大阪地方裁判所堺支部 平成25年(ワ)84号 判決 2015年2月05日
堺市<以下省略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
向来俊彦
同訴訟復代理人弁護士
櫛田博之
埼玉県<以下省略>
被告
Y
同訴訟代理人弁護士
高須和之
同
加藤大裕
同
村田和績
同
和田和純
同
山浦昂
同
増子聡之
同
山田尚平
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告は,原告に対し,446万6000円及びこれに対する平成17年9月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第2事案の概要
本件は,訴外株式会社サクセスジャパン(以下「サクセスジャパン」という。)の従業員から訴外株式会社アイ・ディ・テクニカ(以下「IDT」という。)の未公開株について,「1年以内に東証マザーズに上場します。」,「上場すれば株価高騰により購入価格の倍以上になります。」などとその購入の勧誘を受け,平成17年9月22日にサクセスジャパンが業務執行組合員になっているアイ・ディ・テクニカ投資事業有限責任組合(以下「本件組合」という。)に10口分の出資を申込み,406万円を支払って,出資証券を受け取った原告が,IDTの株式が結局東証マザーズに上場されなかったため,①サクセスジャパンは証券業の登録を受けずに有価証券(出資証券)の募集という証券業を行っており,この行為は,旧証券取引法2条8項,同28条に違反し,不法行為を構成する,②未公開株(ないし未公開株に投資する投資事業組合の出資証券)の勧誘・販売は,証券業登録を受けた証券会社であっても,原則として禁止されており(旧証券取引法40条1項1号,日本証券業協会の自主規制規則である「店頭有価証券に関する規則」3条),いわゆるグリーンシート銘柄の取引のみが認められているに過ぎない(有価証券に関する規則6条,日本証券業協会の自主規制規則である「グリーンシート銘柄及フェニックス銘柄に関する規則」)から,サクセスジャパンによる未公開株(ないし未公開株に投資する投資事業組合の出資証券)の勧誘・販売行為は公序良俗に反する行為であり,③IDTは,真実は,東証マザーズに上場予定がなく,株式の上場に伴う株価の急激な高騰が起きる可能性などなかったにもかかわらず,サクセスジャパンの従業員はこのことを認識していた上で,原告に対し,「1年後には上場する。」,「上場すれば株価が高騰し,巨額の利益を得ることができる。」などと虚偽の事実を申し向け,原告をしてその旨誤信させて,未公開株(ないし未公開株に投資する投資事業組合の出資証券)を販売しているから,従業員の上記行為は詐欺であって,不法行為を構成し,④サクセスジャパンの従業員は,原告に対して,IDTの未公開株1株(1口)40万6000円で販売しているが,IDTの未公開株式の価値は,配当還元方式によって評価すれば0円であり,収益還元方式あるいは純資産方式によってもほとんど価値がないにもかかわらず,上記金額で販売していることは暴利行為に該当し,IDTはサクセスジャパンと共同不法行為責任(幇助責任)を負うと主張して,IDTの代表取締役であった被告に対して,不法行為又は旧商法266条の3第1項に基づいて,損害賠償金446万6000円(出資金406万円と弁護士費用40万6000円)とこれに対する不法行為時である平成17年9月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めたという事案である。
1 争いのない事実等(括弧内に証拠の表示のない事実は争いのない事実である。)
(1) 当事者
原告は,昭和20年○月○日生まれで,現在は無職であり,出資当時は60歳の会社員であった(原告本人)。
被告は,平成16年9月14日から平成18年2月28日までIDTの代表取締役であった者である(甲2)。平成22年2月1日にIDTに対する破産廃止決定が確定した。
サクセスジャパンは,平成15年7月17日に設立され,有価証券の保有並びに運用業務等を目的とする株式会社である。
(2) 原告の出資について
平成17年9月8日ころ,サクセスジャパンのA(以下「A」という。)から本件組合に対する出資の勧誘を受け,同月16日に原告は本件組合との間で本件組合に加入し,出資金として10口406万円を支払う旨の契約(以下「本件出資契約」という。)を締結し,同月22日に本件出資契約に基づいて本件組合に406万円を支払い,同月26日ころ,それと引き換えに本件組合出資証券(以下「本件証券」という。)を受領した。本件組合の業務執行組合員はサクセスジャパンである。(甲7ないし11)。
2 争点
被告が不法行為(民法709条)又は旧商法266条の3第1項に基づく賠償責任を負うか否か
第3争点に関する当事者の主張
1 原告の主張
(1) サクセスジャパンの原告に対する不法行為について
ア 不法行為1
サクセスジャパンは証券業の登録を受けていないにもかかわらず,原告に対して,IDTの未公開株式について,「1年以内に東証マザーズに上場します。」,「上場すれば株価高騰により購入価格の倍以上になります。」などとその購入の勧誘をして,当該未公開株(ないし本件証券)を購入させ,業として有価証券の勧誘・販売を行ったものであり,これらの行為は,証券業の無登録営業に該当し,旧証券取引法2条8項,同28条に違反し,不法行為を構成する。
イ 不法行為2
前記のとおり,サクセスジャパンは,未公開株の勧誘・販売を行っており,未公開株の勧誘・販売は,証券業登録を受けた証券会社であっても,原則として禁止されており(旧証券取引法40条1項1号,日本証券業協会の自主規制規則である「店頭有価証券に関する規則」3条),いわゆるグリーンシート銘柄の取引のみが認められているに過ぎない(有価証券に関する規則6条,日本証券業協会の自主規制規則である「グリーンシート銘柄及びフェニックス銘柄に関する規則」)から,サクセスジャパンによる未公開株の勧誘・販売行為は公序良俗に反する違法な行為である。なお,本件では未公開株そのものの販売ではなく,本件組合への出資という形式をとっているが,それは,証券取引法を潜脱するためのものに過ぎず,実質的には未公開株の販売と同じであるから,その違法性に何ら変わりはない。
ウ 不法行為3
IDTには,真実は,東証マザーズに上場予定がなく,株式の上場に伴う株価の急激な高騰が起きる可能性などなかったにもかかわらず,サクセスジャパンの従業員はこのことを認識していた上で,原告に対し,「1年後には上場する。」,「上場すれば株価が高騰し,巨額の利益を得ることができる。」などと虚偽の事実を申し向け,原告をしてその旨誤信させて,未公開株式を販売しているから,従業員の上記行為は,詐欺であって,不法行為を構成する。
エ 不法行為4
サクセスジャパンは,原告に対して,IDTの未公開株式1株(1口)40万6000円で販売しているが,IDTの未公開株式の価値は,配当還元方式によって評価すれば0円であり,収益還元方式あるいは純資産方式によってもほとんど価値がないにもかかわらず,上記金額で販売していることは暴利行為に該当し,違法な行為である。
(2) 被告がサクセスジャパンと共同不法行為責任(幇助責任)を負うものであること
ア 予見可能性と予見義務違反について
被告がサクセスジャパンと共同不法行為責任(幇助責任)を負うためには,上記不法行為がなされたことについて,被告に予見可能性があることが必要であるところ,上記不法行為の中心要素は,無登録業者がグリーンシート銘柄以外の未公開株式ないし本件証券を一般投資家に販売することである。したがって,未公開株の発行会社及びその代表取締役の共同不法行為責任(幇助責任)を基礎づける予見可能性の対象は,①販売会社が無登録業者であること,②当該未公開株がグリーンシート銘柄以外の株式であること,③販売業者が一般投資家に未公開株式ないし本件証券を販売していることである。そして,被告がこれら①ないし③の事実を認識し,又は認識することができたにもかかわらず,IDTの未公開株をサクセスジャパンに取得させたことによって,サクセスジャパンの違法な未公開株商法を容易にしたというべく,幇助による不法行為が成立する。
(ア) 予見可能性の対象①について
被告は,サクセスジャパン及びIDTの会長であるB(以下「B」という。)の支援を受けて,C(以下「C」という。),D(以下「D」という。)やE(以下「E」という。)らとともにIDTを経営していていくことを話し合った。平成16年9月に被告は,IDTの代表取締役に就任した。平成17年に被告らは,アイ・ディ・テクニカ販売(以下「テクニカ販売」という。)を設立し,IDTは,テクニカ販売を通じて,サクセスジャパンから5億円,アイディジャパン株式会社(以下「アイディジャパン」という。)から5億円の支援を受けることを約束し,被告もその認識があった。
被告は,サクセスジャパンやアイディジャパンがどういう事業を行っている会社であるか当然認識していたはずであり,無登録業者であることについて,認識していたか,少なくとも認識可能性があった。
(イ) 予見可能性の対象②について
被告は,IDTの代表者であったから,IDTの未公開株式がグリーンシート銘柄に指定されていないことを知っていた。
(ウ) 予見可能性の対象③について
平成16年から平成17年にかけて,被告は,サクセスジャパンが投資事業組合を作って,投資事業組合へIDTの株式を取得させることを知っており,このことはサクセスジャパンが一般投資家に未公開株ファンド(組合)への出資を募ること以外の目的で事業組合を作ることは考えられないのであるから,被告は,サクセスジャパンが投資事業組合への一般投資家の出資を募っていることを知っていたか,少なくとも当然にその事実を容易に知り得たものである。
前記のとおり,IDTはテクニカ販売を通じて,サクセスジャパンから5億円の出資を受けているが,この当時の代表者である被告は,5億円の出資の経緯や原資についても当然調査確認すべきであり,そのためにはサクセスジャパンの信用調査を行うべきであった。そして,信用調査をすれば,一般投資家に未公開株ないし投資事業組合への出資証券を販売して,トラブルになっていることが明らかになったはずである。また,信用調査をせずとも,インターネット等で検索すれば,そのような疑惑があることが容易にわかったはずである。
イ 共同不法行為(幇助行為)の具体的な内容について
(ア) IDTは,サクセスジャパンから要請を受けて,平成17年5月20日に開催されたバイオベンチャー2005には,Eが,平成18年5月26日に開催されたベンチャービジネス2006(以下,これらをまとめて「本件セミナー」という。)には,Dがそれぞれ出席して,IDTの事業報告を行い,売上が右肩上がりで伸びていることを強調している。本件セミナーはいずれも一般投資家を前にして自社の有望性を説明し,自社への出資を促す内容であるから,それは幇助の行為の実質を有している。そして,被告は,本件セミナーが実施されることを知っており,それは,取締役全員の共通認識となっていた。
本件セミナーにおいて,IDTの売上(実際にはテクニカ販売)は,平成17年3月期が5億円であり,平成18年3月期には10億円に拡大した旨の説明がされているが,これは大半がアイディジャパンに対するものである。しかし,この5億円の売上は,結局未払いであり,商品も平成18年には大量に返品されている。しかもIDT(実際はテクニカ販売)は,アイディジャパンに対して,強く売掛金の請求をしていない。このことからすれば,上記売上は実態を伴わないものであって,テクニカ販売はこのことを知っていたものであり,この数字を利用して,一般投資家への出資を促している。
(イ) また,IDTは,事業計画/株式のご案内と題するパンフレット(以下「本件パンフレット」という。)を配布したり,サクセスジャパンを通じた株主優待販売(以下「本件優待販売」という。)を実施し,一般投資家への出資を促している。
ウ 以上から,IDTの代表者であった被告は,共同不法行為責任(幇助責任)を負うべきである。
(3) 被告の任務懈怠行為に基づく責任について
ア 被告は,IDT及びテクニカ販売の代表取締役として,会社の事業全般について業務を執行し,それらについて責任を負うべき立場であるが,大口の出資者であるサクセスジャパンについて,会社の財務及び業務内容を十分に調査し,出資の原資についても説明を求めるなどして,適正に業務を執行すべき立場にあるにもかかわらず,それらの調査を何ら行うことなくテクニカ販売を通じて,安易に出資を受け入れたことによって,サクセスジャパンが一般投資家への違法な未公開株商法を行うことを容易にした。
また,IDTは,テクニカ販売を通じて,一般投資家へ販売させるためにサクセスジャパンにIDTの株式を取得させている。
イ 以上から,被告は,IDTあるいはテクニカ販売の代表取締役として,重過失による任務懈怠があり,旧商法266条の3第1項の責任を負うものである。
2 被告の主張
(1) はじめに
被告の幇助責任が認められるためには,幇助者の行為によって,他の者の不法行為を容易にしまたは促進させる必要がある。
ア 本件セミナーについて
本件セミナーに被告は出席していないし,IDTが本件セミナーにおいて,IDTの役員を出席させて,現況報告をさせたことと,サクセスジャパンの本件証券の販売行為とは無関係である。
さらに,本件セミナーにおいて,EやDは,IDTの現況について報告したに止まるものであり,EやDの行った報告の内容について,被告は関与していない。
本件セミナーが一般投資家へのIDT株の販売を目的としたものである証拠はない。
以上のとおりで,本件セミナーを開催したことがサクセスジャパンの本件証券販売行為を容易にしたものとはいえない。
イ 本件パンフレットについて
本件パンフレットを誰が作成したか,その作成目的は何であったかは不明であるが,サクセスジャパンらがIDTへの出資者としての地位に基づいて受領した資料やデータを基にしてIDTに無断で作成したものと考えられる。本件パンフレットは,サクセスジャパンが原告へ本件出資契約の勧誘をした際に用いられておらず,仮に本件パンフレットを作成したのがIDTであったとしても,原告への勧誘・本件証券の販売を容易にしたり,促進したものではない。
ウ 本件優待販売について
本件優待販売がされたのは,平成18年7月ころであり,他方,原告が本件出資契約をしたのは,平成17年9月であるから,本件優待販売は,原告が本件組合に出資することを促す意味はなかったものである。
エ IDTのサクセスジャパンないし本件組合への株式譲渡について
被告がIDTの代表者に就任した平成16年9月14日以降,本件出資契約がされた平成17年9月までの間,IDTは,株式を発行していない。したがって,IDTがサクセスジャパンないし本件組合へ株式を譲渡したことはない。
(2) IDTのサクセスジャパンの違法行為の認識ないし認識の可能性について
ア はじめに
幇助による不法行為責任が成立するためには,通常の不法行為と同様,幇助行為者の故意または過失が必要とされる。
そして,法人の場合には法人の代表者の主観が法人の主観として扱われるから,IDTの代表取締役である被告において,遅くとも,本件出資契約がされた平成17年9月の時点までに,サクセスジャパンの不法行為を認識または認識しえたかが問題となる。
イ 平成17年9月当時,IDTの代表取締役であった被告は,サクセスジャパンの違法行為を認識することは不可能であった。
被告は,もともとサクセスジャパンとの接触はなく,本社ではなく,埼玉県所在の倉庫兼工場で業務を行っており,IDTの上場時期の問い合わせやサクセスジャパンの違法行為に関する苦情といった情報に接していない。また,被告は本件セミナーへEやDが出席したこと,本件パンフレットの作成,本件優待販売についても知らなかった。
(3) 被告の任務懈怠行為に基づく責任について
ア 被告がIDTの代表取締役に就任した時にすでにサクセスジャパンは,IDTの出資者であり,その後,本件出資契約が締結されるまでの間,IDTは株式発行を行っておらず,したがって,出資を受け入れたこともない。
イ 以上のような状況において,あえて,被告がサクセスジャパンについて,何らかの調査を行うべき義務はなかった。
そもそも,IDTとサクセスジャパンは,それぞれ独立して事業を行っている全く別個の法人である。そのため,IDTは,仮にサクセスジャパンが違法行為を行っているのを知っていたとしても,これを阻止することが可能な地位又は権限を有していないから,サクセスジャパンの違法行為を阻止すべき法的義務は負っていない。
ウ 以上のとおりで,被告には任務懈怠の事実はなく,それに基づく責任を負うものではない。
第4当裁判所の判断
1 サクセスジャパンの原告に対する不法行為について
サクセスジャパンは,平成18年法律第65号による改正前の証券取引法28条(現在の金融商品取引法29条)の登録をしていないにもかかわらず,有価証券である本件証券を原告を含む一般投資家へ販売しており,この行為は違法であって,原告に対して本件出資契約を勧誘し,本件証券を購入させたサクセスジャパンの従業員のAは,原告に対して不法行為責任を負い,これを前提として,サクセスジャパンが原告に対して使用者責任を負うことは,争いのない事実等,甲第36,第45号証,乙第12,13号証及び弁論の全趣旨からこれを認めることができる。
2 被告の原告に対する共同不法行為責任(幇助責任)の成否について
(1) はじめに
被告に共同不法行為責任(幇助責任)が成立するためには,被告がIDTの代表取締役に就任した平成16年9月14日から本件出資契約が締結された平成17年9月16日までの間にIDTが原告を含む一般投資家が本件出資契約をすることを助長ないし容易にするような具体的な行為(以下「本件幇助行為」という。)をしたことが必要である。
この点,原告は,本件幇助行為として,IDTが①本件セミナーにおいて,事業報告を行ったこと,②本件パンフレットを配布したこと,③本件優待販売を行ったことであると主張しているので,順次検討する。
(2) 本件セミナーについて
ア 本件セミナーの内容
本件セミナーのうち,バイオベンチャー2005は,平成17年5月20日に開催され,ベンチャービジネス2006は,平成18年5月26日に開催された。バイオベンチャー20005にはEが,ベンチャービジネス2006にはDがそれぞれ出席して,IDTの事業報告を行っている。Eは,IDTの商品説明とその時点での事業状況と今後の事業展開について説明しており,Dは今後の事業展開について説明している(甲37,38,46の1,2,47の1,2,乙15,証人E)。
イ 本件セミナーは主としてIDTの業務の内容や今後の事業展開について説明するものであり,セミナーの対象者は案内書(甲37,38)からすると,特段限定された者ではないものと考えられるから,本件セミナーにおいてIDTの事業報告がされることによって,一般投資家がIDTに対して投資を検討する機会を設けるという効果があったと考えられるものの,そのことから直ちにサクセスジャパンの違法な本件証券の販売行為を容易にさせたものとは評価できない。
というのは,事業報告によって,一般投資家がIDTが将来上場する可能性のある有望な会社であると考え,出資意欲を高める効果があったとしても,IDTに対する出資の方法としては種々のものが考えられるのであって,当然にサクセスジャパンの違法な本件証券を購入することによって,出資しようと考えるに至るとはいえないし,また,サクセスジャパンが出資の方法を違法な本件証券の購入へと誘導するために何らかの方策をとっていたことを認めるに足りる証拠もない。
その上,そもそも,原告は,本件セミナーに出席していない(甲45,弁論の全趣旨)から,本件セミナーにおけるEやDの事業報告が,本件出資契約締結への動機とはなっておらず,特にベンチャービジネス2006は,原告が本件出資契約を締結した後に開催されているのであるから,結局,本件セミナーは,原告が本件出資契約を決意することに対して,影響を及ぼしていない。
ウ 以上から,サクセスジャパンが主催した本件セミナーにおいて,EやDが報告した行為が本件幇助行為に該当するものとは認められず,したがって,被告がその幇助責任を問われることにはならない。
なお,原告は,本件セミナーでの報告の中でIDTの売上を実態が伴わない過大な額を示すことで,サクセスジャパンの違法な本件証券の販売行為を助長した旨主張するが,仮に売上額からIDTが優良会社と考え,投資を検討する一般投資家がいたとしても,そのことから直ちにサクセスジャパンの違法な本件証券の販売行為が助長されることにならないのは前述のとおりである。
(3) 本件パンフレットについて
本件パンフレット(甲39)は,IDTがサクセスジャパンに提供した資料等に基づいてサクセスジャパンが作成したものであり(被告本人),本件パンフレットの作成目的や誰に対してどのように配布されたかは不明である。
本件パンフレットの内容は,IDTの製品紹介や事業内容,今後の事業展開や売上予測が記載されている(甲39)ものであって,このパンフレットによって,IDTを優良な会社と判断した一般投資家がいたとしても,そのことから直ちにサクセスジャパンの違法な本件証券の販売行為を助長させる効果があったものと考えられないのは,前記(2)と同様である上,原告は本件パンフレットを見た上で本件出資契約締結を決断したものではなく,結局,本件パンフレットの存在が何らかの意味で本件幇助行為と評価できるものではない。
(4) 本件優待販売について
本件優待販売は,平成18年7月から行われており,原告が本件出資契約を締結した後であって,本件優待販売が本件幇助行為と評価することはできない。
(5) IDTの株式の譲渡について
原告は,IDTは,テクニカ販売を通じて,一般投資家へ販売させるためにサクセスジャパンにIDTの株式を取得させて,本件出資契約がされることを助長した旨主張しているが,被告がIDTの代表取締役に就任した平成16年9月14日以降,本件出資契約がされた平成17年9月までの間,IDTは,株式を発行していない(甲2)から,原告の上記主張は理由がない。
(6) まとめ
以上から,IDTは,サクセスジャパンの違法な本件証券の販売行為を幇助するような具体的行為(本件幇助行為)は行っていないのであって,その余の点を判断するまでもなく,被告の原告に対する共同不法行為責任(幇助責任)を認めることはできない。
なお,原告は,サクセスジャパンの本件証券の販売行為が詐欺,暴利行為に該当する違法なものであるとして,これらの行為についても被告の共同不法行為責任(幇助責任)があると主張しているが,本件証券の販売行為に対してこれを助長する本件幇助行為が認められない以上,それを前提とする上記不法行為についても同様に幇助責任を認めることはできない。
3 被告の任務懈怠行為に基づく責任について
(1) 平成17年7月26日号外法律第86号による改正前の商法266条の3第1項の責任の発生要件は,取締役が任務懈怠について,悪意又は重大な過失があり,そのことによって,第三者が損害を被ったことである。
(2) 原告の主張する被告の任務懈怠の内容は,サクセスジャパンがIDTへ5億円の出資を約束した際には,サクセスジャパンの信用調査をして,5億円の出自を明確にする中で,サクセスジャパンの違法な本件証券の販売行為が明らかになり,また,インターネット等を検索すれば,同様に違法な本件証券の販売行為が明らかになったはずであるのに,これを行わなかったということである。
(3) 被告は,代表取締役として,会社に対して,善良な管理者として注意義務及び忠実義務(会社法330条,355条)を負っているから,その義務に違反して,会社に損害を及ぼしひいては第三者に損害を及ぼすことのないように任務を遂行すべきであって,サクセスジャパンから5億円の出資を受ける約束をした際にその出資が確実に履行されるか否かを確認するためにサクセスジャパンの財務内容を調査することは上記任務に含まれるが,これを超えてサクセスジャパンが本件証券の販売という違法な業務を行っていないかまで調査する義務を認めることはできないし,また,インターネット等を検索して,同様の調査を行うべき義務を認めることもできない。
さらに,仮に財務内容を調査する過程において,サクセスジャパンの違法な業務が判明したとしても,IDTとサクセスジャパンは別個独立した会社であって,被告にサクセスジャパンの違法な業務の是正義務を認めるべき法的根拠は見いだすことはできない。
(4) 以上から,被告には,任務懈怠自体が認められないので,その余の点を検討するまでもなく,被告に任務懈怠行為に基づく責任を認めることはできない。
4 まとめ
以上から,原告の請求はいずれも理由がないので,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 今中秀雄)