大阪地方裁判所堺支部 昭和63年(ワ)337号 判決 1991年5月08日
主文
一 原告が、別紙第一目録記載の各不動産につき、それぞれ同目録持分欄記載の各割合による持分権を有することを確認する。
二 被告は、原告に対し、別紙第一目録記載の各不動産につき、それぞれ同目録持分欄記載の各持分割合によるいずれも遺留分減殺を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
三 被告は、原告に対し、一八〇八万八三四四円を支払え。
四 原告の主位的請求及びその余の予備的請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用はこれを五分し、その三を被告の負担とし、その二を原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
(主位的請求)
1 亡松本コウ作成名義の昭和六二年一月五日付自筆証書による遺言は無効であることを確認する。
2 原告は、別紙第一目録記載の各不動産につき、それぞれ各三分の一の割合による持分権を有することを確認する。
3 被告は、原告に対し、別紙第一目録1ないし4、7ないし10記載の各不動産にそれぞれ経由されている別紙第一登記目録1ないし4、7ないし10記載の各登記につき、それぞれ別紙第二登記目録1記載のとおりの更正登記手続をせよ。
4 被告は、原告に対し、別紙第一目録5、6記載の各不動産にそれぞれ経由されている別紙第一登記目録5、6記載の各登記につき、それぞれ別紙第二登記目録2記載のとおりの更正登記手続をせよ。
5 被告は、原告に対し、別紙第二目録(一)記載の各株式につき、それぞれ三分の一の割合の株券を引き渡せ。
6 仮に、右株券引渡しの強制執行が不能となったときは、被告は、原告に対し、不能となった株券につき、別紙第二目録(一)株価欄記載の各株価によって算出した金員を支払え。
7 被告は、原告に対し、八七九万三五五三円を支払え。
8 訴訟費用は被告の負担とする。
9 第4ないし第7項につき仮執行宣言
(予備的請求)
1 原告が、別紙第一目録記載の各不動産につき、それぞれ同目録原告主張持分欄記載の各割合による持分権を有することを確認する。
2 被告は、原告に対し、別紙第一目録記載の各不動産につき、それぞれ同目録原告主張持分欄記載の各割合によるいずれも遺留分減殺を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
3 被告は、原告に対し、別紙第二目録(一)記載の各株式につき、それぞれ同目録持分欄記載の各株券を引き渡せ。
4 仮に、右株券引渡しの強制執行が不能となったときは、被告は、原告に対し、不能となった株券につき、別紙第二目録(一)株価欄記載の各株価によって算出した金員を支払え。
5 被告は、原告に対し、四五四万四三六三円を支払え。
6 訴訟費用は被告の負担とする。
7 第3ないし第5項につき仮執行宣言
二 被告
1 原告の請求(主位的及び予備的請求)をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
(主位的請求)
1 松本コウ(以下「コウ」という。)は、昭和六二年一月二六日死亡した。
2 コウの相続人は、被告(長男)、松本慶次(二男、以下「慶次」という。)及び原告(二女)の三名である。
3 しかして、コウ作成名義の昭和六二年一月五日付自筆証書遺言が存在し、被告の申立てにより昭和六二年六月二三日大阪家庭裁判所堺支部において右遺言書が検認された。
4 しかしながら、本件遺言は、次の理由により無効である。
(1) 原告は、コウから生前贈与など受けたことがないのに、これあるように事実に反することが記載されている。
(2) 原告は、遺言書作成前日にコウと会っているのに、コウは遺言については何らの話もしなかった。
(3) コウは、なんら法律的素養のない者で、しかも遺言書作成当時、七三歳という高齢であったのに、本件遺言書は、長文でかつ法律的用語を使用して作成されている。
(4) 本件遺言書の検認申立ては、コウ死亡後四か月を経過した昭和六二年五月二〇日であるが、被告は原告に対し、その間相続権の放棄のみを求め、本件遺言書の存在については何ら触れることがなかった。
5 別紙第一目録、第二目録(一)、第三目録記載の各物件(以下「本件各物件」といい、第一目録記載の不動産を「本件不動産」と、第二目録記載の株券を「本件株券」と、第三目録記載の預貯金を「本件預貯金」という。)は、いずれもコウが相続開始時に有していた財産であった。
6 被告は、本件遺言に基づき本件各物件を取得したとして、本件不動産につき、昭和六二年六月二六日ないし同年七月二日、相続を原因とする所有権移転登記を経由した。
7 前記のとおり、本件遺言は無効であるので、本件各物件は、相続によって原告、被告及び慶次の各持分三分の一の共有に属するものである。
8 本件株式の相続開始時の時価は、別紙第二目録(一)株価欄記載のとおりであるから、仮に本件株券引渡しの強制執行が不能となったときは、原告は、同額の損害を受けることになる。
9 ところで、価額弁償の対象となる贈与又は遺贈の目的物の価額算定の基準時は、現物返還と価額弁償との等価性から、当該訴訟の事実審口頭弁論終結の時と解すべきである。
よって、原告は、被告に対し、本件遺言の無効確認及び本件不動産につき、三分の一の持分権を有することの確認とその旨の所有権移転更生登記手続、本件株式につき、各三分の一の割合による株券の引渡しとこれが履行不能のときは代償として右各株式の本件口頭弁論終結時における終値により算出された金員の支払を、本件預貯金につき、その合計額の三分の一に相当する八七九万三五五三円の支払をそれぞれ求める。
(予備的請求)
1 主位的請求原因1、2と同旨であるから、原告は、コウの直系卑属として遺留分を有し、その遺留分は六分の一である。
2 コウは、昭和六二年一月五日、被告に対し、本件遺言により本件各物件を遺贈していたので、被告は、これら各物件を単独で所有するに至り、本件不動産については登記簿上所有名義人となっている。
3 コウの遺留分算定の基礎となる財産は次のとおりである。
(1) コウが被告に遺贈した本件各物件で、相続開始時における価額は別紙第一目録、第二目録(一)の原告主張価格欄及び第三目録原告主張額欄記載のとおり合計二億一四八六万六四〇二円
(2) コウが慶次に昭和六一年七月一日に生計の資本として贈与した別紙第四目録記載の不動産で、相続開始時における価額は同目録原告主張価格欄記載のとおり三二四万五八二〇円
4 以上の財産額合計二億一八一一万二二二二円が遺留分算定の基礎となる財産であるから、原告の遺留分額は、その六分の一に当たる三六三五万二〇三七円であるところ、前記2記載のとおりその全部が侵害されているので、原告は、被告に対し、昭和六二年七月三〇日到達の内容証明郵便で右遺留分減殺の意思表示をした。
5 主位的請求原因8、9と同旨
よって、原告は、被告に対し、本件不動産につき、別紙第一目録原告主張持分欄記載の各割合による持分権の確認と右各割合による遺留分減殺を原因とする所有権移転登記を、本件株式につき、別紙第二目録(一)持分欄記載の各株券の引渡しとこれが履行不能のときはその代償として右株式の本件口頭弁論終結時における終値により算出された金員の支払を、本件預貯金につき、その合計額の六分の一に相当する四五四万四三六四円の支払をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
(主位的請求)
1 請求原因1ないし3の事実は認める。
2 同4の事実は否認する。
本件遺言は、コウから相談を受けた被告の本件訴訟代理人である弁護士若原俊二の指導のもとに、コウが作成したものである。
3 同5の事実中、コウが相続開始時に有していた財産は、本件不動産及び本件株式のうち別紙第二目録(二)記載のとおり椿本チェイン五〇〇〇株、小西六写真工業八〇〇〇株、川崎重工業一〇万株及び住友金属一万株並びに本件預貯金のうち別紙第三目録被告主張額欄記載のとおり三和銀行、大阪弘容、大華証券分の全額と泉州銀行分のうちの一万七九一七円と高鷲農協分のうちの七万九七二七円であったことは認めるが、その余は否認する。
4 同6の事実は認める。
5 同7、8は争う。
(予備的請求)
1 請求原因1、2の事実は認める。
2 同3の(1)の事実中、コウの相続開始時における財産が前記主位的請求原因に対する認否3の限度で存在していたこと、原告主張の各不動産の価額が路線価ないし固定資産評価額に基づき算出されていることは認めるが、その余は否認する。
同3の(2)の事実中、生前贈与については認めるが、その価額については否認する。
3 同4の事実中、原告主張の郵便を主張の日時に受領したことは認めるが、その余は争う。
4 同5は争う。
三 抗弁
(予備的請求に対するもの)
1 本件遺言が、仮に原告の遺留分を侵害しているとしても、次のとおり原告に対する生前贈与及びコウの債務が存在するので、右遺留分減殺の対象となる財産は、これらを考慮すべきである。
(1) 原告に対する生前贈与
原告は、コウから、生計の資本ないし相続分の前渡しの趣旨で五億円を下らない贈与を受けているが、明らかにし得るものとして、次の贈与がある。
<1> 昭和六一年一月一八日 二〇〇〇万円
<2> 昭和六一年一月二二日 五〇〇万円
<3> 昭和六一年七月ころ 二〇〇〇万円
<4> 昭和六一年秋 二〇〇〇万円
<5> 昭和六二年一月ころ 一五五五万三四八〇円
(2) コウの債務
<1> 昭和六二年度の固定資産税 二万九七三九円
<2> 城山病院に対する医療費 四万五四〇〇円
2 被告は、原告に対し、平成三年一月三〇日の本件口頭弁論期日において、民法一〇四一条に基づき、減殺を受ける限度において、遺贈の目的の価額を弁償する旨の意思表示をした。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1、2の事実はいずれも否認する。
2 同2の事実は認める。
しかしながら、特定物の遺贈につき、これが履行された場合、受遺者が遺贈の目的の返還義務を免れるためには、価格の弁償を現実にするか、又はその履行の提供をしなければならず、価額を弁償すべき意思表示をしただけでは足りない。
第三 証拠(省略)
理由
第一 主位的請求について
一 請求原因1ないし3の事実(コウの死亡と相続及び本件遺言書の存在)は当事者間に争いはないところ、原告は本件遺言の効力を争うので、まずこの点から判断する。
証人若原俊二の証言及び右証言により原本の存在及び成立が認められる甲第六号証によれば、右証人は昭和四八年四月に登録をした弁護士であるが、昭和六一年晩秋のころ、昭和二九年ころから家族ぐるみで付き合ってきたコウから、原告に対しかなりの生前贈与をしているのに、原告は被告のために相続放棄をしてくれない、コウ死亡後遺産相続をめぐり争いが起きる心配があるが、何らかの解決法はないかとの相談を受けたので、自筆遺言証書の作成を勧めたところ、コウがこれを受け入れたので、コウから示された遺産内容(不動産については登記簿謄本により特定したが、株式および預貯金についてはコウの言うとおり銘柄及び金融機関名のみを記載することにした。)に従って遺言書の原案を作成し、昭和六二年一月五日、同証人の自宅において、これを基にしてコウに作成させたのが本件遺言書(甲第六号証)であることが認められ、右認定に反す証拠はない。
右認定の事実によれば、本件遺言はコウの真意に基づき自筆で作成されたもので有効であるというべきである。本件遺言の無効理由として原告が主張する事実が仮に存在するとしても、右認定を左右しない。
二 そうだとすれば、本件遺言の無効を前提とする原告の主位的請求は、その余の判断をするまでもなくいずれも失当である。
第二 予備的請求について
一 原告の遺留分
原告は、コウの直系卑属として六分の一の遺留分を有ししていること、被告は、本件遺言により本件各物件を後記争いない限度において単独で所有するに至り、本件不動産については登記簿上所有名義になっていることは当事者間に争いはない。
二 本件遺留分算定の基礎となる財産とその価額
遺留分は、被相続人が相続開始の時に有していた財産の価額にその贈与した財産の価額を加え、その中から債務の全額を控除して算定されるが(民法一〇二九条)、その際、共同相続人中に被相続人から生活の資本として贈与を受けた者があるときは、その贈与の価額をも加算することになる(民法一〇四四条、九〇三条)。以下検討する。
1 コウが相続開始時に有していた財産
(1) 不動産
コウが相続開始時に本件不動産を有していたことは当事者間に争いはない。
(2) 株式
コウが相続開始時に椿本チェイン五〇〇〇株、小西六写真工業八〇〇〇株、川崎重工業一〇万株、住友金属一万株を有していたことは当事者間に争いはないところ、原告は、別紙第二目録(一)の1ないし10、12の株式についてもコウが相続開始時に有していたと主張するので検討するに、原本の存在及び成立に争いのない甲第一〇号証の三二ないし三五、第一三号証の九、証人森恵照の証言によれば、右各株式は後記のとおりいずれもコウ死亡前に売却されていることが認められるので、コウが相続開始時に有していた株式とは認められないが、これら株式がコウから被告に贈与されたと認める足りる証拠はないから、右売却がコウの意思に基づくものであるかどうかはさて措き、その売却代金は、その代替資産が他に存在するなど特段の事情のない限りコウの遺産としてコウが相続開始時に有していた財産と認めるべきである。
そこでこれを検討してみるに、前掲甲第一〇号証の三二ないし三五によれば、別紙第二目録(一)1の近鉄株については昭和六一年一〇月二日に二万株が合計一五一万二四〇二円、翌三日に五万株が七二万〇二〇一円で、2の日本郵船株については昭和六二年一月二二日に二万四〇〇〇株が一一五八万八〇〇〇円で、3の立石電機株については同日四〇〇〇株が五四七万二一六〇円で、4の帝人株については同日一〇〇〇株が六九万二三一一円で、翌二三日に二〇〇〇株が一三九万五二八〇円で、5のテルモ株については昭和六一年一一月二六日に二〇〇〇株が二八三万一九二〇円で、6のセコム株については昭和六一年八月一五日に一〇〇〇株が八七八万五一二〇円で、7の山一証券株については昭和六二年一月二〇日に二〇〇〇株が三三八万三四〇〇円で、9の住友セメント株については翌二一日に五〇〇〇株が一八五万二八四一円で、10の新日本証券株については同月二〇日と翌二一日に各一〇〇〇株がいずれも一四二万四八〇〇円でそれぞれ売却されていることが認められ、また前掲甲第一三号証の九によれば、12の飛島建設株については昭和六一年四月二四日に五〇〇〇株が二六〇万五六〇〇円で売却されていることが認められるところ、証人森恵照、同河村和子の各証言、原、被告各本人の供述によれば、コウは、かねて株取引を好み、主に大華証券を通じて頻繁に株取引を行ってきたが、昭和六一年秋ころから体力の減退を来し、昭和六二年一月二〇日に入院し、二三日まで集中治療室で治療を受けた後一般病棟に移り、同月二六日に死亡したことが認められるので、コウは少なくとも同月二〇日以降株式の売買を直接することはできなかったと認めるのが相当である。
右事実によれば、前記株式売買のうち昭和六一年中に行われたものについては、コウが行ったもので、その売却代金は更に他の株式購入代金などに当てられたと推認できるが、昭和六二年一月二〇日ころに集中して行われたものについては、コウの意思によるものかどうかはさて措き、被告が行ったもので、その売却代金が更に他の資産獲得のために当てられたと認めるに足りる証拠はないので、右売却代金はコウの遺産として、コウが相続開始時に有していた財産であると認めるのが相当である。
そうすれば、コウが相続開始時に有していた株式に関する財産は、椿本チェイン五〇〇〇株、小西六写真鉱業八〇〇〇株、川崎重工業一〇万株、住友金属一万株と日本郵船、立石電機、帝人、ヒロセ電機、山一証券、住友セメント、新日本証券の各株式の売却代金三〇一二万四五五二円ということになる。
(3) 預貯金
コウが相続開始時に別紙第三目録1の三和銀行の二三二万一四六九円の普通預金と一〇〇万円の定期預金及び3の大阪弘容の一八六万四〇七五円の普通預金を有していたことは当事者間に争いはないところ、右相続開始時における2の泉州銀行の残高が一万七九一七円であったことは被告の自認するところであり、原本の存在につき争いがなく、弁論の全趣旨により成立を認める乙第一号証の一、弁論の全趣旨により成立を認める乙第一号証の二によれば、高鷲農協の預金残高は七万九七二七円であったことが認められる。また弁論の全趣旨により成立を認める乙第二号証の三によれば、大華証券の残高は、本件株式のうち、2の日本郵船の売却代金一一五八万八〇〇〇円、3の立石電機の売却代金五四七万二一六〇円、4の帝人の一月二二日の売却代金六九万二三一一円、9の住友セメントの売却代金一八五万二八四一円及び10の新日本証券の一月二〇日の売却代金一四二万四八〇〇円の合計二一〇三万〇一一二円の預かり金であることが認められるところ、右預かり金は、上記(2)で認定のとおりコウの遺産としてコウが相続開始時に有した財産に含まれているから、本件預貯金からは除かれるべきである。
そうすれば、コウが相続開始時に有していた預貯金は、三和銀行の合計三三二万一四六九円、泉州銀行の一万七九一七円、大阪弘容の一八六万四〇七五円高鷲農協の七万九七二七円の合計五二八万三一八八円ということになる。
2 コウがした生前贈与
(1) 慶次に対する贈与
コウが慶次に対し、昭和六一年七月一日、別紙第四目録の各不動産(但し、持分二分の一)を生計の資本として贈与したことは当事者間に争いはない。
(2) 原告に対する贈与
被告は、原告はコウから生計の資本ないし相続分の前渡しとして、五億円を下らない生前贈与を受けていると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。もっとも、成立に争いのない甲第一号証の一、原告本人の供述によれば、原告は昭和四八年六月一三日婚姻し、その際、嫁入り道具のほか現金五〇〇万円、近鉄の株式三万六〇〇〇株、自宅購入費用として一五〇〇万円の贈与を受けたことが認められるが、これらは、いずれも父慶太郎の存命中(慶太郎は昭和五五年四月一二日に死亡)のことであるから、むしろ慶太郎から贈与されたものと認めるのが相当であり、このうちにコウからの贈与分が存在していたと認めるに足りる証はない。
そこで、次に被告が明らかにし得ると主張する生前贈与について検討するに、これに沿う証拠として一応成立に争いのない乙第五号証の二、四ないし一八、二〇、二二ないし三九、原告本人の供述により成立を認める乙第五号証の一九、二一、証人太山光男、同河村和子、同松本慶次の各証言、被告本人の供述が存在するが、右各証拠は、次に述べるとおりいずれも右主張を認めるに足りるものではない。
<1> 右乙号各証によれば、昭和五四年一月一六日に満期を一年後の昭和五五年一月一六日とする元金三九一四万四〇〇〇円の定期預金が原告の夫である前川克洋名義でされ、右預金は、その後満期毎に利息分が増額されて継続された結果、昭和五七年一月一六日の満期日には元利合計四三〇五万三一五三円になったこと、右預金は同日払い戻されたうえ、元金二二〇〇万円(但し、右元金は昭和五八年一月一六日の切替えの際に二〇〇〇万円とされた。)と二〇〇〇万円の二口の一年定期預金に切り替えられ、その後満期毎に同額の元金で切り替えられてきたところ、昭和六〇年一月一七日に二〇〇〇万円と五〇〇万円及び原告名義の一〇〇〇万円の三口の一年定期預金に切り替えられ、右二〇〇〇万円の預金は満期日の翌日である昭和六一年一月一七日に払い戻され、右一〇〇〇万円と五〇〇万円の預金は満期後である同年一月二二日に払い戻されたうえ、同日原告名義で元金一五五五万三四八〇円の一年定期預金に切り替えられ、満期後である昭和六二年一月二七日に払い戻されていることが認められる。
ところで成立に争いのない甲第一五号証、原告本人の供述によれば、右定期預金は、原、被告の父松本慶太郎が原告の承諾のもとにその夫である前川克洋名義で始めたもので、その手続及びその後昭和五九年一月一六日までの各切替手続にはすべて原告が結婚以来所持する印鑑(甲第一五号証の<1>の印鑑)が使用されてきたが、これは、原告がその都度慶太郎及びコウの依頼に応じてきたからであること、ところで右認定の昭和六〇年一月一七日の二〇〇〇万円の預金とその払戻しに使用された印鑑(乙第五号証の一九、二一に押捺されている印鑑)及び同日の一〇〇〇万円の預金とその払戻し並びに昭和六一年一月二二日の一五五五万三四八〇円の預金とその払戻しに使用された印鑑は、いずれも右原告の印鑑と異なるが、前一者はコウが新たに作ったもので、以降コウが所持していたものであり、後二者はやはり原告が結婚以来今日に至るまで所持している甲第一五号証の<2>の印鑑であることが認められる。
右認定の事実に前掲甲第六号証により認められる右大阪商銀の定期預金が本件遺言の対象とされていない事実並びに原告本人の供述を勘案すれば、大阪商銀に対する右定期預金は、原告が慶太郎から贈与されたものか、さもなくば原告とコウが、慶太郎の遺産として既に遺産分割により相続していたのを昭和六一年一月一七日にそれぞれ二〇〇〇万円宛て現実に分割取得したものと認めるのが相当である。
<2> 証人太山光男の証言は、昭和六〇年一月から昭和六一年一月までの間前記大阪商銀の定期預金に関する払戻しなどの手続を担当し、数回コウの自宅に現金を持参したことがあるというに過ぎないものであり、また証人河村和子の証言も、原告がコウに度々金員を無心していたという以上のものではなく、更に証人松本慶次の証言、被告本人の供述は、いずれも共同相続人の供述であるうえ、コウからの伝聞であることからすれば、右各証言及び供述のみでは到底被告主張の贈与の事実を認めることはできない。
<3> もっとも前掲甲第六号証(本件遺言書)によれば、コウは、原告には生前十分なる贈与を行っているとの認識を有していたことが認められるが、これは、前記認定のとおり原告が結婚の際に大分の贈与を受けたほか、慶太郎死亡の際にも羽曳野市南恵我之荘の一一〇坪の農地、南海電鉄の一万株、レナウンの二〇〇〇株と前記大阪商銀の定期預金を遺産分割により取得している(原告本人の供述により認められる。)ことを指していることと推認することができるから、右証拠もまた被告の主張する贈与の事実を認めるに足りるものとはならない。
(3) そうすれば、コウの生前贈与としては、慶次に対し生計の資本として別紙第四目録記載の各不動産を贈与した以外にはないことになる。
3 コウの債務
(1) 昭和六二年度の固定資産税
これを認めるに足りる証拠はない。
(2) 城山病院に対する治療費
コウが昭和六二年一月二〇から二六日まで城山病院に入院したが、弁論の全趣旨によれば、その間の治療費として四万五四〇〇円を要したと認めることができる。
4 ところで遺留分の権利が具体的に発生し、遺留分侵害の範囲が定まるのは相続開始の時であるから、右遺留分侵害の範囲を確定するための財産の価額評価の基準時は相続開始の時であると解するのが相当である。
そこで、これを前記各財産について検討すると、次のとおりである。
(1) 本件不動産及び別紙第四目録記載の各不動産価額
右各不動産のうち本件不動産3、6ないし10の各価額がそれぞれ原告主張の価額であることは当事者間に争いはないところ、右各不動産を除くその余の本件不動産1、2、4、5及び別紙第四目録1、2の不動産の各価額については、これを相続税申告価格により算出するのが相当であるところ、弁論の全趣旨によれば、右各不動産の相続税申告価格は別紙第一、第四目録の各被告主張欄記載のとおりであることが認められ、右事実によれば、本件不動産の価額は合計六八二四万〇三六四円、別紙第四目録の各不動産の価額は合計七九三万八五〇五円であることが認められる。
(2) 本件株式の価額
前記二の(2)認定の事実によれば、コウが相続開始時に有していた株式は、椿本チェイン五〇〇〇株、小西六写真工業八〇〇〇株、川崎重工業一〇万株、住友金属一万株であったところ、成立に争いのない乙第七号証によれば、コウ死亡の日である昭和六二年一月二六日の東京証券取引所における右各株式の終値は、椿本チェインが三四八円、小西六写真工業が六四七円、川崎重工業が二一一円、住友金属が一六七円であったことが認められ、右事実によれば、右各株式の価額は合計二九六八万六〇〇〇円であると認められるので、結局本件株式に関する価額は、これに前記二の(2)で認定の日本郵船、立石電機、帝人、ヒロセ電機、山一証券、住友セメント、新日本証券の各株式売却代金合計三〇一二万四五五二円(なお、右金員に対する右各売却時から相続開始時までの利息は、右売却代金の一部が前記のとおり大華証券の預かり金になっていること、その期間が極めて短いことから、はたして利息を生じていたかどうかが不明であるので考慮しないこととする。)を加算した五九八一万〇五五二円であることが認められる。
(3) 上記各事実と前記二の1の(3)、同2の(2)、同3で認定の各事実によれば、遺留分算定の基礎となる財産の価額は、コウが相続開始時に有していた財産の価額一億三三三三万四一〇四円(不動産につき六八二四万〇三六四円、株式につき五九八一万〇五五二円、預貯金につき五二八万三一八八円)に慶次に対する贈与不動産の価額七九三万八五〇五円を加算した一億四一二七万二〇六九円からコウの債務四万五四〇〇円を控除した一億四一二二万七二〇九円ということになる。
三 侵害された遺留分の範囲
前記一、二で認定した事実によると、原告が侵害された遺留分の範囲は、一億四一二二万七二〇九円の六分の一に相当する二三五三万七八六八円ということになる。
四 遺留分減殺の意思表示
原告が、被告に対し、昭和六二年七月三〇日被告に到達の内容証明郵便で遺留分減殺の意思表示をしたことは当事者間に争いがないので、前記三で認定の遺留分侵害額の限度で本件遺贈は減殺されることになる。
五 減殺の対象及び減殺方法並びに減殺額
原告の本件遺留分減殺によって減殺されるのは、コウが被告に対してした本件遺贈であるので、以下各物件ごとにその方法及び額を検討する。
1 本件不動産について
本件不動産については、原告が現物返還を求めるのに対し、被告は価額弁償の請求をするので、まずこの点から判断するに、遺留分権利者が民法一〇三一条の規定に基づき遺贈の減殺を請求した場合において、受遺者が減殺を受けるべき限度において遺贈の目的の価額を弁償して返還の義務を免れ得ることは民法一〇四一条の規定により明らかであるが、本件のように遺贈が既に履行され本件不動産が被告の所有名義になっているような場合において、右規定により受遺者が返還の義務を免れる効果を生ずるためには、受遺者において遺留分権利者に対し価額の弁償を現実に履行し又は価額の弁償のための弁済の提供をしなければならず、単に価額の弁償をすべき旨の意思表示をしただけでは足りないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五四年七月一〇日判決・民集三三巻五号五六二頁参照)ところ、被告が原告に対し、価額の弁償を現実に履行し又は価額の弁償のための弁済の提供をしたと認めるに足りる証拠はない。
そうすれば、本件不動産についての減殺は現物返済の方法によるといわざるを得ないところ、前記二の1で認定の本件物件の価額と三で認定の侵害された遺留分の範囲を前提にすれば、原告が右減殺によって返済を受ける本件不動産の各持分割合は別紙第一目録持分欄記載のとおりということになる。
2 本件株式について
成立に争いのない甲第一三号証の一二、乙第六号証と弁論の全趣旨によれば、被告は別紙第二目録(二)記載の各株式を同目録売却欄記載の各年月日に売却代金欄記載の各代金で売却したことが認められるが、前記二の1の(2)で認定したとおり、コウの相続開始時にはなお椿本チェイン五〇〇〇株、小西六写真工業八〇〇〇株、川崎重工業一〇万株、住友金属一万株が存在したのであるから、被告は原告に対しその価額を弁償すべきことになるところ、価額弁償は目的物の返還に代わるものとしてこれと等価であるべきことが当然に前提になっているものと解せられるので、その価額算定の基準時は、現実に弁償される時であり、遺留分権利者において当該価額弁償を請求する訴訟にあっては現実に弁償される時に最も接着した事実審の口頭弁論終結時であると解するのが相当である(最高裁判所昭和五一年八月三〇日判決・民集三〇巻七号七六八頁参照)。
これを本件についてみるに、成立に争いのない甲第一六号証によれば、本件口頭弁論終結の日である平成三年一月三〇日における東京証券取引所の終値は、椿本チェインが六六〇円、小西六写真工業が八五一円、川崎重工業が五二七円、住友金属が四四三円であったことが認められる。
そうすれば、被告が減殺により返済を受ける本件株式に関する価額は、コウの相続開始前に既に売却された株式の売却代金合計三〇一二万四五五二円とこれに対する相続開始時から右口頭弁論終結時まで年五分の割合による利息(少なくともこの間には年五分の割合による利息は生じたと認めるのが相当である。)五八八万四三二九円及び右各株式の本件口頭弁論終結時における価格合計六七二三万八〇〇〇円の総合計一億〇三二四万六八八一円の六分の一に相当する一七二〇万七八一三円ということになる。
3 本件預貯金について
前記二の1の(3)で認定したとおり、コウの相続開始時には合計五二八万三一八八円の預貯金が存在していたので、原告が本件減殺により返済を受ける金額は、右金額の六分の一に相当する八八万〇五三一円ということになる。
第五 結び
以上によれば、原告の本訴主位的請求は理由がないのですべて棄却するが、予備的請求は前記認定の限度で理由があるので認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用し、なお仮執行の宣言は相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。
(別紙)
第一登記目録
1 大阪法務局羽曳野出張所昭和六二年六月二六日受付第一三八三二号所有権移転登記
2 同出張所同日受付第一三八三三号所有権移転登記
3 同出張所同日受付第一三八三三号所有権移転登記
4 同出張所同日受付第一三八三四号所有権移転登記
5 同出張所同日受付第一三八三五号松本コウ持分全部移転登記
6 同出張所同日受付第一三八三五号松本コウ持分全部移転登記
7 和歌山地方法務局橋本出張所同年七月二日受付第四一八六号所有権移転登記
8 同出張所同日受付第四一八六号所有権移転登記
9 同出張所同日受付第四一八六号所有権移転登記
10 同出張所同日受付第四一八六号所有権移転登記
(別紙)
第二登記目録
1 所有権移転
原因 昭和六二年一月二六日相続
共有者 原告(前川慶子)
持分三分の一
被告(松本要)
持分三分の二
2 松本コウ持分全部移転
原因 昭和六二年一月二六日相続
共有者 原告(前川慶子)
持分六分の一
被告(松本要)
持分六分の五
(別紙)
第一目録
<省略>
(別紙)
第二目録
<省略>
(別紙)
第三目録
<省略>