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大阪地方裁判所岸和田支部 平成13年(ヨ)55号 決定 2001年7月02日

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別紙当事者目録記載のとおり

主文

1  債務者は、別紙請求債権目録記載の各債権者に対し、同目録の氏名欄に対応する差額賃金欄記載の各金員を仮に支払え。

2  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一事案の概要

本件は、債権者らの所属する組合と債務者との間で締結されている労働協約に関し、債務者が経営の合理化の一環として提案した新賃金案に基づいて債権者らの賃金及び賞与を支払ったことから、債権者らが労働協約に基づいて支給されるべき賃金等との差額の仮払を求めた事案である。

1  争いのない事実

(1)  当事者

債権者らは、債務者のタクシー乗務員であり、債務者及びサザンエアポート交通株式会社(以下「サザン」という)の従業員でもって組織する佐野南海労働組合(以下「組合」という)の組合員である。このうち、債権者田畑直敏、同新塘数隆、同根無正文、同家志廣数、同柏原硬一、同米原勝、同永井政信、同庄司政彦、同紀野嘉雄及び同奥野毅は、債務者からサザンへの出向を命じられ(在籍出向)、同社のタクシー乗務員として勤務している。

債務者は、昭和二三年八月一三日、「佐野南海交通株式会社」の商号で、自動車運送業等を目的に設立された会社であり、南海電気鉄道株式会社(以下「南海電鉄」という)が全株式を所有していた。債務者は、いわゆる南海グループの一員として、泉佐野市を中心とする泉州交通圏において、主としてタクシー事業を営んできた。

南海電鉄は、平成一三年三月三〇日付けで、債務者の全株式を第一交通産業株式会社に譲渡し、同日、債務者の商号は「佐野第一交通株式会社」に変更された。

(2)  債務者の従前の賃金体系

債権者らの労働条件のうち、賃金及び成果配分(賞与)は、平成九年九月に組合と債務者との間で締結された別紙一、二の一、二記載の各協定(以下、合わせて「本件協定」という)によって定められている。

別紙一記載の協定のうち、欠格控除については、組合と債務者との間の平成一〇年二月二一日付け協議により、<1>勤務の後半、日勤休暇の場合には早退扱いとしない、<2>勤務の前半での早退は翌日の取扱いは欠勤とする、<3>医師の診断書提出者は、欠勤控除はしないとすることが確認されている。

(3)  新しい賃金案の提案

(ア) 債務者は、平成一三年四月一三日、組合との団体交渉の席上において、「再建賃金表(AB型)」と題する新しい賃金体系を提案し、同月一六日から新賃金体系を採用することに了解していただきたい旨申し入れた。そして、同月一五日付け通告書でもって、今後も組合と引き続いて交渉を継続することを表明しつつも、同月一六日以降の乗務に対する賃金については、組合員に説明し、営業所に掲示している賃金計算方法によって計算した金額を仮に支払うことで対応するが、決して新賃金体系を採用したものではなく、あくまで計算方法としてこれによったものを仮払いとして支払う旨を通告した。

組合は、同月一六日付け書面でもって、債務者の上記通告に対して強く抗議するとともに、現行の賃金計算方法でもって賃金を支払うことを申し入れた。

(イ) 債務者は、同年五月九日、組合及び堺南海交通労働組合との合同団体交渉の席上において、新たに上記賃金体系を修正した別紙三のとおりの再建賃金表(AB型)(以下「新賃金案」という)を提案した。

(4)  平成一三年五月分の賃金等の支払

債務者は、同年五月二八日、債権者らの同月分の賃金について、別紙五月分差額賃金計算書の「支給分」欄の「手取合計」記載の賃金及び成果配分(賞与)を支給した。

(5)  差額賃金額

本件協定に基づいて計算した債権者らの同年五月分の賃金及び成果配分(賞与)は、別紙五月分差額賃金計算書の「月例分」欄及び「成果配分」欄の各「差引支給額」の記載のとおりであり、前記(4)の支払賃金との差額は、同計算書の「差額分」欄の「手取合計」記載のとおりである。

2  当事者の主張

(1)  被保全権利について

(債権者らの主張)

債権者らの労働条件(賃金等)は、本件協定によって定められており、組合が新賃金案に合意した事実はない。また、本件協定は、期間の定めのない労働協約であり、債務者が主張するような有効期間一年とする旨定めた事実はない。さらに、債務者において予告期間九〇日を置いた上で本件協定を解約する旨申し入れた事実もない。したがって、債務者が新賃金案に沿った就業規則を作成したとしても、本件協定に抵触するものであるから、何らの効力を有しない。

よって、債権者らは債務者に対し、別紙五月分差額賃金計算書の「差額分」欄の「手取合計」記載の各賃金請求権を有している。

(債務者の主張)

(ア) 本件協定の効力について

ア 債権者らが主張の根拠とする本件協定は、もともとは平成九年度においてのみ協定として効力を持つにすぎない。その後の債務者における賃金については、毎年、組合との間で春闘交渉がもたれ、結果的に平成九年度の協定と同内容のものが合意されたのであり、平成一三年度は未妥結の状態にある。つまり、本件協定は有効期間を一年間とするものであり、債務者が新賃金案を提案した当時、本件協定はその効力を失っていたのである。

仮に、本件協定が平成九年度のみのものではなかったとしても、平成九年九月から三年が経過した平成一二年九月をもってその効力を失ったというべきである。

イ 債務者において、今日まで営業収入の六二・五パーセントを賃金とすることがそのまま維持されてきたのは、毎年の春闘交渉において、様々な交渉の結果の妥協点としてそのように合意されてきたからであり、本件協定がそのままその後の年度の賃金についても効力を持ってきたわけではない。債務者としては、六二・五パーセントという高すぎる賃率について、その後大きく変化した経営環境の中では了解できない旨を毎年のように主張してきたし、また、組合においても単純に六二・五パーセントを賃金とするのではなく、有給休暇等について別途配慮すべきである旨の主張を毎年のように行い、労使交渉の結果、各年度において本件協定と同じ内容をもって一年限りのものとして妥結して今日まで来たのである。

しかしながら、本件協定が定める六二・五パーセントという高すぎる賃率は、今日の経営環境の中で会社の存続とは両立し得ないものである。平成一三年三月以降刷新された新経営陣は、平成一三年度の賃金について、本件協定の内容で漫然と合意することをせず、組合に対して債務者の危機的状況を端的に説明し、債務者存立再建のために必要であることを説いて、新賃金案を提案したのである。

(イ) 新しい就業規則の策定

ア 新就業規則の作成、届出

債務者は、平成一三年四月、従前の就業規則を改正して新しい就業規則(以下「新就業規則」という)を作成した。そして、同月一六日から新就業規則が適用あるべきものとして、組合執行委員長に対し、新就業規則を手交し、労働基準監督署に対して新就業規則を届け出るのに必要な意見書の提出を求め、同人は組合委員長として就業規則の改正に反対する旨の意見書を提出した。その後、債務者は、労働基準監督署に対して新就業規則を提出したが、同監督署は、組合が反対しているとの理由で新就業規則の届出の受理を拒否した。

しかしながら、労働基準監督署に就業規則を届け出るに当たって添付が要求される多数労働組合の意見書は反対意見でもよいとされているのであるから、同監督署の受理拒否によって新就業規則の効力の有無が左右されるものではない。

イ 新就業規則の合理性

新就業規則は、本件で問題となっている賃金についていえば、高度の合理性を有している。もっとも、ここでいう合理性とは、新就業規則そのものから導かれるのではなく、本件協定締結以来の六二・五パーセントという賃率の不合理性と表裏一体の関係であることが確認されなければならない。

まず、これまでの六二・五パーセントの賃率は、いわゆる法定福利を除いたものである。法定福利を含めた人件費という観点からいえば、本件協定の基準で支払った場合の売上げに占める人件費の割合はさらに高額な割合となる。これは、債務者の経営が成り立たなくなる数字であり、債務者の再建はおろか存立すら困難な賃率であり、不合理としかいいようがない。平成一三年六月二七日付け日本経済新聞の朝刊第一面において、全国銀行協会及び経団連が「三年以内の経常黒字化」「五年をめどに債務超過の解消」というのが「再建可能な企業」の条件であることを紹介する記事が掲載されていたが、債務者の状況では、本件協定の計算方法による賃金を支払っていたのでは、この再建可能な企業の基準に遠く及ばないことは明白である。

ところで、債務者のように深刻な経営危機を迎えた会社が、人件費をはじめとする固定経費の削減をしようとするとき、通常考えられるのは、いわゆる整理解雇の四要件を遵守した上で整理解雇を行うことである。我が国の実務においては、賃金の引き下げによる経営危機の回避よりも雇用そのものの整理の方が、一定の要件を踏んだ上でのことではあるが、合理的であるとされてきた。しかしながら、債務者を含めたハイヤー・タクシー会社の場合、固定経費削減のために人員を削減すれば、それがそのまま営業収入の減額につながり、整理解雇を行うことが経営再建の一助とはなりがたいという特殊事情が存するのである。なぜなら、ハイヤー・タクシー会社の賃金そのものが他の職種とは異なり、会社と労働者との間の利益の配分という性格を強く持っており、配分の対象である営業収入が少なくなるということは、いわゆる人員整理が債務者の場合には経営改善のためにはあまり意味がないからである。結局、固定経費の大きさが会社の経営を危機に晒し、間接的に従業員の生活の危機に晒しているとき、会社が合理化として唯一なし得る手段が賃率の引き下げであり、これ以外の手段によって危機に瀕した債務者の経営を立て直す手段はないのである。

このように、新就業規則は高度の合理性を有するものであるから、従前の就業規則から新就業規則への変更は有効というべきである。

(ウ) 平成一三年五月分の賃金支払の根拠

以上のとおり、新就業規則による従前の就業規則の変更は有効である。そこで、債務者は、新就業規則に基づき、債権者らの平成一三年五月分の賃金及び賞与を支払ったのである。もとより、債務者としては、組合員たる従業員の賃金について、本来、組合と協定を締結することが妥当であると考えており、現時点でもその考えに変わりはない。また、五月分の賃金支払について、これまでの主張において「仮払」であることをあえて述べたのは、債務者として組合との交渉による解決を希望しているからに他ならない。

(2)  保全の必要性について

(債権者らの主張)

本件は、他の一般の解雇事件のように被保全権利が必ずしも明確ではない事案とは異なり、審理経過から明らかなとおり、債務者も被保全権利については金額の点を含めてすべて争わないと認めてきた事件である。しかも、その内容は労働基準法に違反する明確な犯罪行為であり、本件協定が有効である以上、債務者はその支払を罰則をもって強制されるのである。

債権者らは、債務者から支払われる賃金を唯一の生活の糧にする労働者であり、長引く不況等の中で運賃収入の減少に伴い、債権者らの賃金自体が大幅に減少し、ぎりぎりの生活をしている。しかしながら、債権者らは、債務者の行為によってさらに相当の賃金を減らされることになり、このような状態は、債務者が新賃金案を撤回しない限り、今後も毎月続いていくものである。そうなると、債権者らの生活は、根底から破壊され、回復し難い損害を被ることになる。

よって、保全の必要性は高いというべきである。

(債務者の主張)

(ア) 本件のような金員の仮払を求める仮処分は、いわゆる満足的仮処分であり、本来、やむを得ない場合にのみ許されるべきものである。したがって、保全の必要性についても、一般の仮処分のそれと比べて厳格であることを要する。本件についていえば、本件仮処分が認容されると、債務者は仮払を強制される上、異議審又は控訴審で仮処分が取り消され、あるいは本案訴訟で債務者勝訴が確定した場合において、既に支払った仮払金の返還を債権者らから受けることは、実際上きわめて困難であり、債務者に与える影響や損害は極めて大きいものがある。

こうしたことから、賃金仮払仮処分の保全の必要性を認定するに当たっても、これを厳格に解し、高度のものが要求されるのが最近の裁判例の趨勢である。

(イ) 本件の保全の必要性について、具体的には債権者個人の家族構成、家族の収入、副収入等の生活状況や資産の状況、仮処分決定までの生活状況等の諸般の事情、さらには本案第一審判決までの予想審理期間をも鑑みて、個別的、客観的に判断しなければならない。

つまり、独身者や扶養家族のない者は、扶養すべき家族を有する労働者と比べて保全の必要性が限定され、経済的困窮状態を脱するのに緊急に必要な金額もより低額であるはずである。また、妻子があっても、妻が職を有し一定額の収入を得ている場合には、同様のことが指摘できる。多額の可処分資産を有している者についても然りである。

(ウ) 本件では、債権者上田宗男、吉岡敬三及び加茂源三は単身者であって、そもそも保全の必要性が限定されるべきである。

また、債権者水野祐三、中瀬古誠造、前田政隆、福田一人、山下清、新塘数隆、根無正文、家志廣数、西岡格、永井政信、紀野嘉雄、山下正文、明山清、山本英男、阪本秀夫、恩地良胤、池田晃及び船附正行は、妻が職を有し、相当程度の収入を得ており、そのうち、債権者山下清、恩地良胤及び船附正行に至っては、妻のみならず子や義母も職を有し、それぞれ相当程度の収入を得ているのである。したがって、これらの者について保全の必要性は存在しないといわざるを得ない。

また、債権者円句忠詩郎は二男が職を有し相当程度の収入を得ており、庭和田裕之は他に副収入を得ており、東野圭一は年金を得ており、奥野毅は妻の年金を得ており、米原勝、永井政信及び庭和田裕之は親や長兄より援助を受けており、保全の必要性は存在しない。

さらに、債権者水野祐三、東野圭一、板谷勝、山下清、北村三郎、新塘数隆、根無正文、柏原研一、永井政信、紀野嘉雄、山下正文、谷佳晃、明山清、菅田薫、杉浦三男、阪本秀夫、加茂源三及び松村信久は、いずれも持ち家があり、たとえローンが存在していたとしても、資産を有していることに変わりはないのであるから、保全の必要性の判断において考慮されるべきである(なお、債権者水野祐三、東野圭一、根無正文、永井政信、山下正文及び加茂源三については、ローンはない)。

以上によれば、多くの従業員は、新賃金案によって支給された賃金等により生計を維持しているのであるから、債権者らも新賃金案による賃金等の受給により生計を維持し得ることは明白である。

(エ) ところで、金員仮払仮処分において、その支払うべき金額の限度は、あくまで被保全権利の目的である差額分の支払の遅延により債権者らが既に置かれている経済的困窮状態を脱するのに緊急に必要な限度にとどまらなければならないのであり、幾多の裁判例においても指摘されているところである。したがって、仮払金額について、当然に賃金の全額に及ぶのではなく、生計を維持するに足りる必要最小限度の金額とし、過去分については既に生活ができているのであるからこれを認めないし、仮払期間についても一定期間に限定するなどの判断が裁判例で示されている。

本件において、債権者福田一人、家志廣数、柏原研一、谷佳晃、杉浦三男、奥野毅、円句忠詩郎及び松村信久が仮払を求めている差額分は、いずれもわずか一万円台にとどまっており、債権者らが主張するような「債権者らの生活が根底から破壊され、債権者らは回復し難い損害を被る」という代物ではないことは明らかである。

第二当裁判所の判断

1  被保全権利について

前記争いのない事実及び(書証略)によれば、本件協定はいずれも期間の定めのない労働協約であることが認められる。

債務者は、本件協定は、有効期間を一年間とする労働協約であり、新賃金案を提案した当時、本件協定はその効力を有していなかった旨主張する。

労働組合法一四条は、労働協約の成立要件について要式性を要求し、書証(略)は、上記要式性を具備した有効な労働協約であるから、債務者の主張が認められるためには、本件協定とは別に、債務者と組合との間で本件協定の有効期間を一年間と定めた旨の前記要式性を具備した書面を取り交わしていることが必要であると解される。しかしながら、債務者において、組合との間でかかる書面を取り交わしていることを窺わせる疎明資料を何ら提出していないし、本件記録を精査しても、かかる書面の存在は窺われない。したがって、債務者の上記主張は失当である。

債務者は、仮に、本件協定が有効期間の定めのない労働協約であるとしても、平成九年九月から三年を経過した平成一二年九月をもって期間満了により失効した旨主張する。しかしながら、労働組合法一五条の解釈上、有効期間の定めのある労働協約については、その期間は三年を超えることができず(同条一項)、三年を超える定めをした場合には有効期間を三年間とみなされる(同条二項)一方、有効期間の定めのない労働協約については、九〇日以上の予告期間を置いた上で当事者の一方から署名し又は記名押印した文書でもって解約することができる(同条三項、四項)にとどまるのであり、有効期間の定めのない労働協約について、一律にその期間を三年間とみなすことを定めたものではないことは明らかである。したがって、債務者の上記主張は、主張自体失当である。

そうすると、債務者から九〇日以上の予告期間を置いた上で署名又は記名押印のある文書でもって本件協定を解約する旨の申し入れがなされたことが窺われない本件においては、債務者らが平成一三年五月分の賃金及び賞与を支給した当時、本件協定はその効力を有していたものである。したがって、債務者が本件協定ではなく、新賃金案に基づいて平成一三年五月分の賃金及び賞与を支給したことは、労働基準法二四条一項本文の賃金全額払の原則に抵触するものであり、違法であることは明らかである。また、仮に、債務者が上記賃金及び賞与を新就業規則に基づいて支給したものであるとしても、債務者の主張によれば、新就業規則は新賃金案と同じ内容のものであるというのであるから、本件協定と抵触するものであり、同法九二条一項により無効であることは明らかである。

したがって、いわゆる就業規則の不利益変更の点について判断するまでもなく、債権者らは債務者に対し、別紙五月分差額賃金計算書の「差額分」欄の「手取合計」額欄記載の賃金及び賞与の各支払請求権を有しているというべきである。

2  保全の必要性について

本件では、上記のとおり、債権者らの賃金及び賞与支払請求権は、その疎明が十分である。また、書証(略)によれば、債権者らが差額賃金等の支払を受けられないことにより、生活が困窮し又は困窮するおそれのあることが一応疎明される。

債務者は、本件の保全の必要性について縷々主張する。

なるほど、本件仮払仮処分の申立てがいわゆる満足的仮処分であり、民事保全法二三条二項により、「債権者に著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに」仮処分命令を発することができる旨規定されていることは、債務者の指摘するとおりである。

ところで、本件では、債務者は、本件第一回審尋期日(平成一三年六月一四日)において、答弁書を提出して債権者らの被保全権利については争わない旨述べた上、債務者代理人弁護士において、債務者が債権者らに五月分の差額賃金を任意に支払うよう説得したい旨述べたものの、結局、功を奏さず、かえって、その後、準備書面において、これまでの労使交渉の過程では一切言及されていなかった就業規則の(不利益)変更の主張を持ち出し、差額分の賃金支払は新就業規則に基づくものであると新たに主張し、新就業規則の高度の合理性を主張疎明しようとする姿勢に転じたものである。

また、前記争いのない事実によれば、債務者の平成一三年四月一五日付け通告書の記載内容に照らし、債務者は、上記時点で、債務者と組合との間に本件協定が有効に存在しており、本来、これに基づいて賃金及び賞与を支給しなければならないことを十分認識していたというべきであるから、たとえ債務者が新賃金案について組合との間で交渉を継続しているからといって、これに基づいて債権者らに同年五月分の賃金及び賞与を支払うことは、故意に労働基準法二四条一項本文の賃金全額払いの原則に抵触する行為に及んだものであり、犯罪(同法一二〇条一号)を構成するものと評価せざるを得ない。

本件における債務者の態度は、労使交渉継続中の使用者の態度としては、いささか不誠実なものとの誹りを免れず、たとえ平成一三年三月三〇日をもって経営陣が刷新され、経営再建の必要性があるからといって、社会通念上是認できるものではない(本件協約の破棄等について、法令に基づいた手続を履践すべきである)。

以上述べてきたところによれば、本件では、債務者において保全の必要性がないことを理由に賃金の支払を拒むことは、信義則に反し許されないというべきである。

したがって、本件では、債権者全員について、保全の必要性を認めるのが相当である。

3  結語

以上によれば、債権者らの本件申立ては理由があるから、債権者らに担保を立てさせないでこれを認容することとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 島岡大雄)

当事者目録

債権者 水野裕三

(他三七名)

債権者ら代理人弁護士 小林保夫

(他九名)

債務者 佐野第一交通株式会社

債務者代表者代表取締役 吉積久明

債務者代理人弁護士 竹林節治

同 畑守人

同 中川克己

同 福島正

同 松下守男

同 竹林竜太郎

同 木村一成

別紙一、二(略)

請求債権目録

<省略>

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