大判例

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大阪地方裁判所岸和田支部 平成13年(ヨ)115号 決定 2002年7月22日

債権者

堀川卓夫

債権者

脇田寛三

同両名代理人弁護士

小林保夫

横山精一

藤木邦顕

高橋徹

中筋利朗

西本徹

岡本一治

山﨑国満

半田みどり

債務者

佐野第一交通株式会社

同代表者代表取締役

井上道人

同代理人弁護士

竹林節治

畑守人

中川克己

福島正

松下守男

竹林竜太郎

木村一成

主文

1  債務者は債権者堀川卓夫に対し,平成14年7月から平成15年6月まで毎月28日限り,月額8万3752円を仮に支払え。

2  債務者は債権者脇田寛三に対し,平成14年7月から平成15年6月まで毎月28日限り,月額7万7965円を仮に支払え。

3  債権者らのその余の本件申立てをいずれも却下する。

4  申立費用はこれを5分し,その1を債権者らの連帯負担とし,その4を債務者の負担とする。

理由

第1申立て

1  債務者は債権者らに対し,債権者らを債務者の従業員として仮に取り扱え。

2  債務者は債権者らに対し,それぞれ22万5590円及び平成14年1月から毎月28日限り,月額31万0813円を仮に支払え。

第2事案の概要

本件は,債務者の従業員であり,佐野南海交通労働組合(以下「佐野南海労組」という。)の執行委員長である債権者堀川卓夫(以下「債権者堀川」という。)及び同副執行委員長である債権者脇田寛三(以下「債権者脇田」という。)に対する解雇の意思表示は,解雇理由がなく,不当労働行為に当たる等と主張して,債権者らが債務者に対し,従業員たる地位の保全及び賃金仮払いを求めた事案である。

1  争いのない事実

(1)  当事者

ア 債権者ら

債権者堀川は昭和48年4月23日,債権者脇田は昭和56年9月25日,それぞれ債務者に入社し,いずれもタクシー乗務員として稼働していた者であり,同人らは,債務者及びサザンエアポート交通株式会社(以下「サザンエアポート」という。)の従業員でもって組織する佐野南海労組の組合員である。そして,債権者堀川は,佐野南海労組の執行委員長のほか,その上部団体である自交総連大阪地連の副委員長,同地連南地区協議会議長,大阪労連阪南地区協議会議長,大阪労連幹事などを務め,債権者脇田は,佐野南海労組の副執行委員長を務めている。

イ 債務者

債務者は,昭和23年8月13日,「佐野南海交通株式会社」の商号で,南海電気鉄道株式会社(以下「南海電鉄」という。)の完全子会社として,自動車運送業等を目的として設立され,南海グループのタクシー会社の一つとして,泉佐野市を中心とする泉州交通圏において(南海電鉄泉佐野駅,樽井駅,尾崎駅,みさき公園駅,関西空港駅を営業拠点として),主としてタクシー事業を営んでいるものであり,平成13年3月30日,第一交通産業株式会社(以下「第一交通」という。)が債務者の発行済み株式を全部取得したことにより,同日,商号が「佐野第一交通株式会社」に変更され,第一交通の常務取締役である吉積久明が債務者の代表取締役に就任した(平成13年7月20日,債務者の代表取締役は,吉積久明から第一交通の副社長である上村五十次に交代し,平成14年5月23日,上村五十次から井上道人に交代した。)。

(2)  解雇の意思表示

ア 債務者は債権者らに対し,平成13年11月22日到達の同月21日付け内容証明郵便でもって,要旨,次の解雇事由を掲げて債権者らを解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。

(債権者堀川について)

債権者堀川は,平成13年4月16日から同年11月15日まで,所定乗務日数86乗務日数中,わずか7乗務しか勤務しておらず,この間,債務者が同年7月19日,同月26日,同年8月8日,同年9月11日,同月18日及び同年10月10日付けの各文書で,債務者の指示に従って乗務するよう警告指示したほか,口頭で再三にわたって警告指示してきたが勤務に就こうとせず,就業規則36条5号,18号等に該当する。

また,債権者堀川が労働組合の役員として従業員を煽動し,債務者の重要な顧客である南海電鉄及びその関係者に対して,不当な街宣運動等を行って圧力を加え,債務者の南海電鉄沿線における営業上の地位を危うくする行為を繰り返しており,就業規則36条11号に該当する。

(債権者脇田について)

債権者脇田は,平成13年4月16日から同年11月15日まで,所定乗務日数88乗務日数中,わずか15乗務しか勤務しておらず,この間,債務者が同年7月19日,同月26日,同年8月8日,同年9月11日及び同年10月10日付けの各文書で,債務者の指示に従って乗務するよう警告指示したほか,口頭で再三にわたって警告指示してきたが勤務に就こうとせず,就業規則36条5号,18号等に該当する。

また,債権者脇田が労働組合の役員として従業員を煽動し,債務者の重要な顧客である南海電鉄及びその関係者に対して,不当な街宣運動等を行って圧力を加え,債務者の南海電鉄沿線における営業上の地位を危うくする行為を繰り返しており,就業規則36条11号に該当する。

イ 本件解雇に関係する債務者の就業規則は,次のとおりである。

第36条(解雇)

会社は従業員が次の各号の1に該当する場合は解雇する。但し,業務上の傷病により療養する期間及びその後30日間並びに産前産後の女子が労働基準法第65条によって休業する期間及びその後30日間は解雇しない。但し,労基法第19条但し書に該当する場合はこの限りでない。

1ないし4(略)

5 会社の業務運営を妨げ又は会社の業務に協力しない等,誠実な精神が認められないとき。

6ないし10(略)

11 社員としての対面を汚し会社の信用を失墜し又は損害を与え或いはそのおそれがあると認めたとき。

12ないし17(略)

18 上司の指示・命令に従わないとき。

19ないし21(略)

第37条(解雇予告)

前条に基づき解雇する場合は30日前までに予告するか,又は30日分の平均賃金を支給して即時解雇する。但し,天災地変その他やむを得ない事由のため事業の継続が不可能となった場合及び懲戒解雇する場合,又は試用期間中の者で14日以内に解雇する場合はこの限りでない。

(3)  賃金支払時期

債務者における従業員の賃金は,前月16日から当月15日までの分を当月28日(ただし,その日が取引銀行の休日に当たるときは,その前日に繰り上げる。)に支給するとされている。

2  争点及びこれに対する当事者の主張

(1)  本件解雇の解雇事由の存否

(債務者の主張)

ア 本件解雇理由について

債権者らは,債務者のタクシー乗務員であるにもかかわらず,別紙「堀川卓夫の離職(欠勤)状況一覧表」及び「脇田寛三の離職(欠勤)状況一覧表」に記載されたとおり,債務者が指示した乗務日に全く乗務をしなかった。この点は,債務者の債権者らに対する平成13年11月21日付け内容証明郵便(<証拠略>)に記載されたとおりである(なお,債務者は,平成14年1月31日付け主張書面において,佐野南海労組の南海電鉄に対する街宣行為について,法的には解雇理由というよりも,むしろ債務者が実際に債権者らを解雇した時期に解雇した動機であり,本件解雇理由ではない旨主張している。)。

イ 債権者らの離職に対する債務者の不承認

債権者らは,債務者の指示した乗務日に乗務しなかったことについて,債権者らの所属する泉佐野営業所の沖見所長ら管理職に対し,組合活動離職届を提出し,沖見所長らがこれに押印して受領していることをもって,債務者が債権者らの離職を認めた旨主張する。

しかしながら,沖見所長らが組合活動離職届に押印して受領したことは,単に届出を事実として受け取ったことを確認したにすぎず,債権者らの離職を債務者が認めたものではない。沖見所長は,自身が過去に労働組合の組合員の経験を有していたことから,上記届出を受け付けておかないと,債権者らが後日佐野南海労組から賃金補償を受けるに当たり,手続上支障があることをよく知っていたことから,押印をしていたにすぎない。また,債務者は債権者らに対し,代表取締役名義の文書で再三にわたって債務者の指示に従って乗務するよう警告指示をしてきたのであるから,沖見所長らが組合活動離職届に押印したことをもって,債務者が債権者らの離職を認めたことにならないのは明らかである。そして,このことは,債務者の就労命令に対する佐野南海労組の「労働組合の主張」と題する書面(<証拠略>)において,同組合が「就労命令には労働組合として納得できるものではない。」旨述べるのみで,「債務者が債権者らの離職を承認している。」とは一言も主張していないことからみても明らかである。

ウ 債権者らの組合活動の不存在

債権者らは,債務者の指示した乗務日に乗務しなかったのは,債務者が数々の不当労働行為を重ねる中で,債権者らが組合の団結の維持のための組合業務に忙殺されていたからである旨主張する。

しかしながら,債権者らが債務者の指示に従った乗務をしなくなったのは,別紙「堀川卓夫過去の勤務状況」及び「脇田寛三過去の勤務状況」<略>に記載したとおり,佐野南海交通時代からのことであるから,債権者らの上記主張は失当である。

(債権者らの主張)

ア 労働協約の存在

佐野南海労組と債務者との間には,組合活動に関して次のような労働協約が締結されている(以下「本件労働協約」という。)。

第29条 会社は組合員の正当な組合活動をしたことを理由に,不利益な取扱をしない。

第30条 組合活動は原則として勤務時間外に行うものとする。又,組合及び組合員は就業時間中の従業員に対し,組合活動を行わない。

第31条 組合員が勤務時間中,止むを得ず組合活動を行うときは,事前に会社に届出て,その承認を受けなければならない。

この時間に対しては,一切の賃金を支払わない。

第32条ないし第34条(略)

イ 労働協約に基づく手続の履践

債権者らは,これまで本件労働協約31条に基づき,組合活動のため離職する都度,組合活動離職届を債務者に提出して承認を得てきており,債務者が欠勤扱いを主張する債権者らの乗務日についても同様の手続を履践してきた。その詳細は,別紙「債権者堀川卓夫組合活動離職届一覧表」及び「債権者脇田寛三組合活動離職届一覧表」<略>のとおりであり,同各表の承認印欄記載のとおり,組合活動離職届には,沖見所長ら管理職の押印がある。したがって,債権者らが債務者の指示する乗務日に離職したとしても何ら問題はない。

ウ 勤務時間中の組合活動と労働者の就労義務の関係

債務者は,本件労働協約31条を歪曲して解釈し,債権者らは同条で定める手続を履践していない旨主張する。

あえて再言するまでもないが,労働者が使用者との労働契約における労働力の提供義務に基づき,勤務時間中就労義務を負うことは明らかである。しかし,かかる就労義務が存在するといっても,他方で憲法28条の労働基本権の保障に基づき,労働組合の組織・運営・団結の要請から,勤務時間中といえども一定の範囲で組合活動が必要とされ,かつ,これが保障されなければならないこともいうまでもない。もっとも,労働基本権に基づく勤務時間中の組合活動の許容性といえども,労働契約における就労義務(公務員でいえば職務専念義務)との関係で,一定の限界を持つことはやむを得ないところである。そこで,勤務時間中における組合活動を制度的に保障するため,民間私企業においては,労使間において,届出・承認ないし許可制,あるいは専従性(ママ)(休職専従を含む。)などの組合休暇制度を労働協約ないし就業規則に設け,公務員においては,職務専念義務(地方公務員法35条)免除の制度や職員団体の業務への専従の許可制度(同法55条の2)などを置くのである。

このような勤務時間中の組合活動の保障の必要性は,組織の規模の大きさ,組合員の全国的分散,活動の広域化などによって一層強まり,このような場合には,専従制度まで設けるものであることは公知の事実である。しかし,組織の規模が小さく,専従活動家を置くまでの必要性のない労働組合であっても,組織運営の日常的な必要上,勤務時間中の組合活動として保障されるべき限界を超えて活動を行うことが求められる場合があることはいうまでもなく,このような場合には就労義務の免除を必要とすることから,届出・承認ないし許可によって組合活動を保障する制度を採用する例が一般的である。とりわけ強調したいのは,勤務時間中の組合活動は,労働組合の委員長,書記長など組織運営の中心となる活動家の場合,また,労使関係が緊張し団結活動の必要が強まる場合に一層高くなるものであり,労使間が争議状態の場合には勤務時間中の組合活動の必要性が最も高まるのである。そして,このような組合休暇制度は,労働協約あるいは就業規則によって,組合員の権利として制度化されたものであるから,使用者は原則として組合員の申出を尊重すべきであり,承認・許可の権限を恣意的に行使して承認・許可を与えない場合は,不当労働行為として違法になると解すべきである。

本件で問題となる本件労働協約31条は,まさに組合休暇の制度化の一つの典型である。そして,債権者らは,本件労働協約31条に基づく手続をすべて履践し,債務者の承認を得ているのであるから,債権者らの離職が適法なものであることは明らかである。

債務者は,本件労働協約31条は,「勤務時間中止むを得ず組合活動を行うとき」と「承認を受けなければならない」の二つの要件を充足することを求めているのであり,債権者らの離職は,これらの要件を満たしていない旨主張する。しかしながら,同条は,組合員の届出とこれに対する債務者の承認をもって必要十分としているのであり,組合活動が「止むを得」ないかどうかについての証明や,債務者による判断を要件としているのではない。債務者の上記解釈論は,憲法28条の労働基本権に基づく組合活動の保障としての組合休暇制度の目的や,その適用における不当労働行為の排除の必要に鑑み,全くの誤りで歪曲である。

エ 債権者らの組合活動の必要性

(ア) 第一交通の不当労働行為体質

債務者を支配する第一交通は,これまで全国の企業を買収しては数々の不当労働行為を重ね,組合を壊滅させてきた前科がある。

すなわち,第一交通は,昭和35年に発足した当時,わずか5台の保有台数であったが,その後,九州一円から山口,広島,関東,北海道へと全国の企業を買収して成長してきた。これら買収した企業の中には,労働組合のある企業も多々存在したが,いずれの労働組合も,徹底した組合潰しの攻撃によって壊滅させられた経緯があり,労働組合が存続したのは東京の企業一社のみであった。そして,今回,第一交通が買収した債務者をはじめとする南海タクシー系列7社についても,相次いで組合が解散に追い込まれ,現在残っているのは,自交総連傘下の佐野南海労組と白浜南海交通労働組合のみである。このような異常な事態になったのは,第一交通が憲法,労働組合法,労働基準法を無視し,組合員の脱退工作,労働脇約の一方的破棄,チェックオフの打ち切り,組合事務所の使用妨害,解雇など,ありとあらゆる組合否認及び支配介入,不利益取扱いの不当労働行為を重ねてきたからである。

(イ) 債務者の不当労働行為

第一交通が債務者を買収した平成13年3月30日以降,債務者は,労働条件切り下げの障害となっていた佐野南海労組を嫌悪し,次のとおり,従前の労働協約や労使慣行等を無視する無法ぶりを重ねた。

a 賃金の一部不払い

佐野南海労組の組合員であるタクシー乗務員の賃金は,佐野南海労組と債務者との間の平成9年9月25日付け労働協約に基づいて支給されていたが,第一交通が債務者を買収して以降,債務者は佐野南海労組に対し,従前の賃金を切り下げる内容の新賃金体系案を提案し,佐野南海労組の同意を得ることなく,新賃金体系に基づき,平成13年5月分の賃金を一方的に支給してきた。そのため,組合員のうち未払額の著しい38名は当庁に対し,賃金仮払仮処分を申し立て(平成13年(ヨ)第55号事件),同裁判所は,同年7月2日,債務者の賃金不払いは労働基準法24条に違反する犯罪行為であるなどの理由で,その申立てを全面的に認容する仮処分決定をした。

ところが,債務者は,上記仮処分決定に従おうとせず,同年7月4日,佐野南海労組に対し,上記労働協約を破棄する旨通告し,同年6月分の賃金についても,一方的に新賃金体系に基づく支給を強行した。そのため,組合員のうち53名は当庁に対し,賃金仮払仮処分を申し立て(平成13年(ヨ)第67号事件),同裁判所は,同年8月7日,これを全面的に認容する仮処分決定をした。

b 差別的長時間点呼の実施

第一交通が債務者を買収する以前は,タクシー乗務員に対する出庫前点呼が行われることはほとんどなく,月に1回程度,時間にして5分ないし10分程度,交通安全,接客態度に対する注意,タクシーチケット契約を締結した顧客の紹介などが行われるくらいだった。

ところが,第一交通が債務者を買収して以降,毎日出庫前点呼が行われるようになり,平成13年6月以降,連日数十分にわたる長時間点呼が行われるようになった。そして,同年7月以降,点呼時間が1時間近くにわたるようになり,同年8月ころからは,連日1時間数十分,最大で1時間40分にわたる点呼が行われるようになった。しかも,佐野南海労組を脱退し,債務者が組織した「交友会」に加入した者については,点呼を受けずに出庫が許され,もっぱら佐野南海労組の組合員のみが長時間点呼を受けることになった。また,その点呼の実態は,空調設備の整っていない屋外車庫などにおいて,佐野南海労組の組合員を起立させたまま,数名の職制が代わる代わる無内容な訓辞を延々と繰り返し,「会社に協力しない奴はやめてくれ。」「明日から会社に来なくて結構。」「協力しない奴は(泉佐野営業所と比べて営業収入が少なく賃金の大幅ダウンとなる)岬営業所に行ってもらう。」などと恫喝し,債務者の相次ぐ不当労働行為に対応するため奔走する債権者らを,「組合特休が出ているが,仕事をしていない。」「奴らは族や。君たちの組合費で生活している。ばかたれとも言っている。」などと公然と批判し,「交友会には有利な仕事をさせてやる。組合員とは区別する。」などと述べて,佐野南海労組からの脱退と「交友会」への参加を促す機会として利用してきた。そもそも,出庫前点呼は,旅客自動車運送事業等運輸規則24条に基づき,車輌の点検の実施やその確認,運転者の疲労,疾病,飲酒など安全運転を妨げる要因がないことを確認するために行われるものであるのに,債務者は,点呼を藉口にして,佐野南海労組の組合員に対する嫌がらせ,脱退工作の一環として上記点呼を行っていた。

佐野南海労組は,このような組合差別の長時間点呼に対し,関係行政機関に要請したほか,大阪府地方労働委員会に対する不当労働行為救済申立事件において,長時間点呼の禁止を求める実行確保の措置申立てを行い,また,組合員らは当庁に対し,長時間点呼の禁止を求める仮処分を申し立て(平成13年(ヨ)第77号事件),債務者は,ようやく長時間点呼を中止して今後は長時間点呼を行わない旨明言し,その後,長時間点呼は一切行われていない。

c 組合員に対する差別的配置転換

第一交通が債務者を買収する以前,債務者は,タクシー乗務員の採用に際し,応募者の希望勤務地を受け容れて採用しており,やむなく空きがない場合でも,応募者の同意を得て一時的に他の勤務地に配属し,空きが生じた時点で乗務員の希望に添う配転を行ってきた。また,これまで,乗務員の希望に反する配転が行われることはなかった。

ところが,債務者は,平成13年7月以降,佐野南海労組を脱退せず,「交友会」への加入を拒否していた組合員7名に対し,本人の意に反する配転を行った。債務者は,これまでも「会社に協力しないなら,岬営業所へ行ってもらう。」などと配転を脅し材料としてきた経緯があり,上記配転は,佐野南海労組からの脱退を促し,交友会への加入を強要する手段に他ならない。

そこで,上記7名のうち4名は,配転先での就労を拒否して当庁に対し,配転命令効力停止の仮処分を申し立て(平成13年(ヨ)第78号,第103号事件),本件解雇当時,上記7名全員について,元の職場に戻すことを前提とする和解が検討されていた。

d 組合員の脱退工作

沖見所長は,平成13年5月10日,佐野南海労組の組合員である内勤職員8名に対し,同労組から脱退して「交友会」へ参加すること,中小企業退職金積立共済の解約手続,退職届を書くことを求め,これを拒否すれば解雇すると恫喝する一方で,一旦退職して佐野南海労組を脱退したときは,再建協力金として15万円を支給する旨通告した。沖見所長の上記働きかけは,他のタクシー乗務員に対してもなされ,当初約170い(ママ)た組合員が現在では約70数名になるまで減少し,債務者は,組合壊滅のために卑劣な組合切り崩し,支配介入を繰り返してきた。

e 中退金の一方的停止

債務者では,佐野南海労組との間の平成9年3月13日改定の労働協約に基づき,同年9月25日付け退職金支給規程が定められ,債務者が掛金を負担する形で,債務者が中小企業退職金共済事業団との間で退職金共済契約を締結し,組合員らに対して退職金を支給することとしていた。ところが,債務者は,平成13年5月29日の団体交渉の席上,中小企業退職金共済を廃止したい旨申し入れ,同年6月分以降の掛金を負担しなくなった。そこで,債権者らが事実関係を調査したところ,同年5月20日ころ,債務者が「佐野南海交通株式会社代表取締役松島久義」名義で,佐野南海労組の組合員らが同年3月31日付けで事業主都合退職を理由に退職した旨の虚偽の届出をし,同年4月分及び5月分の掛金が債務者に返還されていることが判明した。そこで,佐野南海労組の幹部は大阪地方検察庁に対し,中小企業退職金共済法違反の罪で告発し,本件解雇当時,債務者代理人弁護士を通じて,上記問題について早期に是正する旨の申し入れがなされていた。

f 共済会制度・タクシー振興共済の一方的停止

佐野南海労組は,昭和57年9月1日,債務者との間で,組合員を対象とする福利厚生事業として共済会制度を制定した。のちに,サザンエアポートの組合員も含めた共済会となり,会員の慶弔災害に対する給付,交通事故・違反に関する補助金の給付,タクシー振興共済制度の利用による業務上災害に対する給付などの事業を行い,債務者は,共済会規程に従って会員1人当たり月額1000円の補助金を支出し,共済会制度に協力していた。ところが,債務者は,平成13年5月29日の団体交渉の席上,共済会制度について一方的な廃止を宣言し,同年4月分から補助金の支払いを拒否し,また,業務上の災害のため,自交総連大阪地連と大阪タクシー協会の共同で作っているタクシー振興共済の掛金も負担しなくなった。そこで,佐野南海労組は債務者に対し,共済会制度等の正常化を求め,本件解雇当時,債務者代理人弁護士を通じて正常化に向けた和解案が提案される予定だった。

g チェックオフの中止

佐野南海労組は,債務者との間の昭和59年3月8日付け労働協約の中でチェックオフ協定を結び,賃金及び退職金の中から組合費等をチェックオフしていた。ところが,債務者は,平成13年5月29日の団体交渉の席上,債務者の提案する新賃金体系を受諾しなければ今後のチェックオフは行わない旨宣言し,同年6月分の賃金から全面的にチェックオフを中止した。しかし,佐野南海労組は,そのほとんどがタクシー乗務員で構成されているから,チェックオフが中止された場合,組合費の納入等に重大な支障を来たすことになる。そこで,佐野南海労組は債務者に対し,その是正を求めていた。

h 慣習・慣行の不遵守

佐野南海労組と債務者との間には,従来からの労使慣行があり,債務者は,就業規則の規定にかかわらず,組合員が有給休暇や振替休日の取得を希望するときは,当日の届出・申出を認めていた。また,従来,公休出勤の場合,当日の賃金仮払いが認められていた。

ところが,第一交通が債務者を買収して以降,債務者は,上記労使慣行を認めない態度に出ていた。

i 不誠実団交

佐野南海労組は,第一交通が債務者を買収して以降,債務者との間で数々の団体交渉を行ってきたが,債務者は,自らの経営方針等を一方的に説明,主張するのみで,佐野南海労組との間で実質的な協議に応じようとしなかったのであり,債務者の不誠実な態度は,実質的な団体交渉の拒否であり,不当労働行為に当たる。

(ウ) 佐野南海労組の団結維持のための奮闘

上記(イ)で述べた債務者による不当労働行為の嵐の中,佐野南海労組を脱退する組合員が相次ぎ,当初約170名いた組合員は70数名に減少するだけでなく,債権者らは,執行委員長,副執行委員長として,佐野南海労組の団結を維持するため,債務者の数々の不当労働行為に抗議して労使関係の正常化を求める行動をとったほか,上記事態になった南海電鉄に対する責任の追求(ママ)と争議の解決を求める行動をとったり,関係行政機関に対する申し入れ,組合集会の開催や組合費の徴収,数々の対策会議等の組合業務に奔走していた。また,裁判所の司法救済や地方労働委員会の行政救済を求める各種申立てを行っていた。

このように,債権者らは,日常の組合活動とは別に,四六時中組合活動を行うことを余儀なくされたのであり,債務者の指定した乗務日に離職することはやむを得なかったのである。

(債務者の反論―本件労働協約31条に関して)

ア 勤務時間中の組合活動と労働者の就労義務の関係

債権者らは,憲法28条から,使用者側の意思や都合と無関係に,一定の範囲で当然に組合活動が保障される旨主張するが,過去の判例も採用しない独自の見解であって失当である。そもそも,組合活動が必要であるかどうか,組合活動が正当かどうかということと,それ故に当然に職場を離脱することができるかという問題は,全く次元が異なるものであり,使用者の了解なく業務を放棄しても,債務不履行,秩序違反にならないというためには,単に組合活動の目的であったというだけでは不十分である。すなわち,勤務時間中に組合活動を行い,そのために職場離脱するためには,<1>労働協約,就業規則等において制度的に認められている,<2>使用者から個別的に承認を得る,<3>有給休暇を取得する,<4>ストライキを行う等の合法的な方法を選択することが必要である(もっとも,<3>及び<4>については,これが濫用にわたるときは違法とみなされる場合があり得ることはいうまでもない。)。

債権者らは,組合休暇制度が労働協約等によって制度化された以上,使用者は原則として組合員の申し出を拒否できない旨主張する。しかし,届出制であればともかく,本件労働協約31条は許可制であるから,許可するか否かは原則として使用者の裁量に属するのであり,その際には組合活動の必要性以外に会社業務の支障の有無,程度や施設管理上の問題等も加味しなければならないのである。いいかえれば,使用者の不許可が不当労働行為に当たるというのは,客観的に見て合理的な申し出であるにもかかわらず,組合嫌悪の意思で許可しない等,許認可権の濫用にわたる場合に限られるのであるから,債権者らの上記主張は失当である。

イ 債権者らの組合活動の必要性について

債権者らは,債務者の指定する乗務日に組合活動を行う必要性があった旨主張するが,債権者らの主張する組合活動は,勤務時間に行わなければならないほどのものではなく,裁判所の司法救済や地方労働委員会の行政救済を求める各種申立てといっても,その手続等は(大弁護団を結成している)代理人弁護士が行ったものであり,審問期日の傍聴等も毎日行われているわけではないから,債権者らの主張する組合活動の必要性には疑問がある。

また,債権者らは,本件解雇後,指定乗務日に当たる日の朝には必ず泉佐野営業所に出社していることからすると,別紙「堀川卓夫の離職(欠勤)状況一覧表」及び「脇田寛三の離職(欠勤)状況一覧表」に記載された各離職日に,債権者らが組合活動を行わなければならない特別な事情があったかどうか疑わしいといわざるを得ない。

(2)  本件解雇は不当労働行為(労働組合法7条1項1号)に当たるか。

(債権者らの主張)

ア 上記(1)の(債権者らの主張)で述べたとおり,債務者を買収した第一交通は,もともと不当労働行為体質を有しているほか,債務者を買収した平成13年3月30日から本件解雇が行われるまでの間,債務者は,佐野南海労組の組合員に対する賃金の一部不払い,差別的長時間点呼・差別的配転命令の実施,脱退工作,中退金・共済会制度等の一方的廃止,チェックオフの中止,慣習・慣行の不遵守,不誠実団交など数々の不当労働行為を重ねていた。

しかし,本件解雇当時には,債務者は,長時間点呼をすでに中止し,平成13年5月から同年10月分までの未払賃金についても,同年11月中に支払う旨表明し,また,中退金や共済金制度等の問題についても,債務者代理人弁護士を通じて早急に是正する旨表明して,近々和解案が提案されることになり,組合員7名の配転問題についても,配転命令効力停止仮処分申立事件の中で,上記7名全員を元に戻すことを前提に和解が検討されていた。すなわち,債務者は,債権者らの奮闘により,当初行っていた数々の不当労働行為をほぼ全面的に撤回せざるを得ないところまで追い込まれ,債務者が目論んでいた佐野南海労組の組合員の脱退も納まり,逆に同組合を脱退した「交友会」のメンバーが佐野南海労組に復帰したい旨の声が広まっていた。

このように,債務者は,佐野南海労組及び同組合の団結の中心だった債権者らの組合活動を嫌悪していたことは明らかであり,本件解雇は,債権者らを排除して,同組合を壊滅させる目的で行われたものであるから,労働組合法7条1項1号の不利益取扱いに当たる不当労働行為として無効というべきである。

イ 債務者は,本件解雇理由は,債権者らが債務者の指定する乗務日に全く乗務しなかったからであり,債権者らの南海電鉄に対する街宣活動は,本件解雇を行った時点の動機である旨主張する。

しかしながら,債権者らの上記街宣活動は,まさに佐野南海労組及びその上部団体(自交総連大阪地連)の債務者に対する争議の中で取り組まれた正当な組合活動であり,これを本件解雇の動機とすることは,佐野南海労組と債務者が対抗する争議状態にある中で,佐野南海労組の闘争の勢いをそごうとしてなされたものであることを自白したに等しく,本件解雇が債権者らの組合活動を嫌悪してなされた不当労働行為であることは明らかである。

ウ なお,本件解雇後の平成13年11月24日,債権者堀川は債務者のあべ松課長に対し,債権者らの本件解雇の撤回を申し入れたところ,同課長は「俺らではどうにもならない。」「(債権者らが組合業務のため仕事に就かなくても)業務は落ち着いているのになあ。」「債権者らが出席する団体交渉には白川副会長は応じない。」「債権者らの職場への立ち入りは拒否するよう吉積常務に指示されている。」と,本件解雇には理由がなく,団結の中心である債権者らを職場から排除して,佐野南海労組を壊滅させるためのものであることを告白した。そして,債務者は,債権者らが債務者の従業員ではなくなったとして,債権者らが出席する団体交渉の申し入れを拒否し,職場内に組合事務所があるのに,債権者らの職場内への立ち入りを拒否し続けている。

(債務者の主張)

ア 債権者らは,債務者の不当労働行為として,<1>賃金一部不払い,<2>差別的長時間点呼,<3>差別的配転,<4>組合員の脱退工作,<5>中退金・共済会制度等の一方的廃止,<6>チェックオフの中止,<7>慣習・慣行の不遵守,<8>不誠実団交を挙げる。

しかしながら,<1>賃金一部不払いと,<5>中退金・共済会制度等の一方的廃止は,赤字経営だった債務者を再建するため,支出を抑える目的で行ったものであり,<4>差別的配転と,<7>慣習・慣行の不遵守は,正常な業務の運営に支障となっている事項を除くために行ったものであり,<2>差別的長時間点呼と,<4>組合員の脱退工作は,債務者の状況及び再建について従業員を説得する過程に関わる問題であり,<6>チェックオフの中止は,債務者と佐野南海労組との間で紛争状態が生じ,便宜供与(チェックオフ)を行える状況ではなくなったために中止したものであり,いずれも不当労働行為と目されるようなものではなく,また,不当労働行為の意思もない。

イ 債権者らは,同人らの南海電鉄に対する街宣活動は,まさに佐野南海労組及びその上部団体(自交総連大阪地連)の債務者に対する争議の中で取り組まれた正当な組合活動である旨主張する。

しかしながら,第一交通が債務者を買収した行為,いいかえれば,親会社である南海電鉄が債務者の全株式を第一交通に譲渡したことは,法律によって保証された投下資本の回収方法の一つに他ならず,何らの問題のない正当な取引行為であり,債務者と南海電鉄との間には何らの資本関係もないのであるから,上記株式譲渡について,南海電鉄が債権者らや佐野南海労組等から責任を問題にされる理由はない。また,現在,債務者と争議状態にあるのは,佐野南海労組あるいはその上部団体である自交総連大阪地連であり,南海電鉄と佐野南海労組あるいは自交総連大阪地連との間の争議ではない。そして,上記のとおり,債務者と南海電鉄の間には何らの資本関係もないのであるから,南海電鉄が債務者と佐野南海労組あるいは自交総連大阪地連との間の労使紛争を解決する立場にないし,債務者における労働者の権利義務関係に関与できる立場にもない。したがって,南海電鉄に対して,佐野南海労組あるいは自交総連大阪地連の正当な組合活動を観念する余地は全くないというべきである。

また,債務者の営業エリアは南海電鉄沿線であり,しかも,債務者の営業の中で,南海電鉄の各駅前における営業は,「駅出し」として重要な比重を占めている。そして,佐野南海交通時代には,債務者は南海電鉄グループの一員として,南海電鉄沿線での営業において,南海電鉄から有形無形の便宜を受けていたが,佐野第一交通になってからの債務者が経営再建を果たすためには,上記便宜を実質的に享受し続けることが是非とも必要であり,債務者にとって,南海電鉄との良好な関係の維持は最重要の経営課題の一つであり,南海電鉄は債務者にとって最重要な顧客であるといってよいのである。したがって,佐野南海労組あるいは自交総連大阪地連の南海電鉄に対する街宣活動は,債務者の関係者によってなされている限りにおいて,債務者の営業上の立場を悪くする行為に他ならず,上記街宣活動の正当性には疑問があるといわざるを得ない。

(3)  債権者らの賃金額

(債権者らの主張)

ア 債務者の平成12年度営業報告書によれば,債権者らの所属する泉佐野営業所における同年度の1日1車当たりの営業収入は4万0105円であり,債務者が債権者らの労務提供を受領すれば,債権者らは1日当たり上記平均営業収入を上げることができる。そして,タクシー乗務員の1か月平均乗務日数は12.44日であるから,1か月当たりの平均営業収入は49万7302円となる。そして,佐野南海労組と債務者との間の平成9年9月25日付け労働協約によれば,タクシー乗務員の賃金は,月例賃金と成果配分(賞与)とを併せて月間営業収入の62.5%が支給されることになっているから,債権者らは債務者に対し,平成13年12月分については,同月28日限り,本件解雇後の乗務日数9日に対応する22万5590円の,また,平成14年1月以降,毎月28日限り,31万0813円の各賃金請求権を有している。

(債務者の主張)

使用者が行った解雇が無効と判断された場合に,民法536条2項に基づいて労働者が受けるべき賃金をどのように算定し,確定するのかについて,法律に特別の定めがあるわけではない。

この場合,通常は「平均賃金方式」によることが確定した判例として定着してきたことは周知のとおりである。そして,その場合の平均賃金は,解雇前3か月間の平均賃金を基礎として計算すべきとするのが確定した判例である(もっとも,判例の中には,解雇前3か月とは異なる基準(6か月間とか1年間)を設定した判例もみられなくはない。)。したがって,仮に本件解雇が無効であり,債権者らが賃金請求権を失わないとしても,その賃金額は,別紙「債権者堀川の月別賃金一覧表」及び「債権者脇田の月別賃金一覧表」に記載したとおり,解雇前3か月間の平均賃金とした場合には,債権者堀川につき月額2万4163円,債権者脇田につき4578円となり,仮に解雇前1年間の平均賃金としたとしても,債権者堀川につき月額8万3752円,債権者脇田につき月額7万7965円となる。

(4)  保全の必要性

(債権者らの主張)

ア 地位保全について

債権者らは,佐野南海労組の執行委員長,副執行委員長として同組合の団結の中心であるところ,債務者は,債権者らの職場内への立ち入りと,債権者らの団体交渉への出席を拒否することを明言し,現に実行しているところであり,債務者の不当労働行為に対抗するため,早急に組合の団結の中心である債権者らの従業員たる地位を保全し,債権者らの職場内への立ち入りと団体交渉の権利を実現しなければ,債務者の不当労働行為を中止させることはできず,債権者ら及び佐野南海労組が回復し難い損害を被ることになりかねない。

イ 賃金仮払いについて

債権者らは,債務者から支払われる賃金を唯一の生活の糧とする労働者であるが,これまで,債務者の不当労働行為の嵐の中,組合の団結維持のため,「組合離職」をとって組合業務に従事せざるを得なかった。この間,債権者らは,佐野南海労組の組合規程に基づく給与補償によって生活を維持してきたが,もはや限界に来ている。

また,債権者堀川は,妻,長男(公務員,30歳)及び二男(高校2年生,17歳)の4人暮らしであり,長女は結婚して独立しているが,妻は無職であり,長男も車のローン等を抱えており,もっぱら債権者堀川の収入でもって生計を維持している状況にある。したがって,早急に賃金の仮払いが認められなければ,同人の生活に著しい困窮を来たすことは必至である。

また,債権者脇田は,妻(公務員,保育士),長女(23歳,パート),二女(20歳,店員)及び長男(19歳,大学生)の5人暮らしであるが,長女及び二女から家計への援助はなく,債権者脇田及び妻の収入で生計を維持している状況にある。したがって,早急に賃金の仮払いが認められなければ,同人の生活に著しい困窮を来たすことは必至である。

(債務者の主張)

賃金請求権を被保全権利とする賃金仮払仮処分は,仮の地位を定める仮処分の一種であり,いわゆる満足的仮処分であるから,民事保全法23条2項で規定するとおり,保全の必要性については,一般の仮処分のそれと比べて厳格であることを要するのはいうまでもない。

そして,賃金仮払仮処分は,解雇直前の時期の平均賃金満額が支給された場合の債権者側の生活水準,生活様式を保障するものでもなければ,他の従業員と全く同等の生活水準,生活様式を保障するものでもないから,仮払いされるべき賃金額も,債権者側が従前支給を受けてきた賃金額ではなく,仮処分の必要性の存する限度の額,すなわち,債権者側及びその家族が置かれている経済的困窮状態を脱するのに緊急に必要な限度に留まらなければならない。また,保全の必要性が認められる賃金額については,原則として,各都道府県における標準生活費が基準とされるべきであり,標準生活費を上回る賃金の支給を受けていた債権者側が賃金全額の仮払いを求める場合には,債権者側において積極的にその必要性を疎明する必要がある。本件の場合,大阪市内における平成13年4月時点の標準生活費は,債権者堀川と同じ世帯人員4人の場合は月額23万9580円,債権者脇田と同じ世帯人員5人の場合は月額26万8270円となり,債権者らの求める賃金額の方が上回っているから,債権者らは,上記標準生活費を上回る部分について,その必要性を積極的に主張し,疎明すべきである。また,保全の必要性の判断においては,債権者側が預貯金等の自己資金を有しているか否か,債権者側の家族全体の資力を考慮する必要がある。

第3当裁判所の判断

1  本件解雇の解雇事由の存否(争点(1))について

(1)  審尋の全趣旨によれば,債権者らが平成13年4月16日以降,別紙「堀川卓夫の離職(欠勤)状況一覧表」及び「脇田寛三の離職(欠勤)状況一覧表」に記載されたとおり,債務者が指定した乗務日にタクシー乗務をしなかったことが一応認められる。

(2)  この点,債権者らは,上記乗務日に乗務しなかったことについて,本件労働協約31条に基づき,別紙「債権者堀川卓夫組合活動離職届一覧表」及び「債権者脇田寛三組合活動離職届一覧表」に記載されたとおり,その都度,組合活動離職届を提出し,債務者の管理職の承認を得た上で離職していた旨主張し,同各表の書証番号欄記載の疎明資料を提出している。

(証拠略)によれば,佐野南海労組と(佐野南海交通時代の)債務者との間に本件労働協約が締結されていることが一応認められる。

ところで,使用者と労働契約を締結した労働者は,その勤務時間中は当該労働契約の内容に従った労務を提供する義務を負っているから,労働者の組合活動は,原則として勤務時間外に行うべきであって,勤務時間中に組合活動を行うことは,労働者の労務提供義務に違反するものといわなければならない。しかしながら,他方で,労働者は憲法28条に基づく労働基本権が保障されていることに鑑みると,およそ勤務時間中にいかなる組合活動を(ママ)行えないというものではなく,使用者の承諾がある場合や就業規則,労働協約に定めのある場合,慣行上認められている場合には,勤務時間中の組合活動は許されると解され,また,これらの事由に該当しないとしても,組合活動上不可欠あるいは緊急性がある場合には,勤務時間中の組合活動であっても,正当として是認される場合がありうると解するのが相当である。

本件労働協約は,30条において,勤務時間内の組合活動を原則的に禁止する旨定める一方,31条において,勤務時間中に組合活動を行うことが「止むを得」ない場合には,事前に会社にその旨の届出をした上で,会社の承認を受けることを要する旨定めて,この手続を履践している限りにおいて,組合員の労務提供義務を免除することとしている。このように,本件労働協約31条は,<1>勤務時間中に組合活動を行うことがやむを得ないものであることと,<2>会社に事前に届け出た上で会社の承認を得るという2つの要件を充足することを求めているのであるから,本件において,債権者らが本件労働協約31条に基づく手続を履践したといえるためには,債権者ら側において,上記<1><2>の各要件を充足していることを主張立証する責任があるといわなければならない。もっとも,上記<2>の要件について,離職を承認するかどうかは会社である債務者の判断に委ねられており,債務者が恣意的に承認するか否かを判断するおそれがあることは否定できないことからすると,債権者らを含む佐野南海労組の組合員側において,上記<1>の要件を充足していることを明らかにした上で,事前にその旨を届け出て債務者の承認を求めたにもかかわらず,債務者がさしたる合理的な理由もなく組合員側の届出を承認しないような場合には,組合員が債務者の承認なくして勤務時間中に組合活動を行ったとしても,労務提供義務違反の責めを負わないと解するのが相当である。

本件では,別紙「債権者堀川卓夫組合活動離職届一覧表」及び「債権者脇田寛三組合活動離職届一覧表」の書証番号欄に記載された疎明資料によれば,債権者らは,平成13年4月16日以降,同各表の提出日欄記載の年月日に,同各表の会議内容(理由)欄記載の理由及び離職日欄記載の年月日に離職する旨の記載された組合活動離職届を泉佐野営業所に提出し,これらの書面には同各表の承認印欄記載の泉佐野営業所の沖見所長ら管理者の押印又は自署が存することが一応認められる。

そこで,本件において,<1>上記各表の承認印欄記載の者の押印又は自署をもって,債権者らが同各表の離職日欄記載の年月日に離職することを債務者が承認したといえるのかどうか,<2>仮に債務者が承認していないとされた場合,債権者らが当該離職日に離職したことについて,労務提供義務違反の責めを負うのかどうかについて検討する。

(3)  まず,債務者の承認の有無について判断する。

ア 疎明資料(<証拠略>)及び審尋の全趣旨によれば,次の事実が一応認められる。

(ア) 佐野南海交通時代の債務者では,本件労働協約31条に基づく離職(組合休暇)手続について,佐野南海労組の組合員が離職しようとする日の前に,その都度その旨を各営業所の管理職に口頭で申し出て離職の承認を得,後日,佐野南海労組の書記長ら役員が,組合員名,離職理由,離職日と時間を記載した組合活動離職届を,1か月毎にまとめて債務者に提出していた。そして,佐野南海労組では,組合員が本件労働協約31条に基づいて離職した場合,同組合が給与補償を行う旨の内規を定めていたが,その実際は,佐野南海労組が組合員に対して行う給与補償分相当額を,債務者が一旦「組合特休手当」の名目で組合員らに支給(立替払い)し,後日,債務者がチェックオフする組合費等の中からまとめて清算するという方法を採っていた。

(イ) 佐野南海交通から佐野第一交通に代わった当初,債権者らを含む佐野南海労組の組合員らが本件労働協約31条に基づいて離職する場合,従前と同様,離職後に組合活動離職届を泉佐野営業所の管理職に提出し,同書面に管理職が押印又は自署をしていた。しかし,平成13年4月13日以降,債権者らは,離職日の前日(遅くとも当日)までに組合活動離職届を提出し,管理職の押印又は自署を得るようになった。

(ウ) 債務者のあべ松課長は,平成13年7月13日,債務者の指定した乗務日に債権者堀川が乗務しないことについて,同人に就労するよう直接指導し,同人は同月15日から就労する旨返答した。しかし,債権者堀川は,同月15日及び同月18日,いずれも組合業務を理由にその各前日に組合活動離職届を提出して乗務しなかったことから,債務者は債権者らに対し,代表取締役名義の同月19日付け文書で,債権者堀川については同月22日から,債権者脇田については同月23日から就労するよう通告した。以後,債務者は,債権者堀川に対しては同月26日,同年8月8日,同月21日,同年9月11日及び同年10月10日付けの各文書で,また,債権者脇田に対しては同年7月26日,同年8月8日,同年9月11日及び同年10月10日付けの各文書で,それぞれ乗務日に乗務するよう旨通告警告した。

イ 以上の認定事実によれば,債権者らによる平成13年4月16日以降の組合活動離職届の提出とこれに対する泉佐野営業所の管理職による押印又は自署は,佐野南海交通時代からの取扱いが踏襲され,佐野第一交通になってからの債務者が従前の取扱いをことさら問題視するようなこともなかったことが窺われるが,その後,遅くとも債務者が文書で債権者らに対して就労命令を発するようになった同年7月19日以降からは,従前の取扱いを改め,債権者らが組合活動離職届を提出しても,これを承認しない意思を明確にするようになったということができる。そして,同日以降,債権者らから提出された組合活動離職届に対する泉佐野営業所の管理職の押印又は自署は,債権者らの離職を承認するというよりも,むしろ組合活動離職届を泉佐野営業所の管理職が受け取ったことを確認する趣旨で押印又は自署したとみられることからすると,同年7月18日までに組合活動離職届が提出され,泉佐野営業所の管理職の押印又は自署のある分については,本件労働協約31条に基づく債務者の承認があったといえるものの,同月19日以降の分については,債務者の承認があったと認めることはできないというべきである。

したがって,債権者らは,同年7月18日までに組合活動離職届を提出した分について,労務提供義務違反の責めを負うものではなく,この部分に関する債務者の本件解雇は理由はないというべきである。

(4)  そこで,さらに進んで,平成13年7月19日以降に債権者らが組合活動離職届を提出した分について,労務提供義務違反の責めを負うのかどうかについて判断する。

ア 前記争いのない事実に加え,疎明資料(<証拠略>)及び審尋の全趣旨によれば,次の事実が一応認められる。

(ア) 佐野南海交通時代の親会社である南海電鉄は,債務者の業績低迷による債務超過に加え,規制緩和による競争激化に耐える余力がないとの判断から,平成13年3月30日,債務者を含む系列タクシー会社7社の全株式を第一交通に譲渡し,第一交通は,債務者の経営再建のため,第一交通本社から役員を派遣して経営再建に当たることとした。そして,債務者は,タクシー乗務員の賃金水準を業界水準並みに引き下げようと考え,同年4月13日以降,佐野南海労組に対し,新たな賃金体系案を提示して賃金引き下げの理解と協力を求めた。これに対し,佐野南海労組は,佐野南海交通時代に締結された労働協約が存することなどを理由に債務者の上記提案に反対する姿勢を明確にし,債務者が新たに作成した就業規則についても,その内容に反対する旨表明した。その後,債務者と佐野南海労組との間で新賃金体系案の導入をめぐって交渉が行われたが平行線をたどり,債務者は,同年5月分以降の給与を新賃金体系案に基づいて支給した。佐野南海労組は債務者の上記態度に抗議し,同年6月4日,同組合員のうち38名が当庁に対し,賃金仮払仮処分を申し立て(平成13年(ヨ)第55号事件),同年7月2日,その申立てを全面的に認容する仮処分決定がなされた。

しかし,債務者は,同年6月分についても,新賃金体系案に基づいて給与を支給し,同年7月4日,佐野南海労組に対し,佐野南海交通時代に締結されていた賃金に関する労働協約を破棄する旨通告した。佐野南海労組は,債務者の上記対応を(ママ)抗議し,同年7月17日,組合員のうち53名が当庁に対し,賃金仮払仮処分を申し立て(平成13年(ヨ)第67号事件),同年8月7日,これを全面的に認容する仮処分決定がなされた。

他方,債務者から,同年7月4日付けで上記第一次仮処分決定に対する保全異議の申し立てがなされ(平成13年(モ)第338号事件),また,起訴命令があったので,同年8月1日,組合員のうち29名は当庁に対し,平成13年5月分の未払賃料の支払いを求める本案訴訟を提起した(平成13年(ワ)第506号事件)。そして,本件解雇当時,同月分から同年10月分までの未払賃料(労働協約に基づく賃金額と新賃金体系案に基づく賃金額との差額)について,債務者がその支払に応じる方向で和解が検討され,同年12月13日,同年5月分から同年10月分までの未払賃料について裁判上の和解が成立した。

(イ) 佐野南海交通時代の債務者には,佐野南海労組以外に労働組合は存在しなかった。ところが,佐野第一交通になって以降,債務者は,同社の経営再建に協力することを目的に「交友会」なる団体を組織し,佐野南海労組の組合員であるタクシー乗務員や内勤職員らに対し,交友会への加入と佐野南海労組からの脱退を働きかけ,これに応じた者に対しは(ママ)再建協力金の名目で15万円を支払うなどの行為に及んだ。これに対し,上記内勤職員や佐野南海労組は債務者や第一交通に対し,平成13年5月16日付け内容証明郵便等で上記行為に抗議してその中止等を申し入れるなどしたが,組合員の脱退,交友会への加入が相次ぎ,当初約170名いた組合員数は,本件解雇当時には70数名にまで減少した。

(ウ) 佐野南海交通時代の債務者では,債務(ママ)者との間の労働協約に基づき,債務者が中小企業退職金共済事業団との間で退職金共済契約を締結して掛金を負担し,組合員らに対して退職金を支給することとしていたほか,組合員の福利厚生を目的とした共済会制度を定め,債務者が共済会に対して補助金を出し,また,いわゆるチェックオフ協定を結んで組合費等のチェックオフが行われてきた。ところが,佐野第一交通になった債務者は,平成13年5月29日の佐野南海労組との団体交渉の席上,中小企業退職金共済,共済会制度の各廃止,チェックオフの中止を申し入れ,同年6月分以降,これらの取扱いを全て取り止めた。債権者らが中退金関係について調査したところ,同年5月20日ころ,債務者が「佐野南海交通株式会社代表取締役松島久義」名義で,佐野南海労組の組合員らが同年3月31日付けで事業主都合退職を理由に退職した旨の届出をし,同年4月分及び5月分の掛金が債務者に返還されていることが判明した。そこで,債権者ら佐野南海労組の幹部は,同年7月19日,大阪地方検察庁に対し,中小企業退職金共済法違反で債務者らを告発し,また,債務者らに対し,何度となく上記各問題について抗議し,早期に是正するよう申し入れた。

(エ) 佐野南海交通時代の債務者では,タクシー乗務員に対する出庫前点呼は,月に1回程度,時間にして5分ないし10分程度,交通安全,接客態度に対する注意,タクシーチケット契約を締結した顧客の紹介などが行われるものであった。ところが,佐野第一交通になって以降,債務者では毎日出庫前点呼が行われるようになり,平成13年6月以降,連日数十分にわたって,各職制が順次訓辞を述べる形で出庫前点呼が行われるようになった。そして,同年7月以降,これらの点呼時間が1時間近くにわたるようになり,同年8月ころからは,連日1時間を超えるようになった。これに対し,佐野南海労組は,債務者による長時間点呼の実態の把握と証拠化に努める一方,債務者に対し,上記点呼は長時間にわたるもので人権侵害かつ組合差別であるなどと抗議して,何度となくその中止を申し入れた。また,佐野南海労組は,同年8月6日,泉佐野市や大阪法務局岸和田支局に対して要請行動を取ったほか,同年7月11日,大阪府地方労働委員会に対し,債務者による長時間点呼は不当労働行為に当たるとして不当労働行為救済命令の申立てをし(平成13年(不)第50号事件),同年8月30日,同労働委員会に対し,10分を超える出庫前点呼の禁止を求める実行確保の措置を申し立てるとともに,同日,佐野南海労組の組合員14名が当庁に対し,長時間点呼の禁止を求める仮処分を申し立てた(平成13年(ヨ)第77号事件)。その後,債務者は,長時間にわたる出庫前点呼を行わないようになり,同年9月2日に開催された団体交渉において,債務者の取締役(前社長)である吉積久明と佐野南海労組ほか2労組との間の「議事録確認」と題する書面でもって,<1>会社及び組合は,対等な労使関係の確立が急務であることで意見の一致をみたこと,<2>会社は長時間点呼を行わないことと,争議の解決は話し合いで解決していくことが確認され,同書面への記名押印がなされた。

(オ) 佐野南海交通時代の債務者では,タクシー乗務員の採用に際し,応募者の希望勤務地を受け容れており,空きがない場合には一時的に他の勤務地に配属し,空きが生じた時点で乗務員の希望に添う配転が行われてきた。また,乗務員の希望に反する配転が行われることはなかった。しかし,佐野第一交通になった債務者は,平成13年8月11日付け辞令でもって,配転を希望していない佐野南海労組の組合員7名に対し,同月16日付けの配転命令を発した。これに対し,佐野南海労組は,上記配転に抗議して組合員7名全員の原職復帰を申し入れ,また,上記7名のうち4名は配転先での就労を拒否し,うち3名は,同年8月30日,当庁に対して配転命令効力停止の仮処分を申し立て(平成13年(ヨ)第78号事件),うち1名も,同年11月5日,当庁に対して配転命令効力停止の仮処分を申し立てた(平成13年(ヨ)第103号事件)。そして,上記配転問題について,債務者と佐野南海労組との間で,配転先で就労している3名を含めた組合員7名全員について,和解が検討されていた。

(カ) 佐野南海交通時代の債務者では,佐野南海労組との間で,就業規則や労働協約の定めとは異なる取扱い,例えば,組合員が有給休暇や振替休日の取得を希望するときは,当日の届出・申出が認められており,また,公休出勤の場合,当日の賃金仮払いが認められていたなどの取扱いがされてきた。しかし,佐野第一交通になって以降,債務者は,これら従前の取扱いを中止するようになり,佐野南海労組は債務者の対応を(ママ)抗議するとともに,債務者に対し,従来の労使慣行を遵守するよう申し入れていた。

(キ) 佐野南海労組は,債務者が佐野第一交通になって以降,新賃金体系案や賃金の一部カット,脱退勧奨,中退金や共済会制度の廃止やチェックオフの中止,長時間点呼,配転,労使慣行の遵守等といった問題について,債務者との間で数々の団体交渉を行ってきた。しかし,その多くは,双方の主張が平行線をたどるのみであり,労使紛争の解決には至らなかった。

(ク) 佐野南海労組は,債務者の債権者らに対する就労命令に対し,平成13年7月30日付け「就労命令通告書に対する労働組合の主張」と題する書面でもって,要旨,<1>債務者が赤字を理由に賃下げ,中退金の廃止・各種共済会の廃止を一方的に行い,佐野南海労組が賃金合理化に合意しないことに対してチェックオフの廃止を行い,組合員が脱退して交友会に加入しないことを理由に長時間点呼や嫌がらせなどを行っており,こうした中,佐野南海労組の役員として乗務することが困難であることは百も承知で行われた就労命令には,佐野南海労組として納得できるものではない,<2>平和的に真摯に話し合い,労使の課題に対し解決に向けた努力をしている中で組合離職を乱発しているのなら,就労命令は納得できるし,タクシー労働者としても乗務することが生業である以上,そのことを否定するものではない旨を主張した。

イ 以上の認定事実によれば,佐野南海交通が佐野第一交通になって以降,賃金の引き下げや福利厚生関係の廃止等,経費の削減によって経営再建を目指す債務者と,佐野南海交通時代における労働協約や労使慣行等の存在を背景に,債務者の申し入れ等に反対する佐野南海労組との間で紛争が生じ,債権者らは佐野南海労組の執行委員長,副執行委員長として,日常の組合業務とは別に,債務者や第一交通,南海電鉄に対する抗議行動,債務者との団体交渉,仮処分や不当労働行為救済等の申立て準備等のための組合業務を行わざるを得ず,債務者の指定する乗務日に乗務することが困難となっていたところ,平成13年7月以降,さらに長時間点呼や配転の問題が生じ,債権者らは,これまで以上に労使紛争の解決,正常化に向けた組合活動を行わざるを得ず,債務者の指定する乗務日に乗務することができなくなっていたとみることができる。

また,審尋の全趣旨によれば,債務者は,経営再建の観点から,当該乗務日に組合活動離職をした者がいる場合には,公休の者の中から乗務を(ママ)希望者を募り,できるだけ遊休車が出ないようにしており,離職者の離職時間が数時間にすぎない場合であっても,乗務すべき車がないとして,結果的にその後タクシー乗務に就くことはできず,債権者らとしては,乗務すべき日に組合活動を行う必要がある場合,たとえ数時間しか組合活動を行う必要がない場合であっても,結局,終日離職せざるを得なかったことが窺われる。

そして,以上の諸事情のほか,佐野南海労組は,債務者の債権者らに対する就労命令に対し,書面で就労できない理由を述べていることや,債務者の取締役(前社長)である吉積久明の大阪府地方労働委員会に対する審問調書(<証拠略>)において,同人は,債務者の債権者らに対する就労命令について,債権者らが「本当に組合活動で忙しいので,業務につくことができん。」ということを,弁明の機会を与えた時や話し合いの時に述べていた旨供述していることを総合考慮すると,債権者らが平成13年7月19日以降に組合活動離職届を提出した分について,いずれも本件労働協約31条のいう「止むを得」ない事由があったと認めるのが相当である。そして,本件では,債権者らの組合活動離職届の提出に対し,債務者がこれを承認しない合理的な理由を見い(ママ)出すことは困難といわなければならない。

なお,債権者らが同日以降に提出した組合活動離職届には,その理由欄に単に「組合業務」としか記載されていないもの(同年8月3日提出分。<証拠略>)が含まれており,本件労働協約31条に基づく手続の履践として考えた場合,上記記載は理由として不十分かつ不適切であったといわざるを得ない。しかしながら,すでに認定判断したように,本件で債権者らは,佐野南海労組の執行委員長,副執行委員長として,日常の組合活動を超えた組合活動を行わざるを得ない状況だったのであるから,組合活動離職届の理由欄の上記記載は,本件の結論を左右するものではないというべきである。

また,債権者らが同日以降に提出した組合活動離職届には,離職して半年近く経過してから提出されているもの(<証拠略>。なお,債権者らは,<証拠略>において,離職日の記載は,4月ではなく10月の誤りである旨述べているが,にわかに信用することができない。)が含まれているが,平成13年4月上旬当時は,第一交通が債務者を買収して間もないころであり,本件労働協約31条に基づく手続の履践について,従前の取扱いが踏襲されていたことからすると,(証拠略)の存在如何にかかわらず,債権者らが当該離職日に離職することを債務者は承認していたとみられるから,本件結論を左右するものではないというべきである。

ウ そうすると,本件で債権者らは,平成13年7月19日以降に提出した組合活動離職届の分について,労務提供義務違反の責めを負わないというべきである。

(5)  以上検討してきたとおり,債務者の債権者らに対する本件解雇は,いずれも解雇理由についての疎明を欠くといわざるを得ないから,不当労働行為の成否(争点(2))について判断するまでもなく,解雇権の濫用として無効というべきである。

2  債権者らの賃金額(争点(3))について

(1)  上記1のとおり,本件解雇は無効であるから,債権者らは,民法536条2項に基づき,本件解雇日の翌日である平成13年11月23日以降の賃金請求権を失わないというべきである。

ところで,本件のように,解雇期間中の賃金請求権が肯定される場合の賃金額は,当該労働者が解雇されなかったならば労働契約上確実に支給されたであろう賃金の合計額を指し,これら賃金額が労働者の出勤率,出来高,査定等によって異なって算定される場合には,最も蓋然性の高い基準(例えば,従業員の平均額,当該労働者の解雇前の実績)を用いて算定するのが相当である。

(2)  この点,債権者らは,債務者の平成12年度営業報告書(<証拠略>)を根拠に,タクシー乗務員の月額平均賃金31万0813円をもって,債権者らの賃金額とすべきである旨主張する。

しかしながら,債権者らの本件解雇前1年間の就労状況は,別紙「堀川卓夫過去の勤務状況」及び「脇田寛三過去の勤務状況」に記載されたとおりであり,債権者らは,佐野南海交通時代から乗務しない日が多く,佐野第一交通になった後も同様であること,また,債務者が従業員宛てに差し出した平成13年12月3日付け書面(<証拠略>)には,本件解雇について,「彼らがいかなる手段に及ぼうとも,又,8年~10年かかろうとも,会社としては,一歩も引くことなく対処していく所存です。」旨の記載があり,疎明資料(<証拠略>)及び審尋の全趣旨によれば,地方裁判所や地方労働委員会には,佐野南海労組やその上部団体である自交総連大阪地連等と債務者との間の損害賠償請求等の訴訟や賃金仮払,違法行為差止等の仮処分,不当労働行為救済申立てが係属していることが一応認められることを総合すると,債権者らや佐野南海労組等と債務者との間の労使紛争は長期化の様相を呈しており,債権者らは,佐野南海労組の執行委員長,副執行委員長として,今後も上記労使紛争の解決,労使関係の正常化に向けて,日常の組合活動を超えた組合活動を行わざるを得ないことが想定される。したがって,債権者らが今後,上記平均賃金と同額程度の収入を得る蓋然性は低いといわざるを得ない。

そして,以上検討してきたところのほか,審尋の全趣旨によれば,本件解雇前1年間の債権者らの賃金額は,別紙「債権者堀川の月別賃金一覧表」及び「債権者脇田の月別賃金一覧表」記載のとおりであることが一応認められることを総合考慮すると,債権者らの本件解雇前1年間の平均賃金,すなわち,債権者堀川につき月額8万3752円,債権者脇田につき月額7万7965円をもって,同人らの賃金額と認めるのが相当である。

債権者ら及び債務者は,同人らの賃金額の算定方法について,それぞれ独自の主張を展開するが,いずれも当裁判所の採用する限りではない。

3  保全の必要性(争点(4))について

(1)  債権者堀川について

疎明資料(<証拠略>)及び審尋の全趣旨によれば,債権者堀川は,妻,長男(高石市公務員,30歳)及び二男(私立高校3年生)の4人暮らしであり,妻は無職で収入がなく,長男は公務員として収入を得ているので,本件解雇後は家計の援助を受けているが,長男自身も組合活動を行っている関係や車のローンを抱えている関係で,大きな援助は期待できないこと,また,債権者堀川は,毎月5万9000円の住宅ローンを抱えていること,債権者堀川は,本件解雇後,いわゆる失業保険の仮給付を受けたほか,佐野南海労組から生活支援融資として毎月6万円を借り入れていることが一応認められる。

以上の事実によれば,債権者堀川は,失業保険の仮給付や佐野南海労組から金員を借り入れなければ,家族4人の生活を維持できないと推認され,同人の現在の生活の困窮性を回避するため,一応,賃金仮払いを命ずべき必要性があると認めるのが相当であり,その仮払額は月額8万3752円と認めるのが相当である。また,将来の事情変更の可能性,債務者が被る損害の程度,本案訴訟の予想審理期間等の諸事情を考慮すると,債務者に仮払いを命じる期間は,平成14年7月1日から平成15年6月30日までの1年間に限るのが相当であり,その余の部分(いわゆる過去分)については保全の必要性がないものと認める。また,従業員たる地位の保全については,賃金仮払いを命じることによって,現在の生活の困窮性を回避することができる以上,地位の保全まで認める必要性はないものと認める(債権者らは,地位保全の必要性について様々な主張をするが,いずれも民事保全法23条2項の要件を充たすものではなく,失当である。)。

(2)  債権者脇田について

疎明資料(<証拠略>)及び審尋の全趣旨によれば,債権者脇田は,妻(公務員,保育士),長女(パート,23歳),二女(店員,20歳)及び長男(大阪体育大学短期大学部,19歳)の5人暮らしであり,長女及び二女からの家計の援助はなく,債権者脇田及びその妻の収入で生計を維持していること,債権者脇田は,本件解雇後,いわゆる失業保険の仮給付を受けたほか,佐野南海労組から生活支援融資として毎月13万円を借り入れていることが一応認められる。

以上の事実によれば,債権者脇田は,失業保険の仮給付や佐野南海労組から金員を借り入れなければ,家族5人の生活を維持できないことが推認され,同人の現在の生活の困窮性を回避するため,一応,賃金仮払いを命ずべき必要性があると認めるのが相当であり,その仮払額は月額7万7965円と認めるのが相当である。また,将来の事情変更の可能性,債務者が被る損害の程度,本案訴訟の予想審理期間等の諸事情を考慮すると,債務者に仮払いを命じる期間は,平成14年7月1日から平成15年6月30日までの1年間に限るのが相当であり,その余の部分(いわゆる過去分)及び従業員たる地位の保全については,債権者堀川の場合と同様,保全の必要性がないと認める。

4  結語

以上によれば,債権者らの本件申立ては,主文第1項及び第2項の金員仮払いを求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないからいずれも却下し,申立費用の負担につき,民事保全法7条,民事訴訟法64条本文及び65条1項ただし書を適用して,主文のとおり決定する。

(裁判官 島岡大雄)

債権者堀川の月別賃金一覧表

<省略>

債権者脇田の月別賃金一覧表

<省略>

堀川卓夫の離職(欠勤)状況一覧表

(平成13年4月以降)

<省略>

脇田寛三の離職(欠勤)状況一覧表

(平成13年4月以降)

<省略>

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