大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所堺支部 平成3年(ワ)578号 判決 1992年3月23日

主文

一  被告は原告に対し、聖丘カントリー倶楽部(旧名称PLゴルフ場)の藤木龍一こと藤木龍一名義の賛助会員権(会員証番号第七三三号)の名義を原告に変更する手続をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  被告は、ゴルフ場及びゴルフ練習場の経営を目的とする株式会社(以下「被告会社」という)であり、大阪府富田林市大字新堂においてゴルフ場を経営しており、右ゴルフ場の経営に当たって聖丘カントリー倶楽部(以下「被告倶楽部」という)を組織している。(争いがない)

2  被告倶楽部は、右倶楽部の入会につき同倶楽部の理事会及び被告会社の取締役会の承認を得た者が、被告会社に賛助金と称する一定の金員を預託し、被告会社がこれに対して賛助会員証兼領収証もしくは預り証を発行し、右金員を預託した者は被告会社に対して被告倶楽部会員として被告会社の所有・管理するゴルフ場の施設を優先的に利用できる等の継続的債権関係を有するとされる、いわゆる預託金会員制ゴルフクラブである。(争いがない)

3  原告の父藤木龍一(以下「龍一」という)は、昭和三七年四月八日、被告会社に対し、被告倶楽部の賛助金として金四〇万円を預託して、被告倶楽部の賛助会員権(以下「本件会員権」という)を取得した。(争いがない)

4(一)  龍一は平成二年七月二四日死亡したが、その相続人は、原告(二男)のほか、訴外藤木篤榮(妻)、訴外藤岡澄子(長女)、訴外藤木龍彦(長男)、訴外浦川佐千子(二女)の五名であった。(甲二ないし六)

(二)  本件会員権の相続については共同相続人間で話し合いがまとまらなかったが、平成三年四月一日協議が成立し、原告が遺産分割協議の結果、相続によりこれを取得した。(甲七)

5  被告倶楽部規則(以下「本件規則」という)二一条は、会員が死亡したときにつき次のとおり定めている。

「一 会員が死亡したときは、相続人は六ヵ月以内にいずれかの手続を選択して理事長に届けなければならない。

(1) 賛助金の返還手続をとる。

(2) 相続人のうち一名に名義書換手続をとる。

(3) 第三者に会員資格を譲渡する。

二  相続人が前項の期間内に選択手続をとらない時は、会社は前項(1)の手続をとるものとする。」(争いがない)

6 原告は、平成三年四月五日被告会社に対し、本件会員権につき原告名義に名義書換えしてほしい旨電話で申し出たが、被告会社は会員である龍一死亡後六か月以上経過しているので賛助金のみの返却となるとし、名義書換えを拒否した。原告は以後、被告会社に直接赴いたり、本件訴訟代理人に依頼して本件会員権の名義書換を請求したが、被告会社はこれに応じなかった。(争いがない)

7(一) 被告倶楽部規則二一条は、被告倶楽部の会員であった訴外深江今朝夫ほか二名が原告となって、被告会社に対し被告倶楽部が改正した規則の無効確認を求めた事件(当庁昭和五九年(ワ)第五〇三号)において昭和六三年五月二三日和解が成立し、その和解条項の履行の一環として被告倶楽部が改正して制定したものであるが、龍一は右和解につき利害関係人の一人となっていた。(争いがない)

(二) 右規則二一条一項の「六ヵ月以内」の起算点については前記訴訟事件の原告、被告双方代理人間において、六ヵ月以内の起算点は民法の原則どおり「相続の開始を知ったとき」と解釈することがお互いに確認されている。(争いがない)

二  原告の主張

1  龍一は訴外藤木精密工業株式会社の代表取締役をしていたところ、その地位を継いだ長男龍彦は、龍一死亡後六ヵ月以内である平成二年一一月二〇日、被告会社宛に前社長龍一の死亡により喪中である旨の葉書を郵送した。被告会社と右訴外会社との間には、訴外会社の社長が被告会社が経営する本件ゴルフ場の会員であることを除けば一切取引等の関係がないから、右葉書を受け取った被告会社としては、会員である龍一が平成二年七月に死亡したことを知らせたものと受け取るべきである。

したがって、原告は少なくとも被告会社が求めている「六ヵ月以内の何らかの連絡」(後記三被告の反論2のなお書き参照)をしたというべく、本件規則二一条の要件は充たしたものと解するのが相当、かつ公平である。

2  本件規則二一条の相続手続の期間制限については、前件和解において、これを無制限に認めると事務処理上不都合が生ずるとの被告会社の意向に基づいて協議を重ねて得た結論であり、右結論の趣旨は一般的な場合を想定して通常会員の承継人は六ヵ月ないし一年以内に希望する手続を選択してその旨を届け出ることができるであろうと会員側は考えていた。そのため会員側は、相続によって選択すべき手続をとるものを単に「相続人」とはせず、「死亡会員の承継人」として会員権を単独で承継した者を前提としたうえで、右承継人は会員の死亡を知った日から六ヵ月もしくは一年以内に会社に対して書面にて選択した手続を通知するとの提案をしていた。

以上の和解の経過に照らすと、規則二一条の「相続人」とは「会員権を単独で承継した相続人」と解するか、「六ヵ月以内」とは「会員権を単独で相続した時から六ヵ月以内」と解すべきである。

3  仮に右条項について原告主張の解釈が採りえないとしても、本件会員権の相続に関する期間制限は、いわゆる預託金会員制ゴルフクラブで終身会員制を採用していない一般のゴルフ場には存在しないものであり、相続人が右の制限を知らなかったとしてもやむを得ないことであるから、右期間を仮に経過したとしても、被告会社の事務処理上耐えられない事態を生ぜしめていない場合には、右期間が経過したことによって一律に会員側を不利に取り扱うことは相当でない。要するに右条項は厳格に適用すべきでなく、会員側と被告会社双方の諸般の事情を考慮して合理的に解釈、運用すべきである。

三  被告の反論

1  原告は、喪中の葉書を出したと主張しているが、そのような事実はない。またこうした定型的に印刷されて大量に発送される喪中葉書のような文書に、本件規則にいう届け出のような法的に重要な意味を持たせることは無理である。

2  本件規則二一条につき原告主張のような解釈をとると、いつ成立するとも分からない相続人内部の話し合いが済むまで会員権の行方が宙に浮くという事務処理にとって耐えられない事態となる。原告のような解釈は、同規則の文言に明瞭に反するものであり、同条を無効とするに等しい。

なお、被告会社は六ヵ月以内に相続人より遺産分割協議が整わない等の連絡を受けた時にはケースに応じて適宜応急の措置を講じてもらい救済しているが、その間に全く何の連絡もないまま期間が経過した場合には規則どおりの処理以外方法がない。

3  本件条項が設けられたのは、<1>被告倶楽部には二〇〇〇人近い会員がおり、各会員ごとに個別の取扱いをすることは煩雑で到底事務処理に耐えないこと、<2>各会員はそれぞれ同じ会員資格を有している以上、当然、平等かつ均一的な取扱いが要請されることなどを理由としているから、原告主張のような解釈は採りえない。また原告は、会員の相続人が期間制限を知らないことを立論の根拠にしているが、相続財産に関する事情は被相続人について考えるべきである。

四  争点

1  原告主張の喪中葉書は被告に発送されたか。これが認められたとして、右葉書の発送により規則二一条の届け出をなしたものといえるか。

2  本件規則二一条は、共同相続の場合に原告主張のような解釈をとるのが相当か、それとも被告主張のように規則の文言に忠実に解釈するのが相当か。

3  会員の相続人が本件規則の存在を知らずに相続開始後六ヵ月の間特に連絡しなかったものの、右規則の存在を知ったのちすみやかに名義書換手続を選択して届け出た場合、被告倶楽部は規則の条項すなわち期間徒過だけを理由にしてこれを拒否できるか。

第三  判断

一  争点1について

<証拠>によれば、原告主張の喪中の葉書が平成二年一一月二〇日被告会社に対し発送されていることが認められ、したがってそのころこれが被告会社に到達しているものと認めるのが相当である。しかしながら、右葉書の差出人は藤木精密工業株式会社(代表取締役藤木龍彦)であるうえ、その意味するところも、龍一が社長であった同社が同人の喪中につき年末年始の挨拶を遠慮するという趣旨のものであってそれ以上のものではないことは明らかであるから、これをもって本件規則二一条の届け出をなしたものとはいえない。

二  争点2について

本件規則二一条の届け出に関する六ヵ月の起算点については、前記のとおり前件和解の代理人間で「民法の原則どおり相続開始を知ったとき」と確認されているところ、これについては単独相続、共同相続を問わず、その文言どおり「相続開始という事実を認知したとき」と解釈するのが素直であって、共同相続に限り「遺産分割協議が整うなど、本件会員権を具体的に相続することになったとき」と解釈するのは、原告主張の前件和解に至る経緯(会員側の提案した和解案が原告主張のとおりであったことは乙第一号証の一、二により認められる。)を考慮しても、文理上無理があるといわざるを得ない。また実質からみても、これを相続人が確定するまで右六ヵ月の期間が進行しないとすると、被告の主張するとおり、相続人側の内部事情だけで規則に定めた期間を延長することになるのであって、これが「事務処理にとって耐えられない事態」といえるかどうかは別として、少なくとも妥当ではないことは明らかである。

三  争点3について

しかしながら、右六ヵ月の経過とともに、当然に会員の相続人が名義書換を請求できず「賛助金の返還」を受けるにとどまるとするのは、本件会員権の賛助金が四〇万円であるのに比し現実の会員権の取引価格が本件訴え提起時で約三四〇〇万円にのぼること(弁論の全趣旨)に鑑みると、相続人に著しく酷というべきである。被告が、六ヵ月以内に相続人より遺産分割協議が整わない等の連絡を受けた時に、必ずしも明文の規定がないのにかかわらずケースに応じて適宜応急の措置をとらせるなどして救済しているのも、相続人に酷な結果になるのを認めているからにほかならない。そして、本件規則がなるほど前記のとおりの経緯で改定されたとはいえ、本件条項が適用される相続人についてはこれを知らない者が少なくない(従って一般承継人であるから「不知は許さず」とするのは相当ではない)ことからすれば、高額で取引される、すなわち財産価値の高い会員権につきこれが権利を剥奪するような処理をなすにはそれなりの手続が必要であって、六ヵ月の期間経過だけでは不十分といわなければならない。

そうとすれば、本件条項はあくまでも被告倶楽部の事務処理の便宜(もっとも相続による名義書換手続が一度に集中するわけでもないから被告のいう画一的処理の必要性がそれほど大きいとも思われないが、この点や個別の扱いによってどれだけの不都合が被告倶楽部に生ずるかについてはこれ以上立ち入らないことにする)を考慮した原則的取扱いを定めたものと解すべきで、相続人から相続開始を知った後六ヵ月を経過してのちに名義書換請求がなされた場合でも、右期間徒過につき正当な理由がある場合(相続人において当該条項を知っていたかどうかが重要なメルクマールとなろう)には被告倶楽部はこれに応じる義務がある(正当な理由があるか不明な場合はもとより拒否してよい)というべきである。

これを本件について検討すると、亡龍一の相続人らは本件会員権が同人の遺産に属するものであることを相続開始後まもなく認識したこと、また六ヵ月の期間中に被告に対し本件会員権の相続につき遺産分割協議中である旨を通知連絡していないことは原告の自認するところであるけれども、甲第一三号証及び弁論の全趣旨によれば、亡龍一の相続人らは同人の死去が急であったことや各人の考え方の相違もあって分割協議に手間取り、前記のとおり平成三年四月一日になって原告が本件会員権を相続することになったこと、原告を含め亡龍一の相続人らは相続人による名義書換えにつき六ヵ月以内に手続を行うとする本件条項の存在を知らなかったが、同月四日、原告の兄龍彦が知人から被告倶楽部では入会資格審査の際ゴルフ場関係者と一緒にプレーしなければならないということを聞いたので、原告が翌五日被告倶楽部に右の点を確認すべく電話したところ、係員から「死亡された日より六ヵ月以内に届けなければ賛助金のみの返却となる」といわれ初めて前記条項のあることを知ったことが認められ、そうとすれば、被告からその間に相続人のひとりに対し権利行使をなすかどうかの催告をなしたにもかかわらず相続人においてその届け出をしなかったなどの特段の事情の認められない本件では、原告が相続開始後六ヵ月以内に名義書換手続の届け出をせず右経過後になしたことにつき正当な理由があるというべきである。

四  そうとすれば、被告会社が本件につき原告の名義書換請求につきこれを拒否して賛助金の返還手続をとったことは正当ではなく、右名義書換請求に応じる義務があるというべきである。

第四  結語

以上の次第で、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例