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大阪地方裁判所堺支部 平成18年(ワ)1487号 判決 2007年6月15日

原告

破産者有限会社a破産管財人X

同訴訟代理人弁護士

井口喜久治

被告

中小企業金融公庫

同代表者総裁

同代理人

同訴訟代理人弁護士

若尾令英

主文

1  大阪地方裁判所堺支部平成18年(モ)第8018号破産債権査定申立事件について、大阪地方裁判所堺支部が平成18年10月24日にした決定を認可する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文1項記載の決定(以下「原決定」という。)を、「被告の届け出た別紙債権目録記載の破産債権の額を2244万4000円と査定する。」と変更する。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は、破産者有限会社a(大阪地方裁判所堺支部平成17年(フ)第2687号破産事件)の破産管財人である原告が、大阪地方裁判所堺支部がした破産債権査定申立て(申立人被告)についての決定に不服があるとして提起した破産債権査定異議の訴えである。

2  前提となる事実(いずれも争いがない。)

(1)  破産手続開始決定等

大阪地方裁判所堺支部は、平成17年12月12日午後5時、債務者有限会社aについて破産手続を開始する旨の決定をし(以下、有限会社aを、この決定の前後を問わず「破産会社」という。)、原告を破産会社の破産管財人に選任した(大阪地方裁判所堺支部平成17年(フ)第2687号破産事件)。

(2)  根抵当権設定契約の締結等

ア 破産会社及びBは、平成10年9月10日当時、別紙物件目録1《省略》記載の土地(以下「本件土地」という。)を共有していた(持分は各2分の1)。

イ 破産会社は、平成10年9月10日当時、別紙物件目録《省略》2記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有していた。

ウ 破産会社及びBは、平成10年9月10日、被告との間で、破産会社及びBを根抵当権設定者、被告を根抵当権者として、本件土地及び本件建物に次の内容の根抵当権を設定する旨の契約を締結し、同月18日、その旨の根抵当権設定登記手続をした。

極度額 1億5000万円

債権の範囲 証書貸付取引

債務者 破産会社

エ 破産会社及びBは、上記契約締結の際、被告との間で、破産会社が債務の履行をしないときは、被告において、本件土地及び本件建物を法定の手続によらず、一般に適当と認められる方法、時期、価額等により自由に処分することができ、その処分代金を任意の方法により債務の全部又は一部の弁済に充てることができることとする旨合意した。

(3)  金銭消費貸借契約の締結

被告は、破産会社に対し、次のアないしオのとおり、5口合計1億8000万円を貸し付けた。

ア 貸付日 平成10年9月10日

金額 6000万円

償還期限 平成17年8月31日

利息 年2.5%

遅延損害金 年14.5%

(この貸付けを以下「貸付1」という。)

イ 貸付日 平成11年2月26日

金額 1500万円

償還期限 平成21年2月28日

利息 年2.9%

遅延損害金 年14.5%

(この貸付けを以下「貸付2」という。)

ウ 貸付日 平成11年2月26日

金額 4500万円

償還期限 平成18年2月28日

利息 年2.9%

遅延損害金 年14.5%

(この貸付けを以下「貸付3」という。)

エ 貸付日 平成11年9月29日

金額 3500万円

償還期限 平成18年9月30日

利息 年2.3%

遅延損害金 年14.5%

(この貸付けを以下「貸付4」という。)

オ 貸付日 平成13年1月17日

金額 2500万円

償還期限 平成19年12月31日

利息 年2.1%

遅延損害金 年14.5%

(この貸付けを以下「貸付5」という。)

(4)  破産債権の届出及び根抵当物件の任意処分等

ア 被告は、破産会社の破産手続において、平成18年2月6日付けで、貸付1ないし5に基づく債権を、次のとおり破産債権として届け出た(この破産債権を以下「本件破産債権」という。)。

貸付1 3528万円

貸付2 1119万4000円

貸付3 2978万円

貸付4 2608万8000円

貸付5 2244万4000円

貸付1ないし5の約定利息金合計 35万2815円

貸付1ないし5の遅延損害金合計(破産手続開始決定日の前日までの分)

153万7140円

貸付1ないし5の遅延損害金合計(破産手続開始決定日以降の分)

未定

イ 本件土地及び本件建物は平成18年3月28日に任意売却され、被告は、①本件土地の破産会社持分の売却代金から4817万8443円、②本件土地のB持分の売却代金から4817万8444円、③本件建物の売却代金から2878万1928円、合計1億2513万8815円を本件破産債権に対する弁済として受領した(上記①ないし③の弁済金を、以下それぞれ「弁済金①」「弁済金②」「弁済金③」という。)。

ウ 被告は、弁済金①及び③の合計7696万0371円を、届出に係る貸付1ないし5の遅延損害金合計684万1398円(破産手続開始決定日以降平成18年3月28日までの分を含む。)、貸付1ないし5の約定利息合計35万2815円、貸付1の3528万円、貸付2の1119万4000円及び貸付3のうちの2329万2158円に充当した。

エ 前記イ、ウにより、本件破産債権につき別除権行使不足額が確定したため、被告は、平成18年4月10日付けで、同年3月28日現在の債権額1億3198万0213円から、弁済金①及び③の合計7696万0371円を控除した5501万9842円を確定不足額とする届出書を提出した。

これに対し、原告は、同年7月6日の債権調査期日で、上記確定不足額全額について異議を述べた。

(5)  破産債権査定申立て及び査定決定

被告は、平成18年7月28日、大阪地方裁判所堺支部に対し、本件破産債権の額の査定を申し立てたところ(平成18年(モ)第8018号破産債権査定申立事件)、同支部は、同年10月24日、本件破産債権の額を5501万9842円と査定する決定(原決定)をした。

3  争点

被告が、弁済金②(物上保証人であるBによる弁済分)を控除しない額をもって本件破産債権を行使できるか。

(1)  原告の主張

ア 「債権者が物上保証人の設定にかかる抵当権の実行によって債権の一部の満足を得た場合、物上保証人は、民法502条1項の規定により、債権者と共に債権者の有する抵当権を行使することができるが、この抵当権が実行されたときには、その代金の配当については債権者に優先される。」という債権者優先主義(最高裁判所昭和60年5月23日第一小法廷判決・民集39巻4号940頁、同昭和62年4月23日第一小法廷判決・金融法務事情1169号29頁)は、原債権について債権者と弁済者との準共有関係が生じ、両者の利益調整を図る必要がある局面で、いまだ債権全額の弁済を受けていない債権者を優先すべく考案された調整原理であるから、一個の債権について債権者と代位弁済者との間に準共有関係を生じさせる一部弁済の場合にのみ適用されるものである(物上保証人が1口の債権の一部を弁済した事例に関する最高裁判所平成14年9月24日第三小法廷判決・民集56巻7号1524頁[以下「平成14年判決」という。]参照)。

本件破産債権は、弁済金①及び③を充当した結果、貸付3の一部、貸付4及び貸付5を除いて消滅し(前記2(4)ウ)、これに弁済金②を法定充当すると、貸付5の一部を除いて消滅するので(詳細は別紙充当表《省略》のとおりである。)、Bは、物上保証人として、貸付3及び貸付4を全部弁済したことになる。このように特定の債権について全部弁済がなされた場合、原債権はその全部が代位弁済者に移転してしまう以上、弁済者と債権者の利益調整を図る必要はないから、債権者と平等の資格において代位弁済者にも権利行使が認められるべきである(複数口の債権の一部の口が譲渡された後に、当該譲渡債権の全額について代位弁済がなされた場合、弁済者による代位が当然に認められることとの均衡からも、上記のとおり解すべきである。)。

破産法104条2項及び5項は、上記の考え方を受けた規定であるから、本件のように特定の債権について全部弁済がなされ、原債権の全部移転が生じる場合には、上記各条項の定める開始決定時現存額主義の適用はないというべきである。なお、貸付1ないし5に基づく各債権は、実体法上別個独立の債権であるところ、「各破産債権の額及び原因」を個別に届け出ることを求める破産法111条1項1号の規定や、簡明かつ客観的な配当手続の要請に照らせば、代位弁済者に配当を実施するか否かは、実体法上区別された個々の債権について全部弁済がなされたかどうかで機械的に決すべきである。

したがって、物上保証人であるBによる弁済につき、破産法104条5項が準用する同条2項の適用はないから、弁済金①及び③だけでなく、弁済金②も本件破産債権から控除すべきである。ただし、貸付5は、前述のとおり弁済金②によって一部弁済がなされたにとどまるので、貸付5については開始決定時現存額主義が適用される結果、被告は、一部弁済前の貸付5の全額である2244万4000円の限度で本件破産債権を行使できることになる。

イ 一個の債権のみについての保証人が当該債権に対して全部弁済をし、自己の責任を完全に果たした場合には、たとえ債権者が総債権額について完全な満足を得ておらず、保証人による代位によって債権の満足を害されるとしても、弁済者代位の基本原則により保証人による代位を認めざるを得ない(最高裁判所平成17年1月27日第一小法廷判決・民集59巻1号200頁[以下「平成17年判決」という。]参照)。

Bは、本件破産債権について保証人とはされておらず、本件土地に根抵当権を設定して物上保証人となっているにすぎないから、本件破産債権全額について弁済の義務を負うものではなく、担保目的物の価額を超えた無限責任を負担するものでもない。しかるところ、Bは、本件土地の任意処分によって貸付3及び貸付4を全部弁済し、物上保証人として被告に負担する責任を完全に果たしたといえるから、弁済者代位の基本原則により被告と対等の資格で配当手続に参加できるとするのが公平である。他方、被告は、少なくとも全部弁済を受けた上記2口の債権に関しては、Bから担保を徴した目的を達して完全な満足を受けたと評価できるから、これを行使できなくなるとしてもやむを得ない。

したがって、前記アの結論は、平成17年判決が示した価値判断に照らしても妥当である。

(2)  被告の主張

平成14年判決は、複数口の債権の一部の口について全額弁済がなされた場合にも債権者優先主義が妥当する旨を述べているところ、破産法104条は、同判決を受けた規定であるから、同条1項の「破産手続開始の時において有する債権の全額」及び同条2項の「その債権の全額」が、「口ごとの全額」を意味するものでないことは明白である。

また、平成17年判決は、一個の債権のみについての保証人が当該債権の全額を弁済した事例に関するものであって、本件とは前提が異なる。

したがって、被告は、弁済金②を控除しない額をもって本件破産債権を行使できるというべきである。

第3当裁判所の判断

1(1)  破産法104条2項は、債権の一部を弁済したにすぎない全部義務者において直ちに届出債権額に対する弁済額の割合に応じて債権者の権利を取得するとすれば、債権者が届出債権全部の満足を得られない場合にも、残債権につき履行する義務を負っている上記全部義務者が、弁済額の割合に応じて債権者の権利を取得し破産債権者としての権利を行使できることとなり、債権者を害する結果となって妥当でないとの見地から、いわゆる宣告時現存額主義を採用し、債権者は、他の全部義務者から一部の弁済を受けたとしても、なお破産手続開始時において有する債権の全額について権利を行使できることを定め(旧破産法[大正11年法律第71号]24条及び26条の解釈に関する最高裁判所昭和62年6月2日第三小法廷判決・民集41巻4号769頁参照)、破産法104条4項は、その結果、破産者に対して将来的に求償権を行使できる全部義務者は、破産手続開始後に債権者に弁済をしたとしても、その債権の全額が消滅しない限り、求償権に基づいて当該破産手続上権利を行使できないことを定めている。

また、破産法104条5項は、「物上保証人は、全部義務者と異なり、担保に供した特定財産の価額の限度において責任を負うにすぎないが、物上保証人も連帯保証人等の全部義務者も、債権者が債務者から債権の完全な弁済を受けられない場合に備えて、有限又は無限の責任を負担するものであって、責任の集積により債権の効力の強化を図るという点においては異なるものではない」ことから、物上保証人についても、全部義務者に関する同条2項及び4項の規定を準用している(旧破産法24条及び26条の解釈に関する平成14年判決参照)。

(2)  他方、破産法104条2項、4項は、「その債権の全額が消滅した場合」、すなわち当該破産債権の全額が弁済等によって消滅した場合には宣告時現存額主義が及ばないこと、この場合には、求償権を有する者が債権者が有した権利を破産債権者として行使できることを明らかにしているところ、ここで全額の消滅の主体として規定されているのは「その債権」であって、当該破産債権者の有する総債権などとは規定されていないことからすると、同条2項、4項及びこれを準用する同条5項が宣告時現存額主義の対象としているのは、原則的には、個別の債権の一部のみが弁済された場合であるといえる。

しかしながら、債権者の破産者に対する債権を担保するために根抵当権を設定した物上保証人が、破産手続開始後、別除権の行使によって破産者に対する求償権を取得した場合に、複数の被担保債権のうちの一部の債権は全部消滅しているものの、全部の被担保債権は消滅していないにもかかわらず、被担保債権全部の満足を得られていない債権者に優先して、破産手続において、債権者が有した権利を破産債権者として行使できるとすることは、前述した破産法104条2項、4項及び5項の趣旨に反する結果となるうえ、担保物件の価値全部を当該根抵当権の被担保債権全部の満足のために供することとした根抵当権設定当事者双方の合理的期待にも背くことになることにかんがみると、このような場合には、当該根抵当権の被担保債権である複数の債権全部が弁済されない限り、宣告時現存額主義が適用されると解すべきである。

なお、原告は、平成17年判決が示した価値判断に照らせば、Bは全部弁済をした特定の債権につき被告と対等の資格で配当手続に参加することができ、その反面、被告は同債権を行使できなくなると解すべきである旨主張する。

しかし、平成17年判決は、「不動産を目的とする一個の抵当権が数個の債権を担保し、そのうちの一個の債権のみについての保証人が当該債権に係る残債務全額につき代位弁済した場合は、当該抵当権は債権者と保証人の準共有となり、当該抵当不動産の換価による売却代金が被担保債権のすべてを消滅させるに足りないときには、債権者と保証人は、両者間に上記売却代金からの弁済の受領についての特段の合意がない限り、上記売却代金につき、債権者が有する残債権額と保証人が代位によって取得した債権額に応じて案分して弁済を受けるものと解すべきである。」としたものであって、複数口の債権の一部の口について全額弁済がなされた場合を形式的かつ一律に、代位弁済における債権者優先主義の適用対象外に置くべき旨判示したものではなく、複数口の債権についての物上保証人がその一部の口のみを全額消滅させた本件とは、事案及び利益状況を異にするものである。原告の上記主張は採用できない。

(3)  そうすると、前記第2の2(4)のとおり、本件破産債権の合計残額は、弁済金①及び③(破産会社による弁済分)が充当された結果、5501万9842円となったところ、弁済金②(物上保証人であるBによる弁済分)は、この残額すべてを消滅させるには足りないから、宣告時現存額主義を適用すると、被告の届出に係る破産債権の額は、弁済金②を受領する前の債権額である5501万9842円となる。

2  よって、本件破産債権の額を5501万9842円と査定した原決定は相当であるから、これを認可することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷口幸博 裁判官 川畑公美 徳田祐介)

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