,後に,同所に被告御影第一泉南営業所を開設した。事務所建築費用は,被告第一交通が負担した。
ウ 佐野第一では,大阪第一からの指示により,同年10月18日ころ,佐野第一の各営業所に,被告御影第一泉南営業所が近日開設見込みである,同社のタクシー乗務員となることを希望する場合には,大阪第一内の対策本部まで申し出るようにとの内容のチラシを掲示して,佐野第一社内で被告御影第一の乗務員募集を開始した。
エ 被告御影第一は,同年12月19日,近畿陸運局から,泉州交通圏へ事業区域を拡張し,50台の車両で営業を行うことについて認可を受け,平成15年1月21日には運賃の認可を受けて,同年2月16日から泉州交通圏におけるタクシー事業を開始した。
オ 被告御影第一泉南営業所には,開業当時69名のタクシー乗務員が在籍していたが,そのうち五十数名は,交友会員である佐野第一の元従業員が移籍したものであった。
そして,被告御影第一に移籍した従業員には,支度金10万円が支払われたほか,2か月間,賃金算定の際の歩合率を優遇する措置が採られたが,その後は,新賃金体系と同じ内容の賃金体系が実施された。
カ また,被告御影第一泉南営業所の開業に伴い,交友会員である佐野第一の無線室従業員5名が,全員被告御影第一に移籍した。
そして,被告御影第一泉南営業所の開業後は,被告御影第一の無線室を佐野第一と被告御影第一の「共同無線配車センター」と称し,佐野第一が従前から使用していた無線タクシー呼出番号である66−8600番と,被告御影第一の無線タクシー呼出番号である83−0660番を使用して,両社の無線配車を行った。
キ 被告御影第一泉南営業所は,開業当初から,佐野第一が泉佐野市から賃借して使用していた南海電鉄泉佐野駅前のタクシー乗り場にタクシーを乗り入れて客待ちをするようになったが,佐野第一は,これに対して異議を述べることもせず,認容していた。
ク 一方,佐野第一は,同年3月27日に14台の減車をし,さらに,同月31日に19台,同年4月24日に24台の減車をした。
(5) 佐野第一の解散と本件解雇の意思表示
ア 平成15年3月25日,岸和田支部は,平成13年5月ころに制定された佐野第一の新就業規則のうち,本件協約に反する部分(新賃金体系)は労働基準法92条1項により無効であり,その後に佐野第一と原告組合との間で新たな労働協約が締結されたことも,佐野第一の就業規則が有効に変更されたこともないなどとして,佐野第一に対し,平成13年11月分から平成14年7月分までの賃金について,旧賃金体系に基づいて算出した賃金額と実際の支給額との差額の支払を命じる判決を言い渡した(岸和田支部平成14年(ワ)第631号)。
イ その直後,B8,B9及びB10は,大阪第一の関西本部長を交えて,対策を検討し,原告組合に対し,再度,会社再建のための協力を依頼することとした。そして,平成15年3月28日に団体交渉を行い,原告組合に対して,新賃金体系を受け入れるよう申し入れたが,原告組合はこれを了承しなかった。そこで,B8は,その旨,被告第一交通に報告した。
ウ 同年4月3日,被告第一交通の取締役会が開かれ,佐野第一を解散する旨が決議された。
エ B8は,同日午後3時ころ,原告組合員らを含む佐野第一の全従業員に対し,会社再建を断念せざるを得なくなったため,佐野第一は同月15日をもって営業を終了し,翌16日付けで廃業する,従業員全員を同月15日付けで,就業規則36条20号(事業の譲渡,廃止その他,業務の都合)により解雇する,希望者には就職の斡旋をするなどと述べ,本件解雇の意思表示をした。
オ 佐野第一は,同月14日ころ,営業を停止した。
カ 同年5月12日,佐野第一の株主総会が開かれ,同社の解散決議を行い,代表者清算人としてB10が選任され,本店を従前の大阪府泉佐野市(泉佐野営業所)から,大阪府泉南郡岬町(岬営業所)に移転した。
なお,佐野第一の解散時,同社に在籍していたのはB8,B9,B10のほか,原告組合の組合員のみであった。
キ そして,佐野第一が南海電鉄から賃借して使用していた南海電鉄の樽井駅,尾崎駅及びみさき公園駅の各駅前タクシー乗り場では,佐野第一の解散直後から,被告御影第一がタクシーを乗り入れて客待ちをしていた。
また,被告御影第一は,佐野第一が解散した後も,佐野第一が従前から使用していた無線タクシー呼出番号である66−8600番の使用を継続し,佐野第一が所有していた無線機親機も譲り受けた。
2 争点(1)(被告第一交通及び被告御影第一の雇用契約上の責任の有無)について
(1) 子会社が解散した場合の親会社等の雇用契約上の責任について
ア 法人格否認の法理について
原告らは,佐野第一の親会社である被告第一交通は,佐野第一の従業員である原告組合員らに対し,法人格否認の法理に基づき,雇用契約上の責任を負うと主張する。
この点,親会社と子会社は,それぞれ別個の法人格を有する社団法人であるから,子会社が解散したとしても,原則として,親会社が子会社の従業員に対して雇用契約上の責任を負うことはない。
しかしながら,法形式上は別個の法人格を有する場合であっても,法人格が全くの形骸にすぎない場合又はそれが法律の適用を回避するために濫用される場合には,特定の法律関係につき,その法人格を否認して衡平な解決を図るべきであり(最高裁判所昭和44年2月27日第一小法廷判決民集23巻2号511頁参照),この法理は,本件のように親子会社における雇用契約の関係についても適用しうるものと解すべきである。
イ 法人格形骸化の場合について
そして,法人とは名ばかりであって子会社が親会社の営業の一部門にすぎないような場合,すなわち,株式の所有関係,役員派遣,営業財産の所有関係,専属的取引関係などを通じて親会社が子会社を支配し,両者間で業務や財産が混同され,その事業が実質上同一であると評価できる場合には,子会社の法人格は形骸化しているということができ,この場合における子会社の解散は,親会社の一営業部門の閉鎖にすぎないと認められる。
したがって,子会社の法人格が形骸化している場合,子会社の従業員は,解散を理由として解雇の意思表示を受けたとしても,これによって労働者としての地位を失うことはなく,直接親会社に対して,継続的,包括的な雇用契約上の権利を主張することができると解すべきである。
ウ 法人格濫用の場合について
(ア) また,子会社の法人格が形骸化しているとまではいえない場合であっても,親会社が,子会社の法人格を意のままに道具として支配し(支配の要件),その支配力を利用することによって,子会社に存する労働組合を壊滅させる等の違法,不当な目的を達するため(目的の要件),その手段として子会社を解散したなど,法人格が違法に濫用されたと認められる場合にも,子会社の従業員は,直接親会社に対して,雇用契約上の権利を主張することができるというべきである。
(イ) もっとも,憲法22条1項は,職業選択の自由の一環として企業廃止の自由を保障しており,企業の存続を強制することはできない。したがって,たとえ労働組合を壊滅させる等の違法,不当な目的で子会社の解散決議がされたとしても,その決議が会社事業の存続を真に断念した結果なされ,従前行われてきた子会社の事業が消滅した場合(真実解散)には,当該子会社はもはや清算目的でしか存在しないこととなる。
そして,雇用契約は,労働の提供と賃金の支払が対価関係をなすものであるから,子会社が真実解散した場合には,子会社の従業員は雇用契約の主たる内容をなす労働の提供をすることができなくなるのであるから,労働組合を壊滅させる等の違法,不当な目的で子会社の解散決議がされたとしても,子会社が真実解散し,その事業が消滅した場合には,子会社の従業員は,親会社に対し,子会社の解散後の継続的,包括的な雇用契約上の責任を追及することはできないというべきである。
(ウ) これに対し,子会社が真実解散されたものではなく偽装解散であると認められる場合,すなわち,子会社の解散後,親会社が自ら事業を再開したり,親会社の支配する別の法人によって同じ事業が継続されているような場合には,子会社の従業員は,子会社と同一の事業を継続している親会社又は親会社が支配する別の法人において就労することが可能であるから,雇用契約は,その事業体との間でなお存続しているものと解すべきである。
したがって,親会社が法人格を濫用して子会社を解散した後,自ら子会社と同一の事業を継続している場合には,親会社は,子会社の従業員に対し,将来に向けて継続的,包括的な雇用契約上の責任を負うというべきである。また,親会社が自ら同一の事業を継続せず,別会社に事業を行わせている場合であっても,新たな事業を行う別会社の法人格が形骸化して親会社の一営業部門にすぎないと評価できる場合であれば,親会社は,子会社の従業員に対し,継続的,包括的な雇用契約上の責任を負うと解される。
(エ) これに対し,新たな事業を行う別会社の法人格が形骸化しているとはいえない場合には,その責任は,新たに事業を行う別会社が負うと解すべきである。
この点,原告らは,法人格否認の法理は,法人の背後にある実体を捉えて,正義・衡平の観念から,背後者に対する法的責任の追及を可能にする理論であるから,法人格を濫用する当事者がその法的責任を負担すべきであり,親会社とは別に新たに事業を行う会社が存在しても,親会社が責任を負うべきであるなどと主張する。
しかしながら,雇用契約は,前記のとおり,労働の提供と賃金の支払が対価関係をなす契約であるから,雇用契約の主体である雇用主は,継続して事業を行っている事業体であると解さざるを得ず,親会社とは別に新たに事業を行う会社が存在し,その法人格が形骸化していると認められない場合には,将来にわたって雇用契約上の責任を負うべき主体は,現に事業を継続している別会社であるというべきである。
エ 解散決議の効力との関係について
被告第一交通及び被告御影第一は,たとえ労働組合を排除するという不当な目的,動機で会社の解散決議がされたとしても,その内容に法令違反等がない限り解散決議を無効とする余地はなく,また,事業者は事業の開始及び廃止について広汎な自由を有しているから,佐野第一の解散決議は有効である。会社が解散した場合には,従業員の雇用を継続することはできず,従業員を解雇する必要性が認められるから,解雇も原則として有効であり,法人格否認の法理によって被告第一交通及び被告御影第一の責任を論ずる意味はないなどと主張する。
確かに,株主総会の決議の内容自体に,法令又は定款違反の瑕疵がない場合には,当該決議が無効となるものではなく,本件においても佐野第一の解散決議について法令又は定款違反があるとは認められないから,佐野第一の解散決議は有効であると認められる。
しかしながら,前記ウ記載のとおり,佐野第一の解散が偽装解散であると認められる場合には,法人格否認の法理を適用する余地があり,解散決議が有効であるからといって,解雇も有効であるとは限らないから,この点の被告第一交通及び被告御影第一の主張は理由がない。
(2) 法人格の形骸化の主張について
ア 前記1認定の事実に証拠(甲D2ないし5,7,8,16ないし19,F6ないし9,乙10,15,119,120,証人B10,被告御影第一代表者)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
(ア) 被告第一交通と子会社との関係
a 被告第一交通がタクシー会社を買収する場合,合併して被告第一交通の営業所とする場合と,法人格を維持したまま子会社とする場合とがあり,後者を基本的な方針としていた。
b 被告第一交通は,これまで,多数の経営不振に陥ったタクシー会社を買収してきた経験から得た経営方針とノウハウに従い,子会社における給与基準その他の労働条件,資産運用方針等の基本的な部分を,被告第一交通において決定していた。
そして,被告第一交通の役員や従業員を,買収した子会社の役員ないし管理職として派遣し,被告第一交通が決定した上記の基本方針に従い,賃金体系の見直しや従業員の教育等の経営再建策を押し進めてきた。
c 第一交通グループにおいては,各子会社の財産と収支は,親会社である被告第一交通の財産と収支と混同されることなく,管理されていたが,子会社の経理業務,決算業務,経費や給与の計算及び支払手続などは,被告第一交通が,同社のコンピュータを使って統一的に処理しており,各子会社はこれに対する経理事務委託手数料として売上の3パーセントを被告第一交通に支払うこととなっていた。
具体的には,被告第一交通が,子会社の営業収入が入金される子会社名義の預金通帳や届出印を管理し,子会社からの申告に基づき,子会社の従業員の給与や公共料金などの経費の支払を上記の口座から行っていた。そして,各子会社において資金不足が生じた場合は,被告第一交通が資金援助をしていた。また,決算書類の作成についても,被告第一交通において行われていた。
(イ) 被告第一交通と佐野第一の関係
a 株式所有
被告第一交通は,平成13年3月30日に南海電鉄から佐野第一の全株式を譲り受けて以降,佐野第一の全株式を保有している。
b 役員の派遣
同日,佐野南海の役員は全て退任し,被告第一交通の取締役であるB3らが佐野第一の取締役に就任し,また,被告第一交通の従業員であるB8らが佐野第一の現場管理職として佐野第一の従業員らの指導等に当たっていた。
c 労務管理
被告第一交通では,前記(ア)b記載のとおり,子会社における給与基準その他の労働条件,資産運用方針等の基本的な部分を,被告第一交通において決定していたが,佐野第一においても,タクシー乗務員の賃金について新賃金体系を導入すること,中退金や共済制度を廃止することなど,佐野第一の経営再建の基本方針を被告第一交通において決定していた。
d 経理業務等
佐野第一においても,佐野第一の財産と収支は,親会社である被告第一交通の財産及び収支と混同されることなく管理されていたが,佐野第一の営業収入が入金される預金口座(佐野第一名義)は被告第一交通が管理し,従業員の給与の支払,公共料金等の支払,帳簿類の作成や貸借対照表等の計算書類の作成などの事務は,被告第一交通において行われていた。そして,資金不足が生じた場合には,被告第一交通が資金援助を行っていた。
このように,佐野第一の収入や支出の管理,必要な資金の調達等が被告第一交通において行われていたため,B8やB10など佐野第一の役員や現場責任者らは,佐野第一の財務状況等を具体的には把握していなかった。
e 資産運用等
佐野第一が所有する不動産には,大阪第一を債権者とする根抵当権や,グループ他社を債務者とする根抵当権が設定されており,重要な資産に関する事項も,被告第一交通において決定されていた。
イ 以上のとおり,被告第一交通は,佐野第一の全株式を保有しており,佐野第一の業務全般を一般的に支配しうる立場にあったこと,佐野第一のタクシー従業員の賃金体系や福利制度等の労働条件について,被告第一交通において決定し,これを被告第一交通が派遣した役員や管理職によって実現してきたこと,日々の売上は,被告第一交通が保管する佐野第一名義の預金通帳によって管理し,給与の支払や公共料金等の日常経理業務,税務関係書類や計算書類の作成等の決算業務も,被告第一交通において行われていたため,佐野第一の役員は,佐野第一の財務状況を具体的に把握していなかったこと,重要な資産に関する事項も被告第一交通において行われていたことなどの事情に照らせば,被告第一交通は,佐野第一をかなりの程度支配していたと認められる。
ウ しかし,佐野第一は,もともとは南海電鉄グループの会社であり,被告第一交通とは全く別個独立の法人であったこと,買収後も,佐野第一の財産と収支は,被告第一交通のそれとは区別して管理され,混同されることはなかったことなどの事情に照らすと,佐野第一に対する支配の程度は,佐野第一が被告第一交通の一営業部門とみられるような状態にあるとまでは認められず,佐野第一の法人格は形骸化していないというべきである。
(3) 法人格の濫用の主張について
ア 支配の要件について
前記(2)認定のとおり,佐野第一の法人格は形骸化しているとまではいえないものの,被告第一交通は,佐野第一をかなりの程度支配していたものと認められる。
イ 目的の要件について
(ア) 前記争いのない事実等及び前記1認定の事実によると,佐野第一の解散に至る経緯は,以下のとおりであると認められる。
a 被告第一交通は,佐野第一を買収後,主としてタクシー乗務員の賃金体系や福利制度を改めることにより,佐野第一の収支を改善して債務超過状態を解消することとし,原告組合に対し,新賃金体系の導入などを内容とする会社再建案を提示したが,原告組合はこれに強く反対した。
b そこで,佐野第一は,平成13年5月分の給与から新賃金体系に基づく賃金の支払を一方的に開始し,共済会制度や中退金制度も廃止したが,原告組合の組合員らは,岸和田支部に,旧賃金体系に基づいて算出した賃金額と実際の支給額との差額の仮払いを求める仮処分命令を申し立てたり,その本訴を提起するなどしてこれを争った。そして,賃金体系に関する仮処分手続においては,原告組合の組合員らの主張が認められ,本訴においては,同年12月13日に佐野第一が同年5月分から同年10月分までの差額の全額を支払う内容で和解が成立した。
c この間,佐野第一は,交友会を発足させ,原告組合を脱退して交友会に入会した者に対して,再建協力金として15万円を支給することとした。そして,交友会に入会せず,原告組合にとどまった者を対象として長時間に及ぶ出庫前点呼を実施したり,一部の組合員に対して不利益な配置転換命令を行い,更に原告組合の執行委員長と副委員長を解雇するなどした。
しかし,これらについても,原告組合の組合員らは,岸和田支部に,仮処分命令や本訴を提起するなどして争った。
d そのため,被告第一交通は,原告組合が反対している現状では,佐野第一において新賃金体系の導入等を実現することは困難であると判断し,平成14年5月ころ,佐野第一に派遣していた役員を引き揚げて,原告組合との間で新賃金体系導入についての合意が成立しない場合には,佐野第一に対する資金援助を中止することとし,第一交通グループの泉州交通圏におけるその後のタクシー事業については,泉州交通圏を事業区域とする新会社を設立するか,又は他のグループ会社に事業区域を拡大させることによって継続していくこととした。
e そこで,被告第一交通は,平成14年5月23日に,佐野第一に派遣していたB3,B4及びB5らを佐野第一の役員から退任させた上,佐野第一に対する資金援助を原則としてやめ,経営支援を大幅に縮小した。
一方で,被告第一交通は,同年6月28日,被告御影第一に,近畿陸運局に対して泉州交通圏への事業区域の拡張申請などを行わせ,同年12月19日,被告御影第一は近畿陸運局から泉州交通圏に事業区域を拡張することの認可を受けた。
そして,被告御影第一は,佐野第一から移籍してきた交友会員であるタクシー乗務員を大量に雇用して,平成15年2月16日から泉州交通圏におけるタクシー事業を開始した。
f 佐野第一は,被告御影第一の事業開始後,営業車両を減車し,同年4月3日に全従業員を解雇した上,同年5月12日に解散決議をした。
佐野第一の解散時,同社に在籍していたのはB8,B9,B10のほか,原告組合の組合員のみであった。
(イ) 以上の事実によれば,被告第一交通は,原告組合が存在する佐野第一で新賃金体系を導入することは困難であると判断し,原告組合の反対を受けずに泉州交通圏におけるタクシー事業を継続していくために,被告御影第一を泉州交通圏に進出させて,佐野第一のタクシー事業を引き継がせたものと認められる。
したがって,佐野第一の解散は,新賃金体系の導入に反対していた原告組合を排斥するという不当な目的をもって行われたものであるというべきである。
(ウ) これに対し,被告第一交通及び被告御影第一は,被告御影第一の泉州交通圏への進出は,平成14年2月1日からの改正道路運送車両法施行に伴う規制緩和政策に対応するため,第一交通グループとしても泉州地域への増車が必要であると考えたものであり,佐野第一の解散とは関係がないなどと主張する。
しかしながら,泉州地域の増車は,神戸市域交通圏を事業区域とする被告御影第一をわざわざ泉州交通圏へ進出させなくとも,佐野第一で増車をすればよいことであるし,そもそも第一交通グループとして増車が必要であったというのであれば,被告御影第一泉南営業所の乗務員を募集するに当たっては,佐野第一の乗務員以外から乗務員を募集すべきであるのに,被告御影第一泉南営業所の開業時の乗務員の多くが佐野第一から移籍した乗務員であるなど,被告第一交通らが主張する増車政策とは矛盾する結果となっている。
そして,前記1(3)オ記載のとおり,平成14年5月23日及び翌24日に行われた,交友会員を対象とした説明会において,B3が,被告第一交通は佐野第一から手を引き,第一交通グループとして泉南地区に新しい会社を設立する予定である,交友会員については,現在の賃率や労働条件を維持しつつ,新会社に移行させることを保障する,佐野第一は原告組合員らだけが働く会社となるが,早晩廃業となることは避けられない,新会社に原告組合員らは入れないなどと述べ,その後,B9ら管理職が,原告組合員らに対し,新会社には組合員らは入社させないが,交友会員らは入社できると話して,組合脱退を勧誘していたことに照らしても,被告第一交通は,泉州交通圏に新たに設立する会社,すなわち被告御影第一に,新賃金体系の導入を受け入れて交友会員となった従業員のみを雇用し,これに反対をしている原告組合員らのみが残留する佐野第一は廃業させようと計画していたことは明らかである。
したがって,被告御影第一の泉州交通圏への進出は,佐野第一の解散とは関係がないとする被告第一交通及び被告御影第一の主張は理由がない。
(エ) また,被告第一交通及び被告御影第一は,佐野第一の解散理由について,佐野第一は,単体では収支が赤字であり,平成15年3月25日には新賃金体系の導入を認めない判決が言い渡され,被告第一交通としては,佐野第一における経営改善が事実上不可能となったと判断せざるを得なくなったため,佐野第一を解散したものであり,原告組合を壊滅することが目的ではないなどと主張する。
この点,乙4の1によると,佐野第一が解散する直前である平成14年度(平成14年4月1日から平成15年3月31日)の佐野第一の営業収支は,売上が6億2059万7333円,営業損失が1923万1084円,当期損失が1431万7687円であって,同期末の累積損失は2億0423万9357円と赤字であったと認められ,佐野第一は,平成15年3月31日当時,自社単独での企業存続は不能な状態であったとする公認会計士の報告書もある(乙28)。
しかしながら,前記1認定の事実及び証拠(乙4の2・3)によると,被告第一交通が買収する直前の平成12年度(平成12年4月1日から平成13年3月31日)は,売上が7億1685万4081円,営業損失は7947万8689円,当期損失は1億1945万0563円であって,同期末の累積損失は4億2870万2673円に達していたが,その後,新賃金体系に基づく賃金の支払や中退金制度の廃止,共済会制度の廃止を行ったり,南海電鉄から債務の免除を受けるなどした結果,平成13年度(平成13年4月1日から平成14年3月31日)は,売上7億0851万5770円,営業損失4601万3341円,当期利益2億2778万1003円(債務免除益2億9519万5577円を含む。)となり,同期末の累積損失1億8992万1670円と減少し,上記のとおり,平成14年度は赤字を計上したものの,同年度の当期損失は1431万7687円と佐野南海時代と比較して大幅に改善していたことが認められる。
そうすると,平成15年3月31日時点において,佐野第一を直ちに解散しなければならないほどその経営状況が悪化していたとは認められない。
むしろ,被告第一交通らは,新賃金体系を導入することができれば佐野第一においても利益を上げることができると考えていたのであり,前記認定の事実経過に照らせば,被告第一交通は,新賃金体系の導入を実現するために,これに反対する原告組合との話し合いによる解決を断念し,佐野第一を解散するという手段を選択したものというべきである。
なお,被告第一交通らは,平成15年3月25日に新賃金体系の導入を認めない判決が言い渡され,被告第一交通としては,佐野第一における経営改善が事実上不可能となったと判断せざるを得なくなったなどと主張するが,佐野第一は上記判決に対して控訴を提起し,その控訴審は同年11月26日に判決が言い渡されたのであるから(甲A370),同年3月末ころは,新賃金体系の導入の可能性はまだ残されていたということができ,被告第一交通らの主張は理由がない。
ウ 小括
以上のとおり,被告第一交通は,泉州交通圏におけるタクシー事業を新賃金体系のもとで行っていくために,新賃金体系の導入に反対していた原告組合を排斥するという不当な目的を実現するため,佐野第一に対する支配力を利用して佐野第一を解散したものであると認められるから,佐野第一の解散は,被告第一交通が佐野第一の法人格を違法に濫用して行ったものであるというのが相当である。
(4) 偽装解散であるか否かについて
ア(ア) 前記1認定の事実によると,①佐野第一は,泉州交通圏を事業区域とし,南海電鉄の泉佐野駅,樽井駅,尾崎駅,みさき公園駅及び関西空港駅を中心としてタクシー事業を行ってきたが,被告御影第一泉南営業所も,同じ泉州交通圏を事業区域とし,泉佐野駅,樽井駅,尾崎駅及びみさき公園駅に乗り入れてタクシー事業を行っていること,②被告御影第一泉南営業所の開業当初のタクシー乗務員69名中,五十数名が佐野第一からの移籍者であり,無線室の従業員も全員佐野第一からの移籍者であること,③被告御影第一泉南営業所は,佐野第一が従前から使用していた無線タクシー呼出番号である66−8600番を引き継いで使用していること,④佐野第一は,被告御影第一泉南営業所が開業してほどなく,営業車両の減車を始めたことが認められ,以上によれば,被告御影第一泉南営業所は,佐野第一の事業を引き継ぎ,同一の事業を行っているものと認められる。
(イ) この点,被告第一交通及び被告御影第一は,泉南営業所を開設するに当たり,行政当局から事業認可を受け,佐野第一から移籍してきた従業員については,佐野第一を退職して被告御影第一で新たに採用する手続きが踏まれている,また,被告御影第一は,新たに営業所用の土地を購入し,営業車両も全て新車を購入しているなどとして,佐野第一と被告御影第一泉南営業所との間には事業の同一性はないと主張する。
しかし,被告御影第一と佐野第一は,法形式上は別個の法人として存在しているのであるから,被告御影第一が独自に事業認可を受けたり,従業員の移籍に当たり,佐野第一を退職して被告御影第一で新たに採用する手続が踏まれるのは当然のことであり,佐野第一と被告御影第一泉南営業所との間の事業の同一性が否定されるものではない。
また,タクシー事業は,乗客を目的地まで送り届けることをその主要な業務とするものであるから,地域の地理に精通したタクシー乗務員を確保することがタクシー事業を経営していく上で,最も重要な要素といえる。加えて,無線タクシー呼出番号が地域の利用者に浸透していることも重要な要素であるといえるが,前記(ア)②,③記載のとおり,被告御影第一泉南営業所は,タクシー乗務員と無線タクシー呼出番号というタクシー事業を経営していく上で重要とされる要素を佐野第一から引き継いでいるのであるから,営業所用地や営業車両が佐野第一と同一でないとしても,事業の同一性を否定する理由とはならないというべきである。
(ウ) また,被告第一交通及び被告御影第一は,佐野第一の売上の20パーセントを占めていたサザン社との取引を引き継いでないとも主張する。
しかし,得意先を引き継ぐことができるか否かは,被告第一交通ないし被告御影第一泉南営業所が独自に決定しうることではなく,それのみでは事業の同一性を否定することはできない。
(エ) 以上のとおり,被告御影第一泉南営業所と佐野第一は,実質的に同一であると認めるのが相当である。
イ そして,佐野第一と同一の事業を被告御影第一泉南営業所が継続していることに加え,前記(3)イ認定のとおり,被告第一交通は,原告組合を排斥するという目的をもって,佐野第一を解散したことからすると,佐野第一の解散は偽装解散であると認められる。
(5) 雇用契約上の責任を負うべき主体について
ア 前記争いのない事実等記載のとおり,被告第一交通は,平成11年8月20日の買収以降,被告御影第一の全株式を保有しており,同日,被告第一交通の取締役であるB3らが被告御影第一の取締役として派遣されていた。そして,前記(2)認定のとおり,第一交通グループにおいては,子会社の経理業務,決算業務,経費や給与の計算及び支払手続などは,被告第一交通が,同社のコンピュータを使って統一的に処理しており,被告御影第一においても,同様に,被告第一交通において処理されていたものと認められる。加えて,前記1(4)イ認定のとおり,被告御影第一泉南営業所の事務所建築費用については,被告第一交通が負担していること等の事実を総合すると,被告第一交通は,佐野第一と同様,被告御影第一についてもかなりの程度支配していたと認められる。
しかしながら,被告御影第一についても,被告第一交通が買収する以前から被告第一交通とは別個独立の法人としてタクシー事業を営んでいたこと,被告御影第一の財産と収支は,被告第一交通の財産と収支と混同されることなく管理されていたことなどの事実に照らすと,被告御影第一の法人格が,形骸化しているとまでは認められない。
イ したがって,原告組合員らは,佐野第一と同一の事業を行っている被告御影第一に対して雇用契約が継続している旨を主張することができるが,被告第一交通に対しては,雇用契約上の責任を追及することはできない。
(6) 被告御影第一の雇用契約上の責任について
ア 被告らは,第一交通グループでは希望者全員を再雇用する考えであったが,原告組合員らは再雇用の申し入れを受け入れなかったし,平成15年11月19日付けの就労指示も拒否したのであるから,被告御影第一の従業員であると主張するのは時機に後れた権利の主張であり,信義則違反であるなどと主張する。
イ この点,前記1(5)認定の事実に証拠(甲A377ないし384,E7,8,乙53ないし58,59の1・2,61の1ないし12,62ないし72,80ないし88,100,107,119,120,123の1ないし3,124,125の1ないし3,証人B10,原告大阪地連代表者,原告A2,被告御影第一代表者)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
(ア) 佐野第一のB8は,平成15年4月3日,原告組合員らに対して解雇の意思表示をした際,希望者には就職の斡旋をすると伝えたが,原告組合員らの中で就職の斡旋を依頼する者はいなかった。
(イ) 同年10月29日,原告組合員らが被告第一交通を相手方として,岸和田支部に申し立てた地位保全及び賃金仮払仮処分命令申立事件(岸和田支部平成15年(ヨ)第30号)の異議審(岸和田支部同年(モ)第453号)の審尋期日において,担当裁判官から,暫定的な就労に関する和解の提案がなされた。
(ウ) そこで,同年11月6日,被告第一交通側と原告組合との間で仮就労の問題に関する第1回団体交渉が行われ,仮就労の場所,賃金体系,仮就労の対象者について話し合いが行われた。
(エ) その結果を踏まえ,被告第一交通側は,佐野第一の泉佐野営業所が置かれていた場所に,被告御影第一の泉南第二車庫を設け,同月18日に行われた第2回団体交渉において,その旨の報告を行い,この点は原告組合も了承をした。
しかし,被告第一交通側は,仮就労の期間中の賃金は新賃金体系に基づいて支給する,仮就労の対象者から原告A2,原告A8及びサザン社に出向してバス乗務員として働いていた者は除外すると主張し,原告組合がこれに反対したため,合意には至らなかった。
(オ) ところが,被告第一交通側は,佐野第一の清算人であるB10名義の同日付け就労指示書を原告A2及び原告A8らを除く43名の原告組合員らに郵送し,同月20日から泉南第二車庫において仮就労するようにと命じた。
これに対し,原告組合は,被告第一交通に対して抗議し,原告組合員らは仮就労の指示には応じなかった。そして,同年12月12日の第3回団体交渉においても,仮就労に関する話し合いはまとまらなかった。
ウ 以上のとおり,被告第一交通側は,同年4月3日に原告組合員らに対して解雇の意思表示をした際,再就職の斡旋を申し出たが,原告組合員らはこれに応じなかったこと,また,被告第一交通側は,同年11月18日付け就労指示書によって,原告A2らを除く43名の原告組合員らに対し,同月20日から泉南第二車庫において仮就労するようにと命じたが,原告組合員らはこれに従わなかった事実が認められる。
しかしながら,就職の斡旋については,平成14年5月24日に行われた交友会員を対象にした説明会において,B3が,「交友会の人は無条件で採用し,組合は採用しない。」などと発言したこと(甲A105),前記1(2)イ(ケ)記載のとおり,大阪府を事業区域とする大阪第一,堺第一及び佐野第一の3社は,統一した賃金体系が定められていたことなどの事実に照らすと,被告第一交通が,第一交通グループにおいて再雇用をするのは,被告第一交通が提案する新賃金体系を受け入れることが条件になっているものと認められ,前記1認定の原告組合と佐野第一との紛争経過に照らすと,原告組合員らがこれを受け入れ,被告御影第一を含む第一交通グループに移籍することはあり得ないといえる。
また,原告組合員らに対する平成15年11月18日付け就労指示書は,仮就労に関する団体交渉が行われている最中に出されたものであり,仮就労の前提となる賃金体系等についての合意はできていなかったのであるから,これについて原告組合員らが受け入れないのは,被告第一交通側としても当然予想された事態であったと認められる。
以上を総合すると,原告組合員らが就労しなかったことが,原告組合員らの責めに帰すべき事由であるとは認められない。
エ そして,証拠(甲E7ないし9)及び弁論の全趣旨を総合すると,原告組合員らに対して雇用契約上の責任を負う主体が,被告第一交通ではなく佐野第一と同一の事業を継続している被告御影第一であるという裁判所の判断が明確に示されたのは,平成17年3月30日付けの大阪高裁の決定が初めてであると認められるから,それまで被告第一交通のみを被告として雇用契約上の責任を追及していた原告組合員らが,同年5月17日に被告御影第一を被告として雇用契約上の責任を追及する訴訟を提起したことが,時機に遅れた権利の主張であるとは認められない。
(7) 小括
よって,原告③ないしfile_96.jpgは,佐野第一と同一の事業を継続している被告御影第一に対して雇用契約上の責任を追及することはできるが,被告第一交通に対しては,雇用契約上の責任を追及することはできない。
3 争点(2)(被告第一交通の不法行為責任の有無)について
(1) 親会社が,子会社に存する労働組合を消滅させる等の不当な目的を達するために,子会社に対する支配的な地位を利用してこれを解散し,子会社の従業員の雇用機会を喪失させたときには,その行為は不法行為に該当し,親会社は,子会社とともに,雇用機会喪失等によって子会社の従業員に生じた損害を賠償すべき責任を負うというのが相当である。
(2) 前記2認定のとおり,被告第一交通は,その支配する佐野第一及び被告御影第一の法人格を利用し,新賃金体系の導入を反対している原告組合を排斥するという不当な目的を実現するために,被告御影第一泉南営業所に佐野第一の事業と同一の事業を行わせる準備を整えた上で,佐野第一を偽装解散したものであるから,被告第一交通は,法人格を違法に濫用して,原告組合員らの雇用機会を失わしめたものであるというべきであり,不法行為に該当する。
(3) よって,被告第一交通は,不法行為に基づき,佐野第一の解散を理由とする本件解雇によって,原告らが被った損害について賠償する責任があるというべきである。
4 争点(3)(被告B1及び被告B2の不法行為責任の有無)について
(1) 前記争いのない事実等記載のとおり,被告B1は,被告第一交通の創業者であり,創業以来同社の代表取締役を務めていること,平成13年4月23日に行われた原告組合との団体交渉において,被告第一交通から佐野第一に派遣されたB4が,被告B1からの言葉として,「会社を再建するためには,従業員の賃金・労働条件並びに運賃収入が業界平均になること,会社も資材の購入や活発な営業対策,経営の合理化等に全力を尽くし,再建に汗を出すことが必要であり,労使一体となって協力・努力しなければ再建は不可能である。」などと述べていること(甲A20,133),平成14年5月24日に行われた交友会員に対する説明会の際には,B3が,被告B1の言葉として,「最後に1回だけ組合の人間も救うてやれ。皆さんたちの知り合いの中で,彼はそういうふうに楯を突く人間じゃない,たまたま引きずられていたんだという人がおったならば声をかけてやってくれ。そして,3日以内であれば,B8新社長の方にゆうていただいて,それはなんとかしようではないか。」などと述べていること(甲A105)からすると,被告B1は,被告第一交通の代表取締役として,佐野第一の経営再建に対する被告第一交通の基本方針を決定し,B3やB4らをして実行させたが,原告組合の反対にあったため,佐野第一の解散を決定し,原告組合員らの雇用機会を失わしめたものであると認めることができる。よって,被告B1は,被告第一交通とともに共同不法行為責任を負うというべきである。
(2) そして,被告B2も被告第一交通の代表取締役として,被告B1とともにその経営方針を決定していたものと認められるから,被告第一交通及び被告B1とともに共同不法行為責任を負うというべきである。
5 争点(4)(原告③ないしfile_97.jpgの地位確認請求及び賃金請求の可否,並びに,原告らの損害及びその額)について
(1) 原告③ないしfile_98.jpgの地位確認請求について
ア 定年制について
被告らは,佐野第一と原告組合員らとの間の雇用契約上,定年は64歳と定められており,原告⑫(原告A7)は平成16年5月23日,原告file_99.jpg(原告A16)は平成17年8月9日,原告file_100.jpg(原告A17)は同年9月11日,原告file_101.jpg(原告A18)は同年12月5日をもって定年退職となっており,雇用契約上の地位確認請求は理由がないと主張する。
この点,平成13年4月1日より実施された佐野第一の就業規則(新就業規則)第34条は「従業員の定年は満64才とし,誕生日の翌日をもって退職とする。」と定めている(乙41)。
しかしながら,昭和39年3月8日に締結され,平成9年3月13日に改訂された原告組合と佐野南海が締結した労働協約第9条には「組合員の定年は65才とする。」と規定されており(甲A3),新就業規則中の定年制の定めは,労働協約に反するものである。また,同労働協約の57条によれば,協約の有効期間は当初は2年とされ,その後は1年ごとに自動更新するものとされている。
そして,前記1(1)認定の事実によれば,南海電鉄から被告第一交通への株式の譲渡に伴い,商号の変更と,役員の交代があったが,佐野南海と佐野第一は法的には全く同一であると認められるから,上記労働協約は,被告第一交通が佐野第一を買収した後も有効に存在していたものということができ,上記労働協約に反する新就業規則は,労働基準法92条1項により,無効と解すべきである。
したがって,原告組合の組合員らの定年は,満65才であると解すべきである。
証拠(甲A309)によると,原告⑫(原告A7)は昭和15年5月22日生まれであり,平成17年5月22日に満65才に達したものと認められる。
イ 地位確認請求について
そうすると,既に定年に達した原告⑫(原告A7)を除く原告③ないし⑪,⑬ないしfile_102.jpgが,被告御影第一に対して,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める請求(第2事件請求)は,理由がある。
(2) 原告③ないしfile_103.jpgの雇用契約に基づく賃金請求について
ア 原告③ないし⑬,⑮ないし⑳,file_104.jpgないしfile_105.jpg及びfile_106.jpg
証拠(甲Eの2の1ないし25・27・29ないし37・39ないし47)及び弁論の全趣旨によれば,上記原告らが,本件解雇までの3か月間,別紙5(賃金計算書)の各原告の「歩合給明細書」欄記載のとおりの営業収入をあげてきたこと,これを基礎収入として旧賃金体系に基づき算出した賃金(その計算方法に関しては当事者間に争いがない。)の平均額は,別紙1及び別紙2(賃金一覧表)の各原告の「賃金額」欄記載のとおりであることが認められる。
ところで,旧賃金体系は,原告組合と佐野南海との間で平成9年に締結された労働協約(本件協約)によるものであるところ(争いのない事実等(3)ア),佐野第一はそれを変更する新賃金体系を定めた新就業規則を定め(争いのない事実等(3)イ),さらに,佐野第一は,平成13年7月4日には本件協約を破棄する旨の意思表示を行っている(争いのない事実等(3)オ)。しかし,新就業規則中の新賃金体系は本件協約の旧賃金体系に反するものであり,労働基準法92条1項により無効であると解すべきである。また,佐野第一の本件協約を破棄する旨の意思表示により,本件協約は,労働組合法15条3項,4項により,同日から90日を経過した時点で失効しているとしても,いったん無効となった新就業規則の新賃金体系はその効力が復活するものではない。そして,現時点に至るまで,原告組合と佐野第一との間で,新たな労働協約が締結されたことも,また就業規則が有効に変更されたという事実もないから,原告組合の組合員らの賃金は,従前どおりの旧賃金体系によるものと解すべきである。
なお,上記原告らのうち原告file_107.jpgを除く原告らは,本判決確定日の翌日以降についても,毎月の賃金の支払を求めるが,被告第一交通は,本件訴訟に先立つ仮処分決定に従って仮払いをしていること等の事情を考慮すると,同原告らについて,あらかじめ本判決確定日の翌日以降の賃金の支払を請求する必要性があるとはいえず,同部分は訴えの利益を欠き,不適法として却下すべきである。
したがって,原告⑫は,本件解雇がなされた後の平成15年5月から定年に達する平成17年5月22日まで,毎月28日限り,別紙1(賃金一覧表)の同原告の「賃金額」欄記載の金員を,原告file_108.jpgは,平成15年5月から同年9月まで,毎月28日限り,別紙2(賃金一覧表)の同原告の「賃金額」欄記載の金員を被告御影第一に対し請求できる。
また,原告③ないし⑪,⑬,⑮ないし⑳,file_109.jpgないしfile_110.jpgは,平成15年5月から本判決確定までの間,毎月28日限り,別紙1(賃金一覧表)の各原告の「賃金額」欄記載の金員を被告御影第一に対し請求できる。
イ 原告⑭(原告A2)及び原告file_111.jpg(原告A8)
原告A2及び原告A8は,本件解雇がなければ得られたはずの賃金について,泉佐野営業所のタクシー乗務員全体における平均運賃収入をもとに計算して請求をしている。
しかしながら,歩合制を中心とする賃金体系における収入の状況は個々の乗務員ごとに異なるものであるから,賃金額を算定するに当たっては,当該乗務員の過去の一定期間の賃金の平均をもって,これを算定するのが相当である。
そして,証拠(甲A354,361)によると,平成12年12月から平成13年11月までの原告A2らの賃金額は,別紙8及び別紙9のとおりであり,その平均額は原告A2につき月額8万3752円,原告A8につき月額7万7965円であると認められる。
もっとも,原告A2らの賃金収入は,被告第一交通が佐野第一を買収した以降に激減しており,これは,前記1認定の事実及び証拠(甲A64の1ないし158,106,107,F10)によると,被告第一交通が佐野第一を買収して以降,原告組合と佐野第一との間で賃金体系等をめぐる紛争が続き,原告A2らが組合活動のために離職する日数が増え,乗務日数が佐野南海時代と比較して著しく減少したためであると認められる。
そうすると,本件解雇がなければ得られた原告A2らの賃金額については,佐野第一となってからの少ない乗務日数を基礎として算定するのは相当ではなく,労使関係が安定していたとみられる佐野南海時代の賃金額を基礎として考えるべきである。
そして,別紙8及び別紙9記載のとおり,平成12年12月分から平成13年3月分までの間,原告A2は月額平均18万0038円,原告A8は月額平均14万3974円を得ていたと認められるから,原告A2らの賃金額は,上記平均賃金と同額であると認めるべきである。
なお,原告A2及び原告A8は,本判決確定日の翌日以降についても,毎月の賃金の支払を求めるが,その部分については必要性が認められず,これを却下すべきことは,前記アで述べた原告file_112.jpgを除く前記アの原告らと同様である。
よって,原告A2は月額18万0038円,原告A8は月額14万3974円の支払を,平成15年5月から本判決確定までの間,毎月28日限り,被告御影第一に対して請求することができる。
ウ 原告file_113.jpgないしfile_114.jpg
証拠(甲E2の48ないし51)及び弁論の全趣旨によれば,サザン社に出向し,同社においてバス運転手として就労していた原告file_115.jpgないしfile_116.jpgは,本件解雇までの3か月間,別紙5(賃金計算書)の各原告欄に記載の賃金をサザン社から受けていたもので,その賃金の平均額は,別紙1(賃金一覧表)の各原告の「賃金額」欄記載のとおりであることが認められる。
ところで,被告御影第一は,上記原告らについては,サザン社への出向に際し,佐野第一(佐野南海)との雇用契約は解消となっていないものの,別途,サザン社とも雇用契約を締結し,これに基づきバス運転手として就労し,バス運転手としての賃金をサザン社から得ていたものであるから,本件解雇によって佐野第一との雇用契約は終了するとしても,サザン社との雇用契約は当然になくなるものではないし,賃金の内容についても,その賃金をもって,佐野第一との雇用契約に基づく賃金とすることはできないなどと主張する。
そこで検討するに,確かに,本件のように出向元との雇用契約が解消されずに出向が行われる場合には,出向元と出向先の双方との間に二元的な労働関係が成立することとなる。しかし,その場合でも,常に出向先との間で別途の雇用契約が締結されるわけではなく,①出向元との雇用契約関係は休職として,出向先との間で新たに雇用契約を締結する場合(休職派遣)と,②出向先との間で新たな雇用契約を締結することなく,出向先の指揮命令の下にその業務に従事することが出向元への労務の給付となっている場合(在籍出向)の2つの場合があるとされている。これを本件についてみれば,被告御影第一は,①の類型の出向であると主張するのであるが,これを認めるに足りる確たる証拠はない。かえって,証拠(甲A222,E5,6)及び弁論の全趣旨によると,サザン社は,佐野第一が解散及びそれに伴う本件解雇により営業を停止したことから,佐野第一との出向契約が終了したとして,出向社員としての受け入れを拒否したこと,原告file_117.jpgないしfile_118.jpgと同じくサザン社に出向してバス乗務員として就労していた原file_119.jpg及びfile_120.jpgは,その後の平成15年10月17日付けでサザン社に新たに雇用されたことが認められるのであって,それら事実からすると,出向に際して,出向者とサザン社との間に雇用契約が締結されていたものとは認められないというべきであり,原告file_121.jpgないしfile_122.jpgの出向形態は休職派遣ではなく,在籍出向であったと認めるのが相当である。そして,原告file_123.jpgないしfile_124.jpgがサザン社で就労できなくなったのは,上記認定のとおり,佐野第一の解散及びそれに伴う本件解雇によってであるから,原告file_125.jpgないしfile_126.jpgについても,被告御影第一に対し,雇用契約上の地位を有することを主張できると解すべきことに変わりはないし,そこで支払を求めることができる賃金も,上記認定の,同原告らが従前サザン社で就労して得てきた賃金が基準になるというべきである。
なお,原告file_127.jpgないしfile_128.jpgは,本判決確定日の翌日以降についても毎月の賃金の支払を求めるが,その部分については必要性が認められず,これを却下すべきことは,前記アにおいて述べた原告file_129.jpgを除く前記アの原告らと同様である。
したがって,原告file_130.jpgないしfile_131.jpgは,平成15年5月から本判決確定までの間,毎月28日限り,別紙1(賃金一覧表)の各原告の「賃金額」欄記載の金員を被告御影第一に対し請求できる。
(3) 原告③ないしfile_132.jpgの不法行為に基づく賃金相当損害金請求について
ア 前記3記載のとおり,被告第一交通は,佐野第一の解散を理由とする本件解雇によって原告組合員らが被った損害について,不法行為に基づく損害賠償責任を負うと解されるが,原告組合員らは,被告第一交通が行った不法行為によって,本件解雇がなされた後の平成15年5月から毎月の賃金を受け取る権利を侵害されているのであるから,同期間に受け取るべき賃金相当の損害金を被ったものと認められる。
イ そして,原告③ないしfile_133.jpgが受け取るべき賃金相当額は,前記(2)において各認定したとおりであるから,その額は,別紙3及び別紙4(賃金相当損害金一覧表)の「賃金額」欄記載のとおりとなる。
ウ もっとも,本判決確定日の翌日以降に発生する賃金相当損害金については,前記(2)と同様,被告第一交通は,本件訴訟に先立つ仮処分決定に従って仮払いをしていること等の事情を考慮すると,あらかじめ本判決確定日の翌日以降の賃金相当損害金の支払を請求する必要性があるとはいえず,同部分は訴えの利益を欠き,不適法である。
エ したがって,原告⑫は,本件解雇がなされた後の平成15年5月から定年に達する平成17年5月22日まで,毎月28日限り,別紙3(賃金相当損害金一覧表)の同原告の「賃金額」欄記載の金員を,原告file_134.jpgは,平成15年5月から同年9月まで,毎月28日限り,別紙4(賃金相当損害金一覧表)の同原告の「賃金額」欄記載の金員を被告御影第一に対し請求できる。
また,原告③ないし⑪,⑬,⑮ないし⑳,file_135.jpgないしfile_136.jpgは,平成15年5月から本判決確定までの間,毎月28日限り,別紙3(賃金相当損害金一覧表)の各原告の「賃金額」欄記載の金員を被告御影第一に対し請求でき,原告A2は月額18万0038円,原告A8は月額14万3974円の支払を,平成15年5月から本判決確定までの間,毎月28日限り,被告御影第一に対して請求することができる。
(4) その他の不法行為に基づく損害について
ア 原告③ないしfile_137.jpgの慰謝料
原告組合員らは,被告第一交通による原告組合を壊滅するという違法な目的によって解雇され,就労の機会を奪われたものであり,原告組合員らが被った精神的苦痛は計り知れない。しかし,一方で,原告組合員らが被ったそれら精神的苦痛は,その地位確認や賃金ないし賃金相当損害金の支払を認容する本判決によりその多くは回復されるものと考えられるが,本判決により,そのすべてが回復されるものとは認められず,その他,本件に現れた一切の事情を総合すると,原告組合員らが被った精神的苦痛に対する慰謝料として,原告③ないしfile_138.jpgについては各60万円,原告file_139.jpg及びfile_140.jpgについては各30万円を認めるのが相当である。
イ 原告大阪地連の非財産的損害
前記1認定の事実に証拠(甲A386,原告大阪地連代表者)を総合すると,原告大阪地連は,被告第一交通らの共同不法行為によって,その傘下の労働組合である原告組合の組合員らを全員解雇されたため,人員の動員や裁判手続への協力などの支援活動を行わざるを得なくなった上,原告組合の弱体化により,その上部団体である原告大阪地連の信用も著しく低下し,多大な非財産的損害を被ったものと認められる。
そこで,原告大阪地連が被った非財産的損害について,本件に表れた一切の事情を考慮して金銭に換算し,100万円を相当と認める。
ウ 原告組合の非財産的損害
前記1認定の事実に証拠(甲A377,原告A2)を総合すると,佐野第一の解散とそれに伴う本件解雇は,原告組合の消滅をその目的の一つとして行われたものであり,原告組合の名誉・信用を著しく毀損するものであること,原告組合は,原告大阪地連同様,宣伝行動や裁判手続における人員の動員などを行わざるを得なくなったことなどが認められ,佐野第一の解散とそれに伴う本件解雇によって,原告組合も多大な非財産的損害を被ったものと認められる。
そこで,原告組合が被った非財産的損害について,本件に表れた一切の事情を考慮して金銭に換算し,200万円を相当と認める。
エ 弁護士費用
本件事案の内容,審理経過及び認容額,その他諸般の事情を総合すると,本件と相当因果関係のある弁護士費用として,原告③ないしfile_141.jpgについては各10万円,原告file_142.jpg及びfile_143.jpgについては各5万円,原告大阪地連については10万円,原告組合については20万円を認めるのが相当である。
6 争点(5)(反訴請求の可否)について
(1) 反訴請求の趣旨第1項は,原告③ないしfile_144.jpgの被告第一交通に対する主位的請求及び予備的請求に係る不法行為に基づく損害賠償請求権の不存在確認を求めるものであり,本訴請求の裏返しの関係にあって訴訟物の実態を共通にするものであるから,前記のとおり原告③ないしfile_145.jpgの主位的請求及び予備的請求のいずれについても給付を命じる判断がなされる以上,これとは別に債務の不存在確認を求める訴えは確認の利益を欠くから,不適法である。
(2) また,反訴請求の趣旨第2項は,原告③ないしfile_146.jpgの被告第一交通に対する請求が認められなかった場合に,同原告らが仮処分決定に基づいて受領した平成15年8月分から平成17年9月分までの仮払金について,不当利得に基づき返還を求めるものであるが,前記3及び5認定のとおり,原告③ないし⑩,⑬,⑮ないし⑳及びfile_147.jpgないしfile_148.jpgの,被告第一交通に対する不法行為に基づく賃金相当損害金の請求は,本判決確定に至るまで認められるから,同原告らに対する反訴請求は,いずれも理由がない。
なお,原告⑪(原告A10)が月額5万8419円の仮払金を受領していたことは当事者間で争いがないが,同原告の賃金額は,別紙1及び3の「賃金額」欄記載のとおり,月額2万7045円と認められるから,平成15年8月分から平成17年9月分の仮払金と上記賃金額との差額として,合計81万5724円を法律上の原因なく利益を受けたことになる。
また,原告⑫(原告A7)が月額17万1304円の仮払金を受領していたことも当事者間で争いがないが,同原告は,平成17年5月22日に定年に達しているから,同年6月分のうち13万2622円(同年5月23日から同年6月15日までの24日間の日割計算)と同年7月分ないし9月分を合計した64万6534円は法律上の原因なく利益を受けたことになる。
そして,原告⑭(原告A2)及び原告file_149.jpg(原告A8)が,それぞれ月額22万1341円の仮払金を受領していたことも当事者間で争いがないが,前記5記載のとおり,原告A2の賃金額は月額18万0038円,原告A8の賃金額は月額14万3974円を相当と認めるから,平成15年8月分から平成17年9月分の仮払金と上記賃金額との差額として,原告A2の合計107万3878円,原告A8の合計201万1542円は,それぞれ法律上の原因なく利益を受けたことになる。
よって,被告第一交通は,原告A10に対して81万5724円,原告A7に対して64万6534円,原告A2に対して107万3878円,原告A8に対して201万1542円の不当利得の返還を求めることができる。
7 結論
以上によれば,第1事件のうち,原告らの被告第一交通,被告B1及び被告B2に対する本訴主位的請求は,主文1(1)ないし(4)掲記の限度で理由があるからこれを認容し(なお,附帯請求は,いずれも不法行為の日である佐野第一の解散日の翌日〔平成15年5月13日〕から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払である。),原告③ないしfile_150.jpgの被告第一交通に対する本判決確定日の翌日からの賃金請求は訴えの利益を欠き不適法であるから却下し,その余は理由がないからいずれも棄却することとし,原告③ないしfile_151.jpgの被告第一交通に対する本訴予備的請求は,主文1(7)ないし(11)掲記の限度で理由があるからこれを認容し(なお,附帯請求は,いずれも不法行為の日である各支払日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払である。),原告③ないしfile_152.jpgの被告第一交通に対する本判決確定日の翌日からの賃金請求は訴えの利益を欠き不適法であるから却下し,その余は理由がないからいずれも棄却することとする。そして,被告第一交通の原告③ないしfile_153.jpgに対する反訴請求は,主文2(1)ないし(4)掲記の限度で理由があるからこれを認容し,債務不存在の確認を求める部分は訴えの利益を欠き不適法であるから却下し,その余は理由がないからいずれも棄却することとする。
また,第2事件のうち,原告③ないしfile_154.jpgの被告御影第一に対する請求は,主文3(1)ないし(6)掲記の限度で理由があるからこれを認容し(なお,附帯請求は,いずれも各支払日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払である。),原告③ないしfile_155.jpgの賃金請求部分中,本判決確定日の翌日からの賃金請求は訴えの利益を欠き不適法であるから却下し,その余は理由がないからいずれも棄却することとする。なお,主文2(1)ないし(4)については,仮処分に基づく仮払金の給付が不当利得として返還義務が発生するのは本案判決である本判決の確定時であると解されるから,仮執行の宣言を付するのは相当でなく,これを付さない。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上田昭典 裁判官 寺田さや子 裁判官中山雅之は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 上田昭典)
別紙
1,2 賃金一覧表<省略>
3,4 賃金相当損害金一覧表<省略>
5 賃金計算書<省略>
6 <省略>
7 仮払金一覧表<省略>
8,9 <省略>