大阪地方裁判所堺支部 平成18年(わ)493号 判決 2006年8月10日
主文
被告人両名をそれぞれ懲役2年6月に処する。
被告人両名に対し、未決勾留日数中各30日を、それぞれその刑に算入する。
この裁判確定の日から、被告人両名に対し、4年間それぞれその刑の執行を猶予する。
訴訟費用(被告人Y1の国選弁護費用)は被告人Y1の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
第1 被告人両名は、共謀の上、株式会社吉田土木名義の預金口座を開設し、同口座の預金通帳を詐取しようと企て、平成17年8月15日午前10時32分ころ、大阪府松原市岡2丁目11番13号大阪信用金庫松原支店において、同店職員Aに対し、被告人Y1が上記株式会社吉田土木代表取締役Bの親類になりすまし、真実は同社名義の預金口座開設後、同口座を正規に利用する意思がなく、かつ、同口座を不正に使用する意図であるのにこれを秘し、あたかも同社が同口座を正規に利用するかのように装って、同社名義の預金口座の開設及び同口座開設に伴う同社名義の普通預金通帳の交付を申し込み、上記Aらをして、同社が発行を受けた上記預金通帳を同信用金庫の普通預金規定に従って正規に使用するものと誤信させ、よって、そのころ同所において、上記Aから、上記株式会社吉田土木名義の普通預金通帳1通の交付を受け、もって、人を欺いて財物を交付させた。
第2 被告人Y2は、リトルリバー建設の屋号で建設業を営むものであるが、上記リトルリバー建設が羽曳野市から「平成17年度大井2―9分区下水道工事(第151工区)」を受注し、同工事の前払金として、大阪府藤井寺市春日丘1丁目1番31号所在の株式会社近畿大阪銀行藤井寺支店のリトルリバー建設Y2名義の前払金専用口座に480万円が振り込まれていたところ、同市工事請負契約約款では、請負業者は保証事業会社との間で前払金保証契約を締結するものとされ、前払金は、その使途が当該工事の材料費、労務費等、必要な経費以外の支払に限定され、それ以外の支払に充当してはならないこととされ、また、上記前払金保証契約において、請負業者は、保証事業会社に上記前払金の使途に応じた用途が記載された「前払金使途内訳明細書」を提出するものとされる一方、前払金は、同契約締結時に指定される預託金融機関の請負人名義口座に振り込まれることとされ、さらに、預託金融機関と保証事業会社との間では業務委託契約が締結され、預託金融機関は、上記「前払金使途内訳明細書」の使用項目、使用金額、支払先等の内容と請負業者が払出請求時に提出する「前払金払出依頼書」の内容が符合し、その使途が上記前払金保証契約に適合する場合に限って払出しに応じることとされていたが、この前払金を「前払金使途内訳明細書」に記載された下請業者に支払うように装って同専用口座から引き出し、上記リトルリバー建設の運転資金等に充てようと企て、被告人Y1と共謀の上、前記のとおり、あらかじめ被告人Y1において、上記リトルリバー建設の下請業者である株式会社吉田土木名義の預金口座を同社に無断で大阪信用金庫松原支店に開設した上、被告人Y2において、平成17年8月15日午前11時14分ころ、上記株式会社近畿大阪銀行藤井寺支店において、同支店営業課長Cに対し、真実は、上記株式会社吉田土木名義の預金口座は被告人らが管理し、同口座に振り込まれた前払金は、被告人らが引き出して、上記リトルリバー建設の運転資金等に費消する意図であるのにその情を秘し、払出しを受けた上記前払金を「前払金使途内訳明細書」に記載された上記株式会社吉田土木に対する土工・配管工一式代金として正規に支払うよう装い、その支払先を上記株式会社吉田土木とする「前払金払出依頼書」を提出して、上記前払金の払出しを請求し、上記Cをしてその旨誤信させ、よって、そのころ同所において、上記リトルリバー建設Y2名義の前払金専用口座から上記株式会社吉田土木名義の預金口座に400万円を振込入金させ、もって、人を欺いて財物を交付させた。
(証拠の標目)省略
(適用法令)
被告人両名について(ただし、訴訟費用の負担については、被告人Y1のみ)
・罰条
判示第1、第2の所為 いずれも刑法60条、246条1項
・併合罪の処理 刑法45条前段、47条本文、10条(犯情の重い判示第2の罪の刑に法定の加重)
・未決勾留日数の算入 刑法21条
・執行猶予 刑法25条1項
・訴訟費用の負担 刑事訴訟法181条1項本文
(補足説明)
判示第2の事実につき、被告人両名の弁護人らは、事実自体は争わないとしつつ、被告人らの所為は、債務不履行に当たり、民事上の責任を負うのはともあれ、詐欺罪は成立せず、無罪である旨主張する。
しかしながら、関係各証拠によれば、<1>羽曳野市工事請負契約約款では、羽曳野市が定める基準により、請負業者は保証事業会社との間で前払金保証契約を締結するものとされ(同約款34条1項)、前払金は、その使途が当該工事の材料費、労務費等、必要な経費以外の支払に限定され、それ以外の支払に充当してはならないこととされ(同約款36条)、これを受けて、<2>前払金保証契約においては、請負業者から保証事業会社に上記前払金の使途に応じた用途が記載された「前払金使途内訳明細書」を提出するものとされる一方、前払金は、同契約締結時に指定される預託金融機関の請負人名義口座に振り込まれることとされ、<3>預託金融機関と保証事業会社との間では業務委託契約が締結され、預託金融機関は、上記「前払金使途内訳明細書」の使用項目、使用金額、支払先等の内容と、請負業者が払出請求時に提出する「前払金払出依頼書」の内容が符合し、その使途が上記前払金保証契約約款に適合する場合に限って払出しに応じることとされていたことが認められることからすれば、近畿大阪銀行藤井寺支店のリトルリバー建設Y2名義の前払金専用口座に振り込まれた400万円は、必要経費という限定された前払金の使途に応じて振り込まれたもので、かつ、その払出しのためには、さらに上記<3>記載の手続きを践む必要があるのであるから、未だ被告人らにおいて自由に処分し得べき状態におかれたものではないといえる。そして、これを払い出すに当たって必要な上記<3>の手続きにおいては、予め提出された前払金使途内訳明細書と払出請求時に提出される前払金払出依頼書の使途等に関する記載内容が符合するか否か審査されるのであるから、その審査の対象となる内容について虚偽の記載をした前払金払出依頼書を提出して前払金の払出しを請求することは、株式会社近畿大阪銀行藤井寺支店の担当者を欺くことに当たり、これにより、リトルリバー建設Y2名義の前払金専用口座に前払金として振り込まれた400万円を株式会社吉田土木名義の預金口座に振込入金させたことは、詐欺罪(246条1項)を構成する。
また、被告人らの自認するとおり、当時の被告人Y2の経済状況やリトルリバー建設の経営状況からすれば、早晩2回目の手形不渡りを出すに至り、銀行取引停止処分を受ける蓋然性が高く、被告人Y1としても、リトルリバー建設の預金口座を利用するについて利害関係を有していたため、被告人らが、いずれも、銀行取引停止処分を受けることを回避すべく、400万円をリトルリバー建設の運転資金に充てる目的を有していたことに加え、上記<1>ないし<3>の点を認識しつつ、判示の行為に及んだことからすれば、詐欺罪の故意に欠けるところもない。
弁護人の主張は、理由がない。
(量刑の事情)
1 本件は、判示のとおり、被告人両名が共謀の上、及んだ詐欺2件の事案である。
(1) 被告人らは、信用金庫に口座を開設して通帳を詐取し(判示第1)、また、被告人Y2の口座に公共工事の必要経費である前払金として振り込まれた400万円を、被告人Y2の経営する事業の運転資金に充てるために、被告人Y1の口座に振込ませ詐取した(判示第2)という事案である。
本件各犯行は、その財産的被害の大きさはもちろんのこと、金融機関の業務ないし公共工事の前払金制度の適正な運用等の根幹を揺るがしかねない犯行であり、社会的影響も看過できない。それにもかかわらず、被告人らは慰藉の措置等何ら講じていないのであって、被害者の関係者の処罰感情が強いのも無理からぬところである。
また、被告人らが本件各犯行に及んだのは、平成17年8月1日にリトルリバー建設が1回目の手形不渡りを出したところ、当時被告人らが、いわゆるヤミ金融業者から金員を不正に取得することを繰り返していたこともあって、2回目の手形不渡りを出して銀行取引が停止され、それに伴いリトルリバー建設の当座預金口座が閉鎖されることを避けなければならない状況にあったことによるというのであって、動機に酌むべき点は全くない。
(2) 次に、被告人らの個別事情についてみるに、被告人Y1は、本件各犯行を発案している上、その氏が下請業者の代表者のそれと同じであることを奇貨として、同代表者の弟を装い口座を開設するなど、判示第1の犯行の実行行為も担当している。
また、被告人Y2については、被告人Y1から本件各犯行を持ちかけられるや、さしたる抵抗もなくこれに応じることとし、判示第2の犯行においては、実行行為に及んでいる。
被告人らは、本件各犯行において、いずれも重要かつ不可欠な役割を果たしており、その刑事責任は、いずれも相応に重いといえる。
2 他方、被告人らが、本件各犯行の前後の状況を含め事実を素直に認め、公判廷においても、反省の弁を述べていること、犯行後、下請業者に対する下請代金については、その多くを支払っており、実害は比較的少なかったといえること、被告人Y2については、その姉が情状証人として出廷し、今後、被告人やリトルリバー建設の経営に関して協力していく旨述べていること、また、被告人Y1については、その友人が情状証人として出廷し、今後は、金銭面、生活面を含め助力し、監督する旨述べていることなど、被告人らのために酌むべき事情も認められる。
3 そこで、以上の諸事情を総合考慮し、被告人らに対しては、主文のとおりの刑に処した上、今回に限り、比較的長期間その刑の執行を猶予して、社会内で更生する機会を与えることとする。
(求刑 被告人両名につき懲役2年6月)