大阪地方裁判所堺支部 平成20年(ワ)279号 判決 2010年2月23日
主文
1 被告は、原告X1に対し、金3万2284円及びうち金3万0448円に対する平成20年2月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を、原告X2に対し、金3万0893円及びうち金2万9136円に対する平成20年2月28日から支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを100分し、その93を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
【請求の趣旨】
1 被告は、原告X1に対し、金48万1796円及びうち金47万9960円に対する平成20年2月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を、原告X2に対し、金47万1205円及びうち金46万9448円に対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
【請求の趣旨に対する被告の答弁】
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第2事案の概要
本件は、被告の一般職職員(消防職)として隔日勤務を行っている原告らが、「一般職の職員の給与に関する条例」(平成19年12月21日改正以前のもの。以下同様とし、「本件給与条例」という。)及び「富田林市職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例」(以下「本件勤務時間等条例」という。)の各規定に従って、条例に定められた休日(国民の祝日に関する法律に規定する休日及び12月30日から翌年の1月4日までの日)と毎日勤務者(以下「日勤者」という。)の週休日(土曜日、日曜日)が重なった場合(ただし、日曜日については年末年始の日曜日に限る。)に、その日勤務した隔日勤務者(以下「隔勤者」という。)に対して支給されるべき平成16年1月3日から平成19年11月3日までの休日給及びこれに対する遅延損害金の一部が未払であり、また、被告消防長らに未払休日給の支給を求めた際、誠意ある回答を得られなかったばかりか、威圧的な言動により要求をあきらめるよう求められるなどの不法行為により精神的苦痛を被った旨主張して、被告に対し、原告X1について、本件給与条例に基づく未払給与17万9960円、既払休日給に係る確定遅延損害金1836円及び慰謝料30万円の合計48万1796円、並びに、うち上記未払給与及び慰謝料合計47万9960円に対する訴状送達の日の翌日である平成20年2月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払、原告X2について、本件給与条例に基づく未払給与16万9448円、既払休日給に係る確定遅延損害金1757円及び慰謝料30万円の合計47万1205円、並びに、うち上記未払給与及び慰謝料合計46万9448円に対する同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める事案である。
1 前提となる事実(証拠等を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)
(1) 原告らは、いずれも、昭和57年4月に被告の一般職職員(消防職)として採用された地方公務員であり、現在に至るまで被告の消防機関に勤務している。
原告らは、一般職隔勤者に該当し、その勤務サイクルは、24時間勤務の当務日と非番日をセットにして2、3回繰り返した後、2日間の週休日が与えられるというものである(原告X1本人・調書1頁)。
(2) 被告は、地方公務員法24条6項の規定に基づき、本件給与条例(〔証拠省略〕)及び本件勤務時間等条例(〔証拠省略〕)を定めている。
本件勤務時間等条例9条2項は、休日の定義について、「国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)に規定する休日及び12月30日から翌年の1月4日までの日(同法に規定する休日を除く。)をいう。」(〔証拠省略〕)と規定する(以下このように規定された休日を「条例上の休日」という。)。
被告は、平成15年末まで、条例上の休日が①土曜日あるいは②12月30日から翌年1月4日までの間の日曜日と重なった場合において、原告らを含む隔勤者の消防職員が当日勤務したときは、代休日を指定しないときでも休日給を支給していたが、平成16年1月から平成19年12月21日までの間、上記の条件に該当する休日給(以下「係争対象休日給」という。)を支給しなかった。
(3) 原告らは、平成20年2月15日、本件訴訟を提起し、その訴状は、同月27日、被告に送達された(記録上明らかな事実)。
(4)ア 原告らは、訴状において、その係争対象休日給に関し、未支給のものの支給対象日や金額等は、原告X1について別紙1のとおりであり(ただし、平成18年1月1日を支給対象日とする分について、時間当たりの単価は3806円、金額は3万0448円としていた。)、原告X2について別紙2のとおりである旨主張し、被告に対し、原告X1において合計45万4424円、原告X2において合計43万1960円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成20年2月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による各遅延損害金の支払を請求していた(記録上明らかな事実)。
イ ところが、被告は、平成20年4月16日、支給対象日を平成18年1月1日、同年2月11日、同年4月29日、同年9月23日、同年12月23日、同月30日、同月31日、平成19年5月5日及び同年11月3日とする未払休日給として、原告X1に対し27万4368円を、原告X2に対し26万2512円をそれぞれ弁済した。
ウ 被告に対する訴状送達の日の翌日である平成20年2月28日から上記弁済までの間、上記弁済に係る係争対象休日給については、次の(ア)及び(イ)の計算式(小数点以下切り捨て)のとおり遅延損害金が発生している。
(ア) 原告X1
27万4368円×5%×(49日÷366日)=1836円
(イ) 原告X2
26万2512円×5%×(49日÷366日)=1757円
エ 原告らは、被告の上記弁済を受け、平成20年10月1日の第4回弁論準備手続期日において、同日付け「訂正申立書」により平成18年1月1日の原告X1の休日給について、時間当たりの単価を3794円、金額を3万0352円と訂正するとともに、同日付け「請求の減縮申立書」により前記第1の【請求の趣旨】のとおり請求を減縮したが、その際、上記各遅延損害金をなお請求するものとした(記録上明らかな事実。以下、請求減縮後に原告らが請求している別紙1及び同2の平成16年1月3日から平成17年12月31日までの休日給を「本件休日給」という。)。
(5) 本件給与条例11条は、被告の一般職職員に対する給与の支給方法について、月の1日から末日までの期間につき給与の月額の全額を支給し、その支給日を毎月16日とすること、及びその日が休日、日曜日又は土曜日に当たるときは、その日前において、その日に最も近い休日、日曜日又は土曜日でない日を支給日とすることをそれぞれ定めている(〔証拠省略〕)。
この規定並びに別紙1及び同2の支給対象日に照らせば、本件休日給の支給日は、原告らに共通して、次のア~エのとおりとなる。
ア 平成16年2月16日(支給対象日同年1月3日及び4日)
イ 平成16年4月16日(支給対象日同年3月20日)
ウ 平成17年2月16日(支給対象日同年1月1日及び2日)
エ 平成18年1月16日(支給対象日平成17年12月31日)
2 争点
(1) 未払給与請求権に係る消滅時効の成否
(2) 被告の時効援用の要否及び債務承認による援用権喪失
(3) 消滅時効の主張が信義則違反又は権利の濫用に当たるか否か。
(4) 原告らに対する不法行為の成否
(5) 不法行為による損害の有無及び額
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(未払給与請求権に係る消滅時効の成否)について
【被告の主張】
ア 本件休日給に係る原告らの未払給与請求権(以下「本件休日給請求権」という。)は、最高裁判所が判断しているごとく、「公法上の債権」であるが、最高裁判所は、「地方公共団体の職員には、法律が特に適用を除外したものを除き、労働基準法の規定が原則として適用されると解せられ」「日直手当は、職員の時間外労働の対償たる性質を有するものであるから、労働基準法にいう賃金であると解すべきであり(労働基準法11条参照)、労働基準法115条は『この法律の規定による賃金、災害補償その他の請求権は、2年間これを行わない場合においては、時効によって消滅する。』と規定しているので、同法115条の規定は、前記地方自治法(昭和38年法律第99号による改正前のもの)233条において準用される会計法30条の『他の法律』の規定にあたるものといわなければならない」と判示している(最高裁判所昭和41年12月8日第一小法廷判決・民集20巻10号2059頁参照)。
本件休日給は労働基準法上の賃金であるところ、前記1の前提となる事実(以下「前提事実」という。)(5)の支給日に照らせば、本件休日給請求権は、原告らが本件訴訟を提起した時点で、既に2年の消滅時効期間を経過している。
イ 地方自治法236条2項は、「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利の時効による消滅については、法律に特別の定めがある場合を除くほか、時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができないものとする。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。」と定めている。
地方自治法236条2項が適用される本件休日給請求権は、被告において時効を援用するまでもなく、時効の完成により消滅したものというべきである。仮に、同項前段の「法律」に民法が含まれ、被告の時効援用を要するとしても、被告は、原告らに対し、平成20年4月9日の第1回口頭弁論期日において、上記消滅時効を援用するとの意思表示をした。
ウ 原告らの主張(被告の債務承認及び原告らの催告)に対する認否反論
(ア) 富田林市事務専決及び代決規程(平成20年3月27日規程第7号による改正前のもの<〔証拠省略〕>。以下「本件専決等規程」という。)6条及び別表7項(3)によれば、「条例の規定による報酬、給料、諸手当、退隠料及び扶助料並びに賃金の支出負担行為に関すること」は副市長の専決事項であると定められている。被告消防長は、支出負担行為に該当する本件休日給の支払債務(以下「本件債務」という。)の承認権限を有していないし、被告副市長が承認権限を黙示に消防長に委ねた事実もない。
また、消防長が有する任命権等の権限と、支出負担行為に関する権限は明確に区別されるべきであるし、消防長が休日手当を始めとする他の諸手当についても決定権限を有していたとはいえない。
(イ) 平成18年1月6日当時、大阪府下の各市町村の消防本部においては、条例解釈として当初から休日給を支給しないとの実務上の取扱いがなされ、被告においても係争対象休日給に係る予算は計上されていなかったのであるから、そうした実情を知っていたA(当時の被告消防本部<以下、特に他の消防本部であることを明示する場合を除き、単に「消防本部」という。>の次長兼署長。以下「A」という。)及びB(当時の消防本部の救急課長)は、本件債務の存在を認識していなかったのであり、両人の言動は、債務の承認に当たらない。
(ウ) 被告が、平成19年12月当時、C(当時の副理事兼消防総務課長。以下「C」という。)に対し、本件債務の承認権限を委譲又は委任した事実はない。同月21日にCがD(当時の消防本部の次長兼署長。以下「D」という。)に確認してから原告X1に返答した旨の原告らの主張は否認する。また、Cは、消防総務課長に就任した際、本件について特に事務の引継ぎを受けていなかったし、同月当時も、過去分の係争対象休日給の予算は計上されていなかったから、予算執行の対象となる本件債務の存在につき認識していなかった。したがって、同月21日及び27日におけるCの言動は、債務の承認に当たらないというべきである。
(エ) 原告らは、上記(ウ)のCとの話合いにおいて、何ら具体的な請求の意思表示をしていなかった。被告に対し催告した旨の原告らの主張は否認する。
【原告らの主張】
ア 平成18年1月6日の債務承認
(ア) 後記(イ)のような消防本部の長である消防長の債務承認権限を前提とすれば、被告は、平成18年1月6日、本件債務を承認したというべきであるから、本件休日給請求権の消滅時効は中断している。
すなわち、原告らは、同日、消防本部の署長室において、A及びBと交渉したが、その際、消防本部の次長兼署長であったAは、本件休日給の未払問題についてBに一任する旨を述べた。そして、消防本部の救急課長であり、事実上消防総務課長を兼任していたBは、原告らと交渉した際、「消防本部として、支給しないというふうに決定した。」「被告本庁人事課にも問い合わせたが、『消防サイドで決めてもらったらいい。』との返答であった。」「予算は取ってあるので、支給しようと思えば支給できたが、消防本部で支給しないと決定したので、それに従ってほしい。」などと述べて、本件債務の履行を拒絶した。上記Bの発言は、本来であれば支給されるべき本件休日給の存在を前提として、他の予算を流用してでも支給する案すら浮上していたことを示しているから、本件債務の存在を認める趣旨と解されるのであり、Aは、同席しつつ何らの発言もしなかったもので、上記発言を是認していた。そして、A及びBの言動は、消防本部としての対応であるから、消防長を代理して本件債務を承認したものというべきである。
(イ) 消防本部は、組織上の独自性から予算の執行について広範な裁量を有しているところ、本件債務のように日勤者と隔勤者との勤務形態の違いに端を発して履行が中止されたものについては、特に消防本部の裁量の幅は大きく、被告は本件休日給を支払うか否かを消防本部の長たる消防長の判断に事実上委ねていたものである。
すなわち、消防長は、地方公務員法6条に基づき、職員の任命、休職、免職及び懲戒等を行う権限を有する任命権者である。任命権者は、本件給与条例3条4項により、給料表の適用を受けるすべての職員の職務を各給料表の級のいずれかに格付けしなければならないこととされており、実際にも、消防職員に対する昇級通知は、消防長の名で交付されている(〔証拠省略〕)。このように、消防長は、消防職員の給与のうち、基本となるものとして支給される額の決定権限を有している。したがって、消防長は、給与に付随して支給される休日手当を始めとする諸手当(本件給与条例2条1項)についても、支給額を決定し、ひいてはその債務を承認する権限を有することが条例上予定されているといえる。このことは、手当の一つである勤勉手当について、任命権者が支給するとされていること(本件給与条例30条2項)からも裏付けられる。
また、消防職員の週休日を指定する権限を有するのは、任命権者たる消防長であり(本件勤務時間等条例4条)、代休日に勤務を命ずる権限を有するのも任命権者たる消防長である(本件勤務時間等条例9条の2第1項、2項)。本件債務は、これら消防長の権限が発動することによって生じるものであるから、本件債務の承認も消防長に権限がある。
さらに、消防本部は、被告機構において、総務部、産業環境部、まちづくり政策部等と並ぶ一つの部を構成しているが、被告市民の人命及び財産の救助・救済をその使命としており、消防職員のほとんどを占める消防吏員は、消火・予防・救急・救助に従事している。このような職務の特殊性から、消防職員は、被告本庁の一般事務職とは異なる独自の試験を経て採用され、採用後も消防本部以外の部に配置転換が行われることはまずない。そして、消防職員は、市長ではなく、消防長の任命等の人事権に服することとされ、消防長は、消防職員の任命権者として給与額決定権限等を有するものと定められている。このように、消防本部は、その職務の特殊性から、被告機構の中でも組織上の独自性が強い。
その上、消防本部は、予算の執行についても広範な裁量を認められている。すなわち、消防長は、本件専決等規程の別表6項に金額ごとに細かく権限分配されているとおり、比較的狭い裁量しか有しないが、その他の支出負担行為(裁判所注:普通地方公共団体の支出の原因となるべき契約その他の行為)については、別表7項に規定されているとおり、細かい権限分配がされておらず、同項(3)の「報酬、給料、諸手当、退隠料及び扶助料並びに賃金の支出負担行為」に関しては、一見一律に副市長が権限を独占しているように解されるものの、実際には形骸化しており、消防長にかなりの独自性が認められている。
加えて、消防職員の8割以上を占める消防吏員は隔勤者であるところ、被告本庁職員は、日勤者がほとんどを占めており消防本部との人材交流もないから、隔勤者の勤務形態の理解は容易ではない。被告本庁人事課は、かかる勤務形態に密接に関連する事柄を決定する際は、事実上消防本部の判断に委ねている。
以上のほか、具体的事情にかんがみても、本件債務の承認権限は、法令上、消防本部の長である消防長に与えられていたか、あるいは、業務遂行の過程について少なくとも黙示的に消防長の裁量に委ねられていたことが明らかである。
すなわち、Bは、原告らと交渉した際、前記(ア)のとおり述べたところ、消防長が裁量を委ねられ、係争対象休日給を支給しないと決定したのであれば、再度の支給決定に等しい本件債務の承認についても消防長が裁量を有していたというべきである。そして、本件債務の予算上の手当として超過勤務手当に係る予算を流用するほかないとの事情があったとしても、一般的には予算の流用について被告本庁の許可が必要であったとはいえ、本件債務については被告本庁から消防長の決定に委ねる指示があったと認められる。
そして、Aは、消防長に就任後の平成20年2月19日、原告X2と面談した際、本件休日給等の未払問題について、「とりあえず今回の問題を解決しないといけない。既に市へ話を進めている。もう走り出した以上は最後まで行くしかない。最終責任は俺にある。」「俺が決めないといけない。」と述べて、自己の決定権限を強調した。Aは、同年4月21日、係争対象休日給の未払問題に関する説明会が開催された際も、被告本庁人事課は消防職員のような隔勤者の特殊な勤務形態による例外的な取扱いについては十分理解できない旨を述べ、隔勤者である消防職員の取扱いは給与も含め消防長に委ねられている旨を示唆した。また、Aは、同日、本件債務について、平成16年1月から平成20年4月に至るまで消防本部が継続案件として認知し続けていたことを明らかにしており、この点も消防長の債務承認権限を裏付けている。原告らは、平成16年から断続的に、Aと本件債務に関して交渉を重ねてきたが、その過程で、Aが、消防長に債務承認権限がないと述べたことは一度もない。
したがって、消防長は、本件債務の承認権限を有しているものというべきである。
イ 平成19年12月21日及び同月27日の債務承認
(ア) 原告X1は、平成19年12月21日、当時の副理事兼消防総務課長であったCに対し、内線を通じて、「過去の未支給の休日給を支給してもらえませんか。」と述べて、本件債務の履行を求めた。すると、Cは、「次長兼署長(原告ら注:D)に確認したところ、今回の条例の一部改正により支給していくので、過去の分の支給は、予算取りも難しく不可能だ。よって、もうそれで納得してほしい。」旨を返答した。
(イ) 原告X2は、同月27日、Cに電話して、「今回払われるようになったんであれば、過去の分は当然清算するべきではないですか。」と述べて、原告X1の未払休日給を含む本件債務の履行を求めた。すると、Cは、「本来はその休日給が支給されるべきものであるだろう。」「でも、今回の改正から支給するので、過去分の予算取りは難しい。現状で予算取りする気はない。」と返答した。
(ウ) Cは、上記(ア)及び(イ)の当時、消防職員の給与に関する事項を担当する消防総務課の長として、本件債務の支払について責任を負う立場にあった。また、Cは、次長兼署長であったDに確認した上で返答していた。その上、Cは、本件債務を含め、本来予算を取るべき未払休日給が存在することを前提とした発言もしており、とりわけ同月27日には、「本来は支給されるべきもの」とまで述べたのであるから、その際、本件債務の存在を認識していた。加えて、Cは、同月21日の条例改正を機に再開された休日給の支給について、自身が同日以前の会議で提案し、実行に至ったことを認めているが、この提案はC自らが本件債務の存在を認識していなければ出てくるはずがない。したがって、Cは、その当時、消防長を代理して本件債務を承認したものというべきであるから、本件休日給請求権の消滅時効は中断している。
ウ 平成19年12月21日及び同月27日における催告
前記イのとおり、原告らは、平成19年12月21日及び同月27日、Cを通じて被告に対し、明示又は黙示に本件債務の履行を求めたものであり、これらは催告に当たる。また、前提事実(3)のとおり、原告らは、平成20年2月15日、本件訴訟を提起した。したがって、本件休日給請求権の消滅時効は中断している。
(2) 争点(2)(被告の時効援用の要否及び債務承認による援用権喪失)について
【原告らの主張】
ア 地方自治法236条2項は、地方公共団体を一方の当事者とする金銭債権について時効の援用を不要と定めているが、最高裁平成19年2月6日第三小法廷判決・民集61巻1号122頁における藤田宙靖裁判官補足意見は、公法上の債権について、事案の具体的な事情によっては、同条項の存在をもってしてもなお、「法律に特別の定めがある場合」に準じて時効の援用の必要を論じる余地があるとしている。
そこで検討するに、同条項が普通地方公共団体を一方の当事者とする金銭債権について時効の援用を不要とした趣旨は、上記権利については、その性質上、法令に従い適正かつ画一的にこれを処理することが、当該普通地方公共団体の事務処理上の便宜及び住民の平等的取扱いの理念に資することから、時効援用の制度を適用する必要がないという点にある。すなわち、同条項は、債務者側の必要性から認められているのである。
これに対し、時効完成後に債務者が債務の承認を行った場合、債務者が信義則に照らして時効援用権を喪失するとされたのは、債権者の信頼を保護する趣旨であって、考慮すべき要素が異なるのだから、時効完成後の債務承認について、時効援用の場合と異なる結論をとることは可能である。
また、本件休日給請求権のような労働債権は、住民一般について不特定に生じ得るものではなく、公務員という特定の身分を有する場合にのみ限定的に生じるものであるし、絶対的な弱者である労働者の保護について斟酌する必要もある。
文理上も、地方自治法236条3項は、時効の援用及び時効の利益の放棄を除く消滅時効の中断、停止その他の事項について適用すべき法律の規定がないときは民法の規定を準用すると定めているところ、時効完成後の債務承認は「その他の事項」に当たるということができる。
したがって、本件休日給請求権の時効消滅については、同条2項の「法律に特別の定め」がある場合に準じて、例外的に時効の援用を要するものというべきである。
イ 時効完成後の債務承認
(ア) 前記(1)の【原告らの主張】イ(ア)及び同(イ)の各事実は、同(ウ)で述べたとおり、Cが消防長を代理して本件債務を承認したものであるから、時効完成後の債務承認にも当たるというべきである。
(イ) Cは、平成20年2月4日、原告X2に対し、電話で、「休日給の件、とことん行く気か?」と切り出し、「お前らは、市の状況が分かっていない。何年か先には赤字になる。こんな時期にお前らのやっていることは、どうなると思う?」などと述べて、本件債務に関し交渉を求めた。また、Cは、同月6日、原告X2と面談し、「先日の件どうしてもやるのか。」などと述べて、本件債務の履行に関し交渉を求めた。
上記のとおり、Cは、原告X2に対し、自ら本件債務の件を持ち出し、被告の財政状況等を理由に履行に関する交渉を行っている。これは、Cを通じて被告消防長が本件債務の存在を認識しつつ、承認したものというべきである。
(ウ) 原告らは、平成20年2月19日、当時の消防長であるAから呼出しを受け、消防長室を訪れた。その際、Aは、原告らに対し、「今回の要求は署員としての権利であり誰からも否定されることではない。休日給は法令どおり支給されるべきもので、今、市の方へ話を進めている。」と述べた。
Aのいう「今回の要求」が、原告らによる、本件休日給を含む未払休日給の支給要求を指すことは明らかであるところ、Aは、何らの限定も付すことなく、未払休日給が法令どおり支給されるべきものと認めたのである。これは、Aが本件債務の存在を認識しつつ、承認したものというべきである。
(エ) 以上のとおり、被告は、消防長を通じて消滅時効の完成後に本件債務を承認している。したがって、信義則に照らし、被告は時効の援用権を喪失していたから、平成20年4月9日にした時効の援用は無効である。
【被告の主張】
前記(1)の【被告の主張】のとおり、本件債務には地方自治法236条2項が適用されるから、消滅時効の主張をする際、時効の援用を要しない。
一般的に、時効完成後の債務承認は、信義則上、時効の援用権を喪失させる効果をもつが、そもそも時効を援用しなくても時効の完成によって消滅時効の効果が発生する以上、時効完成後の債務承認に関する原告らの主張は失当である。
(3) 争点(3)(消滅時効の主張が信義則違反又は権利の濫用に当たるか否か。)について
【原告らの主張】
ア 地方自治法236条2項の趣旨は、前記(2)の【原告らの主張】アで述べたとおりである。そうすると、普通地方公共団体が、既に具体的な権利として発生している国民の重要な権利に関し、法令に違反してその行使を積極的に妨げるような一方的かつ統一的な取扱いをし、その行使を著しく困難にさせた結果、これを消滅時効にかからせたという極めて例外的な場合においては、当該地方公共団体に事務処理上の便宜を与える基礎を欠くといわざるを得ず、また、その時効の主張を許さないこととしても、国民の平等的取扱いの理念に反するとは解されないし、その事務処理に格別の支障を与えるとも考え難い。
イ 休日給は、原告らが受け取る諸手当の中でも大きい割合を占めていたところ、被告が条例によって支給を定めたものであるにもかかわらず、被告は、平成16年1月以降、何ら正当な理由なく突然に係争対象休日給の支給を中止した。しかも、被告は、かかる事実を平成19年12月21日の条例改正に至るまで消防職員に周知させることなく隠蔽し、原告らの権利行使の機会を大きく妨害した。
また、被告は、平成17年秋に本件を知った原告らが交渉を求めた際も、担当者において不誠実な対応に終始し、あからさまに職そのものを引き合いに出す脅迫的・威圧的言動をもって、原告らの権利行使を断念させようとした。
さらに、平成19年になって、条例改正をきっかけに未支給の休日給の存在が全消防職員の知るところとなるなどし、原告らが被告との再度の交渉について希望を抱いたときも、Cは、「市民を泣かせるな。」「そんな考えでは公務員はできない。他の仕事を探した方がいいぞ。」などと、職そのものを引き合いに出す発言をして、原告らの権利行使を妨害した。
ウ 被告は、係争対象休日給の未支給問題を放置し、これによって解決が遅れたことから、原告らは、消滅時効が完成するという状況に陥ったのである。市民に対して範を示すべき地方公共団体が、自らの過失によって生じさせた債務について、開き直るかのように消滅時効の主張をすることは、極めて不誠実であり、また、他の地方自治体において係争対象休日給を支払わない運用がなされていたことは、被告の行為を何ら正当化しない。
したがって、地方自治法236条2項の存在を考慮しても、被告による消滅時効の主張は、信義則に反し、又は権利の濫用として許されない。
【被告の主張】
原告らの主張はいずれも争う。被告は、本件給与条例及び本件勤務時間等条例を解釈するに当たり、幾つかの近隣消防本部に照会するなどした結果、いずれの本部も支払っていないとの回答を得ていたため、支払わないとの解釈のもとに事務処理を行っていたものである。この処理は何ら不当ではない。
原告らは、被告とは条例解釈に関し見解を異にしていたが、平成18年1月6日に至るまで、繰り返し休日給の支給についての申立てを行っていたもので、当時、原告らは自由に責任追及が可能な環境にあった。そうすると、被告が原告らによる本件休日給請求権の行使を著しく困難にさせたとの事情はなく、原告らは、その時点で容易に訴訟提起等をすることができたのに、そうした行為に出なかったにすぎない。
(4) 争点(4)(原告らに対する不法行為の成否)について
【原告らの主張】
ア 不誠実な対応
原告らは、本件休日給を含む未払休日給の支給を求めて、平成18年1月6日、平成19年12月21日、同月27日、平成20年2月4日、同月6日及び同月19日の計6回にわたり、被告との交渉を余儀なくされた。これは、被告担当者であるA、B及びCが、条例上認められることの明らかな未払休日給の支給を理由もなく拒絶し、原告らの請求に誠実に対応しなかったことが原因である。原告らは、本来必要となる程度をはるかに超えた時間及び労力を交渉に費やすことになり、多大な精神的苦痛を受けた。
イ 侮辱的・威圧的言動
(ア) Bは、平成18年1月6日、原告らに対し、「消防本部として、支給しないというふうに決定した。」と高飛車な、傲慢な感じの口調で上から圧力をかけるように述べ、面と向かって「それが嫌なら辞めてもらわなしゃあないな。」と発言した。Bは、当然の権利を主張したにすぎない原告らが、あたかも無理難題を要求しているような態度を取り、職そのものを引き合いにするという威圧的手段をもって、原告らの追及を阻止しようとした。
原告らは、辞職をほのめかされて強いショックを受けた上、条例上当然認められるはずの権利も消防本部では軽んじられ、封じられたと感じるとともに、辞職をほのめかされた以上、本件について交渉を続けることも、訴訟を提起することもできないと考えるに至り、多大な精神的苦痛を被った。
(イ) 原告らは、平成20年2月4日、被告職員の勤務条件や人事に関する処分について審査を行う機関である公平委員会に相談に行った。同日夕方、原告X2の携帯電話に、Cから至急電話をもらいたい旨のメッセージが入ったことから、原告X2は、自宅からCに電話をかけた。
Cは、その通話中、「お前らは、組織を潰す気か?」「お前らは、市の状況が分かっていない。何年か先には赤字になる。こんな時期にお前らのやっていることは、どうなると思う?」「市民を悲しませるな!」などと感情的に大きな声で怒鳴り、威圧するような口調をもって、原告らにあたかも被告の根幹を揺るがしかねないほどの非があるかのような発言をした。また、Cは、原告らがCと比較して何らの努力もせずじまいであるかのような、そればかりかCの努力を無に帰すような有害な行動を取っているかのような侮辱的な発言や、原告らが理由のないクレームばかりつけて業務をおろそかにしているかのような屈辱的な発言をした。さらに、Cは、「だから仕事して責務を果たして条例に基づいて給料をもらっているのです。」と述べた原告X2に対し、「そんな考えで公務員はできない!他の仕事を考えた方がいい。」と怒鳴り、原告らに公務員たるべき資格がないかのような発言をし、辞職をほのめかした。その上、Cは、「お前らは良いところ取りしかしていない。正月手当返せ!」と叫んで原告X2が給料泥棒であるかのような発言をし、「お前らは金が欲しいだけ」などと言って侮辱した。
(ウ) Cは、平成20年2月6日、原告X2と消防本部・太子分署の団長室で会話した際、室外の者に聞こえないように声を潜めつつも、時折語気荒く、「市民を悲しませるな。」などと述べ、原告らが理不尽な要求をすることで、消防本部のみならず被告全体を危険に陥れているかのごとき発言をした。また、Cは、原告X2に対し、「お前給料泥棒やないか。」「給料泥棒やないか。もらったらいけないものをもらっているんだから、給料泥棒や。」「本来はもらってはいけないもんだから、給料泥棒や。お金返せ。」と暴言を吐いた。
(エ) 消防職員であっても、上司は緊急時以外には部下を「お前」と呼んだりはしないし、そもそもいかなる職場環境のもとであっても、威圧的・侮辱的な言動を行い、合理的な理由なく辞職をほのめかすことは許されない。上記(ア)~(ウ)におけるB及びCの言動は、原告らの消防職員としての自負を大いに傷つけ、多大な精神的苦痛を与えた。
ウ 被告担当者がその職務中、違法な行為によって原告らに精神的な損害を与えたのであるから、被告は損害賠償責任を負う。
【被告の主張】
本件に関する被告の対応並びにB及びCの言動が不法行為に当たる旨の原告らの主張は争う。被告は、他の市町村と同様に、当初から係争対象休日給を支給しないとの条例解釈を正当だと認識していたのであり、異なる認識のもとに本件休日給等の支給を求めてきた原告らと話合いが複数回重ねられたとしても、不誠実と評価することはできない。また、B及びCは、当時の被告の財政状況から、市民に対しこれ以上の負担をかけることはできないとして、過去に遡って休日給を支払うことを拒否したほか、他市も被告とかけ離れた条例解釈をしているわけではない旨の回答をしたことはあるが、原告らの主張するような威圧的言動をしたことはない。あくまで、職場における日常的な上司、部下の関係を前提とした会話を行っていた。
平成18年1月6日の件をみても、原告らは、事前の面談予約等もなく、突然消防本部を訪れるなどしたことから、そうした非常識な言動への対応として、上司の立場から若干厳しい口調をもって接した程度である。
平成20年2月4日の件についても、Cは、原告X2との質疑応答の中で、多少激した発言をしたとはいえ、その内容は、侮辱的又は威圧的なものではなかった。原告X2を「お前」と呼んだ点も、職場の雰囲気や日常使用されている言葉を斟酌し、前後の文脈を踏まえれば、何らその尊厳を傷つけるものではない。
原告らは、上司から辞職を勧奨されたり、強要されたりしたことはなく、「辞めてもらわなしゃあないな。」あるいは「ほかの仕事を探した方がいいぞ。」といった被告担当者の発言は、社会通念上、受忍限度内のものである。
(5) 争点(5)(不法行為による損害の有無及び額)について〔中略〕
第3当裁判所の判断
1 認定事実
前提事実、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 被告における条例等の規定について
ア 本件給与条例(〔証拠省略〕)には、次の(ア)~(エ)の定めがある。
(ア) 任命権者は給料表の適用を受けるすべての職員の職務を各給料表の級のいずれかに格付けしなければならない。[3条4項]
(イ) 職員には正規の勤務日が休日に当たっても正規の給与を支給する。[23条1項]
(ウ) 休日において正規の勤務時間中に勤務することを命ぜられた職員には正規の勤務時間中に勤務した全時間に対して勤務1時間につき第28条に規定する勤務1時間当たりの給与額に100分の135を乗じて得た額を休日給として支給する。ただし、正規の勤務時間を超えて勤務しても休日給は支給しない。[23条2項]
(エ) 前2項において、「休日」とは、勤務時間条例第9条第2項に規定する日、同条例第4条の規定に基づき毎週日曜日を週休日と定められている職員以外にあっては、当該休日が同条の規定に基づく週休日に当たるときは、市長が定める日又は同条例第9条の2第1項の規定により代休日を指定され、当該休日に割り振られた勤務時間の全部を勤務した職員にあっては、当該休日に代わる代休日をいう。[23条3項]
イ 本件勤務時間等条例(〔証拠省略〕)には、次の(ア)~(エ)の定めがある。
(ア) 任命権者は、職員に前条の規定による週休日において特に勤務することを命ずる必要がある場合には、規則の定めるところにより、同条の規定により勤務時間が割り振られた日(以下「勤務日」という。)のうち規則で定める期間内にある勤務日を週休日に変更して当該勤務日に割り振られた勤務時間を当該勤務することを命ずる必要がある日に割り振り、又は当該期間内にある勤務日の勤務時間のうち半日勤務時間(通常の勤務日の勤務時間の2分の1に相当する勤務時間として規則で定める勤務時間をいう。以下同じ。)を当該勤務日に割り振ることをやめて当該半日勤務時間を当該勤務することを命ずる必要がある日に割り振ることができる。[4条]
(イ) 職員は、休日には特に勤務を命ぜられない限り、正規の勤務時間中においても勤務することを要しない。[9条1項]
(ウ) 前項の休日とは、国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)に規定する休日及び12月30日から翌年の1月4日までの日(同法に規定する休日を除く。)をいう。[9条2項]
(エ) 任命権者は、職員に前条第2項に規定する休日(以下この項において「休日」と総称する。)である第3条及び第4条の規定により勤務時間が割り振られた日(以下この項において「勤務日等」という。)に割り振られた勤務時間の全部(次項において「休日の全勤務時間」という。)について特に勤務することを命じた場合には、規則の定めるところにより、当該休日前に、当該休日に代わる日(次項において「代休日」という。)として、当該休日後の勤務日等(休日を除く。)を指定することができる。[9条の2第1項]
ウ 「富田林市職員の勤務時間、休憩時間等に関する規則」(〔証拠省略〕。以下「本件勤務時間等規則」という。)7条には、「条例第9条の2第1項の規定に基づく代休日(同項に規定する代休日をいう。)の指定は、勤務することを命じた休日(同項に規定する休日をいう。)を起算日とする8週間後の日までの期間内について行わなければならない。」との定めがある。
エ 本件専決等規程(〔証拠省略〕)は、専決について、「市長が、その責任においてその権限に属する事務のうち、この規程によって定められた範囲に属する事務について市長の在、不在を問わず常時専決者に決済させることをいう。」(3条1項2号)と定義し、「この規程に基づいてなされた専決及び代決は、市長の決裁と同一の効力を有するものとする。」(4条)と定めている。また、同規程6条は、副市長の専決事項について、同規程8条は、室長、課長及び保育園長の専決事項について、それぞれ定めているところ、被告の支出負担行為のうち「条例の規定による報酬、給料、諸手当、退隠料及び扶助料並びに賃金の支出負担行為に関すること」は副市長の専決事項と定められ、被告の支出命令(裁判所注:普通地方公共団体の長が会計管理者に対し政令で定めるところにより支出を命令すること)は室長、課長及び保育園長の専決事項と定められている。
(2) 権限関係について
ア 消防本部において、地方公務員法6条にいう任命権者に当たるのは、消防長である。被告消防職員の人事又は給与に関する発令は、消防長名で行う(証人A・調書7頁)。消防本部の消防長は被告本庁の部長に、司令長及び副理事は被告本庁の次長級に、消防総務課長等の課長は被告本庁の課長に相当する(〔証拠省略〕)。
イ 消防総務課は、消防職員の人事管理、消防本部の予算執行、庁舎管理、消防団に関する事務等を担当する部署である(〔証拠省略〕)。
ウ 被告本庁の人事課長Eは、平成19年12月22日付け「『年休の繰越し、年末年始の特殊勤務手当等』について」と題する各所属長あての事務連絡を作成・配布したが、同事務連絡の「5.休日給について」には、「国民の祝日に関する法律に規定する休日及び年末年始の休日に勤務を命じ、代休処理をしない場合は、時間外勤務手当ではなく休日給になります。休日給が予算措置されていない所属において、休日給の支払いが見込まれるときには事前に科目新設を行財政管理課まで連絡してください。」と記載されていた(〔証拠省略〕)。
また、Eは、平成20年9月、「休日給の支給額についての説明」と題する書面を作成し、平成18年1月1日の休日給の算定理由について、原告X1からの問い合わせに対し回答した(〔証拠省略〕)。
(3) 原告らとB及びCらとのやりとり等について
ア 原告X1は、平成17年秋、同僚の出退勤の管理を担当することになり、被告本庁総務課から説明を受けたが、その際、係争対象休日給は支給しないので、集計から除外してコンピューター入力するよう指導された。
イ 原告X1は、上記の処理に疑問を抱き、原告X2と相談の上、同年11月ころ、両名で消防総務課に係争対象休日給の支給について問い合わせたところ、同課長のFから、支給しないことになった旨回答を受けた。そこで、原告らは、この件について被告本庁人事課に問い合わせたところ、「そういうことは消防本部の総務課に聞いてください。」との回答を受けた。
ウ 原告らは、平成18年1月6日午後、消防本部・消防署の署長室において、次長兼消防署長であったA、及び消防総務課長が空席のため事実上同課を統括していた救急課長のBと面談した。
Aは、原告らに対し、係争対象休日給の件については担当者であるBに任せている旨述べ、Bと話をするよう促した。
Bは、原告らに対し、日勤者に支給されていない係争対象休日給は、隔勤者にも支給されない旨、近隣消防本部に問い合わせたところ、支給していない消防本部が何市かあって今後は支給しない方向にある旨、オンブズマンに叩かれると困る旨、被告本庁人事課に問い合わせたが消防サイドで決めてもらったらいいとの回答であった旨、及び予算は取ってあるので支給しようと思えばできるが、消防本部として係争対象休日給は支給しないと決定したので、それに従ってほしい旨述べたほか、その措置に納得できなければ辞めてもらう以外には方法がない旨を述べた。しかし、その後、Bや原告らの上司において、原告らに対し、具体的に辞職を促すような言動をしたことはなかった。
エ 原告らは、平成19年秋、インターネットを通じて、山形市でも係争対象休日給の未払と同様の問題が提起されていることを知った。また、同年12月ころ、本件給与条例の改正が決まり、被告一般職職員の年末年始の休日給が出なくなり、地域手当が減額されることとなったが、それを機に、係争対象休日給が平成16年1月以降支給されていなかったことが、被告消防職員の間に知れ渡った。そこで、原告らは、当時副理事兼消防総務課長の地位にあったCに対し、本件休日給等の支給について尋ねることにした。
原告X1は、平成19年12月21日午後、当時勤務していた金剛分署から、内線を通じ、消防総務課のCに対し、本件休日給を含む過去の休日給を支給するよう求めた。Cは、「個人的には支給してやりたいというのは思っているが、現実、予算取りも難しく、それは不可能だ。」「よって、もうそれで納得してほしい。」などと述べ、過去の係争対象休日給の支給はできないとした。
また、原告X2は、同月27日、Cの自宅に電話し、「今回払われるようになったんであれば、過去の分は当然清算するべきではないですか。」と尋ねた。Cは、「予算取りはしていない。よって出せない。また、予算取りを今後する気もない。」「本来は支給されるべきものであるだろう。」「過去分の予算取りは難しい。現状で予算取りする気はない。」などと述べ、過去の係争対象休日給の支給はできないとした。
オ 原告らは、被告公平委員会に措置要求を行うことを決意し、平成20年2月4日、同委員会に相談に行った。同日夕方、原告X2は、Cから、消防本部にいるので至急電話してほしい旨連絡を受けたため、同日午後7時前ころ、自宅から消防総務課へ電話し、Cと30分程度話をした。
Cは、その際、原告X2に対し、「お前らは、組織を潰す気か?」「お前らは、市の状況が分かっていない。何年か先には赤字になる。こんな時期にお前らのやっていることは、どうなると思う?」「今は、市も市民も苦しい。市民を悲しませるな!」「お前らは一点しか見えていない。お前らは、こんな問題だけ考えて仕事しているだろうが、本部の者は毎日忙しくしている。」「そんな考えでは公務員はできない! 他の仕事を考えた方がいい。」「お前らは良いところ取りしかしていない。正月手当返せ!」「改正しないといけない条例を、条例改正しないまま来た!だから返せ!」「お前らは金が欲しいだけ。」などと述べた。
カ また、原告X2は、平成20年2月6日、被告消防署・太子分署において勤務していたところ、Cが訪れ、話がある旨告げられたことから、同日午後2時30分ころから午後3時ころまでの間、2階団長室において、Cと二人で話をした。その際、両者は、室外に漏れないよう声を潜めた。
Cは、その際、原告X2に対し、「先日の件どうしてもやるのか。」「この問題が大きくなるとすべて信頼がなくなる。」「消防の信頼がなくなる。役所からも市民からもいろいろなところから信頼を失うことになる。そうなると消防は立ち直れない。市民のためにならない。」「これからは休日給が支給されるように俺が話を進めて支給されるようになったが、そんなことをして問題が大きくなるとまた支給されなくなるかもしれない。損をするかもしれない。」などと述べた。
キ 原告らは、本件訴訟を提起後の同月19日、当時消防長であったAから呼出しを受け、消防本部の消防長室に赴いた。
原告らは、同日午前10時30分ころから約1時間、同所においてAと面談したが、その際、Aは、「今回の要求は署員としての権利であり誰からも否定されることではない。休日給は法令どおり支給されるべきもので、今、市の方へ話を進めている。」「とりあえず今回の問題を解決しないといけない。既に市へ話を進めている。もう走り出した以上は最後まで行くしかない。最終責任は俺にある。」「俺が決めないといけない。」などと述べた。
2 争点(1)(未払給与請求権に係る消滅時効の成否)について
(1) 時効消滅期間及び民法の準用について
本件休日給請求権は、地方公共団体に対する公法上の金銭債権であるが、普通地方公共団体の職員の休日手当は、職員の時間外労働の対償として支払われるものであるから、労働基準法(以下「労基法」という。)にいう賃金に当たる。また、労基法115条は賃金請求権の時効消滅期間を2年と定めているところ、地方公務員法58条2項及び3項が労基法115条の適用を排除しておらず、労基法は地方自治法236条1項にいう「他の法律」に該当すると解されるから、本件休日給請求権の時効消滅期間も2年というべきである。
そして、本件休日給請求権に対して地方自治法236条3項が適用される結果、債務の承認及び催告という時効中断事由に関しては、民法の規定が準用される。
(2) 本件債務承認が問題となる日
本件休日給の支給日は、前提事実(5)のとおりであるので、個々の休日給請求権は、これに対応して、次のア~エの各期間の経過をもって消滅時効が完成する。
ア 平成18年2月16日(平成16年2月16日支給分)
イ 平成18年4月16日(平成16年4月16日支給分)
ウ 平成19年2月16日(平成17年2月16日支給分)
エ 平成20年1月16日(平成18年1月16日支給分)
原告らは、被告が本件債務を承認したとする日について、平成18年1月6日(以下「候補日①」ともいう。)、平成19年12月21日、同月27日(以下この両日を「候補日②」ともいう。)、平成20年2月4日、同月6日及び同月19日(以下この3日を「候補日③」ともいう。)を挙げるが、時効中断事由として問題となるのは、候補日①及び②のみである。すなわち、上記ア~ウに関し、候補日①及び②で共に債務承認がない限り、消滅時効が完成する(候補日①の債務承認だけでは、候補日③より前に2年を経過する。)一方、候補日①及び②で共に債務承認があれば、更に2年を経過する前に本件訴状が被告に到達している以上、候補日③を問題にする必要がない。また、上記エに関しても、候補日③より前に2年を経過する一方、候補日①は支給日の前であるから、結局候補日②の債務承認だけが問題となる。
(3) 債務承認権限の帰属
ア 時効の中断の効力を生ずることになる債務の承認(民法147条3号)をするには、相手方の権利についての処分につき行為能力又は権限があることを要しない(同法156条)が、同条の反対解釈により、少なくとも管理の能力と権限は必要と解される。
イ これを本件についてみるに、本件専決等規程(〔証拠省略〕)は、前記認定事実のとおり、被告の支出負担行為のうち、「条例の規定による報酬、給料、諸手当、退隠料及び扶助料並びに賃金の支出負担行為に関すること」を副市長の専決事項と定めており、当該事項に関する副市長の専決は市長の決裁と同一の効力を有する。本件休日給を含む過去の休日給の支給決定は、諸手当の支出負担行為に関することであるから、副市長の専決事項というべきであり、休日給の支給に関する債務の承認も、これに準じて副市長の専決事項になると解される。
消防長は、被告消防職員の人事権を有し、給与に関する発令を行うものの、その地位は被告本庁の部長に相当し、副市長と同一の権限を有するわけではない。また、副市長が消防長に対し諸手当の支出負担行為に関する権限を委譲ないし委任した規定の存在もうかがわれない。さらに、前記認定事実に照らせば、被告の制度上、被告消防職員の給与に関する事柄は、被告本庁(人事課や行財政管理課)が取り扱っており、消防本部は関与していなかったものと推認されるから、消防長に消防職員に対する給与債務を承認する一般的な権限があったと認めることはできない。
ウ この点、原告らは、消防本部の組織の独自性・独立性や、消防本部内で消防職員の勤務状況に対応した休日給の支給を認めるべき必要性、消防長を務めていたAの言動、被告本庁人事課の対応等を根拠に、過去分も含め、消防職員に対する休日給の支給を決定する権限が、副市長から消防長に黙示に委譲ないし委任された旨主張し、これに沿う原告らの陳述書の記載及び本人供述(〔証拠省略〕)がある。
しかし、本件専決等規程自体、市長の権限に属する事務の執行について、明確な責任のもとに合理的かつ能率的に事務の処理を図ることを目的として(本件専決等規程1条)、事務ごとの権限分配を定めたいわば例外的な規則であって、更にその分配を変更する権限の委譲ないし委任は、本件専決等規程5条3号の「行政組織に関すること」又は同条30号の「前各号に準ずる重要又は異例と認めるもの」に該当し、被告市長の決裁を要するというべきである。しかるに、本件において、消防職員に対する休日給の支給決定権を消防長に委譲ないし委任する旨の市長の決裁が行われたとの事情はうかがわれない。加えて、消防本部が予算の流用を自由に行えるわけではないことも考慮すると、市長の上記決裁を不要とするだけの特段の事情が存在すると認めることはできない。したがって、原告らの主張は採用することができない。
本件において、消防長は過去の休日給の支給を決定する権限を有しておらず、ひいては本件債務の承認権限もなかったというべきである。そうすると、司令長、副理事、消防本部の課長等、消防長よりも下位の役職にある者にも、本件債務の承認権限は認められない。
(4) 債務承認行為の有無
消防長以下、消防本部に所属する者には本件債務の承認権限がないのであるから、行為者の個別の言動や本件債務の存在に係る認識について検討するまでもなく、平成18年1月6日において、A及びBは本件債務の承認をしていないし、平成19年12月21日及び同月27日において、Cは本件債務の承認をしていない。
(5) 催告の有無
以上のとおり、被告が本件債務を承認したと認めることはできないが、本件休日給のうち、平成18年1月16日を支給日とする分については、民法153条に照らし、原告らが平成20年2月15日に本件訴訟を提起していることから、候補日②における催告の有無についてなお判断が必要である。
そこで検討するに、催告は、債権者が債務者に対して債務の履行を請求する意思を通知することであり、その性質は準法律行為であるから、当事者において時効中断の効果の発生を知ることを要しない。また、催告は、民法97条により被告に到達することによってその効力を生じるが、ここでいう到達とは、被告代表者である市長や同人から受領権限を付与されていた者によって受領されあるいは了知されることまで要するものではなく、催告が被告のいわゆる勢力範囲(支配圏)内に置かれれば足りる(最高裁判所昭和36年4月20日第一小法廷判決・民集15巻4号774頁参照)。
前記認定事実のとおり、原告X1は、平成19年12月21日、Cに対し本件休日給を含む過去の休日給を支給するよう求めているが、これは、本件債務の履行を請求する意思を通知したものと認められる。また、原告X2は、同月27日、Cに対し過去の休日給についても清算すべきと述べているところ、これも、黙示に、本件債務の履行を請求する意思を通知したものと認められる。そして、Cが当時消防職員の人事管理や消防本部の予算執行等を担当する消防総務課の長であったことや、原告らにおいて係争対象休日給が支給されなくなった件について被告本庁人事課に問い合わせたところ、消防総務課に尋ねてもらいたい旨の回答を受けたこと等を考慮すれば、原告らがCに対し本件債務の履行を請求する意思を通知したことをもって、催告が被告の勢力範囲内に置かれたというべきである。この点、同月27日のCは勤務時間外に原告X2に応対していたものとみられるが、前記認定事実のとおりのCの地位や原告X2への応対状況にかんがみると、上記の結論を左右する事情には当たらない。
したがって、原告X1は、平成19年12月21日、原告X2は、同月27日、それぞれ被告に対し、本件休日給の支給を催告したと認められる。
3 争点(2)(被告の時効援用の要否及び債務承認による援用権喪失)について
(1) 地方自治法236条2項は、普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについては、法律に特別の定めがある場合を除くほか、時効の消滅に関し時効の援用を要しないものと規定する。地方公共団体に対する給与債権はこれに当たり、また、地方公共団体の運営に公務員が必須であることにかんがみれば、立法者が給与債権の存在を考慮せずにこのような規定を置いたとは到底考えられない。そうすると、本件休日給請求権に対しても、同条項の適用があるものというべきである。
(2) ところで、債務者が消滅時効の完成後に、債権者に対し債務の承認をしたときは、時効完成の事実を知らなかったときでも、時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり、相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろうことから、信義則に照らし、債務者に時効の援用を認めることはできないとされている(最高裁判所昭和41年4月20日大法廷判決・民集20巻4号702頁参照)。
しかし、前記(1)のように本件休日給請求権の消滅時効に関し時効の援用は不要であるから、相手方において被告が時効の援用をしない趣旨であると考えるというのは不合理であって、そのような不合理な期待があったとしてもこれを保護する必要はないというべきである。したがって、前記2の認定説示によれば候補日②又は③において被告が本件債務を承認したと認められないことを置くとしても、被告が本件休日給の援用権を喪失したということはできない。
この点、原告らは、最高裁判所平成19年2月6日第三小法廷判決の藤田宙靖裁判官補足意見を引いた上、本件は法律に特別の定めがある場合に準じて時効の援用が必要な場合に当たると主張するが、同補足意見は、上記判決の事案を踏まえたものであって、事案を異にする本件に適切でなく、原告らの上記主張は採用することができない。
また、原告らは、時効完成後の債務承認は地方自治法236条3項の「その他の事項」に当たるということができるから、同条2項の適用を受けない旨主張する。しかし、時効完成後の債務承認による援用権の喪失というのは、消滅時効に関し時効の援用が必要であることが論理的な前提となっている上、同条3項の「その他の事項」は同条2項に規定する事項を除くことが明示されているのであるから、「その他の事項」に当たるから同条2項の適用を受けないという解釈は文理上不合理というほかないし、原告らの主張するように時効完成後の債務承認による援用権の喪失を肯定するとすれば、普通地方公共団体に対する金銭給付を目的とする権利について、法令に従い適正かつ画一的に処理するという同条2項の趣旨を没却する結果となるから相当でないというべきである。原告らの上記主張は採用することができない。
(3) したがって、被告の時効援用権喪失を論じる余地はないのであって、被告があえて時効を援用しなくとも、平成18年1月16日を支給日とする分を除いて、本件休日給請求権の消滅時効の完成をもってその効果が発生する。
4 争点(3)(消滅時効の主張が信義則違反又は権利の濫用に当たるか否か。)について
(1) 原告らは、普通地方公共団体が、既に具体的な権利として発生している国民の重要な権利に関し、法令に違反してその行使を積極的に妨げるような一方的かつ統一的な取扱いをし、その行使を著しく困難にさせた結果、これを消滅時効にかからせたという極めて例外的な場合においては、その時効の主張は、信義則に反し、又は権利の濫用として許されないとした上、本件において、被告は原告らの条例上の根拠に基づく権利行使を大きく妨害したから、消滅時効の主張が許されない場合に当たる旨主張する。
(2) そこで、本件休日給について検討するに、前提事実のとおり、本件で問題となっているのは、条例上の休日が①土曜日あるいは②12月30日から翌年1月4日までの日曜日と重なった場合に、隔勤者である被告消防職員が当日勤務した際の休日給、すなわち係争対象休日給の処理についてである。
本件給与条例、本件勤務時間等条例及び本件勤務時間等規則の規定の文言上は、任命権者すなわち消防長によって指定された代休日が休日給の支給対象日と読めるが、条例上の休日である勤務日から8週間以内に代休日が指定されなければ、当該勤務日がなお休日たる性質を失わないと解することは可能といえる。他方で、このような代休日の指定が認められている趣旨は、土曜日及び日曜日を週休日とする日勤者との休日数の均衡を保つためであると解され、そうであれば、条例上の休日が①土曜日あるいは②12月31日から翌年1月4日までの日曜日と重なった場合は、日勤者において休日数が増加しないことにかんがみ、代休日の指定を不要とし、ひいては条例上の休日の勤務に対して休日給を支給しない措置をとることも、条例の解釈上可能と考えられる。
このように、条例の形式的解釈という観点からは、係争対象休日給を支給すべきとする原告らの主張も、その支給は不要であるとした平成16年から平成19年12月21日の条例改正までの被告の解釈も、どちらも成り立ち得るものである。そうすると、原告らが係争対象休日給の支給を求めたのに対し、被告消防本部の担当者らが拒絶したとしても、それだけで直ちに、原告らの権利行使を法令に違反して積極的に妨げるような一方的かつ統一的な取扱いをしたと評価することはできない。
また、前記認定事実及び後記5の認定説示に照らせば、被告において、原告らが本件休日給を請求することを妨害したと認めることはできず、むしろ、原告らが、BやCと個別に協議していたことにかんがみれば、消滅時効完成前に本件休日給を請求する訴訟を提起することは十分可能であったというべきである。そのほか、本件全証拠によっても、被告の消滅時効の主張が信義則又は権利濫用に当たると評価し得るような事情はうかがわれない。
したがって、原告らの前記(1)の主張は採用することができない。
5 争点(4)(原告らに対する不法行為の成否)について
(1) 被告側の対応について
原告らは、消防本部のA、B及びCが、未払休日給の支給を理由もなく拒絶し、誠実に対応しなかったことによって精神的苦痛を受けた旨主張する。
しかし、前記4の認定説示のとおり、本件当時、本件給与条例等について、係争対象休日給を支給しないと解釈することは可能だったのであり、Aらは、そのような解釈を踏まえ、消防本部として支給しないと決定した旨原告らに伝えて、本件休日給等の支給を拒んだもので、それ自体不当な対応であったということはできない。
したがって、原告らの上記主張は、その前提を欠き、これを採用することができない。
(2) 侮辱的・威圧的言動との主張について
ア 平成18年1月6日の件
(ア) 原告らは、平成18年1月6日、Bと面談した際、同人において、当然の権利を主張したにすぎない原告らがあたかも無理難題を要求しているような態度を取り、職そのものを引き合いにするという威圧的手段をもって、原告らの追及を阻止しようとした点が違法な行為に当たる旨主張する。
(イ) しかし、前記(1)のとおり、Bら被告の担当者と原告らとは、条例解釈が食い違っており、それぞれの立場から発言していたにすぎないのであるから、被告らが不当に原告らの要求を拒絶していたとはいえない。
また、前記認定事実のとおり、Bは、係争対象休日給を支給しないという措置に納得できなければ辞めてもらう以外には方法がない旨を述べたが、その後、Bや原告らの上司において、原告らに対し、具体的に辞職を促すような言動をしたことはなかったことにかんがみると、Bの発言の真意は、原告らの要求には応じられないとする強い拒絶の意思を表明するところにあったと考えられる。そうすると、上記Bの発言をもって、違法であるとまでいうことはできない。
そのほかに、原告らは、Bが威圧的手段をもって原告らの追及を阻止しようとした旨主張し、これに沿う原告らの本人供述(原告X1本人、原告X2本人)がある。しかし、原告らとBの立場が相容れなかったことに加えて、火災現場等で統制のとれた行動を要するため上下関係が厳しくならざるを得ない消防機関という職場環境のため、Bが強い口調を用いた可能性は否定できないとしても、そのような口調のみを捉えて威圧的な言動があったということはできないというべきである。原告らの供述は裏付けを欠くものであって、直ちに採用することができず、上記主張は採用することができない。
(ウ) したがって、平成18年1月6日の件において被告に損害賠償責任はないというべきである。
イ 平成20年2月4日の件
原告らは、平成20年2月4日、原告X2がCから電話で侮辱あるいは威圧された旨主張する。
しかし、前記(1)のとおり、Cと原告らとは、条例解釈が食い違っており、その立場の違いからCの発言が強い口調になったとしても、直ちに威圧的又は侮辱的な言動であるということはできない。そして、前記認定事実のとおり、Cは、「お前らは組織を潰す気か?」「お前らは、市の状況が分かっていない。」「市民を悲しませるな!」などと発言しているが、その発言は、被告の財政状況を重くみた立場からのものであって、直ちに違法とはいえない。また、「そんな考えでは公務員はできない!他の仕事を考えた方がいい。」との発言も、強い拒絶の意思の表れと理解でき、原告X2に辞職を迫ったものということはできない。その余の発言も、Cと原告X2との見解の違いが解消されないまま会話を続ける中で出てきたものであり、社会的相当性を逸脱するような威圧的又は侮辱的な言動であるとまで評価することはできない。
したがって、平成20年2月4日の件において被告に損害賠償責任はないというべきである。
ウ 平成20年2月6日の件
原告らは、平成20年2月6日、原告X2がCとの面談の際、給料泥棒などと呼ばれて侮辱あるいは威圧された旨主張し、これに沿う原告X2の陳述書の記載及び本人供述(〔証拠省略〕)がある。
しかし、Cにおいて原告X2を給料泥棒と呼んだことを否定する(〔証拠省略〕)など、被告は、Cによる給料泥棒との発言を認めていないところ、原告らが同月13日に公平委員会に提出した同日付け措置要求書の添付資料(〔証拠省略〕)によっても、平成20年2月6日にCが原告X2を給料泥棒と呼んだとする記述はないのであって、裏付けが不十分というほかないし、原告X2が本人尋問(平成21年10月20日の本件第2回口頭弁論期日実施)で供述する以前は、原告らの平成21年2月19日付け第5準備書面に「原告X2は給料泥棒であるといった趣旨の暴言を吐いた。」との主張及び原告X2の陳述書(作成日付平成21年5月2日。〔証拠省略〕)に「私たちは給料泥棒であるかのような発言もしました。」との記載があったに過ぎず、その他に原告X2がCから明確に給料泥棒と呼ばれたという事実は現れていなかったことを併せ考慮すれば、原告X2本人の上記供述は直ちに採用することができず、そのような事実を認めることはできない。
そこで、前記認定事実に係るCの発言を検討すると、原告X2とCは、消防本部・太子分署の団長室で二人きりで面談し、その際、室外の者に聞こえないように声を潜めて話をしたのであって、威圧的な雰囲気は乏しかったと考えられる上、「市民を悲しませるな。」などの発言も、前記イと同様に直ちに違法とはいえない。
したがって、平成20年2月6日の件において被告に損害賠償責任はないというべきである。
(3) 以上のとおり、慰謝料請求に関する原告らの主張は、いずれも採用することができない。そうすると、争点(5)について検討するまでもなく、この点に関する原告らの請求はいずれも理由がない。
6 結論
以上によれば、原告らの本件請求は、平成18年1月16日を支給日とする各休日給の支給及び前提事実(4)ウ(ア)、(イ)の各確定遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条、65条1項を仮執行の宣言につき同法259条1項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長井浩一 裁判官 德増誠一 下和弘)