大阪地方裁判所堺支部 平成7年(ワ)1321号 判決 2002年4月17日
原告
下村高明
ほか一名
被告
下柳田徹
ほか三名
主文
一 被告医療法人生長会は、原告らに対し、それぞれ四一三一万九一三二円及び内金三七五六万九一三二円に対する平成六年一一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告下柳田徹及び被告下柳田市郎は、各自、原告らに対し、それぞれ、三三〇三万〇一八三円及び内金三〇〇三万〇一八三円に対する平成六年一一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告医療法人さくら会は、原告らに対し、それぞれ、三五万円及び内金三〇万円に対する平成六年一一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用中、原告らと被告下柳田徹及び被告下柳田市郎との間に生じたものはこれを五分し、その三を同被告らの負担とし、その余を原告らの負担とし、原告らと被告医療法人生長会との間に生じたものはこれを五分し、その四を同被告の負担とし、その余を原告らの負担とし、原告らと被告医療法人さくら会との間に生じたものは、全部、原告らの負担とする。
六 この判決は、第一項ないし第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは各自、原告らに対し、それぞれ五一六三万七〇五八円及びいずれも内金四六四六万二〇五八円に対する平成六年一一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、原告らの長男である北川武史(以下「武史」という。)が原動機付自転車を運転中、被告下柳田市郎(以下「被告市郎」という。)が所有し、被告下柳田徹(以下「被告徹」という。)が運転する普通乗用自動車(以下「加害車両」という。)との交通事故により肺挫傷等の傷害を負い、被告医療法人さくら会(以下「被告さくら会」という。)が開設する大阪南脳神経外科病院(以下「脳外科病院」という。)及び被告医療法人生長会(以下「被告生長会」という。)が開設するベルランド総合病院(以下「ベルランド病院」という。)において、それぞれ治療を受けたが、低酸素脳症による呼吸不全により死亡したとして、原告らが、被告徹に対しては、不法行為(民法七〇九条)に基づき、被告市郎に対しては、自賠法三条の損害賠償責任に基づき、被告さくら会及び被告生長会に対しては、使用者責任(民法七一五条)に基づき、損害の賠償を請求する事案である。
二 前提となる事実(当事者間に争いがない事実、証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)
(1) 当事者
<1> 武史は、原告下村高明(以下「原告下村」という。)、原告北川富美子(以下「原告北川」という。)の長男である。
<2> 被告徹は、後記交通事故の発生当時、加害車両を運転していた者であり、被告市郎は加害車両の保有者である(以下、被告徹及び被告市郎を総称して「被告下柳田ら」という。)。
<3> 被告さくら会は住所地において脳外科病院を開設している医療法人であり、中川享医師(以下「中川医師」という。)は、平成六年当時、同病院の勤務医であった者である。
<4> 被告生長会は堺市東山五〇〇番地三においてベルランド病院を開設している医療法人であり、泰間良彦医師(以下「泰間医師」という。)は、平成六年当時、同病院の勤務医であった者である。
(2) 事故の発生
次の交通事故(以下「本件交通事故」という。)が発生した。
<1> 発生日時
平成六年一一月一日午後五時三〇分ころ(なお、以下、平成六年の表記については省略する。)
<2> 発生場所
大阪府堺市上之五一六番地先道路上(以下「本件事故現場」という。)
本件事故現場は、南北方向の片側一車線の道路(幅員は北行車線が約二・九メートル、南行車線が約三・八メートルであり、時速三〇キロメートルの速度規制がある。)と上記道路の西側に所在する株式会社十河ゴム製造所(以下「十河ゴム」という。)への進入路(幅員は約七・二メートルであるが出入口付近はそれよりも広くなっている。)がT字状に交わる地点である。
<3> 事故態様
前記日時場所において、被告徹が運転する加害車両が、十河ゴムの東側出入口から同所先南北道路に進出し、南進するために右折するにあたり、北進してきた武史運転の原動機付自転車と衝突した。
(3) 事故後の経過
<1> 脳外科病院における治療等
ア 一一月一日午後五時四五分ころ、武史は、脳外科病院に搬送され、中川医師の診察を受けた。その際、中川医師は、武史に対し、レントゲン検査及び腹部CT検査を実施した。
中川医師は、武史の診察後、特別の異常は認められなかったが、収縮期に心雑音が聴取されたことなどから、経過観察のため、武史を数日間入院させることとした。
イ 中川医師は同月二日、「頭部打撲、前胸部打撲、腹部打撲、右股関節部打撲挫傷、右大腿打撲」「上記診断にて平成六年一一月一日より約一〇日間の加療を必要とする見込みである。」との記載がある診断書を作成した。
ウ 同月二日夜間から、武史には顕著な呼吸苦が認められ、同月三日午前一一時三〇分ころ、中川医師が武史にレントゲン検査を実施したところ、レントゲン写真上、肺野の大部分が白くなっていたことから、武史は、同日、ベルランド病院へ転送された。
<2> ベルランド病院における治療等
ア 武史は、ベルランド病院に転送後、同日午後二時ころ、泰間医師の診察を受けた。泰間医師は、診察後、武史に対して気管内挿管を実施し、人工呼吸器による人工呼吸管理を開始するとともに、胸腔ドレナージが実施された。
イ その後、同医師は、原告北川に対し、武史が血胸、肺挫傷の状態であり、血液ガス等の状態も不良であることなどを説明した。
ウ 同月八日午後一〇時一〇分から午後一〇時四〇分までの間に、武史に装着されていた人工呼吸器の附属装置であるネブライザー(加湿器)のチューブが外れた(以下「本件医療事故」という。)。
エ 同月一〇日午後〇時二九分、武史の死亡が確認された。
なお、死亡診断書によれば、武史の直接の死因は呼吸不全とされ、直接の死因の原因は肺挫傷とされている。
オ 被告下柳田らは原告らに対し、治療費として二五万一二二六円を支払った。
第三争点
一 被告らの責任原因
(1) 被告徹の責任
<1> 被告徹による注意義務違反
<2> 注意義務違反と武史の死亡との因果関係
(2) 被告市郎の責任
(3) 被告さくら会の責任
<1> 主位的主張
ア 中川医師による注意義務違反
イ 注意義務違反と武史の死亡との因果関係
<2> 予備的主張
肺挫傷である旨の診断遅延の有無
(4) 被告生長会の責任原因
<1> 武史の死亡原因
<2> 人工呼吸管理時の注意義務違反
<3> 注意義務違反と武史の死亡との因果関係
二 原告らの損害
三 過失相殺
第四争点に対する当事者の主張
一 被告らの責任
(1) 被告徹の責任
<1> 被告徹の注意義務違反の有無
(原告ら)
被告徹は、工場敷地から建物や金網ネットフェンスがあり、左右の見通しの悪い南北道路に右折進入するのであるから、進入に際しては、左右の見通しのきく地点で一時停止し、左右を注視し、同道路左右から進行して来る車両等の有無を確認した上、安全を確認して右折すべき義務があったにもかかわらず、これを怠り、右方から北進してくる車両の有無の確認を十分尽くさないまま、漫然と時速約七ないし八キロメートルで右折すべく進行した過失により、折から右方道路から北進して来た武史が運転する原動機付自転車を右前方約八・一メートルの地点に初めて認め、直ちに急制動の措置を講じたが間に合わず同車後部に自車右前部を衝突させて武史を路上に転倒させ、武史に対し、重篤な肺挫傷等の傷害を負わせた。
(被告下柳田ら)
原告らの主張は争う。
<2> 注意義務違反と武史の死亡との因果関係
(原告ら)
武史の肺挫傷は、少なくとも加療三か月を要する重篤なものであり、急激な状態の変化もありうるものであったから、適切な医療処置がなされなければ死亡に至ったことは確実である。
そして、本件交通事故によって負わされた肺挫傷により武史の肺機能が著しく低下していたところに、ベルランド病院における人工呼吸器が外れるという本件医療事故が競合したことにより、武史の死亡という結果が発生したのであるから、被告徹は共同不法行為者として武史の死亡につき責任を負う。
(被告下柳田ら)
交通事故と医療事故が競合する場合において、医療事故が医師の重過失によるなど異常な状態である場合や、運転行為による傷害と医療行為による傷害との間に機能的関連性が希薄である場合には、交通事故の加害者は医療事故により惹起された結果についての責任を負わないと解すべきである。
武史の死亡原因は、ベルランド病院における治療中、人工呼吸器が外れたため、低酸素脳症及び多臓器不全に陥ったことによるものであるが、人工呼吸器が外れるという事態が高度の専門的知識を要せずに些細な注意を払うことにより避けられるものであることからすると、本件医療事故は医師の重過失によるなど異常な状態である場合に該当するから、被告徹は武史の死亡についての責任を負わない。
(2) 被告市郎の責任
(原告ら)
被告市郎は、加害車両の保有者であるから、自賠法三条により、損害を賠償する責任を負う。
(被告市郎)
被告徹の責任が発生しない以上、被告市郎も責任を負わない。
(3) 被告さくら会の責任
<1> 主位的主張
ア 中川医師の注意義務違反
(原告ら)
肺挫傷においては、胸部レントゲン写真上、限局性又はびまん性浸潤影として陰影が認められるが、受傷直後の陰影が軽度でも時間の経過とともに陰影が増強してくる場合もあるので、胸部CTを実施するとともに、胸部レントゲン検査により経過を観察する必要がある。また、肺挫傷の重症度は必ずしも画像診断上の変化と一致しないので、動脈血ガス分析により判定する必要がある。
しかしながら、中川医師は、入院一日目(一一月一日)には、肺の上部に陰影が認められたにもかかわらず胸部CTを実施せず、入院二日目(一一月二日)には、武史に対し、胸部レントゲン検査も動脈血ガス分析も実施しなかったことから、肺挫傷の診断をすることができなかった。
したがって、被告さくら会は、中川医師の使用者として、使用者責任を負う。
(被告さくら会)
中川医師は、一一月一日に武史を診察した際、武史から肺挫傷を疑わせるような顕著な呼吸苦の訴えがなかったこと、レントゲン検査の結果、武史の肋骨や胸骨に骨折が認められず、肺の損傷、気胸及び血胸を疑わせる所見もなかったこと、腹部CT検査の結果、内臓の出血を疑わせる所見が認められず、心嚢の出血や血胸を疑わせる所見もなかったことなどを総合して、致命的な肺挫傷は生じていないであろうと判断したのであり、同医師に肺挫傷を見落とした過失はない。
そして、一一月三日、武史が呼吸苦を顕著に訴えるようになったことから、胸部レントゲン検査を実施したところ、肺水腫ないし肺うっ血を疑わせる顕著な変化が認められたため、中川医師は心不全から肺水腫への進展を疑い、直ちに、循環器系の精密検査が可能な病院であるベルランド病院に武史を転送したのであるから、武史の症状を重症ならしめてもいない。
なお、武史には肺挫傷を疑わせる所見が認められなかったのであるから、中川医師が一一月二日に胸部レントゲン検査や動脈血ガス分析を実施する必要はなかった。
イ 因果関係
(原告ら)
中川医師が、一一月二日に、武史に対し、胸部レントゲン検査、動脈血ガス分析を行っていれば、肺挫傷及び血胸が軽症のうちに発見され、直ちに武史に対して呼吸管理や胸腔ドレナージなどの処置をすることができたはずであり、これにより、肺挫傷及び血胸の重症化を防ぎ得たし、ひいては器械的人工呼吸管理を必要としないで治癒した可能性も存した。
しかしながら、中川医師は、これらの検査を実施しなかったため、肺挫傷及び血胸が重症化し、ベルランド病院においては器械的人工呼吸管理の方法をとらざるを得なくなり、ベルランド病院における人工呼吸器の管理に関する注意義務違反と競合して武史の死亡という結果を発生させたのであるから、中川医師による注意義務違反と武史の死亡との間には因果関係が存する。
(被告さくら会)
肺挫傷の重症度は、胸部に加わった外力の強さによって規定されているから、仮に、武史に致命的な肺挫傷が生じていたとすれば、それは武史が脳外科病院に入院した当時、既に存在していたはずであり、受傷時には軽症であった肺挫傷が入院後の経過によって重症化したものではない。
したがって、仮に、本件交通事故によって武史に高度な肺挫傷が生じていたとすれば、重篤な呼吸不全を来すことは不可避であり、人工呼吸管理を必要としないで治癒に至ることはありえないのであるから、中川医師が武史の肺挫傷を早期に発見しても人工呼吸管理を必要としないで治癒した可能性はなく、また、受傷直後から一~二日後に病態が悪化することが多いことからすると、ベルランド病院への転院後に人工呼吸管理を必要とする状態に至ることも十分に考えられるから、中川医師が基本的な検査を怠ったことによりベルランド病院が人工呼吸管理を余儀なくされた事実もない。
また、武史の直接の死亡原因は、人工呼吸器が外れたことによる低酸素脳症と主要臓器障害であるから、肺挫傷の経過は武史の死亡という結果を左右するものではなく、脳外科病院での診断の遅延が仮にあったとしても、武史の死亡との間に因果関係は存しない。
<2> 予備的主張―肺挫傷である旨の診断遅延の有無
(原告ら)
仮に、中川医師による注意義務違反と、武史の死亡との間に因果関係が認められないとしても、中川医師が一一月一日に胸部CTを実施し、同月二日に胸部レントゲン検査、動脈血ガス分析を実施していれば、肺挫傷及び血胸が軽症のうちに発見され、直ちに武史に対して呼吸管理や胸腔ドレナージ等の処置を実施することにより肺挫傷及び血胸の重症化を防ぎ、武史に不必要かつ多大な苦痛を与えることはなかった。
しかしながら、中川医師は、武史に対し、上記検査を実施しなかったため、武史の肺挫傷及び血胸が重症化し、武史及び原告北川に不必要かつ多大の精神的・肉体的苦痛を与えた。
(被告さくら会)
上記<1>アのとおり、脳外科病院において、診断の遅延はなかった。
なお、仮に、脳外科病院において、診断の遅延があったとしても、武史は、一一月三日午後二時には肺挫傷との診断の下にベルランド病院に入院しているのであるから、診断の遅延は四八時間未満(一一月一日午後五時四五分から同月三日午後二時までの間)であり、この間、脳外科病院においては、武史に対して酸素吸入や感染予防のための抗生物質の投与等、肺挫傷に対する初期の治療に適う医療行為を行っていたのであるから、武史に対し、不必要かつ多大な精神的、肉体的苦痛を与えてはいない。
また、武史の診療経過に関する原告らの精神的苦痛は、武史の死亡という事後に生じた重大な結果による精神的苦痛に包含されるものであるから、被告さくら会に対する原告らの請求は失当である。
(4) 被告生長会の責任原因
<1> 武史の死亡原因
(原告ら)
ベルランド病院に入院中の武史の動脈血ガス分析によれば、肺挫傷による急性呼吸不全が増悪しているとは認められず、胸部レントゲン検査の経日的変化をみても、画像診断上は改善傾向にあることからすると、武史の死亡原因は、肺挫傷による呼吸不全ではない。
そして、一一月八日午後一〇時ころに武史から人工呼吸器が外れたこと、そのころ、低換気状態、低酸素血症が起った後、代償性に一過性の急激な血圧の上昇、脈拍数の増加が見られたこと、その後、午後一〇時四〇分ころに徐脈及び低血圧の状態となっており、その直後に心停止に至っていること、一四分後に心拍が再開した後も、低酸素脳症及び主要臓器障害の状態であったことからすると、武史の死亡原因は、人工呼吸器が外れたことを原因とする低酸素脳症及び主要臓器障害である。
(被告生長会)
武史の動脈血ガス分析の数値が入院直後から死亡するまでの間、ほとんど改善していないこと、仮に、武史の病態が僧帽弁の腱索断裂が主たる原因となって惹起されていたとすれば、一時的な状態の改善傾向がみられたとしても、根治療法である外科的手術を経ない限り、再び状態が悪化する可能性があったことからすると、武史が本件交通事故によって受けた外傷は、それ自体において死に至る可能性をもった重大なものであるから、ベルランド病院の医師には、結果の回避可能性がなかった。
<2> 人工呼吸管理時の注意義務違反
(原告ら)
人工呼吸管理は薬理作用により自発呼吸を停止させた上で施行するものであるから、その施行の間、十分な安全管理の義務を負担する上、ベルランド病院においては、一一月八日午後二時四〇分ころ、武史の体動により人工呼吸器が外れるという事態を経験していたのであるから、その後は、このような事態が再び生じないように注意すべき義務を負担していた。
しかしながら、ベルランド病院は、武史に対するマスキュラックスの効果が不十分で武史に体動が残っていたにもかかわらず、これを放置し、同日午後一〇時ころ、再び人工呼吸器が外れるという本件医療事故を生じさせた。
その上、人工呼吸器が外れたにもかかわらず、アラームが鳴らなかったことは、アラームのスイッチを切っていた等の人工呼吸器の操作ミスによるものであり、ベルランド病院の過失である。
(被告生長会)
本件医療事故は、筋弛緩剤が投与されている武史の体動により、武史とネブライザー(加湿器)を接続するチューブが外れるという予想外の事故が生じたことに加え、このような事態が生じた場合に作動するはずのアラームが鳴らないという、更に、予想外の事態が重なったものであるので、ベルランド病院には人工呼吸器の安全管理に何らの過失はない。
<3> 因果関係
(原告ら)
武史の死亡原因は、低酸素脳症及び主要臓器障害であるから、ベルランド病院による人工呼吸器の安全管理義務違反と武史の死亡との間には因果関係が存する。
(被告生長会)
仮に、ベルランド病院に注意義務違反が仮に認められるとしても、武史は本件交通事故の結果である成人呼吸促迫症候群の自然経過として肝臓及び腎臓の障害を併発し、多臓器不全に陥った上、死に至った可能性も否定できないのであるから、同義務違反と武史の死亡との間に因果関係はない。
二 原告らの損害
(1) 主位的請求
(原告ら)
<1> 入院雑費 一万三〇〇〇円
武史は、一一月一日から同月一〇日まで一〇日間、脳外科病院及びベルランド病院に入院したが、入院雑費は一日一三〇〇円が相当であるから、一〇日間の入院雑費は一万三〇〇〇円となる。
<2> 傷害慰謝料 三〇万円
武史は、本件交通事故により、肺挫傷及び血胸等の重篤な傷害を負い、一〇日間入院した。
前記傷害により、武史が受けた精神的・肉体的苦痛に対する慰謝料は、三〇万円が相当である。
<3> 葬儀費用等 八九八万五八五一円
原告らは、武史の葬儀費用、法要費用、墓等の費用として、以下のとおり、八九八万五八五一円を下らない支出を余儀なくされた。
ア 遺体搬送費 三万九〇〇〇円
イ 葬儀費 二六八万三九八五円
ウ 四九日法要 三一万一六一七円
エ 一〇〇日法要 八万二三四九円
オ 仏壇購入費 四〇万円
カ 墓地永代使用料 一九一万五〇〇〇円
キ 墓建立費 三五五万三〇〇〇円
合計 八九八万五八五一円
<4> 死亡による逸失利益 五〇六二万五二六五円
武史は、死亡当時、堺市立工業高等学校建築学科三年生で一八歳であり、事故がなければ一八歳から六七歳まで四九年間就労が可能であった。
しかも、武史は、原告らの一人息子であったことから、高等学校を卒業後、父親である原告下村が経営する株式会社下村製作所(以下「下村製作所」という。)に入社する予定であり、原告下村は、将来、武史に同社を引き継がせる予定であった。
ところで、原告下村は下村製作所から平成六年分で八八〇万円、平成七年分で八七〇万円の所得を得ているから、武史が原告下村の後継者となれば、原告下村と同程度の収入を得られたはずであり、武史は、少なくとも、平成七年版賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者の全年齢平均賃金五五七万二八〇〇円(三五万七一〇〇×一二+一二八万七六〇〇円)程度の収入を得られる蓋然性があった。
したがって、基礎収入を五五七万二八〇〇円、生活費控除率を五〇%、一八歳から六七歳までの四九年間に対応するライプニッツ係数一八・一六八七で、逸失利益を算定すると、以下のとおり、五〇六二万五二六五円(一円未満切捨て)となる。
5,572,800×(1-0.5)×18.1687=50,625,265.68
<5> 死亡慰謝料 三三〇〇万円
武史の年齢、死亡の事実及び同人が原告らの一人息子であること、原告北川は原告下村と離婚後、武史の親権者となり、武史の成長を唯一の楽しみとして養育してきたにもかかわらず、その楽しみを奪われたこと、原告下村は再婚もせず、自らが経営する下村製作所を武史に引き継がせるため、武史が高等学校を卒業後、同社に入社させる予定であったにもかかわらず、それも不可能となったこと、その他諸般の事情を考え合わせると、武史の死亡慰謝料として二三〇〇万円、原告ら固有の慰謝料として、各五〇〇万円とするのが相当である。
<6> 前記損害合計 九二九二万四一一六円
<7> 弁護士費用 一〇三五万円
原告らは、訴訟代理人両名に本訴の提起及び遂行を委任した。
本件の請求額は九二九二万円以上であるが、大阪弁護士会報酬規定(平成八年四月一日改定)によると、前記請求額の場合における着手金は三四五万円であり、報酬は六九〇万円である旨定められている。
(被告下柳田ら)
原告らの主張はいずれも争う。
特に、傷害慰謝料三〇万円は、武史の入院治療日数などに照らして高額に過ぎる。
また、原告らが主張する葬儀費用等や死亡慰謝料の金額は高額に過ぎる。
(被告さくら会)
原告らの主張はいずれも争う。
(被告生長会)
傷害慰謝料が認められるのは、死亡という結果に至らなかった場合であり、傷害の後、不幸にして死亡という最悪の結論に至った場合には、死亡慰謝料に全てが包含され、傷害慰謝料のみが独立して発生する余地はない。
その余の原告らの主張はいずれも争う。
原告らが主張する死亡慰謝料、葬儀費用等の金額は高額に過ぎる。
(2) 予備的請求―被告さくら会に対して
(原告ら)
仮に、被告さくら会が武史の死に対して責任を負わないとしても、前記一(3)<1>アの注意義務違反により武史は不必要かつ多大な肉体的・精神的苦痛を受けた。これを慰謝するためには五〇〇万円が相当である。
(被告さくら会)
原告らの主張は争う。
三 過失相殺
(1) 本件交通事故における武史の過失
(被告下柳田ら)
本件交通事故については、被告徹が南北道路に進行し、一旦停止し、左右を目視により一応確認していること、道路への進入速度が時速七ないし八キロメートルという徐行状態であったこと等の事情が存在し、他方、武史は、本件交通事故当時、日没後でしかも本件事故現場付近の見通しは悪かったにもかかわらず、法定制限速度を時速一〇ないし二〇キロメートル超過する速度で走行していたこと、本件交通事故当時、武史は、盲腸の手術部位が化膿して痛く、急いで病院に向かっていたことから、前方に対する注意が散漫になっていたこと等の事情が存在することからすると、本件交通事故については、二割の過失相殺がなされるべきである。
(原告ら)
被告徹の進入路からは南北道路の左右の見通しが悪かったのであるから、被告徹は、自動車運転者として、左右の見通しのきく地点で一時停止した上、左右を注視し、左右の安全を確認してから右折進行すべきであったにもかかわらず、被告徹は、左右の見通しのきく地点で一時停止をせず、左方の放置車両の陰から南進してくる車両の有無に注意を奪われ、右方から北進してくる車両の有無を確認しないまま進行したことにより、武史が運転していた原動機付自転車の発見が遅れ、本件交通事故を発生させたのであり、被告徹の過失は重大である。
一方、武史は加害車両を発見した後、衝突を回避するために急制動の措置を講じており、前方注視義務違反もなかったのであるから、過失相殺は問題とはならない。
なお、武史が加害車両に衝突後、加害車両のボンネットに乗りかかり、その後、加害車両の手前に転落していることからすると、武史運転の原動機付自転車は時速四〇キロメートル以下で走行していたはずであり、武史が法定制限速度を一〇キロメートル位超過する速度で走行していたとしても、その程度の法定制限速度違反は過失相殺の要素とはならない。
また、仮に、武史に軽度の前方注視義務違反等があったとしても、被告徹の過失は重大であり、上記の事故態様を考慮すれば、本件交通事故について過失相殺をするのは相当ではない。
(2) 被告生長会が過失相殺を援用することの可否
(被告生長会)
被告生長会は、被告下柳田らが主張する二割の過失相殺につき、被告生長会との関係でも援用する。
(原告ら)
原告らと被告生長会との関係は一一月三日午後に武史がベルランド病院に転院後に生じたものであり、被告生長会は、それ以前に生じた本件交通事故に関する過失相殺について、援用することはできない。
第五争点に対する当裁判所の判断
一 認定事実
前記前提となる事実、証拠(甲一の二、一の一三、一の一五ないし一七、一の二三ないし二五、一の二七、一の二九ないし三一、一の三三ないし三五、九、一〇の一、丙一、二、丁一、一一、一五、検丁一、二、一三、証人泰間良彦、同中川享、原告北川本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められ、これらの認定を覆すに足りる証拠は存しない。
(1) 本件事故現場は、片側一車線の南北道路に西側の十河ゴム出入口からの道路が接続するT字型の交差点上の場所で、この出入口通路南側には、建物や金網フェンス、廃車車両等があり、北側には駐車車両があって、左右の見通しが悪い状態であった。
(2) 武史は、虫垂炎の手術をした部分が化膿して痛かったことから、手術を受けたベルランド病院で診察を受けるために、原動機付自転車を運転して、南北道路を時速約四〇ないし五〇キロメートルで北進していた。
被告徹は、一一月一日午後五時三〇分ころ、加害車両を運転し、十河ゴムの出入口通路を東進し、本件事故現場手前で一旦停止し、同現場東側に設置されているミラーで南北道路からの進行車両の有無を確認したが、それ以上、左右からの進行車両の有無を確認することができる地点で一時停止することなく、左方(北側)の放置車両の陰から南に進行して来る車両の有無にのみ注意を奪われ、右方(南側)から北進してくる車両の有無についても確認をしないまま、漫然と、時速約七ないし八キロメートルで右折を開始した。
被告徹は、武史が運転する原動機付自転車を右前方約八・一メートルの地点で認め、直ちに急制動の措置を講じたが、間に合わず、同原動機付自転車は、前輪を支点とするような形で前のめりの状態となりながら、加害車両の右前部に衝突し、武史は加害車両のボンネット上に投げ出された後、ボンネット上から転落した。
(3) 被告徹は、直ちに加害車両から出て、武史に声をかけたが、その際、武史は呼吸するのが苦しそうな状態で、うなり声をあげつつ、震えていた。
(4) 武史は、救急車で、脳外科病院に搬送され、同日午後五時四五分ころ、中川医師の診察を受けた。
その際、武史が、頭部、前胸部、右側腹部、左臀部から股関節部、右大腿部及び両膝部に痛みを訴えていたことから、中川医師は、武史に対し、頭部、胸部、胸骨部、腹部、右股関節部ないし大腿部及び両膝部の各部位につきレントゲン検査をした。
レントゲン検査の結果、骨折等は認められなかったが、胸部レントゲン検査の結果については、右肺の上葉と中葉の中間部に陰影が認められ、心胸比が増大していた。また、聴診の結果、心雑音が聴取されたため、中川医師は、武史に対し、経過観察のため入院をするように指示した。
また、中川医師は、腹部CT検査も実施したが、実質臓器からの出血は認められなかった。
なお、看護記録の「主訴」欄、「入院時の状態」欄及び「呼吸」欄には、いずれも呼吸苦がある旨の記載が存する。
(5) 一一月二日午前七時ころ、武史に軽度の呼吸苦が認められ、午前一〇時ころにも呼吸苦が認められたが、看護婦が深呼吸を促すと、武史は深呼吸を行うことができた。
同日、中川医師の診察時には、武史にわずかな呼吸苦が認められた。また、聴診時、呼吸音は清明であったが、心雑音(高度収縮期雑音、LevineのgradeⅢ/Ⅳ)が聴取された。
同日の夜間から、武史の呼吸苦が増強した。
なお、中川医師の作成に係る同日付けの診断書によれば、武史の傷病名は、「頭部打撲、前胸部打撲、腹部打撲、右股関節部打撲挫傷、右大腿打撲」であり、これにより一一月一日から約一〇日間の加療を必要とする見込みであると診断されている。
(6) 一一月三日午前七時ころ、武史が看護婦に対して呼吸苦を訴えたことから、武史に対し、酸素投与が開始された。
同日午前九時には、武史の呼吸が荒く、浅表性であり、また、武史が胸部痛及び腹部痛を訴えたことから、鎮痛剤であるソセゴンが投与された。
同日午前一〇時ころ、武史には、浅表性の呼吸が持続しており、顔色及び四肢爪床色が不良であり、口唇色もやや不良であったことから、酸素四リットルの経鼻投与が開始された。
同日午前一一時三〇分ころ、中川医師が武史を診察した際、武史に呼吸苦が顕著に認められた。
その後、中川医師は、武史に対し、胸部レントゲン検査を実施したところ、全肺野に肺水腫ないし肺うっ血を疑わせる陰影(バタフライ・ラッシュ様陰影)が著明に認められた。
中川医師は、武史に心雑音が聴取されていたことから、心不全による肺水腫の陰影と推測し、精密検査が必要であると判断して、原告北川の許可を得た上、武史をベルランド病院に転送した。
(7) 同日、ベルランド病院へ転送された後、武史は、泰間医師の診察を受けた。
泰間医師は、上記脳外科病院におけるレントゲン写真に加え、武史の動脈血ガス分析の結果が不良であったこと、ベルランド病院における胸部レントゲン検査では明らかな骨折等は認められなかったものの、胸部CT検査では液体貯留が認められたことから、血胸、肺挫傷と診断した。
そして、泰間医師は、武史に対し、胸腔ドレナージを設定し、気管内挿管の上、呼気終末陽圧(PEEP)を加えた人工呼吸管理を開始した。
その後、泰間医師は、原告北川に対し、血胸、肺挫傷の状態であり、現在、血液ガス等の状態が不良であることから、今後、容態が急変して、悪化することがあり、手術の可能性もあり得る旨説明した。
また、心臓の超音波検査の結果、明らかな異常所見は認められなかった。
なお、同日から同月一〇日までの血液ガスの検査結果については、別紙のとおりである。
(8) 一一月四日午前二時二〇分ころ、吸入気酸素濃度が九〇パーセントから六〇パーセントに変更され、午前九時には、六〇パーセントから四〇パーセントに変更された。同月四日午前二時二〇分ころ、人工呼吸器の呼気終末陽圧は一〇cmH2Oに設定されていた。
一一月五日午後七時ころ、武史に体動が認められたため、武史に対し、鎮痛剤であるソセゴン一アンプル及び筋弛緩剤であるマスキュラックス一アンプルが投与された。診療録の重症観察記録上、同月六日午後五時三〇分ころ、午後六時ころ、午後七時三〇分ころ、同月八日午前一〇時ころ、午後二時二〇分ころ、午後六時ころ及び午後九時ころに、それぞれ武史に活発な体動が認められた旨の記載が存する。
一一月七日午後八時四〇分ころ、武史の自発呼吸が著明に認められたことから、頻繁に人工呼吸器のアラームが鳴った。同日から一一月八日にかけて、人工呼吸器の呼気終末陽圧は五cmH2Oに設定されていた。
一一月八日午後二時四〇分ころ、バイトブロック(挿管チューブが噛まれないように保護するためのもの)を交換する際、武史の体動が激しかったことから、挿管チューブが外れたため、直ちに、医師が再挿管を実施した。
同日午後四時五分撮影のレントゲン写真によれば、心陰影は縮小し、右側の肺挫傷による陰影は改善されていた。
同日午後九時ころ、武史の血圧は、収縮期血圧が一一〇mmHg、拡張期血圧は六四mmHgであり、脈拍数は一分あたり一二〇であった。
同日午後九時四〇分ころ、原告北川から鎮痛剤等を投与して欲しい旨の希望があったことから、武史に対し、ソセゴン一アンプル及びマスキュラックス一アンプルが投与された。
そして、補助換気から同調性間歇的強制換気に人工呼吸器の設定が変更された。一一月七日から同月八日にかけては、人工呼吸器の吸入気酸素濃度は四〇パーセント、呼気終末陽圧五cmH2Oであり、昇圧剤を使用することもなかった。
同日午後一〇時から午後一〇時一〇分ころにかけて、武史の四肢に持続的な体動が認められた。
同日午後一〇時の武史の血圧は、収縮期血圧が一六八mmHg、拡張期血圧が一一四mmHgであり、脈拍数は一分あたり一四四であった。
(9) 同日午後一〇時四〇分ころ、泰間医師が、武史の状態を確認するために病室に赴いた際、武史の心拍数が四〇ないし五九、血圧も五〇ないし五九まで低下していることを発見した。その際、酸素をネブライザーから送るためのチューブがネブライザーとの接続部分で外れているのが発見された。
(10) 同日午後一〇時四五分ころには、武史の心拍数が〇ないし二〇台に低下し、心臓マッサージが施行された。
同日午後一〇時五五分ころ、武史は心停止の状態となり、心拍数を上昇させる作用を有する硫酸アトロピン三アンプルを投与し、心臓マッサージを続行した。
同日午後一〇時五六分ころ、武史に対し、硫酸アトロピン三アンプルを投与し、午後一〇時五七分ころにも、硫酸アトロピン三アンプル及び昇圧剤であるボスミン三アンプルを投与するとともに、一〇〇パーセントの酸素を投与したところ、武史の心拍数は三〇台まで回復した。
その後、武史の心拍数は、午後一〇時五八分ころが一五〇台であり、同日午後一〇時五九分ころは、一八〇台であった。
しかしながら、武史の瞳孔が散大する状態であったことから、泰間医師は、低酸素脳症を疑うとともに、脳浮腫の予防としてグリセオールの点滴投与を開始した。
(11) 一一月九日午前〇時ころ、武史に自発呼吸が現れ、午前二時四五分ころには、自発呼吸と人工呼吸の間のファイティング、午前三時ころには上肢の活発な動きが認められた。
(12) 同日の生化学検査の結果、肝機能の指標であるGOTが一六〇、GPTが二〇三、LDHが一六五一といずれも高値であり、また、総ビリルビン値も三・五四と高値であった。
同月一〇日の生化学検査の結果、GOTが一四七、GPTも一九二といずれも高値の状態が継続していた上、BUN(血中尿素窒素)も四二・六と高値であり、多臓器不全の状態であると判断された(なお、一四の検査項目のうち、基準値内のものはALPとNaのみであった。)。
(13) 同日午前八時ころから、武史の収縮期血圧が低下し始め、硫酸アトロピン等が投与されるとともに、午前一〇時四四分ころから心臓マッサージが施行されるなどしたが、午後〇時二九分、武史の死亡が確認された。
(14) 平成七年六月二九日、被告徹は、業務上過失傷害罪により、堺簡易裁判所に略式起訴された。
二 肺挫傷に関する医学的知見について
証拠(丁二ないし四、鑑定)によれば、以下の医学的知見を認めることができる。
(1) 病態
肺挫傷は、鈍的外力により肺胞及び呼吸細気管支内圧が急激に増圧することから肺胞内や肺間質内に出血と浮腫を生ずる病態である。
(2) 理学的所見
無自覚のものもあるが、重症になると呼吸困難、多呼吸、チアノーゼ、血痰、低血圧が生ずる。聴診では、湿性ラ音、呼吸音減弱がみられる。
(3) 診断
画像診断では、一般的には胸部レントゲン写真上、限局性又はびまん性浸潤影として認められる。陰影は受傷直後から受傷一、二日目までに出現し、数日ないし一週間で消失する。損傷の程度と範囲により胸部レントゲン写真上ほとんど陰影を認めず、CTにより初めて診断しうる程度の軽度なものから、両側肺にまたがる高度なものまである。受傷直後の陰影は軽度であっても時間の経過とともに陰影が増強してくる場合もあるので、胸部レントゲン写真で経過を観察する必要がある。重症度は必ずしも画像診断上の変化と一致しないので、動脈血ガス分析により判定する必要がある。また、レントゲン写真では未だ肺挫傷の所見が明らかではない場合でも、胸部CTはより鋭敏にこれを描写し、病変の広がり、損傷の程度の評価に有効である。
(4) 治療方針
局所的な所見を示すものは、保存的療法で軽快するが、血気胸には、胸腔内チューブを挿入して、持続吸引を実施し、重症例においては、気管内挿管を実施して、人工呼吸器に接続し、無気肺改善のためPEEP療法を行う。また、高度の肺裂傷、肺破裂を伴い、持続的な空気漏出を伴い、肺の再膨張が得られない場合や、大量の気道内出血のため換気が障害されるときは、開胸術の適応となる。
三 被告らの責任
(1) 被告徹の責任について
<1> 被告徹の不法行為責任
前記のとおり、被告徹は、一一月一日午後五時三〇分ころ、加害車両を運転して十河ゴムの出入口通路から南北道路に進出し、同所を南方向に向かうために右折するにあたり、左右の見通しのきく地点で一時停止をせず、また、右方(南側)から北進してくる車両の有無についても十分に確認をせずに右折を開始したこと、その直後、南北道路を時速約四〇ないし五〇キロメートルの速度で北進していた武史運転の原動機付自転車を右前方約八・一メートルの地点で認め、急制動の措置を講じたが間に合わず、同原動機付自転車は、前輪を支点とするような形で前のめりの状態となりながら、加害車両の右前部に衝突し、武史は加害車両のボンネット上に投げ出された後、ボンネット上から転落したこと、上記の事故によって、武史が肺に傷害を負う等したこと、当時、十河ゴムの出入口通路の付近は左右の見通しが悪かったことが認められる。
以上の認定事実を前提にすると、本件交通事故当時、十河ゴムの出入口通路の付近は左右の見通しが悪かったのであるから、被告徹は、左右の見通しのきく地点で、一時停止をして、右方から北進してくる車両の有無を確認すべき注意義務を負っていたというべきところ、上記の各事実によれば、被告徹には同注意義務違反が認められる。
<2> 注意義務違反と武史の死亡との因果関係について
ア 前記認定及び証拠(丁二、鑑定)によれば、武史は、本件交通事故により両側の血胸及び右側に強い両側性の肺挫傷に罹患したこと、武史の肺挫傷は重症の状態であったことが認められる。
イ 武史の救命可能性について
証拠(丁二、鑑定)によれば、近年、肺挫傷の病態の解明が進み、治療方法の選択の幅も広がったことから、死亡率が低下しており、肺挫傷そのものの予後は比較的良いものと考えられるようになっていること、重症の肺挫傷の症例であっても、種々の呼吸管理法を駆使することによって救命しうるとされていること、武史の肺挫傷のように、両側に肺挫傷が存在しても、適切な人工呼吸管理、適正な輸液の管理、循環動態の安定化、とりわけ頻回の体位変換、体位ドレナージや気道内吸引による気道内清浄化等が行われた場合には、死亡する可能性は低いことがそれぞれ認められ、武史の場合にも適切な治療がなされれば、高度の蓋然性をもって救命することが可能であったと推認するのが相当である。
ウ 因果関係の有無について
前記ア及びイによれば、本件交通事故により、武史は重度の肺挫傷を負っており、前記医学的知見に照らすと、同傷害は放置すれば死亡するに至る程度の傷害であったと認められるところ、武史の肺挫傷はベルランド病院において適切な人工呼吸管理等がなされるなどして肺挫傷に対する適切な治療が施されていれば、高度の蓋然性をもって武史を救命することが可能であったと推認することができ、同事実に、後記認定の武史の死亡原因をも勘案すると、本件交通事故と本件医療事故とのいずれもが、武史の死亡という不可分の一個の結果を招来し、この結果について相当因果関係を有する関係にあるというべきである。
したがって、被告徹は、武史の死亡についてまで、不法行為責任を負担する。
(2) 被告市郎の責任について
前記(1)のとおり、被告徹は、本件交通事故につき不法行為責任を負うから、加害車両の所有者である被告市郎は、運行供用者として、自賠法三条に基づき、被告徹と同内容の損害賠償責任を負担する。
(3) 被告さくら会の責任について
<1> 中川医師の注意義務違反
前記医学的知見によれば、肺挫傷は、受傷直後の陰影が軽度であっても、時間の経過とともに陰影が増強してくる場合もあるので、胸部レントゲン写真で経過を観察する必要があること、肺挫傷の重症度については、必ずしも画像診断上の変化と一致しないので、動脈血ガス分析により判定する必要があること、レントゲン写真では未だ肺挫傷の所見が明らかではない場合でも、胸部CTはより鋭敏にこれを描写し、病変の広がり、損傷の程度の評価に有効であることが認められる。
また、証拠(鑑定)によれば、肺挫傷は、鈍的胸部外傷では最も頻度の高い肺実質損傷であり、外傷の受傷機転の詳細な聴取から胸部打撲が明らかであれば、まず肺挫傷を疑ってかかるのが通常であることが認められる。
そして、前記認定によれば、武史には本件交通事故直後から呼吸苦が認められ、看護日誌の「主訴」欄、「入院時の状態」欄及び「呼吸」欄にも呼吸苦の記載が存することなどからすると、中川医師の診察当時から、武史に呼吸苦が存したと認められるところ、そのような武史の受診当時の状態及び本件交通事故による受診という経過に上記肺挫傷の特性を併せ鑑みると、中川医師は、肺挫傷を疑い、胸部レントゲン写真及び動脈血ガス分析によって経過を観察すべき義務を負っていたというべきである。
さらに、前記認定によれば、一一月一日の胸部レントゲン検査の結果、右肺の上葉と中葉の中間部に陰影が認められたのであるから、中川医師は胸部CTを実施すべき義務を負っていたというべきである。
しかしながら、中川医師は、一一月一日及び同月二日にこれらの検査を実施していないから、同医師には、この点に関する注意義務違反が認められる。
<2> 因果関係の有無
前記医学的知見のとおり、肺挫傷が鈍的外力により肺胞及び呼吸細気管支内圧が急激に増圧することから肺胞内や肺間質内に出血と浮腫を生ずる病態であることからすると、肺挫傷の重症度は、胸部に加わった外力の強さによって規定されているというべきである。
したがって、前記三(1)<2>アのとおり、武史の肺挫傷は重症であるから、重篤な呼吸不全を来すことは不可避であり、人工呼吸管理を必要としないで治癒に至ることはありえないから、中川医師の前記注意義務違反がなくても、時間の経過とともに武史の肺挫傷及び血胸が重症化したものと考えられ、その治療のためベルランド病院において器械的人工呼吸管理の方法を取らざるを得なくなったはずであり、したがって、中川医師の注意義務違反がなければベルランド病院で人工呼吸管理の治療を受けることがなかったとは認められない。
同事実に、後記認定の武史の死亡原因を勘案すれば、中川医師の前記注意義務違反と武史の死亡との間には因果関係はないといわざるを得ない。
したがって、この点に関する原告らの主張には理由がない。
<3> 脳外科病院において肺挫傷である旨の診断が遅れたことによる慰謝料について(予備的主張)
上記<1>のとおり、中川医師は、武史に対し、一一月一日に胸部CT検査を実施するとともに、同月二日に胸部レントゲン検査及び動脈血ガス分析を実施すべき注意義務を負っていたところ、胸部CT検査の実施により病変の広がり、損傷の程度の評価がより正確に行えること、受傷直後におけるレントゲン写真上の陰影が軽度であっても時間の経過とともに陰影が増強してくる場合もあることに照らせば、これらの諸検査を実施することにより、武史の肺挫傷をより早期に適切に診断することが可能であったということができる。
そして、これらの諸検査の実施によって、より早期に肺挫傷を診断することができた場合には、より早期に人工呼吸器を装着したり、胸腔ドレナージ等を実施することにより、武史の呼吸苦を取り除くための措置をとることができたのであるから、中川医師は、診断の遅延により、武史に呼吸苦による肉体的・精神的苦痛を与えた点につき、不法行為責任を負担すると認めるのが相当である。
(4) 被告生長会の責任について
<1> 武史の死亡原因について
ア 肺挫傷による呼吸不全について
前記認定によれば、一一月四日午前二時二〇分ころ、吸入気酸素濃度が九〇パーセントから六〇パーセントに変更され、午前九時には、吸入気酸素濃度が六〇パーセントから四〇パーセントに変更されたこと、呼気終末陽圧についても、一一月四日午前二時二〇分ころは一〇cmH2Oであったものが、同月七~八日にかけては五cmH2Oまで下げられており、急性呼吸不全の増悪を示す様子は窺われないことが認められるところ、これらの各事実に加え、一一月八日午後四時五分撮影の胸部レントゲン写真によれば、心陰影は縮小し、右側の肺挫傷による陰影が改善していること、一一月一〇日の動脈血ガス分析の検査結果によっても、急性呼吸不全の終末期にみられる数値ではないこと(鑑定)からすると、肺挫傷による急性呼吸不全が武史の直接の死因であると認めることはできない。
なお、被告生長会は、武史の動脈血ガス分析の数値が入院直後から死亡するまでの間、ほとんど改善していない旨主張するが、鑑定が指摘するとおり、肺胞気―動脈血酸素分圧較差の変化は吸入酸素濃度に大きく依存する指標であり、データの解釈には吸入酸素濃度を考慮しなければ意味がないのであり、別紙の動脈血ガス分析値の経過表から、肺挫傷による急性呼吸不全が増悪しているとは判断できないから、被告生長会の上記主張は採用することができない。
イ 心臓の僧帽弁の腱索断裂について
前記認定のとおり、一一月三日、ベルランド病院での心臓の超音波検査の結果、明らかな異常所見が認められなかったのであり、同事実に加え、鑑定が指摘するとおり、心臓の僧帽弁の腱索断裂による急性心不全が直接の死因であれば、胸部レントゲン写真上、肺うっ血像の進行がみられるはずであり、また、同時にこれによる肺の酸素化能の障害が動脈血ガス分析値に反映されるはずであるが、このいずれもが見られないことをも併せ鑑みれば、中川医師が聴取した心雑音は鈍的心損傷に伴う機能的な心雑音であった可能性も否定できず、その他心臓の僧帽弁の腱索断裂が武史の死因であると認めるに足りる証拠はない。
ウ 人工呼吸器が外れたことについて
前記認定によれば、一一月七日から同月八日にかけては、人工呼吸器の吸入気酸素濃度は四〇パーセント、呼吸終末陽圧は五cmH2Oであり、昇圧剤を使用することもなく、血圧、脈拍数、体温等が落ち着いた状態であったこと、同月八日午後九時には収縮期血圧一一〇mmHg、拡張期血圧六四mmHgであったものが、午後一〇時には収縮期血圧一六八mmHg、拡張期血圧一一四mmHgとなり、脈拍数も一分あたり一四四と急激に上昇していること、その後、午後一〇時四〇分ころには、収縮期血圧が五〇mmHg台、脈拍数が一分あたり四〇ないし五九となり、動脈血ガス分析の結果においても、酸素分圧が三〇mmHg、炭酸ガス分圧が一〇二mmHg、pHが六・九〇三、BEが一リットル当たり―一五・四Eqと著明に変化していることが認められる。
また、鑑定によれば、これらの血圧や脈拍数の推移等に照らし、一一月八日午後一〇時以前に、武史に何らかの原因で低換気状態、低酸素血症が起こり、午後八時には、代償性に一過性の急激な血圧の上昇、脈拍数の増加が認められたが、そのまま放置され、午後一〇時四〇分に徐脈及び低血圧の状態に陥っているところを初めて気づかれたが、その直後に、低酸素血症により心停止に至ったことが認められる。
以上に加え、一一月八日午後一〇時四〇分ころから武史の死亡時である同月一〇日午後〇時二九分までの約三七時間は、心肺停止に続発した低酸素脳症、腎臓及び肝臓等の肝逸などの主要臓器の障害を呈することからすると、武史は、低酸素脳症と主要臓器障害が直接の死亡原因となって死亡したと認めるのが相当である。
<2> 被告生長会の過失について
人工呼吸管理は薬理作用により自発呼吸を停止させた上で施行するものであるから、その施行の間、十分な安全管理の義務を負担することに加え、前記認定のとおり、ベルランド病院は、一一月八日午後二時四〇分ころ、武史の体動により人工呼吸器が外れるという事態を経験していたのであるから、特に、武史から人工呼吸器が外れていないかどうかについて頻回に確認し、あるいは外れないような手段を講ずべき注意義務を負担していたと解するのが相当である。
しかしながら、ベルランド病院は、武史に対する投薬の効果が不十分であったにもかかわらず、武史に体動が残っていたことを放置し、また、人工呼吸器が外れていないか否かについて十分な確認をしないまま、同日午後一〇時ころ、再び人工呼吸器が外れるという本件医療事故を生じさせたのであるから、ベルランド病院には、人工呼吸器の安全管理義務違反が認められる。
被告生長会は、本件では、筋弛緩剤が投与されている武史の体動により、武史とネブライザー(加湿器)を接続するチューブが外れるという予想外の事故が生じたことに加え、このような事態が生じた場合に作動するはずのアラームも鳴らず、予想外の事態が重なったのであるから、人工呼吸器の安全管理に何らの過失はない旨主張するが、前記認定のとおり、武史はベルランド病院に入院中、体動が頻繁に認められ、一一月八日午後一〇時から午後一〇時一〇分ころにかけても持続的な体動が認められたのであるから、泰間医師は武史から人工呼吸器が外れていないか否かについて通常の場合よりも厳格に確認し、また外れないようにする必要があったというべきところ、泰間医師の供述によれば、本件医療事故の当時、ナースステーション上のモニターのスイッチが切られていたというのであるから、被告生長会の同主張は採用することができない。
<3> 因果関係について
上記<1>のとおり、武史の死亡原因は、低酸素脳症及び主要臓器損害であるから、ベルランド病院(泰間医師)による人工呼吸器の安全管理義務違反と武史の死亡との間には因果関係が存すると認められる。
したがって、因果関係がないとする被告生長会の主張は理由がない。
四 原告らの損害
(1) 主位的請求について
ア 治療費関係
武史の治療費については被告市郎が加入している損害保険会社において支払い済みであることについては弁論の全趣旨により認められるところ、その総額は、本件全証拠によるも明確ではない。そこで、被告下柳田らが主張する二五万一二二六円を治療費と認める。また、入院雑費については一日一三〇〇円と算定するのが相当であるから、武史の入院雑費は同額に入院日数一〇日を乗じた一万三〇〇〇円と認めるのが相当である。
イ 傷害慰謝料
本件においては、前記のとおり、被告下柳田ら及び被告生長会が、武史の死亡という結果について責任を負担するところ、受傷から死亡という結果が発生した事実、その期間等を勘案すると、武史の負った傷害についての慰謝料を死亡慰謝料とは別個に認めることは相当でない。
したがって、この点に関する原告らの主張には理由がない。
ウ 葬儀費用
武史の葬儀費用等については、一五〇万円が被告下柳田及び被告生長会の不法行為と因果関係を有する損害と認めるのが相当である。
エ 死亡による逸失利益
前記認定事実、証拠(甲一三、一四、原告北川本人)及び弁論の全趣旨によれば、武史は、本件事故当時、堺市立工業高等学校に在籍する一八歳の高校生であったこと、原告下村は自ら下村製作所を経営しており、原告下村の長男である武史が原告下村の後継者となる可能性は十分に存したこと、原告下村の下村製作所からの給与は平成六年が八八〇万円、平成七年が八七〇万円であることがそれぞれ認められ、同事実によれば、武史の逸失利益を算定するには、平成七年版賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者の全年齢平均賃金五五七万二八〇〇円を基礎収入とするのが相当である。
そして、基礎収入額を五五七万二八〇〇円、生活費控除率を五〇%、一八歳から六七歳までの四九年間に対応するライプニッツ係数一八・一六八七として武史の死亡による逸失利益を算定すると、原告ら主張のとおり、五〇六二万五二六五円(一円未満切捨て)となる。
オ 死亡慰謝料
武史が本件事故当時、一八歳の高校生であったこと、その他本件に現れた諸般の事情を考慮すれば、武史の死亡による慰謝料は二〇〇〇万円が相当である。また、証拠(原告北川)及び弁論の全趣旨によれば、原告北川が原告下村と離婚後、武史の親権者となり、武史を養育してきたこと、原告下村も下村製作所に武史を入社させて、将来的には同社を引き継がせる予定であったにもかかわらず、それも不可能となったことが認められ、これらの事情を考え合わせると、原告ら固有の慰謝料として各一五〇万円が相当である。
カ 前記損害合計
a 武史の損害
七二三八万九四九一円
b 原告ら固有の損害
各一五〇万円
(2) 予備的請求について
前記認定の脳外科病院での治療の経過等、本件に現れた諸般の事情を考慮すれば、脳外科病院による診断の遅延による武史の精神的苦痛に対する慰謝料は六〇万円をもって相当と認める。
五 過失相殺
(1) 被告徹について
前記認定のとおり、被告徹は右折の際に、左右の見通しのきく地点で一時停止せず、右方の安全確認を十分にしなかった注意義務違反が認められるところ、同義務を遵守していれば、本件交通事故の発生を避けることができたというべきであるから、被告徹の過失は相当に大きいというべきである。
しかしながら、他方で、武史が時速一〇ないし二〇キロメートルの法定制限速度違反をしていたことからすると(原告らは、武史の法定制限速度違反につき、時速一〇キロメートル程度であった旨主張するが、武史自身が司法警察員に対して一〇ないし二〇キロメートルのスピード違反をしていた旨供述していること(甲一の一五)などからすると、原告らの同主張は採用できない。)、武史の過失も小さいとはいえず、その他前記認定の事故態様に照らすと、被告徹の過失を八〇パーセント、武史の過失を二〇パーセントと認めるのが相当である。
そして、上記認定の過失割合に従い、武史の損害額七二三八万九四九一円から二〇パーセントを減額すると、残額は五七九一万一五九二円(円未満切捨て)となり、また、原告ら固有の慰謝料は各一二〇万円となる。
(2) 被告生長会について
そもそも、過失相殺は不法行為により生じた損害について加害者と被害者との間においてそれぞれの過失の割合を基準にして相対的な負担の公平を図る制度であるから、交通事故と医療事故という加害者及び侵害行為を異にする二つの不法行為が順次競合した共同不法行為においても、過失相殺は各不法行為の加害者と被害者との間の割合に応じてすべきものであり、他の不法行為の加害者と被害者との間における過失の割合をしん酌して過失相殺をすることは許されない(最高裁判所平成一三年三月一三日第三小法廷判決・民集五五巻二号三二八頁)。
したがって、被告徹の過失相殺を援用する旨主張する被告生長会の主張は失当であって、採用することができない。
六 損益相殺
前記認定のとおり、本件交通事故においては、被告下柳田らから治療費として二五万一二二六円の填補がなされているから、武史の前記損害額から同金額を控除すると、武史の損害額は、被告下柳田らとの関係では、五七六六万〇三六六円、被告生長会との関係では七二一三万八二六五円となる(被告下柳田らに対する認容額の限度で不真正連帯)。
七 認容額
ア 原告らは、武史の死亡により、武史の有する損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続した。
イ 弁護士費用
本件事案の性質、審理経過、認容額などを考慮すれば、本件と相当因果関係を有する損害としての弁護士費用は、原告らそれぞれにつき、被告下柳田らとの関係では各三〇〇万円、被告生長会との関係では各三七五万円、被告さくら会との関係では各五万円が相当である(それぞれ認容額の限度で不真正連帯)。
ウ 原告ら各自の認容額
以上のとおり、原告らは、被告下柳田らに対してそれぞれ三三〇三万〇一八三円、被告生長会に対してそれぞれ四一三一万九一三二円(一円未満切捨て)、被告さくら会に対してそれぞれ三五万円の損害賠償請求権を有すると認められる。(なお、被告下柳田らと被告生長会との間では、被告下柳田らに対する認容額の限度で連帯し、被告下柳田ら及び被告生長会と被告さくら会との間では被告さくら会に対する認容額の限度で、連帯する。)。
第六結論
以上のとおり、原告らの各請求は、被告下柳田ら各自に対し、それぞれ三三〇三万〇一八三円及び内金三〇〇三万〇一八三円に対する平成六年一一月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、被告さくら会に対し、それぞれ三五万円及び内金三〇万円に対する平成六年一一月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、被告生長会に対し、それぞれ四一三一万九一三二円及び内金三七五六万九一三二円に対する平成六年一一月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度において理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条、六五条を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 竹中邦夫 飯畑正一郎 品川英基)
別紙
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