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大阪地方裁判所堺支部 平成19年(ワ)2025号 判決 2009年12月22日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)被告は,原告に対し,573万8900円及びこれに対する平成14年9月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(2)訴訟費用は被告の負担とする。

(3)仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第2  事案の概要

本件は,食肉の加工製造販売業を営む被告に勤めていた原告が,平成7年4月1日から被告製造の商品の仕分け及び配送等を営むプリマフレッシュサプライ株式会社(以下「フレッシュサプライ社」という。)に出向していたところ,平成14年6月25日,同月24日付けで,被告商品の原材料が入った箱を破損させ,被告商品を持ち出したなどの理由で懲戒解雇されたことについて,懲戒解雇は無効であり,原告の行為は勤続の功を抹消するほど著しく信義に反するものではない旨主張して,被告に対し,退職金573万8900円及びこれに対する退職金の支払期日(退職の日から30日以内)の後である同年9月27日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。

1  前提となる事実(証拠等を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)

(1)当事者

ア 被告は,食肉の加工製造及び販売等を業とする株式会社である。

イ フレッシュサプライ社は,被告の子会社であり,被告製造の商品の仕分け及び配送等を業とする株式会社である。

ウ 原告は,昭和30年7月*日生まれの男性であり,昭和56年1月1日に被告の社員となり,平成7年4月1日に被告に在籍のままフレッシュサプライ社に出向し,平成14年6月24日まで勤務していた者である(乙34,38,39)。

(2)被告の社員就業規則等の定め

ア 被告の社員就業規則(甲1,乙1)には,社員が退職したときに退職金を支給するとの定めがあり,被告とゼンセン同盟全プリマハム労働組合(以下「全プリマ労組」という。)との労働協約書(甲3)には,退職金は退職の日から30日以内に支払うとの定めがあるが,上記社員就業規則には,懲戒解雇された者に対しては退職金を支払わない旨が規定されていた。

イ 被告の社員就業規則(乙38)及び社員出向規定(乙39)には,出向社員が,出向先の懲戒の基準に該当する行為があったとき,復職を命じた後,会社の就業規則により,処置すると定められていた(社員出向規定11条)。

ウ フレッシュサプライ社の従業員就業規則(乙41)には,社員に次のような事由があるときは懲戒解雇する旨が定められていた。

(ア)他人に対して暴行脅迫を加えたとき,または暴力をもって会社の業務を妨げたとき(従業員就業規則60条5号)

(イ)会社の内外を問わず,不正または不法な行為をなし,従業員たる対面を汚したとき(同条6号)

エ 被告の社員就業規則(乙1)には,社員に次のような事由があるときは懲戒解雇する旨が定められていた。

(ア)正当な理由なく諸規定及び通達に違反し,又は会社の業務上の指示命令に服従せず,事業場の秩序を乱したとき(社員就業規則97条3号)

(イ)会社の金品を不正に持出し,又は持出そうとしたとき(同条6号)

(ウ)故意又は重大な過失により会社の施設,動力,資材,機械,工具,製品,文書,掲示物その他の物品を破壊,破棄,濫用,隠匿又は紛失したとき(同条8号)

(エ)他人に対し,暴力脅迫を加えたとき,又は暴力をもって会社の業務を妨げたとき(同条10号)

(3)原告に対する懲戒解雇通知

ア 原告は,平成14年5月20日,仕分け中のチャックリブ(牛肩バラ肉)の入った発泡スチロール製の箱を手拳で殴り,5箱を破損させて使用できなくし,得意先別の発送準備としてパレットごとに仕分けされていた商品を入れ替えて仕分け作業を阻害し,チルド剥きタンを倉庫から無断で持ち出して近くの公園に放置した(以下「本件行為」という。)。

イ 被告は,本件行為が社員就業規則97条3号,6号及び8号の懲戒解雇事由(前記(2)エ)に当たるとして,同年6月24日付けで原告を懲戒解雇し,翌25日,原告に対し通知した(以下「本件懲戒解雇」という。)。

(4)雇用保険被保険者離職証明書(以下「離職票」という。)の書換え

原告は,平成14年6月25日ころ,労働組合である管理職ユニオン・関西に加入し,同年8月26日,管理職ユニオン・関西の丙山一郎書記次長(以下「丙山」という。)とともに被告関西支店を訪れ,再就職活動の便宜のため,離職票の具体的事情記載欄の「懲戒解雇」との記載を「一身上の都合による退職」との記載に書き換えることを求めたところ,被告がこれに応じたため,そのように離職票の書換えがされた。

(5)不当労働行為救済の申立て

その後,原告は,アルバイト・派遣・パート関西労働組合に加入し,同労働組合は,平成18年8月及び9月,被告に対し,本件懲戒解雇及び原告の退職金に関する団体交渉の申入れをしたが,被告は,決着済みの問題であるとしてこれを拒否した。

そのため,前記労働組合は,同年11月7日,大阪府労働委員会に対し,被告が団体交渉に応じないことが不当労働行為に当たる旨の申立て(大阪府労働委員会平成18年(不)第55号不当労働行為事件。以下「本件不当労働行為事件」という。)をしたが,大阪府労働委員会は,平成19年8月27日,前記申立てを棄却した(乙24の2)。

(6)原告の退職金請求

原告は,被告に対し,平成19年6月13日到達の内容証明郵便により,退職金645万8900円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。

(7)本訴の提起

原告は,平成19年12月6日,被告に対し,退職金の支払を求める本訴を提起した(記録上明らかな事実)。

2  争点及びこれに対する当事者の主張

本件の争点は,①本件懲戒解雇の有効性の有無,②退職金不支給の有効性の有無,③退職金を請求しない旨の合意の成否,④本件懲戒解雇の無効を主張することが信義則違反又は権利濫用といえるか,⑤退職金の額であり,これに対する当事者の主張は,以下のとおりである。

(1)争点①(本件懲戒解雇の有効性の有無)

【被告の主張】

ア 本件行為が懲戒解雇事由に当たること

(ア)懲戒は,職場秩序違反行為があった場合にそれを犯した者に対する制裁として使用者に認められた権限であるから,懲戒の判断に当たっては,職場秩序違反の内容,程度が問題とされるべきであって,使用者が被った損害額の多寡が第一のメルクマールとなるわけではない。

本件行為の1つは,被告商品の社外への持出しであって,横領,着服にも当たる行為であり,職場秩序違反の程度が大きいといえる。また,本件行為には被告商品の原材料である牛肩バラ肉が入った箱を破損させるという行為もあるが,これも職場秩序違反の程度が大きい。さらに,本件行為のうち仕分け作業を阻害したことは,自己の怠慢にとどまらず他人の業務をも妨害する悪質なものである。

そもそも,原告は被告の損害額を約6000円と主張するが,チルド剥きタンは1ケースでも卸値が1万円を下らない。

(イ)以上の本件行為の悪質性からすれば,本件行為は,社員就業規則97条3号,6号及び8号の懲戒解雇事由(前記1(2)エ)のいずれにも当たる。

イ 本件懲戒解雇が相当であること

(ア)原告は,本件行為に及ぶ以前も,平成5年ころから,職場で気に入らないことがあると大声を出したり鞄を投げつけたりすることがあり,平成12年及び平成13年には,上司を突き飛ばしたり,同僚に対して所持していたナイフを向けて脅かしたりしたことがあった。さらに,原告は,平成13年5月18日,休憩時間中に丁木二郎課長(以下「丁木」という。)に対して言いがかりをつけて同人の胸部を手拳で殴打するという暴行事件を起こしたこともあった。原告は,この暴行事件について,被告の当時の管理部長及び人事部長らからの事情聴取を受け,「今後この様な事がない様,精進努力致しますので,何卒寛大なる御処置をお願い致します。」などと記載した書面(乙23)や,「今後再び会社の懲戒事項に該当する行為を行ったときは,処分について会社の判断に従います。」などと記載した誓約書(乙21)を提出したため,被告は,同年7月,原告に対し,社員就業規則97条10号(前記1(2)エ)により,出勤停止7日の懲戒処分を行った。

このように,原告は,本件行為以前にも懲戒処分を受けながら懲りずに再度不法な行為に及んだのであるから,本件懲戒解雇が加重な処分であるとはいえない。

(イ)原告は,本件行為の原因として原告の非定型精神病及び被告従業員の原告に対するいじめを主張するが,原告は本件不当労働行為事件の申立てをするまで疾病について述べたことはなく,被告は,原告が非定型精神病に罹患していたことを認識していなかった。原告は,原告の妻が休職手続をとった旨主張するが,被告の記録には平成4年ないし5年ころに原告が休職したことは記載されていない。

また,原告が主張するとおり非定型精神病への罹患が平成4年とすれば,本件行為が行われた平成14年まで10年も経過しており,平成9年12月に終診となっているから,疾病と本件行為との間の因果関係は認められない。そして,非定型精神病に罹患した者が本件行為のような行動に及ぶ傾向があるというような証拠は存在せず,本件行為の当時,原告が是非弁別の能力を欠如していたと認めることはできない。

さらに,原告が被告従業員からいじめを受けていたことを裏付ける資料はない。

加えて,原告は,被告が原告の就労環境に配慮せず過酷な業務に従事させていたと主張するが,原告の業務はトラックへ積出しをする場所内のパレットに積まれた商品を出庫用に仕分ける作業であって,冷蔵倉庫と冷凍倉庫とを行き来する必要はなかった。

ウ 本件懲戒解雇の手続

被告は,本件懲戒解雇をするに当たっては,社員就業規則に基づき原告から事情聴取を行った上,本件行為当時に原告が所属していた全プリマ労組と被告との間の労働協約(乙2)に基づき,全プリマ労組に対する意見聴聞の手続をとり,人事委員会の判断に委ねるとの回答を得た。

原告は,被告からの事情聴取にも全プリマ労組からの事実確認にも,真摯に対応しようとしているとは認められない極めて不当な態度をとったが,被告は,社員就業規則や労働協約で定められた手続を遵守して本件懲戒解雇を行った。

エ 小括

以上より,本件懲戒解雇は,合理的理由があり社会通念上相当といえるから,有効である。

【原告の主張】

ア 懲戒解雇事由に当たらないこと

(ア)本件行為のように被告従業員が被告の商品を社外に持ち出したり破損させたりした場合,その行為は,譴責処分事由である社員就業規則96条7号の「故意又は過失により会社に損害を与え,又は会社の信用を失墜したとき」に当たるとともに,形式的には,社員就業規則97条3号,6号及び8号の懲戒解雇事由(前記1(2)エ)にも当たることとなる。このように広範な形で懲戒解雇事由が規定されている場合,懲戒解雇が懲戒処分の極刑であり労働者に対して極めて重大な不利益を与える処分であることから,労働者保護の見地から,懲戒解雇事由は限定的に解釈すべきである。

そして,その際には,会社が被った損害額の多寡が重要な要素となるというべきである。

(イ)本件行為によって被告が被った損害額は,約6000円程度と僅少であるから,本件行為は譴責処分事由に当たるとしても,懲戒解雇事由には当たらない。

イ 本件懲戒解雇が相当でないこと

(ア)原告は,昭和60年ころから,京都営業所の課長から「何ニヤついてんねん。」と言われて殴られるなどのいじめを受け,その後も,昭和62年ころの従業員慰安旅行の際に1人だけ別の電車を指定されて1人で旅行することになったり,平成2年ころに同僚,上司から「働いてないから肥えんねん。」などという発言を継続的にされたりといったいじめを受けていた。

また,原告は,平成4年には,「会社の人が悪口を言う。」と言って自宅で傘を振り回したりし,同年に非定型精神病で入院する直前には意味不明の発言をするようになった。

原告は,退院後も怒りっぽい状態で精神状態が安定せず,平成8年11月ころに高血圧症のため業務中に倒れた。それにもかかわらず,被告は,原告の就労環境に配慮せず,原告を気温10度の冷蔵倉庫とマイナス30度の冷凍倉庫とを行き来する過酷な業務に従事させていた。このような状況の中,原告の非定型精神病は,平成11年1月ころから悪化していった。

さらに,原告は,フレッシュサプライ社に出向してから,足の上にパレットを乗せられて足の親指の爪がはがれたことがあり,平成14年ころには,同僚からリフトで追いかけられて足に当てられたため左足膝下付近に怪我をしたこともあった。被告は,このようないじめを防止するための措置を講じることはなかった。

そして,原告は,平成14年5月20日,作業着に着替えるのを被告従業員から妨害され,これに憤慨したことで正常な判断能力を喪失した状態となり,被告商品の入った箱を殴ってしまった上,さらに,商品である肉の温度を測らなければならないという衝動に駆られ,チルド剥きタン1ケースの温度を測り,その温度が高いと思い込み,これを倉庫外に運び出して放置したり,仕分け済みの商品を他の商品と混同させたりしたものである。すなわち,原告は,非定型精神病によって精神に異常を来して本件行為をしたものであり,故意に本件行為に及んだものではない。

このように,原告が本件行為に至ったのは,被告従業員から受けた度重なるいじめによって平成4年に非定型精神病を発症し,その後悪化したこと,被告がいじめの存在を知りながらこれを防止する措置を講じなかったことによるものである。この点にかんがみれば,本件行為の責任が原告1人にあるとする本件懲戒解雇は過酷である。

(イ)被告は原告の病状を知らないと主張するが,原告の妻は,平成4年4月30日,被告に対し,原告の具合が悪いので休ませる旨の連絡をした上,その後診断書を提出して休職を申し出ていた。

また,原告は,平成4年8月18日に退院した後は明石営業所に単身赴任することとなったが,同室であった所長が原告の妻に対して,「早く来てくれ,(原告が)おかしいから。」などと述べたこともあった。

したがって,被告が原告の病状を知らなかったはずがない。

(ウ)被告が指摘する本件行為以前の原告の問題行動も,病気やいじめが原因であった。

被告が主張する暴行事件の前である平成13年4月ころ,原告が丁木の運転するフォークリフトに轢かれそうになり,原告が所持していたモップがそのフォークリフトに踏み壊されるということがあった。このようなことがあり,非定型精神病の影響もあって,原告は丁木に憤慨し,口論の末,揉み合いになって暴行事件を起こしてしまったのである。そして,原告は,当時から現在まで,いかなる理由があっても暴力行為をすることが悪いことであると十分に認識しているが,被告が主張する誓約書(乙21)は,示された内容のとおりに写すよう言われて記載したものであって,自発的に記載したものではない。

ウ 本件懲戒解雇の手続

原告は,本件懲戒解雇に当たって被告から事情聴取された当時も,非定型精神病の影響で多弁になりがちであり,事情聴取された時の原告の態度が真摯に対応しようとしているとは認められない極めて不当なものであったということはないし,全プリマ労組から事情聴取されたことはない。

エ 小括

以上によれば,本件懲戒解雇は,客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当と認められないから,権利濫用として無効である。

(2)争点②(退職金不支給の有効性の有無)

【被告の主張】

ア すでに主張したとおり,本件行為は,平成13年の暴行事件について一度懲戒処分を受けながら行われたものであり,その内容も被告商品を破損させたりする悪質なものである。

原告は,本件行為が軽微であるかのような主張をするが,会社の商品を壊したり捨てたりする本件行為は従業員としてあるまじき行為である。

また,原告に対するいじめや原告の非定型精神病については,前記(1)で反論したとおりである。

したがって,原告に対する退職金不支給は,やむを得ない合理的な措置というべきである。

イ 本件行為は明らかに社員就業規則で定められた懲戒解雇事由に当たるもので,権利濫用を指摘される余地はなく,他に情状を酌量する要素も見あたらない。

ウ 以上によれば,原告に対する退職金不支給は有効である。

【原告の主張】

ア(ア)仮に本件懲戒解雇が有効であるとしても,退職金不支給が適法であるかは別途判断されるべきである。

退職金は,労働者に対する功労報償的性格を有する一方,賃金の後払的性格をも有し,労働者の退職後の生活を保障するものでもある。退職金が,単に従業員に対する功労報償的性格のみを有するのであれば,懲戒解雇の場合には退職金不支給となるという図式も成り立ち得るが,上記のような性格も有する以上,懲戒解雇に伴って退職金を全額不支給とするためには,労働者が有する退職金に対する期待を剥奪するに値する事情が必要となると解すべきである。

すなわち,退職金の性格からは,退職金不支給規定を有効に適用できるのは,労働者のそれまでの勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られるというべきである。

(イ)前記(1)で主張したとおり,原告は,被告従業員によるいじめにより非定型精神病を患い,被告が原告に対するいじめ及び原告の病状を知りつつ,これを放置したために,本件行為に及んだものである。

加えて,本件行為によって生じた被告の損害が微少であることも考えれば,本件行為が原告の23年にもわたる勤続の功を抹消するほど著しく信義に反する行為であったとはいえない。

イ また,これまで原告が主張したところによれば,原告に対する退職金不支給は権利濫用にも当たる。

ウ 以上によれば,本件において,原告に対する退職金不支給は違法無効である。

(3)争点③(退職金を請求しない旨の合意の成否)

【被告の主張】

原告は,平成14年8月26日,丙山とともに被告関西支店を訪れ,亥井管理部長が応対した。その際,丙山は,本訴に先立つ本件不当労働行為事件の手続において,離職票書換え時のことについて,ハローワークで職業訓練を受けるにも職業紹介を受けるにも懲戒という言葉で不利になっていたために書換えをお願いに来た旨を述べて,離職票の書換えを要望した。原告は,亥井管理部長が書換えについて前向きな回答をしたすぐ後で,退職金について質問をしたが,亥井管理部長は,「退職金を出すことはできないし出すつもりもない。そういう話が出るのであれば書き換えることもできない。」と明確に否定する回答をした。丙山も,「退職金が出ないことはしょうがないね。」と原告に諭すように申し向けており,原告もその場で異議を述べることはなかった。

その後,原告から被告への連絡は,平成15年10月9日付けの弁護士による本件懲戒解雇の理由について説明を求める旨の通知がされるまで全くなかったから,被告は,本件懲戒解雇については離職票の書換えによって解決したものと考えていた。

このように,原告は,退職金不支給について納得し,そうであるからこそ被告は離職票の書換えを認めたのであるから,原告と被告との間で,離職票を書き換えた時点で,原告が被告に対し退職金を請求しないとの合意が成立したというべきである。

【原告の主張】

原告が丙山とともに離職票の書換えを求めたことはあるが,原告は亥井管理部長に対して退職金について質問していないし,丙山が退職金が支給されないことをやむを得ないとして原告を諭したことも原告が異議を述べなかったこともない。

原告は,再就職活動を円滑に進めるために,退職金支給の有無を別として離職票の書換えを求めたにすぎず,退職金が不支給とされても構わないなどと認めたことはない。

したがって,被告が主張するような退職金を請求しないとの合意は成立していない。

(4)争点④(本件懲戒解雇の無効を主張することが信義則違反又は権利濫用といえるか。)

【被告の主張】

本件懲戒解雇は平成14年6月の処分であるが,本訴が提起されたのは解雇から約5年半も経過してからである。

前記(3)で主張したとおり,本件はすでに平成14年8月26日の離職票の書換えの際に解決していたし,原告は,その後,平成15年には弁護士に依頼していたから提訴する機会も十分にあった。

それにもかかわらず,今になって本件懲戒解雇の効力を争うのは,法的安定性を乱すものとして信義則に反するものであり,権利濫用に当たる。

【原告の主張】

本訴の提起自体は解雇後5年以上経過してからであるが,退職金請求権が時効消滅していない以上,権利行使を妨げられる理由はない。原告は非定型精神病に罹患しており,人とのコミュニケーションを十分にとることができない状態にあったから,訴訟提起に時間がかかったことはやむを得ない。

また,原告は,再就職活動を円滑に進めるために,退職金支給の有無を別として離職票の書換えを求めたにすぎず,退職金が不支給とされても構わないなどと認めたことはない。

(5)争点⑤(退職金の額)

【原告の主張】

被告は,平成14年1月21日,原告に希望退職に応じるように求めた。その際,被告が提示した希望退職金と勇退加算金の総額から勇退加算金分を控除した金額は573万8900円であるから,原告は,被告に対し,懲戒解雇の通知を受けた同年6月25日の退職,又は離職票書換えにより退職の意思表示をした同年8月26日の退職による退職金として,573万8900円及びこれに対する退職金の支払期日(退職の日から30日以内)の後である同年9月27日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を請求する。

【被告の主張】

被告は,希望退職者を募集したにすぎず,原告の上記主張は争う。

第3  当裁判所の判断

1  認定事実

前記第2,1の前提となる事実(以下「前提事実」という。),証拠(<証拠等略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)原告は,昭和56年1月1日に被告の社員となり,昭和58年8月1日に近畿営業部京都営業所に配属,昭和59年5月25日に大阪プリマフーズ株式会社に出向,昭和60年3月1日に関西支店福知山営業所に配属,昭和62年7月1日に関西支店チェーンストア課(平成2年2月5日に関西支店チェーンストア部となる。)に配属,同年3月15日に関西支店西宮営業所に配属,同年10月1日にレストランチェーン等の大きな得意先との商談を担当する近畿食肉事業部フードサービス課に配属となった。

(2)原告は,近畿食肉事業部フードサービス課に配属されていた平成4年3月ころ,家の玄関扉の内側に物を積み重ねてバリケードを張ったり,護身用として寝室にバットを持ってくるなどの行動をするようになった。原告の妻である甲野花子は,そのような行動に気付き,同年4月20日,原告を医療法人サヂカム会三国丘病院に連れて行ったところ,原告は,同月30日から同年8月18日まで同病院に入院した。同病院での原告の診断名は非定型精神病であり,病状は,落ち着かない,多弁,被害念慮とされており,原告は薬物療法を受けていたが,平成9年12月15日に終診となった。また,原告は,平成8年11月15日から平成14年12月3日まで,高血圧症の病名で医療法人樋上小児科に通院していたところ,平成11年6月1日から平成12年9月8日まで,同小児科で精神安定剤を処方された。

その間,原告は,近畿食肉事業部フードサービス課で得意先を巡回訪問して納品や営業を行うルートセールスを担当していたが,情緒不安定で休みがちであったため,平成5年6月1日に小口の配送・販売業務を行う近畿食肉事業部明石販売課に異動した。その後,原告は,職場で気に入らないことがあると大声を出すことがあるなど営業での販売も無理と判断され,平成6年8月5日に店頭販売を行う近畿食肉事業部チェーンストア課に異動した。しかし,原告は,同課において得意先の評判が悪かったため,対人折衝がない業務を担当することとなり,平成7年4月1日にフレッシュサプライ社に出向し,その後,商品の積込みや,出庫等の倉庫業務を担当していた。原告は,フレッシュサプライ社においても,対人関係がうまくゆかず,同僚らに食ってかかったり,物に当たったりすることがあった。

(3)原告は,平成13年2月ころ,フォークリフトを運転する業務をしていたが,月に2~3回精神的に不安定となり,同僚が不安を感じたため,その業務内容が,カードの作成業務に変更された。

(4)原告は,平成13年5月18日の休憩時間中,丁木に対し,その胸部を手拳で殴打する暴行を加え,丁木は,5日間の通院加療を要する右胸部打撲の傷害を負った。

原告は,同日,管理部長から事情聴取を受けた際,原告が持っていたモップが丁木運転のフォークリフトに挟まれてバラバラになったことについて文句を言ったところ相手にされなかったため腹を立てたのがきっかけである旨説明し,謝罪するつもりはない旨述べ,暴行の件に触れようとせず,丁木や職場の人間の批判を繰り返した。しかし,原告は,同年6月18日,人事部長らから事情聴取を受けた際,「こづいたのはまずいと前から反省している。喧嘩したらあかん。」などと述べ,責任の取り方について文書を提出するよう言われたため,同月23日,反省しているので寛大な処置を願う旨の文書(乙23)を作成して提出した。その後,原告は,同年7月12日,人事部長らから,反省し2度としないこと,相手に謝罪し治療費を負担すること,再度同様のことをした場合,被告の判断に従うことを約束すれば出勤停止処分でとどめる旨告げられ,「暴力行為をおこしたことについて深く反省し,今後このようなことを2度と行なわないことを誓います。又,被害者に対して謝罪すると共に,治療費を直ちに全額支払います。今後再び会社の懲戒事項に該当する行為を行ったときは,処分について会社の判断に従います。」との誓約書(乙21)を作成して提出した。被告は,同月23日付けで,社員就業規則97条10号により,原告を7日間の出勤停止処分とした。

(5)ア原告は,平成14年5月20日午前9時30分ころ,フレッシュサプライ社の端末室の一部であるロッカー室で着替えをしていたところ,同僚の茂田三郎(以下「茂田」という。)が,その日の出庫伝票をとるために端末室に入室したが,出庫伝票の打出しが完了していなかったためいったん退室し,午前9時40分ころ,伝票をとるために再度端末室に入室した。すると,原告は,「着替え中に何で入るんだ。何で見てるんだ。」などと大声で述べたが,茂田は無視して伝票をとって端末室を退室した。その数分後,着替え終えた原告は,茂田に対し,「俺は大阪,お前は九州」「俺はど素人ではない」などと意味不明な発言をしてドア,壁,製品を蹴った。茂田は,「何をするか」といったんは注意したものの,原告はそれ以前もそのような行為をしたことがあり,あまり関わりたくない気持ちと仕事が忙しいという事情があったため,相手にせず無視し,他の従業員らが止めに入った。原告は,そのころ,仕分け中のチャックリブ(牛肩バラ肉)の入った発泡スチロール製の箱を手拳で殴り,5箱を破損させて使用できなくし,得意先別の発送準備としてパレットごとに仕分けされていた商品を入れ替えて仕分け作業を阻害し,チルド剥きタンを倉庫から無断で持ち出して近くの公園に放置した(本件行為)。破損した発泡スチロール製の箱のうち1箱は箱だけでなく中のチャックリブを包んでいたビニールも破れていた。

イ 原告は,同月21日,北川常務から事情聴取を受けた際,本件行為のうち箱の破損と仕分け作業の阻害については知らない,チルド剥きタンの持ち出し放置については覚えていない旨を回答した。また,原告は,同月23日,北川常務及び亥井管理部長から事情聴取を受けた際,質問に答えようとせず,「会社はことあるごとに自分を処分しようとしている。」「色眼鏡で俺を見ている。」「この前の処分も自分だけ処分して不当だ。」などと大声を張り上げ,机を叩くなどした上,再度,本件行為のうち箱の破損と仕分け作業の阻害については知らない,チルド剥きタンの持ち出し放置については覚えていない旨を回答した。

ウ 当時原告が所属していた全プリマ労組は,同月24日付けの被告からの意見聴聞を受けて,原告に事実確認を試みたが,原告が事実確認に応じようとしなかったため,同月31日付けで,原告の処分について,人事委員会の判断に委ねる旨を回答した。

エ 原告は,同年6月7日,人事部長から事情聴取を受けた際,本件行為について覚えていないと回答し,「見た人に聞いたら誰も言ってないと言う。誰に聞いたか言えない。」「確認したら知らないと言う。」などと述べたほか,誓約書(乙21)の内容に言及されたのに対し,「事実でなければ争う。」などと答えた。人事部長は,その場で,原告に対し,自宅待機を言い渡した。そして,被告は,同日,謹慎(自宅待機)命令書を原告に送付した。

オ 被告は,同月24日付けで原告を懲戒解雇し,翌25日,原告に対し通知した(本件懲戒解雇)。

(6)原告は,平成14年6月25日ころ,労働組合である管理職ユニオン・関西に加入し,同日,本件懲戒解雇を認めることはできず,管理職ユニオン・関西の組合員として身分・地位について交渉することを通告する旨を記載した通告書(甲10)を被告に送付した。

(7)原告は,平成14年8月26日,管理職ユニオン・関西の丙山とともに被告関西支店を訪れ,再就職活動の便宜のため,離職票の具体的事情記載欄の「懲戒解雇」との記載を「一身上の都合による退職」との記載に書き換えることを求めたところ,被告がこれに応じたため,そのように離職票の書換えがされた。

(8)原告は,平成16年12月ころ,南海金属株式会社に就職し,就労していたが,平成17年7月21日から同年8月11日まで医療法人敬天会星のクリニックを受診し,同月12日から同年11月14日まで,非定型精神病の病名で医療法人光愛会光愛病院に入院し,同年8月ころ,南海金属株式会社を退職した。原告は,その後も光愛病院に通院して治療を継続している。また,原告は,同年12月ころ,扇町運送に就職し,就労していたが,平成18年8月に退職し,同年9月に株式会社ヤマサンに就職したが,試用期間満了を理由に解雇された。

(9)原告は,平成19年7月26日,障害厚生年金の保険給付を受給する旨の決定を受けた。その受給権を取得した年月は平成5年10月であり,障害の等級は,3級13号(精神又は神経系統に,労働が著しい制限を受けるか,又は労働に著しい制限を加えることを必要とする程度の障害を残すもの)とされた。

2  争点①(本件懲戒解雇の有効性の有無)について

(1)前記1の認定事実のとおり,原告は,平成14年5月20日,仕分け中のチャックリブ(牛肩バラ肉)の入った発泡スチロール製の箱を手拳で殴り,5箱を破損させて使用できなくし,得意先別の発送準備としてパレットごとに仕分けされていた商品を入れ替えて仕分け作業を阻害し,チルド剥きタンを倉庫から無断で持ち出して近くの公園に放置した(本件行為に及んだ)ものである。そして,本件行為は,大事な商品の原材料の容器を破損し,被告の業務を阻害した上,商品を会社の外に持ち出すというものであるから,社員就業規則97条3号,6号及び8号に該当するところ,食肉の加工製造販売業という被告の業務にかんがみれば,職場の秩序に違反する程度は重大というべきである。また,原告は,平成13年5月18日,丁木に対し,その胸部を手拳で殴打する暴行を加えて,同月23日付けで出勤停止処分を受けたのに,再度,本件行為に及んだものである。さらに,前記1の認定事実によれば,原告は,平成4年に非定型精神病を発症し,その病状は,落ち着かない,多弁,被害念慮とされていたところ,原告は,平成14年5月20日,本件行為の直前,茂田に意味不明な発言をしてドア,壁,製品を蹴ったというのであるから,本件行為の時点で原告が非定型精神病に罹患していたことは否定できない。しかし,後記のとおり,原告の非定型精神病の発症について被告には何らの落ち度もないし,原告は,本件行為の時点で,是非弁別の能力を保っていたと考えられる。そして,前記1の認定事実のとおり,被告は,原告から事情聴取を行った上,全プリマ労組に対する意見聴聞の手続を経て,本件懲戒解雇を行ったものであり,その手続には何ら問題がなかったというべきである。

そうすると,本件懲戒解雇は,合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができないとはいえないから,権利濫用には該当せず,有効というべきである。

(2)アこれに対し,原告は,本件行為によって被告が被った損害額は,約6000円程度と僅少であるから,本件行為は譴責処分事由に当たるとしても,懲戒解雇事由には当たらない旨主張する。

しかし,前記(1)に説示のとおり,本件行為は,社員就業規則97条3号,6号及び8号に該当することは明らかであり,食肉の加工製造販売業という被告の業務内容にかんがみれば,職場の秩序に違反する程度は重大というべきであるから,仮に本件行為によって被告が被った損害額が約6000円程度であったとしても,その点をもって,本件行為が懲戒解雇事由に当たらないということはできない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。

イ(ア)原告は,原告が本件行為に至ったのは,被告従業員から受けた度重なるいじめによって平成4年に非定型精神病を発症し,その後悪化したこと,被告がいじめの存在を知りながらこれを防止する措置を講じなかったことによるものであるから,本件行為の責任が原告1人にあるとする本件懲戒解雇は過酷である旨主張する。

(イ)この点について,原告は,昭和60年ころから平成14年ころまで,上司や同僚からいじめを受けていた旨主張し,これに沿う原告の陳述書(甲13)の記載及び原告本人の供述があるが,客観的な裏付証拠はない。また,前記1の認定事実のとおり,原告は,平成4年に非定型精神病を発症し,同年4月30日入院し,同年8月18日に退院した後,平成9年12月15日まで非定型精神病の治療を受け,平成11年6月1日から平成12年9月8日まで精神安定剤を処方されていたものであり,しかも,原告は,平成5年6月1日に近畿食肉事業部明石販売課に異動した後,職場で気に入らないことがあると大声を出すことがあり,平成6年8月5日に近畿食肉事業部チェーンストア課に異動したものの,得意先の評判が悪かったため,対人折衝がない業務を担当することとなり,平成7年4月1日にフレッシュサプライ社に出向したが,その後も,対人関係がうまくゆかず,同僚らに食ってかかったり,物に当たったりすることがあったところ,その病状に被害念慮が含まれていたことに照らせば,原告の主張するいじめというのは原告の被害念慮によるものと考えることができるのであって,原告が記載した手帳のメモ(甲19,20)から直ちに原告の主張するようないじめがあったということもできない。そうすると,上記原告の陳述書の記載及び本人供述は,直ちに採用することができない。さらに,証人甲野花子は,原告から仕事の際に嫌がらせを受けたと聞いた旨証言するが,嫌がらせの内容について具体的に聞いていないと証言している(証人甲野花子・調書1頁)し,原告が足の親指に怪我をして帰ってきたことがあった旨証言するが,怪我の原因は原告から聞いたものであり,怪我をしているのを見たことがいじめられていると思った根拠である旨証言しているにすぎない(同調書7頁,15頁)から,上記証言をもって原告の主張するいじめ行為があったと認めることはできない。

したがって,原告の主張する上司や同僚からのいじめ行為があったと認めることはできず,そのようないじめ行為によって原告が非定型精神病を発症したと認めることもできないし,被告がいじめを防止する措置を怠ったということもできない。そうすると,原告の非定型精神病の発症について被告には何らの落ち度もないというべきである。そして,前記のとおり,原告は,平成4年に非定型精神病を発症し,同年4月30日から同年8月18日までの約4か月間にわたり入院していたのであるから,被告は,原告が非定型精神病に罹患していたことを認識していたと見るのが相当である。しかし,被告において,原告に治療を強制することは不可能であり,対人折衝のない業務に異動させたのも原告に対する配慮と考えることもできるから,原告が非定型精神病を発症した後の経過を見ても,被告に何らかの落ち度があったということはできない。

(ウ)次に,原告は,非定型精神病によって精神に異常を来して本件行為をしたものであり,故意に本件行為に及んだものではない旨主張する。

前記1の認定事実によれば,原告は,平成4年に非定型精神病を発症し,その病状は,落ち着かない,多弁,被害念慮とされていたところ,原告は,平成14年5月20日,本件行為の直前,茂田に意味不明な発言をしてドア,壁,製品を蹴ったというのであるし,その後,原告は,平成17年7月21日から同年8月11日まで医療法人敬天会星のクリニックを受診し,同月12日から同年11月14日まで,非定型精神病の病名で医療法人光愛会光愛病院に入院し,その後も光愛病院に通院して治療を継続しているから,本件行為の時点で原告が非定型精神病に罹患していたことは否定することができない。

しかし,原告の非定型精神病の病状についての医学的な資料は,医療法人サヂカム会三国丘病院の診療録に「病状:軽躁状態(落ち着かない,多弁,被害念慮)」と記載されていることを示す診断書(甲4)のみであり,本件全証拠によっても,非定型精神病に罹患した患者が,暴力行為に及ぶとか本件行為のように商品等を破損するなどの傾向があると認めるに足りる医学的根拠は見当たらない。また,前記のとおり,原告は,平成9年12月15日に医療法人サヂカム会三国丘病院での治療が終診となってから平成17年7月21日に医療法人敬天会星のクリニックを受診するまでの間,精神科を受診しておらず,平成14年の本件行為の前後における原告の精神状態を示す医学的な資料は存在しないから,光愛病院の医師作成の診断書(甲5)に「非定型精神病」「2001年5月18日の暴力行為,2002年5月20日のケース破損,商品の入り繰り,ケース持ち出しとも上記疾患の症状と考えられる。」と記載されているのは推測にすぎないというべきであり,同診断書(甲5)のみから直ちに,原告が本件行為に及んだのが非定型精神病の影響によるものと考えることはできない。

他方,前記1の認定事実のとおり,原告は,平成13年5月18日,丁木に対し,その胸部を手拳で殴打する暴行を加えたところ,同日,管理部長から事情聴取を受けた際,原告が持っていたモップが丁木運転のフォークリフトに挟まれてバラバラになったことについて文句を言ったところ相手にされなかったため腹を立てたのがきっかけである旨説明し,謝罪するつもりはない旨述べ,暴行の件に触れようとせず,丁木や職場の人間の批判を繰り返したものの,同年6月18日,人事部長らから事情聴取を受けた際,「こづいたのはまずいと前から反省している。喧嘩したらあかん。」などと述べ,責任の取り方について文書を提出するよう言われたため,同月23日,反省しているので寛大な処置を願う旨の文書(乙23)を作成して提出し,同年7月12日,人事部長らから,反省し2度としないこと,相手に謝罪し治療費を負担すること,再度同様のことをした場合,被告の判断に従うことを約束すれば出勤停止処分でとどめる旨告げられ,「暴力行為をおこしたことについて深く反省し,今後このようなことを2度と行なわないことを誓います。又,被害者に対して謝罪すると共に,治療費を直ちに全額支払います。今後再び会社の懲戒事項に該当する行為を行ったときは,処分について会社の判断に従います。」との誓約書(乙21)を作成して提出している。また,上記の暴行に関して,原告は,当時から現在まで,いかなる理由があっても暴力行為をすることが悪いことであると十分に認識している旨主張しており,本人尋問においても,暴行のきっかけや内容,その後の事情聴取の内容について明確に供述しており(原告本人・調書32~34頁),上記の暴行及びその後の処分までの当時の記憶は失われていないことがうかがわれる。そうすると,上記の暴行の時点で原告が非定型精神病に罹患していたことは否定することができないとしても,原告は,その時点で,是非弁別の能力を保っていたと見るのが相当である。

そして,前記1の認定事実のとおり,原告は,平成14年5月20日,フレッシュサプライ社の端末室の一部であるロッカー室で着替えをしていたところ,同僚の茂田が出入りしたのに対し,「着替え中に何で入るんだ。何で見てるんだ。」などと大声で述べた上,茂田に対し,「俺は大阪,お前は九州」「俺はど素人ではない」などと意味不明な発言をしてドア,壁,製品を蹴り,そのころ,仕分け中のチャックリブ(牛肩バラ肉)の入った発泡スチロール製の箱を手拳で殴り,5箱を破損させて使用できなくし,得意先別の発送準備としてパレットごとに仕分けされていた商品を入れ替えて仕分け作業を阻害し,チルド剥きタンを倉庫から無断で持ち出して近くの公園に放置している(本件行為)。本件行為の直前の経過や本件行為の内容について,原告本人は,ドアや壁を蹴った記憶はないとしてその点を否定しているものの,その余の点については明確に供述しており(原告本人・調書17~21頁,25~29頁),その当時の経緯に関する記憶は失われていない上,茂田が出入りした際,頭に来て,その後,本件行為に及んだ旨の供述については,そのような動機の説明は一応了解可能ということができる。また,証人甲野花子は,本件行為の直前のころまでに,原告が突然具合が悪くなって入院しなければならないとは思わなかった旨証言している(証人甲野花子・調書18頁)。さらに,前記1の認定事実のとおり,原告は,平成14年6月25日ころ,労働組合である管理職ユニオン・関西に加入し,同日,本件懲戒解雇を認めることはできず,管理職ユニオン・関西の組合員として身分・地位について交渉することを通告する旨を記載した通告書(甲10)を被告に送付した上,同年8月26日,管理職ユニオン・関西の丙山とともに被告関西支店を訪れ,再就職活動の便宜のため,離職票の具体的事情記載欄の「懲戒解雇」との記載を「一身上の都合による退職」との記載に書き換えることを求めたのであるから,管理職ユニオン・関西の丙山と意思疎通を図り,原告の意思を伝えることが可能な状態であったというべきである。そうすると,原告は,本件行為の時点で,是非弁別の能力を保っていたと見るのが相当である。

したがって,原告は,非定型精神病によって精神に異常を来して本件行為をしたのではなく,故意に本件行為に及んだものと認められる。

(エ)以上によれば,本件懲戒解雇が原告にとって過酷であるということはできず,原告の前記(ア)の主張は採用することができない。

ウ 原告は,本件懲戒解雇に当たって被告から事情聴取された当時も,非定型精神病の影響で多弁になりがちであり,事情聴取された時の原告の態度が真摯に対応しようとしているとは認められない極めて不当なものであったということはないし,全プリマ労組から事情聴取されたことはない旨主張する。

しかし,前記1の認定事実のとおり,原告が平成14年6月7日の事情聴取において了解可能な受け答えをしていることや,前記イの説示に照らせば,原告は,本件行為についての事情聴取の時点で,非定型精神病の影響で多弁であったとしても,是非弁別の能力を保っていたと見るのが相当である。そして,前記1の認定事実のとおり,被告は,原告から事情聴取を行った上,全プリマ労組に対する意見聴聞の手続を経て,本件懲戒解雇を行ったものであり,全プリマ労組は,被告からの意見聴聞を受けて,原告に事実確認を試みたが,原告が事実確認に応じようとしなかったため,原告の処分について,人事委員会の判断に委ねる旨を回答したのであるから,本件懲戒解雇の手続には何ら問題がなかったというべきである。そうすると,原告の上記主張は採用することができず,本件懲戒解雇が原告にとって過酷であり,社会通念上相当性を欠くということはできない。

3  争点②(退職金不支給の有効性の有無)について

(1)前提事実(2)アのとおり,被告の社員就業規則には,懲戒解雇された者に対しては退職金を支払わない旨が規定されていた。そして,前記2に説示のとおり,本件懲戒解雇は,権利濫用には該当せず,有効というべきである。

(2)これに対し,原告は,被告従業員によるいじめにより非定型精神病を患い,被告が原告に対するいじめ及び原告の病状を知りつつ,これを放置したために,本件行為に及んだものであるところ,本件行為によって生じた被告の損害が微少であることも考えれば,本件行為が原告の23年にもわたる勤続の功を抹消するほど著しく信義に反する行為であったとはいえないから,原告に対する退職金不支給は,権利濫用にも当たり,違法無効である旨主張する。

しかし,前記2(2)に説示のとおり,原告が,被告従業員によるいじめにより非定型精神病を患い,被告が原告に対するいじめ及び原告の病状を知りつつ,これを放置したために,本件行為に及んだとは認められない。そして,本件行為は,大事な商品の原材料の容器を破損し,被告の業務を阻害した上,商品を会社の外に持ち出すというものであるから,食肉の加工製造販売業という被告の業務内容にかんがみれば,職場の秩序に違反する程度は重大というべきであり,しかも,原告は,平成13年5月18日,丁木に対し,その胸部を手拳で殴打する暴行を加えて,同月23日付けで出勤停止処分を受けたのに,再度,本件行為に及んだものである。そうすると,本件行為は原告の勤続の功を抹消するに足りる著しく信義に反する行為であったといわざるを得ず,原告に対する退職金不支給が権利濫用に当たるということもできない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。

4  結論

以上によれば,原告の本件請求は,その余の点(争点③ないし⑤)について判断するまでもなく理由がないから,これを棄却することとして主文のとおり判決する。

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