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大阪地方裁判所岸和田支部 平成20年(ワ)518号 判決 2010年1月15日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,1000万円及びこれに対する平成19年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告が,被告において原告名義の預金をa社に帰属するものとして差し押え,これを取り立てたことにより,原告は当該預金残高に相当する損失を受け,被告は法律上の原因なく同額の利得を受けた悪意の受益者であると主張して,被告に対し,不当利得に基づく返還請求として,利得金1億1178万3711円のうち1000万円及びこれに対する受益の日の翌日である平成19年7月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めたところ,被告において,上記預金は原告ではなくa社に帰属していた旨,原告の設立は法人格の濫用に該当し,原告は自らがa社と別人格であることを主張できない旨を主張し,上記差押えは適法であるとしてこれを争っている事案である。

1  前提となる事実関係

以下の事実は,当事者間に争いがないか,証拠<省略>によって容易に認めることができる。

(1)  原告及びその関連会社の概要等

ア 原告(証拠<省略>)

本店所在地

<省略>

目的

パチンコ店,ゲームセンター等の娯楽施設の運営,清掃,

保守管理の請負業,一般労働者派遣事業等

役員

取締役 B

設立年月日

平成14年3月29日

資本金

300万円

イ a社(証拠<省略>)

本店所在地

原告と同じ

目的

パチンコ店,ゲームセンター等の娯楽施設の運営,清掃,

保守管理の請負業,一般労働者派遣事業等

役員

代表取締役 B

取締役  C

取締役  D

監査役  E

設立年月日

平成7年3月8日

資本金

1000万円

なお,Cは,昭和○年○月にBと婚姻し,平成○年○月に離婚した者であるが,平成9年ころから平成19年5月までの間,a社の経理を担当していた(証拠<省略>)。

ウ b社(証拠<省略>)

本店所在地

原告と同じ

目的

遊技場の経営,労働者派遣事業等

役員

取締役 B

設立年月日

平成10年2月13日

資本金

300万円

(平成12年7月30日解散,同年10月1日清算結了)

エ c社(証拠<省略>)

本店所在地

原告と同じ

目的

パチンコ店,ゲームセンター等の娯楽施設の運営,清掃,

保守管理の請負業,労働者派遣事業法に基づく労働者派遣事業等

役員

取締役 B

設立年月日

平成12年4月25日

資本金

300万円

なお,c社は平成14年4月1日以降稼働していない(証拠<省略>)。

オ a社は,平成13年11月1日,一般労働者派遣事業の許可を受けたが,上記4社のうち一般労働者派遣事業の許可を受けているのはa社のみである(証拠<省略>)。

(2)  本件訴訟に至る経過等

ア 泉大津税務署及び岸和田税務署は,平成15年5月から,a社,c社及び原告に対する税務調査を実施したが(以下「本件税務調査」という。),更正処分等を下すには至らず,原告に対し,従業員の給与に係る源泉所得税につき納税告知処分をした。

イ 大阪国税局査察部は,平成18年2月,a社につき,消費税法及び地方消費税法違反の疑いがあるとして査察調査(以下「本件査察調査」という。)を実施し,平成19年2月,a社及びBを大阪地方検察庁に告発した。

ウ 大阪地方検察庁は,Bがa社の平成15年6月期から平成18年6月期までの消費税及び地方消費税合計1億0971万円9900円を免れたものとして,a社及びBを消費税法及び地方消費税法(編注「地方消費税法」は「地方税法」の誤りか)違反により起訴した(以下,a社及びBを被告人とする刑事事件を「別件刑事事件」という。証拠<省略>)。

エ 大阪国税局徴収職員は,平成19年2月13日,原告の平成15年度の源泉所得税及び法人税にかかる加算税及び延滞税並びに平成18年度の消費税及び地方消費税を徴収するため,d銀行の原告名義の普通預金口座を差し押さえた(証拠<省略>)。

オ 泉大津税務署長は,同年6月22日,[1]a社に対し,平成17年6月期及び平成18年6月期の法人税及び平成14年6月期から平成18年6月期までの消費税の各更正処分を行うとともに,c社及び原告を源泉徴収義務者として課された平成14年度から平成18年度の源泉所得税につき,a社が真正な源泉徴収義務者であるとして,源泉所得税の告知及び賦課決定処分(以下,上記更正処分と併せて「本件更正処分等」という。)を行い,[2]原告に対し,原告が納付した法人税,消費税及び源泉所得税のうち納付すべき税額を減少させる更正が可能な部分について減額の更正処分(以下「本件減額更正」という。)を行った。

原告は,本件減額更正により,過誤納金(以下「本件過誤納金」という。)の還付請求権を取得した。

カ 大阪国税局徴収職員は,平成19年6月22日,a社の本店所在地に赴き,Bから本件過誤納金の振込先を聴取した上,大阪国税局長は,同年7月5日,e銀行f支店の原告名義の普通預金口座(番号<省略>,以下「本件口座1」という。)に本件過誤納金及びこれに伴う還付加算金を振り込んだ。

大阪国税局徴収職員は,前同日,a社の平成19年度の源泉所得税,法人税,消費税及び地方消費税を徴収するため,本件各口座の各預金(以下「本件各預金」という。)を差し押さえ(以下「本件差押え」という。),同日,これを取り立てた。

なお,e銀行には,平成14年4月16日,本件口座1のほか,原告名義の普通預金口座(番号<省略>,以下「本件口座2」といい,本件口座1と併せて「本件各口座」という。)が開設されており(証拠<省略>),平成19年7月5日現在の本件各口座の残高は1億1178万3711円であった。

(3)  別件刑事事件の帰すう等

ア 大阪地方裁判所は,平成20年3月13日,別件刑事事件について,a社を罰金3000万円に,Bを懲役3年(執行猶予5年)に処する旨の有罪判決を言い渡した。

上記判決においては,罪となるべき事実として,人材派遣業を営むa社の代表取締役であるBが,a社の業務に関し消費税及び地方消費税を免れようと企て,事業実体のない原告を設立し,課税仕入れに該当しないa社の従業員に対する給与を原告への外注費であるかのように仮装し,課税仕入れにかかる消費税額を過大に計上するなどした事実が認定された(証拠<省略>)。

イ a社及びBは,上記判決を不服として控訴したが,大阪高等裁判所は,同年8月26日,控訴棄却の判決を言い渡した。

ウ a社及びBは上記判決を不服として上告したが,平成21年1月16日,同判決は上告棄却により確定した。

2  争点及び当事者双方の主張

(1)  本件各預金が原告に帰属していたか否か。

(原告の主張)

本件各預金は原告に帰属していた。

ア 原告は法人としての実体を有し,事業活動を行っている。

(ア) 原告は,Bが出資金300万円を出捐して設立された有限会社であり,その主な事業活動は,a社から請け負ったパチンコ店における店舗の運営,管理及び接客等の業務である。原告は,これらの業務を行うためにa社から営業及び顧客管理業務に従事させるための出向社員を受け入れ,従業員を募集して雇用した。原告は,これらの従業員の給与を支払い,従業員の雇用に必要な源泉所得税,労働保険の保険料,福利厚生費等を負担し,時間外労働に関する協定を締結している。また,従業員が交通事故に遭った際は休業損害証明書を発行している。

(イ) 原告は,出資金及び事業活動による収益等を原資とする独自の会社資産を有し,これらの財産は,主にBの指示の下に,Cら担当者が複数の銀行預金口座に預入れするなどして管理しており,同担当者らが会計事務を行って必要な税務申告及び納税を行っている。本件税務調査の際に原告に対する納税告知処分が行われていること,大阪国税局が平成19年2月に源泉所得税等の滞納により原告名義の預金を差押え,これ強制徴収していることも,原告が独自の事業活動を行い,会社資産を有していることを示している。

イ 本件各預金は原告に帰属していた。

(ア) 本件各預金は出資金及び原告の事業活動によって生じた収入によって出捐され,かつ,その口座の開設・管理もBの指示によって行われ,原告自身が管理していた。

(イ) 本件差押えが行われた際の本件各口座の残高の大半は,原告に還付されるべき本件過誤納金であり,還付金が振り込まれたことによって形成されたものであるから,その原資は,a社のものではなく原告自身の財産であり,これをa社に帰属するという被告の主張には論理矛盾がある。

(被告の主張)

本件各預金はa社に帰属しており,原告には帰属しない。

ア 原告には事業実体がない。

(ア) 原告には,事業を継続して営んでいくために必要な従業員はおらず,原告固有の事務所も存在せず,従業員はもとより,取引先の者においても,原告に事業実体があると認識していた者はおらず,事業実体はa社にあるとの認識であった。

(イ) a社と人材派遣先との間で交わされた業務請負契約書等を精査しても,原告を派遣元としたものはなく,すべてa社が派遣元とされている。また,原告は自社で電話を設置しておらず,事務所の所在地を同じくするa社が電話の使用契約を結び,料金も支払っていた。

(ウ) そもそも,a社は労働者派遣業者の許可を受けていたが,原告は労働者派遣業の許可を受けておらず,原告の従業員を派遣することは法律上認められていなかった。

(エ) 原告があたかも事業実体があるかのような外形を整えているのは,消費税を免れる仕組みを利用するために仮装されたか,あるいは,当該仕組みを利用する過程で派生したものであるから,原告の事業実体を裏付けるものではない。

イ 本件各預金はa社に帰属していた。

(ア) 本件各口座の名義人は原告であるとはいえ,本件各口座を開設し,その後,これを管理していたCは,a社の取締役であり経理事務担当者であり,同人に対するBの指示はa社の代表取締役としての指示である。原告にはおよそ活動実体がなく,その行為は原告の活動ではなくa社の行為というほかないから,本件各口座を開設し,その後,管理していたのはa社である。

(イ) 本件各口座を新規に開設した際の資金も,a社からの短期借入金となっており,a社と原告との関係にかんがみれば,本件各口座の開設原資の実体は,a社の出捐であった。

(2)  原告の設立が法人格の濫用に該当するか否か。

(被告の主張)

原告の設立は法人格の濫用に該当する。

ア a社は,a社の代表者であるBの指示を通じて,原告をその道具として用いていた(支配の要件)。

(ア) a社は,a社の代表者であるBの指示により,消費税を逃れる目的で原告を設立しており,両社の代表権ある役員も同一であって,同人以外に原告に関する事務手続に支配を及ぼしていた者はいない。

(イ) 原告は,独自に事業を遂行するための資格,物的要素,人的要素のいずれをも有しておらず,原告には事業実体がない。Bは,a社に雇用された派遣社員について,あたかも原告に雇用されており,a社から原告に対して人材派遣業務の外注が行われているかのような外形一切を整えている。

イ b社,c社及び原告は,その本店所在地及び代表権のある役員が同一である点で共通する上,これらの会社はほぼ2年前後の間隔で順次設立され,いずれも資本金を300万円とする有限会社である。これらの会社には事業実体がなく,その設立目的は,実体のない法人を次々と設立させることにより,新規事業者の2年間の免税期間を利用して,消費税の課税を免れることにあり,違法な目的である(目的の要件)。

(原告の主張)

ア いわゆる法人格否認の法理は,私人間の関係における取引の相手方を保護することを目的とする法理であり,公法上の関係である租税法律関係においてはその趣旨は全く妥当せず,国税徴収法の規定にも背馳する。

仮に租税法律関係において法人格否認の法理が適用されるとしても,民事執行法上は法人格否認の法理は適用されないとするのが通説判例であり,滞納処分としての差押えにおいても同じ要請が働くから,少なくとも滞納処分としての差押えについて法人格否認の法理が適用される余地はない。

イ 仮に,滞納処分に法人格否認の法理を適用する余地があるとしても,原告とa社が税務上別会社として取り扱われていること,本件差押え時の本件各口座の残高の大半はa社ではなく原告に還付すべきものとして還付された本件過誤納金であることから明らかであるように,一方では原告とa社を税務上別人格として扱い,他方では法人格否認によって同一人格とみなすのは極めて恣意的な取扱いであって許されない。

第3争点に対する判断

1  認定事実

前提となる事実,証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  原告,a社,b社及びc社の概要等

ア 原告,a社,b社及びc社は,その本店所在地及び代表権のある役員がBである点で共通している。

イ b社,c社及び原告は,2年前後の間隔で順次設立され,いずれも資本金を300万円とする有限会社であるが,いずれも一般労働者派遣事業の許可を受けていない。

また,b社は,平成12年4月25日にc社が設立された後,同年7月30日に解散しており,c社は,原告の設立後,平成14年4月1日以降稼働していない。

ウ 原告及びc社には独自の事務所も看板もなかった。また,原告は独自の電話加入権を有しておらず,事務所の所在地を同じくするa社の電話回線を使用していた(証拠<省略>)。

エ 原告,b社及びc社に独自の従業員はいなかった。なお,a社の従業員であったA,F,G,H及びIについては,同人らがa社からc社ないし原告に出向する旨の出向契約書及びa社とc社ないし原告との間の協定書が作成されているが,同人らがc社ないし原告に出向して稼働した事実はなく,これらの書面はいずれも本件税務調査の開始後,Bの指示により,日付を遡らせて作成されたものであった(証拠<省略>)。

(2)  派遣社員の雇用形態等(証拠<省略>)

ア a社は,人材派遣先との間において業務請負契約を締結し,パチンコ店等に派遣社員を派遣していたが,原告が人材派遣先との間で業務請負契約を締結した事実はない。

イ a社は,求人情報誌に求人広告を掲載して派遣社員を募集し,面接を行うなどして派遣社員を採用した。なお,求人情報誌にはa社の名前で求人広告が掲載されていたが,広告料の請求書の宛名は,Bの指示により,c社又は原告と記載されていた。

ウ a社と派遣社員との間では雇用契約書が作成され,派遣社員に対しては,a社作成の雇用通知書,就業規則,「勤務前の心構え」及び「就業の心得」と題する説明文書等が交付されていた。

エ 派遣社員に対する給与は,派遣社員が各自勤務時間等を記載した「a社出勤簿」と題する出勤簿やタイムカードを集計された後,a社システムと称するコンピューターシステムを用いて計算され,a社名義の預金口座から派遣社員に振り込まれていた。

オ 派遣社員に対しては,a社作成の給与明細書及び給与規定が送付されていた一方,源泉徴収票は原告名義で発行されていたが,源泉徴収票が原告名義で発行されていることについて多数の派遣社員から問い合わせを受けたため,源泉徴収票を交付する際,a社が原告に給与処理業務等を委託している旨の文書が併せて交付されていた。

(3)  a社の会計処理方法等(証拠<省略>)

ア Kは,g会計事務所において税理士として稼働している者であり,Jは,上記事務所の事務員であったが,平成8年8月ころからa社の税務申告等を担当していた。

イ Bは,平成10年2月にb社を設立した後,Jに対し,派遣先から支払われる請負代金をa社の預り金として計上し,これをb社に移動させてb社の売上として計上した上,これを再びb社からa社に対し手数料として移動させる方法で会計処理をするよう指示した。

なお,上記会計処理によれば,消費税法上,資本金1000万円未満で設立されたb社の売上については,設立後2年間の消費税の支払が免除されることとなる。

ウ Bは,平成12年4月にc社を設立した後,Jに対し,今後は派遣先から支払われる請負代金をa社の売上として計上し,a社からc社に対して人材派遣を外注して外注費を支払う方法で会計処理をするよう指示した。外注費の比率は,もっぱらBの指示により定められた。

なお,上記会計処理によれば,消費税法上,a社においては,外注費が消費税額の控除対象となる課税仕入れに該当し,本来支払うべき消費税の支払を免れることとなるとともに,資本金1000万円未満で設立されたc社においては,設立後2年間の消費税の支払が免除されることとなる。

また,a社とc社との間においては,平成12年4月25日付け業務請負契約書が作成されているが,同契約書は,平成15年に行われた本件税務調査の開始後,Bの指示により,日付を遡らせて作成したものであり,業務契約の範囲及び業務処理の基準は別紙によるとされているものの,その別紙に該当する書面は添付されていない。

エ Bは,平成14年3月に原告を設立した後,Jに対し,c社の場合と同様に,派遣先から支払われる請負代金をa社の売上として計上し,a社から原告に対して人材派遣を外注して外注費を支払う方法で会計処理をするよう指示した。外注費の比率は,もっぱらBの指示により定められ,変更されており,その比率が確定申告書の申告期限になってから変更されることもあった。

なお,上記会計処理によれば,消費税法上,a社においては,外注費が消費税の控除対象となる課税仕入れに該当し,本来支払うべき消費税の支払を免れることとなるとともに,資本金1000万円未満で設立された原告においては,設立後2年間の消費税の支払が免除されることとなる。

また,a社と原告との間においては,平成14年2月26日付け業務請負契約書が作成されているが,同契約書は,平成15年に行われた本件税務調査の開始後,Bの指示により,日付を遡らせて作成したものであり,業務契約の範囲及び業務処理の基準は別紙によるとされているものの,その別紙に該当する書面は添付されていない。

オ 平成9年ころからa社の経理を担当していたCは,派遣社員に対する給与を支払う際,Bの指示により,a社名義の預金口座から一旦派遣社員の給与相当額を出金して原告名義の預金口座に入金した後,再度,これをa社名義の別の預金口座に入金し,当該口座から給与を支払う作業を行っていた。原告のみならず,b社及びc社についても,派遣社員に対する給与の支払方法は同様であった。

また,Cは,派遣社員の所得に係る源泉所得税についても,a社名義の預金口座から源泉所得税相当額を原告名義の預金口座に入金し,当該口座からこれを支払っていた。

カ Bは,Jに対し,原告の消費税の免税期間が経過した後の平成17年2月期の確定申告書の作成に当たり,今後はa社から原告に対する人材派遣の外注を止めるよう指示したが,a社の支払うべき消費税が多額となることからその支払を拒み,同年8月ころには,従前どおり原告に対する外注を前提に確定申告書を作成するよう指示し,さらに,外注費を約4700万円増やすよう指示した。

キ Kは,平成18年2月に行われた本件査察調査の後,Jに対し,a社の同年6月期の確定申告書の作成に当たり,原告に対する人材派遣の外注を止めるよう指示したが,Bから,a社の支払うべき消費税が多額となることからその支払を拒まれたため,Jに対し,再び,従前どおり原告に対する外注を前提に確定申告書を作成するよう指示した。

2  争点(1)(本件各預金が原告に帰属していたか否か)について

(1)  上記認定事実によれば,原告は一般労働者派遣事業の許可を受けておらず,労働者派遣事業を遂行する資格がないこと,原告には独自の事務所や看板,電話加入権もなく,独自の従業員もいないこと,派遣社員を募集して採用し,派遣社員との間の雇用契約書等を作成して給与を支払っていたのはa社であったこと,派遣社員の源泉徴収票は原告名義で発行されていたものの,派遣社員に対しては,その雇用主がa社であることを前提とする文書が併せて交付されていたこと,a社と原告との間の業務請負契約書は,契約の主要な要素を定める別紙の添付がないのみならず,日付を遡らせて作成されたものであったこと,a社及び原告においては,派遣先から支払われる請負代金をa社の売上として計上し,a社から原告に対して外注費を支払う方法で会計処理が行われていたが,Bは,確定申告書の作成に当たり,外注費の計上を止めるよう指示したかと思えば,その後,これを覆して再びこれを計上するよう指示したり,計上すべき外注費を増額するよう指示するなど,もっぱら自らの一存によって外注費の金額等が定められ,変更されていたことなどが認められ,これらの事実を総合すると,原告に事業実体があったと認めるのは困難である。

原告は,法人としての実体を有し,事業活動を行っている旨主張するが,原告の主張する諸事情は,いずれも法人としての外形を整えるための行為とみるべきものであって,原告に対して納税告知処分等が行われたことも,その事業実体を裏付けるに足りるものではない。

(2)  もっとも,前提となる事実及び証拠<省略>によれば,本件各口座は,いずれも,平成14年4月16日にa社からの短期借入金1万円を入金して開設された普通預金であることが認められるところ,定期預金等の場合とは異なり,普通預金については,入金の都度,消費寄託契約が成立するものの,合算された残高全体につき1個の預金債権が成立するため,その帰属を決するに当たっては,預金開設時の事情のみならず,その後の事情をも考慮に容れてその帰属を決するのが相当であると解される。

これを本件各口座についてみると,証拠<省略>によれば,本件各口座においては,手数料や原告代表者に対する給与支払等の出入金が繰り返し行われていることが認められ,しかも,本件差押えがなされた時点における本件各口座の原資は,そのほとんどが大阪国税局長から原告に対して振り込まれた本件過誤納金及びこれに伴う還付加算金であって,これらがa社の預金として預け入れられたものとまでは認められないから,前説示のとおり,原告に事業実体があったと認めるのが困難であるとしても,後述の法人格否認の法理等によることなく,本件各預金が原告に帰属していたことを否定することはできない。

(3)  したがって,本件各預金は原告に帰属していたものというべきである。

3  争点(2)(原告の設立が法人格の濫用に該当するか否か)について

(1)  前提となる事実によれば,原告とa社は,いずれもBが代表権を有する会社組織であり,原告に事業実体があったと認めるのが困難であることは前説示のとおりである。

そして,上記認定事実によれば,b社,c社及び原告は,その本店所在地及び代表権のある役員が同一である点で共通していること,これらはほぼ2年前後の間隔で順次設立され,いずれも資本金を300万円とする有限会社であるが,一般労働者派遣事業の許可を受けていないこと,b社及びc社もまた,原告と同様に事業実体があったと認めるのは困難であること,a社とb社,c社又は原告における会計処理によれば,消費税法上,a社においては,本来支払うべき消費税の支払を免れることになるとともに,資本金1000万円未満で設立されたb社,c社及び原告においては,設立後2年間の消費税の支払が免除されることとなること,b社はc社の設立後に解散されており,c社は原告の設立後,稼働していないこと,Bは,原告の消費税の免税期間が経過した後の確定申告書の作成に当たり,外注費の計上を止めるよう指示したが,a社の支払うべき消費税が多額となることからその支払を拒み,再び外注費を計上するよう指示したり,計上すべき外注費を増額するよう指示して消費税の支払を免れようとする行動に及んでおり,その結果,本件刑事事件において有罪判決を受けるに至っていることなどが認められ,これらの事実を総合すると,原告は,a社の代表者であるBの支配の下に,a社の消費税の支払を免れる目的で設立されたものと認められる。

(2)  Bは,b社,c社及び原告の設立目的等に関し,上記認定に反する供述(証拠<省略>)をするが,Bの供述によっても,同人がなぜ本店所在地及び代表権のある役員を同一にする有限会社をほぼ2年前後の間隔で順次入れ替わりになるような形で設立しなければならなかった合理的理由は必ずしも明らかでなく,同人の供述は直ちに採用することができない。

(3)  また,原告は,いわゆる法人格否認の法理は,私人間の関係における取引の相手方を保護することを目的とする法理であり,公法上の関係である租税法律関係においてはその趣旨は全く妥当せず,国税徴収法の規定にも背馳する旨,滞納処分としての差押えについて法人格否認の法理が適用される余地はない旨を主張する。

しかしながら,法人格否認の法理は滞納処分としての差押えの効力を拡張するものではなく,その適用が租税法律主義や国税徴収法の規定に反すると解すべき理由はない。また,【判示事項1】法人格否認の法理は権利濫用又は信義則等に根拠を置くものであり,法人格の濫用により滞納処分としての差押えを免れることを許容するのは,公平な税負担の実現にもとる結果となり妥当でない。

なお,原告は,原告とa社が税務上別会社として取り扱われていること,本件差押え時の本件各口座の残高の大半が本件過誤納金であることから,一方では原告とa社を税務上別人格として扱い,他方では法人格否認によって同一人格とみなすのは極めて恣意的な取扱いであって許されないとも主張するが,これらはいずれも被告の主張を排斥するまでの事情とはいえないから,原告の上記主張はいずれも採用することができない。

(4)  したがって,【判示事項2】原告の設立は法人格の濫用に該当するから,原告は,被告に対し,信義則上,原告がa社と別異の法人格であることを主張することができない。

4  よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 平城恭子)

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