大阪地方裁判所堺支部 昭和61年(ワ)281号 判決 1987年10月22日
原告 福岡文三郎
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 松井清志
同 松井千惠子
被告 株式会社 こづるや
右代表者代表取締役 小鶴隆一
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 谷口曻二
主文
一 被告らは各自原告らに対し、それぞれ金三五八万二三五二円及びこれに対する昭和六一年八月一六日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らの連帯負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自原告らに対し、各金七〇三万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年八月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担する。
3 仮執行の宣言
二 被告らの答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 事故の発生
次の交通事故が発生した。
(一) 発生時 昭和六〇年三月二日午前九時一〇分頃
(二) 発生場所 橋本市御幸辻一四五番地の二紀和園芸前
(三) 加害車 普通貨物自動車(泉一一す九九三〇)
右運転者 被告脇坂
(四) 被害車 軽四輪貨物自動車(和歌山四〇そ三四七三)
右運転者 永井武文
(五) 被害者 福岡晴美(以下、晴美という)
(六) 態様 加害車が被害車に追突し、被害車が歩行中の晴美に衝突した。
(七) 結果 晴美は、頸部捻挫、頭部打撲、神経衰弱状態、心気神経症の傷害を負い、橋本市民病院で事故日から昭和六〇年四月五日まで入院し、同月六日から昭和六一年三月二五日まで通院(実治療日数六八日)し、後遺障害等級一二級に該当する後遺症(同日固定)が残ったが、同年八月一六日に自殺した。
2 責任原因
(一) 被告株式会社こづるやは、加害車を自己のため運行の用に供していた(自賠法三条)。
(二) 被告脇坂は、加害車を運転中、前方注視義務を怠った過失により本件事故を惹起した(民法七〇九条)。
3 損害
(一) 傷害による損害
ア 治療関係費 一三五万六六八三円
付添看護料一七万五〇〇〇円、通院等交通費一〇六万〇八四〇円、諸雑費一一万四四四三円、装具代六四〇〇円の合計額
イ 休業損害 三六〇万円
晴美は、昭和一二年二月六日生の男性で、塗装請負業を営み、一か月の平均収入は三三万九七五〇円であるが、これを少なくとも三〇万円として、事故日から一年間休業した損害
ウ 慰藉料 三〇四万円
入通院と後遺症による精神的損害を慰藉すべき金額
(二) 死亡による損害
ア 逸失利益 二二六八万五四〇〇円
晴美の年令、収入は前記のとおりであるから、就労可能年数を一八年とし、生活費を五〇パーセントとして中間利息を控除すると右金額となる。
イ 慰藉料 二〇〇〇万円
死亡による精神的損害を慰藉すべき金額。
ウ 葬儀費用 一〇〇万円
(三) 原告らの相続
原告らは晴美の父母であり、晴美の死亡により前記(一)のイ、ウ((一)のアは後記のとおりてん補ずみ)及び(二)のア、イの損害賠償請求権を二分の一宛相続し、(二)のウの費用は二分の一宛出捐した。
(四) 損害のてん補
被告らから(一)のアの損害につき全て弁済を受けたほか、三二一万七二九六円の弁済を受け、自賠責保険から七五万円を受領した。
(五) 弁護士費用 三七万円
4 結論
よって、原告らは被告ら各自に対し、損害賠償の内金としてそれぞれ七〇三万五〇〇〇円とこれに対する晴美死亡の日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告らの答弁
1 請求の原因第1項の事実は、(七)結果を除き認める。(七)結果については、晴美が頸部捻挫、頭部打撲の傷害を負い、原告ら主張のとおり入通院したこと(たゞし、おそくも昭和六〇年五月末日にはその症状は固定していた)は認めるが、その余は争う。なお、晴美が昭和六一年八月一六日自殺した事実自体は認めるが、本件事故との因果関係はない。
2 請求の原因第2項の事実は認める。
3 同第3項につき(一)のア治療関係費及び(四)の損害のてん補は認めるが、その余は全て争う。
第三証拠関係《省略》
理由
一 請求の原因第1、2項の事実は、第1項の(七)結果を除いて当事者間に争いがない。
二 本件事故の結果につき、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。
1 晴美は、事故後、橋本市民病院に事故日から昭和六〇年四月五日まで入院した。入院時、晴美には頭部痛、頸部痛が存在したが、上下肢腱反射の亢進はなく、頸椎のレントゲン検査、脳のCTスキャン検査では異常は認められず、頸部捻挫、頭部打撲との診断を受けた(晴美が本件事故により頸部挫捻、頭部打撲の傷害を受けたこととその入院期間については当事者間に争いがない)。
2 退院時、晴美は、後頸部痛と左手指のしびれ感を訴え、以後同病院に通院して薬物投与と理学療法による治療を受けた。同年四月下旬当時において担当の整形外科医は、同年五月中旬頃には晴美の症状が固定するのではないかと見込んでいたが、晴美が不眠を中心とした神経症状を訴えるので、精神神経科における受診をすゝめ、晴美は同月九日以降同科でも治療を受けた。
3 精神神経科において、晴美は、本件事故前には存在しなかったところのめまい、不眠、脱力感、意欲低下、焦燥感等の多彩な症状を訴え、神経衰弱状態、心気神経症と診断され、睡眠薬、精神安定剤の投薬を受けたが、その症状に特段の改善はみられなかった。昭和六一年二月末、被告らは、本件事故の賠償額の確定を求めて調停の申立をし、同年四月九日、晴美は本訴を提起した。
4 晴美の同病院への通院は、昭和六一年七月二二日まで続いた。同年五月六日までの通院実治療日数は七六日であり、同日の整形外科の診断は「頸椎の可動域は正常だが、伸展にて頸部痛を認める。両上下肢の腱反射は正常で病的反射は認められない。頸椎に椎体癒合、椎間腔狭少を認めるも本件事故との因果関係は認められない」というもので、整形外科医、精神神経科医により、晴美の症状は同年三月二五日に固定したとされている。なお、自動車保険料率算定会は、晴美の後遺症を自賠法施行令別表一四級一〇号に該当すると判断している。
5 同年五、六月頃から七月二二日にかけて、晴美は、握力がなく、左手にしびれがあること、不眠等を医師に訴えたりするほか、その父母である原告らとの三人暮しで晴美がその生計を主として支えていたところ、被告らからの休業損害の弁済が打切られて無収入であることによる将来への不安や、晴美の住所地付近が閉鎖的な村落で事故後晴美がいわばぶらぶらしていることに対する周囲の目を気にしてこれらを医師に訴えたりした挙句、このような状態を苦にして(直接のきっかけは明らかではないが)、同年八月一六日、縊死するに至った(同日に晴美が自殺したこと自体は当事者間に争いがない)。
以上の事実関係にてらすと、晴美の訴えた諸症状は、他覚的所見こそ乏しいものの、これが単なる賠償性神経症であるなどは考え難く、本件事故に直接強く影響されたかなり重篤な神経症状であるとみることができ、また、晴美の自殺は、右神経症状を苦にしたことがその一因をなしていると考えられるから、本件事故と晴美の自殺との間には事実的因果関係があるというべきである。
ところで、交通事故の被害者が事故による傷害や後遺症等を苦にして自殺した場合、そのような事態が比較的に稀であり、かつ、自殺そのものが被害者の意思に基づくものであることを理由に事故と自殺との間の相当因果関係を全て否定することは、損害の公平な分担を図るとの観点からしていささか不合理であるといわなければならない。従って、事故の態様、傷害の部位程度、治療経過、後遺症の内容、事故後の状況等の諸事情を考慮して、当該事故が被害者の自殺に寄与したと認められる割合において、事故と自殺との間に相当因果関係を認め、右割合の限度において加害者の損害賠償責任を肯定すべきである。
そして、本件においては、前認定の諸事情を総合勘案して、本件事故が晴美の自殺に寄与した割合(以下寄与度と略称する)を一五パーセントとするのが相当である。
三 損害についての当裁判所の判断は次のとおりである。
1 傷害による損害
(一) 治療関係費 一三五万六六八三円
右の事実と被告らがこれを全て弁済した事実とはいずれも当事者間に争いがない。
(二) 休業損害 三二四万円
(晴美の年令) 昭和一二年二月六日生(《証拠省略》による)
(同職業) 塗装業(《証拠省略》による)
(同年収) 三六〇万円(《証拠省略》及び前記二で認定した晴美の生活状態と昭和六〇年の賃金センサスを勘案)
(休業期間) 事故日から一年間(前記二で認定した事実による)
もっとも、《証拠省略》にてらし、かつ、前記二で認定した事実を併せ考えると、晴美が右期間を通じて就労できなかったことについては、同人の精神的素因ないし反応がある程度関係していたと認めうるので、三六〇万円からその一割を控除した三二四万円を本件事故による同人の休業損害とする。
(三) 慰藉料 一六〇万円
前記二で認定した晴美の入通院の状況及び後遺症の程度等にかんがみ、傷害による慰藉料を右金額とするのが相当である。
2 死亡による損害
(一) 逸失利益 二二六八万円
(晴美の年令、職業、年収) 前記のとおり
(就労可能年数) 一八年間(右晴美の年令による)
(生活費控除) 五〇パーセント
(中間利息控除) ホフマン複式年別法
(計算式)
3600000×0.5×12.6032=22685760
(一万円未満は切捨てる)
(二) 慰藉料 一六〇〇万円
死亡による慰藉料は、既に述べた寄与度を斟酌しない場合において右金額とするのが相当である。
(三) 葬儀費用 八〇万円
右金額が相当である。
(四) 寄与度による被告らの賠償額の算定
既に述べた理由により、右(一)ないし(三)の晴美の死亡による損害については、被告らは寄与度の限度で損害賠償責任を負うにとどまるものであるから、その賠償額は、右(一)の逸失利益につき三四〇万二〇〇〇円、右(二)の慰藉料につき二四〇万円、右(三)の葬儀費用につき一二万円となる。
3 原告らの相続
《証拠省略》によれば、原告らがその主張のとおり晴美の父母であって、晴美の死亡により前記1の(二)、(三)及び2の(一)、(二)の損害賠償請求権を二分の一宛相続し、かつ、2の(三)の費用を二分の一宛出捐したことが認められる(もっとも、右2の(一)ないし(三)については、寄与度により減額されている)。
4 損害のてん補
前記1の(一)の損害が弁済されているほか、被告らから三二一万七二九六円と自賠責保険から七五万円が損害にてん補されたことについては、当事者間に争いがない(合計三九六万七二九六円、原告ら各一九八万三六四八円)。
5 弁護士費用 三七万円
原告ら主張の右金額を相当と認める(原告ら各一八万五〇〇〇円)。
四 以上の次第で、原告らの被告ら各自に対する請求は、それぞれ三五八万二三五二円及びこれに対する晴美が死亡した日である昭和六一年八月一六日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を失当としていずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言については相当でないからこれを付さないこととして主文のとおり判決する。
(裁判官 前川鉄郎)