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大阪地方裁判所堺支部 平成21年(わ)142号 判決 2010年11月12日

主文

被告人は無罪。

理由

第1公訴事実

検察官主張の公訴事実は,「被告人は,平成20年9月5日午後4時19分ころから同日午後4時25分ころまでの間,大阪市西成区ab丁目c番d号南海電気鉄道株式会社南海本線天下茶屋駅から,堺市堺区戎島町e丁fg番地同線堺駅までの間を走行中の,同線難波駅発和歌山市駅行き特急電車の車両内において,乗客であるA(当時17歳)に対し,左手を同女のスカート内に差し入れて,下着の上から同女の臀部をなで回し,陰部をもてあそぶなどし,もって,人を著しくしゅう恥させるような方法で,公共の乗物において,衣服等の上から人の身体に触れた」というものである。

第2本件の争点及び証拠構造

1  争点

本件の争点は,被告人がA(以下「女性」という。)に対し,公訴事実記載の痴漢行為を行ったか否かである。

2  証拠構造

上記争点に係る主要な証拠は,被告人から被害に遭ったとする女性の供述であり,その他に,検察官は,被告人が捜査段階において微物検査を拒否したこと等も,被告人が痴漢行為を行ったことを推認させる事情である旨主張する。

第3当裁判所の判断

1  本件の経過

関係証拠によれば,本件の経過として,次の事実が認められる。

(1)  平成20年9月5日の夕刻,被告人は開業準備の市場調査でアウトレットパークに行くため,女性は高校から帰宅するため,いずれもJR阪和線を利用する予定であったが,集中豪雨による冠水で同線が不通になったため,新今宮駅で,振替輸送を行っていた南海本線の特急サザン5両目(自由席車両の1両目)に進行方向1番前のドアから乗車した。同車両には,同駅から多数の者が乗車しようとしており,被告人も女性も,進行方向左側のドアから反対側のドア方向に向かって,他の乗客に押されるなどしながら乗車し,その向きのまま両ドアの中央付近に立った。車内は,乗客同士身体が触れる状態(常に密着していたというほどではない。)であった。なお,被告人は,右手にショルダーバッグと上着(ジャケット)を持ち,女性は,右手に手提げかばん等を持っていた。

同特急が新今宮駅を出発し,次の天下茶屋駅に停車した際には,降りる客もあったが,乗車する客もあったため,混雑ぶりは変わらなかった。そして,特急は,天下茶屋駅を同日午後4時19分ころに出発し,堺駅に向けて進行した。

(2)  特急が堺駅に着く少し前,女性は,手を後ろに回して被告人の左手首付近をつかむとともに,左後ろを振り向いて,被告人に対し,臀部を触った旨言い,否定する被告人と押し問答になった。両名は,駅員室に行って話をすることで合意し,堺駅に停車した特急から降りた。女性は,降車後被告人の手を離した。両名は,ホームの階段を下りて駅員室を探し,駅長室を見つけて中に入ったが,そこでも言い分が違ったため,駅員が警察に通報した。被告人は,臨場した警察官によって,警察署に連行された。

2  女性の供述要旨

女性は,公判において,要旨次のとおり供述した。

特急が天下茶屋駅を出てからすぐに,太もも辺りに何かが当たった。左太もも(スカートのすそ辺り)を触られた後,スカートの上から,お尻を,上下に動かすように触られたり,もむように触られたりした。内側に指が4本と外側に指が1本だったので左手だと分かった。その後,スカートの中に手が入ってきて,下着の上から,お尻をもむように触られた。陰部も二,三本の指をバラバラに動かすようにして触られた。指は内ももにも触れた。左ちょっと前に半歩くらい移動したところ陰部から手が離れたが,その直後に,またスカート内の下着の上から,左手で左のお尻を触られた。「次は堺です。」というアナウンスが聞こえたので,触っている手をつかんで捕まえ,一緒に降りようと思った。後ろを見ないで,左手を後ろに回し,スカート内でお尻を触っていた手をつかんだ。その手を引っ張ったら,お尻を触っている手が離れた。その後左後ろを振り向いた。つかんだのは被告人の左手であった。

3  女性の供述の信用性

(1)  女性の供述は,具体的であり,また,直ちに駅員に被害を訴え,その後,被告人に対し,金銭を請求するなどしていないことや,女性が当該特急のみならず南海本線を利用したのさえ全くの偶然であり,被告人と面識がないのはもちろん,乗車中に被告人との間でトラブルがあった等の事情もうかがわれないことなどに照らしても,虚偽のものであるとは考え難い。

この点に関し,弁護人は,①女性が,長時間にわたって触られ続けたと供述しているのに,かばんを使ったり手を後ろに回してスカートを押さえるなどの被害回避行動,被害予防行動に出ていないことや,②近くに他の同性がいたのに,同女らに助けを求めなかった理由について,女性は,後ろにどんな人がいるか分からない恐怖心があった旨供述する一方で,以前にも被害に遭ったので,犯人を捕まえてやろうと思って我慢していた旨の相矛盾する供述をしていることなどから,痴漢の被害にあった旨の女性の供述は信用できないと主張する。

しかし,①天下茶屋駅から堺駅までの所要時間は,約6分であり,女性が被害に遭ったと述べているのは,それよりも更に短い時間である上,その間に,女性は,移動できる範囲で左前方に移動し,これにより,1度は犯人の手が離れたというのであり,被害を回避する行動をしていなかったわけではない。また,②恐怖心と犯人を捕まえようとの思いとは心情として両立し得るものであり,供述の信用性を損なうものとはいえない。

したがって,女性が痴漢の被害に遭ったことについては,合理的疑いがない。

(2)  しかしながら,女性の供述から,犯人が被告人であると認めるには,次に述べるとおり,合理的な疑いが残る。

ア 関係証拠によれば,本件当時の身長は,いずれも当時の靴を履いた状態で,被告人が約179.2センチメートル,女性が約160.2センチメートルであり,約19センチメートルの身長差があった。また,当時の靴を履いた状態での床からの高さは,女性のスカートのすそが約65.2センチメートル,股間部が約74センチメートル,被告人の左手の指先が約77.4ないし79.2センチメートルである(姿勢等によって変動がある。)。

被告人が,このように身長等に差がある女性の股間部を触るためには,左肩を下げるようにして上半身を大きく曲げるか,足をある程度大きく開いて体勢を安定させた状態で腰や膝を曲げるか,あるいはこれらを組み合わせるなどしなければならない上,手指を前方や,立ち位置によっては左右方向に伸ばさなければならず,立ち位置が左右方向に大きくずれている場合には上半身を横に捻る必要もでてくる(検証の結果)。

この立ち位置に関し,女性は,被告人の手をつかんだとき,被告人は真後ろではなく,どちらかというと左寄りの後ろであった旨供述するのみで,左ちょっと前に半歩くらい移動する前,すなわち股間部を触られていた時点で,被告人がどこにいたかについては見ていない。したがって,女性の供述から,女性が移動する前の被告人の立ち位置を確定することはできないものの,仮に被告人が,女性が移動する前の時点で女性の真後ろに立っていた(この場合,被告人は,女性が左前方に移動したのに合わせて自分も同様に,あるいは女性以上に左側に移動したことになる。)のだとしても,上記の身長差等の結果,被告人が,女性のスカートのすそ辺りや股間部を触ろうとすれば,かなり不自然な体勢になるし,被告人が当初から女性の左寄りに立ち,女性の移動時には動いていなかったのであれば,移動前の女性の股間部に左手を届かせるためには,上半身の横への捻りが加わって,体勢の不自然さが,より一層顕著になり,他の乗客に容易に犯行が発覚し得るものであったことになるが,他の乗客が犯行に気付いていたことをうかがわせる証拠はない(乗客らが直立できないほどの混雑である場合には,多少不自然な姿勢でも,他の乗客が違和感を感じないこともあり得るが,女性の供述によっても,そこまでの混雑であったとは認められない。)。

イ もっとも,体勢に不自然さがあるとはいえ,被告人が女性の述べる痴漢行為を行うことが物理的に不可能であったとはいえない(被告人は膝に陳旧性の損傷を有しているが,検証の結果によれば,女性の述べる痴漢行為の姿勢はとることができる。)。また,女性が被告人の左手をつかんだのは,臀部を触られているときであり,さらに,被告人の供述によっても,女性が不自然に手を伸ばして,離れた位置にある被告人の左手をつかんだ状況であったことはうかがえない。したがって,女性がなおも臀部を触られる被害に遭っている時に,被告人の左手が女性の臀部に近いところにあったことは認められる。そして,女性は,「スカート内でお尻を触っていた手をつかんだ。その手を引っ張ったら,お尻を触っている手が離れた。」旨供述している。

しかし,女性は自分の臀部を触っている手を見ておらず,つかんだのも,スカートの外側にあった手首付近である旨述べており,その手首の先がスカート内に入っていることを確認したわけではない(つかんだ際,被告人の手の平が女性側を向いていたことを確認した旨の供述もしていない。)。また,被告人以外の者が犯人であった場合でも,女性が,手を後ろに回して被告人の手をつかむ動作をすれば,その動きを察知して女性の臀部から手を離すことが十分考えられる。そうすると,被告人以外の者の手が女性の臀部付近にあった可能性がないのであればともかく,そうでなければ,女性が被告人の手を引いたときに臀部から手が離れたことも,被告人が犯人であることを示す決定的な事情であるとまではいえない。

これに対し,検察官は,前記のとおり,女性が,スカート内に手を差し入れてパンティの上から女性の臀部を触り続けている犯人の手をつかんだと明確に供述していることのほか,①女性が羞恥心や恐怖感を乗り越えて,犯人を捕まえて被害申告しようとしたのであるから,犯人であることの確証をもって行動していたことが明らかである,②犯人が後方のどの辺りに立っていたかも分からない女性が,犯人の手を確実につかもうとすれば,犯人が臀部を触っていた状況があったからにほかならないなどと主張する。

しかし,これらは,女性の主観的な確証や,つかんだのが被告人の手であったという結果を過大に評価する一方で,他の者が犯人である可能性を十分検討してないといわざるを得ず,採用し難い。

ウ 被告人以外の者が犯人である可能性がなければ,被告人が犯人であることの推認が強く働くと考えられるので,この点について検討を加える。

女性は,被告人の左手をつかむより以前は,自分の左後方に男性がいるのは見ているものの,真後ろや右後方に,どのような人が立っていたかを見ていない旨供述している。

他方,被告人は,捜査・公判を通じて,①自分の左右に男性が立っていた旨及び②自分は右手で右脇の前寄りに大きなショルダーバッグ(検証時縦26.7センチメートル,横39.5センチメートル,厚さ23センチメートル)を抱えて持っていた旨供述している。被告人のこれらの供述は,特に不自然といえるものではなく,また,これらの供述と異なる内容の証拠はない。

そして,左手で痴漢行為を行うのは,女性の左後方にいる者よりは右後方にいる者の方が相対的に容易であると考えられることや,被告人が右側に大きなショルダーバッグを抱えていて,その下に空間ができやすいことからすると,その空間を利用するなどして,被告人の右側にいた者が左手で犯行に及んだ可能性を否定できないことになる(なお,女性が最初に触られたのが左太ももであることや,最後に触られたのが左臀部であることは,犯人が女性の左後方にいた者であることを推認させる事情の一つとなり得るとも考えられる。しかし,取調済みの全証拠によっても,女性と右後方にいた者との正確な距離や向きが確定できず,右後方にいる者にとって,女性の右側と左側のどちらが触りやすかったのかが不明である上,右側の方が触りやすい場合でも,発覚を免れるなどの目的で敢えて左側を触ることも考えられないわけではない。右後方にいる者では女性の左臀部等を触ることができないと認めるに足りる証拠もない。)。

これに対し,検察官は,①(上記被告人供述①に対応する。)事件の1週間後である平成20年9月12日の警察官による取調べの際,被告人が,自己の周囲には女性のほかに17名の乗客がおり,女性を取り囲んでいたのが男性ばかりである旨の図を書いた(乙2)ことに関し,一般の乗客として乗車しながら,突如として女性から手をつかまれ,痴漢の犯人とされた被告人が,何ら特別な事情もないのに,女性を中心として,その周囲の状況を記憶し,また,犯行から相当時間が経過した後に周囲の状況を思い出したとするのは不自然であると主張する。しかし,同図面は,性別の不明な人も描かれていることからも明らかなように,被告人が記憶の範囲で記載しているに過ぎないし,17人という人数も,書いた後に数えた結果に過ぎないと認められ,特に不自然といえるようなものではない(なお,左右が男性であったことについて,被告人は,公判において,電車が揺れた際,腹が立つくらい押されて何回も見たから間違いない旨具体的に供述しているが,その内容も特に不自然とはいえない。)。また,同日の供述調書中には,被告人が同月7日に釈放され,その後の同月12日に呼び出しに応じて出頭した旨の記載があり,これからしても,連日取調べを受けながら思い出せなかったものを突如思い出したというのではないのであるから,思い出し方が不自然であるともいえない。

また,検察官は,②(上記被告人供述②に対応する。)電車内が混雑していたのであれば,前方の乗客にかばんが当たるような状態でかばんを持つことが不自然であるとも主張する。しかし,被告人も供述しているように,混雑している電車内で,ショルダーバッグのベルトを肩に掛けて下げていると,他の乗客に押された場合,バッグだけが引っ張られる格好になって,他の乗客の邪魔になったり,ベルトが切れたりするおそれがあるのであるから,同バッグを抱えて乗車することや,車内で抱えていることは何ら不自然ではない(女性も,被告人は右肘の辺りに上着を掛け,胸付近の高さにあった右手でかばんの手提げ部分を握っていたと思う旨供述している。)。

結局,検察官が主張するところを検討しても,被告人の供述を排斥できず,被告人以外の者が犯人である可能性を否定できない。

エ 女性からつかまれた際,被告人の左手が女性の左臀部付近にあることが不自然であれば,被告人が犯人であることを推認させる事情の一つになると考えられることから,この点についても検討を加える。

この点についても,被告人は,捜査・公判を通じて,女性は被告人の右斜め前に被告人から見て左斜め前方向を向いて立っていた(女性が左斜め前方向を向いていたのは,被告人が右腕で抱え込んでいるバッグの一部が,女性の右肩の後ろ辺りにあったため),被告人の左手は,ズボンの左前ポケットに入れたり,バッグからハンカチを出して汗を拭いたとき以外は自然に下げており,女性に触れたことはないなどと供述しているが,これも特に不自然といえるものではない(なお,女性は,被告人の向きが女性と同じであったか,斜めであったかは分からない旨供述しており,斜めであったとの被告人の供述を排斥できない。)。そして,検証の結果によっても,被告人が左手を自然に下げたとき,その先端は女性の臀部付近の高さになると認められる。したがって,被告人の左手が,被告人から見て左斜め前方向を向いていた女性の左臀部に近いところにあったことも不自然とはいえず,これが,被告人が犯人であることを推認させる事情になるともいえない。

オ 以上検討したように,女性が臀部を触られる被害に遭っている時に,被告人の左手が女性の臀部の近くにあったことは認められるものの,女性の供述から,女性の臀部等を触っていたのが被告人であり,それ以外の者である可能性がないとまでは認められず,女性が被告人の手を犯人の手と間違えてつかんだ疑いが残る。

4  被告人の供述及び態度について

(1)  被告人は,女性に手をつかまれて以降,一貫して,自己が痴漢行為を行ったことを否認しているところ,その供述及び態度に特に不自然・不合理といえるほどのものはなく,これらから,被告人が犯人であることを推認することもできない。以下,検察官が指摘する諸点について検討を加える。

(2)ア  検察官は,被告人が犯人でないのであれば,自分の手をつかんでいる女性の手を振りほどくなどの行動をとるのが自然であるのに,そのような行動に及んでいない点で不自然・不合理であると主張する。

しかし,直ちに手を振りほどかないのが不自然とまではいえない。むしろ,被告人は,直ちに犯行を否定した上,自ら駅員室に行くことを提案し(この点について,女性は覚えていない旨供述するにとどまっており,被告人の供述を排斥できない。),駅員室を探す間も,女性から離れることがあり,また,女性が駅員室を探すことに気を取られて被告人から目を離していたにもかかわらず逃げたりしていない。したがって,直後の被告人の言動が,犯人であることを推認させるものであるとはいえない。

イ  関係証拠によれば,被告人は,本件当日である平成20年9月5日及び翌6日,警察官から微物検査を求められたが,保留する旨述べて検査に応じなかったことが認められる。検察官は,被告人が拒否したのは自己の指先から女性の下着等の繊維構成物が検出されるのを恐れての行動と見るのが自然であり,被告人が女性の臀部等を触るなどしたことの証左であると主張する。

しかし,被告人は,同月6日の取調べの際,微物検査に応じない理由について,警察官から微物検査が身の潔白を証明することになるとの説明を受けたが,検査を受けてすぐに帰れるわけではなく,結果が出るまで1週間なり留置場にいるのであれば一緒なので,弁護士の説明を受けてから考える旨供述しているところ(乙10),微物検査を受けてもすぐに釈放されないことに納得せず,弁護士の助言を受けようとしたことは,特に不合理といえるものではなく,被告人が女性の臀部等を触るなどしたことを推認させる事情であるとはいえない。

なお,検察官は,被告人が,公判では,警察官から,微物検査の結果が出てもすぐに出せないと言われたので,拒否した旨供述したことをとらえて,捜査段階と公判とで拒否した中心的な理由が変遷しているとも主張するが,さほど大きな変遷とはいえない上,微物検査に応じなかった,まさにその時点の供述の方が,正確であることは明らかである。したがって,検察官の指摘は当たらない。

ウ  検察官は,被告人がポリグラフ検査,電車内の再現見分,犯行当時の靴を着用した写真撮影のやり直し等を拒否し,さらに,警察での調書作成の際,多数箇所の訂正を求めて調書を作成しておきながら,検察官の取調べでは黙秘したことを指摘し,これらも犯行の発覚を恐れての行動としか考えられず,被告人が犯行に及んだことの証左であるとも主張する。

しかし,被告人は,ポリグラフ検査に応じなかったことについては,検査の精度に疑問があるので弁護士の説明を受けてから考えたい旨説明し(乙10),再現については,弁護士から,その了解がなければしないように言われている旨説明している(乙2)ところ,いずれも被疑者としての正当な防御行為であり,これらが犯人であることを推認させる事情であるとはいえない。写真撮影のやり直しについては,フィルムが入っていなかったとの警察官の説明に納得できなかったからである旨公判で供述しているところ,被告人は,1度は写真撮影に協力している(甲17)のであって,2度目を拒否したことが犯人であることを推認させる事情であるとはいえない。さらに,被告人は,検察官の取調べの際に黙秘した理由についても具体的に説明しているが,そもそも黙秘することは,被疑者・被告人の基本的な権利であるところ,黙秘した事実から犯人であると推認することが許されるならば,被疑者・被告人は黙秘権の行使を躊躇せざるを得なくなるなど,この権利を認められている趣旨が実質的に没却されることになるのであるから,そのような推認は許されないというべきである。したがって,黙秘したことを指摘しての検察官の主張は失当であり,到底採用できない。

5  結論

以上のとおり,女性が,痴漢の被害に遭ったことには合理的疑いがないものの,その犯人が被告人であることについては,合理的な疑いが残り,結局,本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。

(求刑―懲役6月)

(裁判官 飯島健太郎)

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