大阪地方裁判所堺支部 平成22年(ワ)727号 判決 2012年2月15日
原告
X
被告
株式会社武富士訴訟承継人更生会社株式会社武富士 管財人Y
同訴訟代理人弁護士
玉田欽也
主文
1 原告が、更生会社株式会社武富士に対し、341万1829円の更生債権を有することを確定する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2当事者の主張
1 請求原因
(1) 被告について
更生会社株式会社武富士(以下「更生会社」という。)は貸金業者であり、平成22年10月31日に更生手続開始決定(東京地方裁判所平成22年(ミ)第12号会社更生事件)を受けて、被告が管財人に選任され、本件訴訟を受継した。
(2) 更生債権の届出と異議について
原告は、過払金債権341万1829円を更生債権として届け出たが、被告は、その全額について異議を述べた。
(3) 更生債権の発生原因について
ア 原告と更生会社の取引経過について
原告は、更生会社との間で、平成4年5月30日に継続的金銭消費貸借契約を締結して金銭消費貸借取引を開始し、別紙計算書<省略>(以下「本件計算書」という。)の「取引日」欄記載の各年月日に、「借入額」欄記載の各金員を借り入れ、それら借入れに係る債務の弁済として、「取引日」欄記載の各年月日に、「返済額」欄記載の各金員を被告に支払った(以下、本件計算書における一連の借入れ及び弁済を「本件取引」という。)。
イ 更生会社が悪意の受益者であることについて
更生会社は貸金業者であり、利息制限法(平成18年法律第115号による改正前のもの。以下も同様とする。)所定の制限利率を超える利率で貸付けをしていることを知りながら、本件取引に係る各貸付けを行い、原告から本件取引に係る各弁済を受けたのであるから、更生会社は、本件取引において上記制限利率を超過して利息として支払われた部分(以下「制限超過部分」という。)を元本に充当することにより過払金が発生した時点から民法704条の悪意の受益者に当たる。
ウ 過払金の発生及びその金額について
本件取引において制限超過部分を元本に充当すると、本件計算書の「残元金」欄記載のとおり265万3375円の過払金が発生しており、最終取引日後の前記更生手続開始決定日の前日である平成22年10月30日までの確定利息は、「過払金の利息5%」欄記載のとおり75万8454円である。
したがって、原告は、更生会社に対し、不当利得返還請求権に基づく過払金元金265万3375円及び民法704条前段所定の利息として最終取引日後である平成22年10月30日までの確定利息75万8454円の合計341万1829円の更生債権を有している。
(4) まとめ
よって、原告は、被告に対し、合計341万1829円の更生債権を有することの確定を求める。
2 請求原因に対する認否及び抗弁
(1) 請求原因(1)に対して
更生会社が貸金業者であることは認める。
(2) 請求原因(2)に対して
認める。
(3) 請求原因(3)に対して
請求原因(3)アは、同イ及びウは否認ないし争う。
(4) 和解契約による過払金債権の消滅-抗弁
更生会社は、原告との間で、平成22年3月12日、原告と更生会社の間には何らの債権債務がないことを相互に確認する旨の和解契約(以下「本件和解契約」という。)を締結した。
3 抗弁に対する認否及び再抗弁
(1) 抗弁に対して
認める。
(2) 本件和解契約の公序良俗違反による無効-再抗弁1
本件和解契約締結当時、本件取引により265万3375円の過払金が発生していたのであるから、本件和解契約は、強行法規である利息制限法に反し、公序良俗に反して無効である。
(3) 本件和解契約の錯誤無効-再抗弁2
原告は、本件取引により過払金が発生していることを知らずに本件和解契約を締結したから、本件和解契約の要素に錯誤があり、無効である。
(4) 本件和解契約の詐欺による取消しについて-再抗弁3
更生会社が、原告が本件取引により過払金が発生していることを知らないことに乗じて本件和解契約を締結させたことは詐欺に当たり、原告は、更生会社に対し、第2回口頭弁論期日(平成22年6月15日)において、本件和解契約を取り消す旨の意思表示をした。
4 再抗弁に対する認否及び再々抗弁
(1) 本件和解契約の公序良俗違反による無効(再抗弁1)に対して
否認ないし争う。
利息制限法が強行法規であることにより、制限超過部分に係る利息の約定が無効になることと、それによって発生する過払金債権の行使及びその範囲とは別個の問題であり、過払金債権の行使等は原告の自由意思に委ねられている。
(2) 本件和解契約の錯誤無効(再抗弁2)に対して
ア 認否
否認ないし争う。
原告主張に係る本件和解契約の錯誤は、争いの目的である権利の錯誤にすぎないから、民法696条によって判断されるべきである。
イ 原告の重過失-再々抗弁
仮に、本件和解契約の要素に錯誤があるとしても、原告は自ら取引履歴の開示を求め、本件取引に係る過払金の発生を認識する十分な資料と機会を与えられながら、それらを利用せずに本件和解契約を締結したのであるから、錯誤に陥ったことに重大な過失がある。
(3) 本件和解契約の詐欺による取消し(再抗弁3)に対して
否認ないし争う。
5 再々抗弁に対する認否
否認ないし争う。
第3当裁判所の判断
1 請求原因(1)について
更生会社が貸金業者であることは当事者間に争いがなく、前記更生手続開始決定がなされ、被告が管財人に選任されたことは当裁判所に顕著であり、被告が本件訴訟を受継したことは記録上明らかである。
2 請求原因(2)について
当事者間に争いがない。
3 請求原因(3)について
(1) アについて
当事者間に争いがない。
(2) イについて
貸金業者が制限超過部分を受領したが、その受領につき貸金業法(平成18年法律第115号による改正前のもの。以下も同様とする。)43条1項の適用が認められない場合には、当該貸金業者は、同項の適用があるとの認識を有しており、かつ、そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があるときでない限り、民法704条の「悪意の受益者」であると推定される(最高裁判所平成17年(受)第1970号同19年7月13日第二小法廷判決・民集61巻5号1980頁)。
被告は、貸金業法43条1項の適用を認めるに足りる主張立証をしないから、本件取引には同項の適用がなく、また、上記の特段の事情があることの具体的な主張立証もしないから、本件取引により発生する過払金の取得につき、更生会社は悪意の受益者に当たるものと認められる。
したがって、請求原因事実(3)イを認めることができる。
(3) ウについて
本件取引において制限超過部分を元本に充当することにより発生する過払金は、本件計算書の「残元金」欄記載のとおり265万3375円であり、最終取引日後の前記更生手続開始決定日の前日である平成22年10月30日までの確定利息は、「過払金の利息5%」欄記載のとおり75万8454円であるから、請求原因(3)ウを認めることができる。
4 和解契約による過払金債権の消滅(抗弁)について
当事者間に争いがない。
5 再抗弁1ないし3について
(1) 認定事実
証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成22年3月当時、更生会社、アコム株式会社及びプロミス株式会社からの借入金の返済に窮する状況にあったこと、原告は、同月11日に更生会社a支店を訪ねて、本件取引に係る全取引履歴の開示を求め、過払金が発生しているのであれば返還して欲しい旨を申し入れたこと、その際、原告は、応対した更生会社の従業員に対し、弁護士に相談することなく同支店に来店した旨を告げたこと、同従業員は、原告に対し、利息制限法1条1項所定の制限利率による引き直し計算は原告においてすべきものである旨を告げた上、更生会社としては、同日時点での約定利率に基づく残債務の免除を検討することができ、手数料も不要で、翌日には結論が出るなどと説明する一方、上記免除を受けた場合には、その後の貸付けは困難であり、貸付けを希望するのであれば、貸付残高を確保して約定利率を見直すことも可能であるなどとも説明したこと、原告は、直ちに更生会社の上記免除の提案を了承する旨の意向を示したが、同従業員は、本件取引に係る取引履歴8枚(証拠<省略>参照。ただし、「処理日」欄の同月5月までの部分が記載されたものである。)を原告に交付し、原告において同取引履歴を確認し、同月12日に再度来店して欲しい旨を申し入れたこと、原告は、同日に同支店を訪ねて、①原告が、更生会社に対し、本件取引につき一切の支払義務を負担していないことを確認する、②原告と更生会社の間には、本和解条項に定めるもののほか、何らの債権債務がないことを相互に確認する旨の本件和解契約を締結したこと、原告は、同支店を出た直後に、その隣に事務所を開設している司法書士事務所を訪ねて、アコム及びプロミスからの借入金について相談し、更生会社とは本件和解契約を締結した旨を説明したところ、応対したA司法書士から、本件和解契約が無効である可能性がある旨を告げられて、事後の対応をA司法書士に委任したこと、その後、A司法書士は、同月24日に更生会社から取引履歴照会表(証拠<省略>)の開示を受けて引き直し計算をし、本件取引による過払金の発生及びその金額を把握したこと、これらの経緯が認められる。
(2) 本件和解契約の錯誤無効(再抗弁2)について
ア 争いの目的である権利に当たるかどうか
前記(1)の認定事実によると、更生会社等からの借入金の返済に窮していた原告は、本件取引に係る過払金の発生を疑って、更生会社に取引履歴の開示及び過払金の返還を申し入れ、更生会社から取引履歴の開示を受けて、引き直し計算は原告においてすべきものである旨の説明を受けたが、当時は弁護士や司法書士といった法律専門家に相談しておらず、自ら取引履歴を検討し、引き直し計算をして過払金債権の発生及びその金額を具体的に認識することもなく、本件取引に貸金業法43条1項の適用があることを前提とする約定債務の免除により上記窮状が解消されるものと認識して、本件和解契約を締結したものである。
一方、更生会社は、上記のとおり原告から法律専門家に相談していない旨の説明を受けていながら、本件取引について引き直し計算をして過払金額を明らかにすることなく、本件取引に貸金業法43条1項の適用があることを前提として、約定利率に基づく貸付金残債務の免除、あるいは取引継続時の約定利率の引下げ等を提案し、直ちに上記免除の提案を受諾する旨の意向を表明した原告に対し、翌日再来店するように求めて検討と判断の機会を与え、指示とおりに再来店した原告と本件和解契約を締結したものである。
そして、本件和解契約締結当時には、既に、利息制限法所定の制限を超える約定利息と共に元本を分割返済する約定の金銭消費貸借において、債務者が、元本又は約定利息の支払を遅滞したときには当然に期限の利益を喪失する旨の特約の下で、利息として上記制限を超える額の金額を支払った場合には、債務者において約定の元本と共に上記制限を超える約定利息を支払わない限り期限の利益を喪失するとの誤解が生じなかったといえるような特段の事情のない限り、制限超過部分の支払は、貸金業法43条1項にいう「債務者が利息として任意に支払った」ものということはできないとの判決(最高裁判所平成16年(受)第1518号同18年1月13日第二小法廷判決・民集60巻1号1頁)が言い渡されており、本件取引に係る継続的金銭消費貸借契約に同特約が付されていたかどうかは証拠上明らかでないものの、貸金業者である更生会社は、同特約を付していたものと容易に推認することができ、また、本件取引には同項の適用がなく、約18年間にわたって継続された本件取引により相当額の過払金債務が発生していることを容易に認識できたものというべきである。
これらの諸事情を踏まえると、本件和解契約は、本件取引に貸金業法43条1項の適用があることを前提とする貸付金債権の存否及びその金額に関する争いをやめることとして締結されたものと認めるのが相当である。
したがって、本件取引に対する貸金業法43条1項の適用の有無並びに本件取引による過払金債権の発生及びその金額は、本件和解契約の対象である「争いの目的である権利」には当たらず、その前提ないし基礎となる事項にすぎないから、民法696条の適用はないものと認められる。
イ 原告の錯誤の有無について
前記アの判断を前提として、原告につき、本件取引に対する貸金業法43条1項の適用の有無並びに本件取引による過払金債権の発生及びその金額に係る錯誤があるかどうかを検討する。
上記事項は本件和解契約の対象ではないのであるから、上記事項について原告に錯誤があったとしても、それが直ちに本件和解契約の要素の錯誤に当たるということはできない。
しかし、前記(1)に認定したとおり、原告は、本件取引の取引履歴の開示を求める際に、本件取引により過払金が発生しているのであれば返還して欲しい旨を申し入れていたのであるから、引き直し計算の結果、本件取引により過払金が発生していることが判明したならば、当然、その返還を求める意思を有していたものといえる。
そして、原告が、法律専門家に相談せず、開示された取引履歴を自ら検討し、引き直し計算をして過払金債権の発生及びその金額を具体的に認識することもないままに本件和解契約を締結したことは前記アに判断したとおりであり、また、本件取引に貸金業法43条1項の適用がなく、相当額の過払金債務が発生していることを容易に知り得た更生会社は、原告が上記の認識で本件和解契約の締結に応じたことを知悉していたものと推認できる。
これらに照らすと、原告は、法律専門家に相談せず、本件取引に対する貸金業法43条1項の適用の有無も引き直し計算の結果も検討していなかったため、更生会社に対して過払金債権を有していないものと誤信して本件和解契約を締結したものであり、原告が上記の誤信を動機として本件和解契約を締結することは、黙示的に表示されていたものと認めるのが相当である。
したがって、本件和解契約を締結する旨の原告の意思表示には要素の錯誤があり、本件和解契約は無効であると認められる。
6 再々抗弁について
前記5に判断したとおり、原告は、更生会社から本件取引に係る取引履歴の開示を受けたものの、当時は法律専門家に相談しておらず、引き直し計算もしていなかったのであり、また、本件取引に貸金業法43条1項の適用がないことを容易に知り得た更生会社は、本件取引に同項の適用があることを前提とする約定債務の免除の提案を直ちに受諾する意向を示していて、引き直し計算の結果を認識していないことが明らかにうかがわれた原告に対し、わずか1日間の検討を指示したにすぎなかったことに照らすと、原告が、更生会社に対して過払金債権を有していないものと誤信したことに重過失があったものというのは困難であるといわざるを得ず、これに反する被告の再々抗弁を採用することはできない。
7 結論
よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由があるからこれを認容することとして、主文のとおり判断する。
(裁判官 近藤猛司)