大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所堺支部 平成22年(ワ)2795号 判決 2013年3月14日

甲事件原告

X(以下「原告」という。)

同法定代理人成年後見人

甲事件被告

国(以下「被告国」という。)

同代表者法務大臣

同指定代理人

田中一孝

柏本和哉

稲森千秋

甲事件被告・乙事件原告

Y1(以下「被告Y1」という。)

乙事件被告

株式会社損害保険ジャパン(以下「被告損保ジャパン」という。)

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

峰島徳太郎

佛性徳重

同訴訟復代理人弁護士

大竹裕司

主文

1  被告Y1は、原告に対し、4094万1404円及びこれに対する平成23年1月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告国に対する請求及び被告Y1に対するその余の請求を、いずれも棄却する。

3  被告損保ジャパンは、原告の被告Y1に対する本判決1項が確定したときは、被告Y1に対し、3794万1404円及びこれに対する平成23年1月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被告Y1の被告損保ジャパンに対するその余の請求を棄却する。

5  訴訟費用は、甲事件について生じた部分は、原告と被告Y1との間においてはこれを10分し、その1を原告の負担とし、その余を被告Y1の負担とし、原告と被告国との間においては全部原告の負担とし、乙事件について生じた部分はこれを20分し、その3を被告Y1の負担とし、その余を被告損保ジャパンの負担とする。

6  この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

(甲事件)

被告国及び被告Y1は、原告に対し、連帯して4479万3458円及びこれに対する平成23年1月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(乙事件)

被告損保ジャパンは、被告Y1に対し、4479万3458円及びこれに対する平成23年1月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要等

甲事件は、原告の当時の成年後見人であった者らが原告の預貯金を払い戻して横領したことについて、後見監督人であった被告Y1に対しては、後見監督人としての善管注意義務に違反したとして、債務不履行に基づき、また、被告国に対しては、家事審判官による後見事務の監督に違法があったとして、国家賠償法1条1項に基づき、連帯して損害金4479万3458円及び平成23年1月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

乙事件は、弁護士である被告Y1が、原告に対し賠償責任を負担することによって被る損害について、被告損保ジャパンに対し、弁護士賠償責任保険契約に基づき、保険金として、甲事件で原告から請求されている金額の支払を求める事案である。

1  前提事実(以下の事実は、当事者間に争いがないか、後掲の各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。)

(1)  当事者等

ア 原告(昭和28年○月○日生)は、脳性小児麻痺により幼児期から重度の知的障害と運動障害を有し、話し言葉を通じて物事を理解し表現することは全くできず、筆談その他の方法によっても意思を伝えることができない状態にあり、単独での生活は不可能で、全面介助が必要である。

原告は、平成12年4月から、現住所である社会福祉法人a会障害者支援施設b(入所当時は奈良県立。以下「b施設」という。)に入所している。

原告の親族関係は、別紙「関係者一覧」記載のとおりである。(甲3、4)

イ 被告Y1は、平成10年に法曹資格を取得した奈良弁護士会所属の弁護士であり、弁護士法人c法律事務所の社員である。

(2)  後見監督に至る経過

ア 原告の母の弟の妻であるD(大正10年○月○日生。以下「D」という。)は、平成14年10月23日、奈良家庭裁判所葛城支部(以下「本件裁判所」という。)に対し、原告について、成年後見開始の申立てをした。担当家事審判官E(以下「E審判官」という。)は、平成15年6月18日、成年後見を開始し、成年後見人として、Dのほか、Dの長男であるF(昭和22年○月○日生。以下「F」といい、DとFを併せて「成年後見人ら」という。)を選任する審判をした。(甲1、2、5)

イ E審判官は、平成15年11月14日、原告につき後見監督を開始し(以下「第1回後見監督」という。)、Fに財産目録、収支計算書等を提出させた上、平成16年1月21日、参与員2名を関与させてFを調査し、同月22日に同事件を終了させた(甲29、乙5ないし7、丙10の1ないし6)。

ウ 成年後見人らは、同年7月5日、弁護士G(以下「G弁護士」という。)を代理人として、本件裁判所に対し、成年後見人らが取締役を務める株式会社dが原告から3000万円を借り受ける旨の金銭消費貸借契約を締結するため、原告につき特別代理人選任の申立てをした。しかし、成年後見人らは、同年11月15日、同申立てを取り下げた。(甲6、7)

他方、成年後見人らは、同年7月23日、G弁護士を代理人として、本件裁判所に対し、原告につき後見監督人選任の申立てをしたが、同年9月13日、同申立てを取り下げた(甲8、9、27)。

エ 本件裁判所の担当家事審判官H(以下「H審判官」という。)は、同年11月16日、原告につき後見監督を開始し(以下「第2回後見監督」という。)、同年12月3日にFを審問した。H審判官は、Fの解任を見込んで、同月8日、奈良弁護士会に成年後見人候補者の推薦を依頼した。G弁護士は、同月13日、本件裁判所に対し、Fには解任事由がなく、後見事務を継続する必要があるなどとの意見書を提出し、H審判官は、結局、Fを解任せず、職権で後見監督人を選任することとし、平成17年3月25日、被告Y1を原告の後見監督人に選任する旨の審判をした(同月29日確定)。(甲1、10ないし14、30)

(3)  横領行為

ア 成年後見人らは、事実上、Fの長女であるI(昭和52年○月○日生。以下「I」といい、F、D及びIの3名を併せて「Fら」という。)に財産管理の後見事務を担当させていた。

イ Fらは、平成15年8月8日から平成20年8月1日までの間に、別紙1のとおり、原告成年後見人F・D名義の預金口座及び原告名義の預貯金口座から、合計8986万2945円を出金し(ただし、同金額は、入金した額を含む差引合計額である。)、このうち、7451万2918円を不正に着服した(甲20、21の1ないし4、25、26、31)。

ウ Dは、平成19年5月1日に死亡した。

エ 被告Y1は、平成20年8月13日ころ、本件裁判所の担当書記官から連絡を受け、平成15年12月ころ以降、成年後見人らから財産状況の報告等がされていないことを知った。被告Y1は、平成20年9月25日、Fと面談をして、Fらによる横領が発覚した。

その後、本件裁判所は、審判前の保全処分を経て、平成21年2月24日、Fを成年後見人から解任した。

(4)  弁護士賠償責任保険契約

弁護士法人c法律事務所は、被告損保ジャパンとの間で、平成16年7月1日以降、次のとおりの弁護士賠償責任保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した(併合前の乙事件の甲1の1ないし3、2の1・2、3の1・2、4の1・2、5の1・2)。

ア 被告損保ジャパンのてん補責任(弁護士特約条項1条)

被告損保ジャパンは、被保険者が弁護士法に規定される弁護士の資格に基づいて遂行した同法3条に規定される業務に起因して、法律上の賠償責任を負担することによって被る損害をてん補する。

イ 被保険者 被告Y1を含む弁護士法人c法律事務所で勤務する弁護士

ウ 保険期間 毎年7月1日から翌年7月1日まで

エ 保険金額 1請求あたり2億円(保険期間中6億円)

オ 免責(弁護士特約条項3条)

被告損保ジャパンは、直接であると間接であるとを問わず、普通約款第4条(免責)各号に掲げる賠償責任のほか、被保険者が次の各号に掲げるいずれかの賠償責任を負担することによって被る損害をてん補しない。

「(1) 被保険者の犯罪行為(過失犯を除きます。)または他人に損害を与えるべきことを予見しながら行った行為(不作為を含みます。)に起因する賠償責任(以下「本件免責条項」という。)

((2) 以下<省略>)」

(5)  被告Y1の被告損保ジャパンに対する請求

被告Y1は、平成21年6月22日付けで、被告損保ジャパンに対し、本件に関する保険事故の発生を通知し、関係資料を送付するなどした上で、平成22年10月22日付けで、被告損保ジャパンの意見を求めた。これに対し、被告損保ジャパンは、平成23年9月27日付けで、被告Y1に対し、被告Y1が求められるべき後見監督人業務を果たしていなかったから、本件免責条項に該当し、保険の対象外と判断する旨通知した。(丁9、併合前乙事件の乙5、6)

2  争点

(1)  被告Y1の責任(原告に生じた損害につき被告Y1に善管注意義務違反があるか。)

(2)  被告国の責任(担当家事審判官の後見監督は国家賠償法上違法といえるか。)

(3)  被告損保ジャパンの免責(被告損保ジャパンは本件免責条項により免責されるか。)

(4)  損害額

3  争点についての当事者の主張

(1)  争点(1)(被告Y1の責任)について

【原告の主張】

ア 被告Y1は、後見監督人として、原告に対し、善良なる管理者の注意をもって、成年後見人の後見事務を監督する等の義務を負い(民法851条、852条、644条)、後見監督人に選任された後直ちに、その後も定期又は随時に、成年後見人に対し、後見事務の報告、財産目録の提出を求め、必要に応じて後見事務や財産の状況を調査すべき義務を負っていた(同法863条1項)。

イ 本件裁判所から、被告Y1に対して、財産状況の報告の求め方等につき格別の指示をしていなかったとしても、後見監督人は家庭裁判所が「必要があると認めるとき」(民法849条)に特別に選任され、そのような事案には何らかの問題があるのが通常であるから、被告Y1としては、選任後直ちに、事案及び後見監督人が選任された理由を把握し、成年後見人らと面談して、財産の状況等を確認すべき義務があった。

ウ ところが、被告Y1は、成年後見人らから利益相反行為を希望する旨の連絡が来た場合に対応すれば足りるなどと考え、平成17年3月25日に後見監督人に選任された後、平成20年8月中旬ころに至るまでの間、成年後見人らに対して後見事務の報告、財産目録の提出を求めず、調査もしなかった。そのため、Fらによる長期にわたる横領行為を阻止できなかった。

エ したがって、被告Y1は、原告に生じた損害につき、債務不履行(善管注意義務違反)に基づく損害賠償責任を負う。

【被告Y1の主張】

ア 民法863条1項は、後見監督人が成年後見人に対して、後見事務の報告や財産目録の提出を求め、財産状況等の調査をすることが「できる」と規定するものの、監督権限を行使すべき時期や頻度は義務付けていない。

イ 家庭裁判所は、広範な裁量により、後見監督人を選任する際には、後見監督人に対し、相当と考える監督権限の行使の方針等を指示すべきである。実際、被告Y1が他の裁判所で成年後見人や保佐人に選任された際には、選任時に職務内容を説明する文書、その後も定期的に後見事務の照会を求める文書が交付されるなどしていた。

また、家庭裁判所は、後見監督人を選任したからといって監督権限を失うわけではないのであるから、本件裁判所が、後見監督人を選任した場合、裁判所から直接に成年後見人に定期的な報告を求めることはせず、後見監督人に監督を任せるという方針であったのなら、監督権限の分担について、そのような方針であるということを、被告Y1に対して明確に伝えるべきであった。

ウ ところが、被告Y1が原告の後見監督人に選任された際、担当家事審判官は、被告Y1に対し、「後見人が、今後も本人と利益相反となる行為をすることを求めてくる可能性があるから。」と伝えただけで、具体的な職務の指示をせず、選任後直ちに、その後は一定の頻度で、原告の財産状況等の報告を求めるなどといった指示も何らしなかった。そもそも同審判官自身、当時、成年後見人らが原告の財産を不正に取得するなどという危惧感を抱いていなかったのである。

また、本件裁判所は監督権限の分担について何らの説明をしなかったため、被告Y1としては、成年後見人らに対する定期的な報告は、引き続き本件裁判所が求めるものだと理解していた。当時、後見監督人が選任された事件の数が非常に少なかったことにも鑑みれば、被告Y1が弁護士であるからといって、実際には前記のような運用であることを知っていて然るべきといえる状況にもなかった。

エ したがって、被告Y1が成年後見人らに対して財産状況の報告等を求めなかったことが後見監督人としての「委任の本旨」に反していたとはいえず、被告Y1に善管注意義務違反はない。

(2)  争点(2)(被告国の責任)について

【原告の主張】

ア 成年後見制度は、家庭裁判所が後見事務の監督をすることが前提となっており、家事審判官は、法律上与えられた権限(民法863条1項、2項等)を行使して、後見事務を監督し、被後見人の財産が費消されないようにすべき義務を負っている。このような家事審判官の職務は、私人間の生活関係に後見的に介入し、その裁量によって将来に向かって法律関係を形成する作用であるから、本来的には行政作用に類する。しかも、後見監督には上訴制度がなく、被後見人自らが手続に関与することはできず、国家賠償請求以外には救済手段がない。また、裁判官の独立は、裁判官の絶対的無答責を意味するのではない。

したがって、後見事務の監督については、争訟の裁判に関する最高裁昭和53年(オ)第69号同57年3月12日第二小法廷判決・民集36巻3号329頁(以下「最高裁昭和57年判決」という)の判示によるのではなく、一般的な規制権限の不行使の場合と同様に、国家賠償法上の違法判断を行うべきであって、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるとき(なお、最高裁昭和61年(オ)第1152号平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁、最高裁平成元年(オ)第1260号同7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁参照)に、国家賠償法上違法と判断されるべきである。また、仮に最高裁昭和57年判決の判示が妥当するとしても、争訟の裁判における裁判官の裁量と、後見事務の監督に係る家事審判官の裁量には、その幅において大きな差があり、後者については、違法と判断される範囲はより広く認められるべきである。

イ 本件において、推定相続人のいない原告の財産が多額に上り、不動産を除けば、処分の容易な流動資産がほとんどであるが、専門職でない近親者を成年後見人に選任した上、Fが自ら代表者を務める会社のために、原告の財産から借入れをすることを考えて特別代理人や後見監督人の選任申立てをするなど、成年後見人の公正性に重大な疑問を抱かせる事情があり、成年後見人らの負債に関して真実を報告していない疑いもあったのであるから、担当家事審判官としては、被告Y1を後見監督人として選任した前後を問わず、Fらが不正行為を行うおそれがあることを念頭に置き、積極的に後見事務を監督すべきであった。

にもかかわらず、担当家事審判官らは、平成15年12月及び平成16年1月より後は、財産目録や収支状況明細等の提出を求めるなどしなかった。Fらが原告の利益を損なう不正行為に及ぶおそれがあることを予見したため、被告Y1を後見監督人に選任したのに、選任後は、被告Y1やFに対して何ら報告等を求めず、さらには、被告Y1に対して後見監督人の職務について誤った説明をして適切な指示等をせず、平成20年9月に至るまで3年半もの長期にわたって何ら後見事務の監督をしないまま放置し、その結果原告の財産は不動産を除いてほとんどが費消されるに至った。

ウ したがって、本件裁判所の担当家事審判官らは、家事審判官として付与された権限を逸脱したものであり、かつ、その権限不行使が著しく合理性を欠く場合に該当する。仮に最高裁昭和57年判決の判示に従って判断するとした場合でも、家事審判官らがその付与された権限の趣旨に明らかに背いて、行使すべき権限を行使しなかったと認められる特段の事情がある。

以上より、被告国は、原告に対し、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償責任を負う。

【被告国の主張】

ア 裁判官の職務行為につき国家賠償法1条1項の違法が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特段の事情があることを必要とする見解(最高裁昭和57年判決)が確立している。

これは、良心に従った裁判と裁判官の独立を保障する必要、裁判行為の判断作用としての性格等や裁判の終局性・完結性などを根拠としているが、これらの点は、争訟の場合に限られるものではなく、家事審判官による後見監督についても妥当する。

したがって、当該家事審判官が違法又は不当な目的をもって職務行為を行い、あるいは行わなかったなど、家事審判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使した、あるいは行使しなかったものと認め得るような特段の事情がある場合に限り、国家賠償法1条1項の適用上違法と評価することができるにとどまる。

イ いかなる後見事務が相当であるのかは家事審判官の裁量的判断事項であるが、本件において、成年後見人らによる特別代理人や後見監督人の選任申立ては、弁護士が代理人となって手続を履践する申立てをしており、Fらが不適切な後見事務を行っていたことを窺わせる事情はなかった。その後の経過についても、第2回後見監督時の審問によっても横領を窺わせるような事情はなく、弁護士である被告Y1を後見監督人に選任している以上、家事審判官がFらに財産状況に関する資料を提出させることがなかったからといって、その判断が不合理であったとはいえない。また、H審判官が、後見人に選任された経験もある弁護士の被告Y1に対して個別具体的な指示をしなくても、被告Y1が裁判所の指示を待つまでもなく後見監督の職務を誠実に履行するものと考えるのは合理的である。さらに、仮にH審判官が被告Y1に対して「後見人が、今後も本人と利益相反となる行為をすることを求めてくる可能性があるから。」と告げたとの事実があったとしても、これをもって、財産管理の事務に力を注ぐように求めたものと受けとめるのが通常といえる。加えて、後見監督人が選任されている場合、第一次的には、後見監督人が成年後見人に対して財産目録の提出等を求め、家庭裁判所は、後見監督人の裁量を尊重しながら後見監督を行うことが予定されているのであって、被告Y1から特段の報告がない状況の下で、担当家事審判官が後見事務に特に問題がないものと考え、成年後見人らや被告Y1に対して逐一報告を求めなかったとしても、それが不合理であるとはいえない。

ウ したがって、担当家事審判官らは、原告に関して適切な後見監督を行っていたというべきであり、国家賠償法上の違法が認められるような前記特段の事情は認められず、原告はこれを立証し得ていない。

(3)  争点(3)(被告損保ジャパンの免責)について

【被告損保ジャパンの主張】

ア 本件免責条項の「他人に損害を与えるべきことを予見しながら行った行為(不作為を含みます。)」とは、他人に損害を与える蓋然性が高いことを認識しながら行為することを意味し、不作為とは、法令・契約・慣習又は条理に基づき他人に損害を発生することを防止すべき作為義務を負う者が当該損害発生を防止する行為をしないことを意味すると解されている。

イ 本件において、原告には多額の流動資産があり、近親者が成年後見人に選任され、その成年後見人が原告から借入れをしようとしており、成年後見人の解任が検討されていた。そのような状況で、被告Y1は、原告の財産を保護する目的で、法律の専門家として後見監督人に選任されたのであるから、平均的な知識を有する弁護士であれば、Fらの不法行為により、原告に損害を与えることを具体的に予見し得た。

しかるに、被告Y1は、後見監督人に選任されて記録を謄写した後、遅滞なくFらの後見事務の調査等に着手し、後見事務の報告と財産目録の提出を求め、その後も、年1回の割合でこれを求めなければならなかったのに、選任後約3年余りの期間、後見事務につき何らの監督もせずに放置したため、Fらは原告の財産の横領を繰り返した。

ウ したがって、被告Y1は、原告に損害が発生する高度の蓋然性があることを認識し、後見監督人としてこれを防止すべき義務があったのに、なすべき職務を全く行わず、損害発生に向かう因果を放置するという選択をしたものであり、原告に損害が発生することを認容していたに等しい。よって、被告Y1の行為は本件免責条項に該当し、被告損保ジャパンに保険金支払義務はない。

【被告Y1の主張】

ア 損害を与えるべきことの予見の有無を、通常の弁護士であればどうであったかという基準で判断すれば、ほとんどの場合に免責条項に該当することになってしまい、責任保険に加入する意味がなくなってしまう。本件免責条項の解釈に当たっては、責任保険について重過失が免責事由となっていないこと(保険法17条2項)、本件免責条項が弁護士の倫理観に反する行為を免責とする趣旨であることを考慮すべきである。

イ 被告Y1は、後見監督人に選任された際、担当家事審判官から、問題意識と任務内容を説明、指示されておらず、また、後見監督人が選任された場合には裁判所から成年後見人に報告を求めないとの運用であることも伝えられていなかったため、本件裁判所が成年後見人らに対してなおも定期的に原告の財産状況について報告等を求めていると認識していた。

また、担当家事審判官も、成年後見人らの代理人G弁護士も、Fらが既に横領行為をしているとの事実を認識しておらず、Fらが法に定められた手続を無視してまで、利益相反行為をする危険があるとの認識はなかったことからすれば、被告Y1にとって、Fらが横領行為をする蓋然性が高いと疑うべき事情は顕在化していなかった。

さらに、そもそも報告書等の提出を求めないからといって、高い割合で成年後見人が横領行為をするとはいえない。

ウ したがって、被告Y1は、成年後見人に対して報告書等の提出を求めず、財産状況等の調査をしなかったとしても、原告に損害を与える蓋然性が高いことを認識していたものではないし、また、弁護士の倫理観に反する不作為であるともいえないから、被告Y1の行為は本件免責条項には該当しない。

(4)  争点(4)(損害額)について

【原告の主張】

Fらに横領された総額は7451万2918円であるところ、被告Y1が、後見監督人として、選任後直ちにFらに対して財産状況等の報告を求めていれば、後見監督人に選任されてから、1か月程度後である平成17年4月30日までにはFらの不正支出を認識できたはずであり、担当家事審判官においても、同時期には不正支出を確認することができたはずである。

同年5月1日以降に原告の口座から不正に出金され、横領された金額は、別紙1のとおり5156万2945円であるが、このうち676万9487円については、検察庁が原告のための適正な支出であると認めているから、これを控除した4479万3458円が、被告Y1の善管注意義務違反ないし担当家事審判官の監督上の違法と相当因果関係のある損害である。

【被告Y1の主張】

当時の本件裁判所の運用では、成年後見人に対しては、1年に1回程度の頻度で財産状況等の報告を求めていたようであるが、後見監督人であった被告Y1も、裁判所からの格別の指示がなかった状況では、選任後1年を経過した時点及び以後1年に1回程度、Fらに対して、財産状況等の報告を求めれば足りたというべきである。

また、被告Y1が、平成20年8月中旬ころに、Fらに対し、原告の財産状況等の報告を求めた後、実際にFらから不完全ながらも報告を受けられたのは同年9月25日であり、審判前の保全処分が認められたのが同年10月1日であったことに照らすと、被告Y1がFらに対して財産状況の報告を求めても、実際にFらによる原告の財産支出を止めるには2か月弱の期間を要した。

そうすると、被告Y1の善管注意義務違反と相当因果関係のある損害は、被告Y1の後見監督人選任の審判が確定した日から1年2か月を経過した後である平成18年5月30日以降に横領された2831万2945円から、同日以降に原告のために使用された462万2952円を控除した残額2368万9993円に限られる。

【被告国の主張】

否認ないし争う。

【被告損保ジャパンの主張】

被告Y1は、後見監督人に選任されてから、約3か月が経過した平成17年6月30日までには一件記録の検討及び本件裁判所との打合せ等を終えて、成年後見人らによる横領行為を止めることができたといえるから、同年7月1日以降の横領金額である4094万1404円が被告Y1の行為と相当因果関係のある損害である。

第3当裁判所の判断

1  前記前提事実、証拠(後掲の各証拠)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1)  後見開始に至る経緯

ア 原告は、平成12年4月、b施設に入所した。入所に相前後して、平成11年12月19日に原告の父が、平成13年8月25日に原告の母が、それぞれ死亡したが、他に相続人がいなかったため、原告が父母の資産をすべて相続した。なお、原告には推定相続人はいない。(甲3)

イ Dは、原告の母が死亡した後、原告の預金の払戻しができなくなったことなどを契機として、平成14年10月23日、本件裁判所に対し、原告について自らを成年後見人候補者とする成年後見開始の申立てをした(同庁平成14年(家)第1624号。甲2)。

ウ 担当家庭裁判所調査官は、E審判官の調査命令に基づき、同年11月から平成15年4月にかけてDを含む関係者と面接等を行い、原告の生活歴、心身等の状況、家庭状況、資産等及びその管理状況等の調査をしたところ、原告は、亡父名義の自宅土地建物に加え、19口座の預貯金(合計9187万9245円)を有し、そのうち1口座(130万9318円)はb施設が管理しているが、その余はDが管理していること、原告の入所に要する費用は、主にb施設が管理している口座に入金される障害基礎年金でまかなっていることなどを把握した上、同年4月8日付け調査報告書において、原告につき後見を開始し、成年後見人としては、b施設において原告の保証人となっており、原告の財産を管理していたDがよいと思われるが、同人が高齢であるため、同人の長男であるFも成年後見人として共同で職務を行わせるのが相当であること、多額の財産があり、推定相続人がおらず、事案として複雑な面もあることから、後見監督の区分としては、定期的に後見監督事件を立件する区分のうち「C2区分」が相当であるとし、初回の後見監督事件の立件時期を、後見開始の5か月後とするのが適当であるなどとの意見を付した(甲3)。

なお、同後見開始申立書の表紙には、本件裁判所において、「実際の後見事務担当は Fの娘 I」とのメモ書きがされた付箋が貼付されている(甲2)。

エ E審判官は、同年6月18日、原告について成年後見を開始するとともに、その成年後見人として、D及びFを選任し、両名は共同して権限を行使するよう命ずる旨の審判をした(甲5)。

(2)  第1回後見監督

ア 上記(1)ウの家庭裁判所調査官の意見による立件時期が到来したため、E審判官は、平成15年11月14日、第1回後見監督事件を立件し(同庁平成15年(家)第1759号)、本件裁判所の担当書記官は、同月27日付けで、F及び事実上後見事務を担当しているIに対し、財産目録、不動産登記簿謄本、預貯金通帳のコピー、年金資料、金銭収支表の提出を求めたところ、同年12月22日、財産目録、不動産登記簿謄本、預貯金一覧、預貯金の通帳・証書のコピー、納税証明書、金銭出納帳(同年8月8日に300万円を出金し、原告のための各種支出に充てたとして、その一部の領収書が添付されているもの。)が提出された(甲29、乙3の1ないし6、乙4の1ないし3、丙10の3・4)。

E審判官は、平成16年1月7日付けで、後見監督事務の状況について報告を受けるため、成年後見人らに対し、同月21日に裁判所へ出頭するよう通知し、Iの同行も求めた。また、担当書記官は、Iから、解約したものを含む全ての通帳等を同日に持参することなどを確認した。(乙5、6、丙10の5)

イ Iは、同月21日、平成15年6月から同年11月分までの収支計算書を提出した。同日、参与員2名を関与させてFらの調査を行い、参与員らは、原告の財産状況につき大きな変化がないこと、財産管理は適当であることなどと審査し、農協の定期貯金の名義を切り替えるよう指示した上で、後見監督事件を立件する区分を「b区分」とし、次回の監督立件時期を平成17年1月とする意見を付した審査票を作成してE審判官に提出した。E審判官は、平成16年1月22日、上記審判票の意見どおりの判断をして、第1回後見監督事件を終了させた。(甲29、乙4の4、丙10の1・2及び6)

このとき以降、本件裁判所から、Fらに対し、財産目録の提出等を求めたことはない。

(3)  特別代理人選任申立て等

ア 成年後見人らは、平成16年7月5日、G弁護士を代理人として、本件裁判所に対し、成年後見人らが取締役を務める株式会社dが原告から3000万円を借り受ける旨の金銭消費貸借契約を締結するため、原告につき特別代理人選任の申立てをした(同庁平成16年(家)第1179号)。しかし、成年後見人らは、同月22日付けの取下書を提出し、同年11月15日に上記申立てを取り下げた。なお、G弁護士は、申立書において、株式会社dが原告に対して定期性預金以上の利息を支払うことにすれば、原告のために利益になり、また、F所有の不動産に第1順位の抵当権を設定するので、回収不能の危険もないことなどを述べた。(甲6、7)

イ 他方、成年後見人らは、同年7月23日、G弁護士を代理人として、原告につき後見監督人選任の申立てをした(同庁平成16年(家)第1307号)。しかし、成年後見人らは、同年9月13日、上記後見監督人選任の申立ても取り下げた。なお、同申立てにかかる本件裁判所保管の事件記録の表紙には、特別代理人の選任が認められないので、後見監督人選任の申立てをした旨の担当書記官が記載したとみられるメモ書きと、Fを解任した上で、弁護士を成年後見人に選任し、Dを身上監護のみとする旨のH審判官が記載したとみられるメモ書きが貼付されている。(甲8、9、27)

(4)  第2回後見監督

ア H審判官は、平成16年11月16日、第2回後見監督事件を立件した(同庁平成16年(家)第1958号)。同年12月3日にFの審問がされ、Fは、Iが通帳を管理していること、原告の財産からの借入れを今後は考えるつもりがないことなどを述べるとともに、Fを成年後見人から解任して別の人を選任することを考えているとのH審判官の説示を了承した。(甲10、11、30)

イ H審判官は、同月8日、奈良弁護士会に対し、原告の成年後見人候補者として弁護士の推薦を依頼した(甲12)。

G弁護士は、Fの代理人として、同月13日、本件裁判所に対し、上記同月3日の審問期日において、FはH審判官から、「そもそもお金を借りようという考えが浮かぶことが後見人としてふさわしくないので後見を降りてもらいます。」などと言われたが、前記特別代理人選任の申立てにつき、Fは、原告に損害を与えることを全く意図しておらず、十分な担保提供を予定していたのであるから、Fに後見人解任事由は存せず、原告の療養・監護のためには親族であるFが後見事務を継続する必要があるなどとの意見書を提出した(甲13)。

ウ 被告Y1は、同月24日ころ、本件裁判所に対し、原告の成年後見人として選任されることについて承諾書を提出した。

H審判官は、平成17年2月24日ころ、被告Y1に対し、成年後見人としてではなく、後見監督人として選任することでもよいか確認したところ、被告Y1は、これを承諾した。そのころの被告Y1とH審判官との電話での会話の中で、H審判官は、被告Y1に対し、後見人が今後も本人と利益相反となる行為をすることを求めてくる可能性があるなどとの趣旨の発言をした。(甲15、丁9)

なお、被告Y1は、成年後見人や保佐人の職務経験はあったものの、後見監督人に選任されるのは初めてであった。被告Y1は、従前、成年後見人や保佐人に選任された際には、裁判所から、選任時に「成年後見人の職務について」、「保佐人等の仕事と責任について」などとの説明文を交付され、定期的に事務報告を求める照会書を交付されたが、原告の後見監督人に関しては、本件裁判所から、このような文書を含め、格別説明を受けなかった。(丙6の1・2、7の1・2・4ないし7、8の1ないし5)

エ H審判官は、同年3月25日、職権により被告Y1を原告の後見監督人に選任する旨の審判をし、監督区分や次回立件時期を定めることなく、第2回後見監督事件を終了させた(甲1、14、30)。

(5)  後見監督人選任後

ア H審判官は、被告Y1を後見監督人に選任してから間もなく、平成17年4月8日付けで裁判官を退官した。

イ 被告Y1は、同月11日、一件記録の謄写をしたが、被告Y1としては、利益相反取引を希望する旨の連絡を受けない限り、当面何もしなくてもよく、定期的な財産状況等の報告は、本件裁判所から成年後見人にさせているものと認識し、Fらに対し、原告の財産状況等の報告を求めたりすることは全くなかった(乙8、丁9)。

ウ Fら(主にI。なお、Dは平成19年5月1日死亡。)は、平成15年8月8日から平成20年8月1日までの間に、別紙1のとおり、原告成年後見人F・D名義の預金口座及び原告名義の預貯金口座から合計9197万7000円(別紙1の合計額8986万2945円に平成19年1月9日に入金された200万円、同年11月13日に入金された3000円及び平成20年10月3日に入金された11万1055円を加えた額)を出金し、そのうち7451万2918円を不正に着服した(甲20、21の1ないし4、25、26、31)。

(6)  横領行為の発覚

ア 本件裁判所の担当書記官は、平成20年8月13日ころ、被告Y1に対し、b施設から成年後見人と連絡が取れないとの連絡があった旨を伝えた。このとき、被告Y1は、平成15年12月ころを最後に、成年後見人から、原告の財産状況、収支状況の報告等がされていないことを知った。

被告Y1は、平成20年8月20日付けで、Fに対し、原告の財産に関する報告を求め、数度にわたって日時が変更された後、同年9月25日、被告Y1の事務所においてF及びIと面談した。被告Y1は、このとき、Iから提出された預貯金通帳等により、後見開始時点で9000万円以上あった原告の預貯金が金庫に保管している現金約345万円と預貯金残高約4000円しか残されていないことなどを知った。(甲15)

イ 被告Y1は、本件裁判所に対し、同月26日付けで、Fについて、成年後見人解任の審判を申し立てるとともに、職務執行停止及び職務代行者選任の審判前の保全処分を申し立てた。担当家事審判官Jは、同年10月1日、Fの職務執行を停止し、被告Y1を職務代行者に選任する審判をし、さらに、平成21年2月24日、後見の任務に適しない事由があるとして、Fを成年後見人から解任するとともに、被告Y1について後見監督人の職を解いた上で成年後見人に選任するとの審判をした。(甲1、15ないし19)

ウ 被告Y1は、原告の法定代理人成年後見人として、同年6月9日、F及びIを被告とする不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を奈良地方裁判所葛城支部に提起した(同庁平成21年(ワ)第328号)。

Fは、平成22年2月16日、原告に対し、損害賠償金の内金として1200万円を支払った。その上で、原告とFとは同年8月16日に、また、原告とIとは平成23年8月24日に、それぞれ、①原告の保有する財産から支出された金員のうち、原告のために支出された1535万0027円を除く7451万2918円が不正に支出されたこと、②既払金1200万円を控除した6251万2918円の損害賠償金の支払義務があることを認めることなどを内容とする訴訟上の和解をしたが(甲26、31)、同人らに支払能力はない。

エ 被告Y1は、平成21年6月18日、奈良地方検察庁に対し、F及びIを業務上横領罪で告訴をした。奈良地方検察庁は、平成22年2月24日及び同年3月17日、業務上横領罪によりIを奈良地方裁判所に起訴したが、Fについては、同月26日に不起訴処分とした。(甲22ないし24、丙5の7)

Fは、同年10月23日、奈良地方裁判所に自己破産の申立てをし、管財事件となっている(丙5の1ないし8)。

オ 被告Y1は、平成22年1月8日、原告の成年後見人を辞任し、本件訴訟の原告法定代理人が原告の成年後見人に選任された(甲1)。

2  争点(1)(被告Y1の責任)について

(1)  被告Y1は、本件裁判所により原告の後見監督人に選任されたのであるから、被後見人のために、善良なる管理者の注意をもって、後見人の事務を監督するなどの職務を負担していた(民法851条1号、852条、644条)。

しかるに、被告Y1は、前記認定のとおり、後見監督人に選任された後、一件記録の謄写をしただけで、成年後見人らによる原告の財産管理の状況を把握せず、その間にFらによって多額の金銭が横領されたものであるから、上記監督義務を怠ったものと認められる。

(2)  これに対し、被告Y1は、本件裁判所から、具体的な職務の指示がなかったから、成年後見人らに対して財産状況の報告等を求めなかったことが後見監督人としての「委任の本旨」に反するとはいえない旨主張する。

しかしながら、家庭裁判所は、必要があると認めるときに後見監督人を選任するのであるから(民法849条)、被告Y1は、その趣旨を理解し、家庭裁判所からの具体的な教示、指示がなくとも、後見監督人として、自らの判断で後見事務を監督すべき職務を誠実に履行しなければならなかったというべきであり、被告Y1の上記主張は採用することができない。そして、被告Y1は、後見監督人としての義務を履行するために、成年後見人の後見事務の状況等を把握しなければならず、謄写した一件記録等を検討して、原告が多額の流動資産を有していること、提出されている財産目録、収支計算書等は、約1年2か月以上前である第1回後見監督の際のものであること、第1回後見監督終了時に予定されていた次回監督立件の時期が到来していたこと、推定相続人ではない成年後見人らが自らの会社のために原告から金銭を借り受けることを考えていたことなどを把握し、すみやかに、Fらに後見事務の報告や財産目録の提出を求め、後見事務や財産状況の調査(同法683条1項)をすべきであった。にもかかわらず、被告Y1は、後見監督人に選任されてから3年5か月弱の間、一切の調査をすることがなかったのであるから、前記善管注意義務違反があることは明らかである。

なお、被告Y1は、成年後見人や保佐人に選任されたときには裁判所から職務内容についての説明書面や定期的な照会を求める書面を交付されたが、原告の後見監督人に関しては同様の書面を交付されなかったことを指摘するが、これらの書面は、弁護士に限らず、成年後見人や保佐人に選任された者に宛てた注意喚起の書面にすぎず、これによって委任を受ける職務の内容が定まるものではないから、同趣旨の書面を交付されなかったことをもって監督義務が軽減されたり免除されたりするものではない。

(3)  被告Y1は、H審判官から、後見人が今後も本人と利益相反となる行為をすることを求めてくる可能性があるなどとの趣旨の発言があったことも相俟って、成年後見人らから利益相反取引を希望する旨の連絡が来た場合に対応すれば足りるなどと思い込んでいたことが窺われる。

しかし、前記認定事実のとおり、H審判官は、被告Y1の後見監督人選任に先立ち、Fについて、原告から金銭を借りようという考えが浮かぶこと自体、成年後見人の資質としてふさわしくないと考え、一旦はFを解任して被告Y1を成年後見人に選任しようと考えていたことに照らすと、H審判官が被告Y1の後見監督人の職務を、利益相反行為について被後見人を代表すること(同法851条4号)に限定するような意図であったとは考え難いところであり、上記H審判官の発言をもって被告Y1が後見事務の監督を怠ったことを正当化することはできない。

また、被告Y1は、定期的な財産状況等の報告は、本件裁判所から成年後見人らにさせているものと誤認していたことが窺われる。しかし、被告Y1が本件裁判所に対し、裁判所に提出されているはずであるという財産目録等につき問い合わせ、これを閲覧等しようとした形跡は認められないことなどに照らすと、被告Y1が監督義務を懈怠したことは明らかというべきである。

(4)  そして、被告Y1が監督義務を怠っている間に、Fらは原告の財産の横領を繰り返していたというのであるから、被告Y1は、後見監督人としての善管注意義務違反により原告に生じた損害について賠償すべき責任を負う。

3  争点(2)(被告国の責任)について

(1)  裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国家賠償法1条1項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生じるわけのものではなく、同責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とするものと解される(最高裁昭和57年判決参照)。

家庭裁判所による成年後見人の後見事務の監督の目的は、家庭裁判所が成年後見人の行う事務が適正にされているか否かを確認することにより、成年後見人の不相当な後見事務を早期に発見し、後見事務を適正なものへと修正し、適正な財産管理及び身上監護を実現することにある。家事審判官は、この目的を達成するために、必要に応じて、成年後見人に対し、後見事務の報告や財産目録の提出を求め、後見事務や被後見人の財産の状況を調査し(民法863条1項、平成24年最高裁判所規則第9号による廃止前の家事審判規則88条1項、3項、平成23年法律第53号による廃止前の家事審判法[以下単に「家事審判法」という。]9条1項甲類21号)、被後見人の財産の管理その他後見事務について必要な処分を命じたり(民法863条2項、家事審判法9条1項甲類21号)、成年後見人の追加的選任をしたり(民法843条3項、家事審判法9条1項甲類14号)、共同して又は事務を分掌して、権限を行使すべきことを定めたり、この定めを取り消したり(民法859条の2第1項、2項、家事審判法9条1項甲類18号)、後見監督人を選任したり(民法849条、家事審判法9条1項甲類14号)、後見人ないし後見監督人を解任したり(民法846条、852条、家事審判法9条1項甲類16号)することができる。そして、後見事務の監督の必要性及び程度は、被後見人の所有財産の多寡及び流動資産の割合、心身の状況、関係親族の有無、被後見人の財産管理及び身上監護を巡る親族間の紛争の有無、後見人の適格性、経済状態その他様々な事情により千差万別である。後見事務の監督は、このような監督の必要性・程度や監督に関わる裁判所内外の体制等を勘案しながら家事審判官がその名において行うものであるが、上記権限の行使等の具体的なあり方は、個々の事件について独立した判断権を有し、かつ、その職責を負う家事審判官の広範な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。

このような後見監督に関する家事審判官の職務行為の内容、特質に鑑みると、家事審判官による後見事務の監督について、職務上の義務違反があるとして国家賠償法上の損害賠償責任が肯定されるためには、争訟の裁判を行う場合と同様に、家事審判官が違法若しくは不当な目的をもって権限を行使し、又は家事審判官の権限の行使の方法が甚だしく不当であるなど、家事審判官がその付与された趣旨に背いて権限を行使し、又は行使しなかったと認め得るような特別の事情があることを必要とするものと解すべきである。

この点につき、原告は、後見事務の監督については、争訟の裁判に関する最高裁昭和57年判決の判示によるのではなく、一般的な規制権限の不行使の場合と同様に、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときには、国家賠償法上違法と判断されるべきであると主張する。しかし、原告のこの主張は、独立した判断権を有することなど裁判官の職務行為の内容、特質に照らし、採用することができない。

(2)  そこで、前記認定の本件の経過に照らして検討する。

ア 第2回後見監督が開始された頃、実際には、Fらによる不正な預貯金の払戻しがされていたから、担当家事審判官が当初考えていたとおり、このときにFを解任し、財産管理のため弁護士を成年後見人に選任していたならば、結果的に原告の多額の預貯金が払い戻されるのを防ぐことができたとはいえる。

しかし、この頃、担当家事審判官は、Fが自らの経営する会社のために金銭消費貸借を考えていたことについて、その発想自体が成年後見人としてふさわしくないとは感じていたものの、Fらが代理人弁護士を通じ、法律に則って、特別代理人選任又は後見監督人選任の申し立てをしており、格別の不正の兆候が見られたわけではなかったことからすれば、代理人弁護士からの反対意見を受けて、最終的にはFに法律上の解任事由(民法846条)がないものと判断したことは不合理ではない。

また、担当家事審判官は、第2回後見監督において、Fらに対し、後見事務についての問題を発見する上で重要な手掛かりになる財産目録、収支計算書等の提出等は求めなかったが、Fらに対する監督を強化するため、弁護士である被告Y1を後見監督人に選任したことなどを考慮すると、このことが著しく不相当であったとはいえない。

イ 担当家事審判官は、第2回後見監督事件を終了させた際、次回立件時期を定めず、その後、3年以上の間、本件裁判所から、被告Y1に対して報告等を促したり、直接Fらに対して財産目録、収支計算書等の提出等を求めたりしておらず、監督立件もしていない。

しかし、成年後見等事件の急増に伴い、後見等監督処分事件が累積的に増加している状況の下、あえて専門職の後見監督人を選任した事案に関しては、善良なる管理者の注意をもって成年後見人の後見事務を監督する責務を有する後見監督人から、必要に応じた後見事務の報告等されることが期待でき、後見監督人の報告等により不正行為等が疑われるような情報に接したときに、必要に応じて、前記監督権限を行使するものとしたとしても、それ自体は不合理とはいえない。そして、本件裁判所が不正行為等の兆候に格別接していない状況の下では、家事審判官らが能動的に調査等の権限を行使しなかったことをもって、甚だしく不当であるということはできない。

(3)  以上によれば、担当家事審判官らの不作為について、家事審判官の職務上の権限の趣旨に背いて権限を行使しなかったと認め得るような特段の事情があるとは認められない。

したがって、被告国は、原告に対して国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負わない。

4  争点(3)(被告損保ジャパンの免責)について

(1)  本件免責条項は、弁護士の倫理観に反する行為についてまで補償の対象とすべきではないという趣旨から設けられているものと解されるから、「他人に損害を与えるべきことを予見しながら行った行為(不作為を含みます。)に起因する賠償責任」とは、他人に損害を与える蓋然性が高いことを認識しながら行為し、又は行為をしなかったことを意味するものと解すべきである。

(2)  前記認定事実によれば、被告Y1は、本件裁判所が後見監督を必要と認めて後見監督人に選任されたことや、謄写した一件記録から原告に多額の流動財産があり、Fが自らの経営する会社のために原告から金銭を借り受けようと考えていたことなどは認識していたといえるが、それ以上にFらの横領等が疑われる事実は認識しておらず、このような認識を前提にすれば、被告Y1において、Fらが不正行為に及んで原告に損害を与える蓋然性が高いと認識していたとまでは認められない。

(3)  これに対し、被告損保ジャパンは、平均的な知識を有する弁護士であれば、Fらの不法行為を予見し得た旨を主張する。

しかし、被告Y1が後見監督人に選任された際、H審判官は、Fらが不正行為に及ぶ蓋然性が高いと認識していなかったからこそ、最終的にFには解任事由がないと判断していることも考慮すると、被告Y1が、Fらが不正行為に及ぶ蓋然性が高いと認識し得る前提事実を認識していたものと認めることは困難といわざるを得ない。被告Y1は、後見監督人に選任された後も、定期的な財産状況等の報告は本件裁判所が成年後見人らにさせており、自らは成年後見人らから利益相反取引を希望する旨の連絡が来た場合に対応すれば足りるなどと誤認していた結果、Fらの不正行為が窺われる情報に全く接していなかったものであり、被告Y1の認識する事実関係を前提とする限り、平均的な知識をもつ弁護士を基準にしても、Fらが不正行為に及ぶ蓋然性が高いと認識していたものと認めることはできない。

(4)  したがって、被告Y1において、原告に損害を与えるべきことを予見しながら、後見監督を怠っていたものとは認められない。よって、被告損保ジャパンは、本件免責条項により保険金の支払義務を免れることはできない。

5  争点(4)(損害額)について

(1)  前記2(2)のとおり、被告Y1は、原告の後見監督人に選任された後、一件記録を謄写して、すみやかに成年後見人の後見事務の報告等を求めるべきであったが、他方、実際、被告Y1が、平成20年8月20日ころにFに原告の財産に関する報告を求めてから、同年10月1日にFの職務執行が停止され、職務代行者が選任されるまでに、一定の時間を要している。

そこで、選任後の調査に必要な期間や預貯金の払戻しを阻止するために要する期間を含め、諸事情を総合考慮すると、Fらの横領行為による原告の損害のうち、被告Y1の監督義務懈怠と相当因果関係のある損害は、被告Y1が後見監督人に選任されてから3か月強経った後である平成17年7月1日以降に払い戻された不正支出の合計金額であると認めるのが相当である。

(2)  原告の被告Y1に対する請求

上記(1)によれば、被告Y1は、別紙1のうち、平成17年7月1日以降の出金合計額である4721万2945円から、同日以降原告のために使用された金額627万1541円(別紙2のうち、同日以降の出金合計額)を控除した残額4094万1404円とその遅延損害金を支払う義務を負う。

(3)  被告Y1の被告損保ジャパンに対する請求

ア 本件保険契約によれば、被告損保ジャパンがてん補すべき金額は、免責金額(被保険者負担額)を超過する損害額とされ、被告Y1についての免責金額は、30万円又は損害賠償金の10パーセントのいずれか高い額で、かつ、300万円の限度とされている(併合前の乙事件の甲1の1ないし3、2の1・2、3の1・2、4の1・2、5の1・2)。

したがって、被告損保ジャパンが被告Y1に支払うべき保険金額は、上記(2)の4094万1404円とその遅延損害金から免責金額である300万円を控除した3794万1404円とその遅延損害金となる。

イ 本件保険契約により被告損保ジャパンに支払義務が生じるのは、被告Y1が負担すべき損害額が確定したときと解され(普通保険約款18条)、被告Y1も、そのこと自体は争っていない。

ウ したがって、被告損保ジャパンは、被告Y1に対し、原告の被告Y1に対する上記(2)に関する判決が確定したときに、3794万1404円とその遅延損害金を支払うべき義務を負う。

第4結論

以上によれば、原告の請求は、被告Y1に対し、4094万1404円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成23年1月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、被告国に対する請求は理由がないからこれを棄却し、被告Y1の被告損保ジャパンに対する請求は、上記原告の被告Y1に対する本判決が確定したときに保険金3794万1404円及びこれに対する平成23年1月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法64条本文、61条を、原告の被告Y1に対する請求に関する仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用し、被告Y1の被告損保ジャパンに対する請求に関する仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大藪和男 裁判官 佐藤克則 水木淳)

(別紙)<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例