大阪地方裁判所堺支部 平成23年(ワ)1650号 判決 2013年8月06日
主文
1 原告と引受参加人との間において,別紙供託金目録<省略>記載の供託金につき,原告が還付請求権の取立権を有することを確認する。
2 訴訟費用は引受参加人の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
原告は,国税徴収法62条の規定に基づき,株式会社a(以下「滞納会社」という。)の株式会社b(以下「本件第三債務者」という。)に対する運送委託代金債権を差し押さえたが,脱退被告が滞納会社から差押え前に同債権の譲渡を受けたと主張し,本件第三債務者が債権者不確知を理由に同代金を供託したことから,その供託金還付請求権について差押えをした上で,上記債権譲渡が無効であると主張し,脱退被告に対し,原告が上記供託金還付請求権の取立権を有することの確認を求める本訴を提起した。
本訴の係属後,脱退被告から引受参加人に対して,上記供託金還付請求権及びこれに附帯する利息が譲渡されたため,訴訟引受決定に基づき,引受参加人が本訴を承継するとともに,脱退被告が本訴から脱退した。
1 前提事実(以下の事実は,当事者間に争いがないか,括弧内記載の証拠又は弁論の全趣旨により容易に認定することができる。)
(1) 原告の滞納会社に対する租税債権の存在
ア 原告(所管庁・堺税務署長)は,滞納会社に対し,平成22年8月3日時点で,別紙租税債権目録1<省略>記載のとおり,既に納期限を経過した国税債権(以下「本件国税」という。)合計1315万4052円を有していた。
イ その後,本件国税は,一部が徴収されたものの,新たに発生した別紙租税債権目録2<省略>記載の租税債権336万7300円(ただし,平成22年10月19日現在の合計額)が加わり,平成22年12月24日時点では,別紙租税債権目録3<省略>のとおり合計1239万3976円,平成23年8月25日時点では,別紙租税債権目録4<省略>記載のとおり,合計1349万0876円となっている。
ウ なお,本件国税は,現在も上記滞納税額に平成23年8月26日以降の期間に発生した延滞税が加算された金額が未納となっている。
(2) 滞納会社が有する供託金還付請求権の存在
ア 滞納会社は,平成18年4月1日,本件第三債務者との間で,本件第三債務者を委託者,滞納会社を受託者とする運送委託契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
なお,本件契約に係る契約書(以下「本件契約書」という。)11条には,債権譲渡禁止特約(以下「本件債権譲渡禁止特約」という。)が定められていた。(証拠<省略>)
イ 滞納会社は,平成22年8月3日時点で,本件第三債務者に対し,本件契約に基づき,同年7月1日から同月31日までの運送委託代金債権(以下「本件債権」という。)を有していた。
(3) 滞納会社から脱退被告への本件債権の譲渡及び脱退被告による債権譲渡登記
ア 滞納会社は,平成22年4月9日,脱退被告との間で,貸主を脱退被告,借主を滞納会社,貸付金額を200万円とする内容の金銭消費貸借契約を締結する合意をするとともに(貸付実行日は同月12日),同契約その他一切の原因により,滞納会社が脱退被告に対して現在負担し,又は将来負担する一切の債務の担保として,滞納会社が現に有し,又は将来有する債権を脱退被告に譲渡する旨の集合債権譲渡契約(以下「本件債権譲渡契約」という。)を締結した。
なお,本件債権譲渡契約に係る契約書(以下「本件債権譲渡契約書」という。)7条1項には,「債務者は,譲渡債権につき無効,取消原因,相殺,譲渡禁止特約等による抗弁事由その他一切の瑕疵がないことを保証します。」との保証条項(以下「本件条項」という。)が定められていた。(証拠<省略>)
イ 平成22年4月16日,本件債権譲渡契約に基づく債権譲渡登記がされ,同年8月9日頃,本件第三債務者に当該登記がされている旨の通知がされた。
(4) 原告による本件債権の差押え
ア 原告は,平成22年8月3日,別紙租税債権目録1<省略>記載の租税債権を徴収するため,国税徴収法62条の規定に基づき,本件債権を差し押さえ,同日,債権差押通知書を本件第三債務者に交付した。
イ 原告は,平成22年10月19日,別紙租税債権目録2<省略>記載の租税債権を徴収するため,国税徴収法62条の規定に基づき,本件債権を差し押さえ,同日,債権差押通知書を本件第三債務者に交付した。
(5) 本件第三債務者による供託
本件第三債務者は,平成22年12月7日,債権者不確知を理由に,民法494条に基づき,被供託者を滞納会社破産管財人A(滞納会社については,同年10月19日に破産手続開始決定がされた。)又は脱退被告として,1422万9936円(ただし,本件第三債務者が滞納会社に対して有する弁済期の到来した債権合計2万5866円を本件債権から相殺した後の残額)を大阪法務局堺支局に供託した(別紙供託金目録<省略>記載の供託金。以下「本件供託金」という。)。
(6) 原告による本件供託金還付請求権の差押え
原告は,平成22年12月24日,別紙租税債権目録3<省略>記載の租税債権のうち,番号1,3及び4に係る租税債権を徴収するために,国税徴収法62条に基づき,滞納会社が有する本件供託金の還付請求権を差し押さえ,同日,債権差押通知書を大阪法務局堺支局供託官に交付した。
(7) 脱退被告から引受参加人への本件供託金還付請求権の譲渡
脱退被告は,平成23年12月19日,引受参加人に対し,本件供託金の還付請求権及びこれに附帯する利息を譲渡し,当該債権譲渡につき,国(大阪法務局堺支局供託官・B)に対し,同月28日到達の内容証明郵便をもって,民法467条に基づく通知をした。(弁論の全趣旨)
2 争点
本件の争点は,本件債権を差し押さえた原告が,本件債権に付されている債権譲渡禁止特約の存在を理由に,本件債権譲渡契約の無効を主張する適格を有するか(争点1),脱退被告には,本件譲渡禁止特約の存在を知らなかったことについて重過失があるか(争点2)である。
3 争点1(債権譲渡禁止特約違反を理由とする無効主張適格)についての当事者の主張
(原告の主張)
(1) 最高裁平成21年3月27日第二小法廷判決・民集63巻3号449頁(以下「平成21年判決」という。)について
ア 平成21年判決は,債権譲渡禁止特約は,債務者の利益を保護するために付されるものとした上で,債権譲渡禁止特約に違反して債権を譲渡した債権者は,同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張する独自の利益を有しないのであって,債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らかであるなどの特段の事情のない限り,その無効を主張することが許されないと解するのが相当である旨判示したものである。このように,平成21年判決は,債権譲渡禁止特約に違反して債権を譲渡した債権者には,同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張する独自の利益がないから,その無効を主張することは許されないと判示しただけであり,債権譲渡禁止特約に違反して債権を譲渡した債権者以外の第三者が,その無効を主張できるか否かについては何ら判断していない。そして,平成21年判決の論理を前提にすれば,債権者が債権譲渡禁止特約の存在を理由に譲渡の無効を主張することができないのは,それを主張する独自の利益がないからである。他方,債権譲渡禁止特約に違反して債権を譲渡した債権者以外の第三者が,同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張する独自の利益を有する場合には,その無効を主張できると解すべきである。
イ 引受参加人は,錯誤無効の主張権者に関する最高裁判決(最高裁昭和40年9月10日第二小法廷判決・民集19巻6号1512頁。以下「昭和40年判決」という。)の判示が,債権譲渡禁止特約違反の場合にも妥当し,債権譲渡禁止特約の存在を理由とする譲渡無効を主張できるのは,債務者のみであると主張する。しかし,第三者において表意者に対する債権を保全する必要がある場合において,表意者が要素の錯誤を認めているときは,表意者自らは当該意思表示の無効を主張する意思がなくても,当該第三者は表意者の意思表示の錯誤による無効を主張することが許されると解されており(最高裁昭和45年3月26日第一小法廷判決・民集45巻3号151頁参照),要素の錯誤による意思表示の無効は,原則として,表意者のみが主張できるが,例外的に表意者以外の第三者が主張できる場合もあると解される。
この点,引受参加人は,原告が本件債権譲渡契約の無効を主張できる独自の利益を有するか否かを検討することなく,本件第三債務者が本件債権譲渡契約の無効を主張せずに供託したことのみをとらえて,本件第三債務者以外の第三者である原告が本件債権譲渡契約の無効を主張できないと主張するものであり,その主張は失当である。
ウ 滞納処分に係る差押債権者が,債権譲渡禁止特約の存在を理由に,譲渡の無効を主張する独自の利益を有するか否かについては,以下の点を指摘できる。
一般に,滞納処分に係る差押債権者は,譲渡人本人のように,第三債務者との間で,自ら譲渡禁止特約をする一方で,譲受人に対し,同特約を秘して,当該債権を譲渡ないし担保に供し,譲受人から対価を得る立場にはないし,このような法的地位を引き継ぐ承継人的立場にもない。
また,本件において,本件債権を差し押さえた原告は,差し押さえた債権につき創設的に取立権を取得しており,一般差押可能財産の一つとして差押えを行うことにより,譲渡人である滞納会社とは異なる第三者としての地位を取得しているから,本件債権の帰趨について,譲受人である脱退被告及びその承継人である引受参加人と対立する独自の利益を有しているといえる。
(2) 関係当事者(原告,滞納会社,本件第三債務者,脱退被告)の利益状況について
引受参加人は,原告以外の関係当事者が,本件債権譲渡契約の無効を主張すべき独自の利益を有さず,あるいは無効を主張する意思を有しないにもかかわらず,後から差押えを行って関係当事者に加わる形となった原告のみが,独自の利益を有するとして,本件債権譲渡契約の無効を主張することが許容されるとすれば,既に存在していた当事者間の法律関係の安定を不必要に害する旨主張する。しかし,一般に,第三債務者が,債権譲渡の無効を主張せず,逆に譲渡を承諾し,遡及的に譲渡が有効になったとしても,承諾前に債権を差し押さえた者がいる場合は,民法116条の法意に照らし,その差押債権者の利益を害することはできない(最高裁平成9年6月5日第一小法廷判決・民集51巻5号2053頁参照)。そうすると,仮に,本件において,本件第三債務者が本件債権譲渡契約の無効を主張する意思を有していなかったとしても,そのことによって,本件債権を差し押さえた原告の利益が害されることはなく,原告は,その無効を主張することに何らの制約を受けない。
このように,第三債務者が債権譲渡を承諾することによって差押債権者の利益を害することはできないことに照らすと,本件第三債務者が本件債権の譲渡について承諾すら与えていない状況において,本件債権を差し押さえた原告に本件債権譲渡契約の無効を主張することを許容したとしても,本件第三債務者の利益を害するとはいえないことはもとより,当事者間の法律関係の安定を不必要に害するともいえない。
(3) 以上によれば,原告は,本件債権譲渡禁止特約の存在を理由に譲渡の無効を主張する独自の利益を有するから,その無効を主張する適格がある。
(引受参加人の主張)
(1) 平成21年判決について
ア 債権譲渡禁止特約は債務者の利益を保護するためのものであるから,民法466条2項にいう無効の主張権者の範囲は限定的に解釈すべきである。そうすると,平成21年判決は,保護の対象ではない債務者以外の第三者は,同特約の存在を理由に債権譲渡の無効を主張する独自の利益を有さず,同特約により保護される債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らかであるなどの特段の事情がない限り,その無効を主張することは許されない趣旨を判示したものと解釈すべきである。
また,滞納会社のような債権譲渡人は,脱退被告のような金融機関に対して債権譲渡を行うことにより,融資を受けるという形で利益を得るのであり,原告のような租税徴収機関も,滞納会社が融資等の利益を得たことを前提に,その租税債権を回収することができる。よって,原告のような差押債権者を含め,債権譲渡人に対して債権を有する者は,債権譲渡人及び金融機関の利益とは別個に,当該債権譲渡の無効を主張する独自の利益を有しているとはいい難く,原告と脱退被告ないし脱退被告から債権譲渡を受けた引受参加人との関係は,対抗問題として解決すべきである。そして,脱退被告による本件債権譲渡契約に係る登記は,原告による本件債権の差押通知に先立つから(上記1(3)イ及び(4)),脱退被告への本件債権譲渡契約が原告の差押えに優先することは明らかである。
イ 錯誤無効の主張権者に関する昭和40年判決は,「民法95条の律意は瑕疵ある意思表示をした当事者を保護しようとするにあるから,表意者自身において,その意思表示に何らの瑕疵も認めず,錯誤を理由として意思表示の無効を主張する意思がないにもかかわらず,第三者において錯誤に基づく意思表示の無効を主張することは,原則として許されない」とした原判決を是認している。これと同様の論理は,債権譲渡禁止特約についても妥当すると解されるから,保護対象である第三債務者に債権譲渡の無効を主張する意思がない場合に,その他の第三者に無効を主張させることは許されない。
ウ 本件債権譲渡禁止特約の保護対象である本件第三債務者は,本件債権譲渡契約の無効を主張せずに供託している。本件第三債務者は,本件債権の真の権利者が誰であり,本件債権譲渡契約が有効であるか無効であるかについて関心を有しておらず,その意思は,単に二重払いの危険性を避けたいというものであるから(証拠<省略>),債権譲渡禁止特約により保護される債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らかであるとはいえない。
エ 仮に,本件債権譲渡禁止特約の保護対象ではない第三者において,債権譲渡禁止特約の存在を理由として譲渡の無効を主張することが許される場合があるとしても,平成21年判決の判示に照らせば,同判決にいう特段の事情とは,債権譲渡禁止特約制度の趣旨からして,保護対象である債務者と同等に当該第三者を保護しなければならないような特別な場合に限定されると解すべきである。この点,原告が,単に債権者である滞納会社とは別個の利益を有する第三者であるというだけでは,原告を保護する理由とはならず,平成21年判決にいう「債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らかである」場合に比肩するような特段の事情には該当しない。
(2) 関係当事者の利益状況について
本件債権譲渡禁止特約につき合意した滞納会社及び本件第三債務者,本件債権の譲渡を受けた脱退被告には,本件債権の譲渡の無効を主張すべき独自の利益はなく,また,無効を主張する意思もない。このような状況下で,後に債権差押えという方法により上記三者の法律関係に割り込んできた差押債権者である原告の利益を重要視して,債権譲渡自由の原則の例外となる本件債権の譲渡の無効主張を原告に認めるのは,債権回収を確実にするための一手段として本件債権の担保提供を受ける努力をした脱退被告ないし脱退被告から本件債権の譲渡を受けた引受参加人との対比において公平ではなく,既に存在していた当事者間の法律関係の安定を不必要に害する。
4 争点2(脱退被告の重過失の有無)についての当事者の主張
(原告の主張)
(1) 総論
運送委託代金債権に債権譲渡禁止特約が付されることは一般的であるから,脱退被告は,滞納会社から本件債権を譲り受けた当時,本件債権に譲渡禁止特約が付されていることを認識できたはずである。
したがって,脱退被告は,その専門的知識,経験並びに高い調査能力を駆使し,滞納会社に対し,既発生の運送委託代金債権に係る契約書面の提出を求めるなどして,本件債権に譲渡禁止特約が付されているか否かについて適切に調査すべきであった。
ところが,脱退被告は,滞納会社との間で,本件条項を設けた本件債権譲渡契約書(証拠<省略>)を取り交わしただけで,既発生の運送委託代金債権に係る契約書面の提出を求めるなどの調査をしなかったから,その調査確認を尽くしたとはいえず,脱退被告に重過失があったというべきである。
(2) 運送代金債権に債権譲渡禁止特約が付されていることが一般的であり,脱退被告がそのことを予見できたこと
ア 継続的かつ多数の取引先を有する大規模な会社との運送委託契約については,運送人の運送債務不履行により,荷送人と荷受人との間のその後の取引及び信頼関係に重大な影響を与える危険性や,債権譲渡によって債権者や債権譲渡事実の確認を行う事務処理が煩雑となる危険性が将来生じ得ることから,これらの危険性を回避することが債権譲渡禁止特約を付す動機になり得る。
イ 公刊され,入手が容易である契約書式集において,債権譲渡禁止特約が定められた商品運送契約書が紹介されており(証拠<省略>),本件債権のような運送代金債権に債権譲渡禁止特約が付されることは一般的であるところ,そのことは,債権譲渡禁止特約等に関する知識・経験が豊富な脱退被告にとっては周知の事柄であった。
ウ 脱退被告は,別件訴訟においても,債権譲渡禁止特約が付された運送代金債権を譲り受け,当該特約の存在について善意・無重過失を主張しており,本件のほかにも,債権譲渡禁止特約が付された運送委託代金債権を譲り受けた経験を多数有している。
(3) 本件条項を設けた本件債権譲渡契約書(証拠<省略>)について
ア 本件条項は,本件債権譲渡契約に当たって特別に設けられた条項ではなく,本件債権譲渡契約当時,脱退被告が締結する同様の契約において作成される契約書においても,定形文言として定められていたものにすぎない。
イ 脱退被告は,別件訴訟での経験から,本件と同じく集合債権譲渡契約証書に「債務者は,譲渡債権につき無効,取消原因,相殺,譲渡禁止特約等による抗弁事由その他一切の瑕疵がないことを保証します。」という文言があったとしても,譲り受ける債権に債権譲渡禁止特約が付されている場合があることを知っていた。
(4) 脱退被告が本件債権についての調査を尽くしていないこと
ア 脱退被告が,本件債権に債権譲渡禁止特約が付されていることに関する調査を尽くしたといえるか否かについて,脱退被告が後記のとおり主張する調査内容を裏付ける客観的証拠はない。
また,脱退被告が過去の運送委託代金債権に係る請求書及び通帳の入金記録並びに売上げを記載した表の提出を滞納会社に求めたことは,融資の担保となる運送委託代金債権が存在するか否かを確認するための調査であり,いずれも債権譲渡禁止特約の有無に関する調査とはいえないから,仮に,脱退被告がこれらの調査を行ったとしても,債権譲渡禁止特約の有無に関する調査を尽くしたとはいえない。
イ 脱退被告が,滞納会社代表者であるCから本件契約書が存在しない旨の回答を受けたとしても,金融機関が融資実行の条件として適正な担保を要求することは当然であり,債権譲渡担保の設定について,取引基本契約書や第三債務者の承諾書を徴求することは何ら信頼関係を傷つけるものではないから,融資依頼者が取引基本契約書を作成されていないと主張するのであれば,改めて取引基本契約書の作成を求めたり,承諾書の提出を求めればよい。脱退被告において,かかる措置を講じなかったことは,融資を実行する金融機関として通常なすべき調査を行わなかったといえるから,これは,脱退被告の重過失を基礎付ける事実である。
(引受参加人の主張)
(1) 総論
滞納会社は,脱退被告に対し,本件債権譲渡契約書(証拠<省略>)に設けた本件条項において,本件債権に債権譲渡禁止特約が付されていないことを明示的に保証しており,脱退被告の調査内容によれば,Cの説明内容に疑義を挟む余地はなく,その他,本件債権譲渡禁止特約が付されていることを疑うべき事情もなかった。したがって,本件債権譲渡禁止特約の存在を知らなかったことについて,脱退被告に重過失はない。
(2) 運送代金債権に債権譲渡禁止特約が付されていることが一般的とはいえないこと
ア 運送業務の受託者が運送代金債権に対する運送業務を履行しない場合,委託者としては,運送代金の支払を拒否すれば足り,また,委託者は,契約当初,自ら選定した運送業者が直ちに債権譲渡を行って多数の債権譲受人が現れる事態を想定していないし,債権譲渡がなされたとしても多数の人的資源を有する大会社であれば事務処理上も対応できるから,これらのことが委託者にとって債権譲渡禁止特約を定める動機とはなり得ない。
イ 公刊されている契約書式集に債権譲渡禁止特約が記載されていても,運送業者の規模等は様々であり(証拠<省略>),全ての運送業者がその記載条項を一般的に使用するともいえないから,債権譲渡禁止特約が付されることが一般的であるとはいえない。
(3) 脱退被告の調査内容について
ア 脱退被告は,滞納会社に対して200万円の融資を行うに当たり,Cと面談し,滞納会社と本件第三債務者との間の契約書のコピーの提出を求め,債権譲渡禁止特約の有無を口頭で確認したが,Cは,そのような契約書は存在しない旨及び債権譲渡禁止特約が存在しない旨回答した。
イ また,脱退被告は,Cに対し,滞納会社の財務状況や売上額等を確認するとともに,直近2年分の決算書(証拠<省略>)を提出させた。
ウ さらに,脱退被告は,Cに対し,過去の運送委託代金債権に係る請求書及び通帳の入金記録並びに売上を記載した表を提出させ,現実に請求どおりの代金が入金されている事実を現認した。加えて,C個人の信用調査として,Dの信用情報も求めた。
エ 脱退被告は,上記アないしウの調査を行っていたのであり,その調査内容は,本件債権に本件譲渡禁止特約が付されているか否かの調査として,十分である。
(4) 脱退被告がCの説明を疑い,さらに調査を行うべき状況にはなく,それ以上の調査を行わなかったことに重過失があるとはいえないこと
ア 脱退被告としては,滞納会社から契約書が存在しない旨を告げられた場合,請求書及び通帳等の確認を行う以外に確認の方法はなく,現に上記(3)のとおり調査を尽くしている。これらの調査によると,滞納会社は,脱退被告が融資を実行した平成22年まで赤字となったことがない会社であり,その他財務状況やC個人の信用力についても何ら問題は見当たらなかった。これらのことから,Cが,債権譲渡禁止特約の有無等につき虚偽の表明を行うべき動機は全く想像することができず,本件債権譲渡禁止特約の存在を疑うべき状況になかった。
イ 本件債権譲渡契約は,動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律(以下「債権譲渡特例法」という。)に基づく債権譲渡登記制度を利用した債権譲渡であった。同制度は,第三債務者に譲渡の事実を知らせることなく,債権譲渡人たる債務者の信用不安を惹起させずに,第三者対抗要件を具備できるところに立法の一つの狙いがある。債権譲渡登記をしようとする譲受人は,債権譲渡禁止特約の存在の有無を譲渡人に確認することはあっても,債権譲渡時において第三債務者に何らかの確認をすることは想定されていない。債権者である金融機関が第三債務者に対して確認をすることは,第三債務者の債務者に対する信用を大きく失墜させることになるから,脱退被告が第三債務者に対して債権譲渡禁止特約の有無を確認しなかったからといって,そのことが重過失を基礎付ける理由とされるべきではない。
第3当裁判所の判断
1 争点1(債権譲渡禁止特約違反を理由とする無効主張適格)について
(1) 平成21年判決は,①民法466条2項の趣旨に照らし,債権譲渡禁止特約が債務者の利益を保護するために付されるものとした上で,②同特約に反して債権を譲渡した債権者は,同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張する独自の利益を有さず,債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らかであるなどの特段の事情がない限り,その無効を主張することは許されない旨判示している。
平成21年判決が,債権譲渡禁止特約に違反して債権を譲渡した債権者において,債権譲渡禁止特約の存在を理由に譲渡の無効を主張することはできないとしたのは,債権譲渡禁止特約に違反して債権を譲渡した債権者には,同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張する独自の利益がなく,そのような状況において,債権者自身が無効を主張することは,信義則上も許されないとする趣旨をも含むものと解される。
このような観点からすると,平成21年判決は,債権譲渡禁止特約の趣旨が債務者保護にあるとしつつも,債権譲渡契約の無効を主張する独自の利益がある者については,その主張を禁じるものではないと解される。
(2) そこで,原告が本件債権譲渡契約の無効を主張する独自の利益を有するか否かについて検討する。
国税徴収法67条1項は,徴収職員は,差し押えた債権の取立てをすることができる旨規定している。同項に基づく徴収職員の取立権は,同項の規定により創設的に取得されるものであって,滞納者の代理人又は承継人として滞納者の名において取り立てるものではなく,徴収職員が自己の名において取り立てるものであると解される。このように,同項に基づいて債権を差し押さえた徴収職員は,債権者たる滞納者とは独立して差押債権の取立権を有し,差押債権につき第三者としての地位を取得する。そうすると,本件債権譲渡禁止特約の付された本件債権について差押えをした債権者である原告は,本件債権譲渡禁止特約の存在を理由に,本件債権譲渡契約の無効を主張する独自の利益を有するというべきである。
したがって,【判示事項1】本件債権譲渡契約につき,本件第三債務者がその無効主張をする意思が明らかであるか否かにかかわらず,原告は,本件債権譲渡禁止特約の存在を理由に,本件債権譲渡契約の無効を主張する適格を有すると解するのが相当である。
(3) これに対し,引受参加人は,原告に本件債権譲渡契約の無効主張を許すことは不公平であり,関係者らの法的安定性を害する,脱退被告と原告とは対抗関係に立つなどと主張する。
確かに,債権の譲渡人が債権の譲受人との間で債権譲渡の取引をすることにより,債権の譲渡人の一般債権者が利益(譲渡の対価や融資の継続)を得るという側面は認められるところである。しかし,これはあくまでも反射的なものであり,債権の譲渡人の一般債権者は,間接的な利益を享受しているにすぎないし,上記のとおり,本件債権を差し押えた原告は,創設的に取得した債権の取立権を行使しうるか否かという意味において,本件債権の帰趨について独自の利益を有するといえるから,原告の譲渡無効の主張を許容することが不公平であるとか,法的安定性を害するということもできないのであって,上記主張は採用できない。
2 争点2(脱退被告の重過失の有無)について
(1) 認定事実
前記第2の1の前提事実に加え,証拠<省略>によれば,以下の各事実が認められる。
ア 脱退被告と滞納会社との関係等
(ア) 脱退被告は,都市部を中心に80支店を有する銀行であり(平成22年12月31日現在),平成22年9月末時点での貸出残高は4326億8500万円であった。(証拠<省略>)
(イ) 滞納会社は,昭和55年8月8日,資本金を2000万円として設立された運送業を目的とする株式会社である。滞納会社は,最高時には従業員を60人を雇用し,トラックも40台ほど保有していたが,平成20年後半頃から業績不振に陥り,資金繰りが困難な状況になった。そこで,Cは,資金不足のため,知人から紹介を受けた脱退被告に対し,融資の申込みをした。(証拠<省略>)
イ Cと脱退被告担当者との面談及び脱退被告による調査内容等
(ア) 脱退被告は,Cからの融資の申込みを受け,融資の担保となる本件債権の調査のため,Cに対し,運送契約書を示すよう求めるとともに,債権譲渡禁止特約の有無について口頭で確認した。これに対し,Cは,本件債権について契約書は存在しない,債権譲渡禁止特約もない旨回答したのみで,脱退被告に対し,本件契約書(証拠<省略>)を提出することはなかった。(証拠<省略>)
また,滞納会社の運送業務においては,契約書を取り交わす取引先と,契約書を取り交わさない取引先とがあり,その比率は半々くらいであった。(証拠<省略>)
(イ) 脱退被告は,滞納会社の財務状況や売上額等を確認するため,Cに対し,滞納会社の直近2年分の確定申告書,決算書等(証拠<省略>)の提出を求めた。Cは,これらを提出した。(証拠<省略>)
ウ 脱退被告が関与した2つの別件訴訟
(ア) 債権譲渡禁止特約が付された債権の譲渡を受けた脱退被告と同債権を滞納処分により差し押さえた国との間で,供託金の還付請求権について争われた別件訴訟(東京地方裁判所平成20年(ワ)第<省略>号)において,脱退被告から書証として提出された平成20年1月23日付け集合債権譲渡契約証書には,本件債権譲渡契約書(証拠<省略>)の本件条項と同様の保証条項が設けられている。(証拠<省略>)
(イ) また,債権譲渡禁止特約が付された債権(運送委託代金債権)の譲渡を受けた脱退被告と同債権を滞納処分により差し押さえた国との間で,供託金の還付請求権について争われた別件訴訟(当庁平成20年(ワ)第<省略>号)において,脱退被告は,同特約の存在について善意・無重過失である旨の主張をした。(証拠<省略>)
エ 運送委託代金債権に関する取引慣行等
(ア) 公刊されており,一般に容易に入手できる運送契約書のひな型には,債権譲渡禁止特約が付されている。(証拠<省略>)
(イ) 本件第三債務者は,滞納会社との取引だけでなく,他の会社との関係でも,原則として債権譲渡禁止特約が付された契約書のひな型を使用していた。(証拠<省略>)
(2) 検討
ア 民法466条1項は債権譲渡自由の原則を定めた上で,その2項本文は,当事者が反対の意思表示をすることにより,債権の譲渡性を奪うことができる旨規定している。また,同項ただし書は債権譲渡を禁止する特約は善意の第三者に対抗することができない旨規定し,その文言上は第三者の過失の有無を問わないかのようであるが,重大な過失は悪意と同様に取り扱うべきであるから,債権譲渡禁止特約の存在を知らずに債権を譲り受けた場合であっても,これにつき譲受人に重大な過失があるときは,悪意の譲受人と同様,譲渡によってその債権を取得し得ない(最高裁昭和48年7月19日第一小法廷判決・民集27巻7号823頁参照)。
イ 運送委託代金債権に付されている債権譲渡禁止特約の予見可能性について
脱退被告において,本件債権である運送委託代金債権に債権譲渡禁止特約が付されている可能性を予見し得たかどうかを判断するに当たっては,脱退被告自身が,本件と同様に,譲り受けた運送委託代金債権に債権譲渡禁止特約が付されていた事案や,本件と同種債権ではないものの,債権譲渡禁止特約がないことを保証させる趣旨で本件条項を設けた書面の提出を求めても,結果的に同特約が存在した事案を経験していること等の事情を決して軽視することはできない。上記(1)ウのとおり,脱退被告は,本件債権譲渡契約を締結する前に,そのような事案を経験している。
加えて,全国に多数の販売拠点や製造拠点を有しており,自社製品を運送するために運送契約を多数締結する必要がある本件第三債務者にとっては,運送人が運送代金債権を自由に譲渡できるとすると,債権者及び債権譲渡の有無の確認を行うことが事務処理上煩雑となり,二重払いを強いられるなどの危険があるから,運送人が運送債務を履行しない限り,運送代金に相当する金員を得ることができないようにすることが運送代金債権に債権譲渡禁止特約を付す動機となり得るといえること(上記(1)エ(イ))や,運送業者がその事業規模,従業員数等の点で多岐にわたること(証拠<省略>)を考慮しても,公刊されている契約書式集に債権譲渡禁止特約が定められた契約書が例示されていること(上記(1)エ(ア))は,脱退被告のような高度な専門的知識,経験及び調査能力を有する銀行において周知の事実であったといえる。
以上を踏まえると,脱退被告は,本件債権譲渡禁止特約の存在を十分に予見できたはずであり,金融機関としてこの点に関する調査を慎重に尽くすべき立場にあったということができる。
ウ 脱退被告による調査内容及びその評価について
(ア) 銀行は,独占的に銀行取引を業とする組織体として,銀行取引における融資及び担保に関して,実務上及び法律上の高度な専門的知識,経験及び調査能力を有しており,このことは,脱退被告についても,同様に当てはまる。
(イ) ところで,脱退被告は,滞納会社に対する融資を実行するに当たり,少なくとも,上記(1)イのとおり,Cに対して運送契約書を示すよう求めるとともに,債権譲渡禁止特約の有無について口頭で確認するなどの調査をしたことは認められる。
しかし,脱退被告が本件債権譲渡禁止特約の有無に関して行った直接的な調査は,Cに対する口頭による確認に留まり,その他には,本件条項が設けられた本件債権譲渡契約書(証拠<省略>)の提出を求めたことのみである。もとより,現に本件契約書(証拠<省略>)は存在しているところ,脱退被告の上記調査では,本件債権に係る契約書は存在しないというCの回答が,本件契約書がそもそも作成されていないという趣旨であるのか,契約書は作成されたものの,その後にCが紛失したという趣旨であるのかすら認定することができない。
そして,契約書の有無に関しては,滞納会社は,資本金の額,従業員数,保有トラック台数等から,少なくとも中規模以上の運送業者であることがうかがわれるところ,本件債権の金額も1400万円以上という相当な金額に上っていること(前記第2の1(2)(5))に加え,実際に滞納会社の運送業務において,その半数程度の取引先との間では契約書が作成されていたこと(上記2(1)イ(ア))にも照らせば,Cの説明内容や,本件債権が継続的取引に類する運送委託契約に基づく運送代金債権であることを踏まえても,脱退被告のような高度な専門的知識,経験及び調査能力を持つ銀行において,本件契約書が作成されている可能性を十分に認識することができたといえる。
そうすると,脱退被告が,まずもって契約書の有無に関する調査自体を十分に行ったといえるかどうか疑問が生じるところである。
(ウ) これに対し,引受参加人は,滞納会社の財務状況等を示す資料からは,Cが虚偽の説明をしていることを疑わせるような事情は見当たらなかった旨主張する。
しかし,脱退被告が,Cに対し,過去の運送委託代金債権に係る請求書及び通帳の入金記録並びに売上を記載した表を提出させ,現実に請求どおりの代金が入金されている事実を現認したり,C個人の信用調査として,Dの信用情報も徴求したなどというその余の調査内容(前記第2の4(引受参加人の主張)(3)ウ)については,これらを認定できる十分な証拠は存在しない。また,仮に,これらの調査が実施されたとしても,これらは滞納会社に対する貸付の担保となる債権の存否に関するもので,貸付金の回収可能性についての基礎的な調査にすぎず,債権譲渡禁止特約の有無を直接的に明らかにするものともいえないから,この点を過大に評価することはできない。
エ 本件債権譲渡契約書(証拠<省略>)の存在について
引受参加人は,滞納会社が,脱退被告に対し,本件条項が設けられた本件債権譲渡契約書(証拠<省略>)により,本件債権譲渡禁止特約がない旨保証したことを前提とした上,脱退被告の調査によっても,その他に本件債権譲渡禁止特約の存在を疑うべき事情は存在しなかった旨主張する。
しかし,債権譲渡契約書に記載された事項が真実であるとして譲渡人を信用して取引を行うのが一般的であるとしても,そもそも,脱退被告が債権譲渡禁止特約の有無を直接的に確認できる契約書等の存否を十分に確認したとはいえず,その余の調査も間接的なものに留まっていることに加え,上記イのとおり,本件債権譲渡禁止特約の存在を予見し得るその他の事情も優に認められる事情の下では,定型文言である本件条項を設けた本件債権譲渡契約書(証拠<省略>)を形式的に取り交わし,証拠上認められるその他の調査をした程度に留めたこと自体が相当とはいえない。そうすると,本件において,脱退被告は,金融機関としての高度な専門的知識,経験及び調査能力等の一切の事情を前提として,当然に求められる程度の調査義務を尽くしたと評価することはできない。
オ 脱退被告の調査義務の内容について
本件債権譲渡契約の第三者対抗要件の具備の方法は,引受参加人の主張するとおり,債権譲渡特例法に基づく債権譲渡登記を利用した事案である。このことから,債権の譲受人である脱退被告が,本件第三債務者に対し,債権譲渡禁止特約の有無について直接確認することは想定されていないとしても,上記事実関係の下では,単に,Cから本件契約書(証拠<省略>)がないとの説明を受け,債権譲渡禁止特約が付されていないことを保証する旨の本件条項を設けた本件債権譲渡契約書(証拠<省略>)や財務資料等を提出させるに留まらず,債務者である滞納会社に対し,本件第三債務者へ確認を取るよう促し,改めて契約書の作成を求めるなどの調査をさらに尽くすべき義務があったといえる。
そして,これらの方法をとれば,本件債権譲渡禁止特約の有無について容易に判明したであろうと推測できるから,脱退被告が,このような方法を検討することなく調査を終了した点は,金融機関として,悪意と同視し得る重大な過失に当たると評価すべきである。
(3) 小括
以上によれば,【判示事項2】脱退被告には本件債権譲渡禁止特約の存在を知らなかったことについて重過失がある。そうすると,原告は,本件債権譲渡契約の無効を主張でき,本件供託金の還付請求権を有すると認められる。
3 結論
よって,原告の本件請求は理由があるから,これを認容することとして,主文のとおり判決する。
(裁判官 高橋善久 裁判官 古賀英武 裁判官 久屋愛理)