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大阪地方裁判所堺支部 平成21年(ワ)2117号 判決 2010年9月13日

原告

大阪府中小企業信用保証協会

代表者理事

訴訟代理人弁護士

中務嗣治郎

中務正裕

古川純平

被告

Y

訴訟代理人弁護士

福田健次

主文

1  被告は、原告に対し、1億1906万6321円及びうち4689万2821円に対する平成22年7月1日から支払済まで年14パーセントの割合(年365日の日割計算)による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求等

1  原告は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として、別紙のとおり述べた。

2  被告は、請求原因1ないし7は認めるが、原告請求の求償債権残元金のうち、315万3640円(以下、「本件債務」という。)については、連帯保証していないから、これを減額すべきであると主張する。

第2事案の概要

1  本件は、原告が、株式会社富士工務店(以下、「訴外会社」という。)との間で締結した信用保証委託契約の履行として、訴外会社のために代位弁済したことにより発生した求償債権を、訴外会社の連帯保証人である被告に対し請求した事案である。

2  会社分割と連帯保証

本件の主たる争点は、会社分割により本件債務の連帯保証債務が消滅するか否かである。

(1)  前提事実(争いがない。)

ア 訴外会社(分割会社)は、平成21年7月7日、株式会社富士工務店(訴外会社と同商号であるが、平成20年12月26日に設立された別会社である。以下、「新会社」という。)との間で、吸収分割契約を締結し、平成21年9月1日、その効力が発生した(以下、「本件会社分割」という。)。なお、これに伴い、訴外会社の商号は株式会社エービー産業に変更された。

イ 本件会社分割により、訴外会社の債権債務は、承継会社である新会社に承継された。

(2)  被告

ア 本件会社分割は免責的債務引受を条件としているから、本件債務についても免責的債務引受がなされた。これにより訴外会社について本件債務は消滅し、被告の連帯保証債務も消滅した。しかるに、被告は、新会社との間で新たに本件債務について連帯保証をしていないから、被告が本件債務について連帯保証債務を負うことはない。

イ 訴外会社と新会社との間で、「債務承認並びに弁済誓約書」(乙1)が作成されたが、その際、被告は、原告に対し、新会社が原告に対して負担する本件債務について連帯保証をする案を提示し、同書面の原案である「債務承認並びに弁済契約書(案)」(乙2)に、第4条として被告の連帯保証条項(以下、「本件条項」という。)が規定されていたにもかかわらず、原告がこの提案を拒否し、同条項が削除された経緯がある。

ウ 原告は、本件会社分割に際し、個別に催告を受け、会社分割に対する異議を申し立てる機会を与えられたにもかかわらず、異議を述べなかったのであるから、本件債務の免責的債務引受について同意したというべきである。

(3)  原告

ア 会社分割は、株式会社の営業を複数の会社に分割する会社組織法上の行為であって、個々の権利・義務について、債権譲渡・債務引受の手続を経るものではない。仮に、本件債務について個別に免責的債務引受契約がなされる場合は、債権者である原告も、連帯保証債務の免除という効果を認容するかどうかの判断も踏まえて、債務引受に同意するか否かを検討する機会があるが、会社分割という債務者側の一方的行為により債務を他に承継させた結果、連帯保証債務も消滅するという効果を認めることは、債務の免除について債権者の意思表示が必要であるとする民法の原則(同法519条)に反し、認められない。

イ 会社分割に対する異議の不提出と債務免除の意思表示は、その要件、効果が異なり同視することはできないから、原告が本件会社分割に異議を述べなかったことをもって、主債務者変更による連帯保証債務を免除する意思を推認することはできない。

ウ 被告は、上記(2)イのような経緯があるので、連帯保証債務は消滅したと主張するが、その経緯は次のとおりであるから、上記主張は理由がない。

すなわち、原告は、被告から、新会社が負担する本件債務の連帯保証をする代わりに、訴外会社が原告に対して負っている求償債務残元金全額についての連帯保証を免除するよう求められたが、これを断った。それにもかかわらず、被告は、本件条項を規定した「債務承認並びに弁済契約書(案)」を提示してきたため、その削除を求めただけである。したがって、原告が本件条項の削除を求めたことは、何ら本件債務の連帯保証債務を免除するものではない。

エ 仮に、上記主張が認められないとしても、被告の前記主張は、信義則違反として許されない。その理由は、次のとおりである。

(ア) 新会社は、訴外会社の事業のうちの優良事業だけを包括承継したもので、商号も訴外会社の商号を継続使用し、本店所在地も同じである。このように、新会社は訴外会社と実質的に同一で、しかもその経営実態は訴外会社より良好であると考えることができる。そうすると、被告が本件債務を連帯保証したとしても、被告に不利益が生じる恐れはない。

(イ) 被告は、訴外会社の元代表者であり、本件会社分割において、債権者と交渉するなど積極的に関与していた者であるうえ、新会社でも引き続き勤務していることが推認される。

(ウ) このように、本件会社分割に積極的に関与し、新会社の財産状況等を十分認識している被告が、本件会社分割の結果、本件債務の連帯保証債務を否定する主張を行うことは、信義則違反というべきである。

第3判断

1  前記第1のとおり、請求原因1ないし7の事実については、争いがない。そうすると、原告の本訴請求は、すべて理由がある。

2  これに対し、被告は、前記第2、2(2)のとおり、本件会社分割により本件債務について免責的債務引受がなされた結果、本件債務の連帯保証債務も消滅したと主張する。そこで、以下検討する。

(1)  前記第2、2(1)のとおり、訴外会社を分割会社、新会社を承継会社として本件会社分割がなされたことについては、当事者間に争いがない。そして、会社分割の効力が生じると、承継会社は、吸収分割契約等の定めに従い、分割会社の権利義務を承継するが(会社法759条1項)、この権利義務の承継は、当該権利義務に関する分割会社の地位を承継する一般承継(包括承継)であると解することができる(最高裁平成22年7月12日第二小法廷判決・裁判所時報第1511号235頁は、新設分割の事案について、権利義務の承継が包括承継であることを認めている。)。

したがって、本件債務は、本件会社分割の効力発生とともに、新会社に承継され、その連帯保証債務も、随伴性により、新会社に承継されると解するのが相当である。

(2)  被告は、本件債務について免責的債務引受がなされたと主張するが、会社分割による承継の対象となる債権・債務についても、その存否や帰属等については、民法等の一般法理が適用されると解するのが相当であるから、本件債務について免責的債務引受が認められるためには、債権者である原告の同意が必要であると解されるところ、原告がこれに同意した事実を認めることはできない(弁論の全趣旨)。したがって、本件債務が免責的債務引受により消滅することはなく、附従性により連帯保証債務が消滅することもないから、被告の上記主張は理由がない。

(3)  この点に関し、被告は、前記第2、2(2)ウのとおり、原告は、本件会社分割手続の中で、個別の催告を受けて異議を述べる機会があったにもかかわらず、これをしなかったのであるから、本件債務の免責的債務引受に同意したとみるべきであると主張する。

しかし、会社分割手続上の異議の制度は、あくまで組織法上の行為に対する意思表示であり、会社分割で承継される個々の債権・債務に関する意思表示ではないから、これらを同一視することはできない。したがって、原告が本件会社分割に対し異議を述べなかったことをもって、本件債務の免責的引受に同意したと認めることはできない。よって、被告の上記主張は採用することができない。

(4)  また、被告は、前記第2、2(2)イのとおり、「債務承認並びに弁済誓約書」(乙1)が作成された経緯を云々し、確かに、同書面では、本件条項が削除されていることが認められる。

しかし、この経緯についても、被告が、本件債務の連帯保証をする代わりに訴外会社の原告に対する求償債務残元金全額についての連帯保証を免除するよう求めていた事実が認められることからすると(甲7、弁論の全趣旨)、原告が上記条件を受け入れられないとしてこれを断ったにもかかわらず、本件条項だけが残るのは誤解を招くと考えて、その削除を申し入れたことが推認できるし、そもそも、原告が本件債務について被告の連帯保証を免除する理由もない。

3  以上のとおりであるから、その余の争点(信義則違反)について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり、判決する。

(裁判官 大西嘉彦)

(別紙)請求の原因

1 当事者

原告は、信用保証協会法に基づき、大阪府下の中小企業等への信用保証を業とする特殊法人である。

2 金銭消費貸借契約の成立

訴外株式会社住友銀行(平成13年4月1日その商号を株式会社三井住友銀行に変更し、平成15年3月17日、株式会社わかしお銀行に合併され、株式会社わかしお銀行が、同日、その商号を株式会社三井住友銀行に変更した。以下「訴外銀行」という。)は、訴外株式会社富士工務店(以下「訴外会社」という。)に対し、平成11年3月31日、手形貸付による方法で次のとおり、金銭を貸し付けた(以下「本件貸付」という。)。

貸付額 金6000万円

支払期日 平成12年3月31日

振出人 訴外会社

受取人 訴外銀行

支払地 大阪府堺市

支払場所 株式会社住友銀行堺支店

3 信用保証委託契約の成立

訴外会社は、本件貸付に先立ち、平成11年3月15日、原告に対し、下記内容の信用保証委託契約を締結した。

(1) 訴外会社は、本件貸付をするについて、原告に信用保証を委託し、原告は、訴外会社の委託を受けて、訴外銀行に対し訴外会社の訴外銀行に対する債務を保証する。

(2) 訴外会社が借入金債務の全部または一部の履行を遅滞したため、原告が訴外銀行から保証債務の履行を求められたときは、原告は訴外会社に対して通知・催告をしなくても訴外銀行に代位弁済することができる。

(3) 原告が訴外会社のため訴外銀行に代位弁済したときは、訴外会社は原告に対し、弁済額及びこれに対する弁済日の翌日から支払済みまで年14.6パーセントの割合(年365日の日割計算)による遅延損害金を支払う。

4 連帯保証契約の成立

被告は、原告に対し、平成11年3月15日、上記信用保証委託契約上、訴外会社が原告に対して負担するに至る一切の債務について、訴外会社と連帯して保証する旨約した。

5 信用保証契約の成立

原告は、上記信用保証委託契約に基づき、平成11年3月15日、訴外会社の借入金債務について、訴外銀行に対し信用保証した。

6 代位弁済

訴外会社が平成12年3月31日を経過しても本件貸付の弁済を行わなかったため、原告は、平成12年4月15日、訴外銀行からの請求を受け、訴外銀行に対し、上記信用保証契約に基づいて、本件貸付残元金6000万円及び利息金5万6506円の合計金6005万6505円を代位弁済し、同額の求償債権を取得した。

7 一部弁済

本件代位弁済後、上記求償債権について、別紙確定損害金計算表のとおり、内入弁済がなされ、求償債権元金及び損害金に充当された。

なお、遅延損害金については、約定利率の「年14.6パーセントの割合(年365日の日割計算)」の範囲内である「年14パーセントの割合(年365日の日割計算)」にて計算している。

(別紙)確定損害金計算表<省略>

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