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大阪地方裁判所堺支部 平成9年(ワ)288号 判決 1998年6月17日

原告

日本化学工業株式会社

右代表者代表取締役

五味学

原告

雪風株式会社

右代表者代表取締役

五味学

原告

金剛株式会社

右代表者代表取締役

五味学

原告ら訴訟代理人弁護士

坂井尚美

川口博夫

坂井慶

被告

伊藤寛一

被告

大西信男

被告両名訴訟代理人弁護士

岸本淳彦

菅原英博

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告伊藤寛一は、原告日本化学工業株式会社に対し、金二七一五万二三〇一円、原告雪風株式会社に対し、金一五八六万六四八四円、原告金剛株式会社に対し、金一五九万四一一二円及び右各金員に対する平成七年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告大西信男は、原告日本化学工業株式会社に対し、金三八七八万九〇〇二円、原告雪風株式会社に対し、金二二六六万六四〇六円、原告金剛株式会社に対し、金二二七万七三〇三円及び右各金員に対する平成七年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  当事者等

(一)(1) 原告日本化学工業株式会社(以下「原告日本化学」という。)は、昭和三三年一二月二三日に設立された各種繊維工業製品の製造及び販売等を業とする株式会社である(弁論の全趣旨)。

(2) 原告雪風株式会社(以下「原告雪風」という。)は、昭和三九年五月二五日に設立された各種繊維工業製品の製造及び販売等を業とする株式会社である(弁論の全趣旨)。

(3) 原告金剛株式会社(以下「原告金剛」という。)は、昭和四三年三月八日に設立された各種繊維工業製品の製造及び販売等を業とする株式会社である(弁論の全趣旨)。

(二) 日本紡績業厚生年金基金(以下「本件基金」という。)は、昭和四三年四月一日に設立され、平成六年一一月一六日に解散した。

(三) 原告らは、本件基金の設立事業所(厚生年金基金が設立されている適用事業所)であった。

(四)(1) 被告伊藤は、遅くとも平成四年六月二九日から、本件基金の解散時まで、本件基金の理事長であった。なお、理事長は、理事による選挙によって選ばれ、基金を代表して、その業務を執行することとされている(厚生年金保険法一一九条三項、一二〇条一項、日本紡績業厚生年金基金規約(以下「本件規約」という。)二五条二項、三二条一項・<証拠略>)。

(2) 被告大西は、昭和五一年ころから、本件基金解散時まで、本件基金の常務理事であった。なお、本件基金は、理事のうち一人を常務理事とし、理事会の同意を得て理事長が指名するものとされ、常務理事は、理事長を補佐し、業務を処理するほか、理事長から委任を受けた業務を行うこととされている(本件規約二五条三項、三二条二項、三項・<証拠略>)。

(3) 本件基金解散後、被告らは、いずれも本件基金の清算人になっている。

二  原告らの主張

1  本件基金の破綻に至る経緯及び本件基金の財務状況等

(一) 本件基金における加入員数及び年金受給者数の推移については、別表1のとおりであり、加入員数及び年金受給者数については、昭和五八年から昭和六三年までの間に、それまで加入員数が年金受給者数を上回っていたのが逆転して、加入員数が年金受給者数を下回る状態となり、以後、加入員数が漸減し、年金受給者数が漸増していった結果、平成四年三月には、加入員数二九五三人、年金受給者数六八九四人という状況になった。

かつて、花形産業であった紡績業も、化学繊維商品の普及、海外からの低価格製品の流入等に伴って深刻な構造的不況に陥り、もはや再びかっ(ママ)ての華やかなりしころのような業績回復は到底見込めない状況にあり、本件基金においても、設立事業所は、それぞれ従業員の削減を含む経営の効率化、業種転換をはかるなどしながら、細々と経営を継続してきた。それでも、倒産や廃業による加入員全員の資格喪失による加入員数の減少が続いていたのであって、加入員数の増加など到底期待できる状態ではなかった。

(二) 本件基金における財政悪化の経過については、別表2及び3のとおりであり、昭和六三年に収支がマイナスに転じ、平成元年に年金資産が責任準備金を下回る状況となって以後、しばらくの間は、それらを資産の運用収益によってカバーしていたところ、バブル経済の崩壊によって運用収益も挙がらなくなり、資産も目減りしていった結果、平成四年三月期には、ついに資産が最低責任準備金をも下回る状況となった。

2  被告らの責任

(一) 原告らと被告らの法律関係

(1) 厚生年金基金(以下「基金」という。)の理事は、基金に対して忠実にその職務を遂行する義務があり、基金との間に、委任ないし委任類似の関係がある(厚生年金保険法一二〇条の二第一項)。

(2)<1> また、基金は、ア 適用事業所の事業主及びその適用事業所に使用される被保険者のみをもって組織される法人で(同法一〇七条)、イ 破産制度が設けられておらず、ウ 基金を解散して厚生年金基金連合会(以下「基金連合会」という。)へその事務を引き継ぐ場合には、基金連合会から最低責任準備金に相当する額(以下、単に「最低責任準備金」という。)を徴収される旨法定されており(同法一六二条の三第一項)、エ 基金資産が最低責任準備金に不足している場合には、その不足分を全設立事業所が按分負担させられることなどからすると、設立事業所との関係は極めて密接で、設立事業所からの独立性は極めて低い。

<2> 加えて、本件基金では、本件規約において、理事長には、本件基金の業務を総理する責任があり、常務理事は、理事長を補佐しなければならない責任がある旨規定されている(本件規約三二条一項、三項)。

右規定の趣旨は、そもそも厚生年金基金制度や基金の運営自体、極めて高度な専門的知識を要するものであるため、その理解が容易でなく、また、非専任の理事は、本来の事業所の業務の片手間に基金の運営に参加しているにすぎないため、常に基金の運営全般を把握することは到底不可能で、そのため、いずれの基金においても概ね基金の運営を実質的に行う専門家を専任の理事長及び常務理事に置いているところであることから、本件基金においても、他の基金と同様に、専門家を理事長及び常務理事に迎え、本件基金及びその各設立事業所が、理事長及び常務理事両名に基金の運営全般を包括的に委任する代わりに、理事長に基金の運営を総理する権限を与え、常務理事にそれを補佐する権限を与えていた。

<3> 以上からすれば、本件基金においては、理事長及び常務理事は、法人としての本件基金との間のみならず、各設立事業所との間にも、信義則上、委任ないし委任類似の関係がある。

(3) したがって、本件基金における理事長及び常務理事と各設立事業所との関係は、信義則上、委任ないし委任類似の関係にあったものと解されるのであり、いずれにしても、理事長及び常務理事は、本件基金に対し、損害を与えることなく、善良な管理者の注意義務をもって、基金を適切に運営していかなければならない債務を負っていた。

(4) 仮に、理事長及び常務理事が、前記債務を負っているものとは認められないとしても、右に述べたように、理事長及び常務理事は、専門家として本件基金の実質的運営を担当していたのであるから、常に本件基金の運営状況を的確に把握し、基金の継続が困難であると判断した際には、直ちに、その情報を他の理事や代議員に対して公開し、代議員会に対して積極的に本件基金の解散を促すべき義務があった。

(二) 被告らの債務不履行又は不法行為

(1) 前記1記載の状況を前提とすれば、平成四年三月期には、本件基金の資産が最低責任準備金を下回る状況になることは容易に予測でき、このまま本件基金を継続すれば、基金資産が減少するばかりで、その立で直しは、もはや期待し難く、早晩、破綻に瀕することは明らかだったのであるから、被告大西及び前任の理事長は、直ちに臨時の代議員会を開催し、代議員らに対し、このまま本件基金を存続させた場合、最低責任準備金の不足分を設立事業所で分担して負担しなければ、解散して本件基金を基金連合会へ引き継ぐことはできないことなども含めて、本件基金の資産状況等を報告した上で、代議員らに解散を促し、解散へ向けて積極的に活動すべき債務ないし義務があり、直ちにかかる活動を開始していれば、数か月の間に、また、遅くとも平成四年三月末までには、損害が軽微なうちに解散可能であった。

にもかかわらず、被告大西及び前任の理事長は、加入員の規模を維持し、基金資産の運用利回りの改善を行っていけば、掛金率の引き上げによって基金を維持していけるのではないかなどという安易な考えから、解散に向けての積極的な活動をすべき債務ないし義務を怠った結果、その後も本件基金の資産は減少し続け、平成四年三月期には、本件基金の資産が最低責任準備金を一億一四〇〇万円も下回る異常な事態となった。

そして、そのような事態にあった最中の、遅くとも本件基金の第五七回代議員会(書面審議により開催)が開催された平成四年六月二九日には、被告伊藤が本件基金の理事長に就任していたのであるから、被告伊藤において、直ちに、本件基金の運営状況等を把握し、代議員会へ解散を促し、解散へ向けて積極的に活動すべき債務ないし義務があり、直ちにかかる活動を開始していれば、数か月の間に、また、遅くとも、平成五年三月末までには、本件基金は、各設立事業所の損害が比較的軽微なうちに解散可能であった。

(2) また、被告らには、本件基金の財務内容に関する情報及び年金数理人からの警告内容など、基金の運営に関する重要な事項を代議員や設立事業所に開示しなければならず、また、それらの知り得た情報等について自らも十分調査分析した上で、常に本件基金運営の継続が可能か否かの判断を行い、その結果、解散やむなしとの判断に至った後は、直ちに解散手続に関する情報収集を行い、解散へ向けての積極的な活動を行わなければならなかったにもかかわらず、これを怠ったまま基金運営を継続した結果、本件基金解散に際し、本件基金の資産が最低責任準備金を大幅に下回るという事態を招いた。

そして、本件基金解散時には、一三億〇四〇〇万円もの最低責任準備金の不足額を生じた。これは、実に、平成四年三月期の約一一倍にも上る。

3  損害

(一) 右のとおり、被告らの債務不履行又は不法行為によって、本件基金解散時には、一三億〇四〇〇万円もの最低責任準備金の不足額が生じ、本件基金が解散する際に、最低責任準備金の不足額の負担分として、本件基金に対し、原告日本化学は四二五〇万五〇五二円、原告雪風は二四八三万七八一五円、原告金剛は二四九万五五五五円の各支払を余儀なくされた。

(二) 本来ならば、被告らとも、より早い時期から、責任が認められるはずであるが、本訴においては、被告大西については、同人に責任があることが明らかな平成四年四月以後に発生したと認められる最低責任準備金の不足額一一億九〇〇〇万円(解散時に判明した一三億〇四〇〇万円から平成四年三月期以前に発生していた一億一四〇〇万円を差し引いた金額)に原告らの各負担割合を乗じて算出した、(1) 原告日本化学に対して三八七八万九〇〇二円、(2) 原告雪風に対して二二六六万六四〇六円、(3) 原告金剛に対して二二七万七三〇三円、被告伊藤については、同人に責任があることが明らかな平成五年四月以後に発生したと認められる最低責任準備金の不足額八億三三〇〇万円(解散時に判明した一三億〇四〇〇万円から平成五年三月期以前に発生していた四億七一〇〇万円を差し引いた金額)に、原告らの各負担割合を乗じて算出した、(1) 原告日本化学に対して二七一五万二三〇一円、(2) 原告雪風に対して一五八六万六四八四円、(3) 原告金剛に対して一五九万四一一二円のそれぞれ損害賠償責任がある。

(三) なお、被告らの責任が重なる部分については、被告らの連帯支払いを請求するものであって、被告らそれぞれに、右金員全額の支払を請求する趣旨ではない。

4  国家賠償法の適用について

(一) 本件について、国家賠償法の適用があるとする被告らの主張については、争う。

(二) 仮に、本件に国家賠償法の適用があるとしても、被告らが個人責任を一切負わないとの主張については、以下の理由から強く争う。

すなわち、公務員の個人責任を否定する説の論拠は、要するに、支払能力のある国又は公共団体が、当該公務員に代わって賠償責任を負担する以上、被害者は、当該公務員に対し、直接、賠償請求をする必要がないばかりか、無駄であるという点に集約される。つまり、公務員の個人責任を否定する説は、実質的には、国又は公共団体の存続を前提としている。

しかしながら、本件基金は、平成六年一一月一六日に解散により消滅しており、もはや賠償責任を負担すべき公共団体が存在しないのであるから、このような場合にも、公務員個人が一切責任を負わないとするのは、損害の填補という損害賠償制度の機能を全く無視した主張であるといわざるを得ず、その意味では、本件は、公務員の個人責任を否定する説が想定していた事態を超えた局面に関する問題である。

したがって、本件において、被告らが損害賠償責任を一切負担しないと解するのは妥当ではない。

(三) また、仮に、公務員に故意・重過失がある場合に限り、公務員個人も損害賠償責任を負担するとの立場に立つとしても、前述のとおり、本件における被告らの任務懈怠は重大であり、重過失が認められることは明らかである。

5  よって、原告らは、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求として、被告伊藤寛一に対し、原告日本化学は、金二七一五万二三〇一円、原告雪風は、金一五八六万六四八四円、原告金剛は、金一五九万四一一二円及び右各金員に対する不法行為の日の後で、訴状送達の日の翌日である平成七年六月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を、被告大西信男に対し、原告日本化学は、金三八七八万九〇〇二円、原告雪風は、金二二六六万六四〇六円、原告金剛は、金二二七万七三〇三円及び右各金員に対する不法行為の日の後で、訴状送達の日の翌日である平成七年六月九日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める(各被告の責任が重なる部分については、連帯支払を求めるものである。)。

三  被告らの主張

1(一)  原告らが主張する、基金と設立事業所との関係が密接であるとか、基金の設立事業所からの独立性が低いなどの根拠として掲げる事実はいずれもその根拠足りえないものであり、まして、基金の理事と設立事業所との間に委任ないし委任類似の関係を生ぜしめるものではない。また、基金は、典型的な社団であることからも、基金の理事と設立事業所との間に直接委任ないし委任類似の関係を認めることはできない。

(二)  また、原告らは、本件規約三二条一項及び三項は、設立事業所が理事長及び常務理事に対して、包括的な委任をした趣旨であると主張するが、右規約の解釈は、その文言からも、基金の運営実体からも、法律などの建前からもかけ離れたものであり、失当である。

(三)  したがって、理事長及び常務理事(被告ら)と設立事務(ママ)所(原告ら)との間に、信義則上、委任ないし委任類似の関係は存在しない。

2  原告らは、被告らが専門家であり、本件基金の実質的運営を担当してきたのであるから、被告らには、本件基金の解散を促すべき義務があると主張するが、法律は、基金の運営のうち、高度の専門的知識を必要とする年金数理の計算や年金資産の運用についてはこれを信託会社に委託することを予定しており、理事長及び常務理事が専門家であるとか、基金の実質的運営を担当しているような事実はなく、また、仮にそうであるとしても、被告らに、基金の解散を促すべき義務を認める根拠とはならない。

3(一)  基金は、加入員の老齢についての給付を行い、もって、加入員の生活の安定と福祉の向上をはかることを目的とした公益社団法人であって、経済的利益を追求することを存続目的とする営利集団ではなく、また、解散によって加入員に与える影響が大きいことなどからすれば、理事としては、基金の存続へ向けて努力すべき義務を課せられているというべきであり、解散の際の最低責任準備金の負担の多寡という設立事業所の経済的利益のみを基準にして、安易に解散という結論を採ることは、基金の意義、役割を無視した不当なものである。

(二)  また、基金の性質上、被告ら事務局主導で、容易に、本件基金の解散を開始できるものはなく、仮に、早い段階で解散を開始していたとしても、設立事業所のどれだけの同意が得られるか分からず、そもそも、基金解散について、認可権限を有している厚生省が、早い段階での本件基金の解散の認可をしたとは到底思えないこと、本件基金の解散は、最低責任準備金割れの状態による最初の基金解散の事例であったため、よるべき基準もなく、暗中模索の状態であり、被告ら事務局が後手後手に回ったとの批判は当たらないこと、各設立事業所の資金繰りという深刻かつ現実的な問題が横たわっていたことなどからすれば、仮に、解散時期が遅れたとしても、そのことについて、被告らに責任を問うことはできない。

4  国家賠償法の適用及び公務員の個人責任の有無について

(一) 厚生年金基金の性格について

基金の法的性格は公共組合である。公共組合とは、法定の一定の資格を有する社員(組合員)によって構成される公の社団法人であるが、地域団体でなく、限られた目的のために存在する点で地方公共団体と区別される。

そして、公共組合は、第三者または組合員に対し、一定の限度で公権力を行使することが認められており(本件基金が原告らに対して行った最低責任準備金の不足額についての特別掛金の賦課徴収が一例である。)、この限りにおいて国家賠償法一条の公共団体に含まれる。

原告らは、被告らの判断の遅れにより、本件基金の解散が遅れ、その結果、過大な最低責任準備金の負担を余儀なくされたと主張しているが、要するに、原告らが本件基金から賦課されて納付を強いられた特別掛金が過大であるとの主張であるところ、まさに本件基金の公権力の行使の場面の問題である。

よって、本件には、国家賠償法が適用される。

(二) 本件に国家賠償法が適用されるとするならば、原告らに対する損害賠償責任を負担すべき地位にあるのは本件基金ということになり、この場合、公務員個人である被告らは責任を負わないのであって、原告らの主張は失当である。

四  争点

1  原告らと被告らとの間に委任又は委任類似の関係があるかどうか。

2  被告らの行為が債務不履行又は不法行為に当たるかどうか。

3  本件に国家賠償法が適用されるかどうか。

4  被告らの個人責任の有無

5  原告らの損害額

第三当裁判所の判断

一  争点1(原告らと被告らとの間に委任又は委任類似の関係があるかどうか。)について

この点について、原告らは、本件基金の理事長及び常務理事(被告ら)は、本件基金との間において、委任ないし委任類似の関係があるのみならず、本件基金の設立事業所(原告ら)との間にも、委任ないし委任類似の関係が存在すると主張する。

しかしながら、本件基金と本件基金の理事らとの間に委任ないし委任類似の関係が存在することは格別(厚生年金保険法一二〇条の二、本件規約三二条の二)、本件基金の個々の構成員である設立事業所と本件基金の業務執行機関である理事長及び常務理事との間に、直接委任又は委任類似の関係が存在することを認めるべき根拠はなく、原告らの主張するところも、いまだ、信義則上、本件基金の理事長及び常務理事と設立事業所との間に委任ないし委任類似の関係を認める根拠とはならず、本件基金の理事長及び常務理事と設立事業所との間に直接の契約関係を認めることはできない。

そうすると、原告らと被告らとの間に、契約関係が存在することを前提とする原告らの債務不履行に基づく請求は理由がない。

二  争点3(本件に国家賠償法が適用されるかどうか。)及び争点4(被告らの個人責任の有無)について

1  厚生年金基金は、厚生年金保険法に基づき、「加入者の老齢について給付を行ない、もって加入者の生活の安定と福祉の向上を図ること」を目的として設立される公益法人であり(同法一〇六条、一〇八条)、この目的を達成するために、厚生年金基金が行うべき業務の範囲は、同法によって、具体的に定められ(同法一三〇条等)、その設立は厚生大臣の認可を必要とし(同法一一一条、一一三条)、その業務、基金の管理及び役員の改任等について、同法は厚生大臣に広範な権限を付与すると共に政令等で一定の制限を課し(同法一一五条二項、三項、一三〇条四項、一三〇条の二、一七七条ないし一七九条)、その役員及び職員は、刑法その他の罰則の適用については、公務に従事する職員とみなされ(同法一二一条)、基金の設立により、設立事業所に使用される被保険者全員が強制的に加入員となり(同法一二二条)、基金には、掛金及び徴収金の強制徴収権が与えられ(同法一三八ないし一四一条、八三条、八四条、八五条、八六条ないし八九条)、基金の処分に関する不服申立については、行政庁の処分に準じた扱いがされ(同法一六九条)、基金には破産法が適用されないものとされている。

そして、厚生年金基金の事業内容が、<1> 公的な年金制度である厚生年金の事業の一部を厚生年金基金が国に代わって行い、<2> 国に代わって行う給付に企業の実情に合った給付を一定の割合で上乗せするというものであり、すなわち、厚生年金(老齢厚生年金、遺族厚生年金、障害年金)のうち、老齢厚生年金部分を国に代行して行うといった、政府管掌の厚生年金保険事業の一部を代行するものであることからすれば、このような厚生年金基金事業が、性質上、行政事務に属することは明らかであり、厚生年金基金は、国が厚生年金事務を行うために、その事務を遂行すべき機関として、設立を認めた団体であって、公共団体(公共組合)たる性質を有するものということができる。

2  原告らの、被告らの本件行為に関する主張は、要するに「被告らには、適切な時期に、本件基金の解散に向けた積極的な活動を行う義務があるのに、右義務を怠ったため、解散時期が遅れ、原告らに過分な損害を与えた」ということにある。

ところで、国家賠償法一条一項にいう「公権力の行使」とは、私経済作用を除く公行政作用をいうところ、解散により、本件基金は、事業主体としての権利能力を失い、事業の継続が不可能となるとともに、年金給付及び一時金たる給付の支給に関する義務を免れることになり(厚生年金保険法一四六条)、また、保険給付事業を基金連合会に引き継ぐ場合に、最低責任準備金(解散した基金がその基金の加入員又は加入員であった者への代行部分の年金給付義務を基金連合会へ引き継ぐため、基金連合会へ納付しなければならない金額)に不足がある場合には、基金連合会から右不足額を徴収されるため(同法一六二条の三)、基金は、右不足額を、各設立事業所に対して、割り当てて、徴収することを前提としていること、解散によって、解散日以後の基金掛金は不要となり、国の厚生年金保険の適用に戻り、これまでの基金からの年金給付は、基金連合会からの支給となるが、右年金給付事業が基金連合会に引き継がれたとしても、いわゆる時差給付部分の不支給や年金額の減額、あるいは退職の際の一時金の支払が終身年金になることもあることなどからすれば、本件基金の管理運営、ひいては解散を促す行為は、公権力の行使ということができる。

したがって、本件基金の業務執行機関である理事長及び常務理事が、その職務として、解散に向けて積極的に行動することは、国家賠償法一条一項にいう、「公共団体の公権力の行使に当たる公務員がその職務を行う」行為ということができる。

そうすると、被告らが本件基金の理事長及び常務理事としての職務を行うにつきされた行為(しなかった行為)については、仮に、本件基金の解散を促さなかったことが、被告らの故意又は過失による違法な行為であるとしても、公務員である被告ら個人は、原告らに対してその責任を負わないと解すべきである(最高裁昭和三〇年四月一九日第三小法廷判決・民集九巻五号五三四頁、最高裁昭和五三年一〇月二〇日第二小法廷判決・民集三二巻七号一三六七頁参照)。

したがって、被告らに、本件基金の解散を積極的に促す義務があるかどうか、そして、本件基金の解散を促さなかったことが不法行為に該当するかどうかを論じるまでもなく、原告らは、被告ら個人に対して、損害賠償を請求することはできない。

なお、原告らは、本件においては、被告ら個人に代わって損害賠償の主体となるべき本件基金が、すでに解散しているため、被告ら個人に対する賠償責任は認められるべきであるというが、基金は、解散しても直ちにすべての権利能力を失うわけではなく、財産関係の整理が済むまでは、一定の範囲においてなお権利能力者たる地位を持続するものであること(同法一四七条、厚生年金基金令四六条)、不法行為後の事情によって、責任の存否に影響を与えることは不合理であることなどからすれば、原告らの主張は理由がない。

三  以上の次第で、原告らの請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がない。

(裁判長裁判官 林醇 裁判官 中村隆次 裁判官 川上宏)

別表1

<省略>

別表2(収支)

<省略>

別表3(信託資産と最低責任準備金)

<省略>

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