大阪地方裁判所堺支部 昭和36年(ワ)127号 判決 1962年9月24日
判 決
原告
当内ナラヱ
原告
当内啓二
原告
当内健利
原告
当内精剛
原告
当内満智子
右法定代理人親権者母
当内ナラヱ
右原告五名訴訟代理人弁護士
平松紋次郎
被告
堺市百舌鳥農業協同組合
右代表者理事
吉田吉松
右訴訟代理人弁護士
岩田嘉重郎
被告
大同酸素株式会社
右代表者代表取締役
半田忠雄
右訴訟代理人弁護士
中村健太郎
右当事者間の所有権移転登記抹消登記手続請求事件につき、当裁判所は昭和三七年八月二四日終結した口頭弁論に基き、次のとおり判決する。
主文
一、原告等の請求をいずれも棄却する。
二、訴訟費用は原告等の負担とする。
事実
原告等は、「被告組合は原告に対し、別紙目録記載の土地につき、大阪法務局堺支局昭和三三年一二月八日受付第一七、五三二号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。被告会社は原告等に対し、右土地につき、同支局昭和三四年一月九日受付第一五二号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、
「別紙目録記載の土地は昭和三三年二月三日以降当内進の所有であつたところ、同年五月五日進が死亡し、当内民三郎、原告ナラヱの両名がこれを相続し、さらにその後民三郎が昭和三六年八月二一日死亡し、原告ナラヱ及びその余の原告四名がこれを相続した。ところが被告組合は、進の死亡後である昭和三三年五月三〇日進から前記土地を代物弁済により取得したとし、右土地につき大阪法務局堺支局同年一二月八日受付第一七、五三二号をもつてその旨の所有権移転登記を経由した。しかし死亡した進が代物弁済をしたり、右登記手続に協力したりするはずがないから、右登記は登記原因を欠く上に、登記申請手続にかしがあるから無効である。被告会社は、昭和三四年一月九日被告組合から右土地を売買により取得したとし、右土地につき同支局同日受付第一五二号をもつてその旨の所有権移転登記を経由した。しかし右登記は、進から被告組合に対する前記登記が無効である以上、これまた無効である。そこで原告等は被告等に対し右各登記の抹消登記手続を求める」
と述べ、
被告等の主張に対し、「被告組合と進との間の貸借関係の存在を争う」と述べた。
被告等は、主文と同旨の判決を求め、「原告等主張の事実はすべて認める。
被告組合は、昭和三三年二月一三日寺田伊三郎に対し、金七五〇、〇〇〇円を、弁済期日昭和三四年二月一二日、利息日歩四銭九厘、利息支払期日毎月末日、利息の支払を一回でも怠つたときは期限の利益を失う、約で貸し付け、当内進は被告組合に対し、右債務につき連帯保証を約すると同時に、その所有の本件土地につき、抵当権を設定し、かつ代物弁済の予約をし、即日右土地につき、被告組合のためその旨の抵当権設定登記及び代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。その際被告組合は、将来右仮登記に基く所有権移転の本登記手続をするのに備え、これに使用するため、あらかじめ進の印鑑を押捺した印鑑証明申請用紙及び右申請委任状を作成し、進からその交付を受けてこれを保管していた。その後債務者等は約定利息の支払をしないのみならず、追加貸付が増加し、昭和三三年一一月末日現在貸金合計が金一、〇九〇、〇〇四円となり、その支払の可能性が認められないので、被告組合は、同年一二月初め寺田を通じて代物弁済予約完結の意思表示をし、本件土地の所有権を取得し、同年一二月八日あらかじめ進から交付を受けていた前記書類を使用して被告組合のため所有権移転登記を経由した。被告会社は昭和三四年一月九日被告組合から右土地を買い受け、同日その旨の所有権移転登記を経由した。
被告組合は、本訴の提供により、右代物弁済予約完結の意思表示当時すでに進が死亡していたことを知つたので、改めて昭和三六年八月二一日寺田に対し、前記一、〇九〇、〇〇四円及びその後の利息を加えた金額の代物弁済として右土地の所有権を取得する旨の予約完結の意思表示を口頭でし、かつ、同日付内容証明郵便をもつて、進の相続人である当内民三郎、原告ナラヱの両名に対し、右同様の意思表示をし、右意思表示は同年八月二二日右両名に到達した。かりに民三郎に対する右代物弁済予約完結の意思表示が民三郎死亡後に到達したとしても、被告組合は、昭和三六年一二月一五日の本訴口頭弁論期日において、改めて民三郎の相続人である原告等全員に対し右完結の意思表示をした。従つて、いずれにしても本件土地は代物弁済により被告組合の所有となつた。
そうすると、進から被告組合に対する本件所有権移転登記がその当時登記原因の欠缺により無効として抹消さるべきものとしても、現在においては、右登記は実際の所有権の所在と合致することとなり、従つて右かしはすでに治癒されたものというべく、もはや原告等はその抹消を求めることは許されない」と述べた。
立証(省略)
理由
別紙目録記載の土地がもと当内進の所有であつたこと、進が昭和三三年五月五日死亡し、当内民三郎、原告ナラヱの両名が進の有する権利義務を相続により承継したこと、民三郎が昭和三六年八月二一日死亡し、原告ナラヱ及びその余の原告四名が民三郎の有する権利義務を相続により承継したこと、被告組合が、進の死亡後である昭和三三年五月三〇日進から右土地を代物弁済により取得したとし、右土地につき大阪法務局堺支局同年一二月八日受付第一七、五三二号をもつてその旨の所有権移転登記を経由したこと、被告会社が、昭和三四年一月九日被告組合から右土地を売買により取得したとし、右土地につき同支局同日受付第一五二号をもつてその旨の所有権移転登記を経由したこと、はいずれも当事者間に争いがない。
そこで進から被告組合に対してなされた前記所有権移転登記の効力について判断する。
(証拠―省略)によれば、被告組合は、昭和三三年二月一三日寺田伊三郎に対し、金七五〇、〇〇〇円を、弁済期日昭和三四年二月一二日、利息日歩四銭九厘、利息支払期日毎月末日、利息の支払を一回でも怠つたときは期限の利益を失う、約で貸し付け、当内進は被告組合に対し、右債務につき連帯保証を約すると共に、債務不履行の場合、被告組合が一方的意思表示により代物弁済として進所有の前記土地を取得することができる旨の代物弁済の予約をし、即日、右土地につき、被告組合のため代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記を経由したこと、その際進は、将来被告組合が予約完結権を行使して右仮登記に基く所有権移転の本登記手続をするのに使用するためあらかじめ印鑑証明申請用紙、その申請委任状、右本登記申請委任状等に自己の印鑑を押捺してこれを被告組合に交付し、被告組合において、進の協力を得ることなく、必要なときはいつでも必要書類を整えて本登記手続ができるようにしておいたこと、ところがその後債務者等は利息の支払を怠り、おそくとも昭和三三年六月頃期限の利益を失い、前記貸金の弁済期限が到来したこと、進から被告組合に対してなされた本件所有権移転登記は、被告組合が、あらかじめ進から預つていた前記必要書類を使用して、昭和三三年一二月八日その申請手続をしてなされたものであること、かような事実が認められる。
右事実によれば、被告組合が本件土地の所有権を代物弁済として取得するためには、進からその旨の意思表示を要せず、被告組合からの代物弁済予約完結の一方的意思表示がなされればよいわけであるが、被告組合が進死亡後その相続人に対し右意思表示をしたことの確証はないから、前記所有権移転登記の当時被告組合はまだその所有権を取得していなかつたものと認めざるを得ず、従つて右登記はこれに対応する実体関係を欠くものといわなければならない。
しかし、登記は実体的権利変動の態様や過程を必ずしも如実に表示していなくとも、権利変動の結果たる現在の権利状態に合致する限り、これを有効と認めるべきものであると解されるから、所有権の移転なくしてなされた所有権移転登記であつても、後日何らかの原因で所有権の移転がなされた以上は、これを有効と認めるのが相当である。これを本件の場合について見るに、(証拠―省略)によれば、被告組合はその後昭和三六年八月二一日付内容証明郵便をもつて進の相続人である当内民三郎及び原告ナラヱの両名に対し、改めて、前記貸金元金七五〇、〇〇〇円、これに対する昭和三三年一二月八日までの利息、その他の貸金元利金を合わせて合計一、〇九〇、〇〇〇円余及びその後の利息等を加えた金額に対する代物弁済として本件土地の所有権を取得する旨の代物弁済予約完結の意思表示をし、右意思表示はその頃原告ナラヱに到達したことが認められる。ところが、民三郎が死亡したのは被告組合が右内容証明郵便を発送した昭和三六年八月二一日であることは前記のとおりであり、右郵便が民三郎の生存中に配達されたことを認めるにたる証拠はないから、結局民三郎に対する右予約完結の意思表示は効力を生ずるに由がない。そして被告組合が昭和三六年一二月一五日の本訴口頭弁論期日において、改めて民三郎の相続人である原告等全員に対し右代物弁済予約完結の意思表示をしたことは、本件訴訟記録上明らかであるから、結局、被告組合は同日、進からその権利義務を承継した原告等から、代物弁済により本件土地の所有権を取得したものといわなければならない。そうすると、被告組合に対する所有権移転登記は、その後になされた所有権の移転により現在の権利状態に合致することとなつたからもはや実体関係を欠くことを理由としてその無効を主張することは許されない。
ところで、右のようにすでになされた登記が実体関係に合致するに至つた場合、登記申請手続の形式的かしは原則として治癒されたものということができるのであるが、右登記が有効であるためには最小限度登記義務者の登記申請意思がなければならないと解される。本件の場合、被告組合に対する前記所有権移転登記申請当時すでに登記義務者たる進は死亡していたわけであるが、前認定のとおり、進はその生存中に右所有権移転登記申請に必要な委任状等を被告組合に交付し被告組合を使者として、その必要なときにはいつでもこれを使用することとできる状態においたものであるから、いわば進は、右所有権移転登記の申請意思を登記所へ向つての伝達の過程に乗せたものということができる。そして本件登記申請は右委任状等を使用して、進の登記申請意思を登記官吏に伝達することによつてなされたものであるから、現実に伝達された当時進が死亡していたとしても右申請は登記申請意思なくしてなされたものということはできない。従つて、かかる申請に基いてなされた登記は、登記申請手続にかし(特に登記申請意思の欠如)があることを理由としてその無効を主張することはできない。
そうすると、被告組合に対する本件所有権移転登記は有効であるというべきであるから、その無効を理由として被告組合に対し抹消登記手続を求める原告等の本訴請求は失当であり、さらに、右登記の無効を前提とし、被告組合から被告会社に対してなされた所有権移転登記の無効を理由として、被告会社に対しその抹消登記手続を求める原告等の本訴請求もまた失当である。
そこで原告等の請求をいずれも棄却し、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用の上、主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所堺支部
裁判官 松 田 延 雄
目録(省略)