大阪地方裁判所岸和田支部 平成14年(ヨ)38号 決定 2002年9月13日
当事者の表示
別紙1「当事者の表示」記載のとおり
主文
1 債務者は,
(1) 債権者Aに対し,平成14年9月から同年11月まで毎月末日限り4万9000円ずつ,及び同年12月末日限り3万6375円,
(2) 債権者Bに対し,平成14年9月から平成15年3月まで毎月末日限り2万円ずつ,及び同年4月末日限り1863円,
(3) 債権者Cに対し,平成14年9月末日限り5万7000円,及び同年10月末日限り9650円,
(4) 債権者Dに対し,平成14年9月から平成15年2月まで毎月末日限り2万5000円ずつ,及び同年3月末日限り1万1583円,
(5) 債権者Eに対し,平成14年9月から平成15年4月まで毎月末日限り1万8000円ずつ,及び同年5月末日限り1万6734円,
(6) 債権者Fに対し,平成14年9月から平成15年6月まで毎月末日限り2万円ずつ,及び同年7月末日限り669円
を仮に支払え。
2 その他の債権者らの申立をいずれも却下する。
理由
第1申立の趣旨
債務者は,債権者らに対し,別紙2「請求債権目録」の「合計」欄記載の各金員を仮に支払え。
第2事案の概要
本件は,タクシー会社である債務者が,新しい賃金体系を定めて賃金を支給したのに対し,債権者らが,従来の賃金体系による賃金支払請求権がある旨を主張して,その差額賃金の仮払いを求めている事案である。
1 前提事実
一件記録及び審尋の全趣旨によれば,一応以下の事実が容易に認められる。
(1) 当事者
債務者(以下「債務者会社」という。)は,自動車運送業等を目的とする株式会社であり,平成13年3月30日,経営陣が交代して,旧商号・佐野南海交通株式会社から現商号に商号変更した。
債権者らの大多数は,債務者会社の従業員(タクシー乗務員)であり,債務者会社及びサザンエアポート交通株式会社(以下「エアポート交通社」という。)の従業員で組織する佐野南海交通労働組合(以下「組合」という。)の組合員である。なお,債権者らのうち一部の者は,債務者会社からエアポート交通社に在籍出向している。また,債権者番号11のG及び同42のH,同31のI,同33のJ,同35のKは,既に債務者会社を退職している。
(2) 旧賃金体系
債務者会社と組合は,昭和59年3月8日,「労働協約」を締結し,その中で,会社は組合員の賃金をこの協約及び賃金規程並びに別に定める協定によって支払う旨,この協約の有効期間は2年間とするが会社又は組合から文書による改廃の意思表示がなければ更に1年間自動的に更新する旨などを定めた(以下「基本協約」という。)。
そして,債務者会社と組合は,平成9年9月,基本協約に基づき,月例賃金に関する「協定書」,成果配分(賞与)に関する「協定書」及び「覚書」を締結した。その概要は,月例賃金と賞与を合わせて各人の月間営業収入の62.5%を支給することを主たる内容とするものであった(以下「本件労働協約」ないし「旧賃金体系」という。)。
(3) 新賃金体系案
債務者会社は,平成13年5月,組合に対し,「再建賃金表(AB型)」を提案した。その概要は,各人の月間営業収入に応じて支給率を定め,それを40万円未満の場合は45%,50万円未満の場合は54%,60万円未満の場合は61%とすることなどを主たる内容とするものであった(以下「新賃金体系案」という。)。また,その頃,債務者会社は,新賃金体系案を内容とする新就業規則を定め,組合の意見書を添付して岸和田労働基準監督署に届け出た(以下「新就業規則」という。)。
債務者会社は,平成13年7月4日,組合に対し,本件労働協約を破棄する旨を文書で通告した。
(4) 賃金の支給状況等
債務者会社は,債権者らに対し,平成13年5月分から,新賃金体系案に基づく賃金を支給した。
これに対し,債権者らのうち一部の者が,旧賃金体系に基づく賃金との差額賃金の仮払いを求めて仮処分命令の申立(当庁当支部平成13年(ヨ)第55号事件,同第67号事件)をして認容された。また,本訴を提起(当庁当支部平成13年(ワ)第506号事件)し,その訴訟において,平成13年12月,債務者会社が同年5月分から同年10月分の賃金に関して上記差額相当の解決金を支払うことなどを内容とする和解が成立し,その金員が支払われた。
債務者会社は,債権者らに対し,平成13年11月分以降現在まで,新賃金体系案に基づく賃金を支給している。
2 債権者らの主張
(1) 被保全権利
ア 債権者らの賃金等の労働条件は,本件労働協約で定められている。
本件労働協約の「協定書」自体には,有効期間についての定めがないが,その基となった昭和59年の基本協約に有効期間2年の後は1年毎に自動更新される旨の条項が定められているのであるから,その付属協定(基本協約13条の「別に定める協定」)たる本件労働協約もまた,1年毎に自動更新されている。そして,平成13年3月7日の期間満了の60日前までに債務者会社からの文書による改廃の意思表示(基本協約57条)がなかったから,本件労働協約は更に1年間すなわち平成14年3月7日まで自動更新されている。
仮に,本件労働協約が解約されたとしても,旧賃金体系等の労働条件は,同協約の終了前に労働契約の内容となっているから,同協約の失効後も契約内容としてその効力が維持される。また,本件労働協約に反し無効であった新就業規則が,同協約の失効により有効となることはない。
イ 債権者らは,平成13年11月分から平成14年2月分までの賃金につき,旧賃金体系に基づく賃金支払請求権があるところ,債務者会社は,一方的に新賃金体系案に基づく賃金を支給するのみである。
賃金の未払額,すなわち,本来支給されるべき旧賃金体系に基づく賃金(手取り)と,実際に支給された賃金(手取り)との差額賃金は,別紙2「請求債権目録」記載のとおりである。
したがって,債権者らは,債務者会社に対し,平成13年11月分から平成14年2月分までの賃金につき,別紙2「請求債権目録」記載の各金員(未払賃金)の支払請求権がある。
(2) 保全の必要性
債権者らは,賃金を唯一の生活の糧としているところ,長引く不況等による運賃収入の減少に伴い,債権者らの賃金自体が大幅に減少しており,ぎりぎりの生活をしている。にもかかわらず,その少ない賃金の一部が支払われていないのであり,このような事態は,新賃金体系案が撤回されない限り,今後も毎月続いて行く。そのような事態となれば,債権者らの生活は根底から破壊され,回復し難い損害を被ることになる。
3 債務者会社の主張
(1) 被保全権利について
ア 債権者番号10のL及び同15のMは,エアポート交通社の従業員であって,債務者会社の従業員ではないから,債務者会社に対する賃金支払請求権はない。
イ 旧賃金体系を定めた本件労働協約は,平成9年分のみのものであり,既に期間の終了により失効している。その後は,毎年,春闘交渉の結果として同一内容の合意がされてきただけである。
仮に,本件労働協約が期間の定めのないものであったとしても,債務者会社は,平成13年7月,組合に対し,文書でもって本件労働協約を破棄する旨を通告したのであるから,本件労働協約は,それから90日の経過によって解約され,失効した。なお,昭和59年の基本協約は,基本的原則を定めるのみであり,具体的な賃金の項目や計算方法等は,全て「別に定める協定」すなわち毎年度毎に春闘交渉を経て定める別協約に委ねているのであるから,基本協約における自動更新条項が本件労働協約にも及ぶことはない。
本件労働協約が失効した以上,債権者らと債務者会社との労働関係は,現に存在している新就業規則を補充規範として,これに依るべきこととなる。なお,債務者会社が,新賃金体系案を内容とする新就業規則を定めたのは,債務者会社が多額の損失を計上している状況下で,会社を破綻させずに再建するには,本件労働協約の定める62.5%という高すぎる賃率を変更して人件費を削減するしかなかったためであり,また,新賃金体系案でもタクシー業界の標準的な金額であるから,新賃金体系案への賃金に関する労働条件の不利益変更は,合理的なものである。
(2) 保全の必要性について
賃金仮払仮処分は,仮の地位を定める仮処分(民事保全法23条)の一種であり,争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためのものである。従って,過去の賃金については,現に生活できてきた以上,原則として仮払いの必要がないはずである。また,債権者の従前の生活水準や生活様式を保障するものではないから,仮払いされるべき賃金額も,従来支給されていた賃金額ではなく既に置かれている経済的困窮状態を脱するのに緊急に必要な限度に留まるのであり,標準生計費を基準とすべきである。そして,債権者及びその家族の生活の困窮を判断するには,貯金等の有無や家族の収入の有無も踏まえる必要がある。
債権者らが主張する差額賃金は,賃金のごく一部が減額されたものにすぎず,4か月分の合計額でも数万円から10万円台のものが大半であること,いずれも過去のものであり,現に受領した新賃金体系案に基づく賃金で生計を維持してきたこと,現に受領している賃金はタクシー運転手の標準的収入を上回ること,本人自身の手取賃金額に家族の収入を加えれば,標準生計費を超えるか下回ってもごく僅かな金額である者が大半であること,手取賃金額が著しく低い者の多くは欠勤も多く,通常の出勤をすれば容易に解消されること,実家の世話になっている者もいることなどの諸事情を債権者ら毎に個別に検討すれば,債権者らのいずれについても保全の必要性がない。
第3当裁判所の判断
1 被保全権利について
(1) 債権者番号10のL及び同15のMについて
一件記録によるも,同人らが債務者会社の従業員であることを認めるに足りる疎明資料はない。したがって,同人らに債務者会社に対する差額賃金の支払請求権があると認めることができない。
(2) その余の債権者らについて
ア 本件労働協約(平成9年9月の「協定書」)は,昭和59年3月の基本協約13条の「別に定める協約」であると解される。そして,基本協約は,基本協約自体の有効期間については,2年間とし以後は1年毎に自動更新する旨を定めている(同57条)が,「別に定める協約」の有効期間については特に定めを置いていないこと,基本協約は,労働条件等に関する基本原則を内容としており,比較的長期間に渡(ママ)って適用されることが予定されているからこそ自動更新条項が設けられていると解されるのに対し,「別に定める協約」は,具体的な内容であり,経営状況の変動や労使交渉等によって比較的短期間で変更されることがあり有べきことが予定され,それ故に基本協約とは「別に定める協約」として別個の書面で定められていると解されること,基本協約と本件労働協約を一体的なものとみた場合は,労働協約の一部解約という問題や,基本協約の効力は3月からなのに本件労働協約の効力は9月からという不合理が生じることなどに照らせば,基本協約は,「別に定める協約」の有効期間については,その別協約自体に委ねているものと解するのが相当である。
そうであるところ,本件労働協約は,有効期間についての定めを置いていないこと,平成9年9月以降,本件労働協約に定める労働関係と同内容の労働関係が継続してきたこと,それ以降,文書でもって新たな労働協約が締結されたことはないこと,本件労働協約が平成9年分限りのものとすると平成10年以降は基本協約13条の「別に定める協約」がないという不合理が生じることなどに照らせば,本件労働協約は,平成9年分限りのものではなく,期間の定めのないものと解するのが相当である。
そうすると,本件労働協約は,債務者会社が,平成13年7月4日に,組合に対して,文書により破棄する旨を通告したことにより,それから90日の経過をもって解約され,失効したものといえる(労働組合法15条)。
イ しかし,本件においては,なお,従前の本件労働協約の定めていた旧賃金体系等の労働関係が,暫定的に継続しているものと解すべきである。
なぜなら,労働協約の終了後も労働関係を継続していく労働契約当事者の合理的意思は,就業規則等の補充規範があればそれに従い,依るべき補充規範がない場合には,新たな労働協約が成立したり,新たな就業規則の制定による労働条件の合理的改定が行われたりするまでの間は,暫定的に従来の労働協約上の労働条件に従うことにあると解されるところ,本件においては,依るべき補充規範がないからである。
この点につき,債務者会社は,補充規範として新就業規則がある旨を主張しているが,もともと新就業規則は本件労働協約に反して無効だったのであり,本件労働協約が失効したからといって,その効力が当然に復活することにはならないから,上記主張は採用できない。そして,本件労働協約が平成13年10月に失効して以降,組合との交渉を尽くした上での意見聴取や労働基準監督署への届出等の正規の手続きを経て新たに就業規則が定められたことはない(本件労働協約の失効という状況の変化を踏まえて,債務者会社と組合との間で正式な交渉がされたということすら窺われない。)。
したがって,債務者会社と組合との間で新たな労働協約が締結されるか,新たな就業規則の制定により労働条件の合理的改定が行われるまでの間は,労働契約当事者の合理的意思として,従前の労働条件(旧賃金体系)が存続する。
ウ よって,債権者番号10のL及び同15のMを除くその余の債権者らは,債務者会社に対し,平成13年11月分から同14年2月分の賃金に関して,旧賃金体系に基づく賃金額と実際に支給された新賃金体系案に基づく賃金額との差額の支払請求権があると,一応認めることができる。
2 保全の必要性について
(1) 基本的観点
仮の地位を定める仮処分(民事保全法23条)の一種である賃金仮払仮処分は,権利関係に争いがあるため債権者が現在被っている著しい損害又は急迫の危険を本案判決の確定まで避けることを目的とするもの,すなわち,権利関係に争いがあることによって債権者及びその家族に生ずる生活の困窮を避けるために一時的暫定的に発せられるものである。
ア したがって,債務者会社の指摘するとおり,一般論としては,過去に賃金の一部未払いがあり,それが生活を困窮させる程度のものであったとしても,その後相応の収入を得て現に生活を維持できてきた場合は,通常は,その過去の未払賃金を仮払いする必要性はないといえる。なぜなら,この場合に仮払いをすることは,現在生じている或いは生じるおそれのある生活の困窮を本案判決まで避けるためのものではなく,権利関係に争いがあることによって過去に生じた生活の困窮を補填するためのものにほかならず,仮処分制度の目的とするところではないからである。
しかし,本件においては,その一般論は,直ちには妥当しない。債権者らの指摘するとおり,本来支払われるべき旧賃金体系に基づく賃金の一部が支払われていないという事態は,本件被保全権利としては平成13年11月から平成14年2月分の賃金についてではあるが,現実には,法的根拠のない新賃金体系案に基づく賃金支給という同様の事態が現在も続いており,今後も続いて行くと考えられるからである。すなわち,平成13年11月から平成14年2月分の賃金の一部未払いが生活を困窮させる程度のものであれば,かつ,同様の事態が現在も続いており今後も続いていくのであれば,現在も生活が困窮している或いは困窮するおそれがあるといえるのである。そして,この場合の仮払いは,その対象の法的性質が過去の賃金ではあっても,権利関係に争いがあることによって生じた現在の生活の困窮(過去の賃金一部未払い(争いのある権利関係)のためその当時生活が困窮し,同様の事態の継続のためその後も生活の困窮が継続している場合,それが相当期間内である限り,過去の生活の困窮がその後も継続している現在の生活の困窮に大きな影響を及ぼしていると考えられるから,過去の賃金一部未払いと現在の生活の困窮との間には相当因果関係があると認めることができる。)を避けるために必要なものといえるから,仮処分制度の目的にもかなうのである。
イ また,債務者会社の指摘するとおり,賃金仮払いは,債権者の従前の生活水準や生活様式を保障するものではないから,仮払いを要する賃金額も,従来支給されていた賃金の全額ではなく現に生じている具体的な生活の困窮を避けるのに必要な限度に留まるのであり,被保全権利である賃金請求権の範囲内で,債権者及びその家族が従前得ていた収入や貯蓄及び現在得ている収入の多寡,生活状況など諸般の事情を考慮して,債権者及びその家族の通常の生活を維持し得るに足りる金額とすべきである。そして,その金額を検討する際には,債権者において必要生活費についての特段の主張及び疎明をしない限り,各都道府県における標準生計費を重要な参考資料とするのが相当である。
(2) 全体的検討
上記観点から,まず,債権者ら全体についてみると,債権者らが本件の被保全権利として仮払いを求めている差額賃金は,平成13年11月分から平成14年2月分の差額賃金であり,いずれも過去分,それも半年から10か月程度も前のものである。そして,債権者及びその家族は,その後現在まで生活を維持してきている(債権者らの中には親類等から借入ないし援助を得ている者も相当数いるが,業者から高利の借入をして早急に返済しなければならないというような状況にある者は見当たらない。)し,債権者らは,現在まで,本件被保全権利について本案訴訟を提起していない。これらの事情は,債権者らが,過去に賃金の一部未払いがあったことにより,生活に一定の支障を被っているとしても,生活が困窮する程の状況にまでは陥っていないことを窺わせる。
しかし,前述のとおり,平成13年11月から平成14年2月分の賃金の一部未払いが生活を困窮させる程度のものであり,同様の事態が現在も続いており,今後も続いていくという状況があれば,生活の困窮を避けるため仮払いの必要があるといい得る。
そこで,債権者ら(債権者番号10のL及び同15のMを除く。)各人について,平成13年11月から平成14年2月分の賃金の一部未払いが生活を困窮させる程度のものであり,同様の事態が現在も続いており,今後も続いていくという状況があるか,以下において個別に検討する。
(3) 個別的検討
ア まず,債権者番号11,31,33,35,42の各債権者らは,既に債務者会社を退職しているから,仮に平成13年11月から平成14年2月分の賃金の一部未払いが生活を困窮させる程度のものであったとしても,同様の事態が現在も続いており今後も続いていくという状況にはない。そして,これらの債権者らの収入状況や生活状況等について,特段の主張も的確な疎明資料もない。
したがって,これらの債権者らについては,差額賃金の仮払いの必要性を認めることができない。
イ 次に,その他の債権者らについてみると,平成13年11月から平成14年2月の各債権者及びその家族の収入状況は,別紙3「債権者別手取給与額一覧表」記載のとおりである(なお,債務者会社の提出した資料(<証拠略>)と債権者らの提出した資料(<証拠略>)とには,世帯員数や家族の収入に食違いのある部分があるが,この点については債権者らに疎明責任があるところ,十分な疎明がされているとはいえないから,債務者会社の提出した資料に基づいて認定した。)。
(ア) 債権者番号2,3,4,9,14,17,19,21,24,26,28,32,38,40,41,46,47,49,50,52,54,57の各債権者については,平成13年11月分から平成14年2月分の実際に支給された賃金額の月平均額が,各世帯の標準生計費を超えているし,債権者番号5,8,16,20,22,25,27,34,36,37,43,44,53,55,56の各債権者については,平成13年11月分から平成14年2月分の実際に支給された賃金額の月平均額に家族の収入を加えれば,各世帯の標準生計費を超えている。
したがって,これらの債権者については,平成13年11月か(ママ)ら平成14年2月分の賃金の一部未払いが生活を困窮させる程度のものとはいえず,同様の事態が続いても生活が困窮するとは認められないから,差額賃金の仮払いの必要性を認めることができない。
(イ) 他方,債権者番号1,6,7,12,13,18,23,29,30,39,45,48,51の各債権者については,平成13年11月分から平成14年2月分の実際に支給された賃金額の月平均額に家族の収入を加えても,各世帯の標準生計費を下回っている。
そうすると,さらに進んで,同様の事態が現在も続いており,今後も続いていくという状況があるかを検討することになるところ,その際には,平成13年11月分から平成14年2月分という過去の限られた期間の賃金額の月平均額をみるよりも,その後も現に毎月支給されている新賃金体系案に基づく年間賃金額の月平均額をみるのが相当であり,また,多数日にわたる欠勤による賃金額の減少は,今後も続いていくとは限らない上,専ら債権者側の事情によるものとして保全の必要性を減殺する事由となると解されるものであるから,欠勤がない場合に得られる賃金額の月平均額をみるのが相当である。そこで,これらの債権者らについて,新賃金体系案により欠勤がない場合に得られる年間賃金額の月平均額をみると,別紙4「標準生計費からの不足額一覧表」の「(D+C)-A」欄記載のとおりとなる。
a 債権者番号1,7,23の各債権者については,年間月平均額に家族の収入を加えれば,各世帯の標準生計費を超えるし,また,債権者番号29,45,48,51の各債権者については,年間月平均額に家族の収入を加えても,各世帯の標準生計費を下回るものの,その程度は,数千円から1万円程度と僅かである。
したがって,これらの債権者については,生活が困窮するとまでは認められず,差額賃金の仮払いの必要性を認めることができない。
b 他方,債権者番号6,12,13,18,30,39の各債権者については,年間月平均額に家族の収入を加えても,各世帯の標準生計費を数万円程度も下回っており,債権者及びその家族の生活が困窮している或いは困窮するおそれがあるといえる。
したがって,これらの債権者については,平成13年11月分から平成14年2月分の差額賃金を仮払いする必要があると認められる。この場合,仮払いの必要性は,過去の生活費を補填するためではなく,あくまで現在生じている生活の困窮を本案判決まで避けるために必要があるという点にあるのであるから,上記の債権者らに対し,平成13年11月分から平成14年2月分の差額賃金の合計額を上限として,毎月,標準生計費との不足額程度の金員を仮に支払うという限度で,その必要性を肯定するのが相当である。(なお,債権者らの申立は,明示的には,差額賃金合計額の一時払いを求めるものであるが,黙示的には,それが容れられない場合には,その合計額を上限とする月払いを求める趣旨を含むものと解されるし,裁判所は,必ずしも申立の趣旨に拘束されず,申立の範囲内で仮処分命令申立の目的を達するため必要な処分をすることができる(民事保全法24条)。)
3 結語
以上のとおりであり,債権者番号6,12,13,18,30,39の各債権者の本件申立は,債務者会社に対し,別紙5「仮払い金員一覧表」記載のとおりの仮払いを求める限度で理由があるから,担保を立てさせないで仮処分命令を発令することとし,その他の債権者らの本件申立はいずれも理由がないから却下することとして,主文のとおり決定する。
(裁判官 田中俊行)
別紙1 当事者の表示
債権者 1~57(氏名略)
上記債権者ら代理人
弁護士 小林保夫
弁護士 横山精一
弁護士 藤木邦顕
弁護士 高橋徹
弁護士 中筋利朗
弁護士 西本徹
弁護士 山﨑国満
弁護士 岡本一治
弁護士 半田みどり
債務者 佐野第一交通株式会社
代表者代表取締役 甲野一郎
債務者訴訟代理人弁護士 竹林節治
同 畑守人
同 中川克己
同 福島正
同 竹林竜太郎
同 木村一成
同 松下守男
別紙2 請求債権目録
<省略>
別紙3 債権者別手取給与額一覧表(標準生計費に対する超過額)
<省略>
別紙4 標準生計費からの不足額一覧表
<省略>
別紙5 仮払い金員一覧表
<省略>