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大阪地方裁判所堺支部 平成27年(少)320号 決定 2015年8月27日

〔少年〕

A(平成8.7.×生)

主文

少年を○○保護観察所の保護観察に付する。

平成27年(少)第320号事件については,少年を保護処分に付さない。

理由

(ぐ犯事由及びぐ犯性)

少年は,平成24年○月○日に初等少年院を仮退院となり,保護観察中の者であるが,平成25年○月○日に別の保護観察中の者を殴って左頬骨折の傷害を負わせるなどし,同時期から保護観察の無断不出頭がみられるようになった。また,平成26年○頃から,当時の交際相手とのトラブルで立腹すると,自宅の玄関前の共用通路の柵にはめられたガラスや自室の蛍光灯を壊すなど家庭内で暴れるようになり,平成26年○月には,上記交際相手の自宅近くの公衆電話を蹴って暴れたり,平成27年○月には,自宅で暴れてベランダのガラスを割ったり,壁に穴を開けることがあり,警察に通報される事態に陥っている。家庭内で暴れた際には,包丁で自分の腕を切るようなこともみられている。

このように,少年は,自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖があるもので,その性格環境に照らして,将来,傷害や器物損壊等の犯罪を犯すおそれがある。

(法令の適用)

少年法3条1項3号ニ

(平成27年(少)第320号事件の事実について非行事実を認定しなかった理由)

1  平成27年(少)第320号事件の審判に付すべき事由の要旨は,少年は,平成27年○月○日午後4時30分頃,少年の自宅において,Bに対して,両手で肩を突き,転倒させる暴行を加えたというものである。

少年は,上記事実について,その実母であるBを転倒させた事実は認めているものの,同女が自分の胸倉を掴んで引っ張ってきたため,バランスを崩して転びそうになり,自分の両手が同女の両肩に当たってしまったのであって,わざと同女の肩を突いたわけではないなどと供述している。

2  Bの供述の検討

Bは,少年から被害を受けた状況について,本件の当日に作成された平成27年○月○日付け警察官調書の中で,暴れ出した少年に,強い調子で「やめときや。」と言ったところ,いきなり両手で私の両肩を突き飛ばしてきたなどと供述している(同調書3ないし4頁)。

しかしながら,他方で,同女は,同月○日付け検察官調書の中では,少年が暴れるのを止めようと思い,少年の背中を掴み,少年の体を引っ張ったところ,自分と少年が向かい合うような状態になり,少年は,両手で自分の両肩の前辺りを押したため,後ろに倒れてしまったなどと供述し(同調書3頁),審判廷においても,同旨の供述を維持しているものとみられる。そうすると,同女の供述は,少年の両手が自己の体に当たった状況や,その直前の同女及び少年の動静について,一貫していないといわざるを得ない。

この点,Bは,当初の供述を変更した理由について,事件直後は,少年に突き飛ばされたという印象で頭がいっぱいであったが,警察官から,少年が,自分は突き飛ばしていない,自分の体勢を立て直そうとして押しただけであるなどと供述していると聞いて,そのような状況であったかもしれないと思ったなどと供述しているところ(上記検察官調書3頁),同女は,少年の責任を免れようとして,あえて当初の供述を変更した可能性も一応考えられる。しかしながら,同女は,審判廷において,少年が暴れて警察に来てもらったときに,危害を加えられたら少年を逮捕できると聞いていたことが本件の当時自分の頭にあった旨を供述し,もともと当初の供述自体が,少年の逮捕を願うあまり,同女の当時の認識を反映していなかった疑いを払拭できない。また,本件の当日に作成された同女作成の被害届の内容や,同日実施された同女立会の被害状況の再現の内容をみても,確かに,これらには上記警察官調書の内容と同様に少年が同女の両肩を突き飛ばした旨の内容が記載されているのであるが,同女が暴れていた少年を制止したのか,制止しようとしたとしてどのように制止したのか等,同女が転倒する直前の両者の行動に関して,同日に作成された同女の警察官調書の内容と符合しない部分も含まれているといわざるを得ず,同女が明確な記憶をもって被害状況を供述していたのかについても,疑問を抱かざるを得ない。

以上によれば,少年が同女を突き飛ばした旨のBの上記警察官調書の内容に高い信用性を認めることはできず,その供述どおりの事実があったことを認定することはできない。

3  被告人(編注:少年のこと。)の供述について

少年は,審判廷において,母に自分の胸倉を引っ張られた勢いで思わず出した両手が母の両肩に当たったと供述している。確かに,捜査段階において作成された少年の供述調書をみると,Bが少年の胸倉を掴んだ状況について,少年の供述内容の細部には若干の揺らぎも認められるが,同女に引っ張られたために少年がバランスを崩し,とっさに両手を出したために同女の両肩にこれが当たり,同女が転倒したという基本的な部分については,一貫性が認められる。そして,このような供述が,明らかに不自然,不合理であると評価することもできない。そうすると,少年の上記供述は,たやすくこれを排斥することはできないものというべきである。

4  結論

前記検討のとおり,少年がBを突き飛ばしたとの事実を認めることはできず,かえって,同女に胸倉を引っ張られたことによりバランスを崩して思わず出た両手が同女の両肩に当たったとの少年の供述を排斥することはできないことを踏まえると,本件においては,少年に暴行の故意があったことにつき合理的な疑いを入れない程度の証明があったとはいえないというべきである。

以上の次第で,平成27年(少)第320号の事実については,非行事実が認められないものと判断した。

(処遇の理由)

少年は,平成23年○月に,初等少年院送致となり,平成24年○月に仮退院したのであるが,以後,生活状況は安定していたものとは認められず,当時の交際相手との関係で不快感や不満を募らせることなどを契機として,自己の感情をコントロールすることができずに,家庭内外において粗暴な行動に出たり,衝動的に大量の服薬をするなどしたりしていた。また,少年は,保護観察中の身でありながらも,保護観察を利用して更生しようとする意識に乏しく,かえって保護司に対して暴言を吐くなどその枠組みを軽視し,公的機関の指導を受け止めようとする姿勢,態度が不十分な様子もみられた。

しかしながら,平成27年○月○日に在宅試験観察となった後の少年を巡る状況についてみると,少年の公的機関の指導を受け止めようとする姿勢,態度に大きな変化があったものとは認められないのであるが,仮退院後以降の問題行動の主要な原因の一つであった当時の交際相手とは関係を解消したこともあり,以前のような粗暴な問題行動がみられないまま一定期間が経過していること,その間,少年は曲がりなりにも就労を継続してきていることなどから,少年の生活状況は,現時点においては落ち着きつつあるとみてよい。

もっとも,これまでの少年の逸脱行動には,感情統制の悪さ等少年の資質的な問題がその背景にあるものと推察されること,少年に対して効果的な指導を加えることがこれまでできなかった少年の保護者の監護能力には限界があるものとみられることなどと考え併せると,現在,少年には施設に収容した上での矯正教育を施すことまでの必要はないものと認められるが,少年の生活が一応落ち着きつつあるとはいっても,これを維持し,より強化するためには,公的機関の専門的な指導監督に服させ,その枠組みの中で,更生を図らせることが必要かつ適切な措置であると考えられる。

よって,少年法24条1項1号,少年審判規則37条1項を適用して,主文のとおり決定する。

(裁判官 松本英男)

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