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大阪地方裁判所岸和田支部 平成21年(ワ)1300号 判決 2012年10月05日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告X2(以下「原告X2」という。)に対し、四三〇万円及びこれに対する平成二〇年八月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告株式会社X1(以下「原告会社」という。)に対し、三〇万円及びこれに対する同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告会社が保険会社である被告との間で原告X2を所有者とする自動車について車両保険契約を締結していたところ、原告X2が被告に対し、同車両が盗難に遭ったとして、上記車両の保険金四三〇万円及びこれに対する平成二〇年八月四日(上記盗難発覚の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告会社が、被告に対し、上記盗難のため同車両を使用できなかったことによる三〇日間分の保険金三〇万円及びこれに対する同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めている事案である。

一  前提となる事実(争いのない事実は証拠を掲記しない。)

(1)  原告会社は土木工事業(主に型枠解体)等を目的とする株式会社であり(甲七、三七)、原告X2は原告会社の代表取締役である。原告会社は、原告X2の夫であるA(以下「A」という。)が行っていた個人事業を平成一九年八月一四日に法人化したものである(甲七、三七、証人A)。

原告X2及びAは、平成二〇年八月二日当時、大阪府泉南市<以下省略>aマンションに居住していた。

被告は、損害保険業等を目的とする株式会社である。

(2)  原告会社は、被告との間に、平成一九年一二月一八日、原告X2名義の下記普通乗用自動車(以下「本件車両」という。)について、下記事業用総合自動車保険契約を締結した。

ア 本件車両

車名 トヨタセルシオ(平成一二年式)

登録番号 <省略>

車台番号 <省略>

イ 保険契約

証券番号 <省略>

契約者 原告会社

保険期間 平成一九年一二月一八日から平成二〇年一二月一八日まで

補償内容

車の補償 保険金額四三〇万円

レンタカー費用 保険金日額一万円

(3)  原告X2は、平成二〇年八月二日午後七時三〇分から同月三日午後四時四〇分頃までの間、大阪府泉南市<以下省略>aマンション駐車場(以下「本件駐車場」という。)八三番枠(以下「本件駐車場所」という。)に本件車両を駐車していたところ盗難被害(以下「本件盗難」という。)に遭ったとして、同月三日、大阪府泉南警察署に対し、盗難被害の届出をした。

(4)  原告会社は、被告に対し、本件盗難の告知と保険の支払を請求したが、被告は、本件事故に疑問があるとして、保険金の支払を拒絶した。

(5)  本件車両は、Aがb社ことBから購入したもので、その実質的な所有者はAであり、主としてAが原告会社の営業などに使用していた(甲三七、証人A)。

(5)  原告会社は、平成二〇年八月四日から同年九月三日までの間、レンタカーを利用したが、その代金は三〇万円であった(甲六の二、一二)。

二  争点

(1)  本件盗難の外形的事実の有無

具体的には、①本件車両が平成二〇年八月二日午後七時三〇分頃、本件駐車場所に置かれていたか否か、②原告X2及びA以外の者が本件車両を本件駐車場所から持ち去ったか否かである(なお、②における主体は「被保険者以外の者」であり(後述)、本件の被保険者は原告X2である(当事者間に特段争いはない。)が、前記前提となる事実記載のとおり、本件車両の実質的所有者はAであるから、上記要件を判断するに当たっては、Aを原告X2と同視して考えるのが相当である(この点についても、当事者間に特段争いはない。))。

(2)  本件車両の上記②の持ち去りが原告X2又はAの意思に基づくものであるか否か(なお、ここでの主体を「原告X2又はA」とする理由は、上記と同様である。)

三  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(本件盗難の外形的事実の有無)について

ア 原告らの主張

(ア) 本件盗難の外形的事実の存在

原告X2及びA(以下、原告X2とAを併せて「原告X2ら」という。)は、平成二〇年八月二日昼頃から、子供及び友人であるC(以下「C」という。)の家族と共に和歌山県海草郡紀美野町にある藤の森不動温泉(c旅館)に一泊二日の旅行(以下「本件旅行」という。)に出掛けた。その際、本件車両は、日頃から駐車している自宅マンション前面の本件駐車場八三番枠(本件駐車場所)に駐車したまま、Aが所有するトヨタハイエースを利用した。そして、平成二〇年八月二日午後七時三〇分頃、原告会社の従業員が本件駐車場所に本件車両が置かれているのを確認している。しかし、同月三日午後四時三〇分過ぎ頃、原告X2らが帰宅したところ、本件駐車場所に本件車両が置かれていないことに気付き、付近を捜したものの見付からなかったため、本件車両が盗難に遭ったものと判断し、泉南警察署に被害届を提出した。

以上のとおり、①本件車両は、平成二〇年八月二日午後七時三〇分頃本件駐車場所に置かれていたのであり、また、②原告X2らは同日から温泉旅行に行っており盗難現場にいることができない状況にあったものであるから、原告X2ら以外の者が本件車両を本件駐車場所から持ち去ったことは明らかである。

なお、②の点の立証の程度については、車両の盗難が通例所有者の知らない間に秘密裏に行われ、多くの場合は痕跡を残さないものであるから、当該事故の前後の状況や所有者、使用者の行動、とりわけ車両の管理使用状況に照らし外形的、客観的にみて第三者による持ち去りとみて矛盾のない状況が立証されれば盗難事故であることが事実上推認されるというべきであるところ、原告X2らの旅行中であったことは立証されており、また、日頃給油しているガソリンスタンドの従業員も本件車両が盗難にあったことを聞いていることなどからみて、上記立証は十分といえる。

(イ) 被告の主張に対する反論

a 窃取可能性について

イモビライザーシステム(以下「イモビライザー」という。)は完全に盗難被害を防止できる装置ではない。現在の車両窃盗は、本件のごとき高級車を対象として技術者集団が行われており、実際イモビライザーが装備されている自動車でも短時間で車を盗まれている。また、既に平成一七年一二月一日の時点からイモビライザーを破る手口が広まっており、被害の多い車両としてセルシオが上がっている。その後も装備の改善がなされても、イモビライザー付き車両の盗難は頻発しており、報道によればイモビライザーを破るための装置(イモビカッター)も見付かっている。そもそもイモビライザー等の盗難防止装置が装備されていれば盗まれることがないというのであれば、かかる車両に保険を付ける必要はないが、被告は盗難保険を締結している。

また、本件車両もピッキングは可能であって、その場合は、ホーンは鳴らない。ドアが開けばイモビカッター等を用いてエンジンを掛けられ、数分で盗むのは可能である。したがって、窓ガラスを破壊する必要はなく、現場にガラス破片が残されるとは限らない。そもそも、ガラス片について本件駐車場所の検証がされたものではなく、また、破壊されたとしてもガラス片が当然に残存するというわけでもない。

なお、本件駐車場は、国道二六号線から入る道幅が狭く、マンションの住民だけが利用しており、公道から見えにくい状況からすれば、むしろ盗みやすい場所といえる。

ところで、本件車両の鍵は購入時に二本交付されており、そのうちマスターキーは当時Aが使用し、スペアキーは自宅のパソコン台の下に鍵保管箱に入れて置いていたが、本件盗難後に被告の調査会社からの指示で確認したところ、スペアキーがなくなっていることに気付いた。なお、平成二〇年二月、留守中に、原告X2らの自宅マンションの窓ガラスが破られ、現金二〇万円が盗まれるという事件が発生しており、その際に上記スペアキーも一緒に盗まれた可能性があるが、原告X2らは通帳、印鑑などの大切なものについて確認しただけで、本件車両の鍵まで意識はしていなかった。

b 主観的事情について

(a) 過去の保険金請求歴等について

過去の保険事故においても、被告の調査会社が十分な調査をして本件金が支払われているのであって、その発生には何らの疑問も存在しない。原告会社は、その仕事の関係から多数の車両を保有しており、一台しか保有しない者より本件事故の発生が起こりやすく、保険事故の頻度は高いとはいえない。

また、自動車を家族名義で購入することは一般的に行われており、保険請求に際し、不審と言われる理由はない。

なお、原告側は、本件盗難事故発生後、警備会社と契約し、三台の防犯カメラを設置している。

(b) 車両価格について

本件車両の購入価格は五三三万円であるが、これは発進時のスピードを上げるマインズのコンピュータ(約八〇万円)、サンルーフ、革張りのシート、純正のナビゲーション兼テレビの各装備(以上三点で一〇〇万円以上)、アルミホイールの交換を行っている。したがって、その他諸経費、消費税を加えれば、何ら問題視されるような金額ではない。

そもそも、本件車両についての保険契約では、車両本体の補償として車両の保険金額を四三〇万円と算出し、被告の調査を経た上でその価格が設定されているのであり、原告会社はそれに応じた高額の保険料の支払を続けている。

(c) 本件旅行に本件車両を使用しなかった点

本件車両は、原告会社の取引顧客なども同乗させる商用の高級車として使用していたものである。トヨタハイエースは、商用車ではない高級ステーションワゴン(乗用車)であって、シートがフルフラットになるなどの点で家族旅行に最適の車である。したがって、本件旅行にハイエースを使用し、本件車両を使用しなかったのは何ら不自然なことではない。

イ 被告の主張

(ア) 本件車両を自走の方法により盗取することは不可能であること

本件車両には高性能のイモビライザーが装着されており、真正な鍵を使用することなく本件車両のエンジンを始動させることは著しく困難である。原告が指摘するイモビカッターは、警察がその存在を初めて確認したのが平成二二年二月というのであるから、本件盗難時にイモビカッターが流通し、使用されていたことは考え難い。

また、本件車両には、外部からの攻撃が物理的に不可能な部位に設置された著しく堅牢性の高いオートアラームが装着されており、窃取犯人が車内に侵入しようとすれば大音量でホーンが吹鳴することになる。本件駐車場は幹線道路である国道二六号線に接しており、また、一〇〇世帯ほどが居住するaマンションの目の前に位置することからすれば、大音量のホーンが鳴り続ける中でかかる作業を継続することはできない。

さらに、本件自動車には真正な鍵以外の物によって強制的に鍵を回そうとしてもキーシリンダーが空回りして開錠できないフリーホイールキーシリンダーが設置されているため、真正な鍵を所持しない第三者が車内に侵入するには窓ガラスを破壊するなどしなければならないが、本件駐車場所にはガラス片などは全く残されていなかった。

これらのことからすると、第三者が当該駐車場から本件自動車を持ち去ったとは到底考えられない。

なお、原告らは保管していた鍵のうちの一本が所在不明となっていると主張するが、仮に自宅に空き巣が入った窃盗犯人が本件車両の鍵を見付けたのであれば、鍵が交換されるなどの可能性が高い以上、すぐに本件車両を特定して盗取を完了させるはずであり、六か月間も窃取しない理由は皆無である。偽装盗難を試みる者にとって、事故申告後に当該自動車を移動、隠匿、転売等をするために所在不明の鍵が必要不可欠であって、鍵の一部が所在不明であるということは、盗難事故の発生を否定する有力な間接事実である。

(イ) レッカー車や車両積載車を用いることが物理的に不可能であること

本件車両は、駐車している状態で前輪がステアリングロックにより角度が固定され、後輪はシフトロック及びパーキングブレーキにより回転できない状態に固定されるため、本件車両を牽引すれば現場に顕著なタイヤを引き摺った痕跡が残されることになるが、本件駐車場所でそのような痕跡は確認されていない。

また、レッカー車又は車両積載車を使用するには、車両をジャッキアップした上で後輪の下にカードリー等の工具を装着する必要があるが、車輪が車止めに接着した状態でその工具を装着することはできず、その状態で駐車されていた本件車両にこれを装着することは不可能である。

(ウ) 主観的な事情がいずれも不合理であること

a Aは次のとおり、二年に一度の割合で、所有車両が経済的全損に陥る保険事故に遭遇しており、著しく不合理である。

(a) 平成一六年一〇月三〇日、大阪市生野区の路上において、A名義の日産プレジデントにつき車両盗難に遭った(保険契約者A、保険金額二九九万円)。

(b) 平成一八年一〇月三一日、本件駐車場において、原告X2の父D(以下「D」という。)名義のトヨタセンチュリーにつき悪戯被害にあった(保険契約者D、保険金額四〇〇万円)

(c) 平成二〇年八月二日、本件盗難

b 上記a(b)のセンチュリーの悪戯被害と本件盗難は、過重走行の自動車を市場価格よりも安価で購入し、高額な車両保険を付した上で全損事故が発生したという点で極めて類似しているが、そのような事故の発生自体が著しく不合理である上、かかる類似のケースが連続して発生することも著しく不合理である。しかも、両者は、実質的に使用するA名義ではなく、他の親族名義とされている点でも類似している。

c 上記aの三つの保険事故は、車両所有名義も保険契約者名義も異にしている。Aは、本件車両を原告X2名義にした理由を原告会社の経費で落とすためと説明するが、本件車両の購入時にはまだ原告会社は存在していない。Aが原告X2名義で本件車両を購入したことは、Aが本件車両を購入した時点から将来の保険事故及び保険金請求を想定し、過去に保険金を請求したことのない原告X2名義で本件自動車を購入したということを強く推認させる。

d 本件車両は、オークションにおいて代金一八九万五〇〇〇円で落札された上、マインズのコンピュータ(約八〇万円)とアルミホイールを付け、車両の全塗装をした上でガラスコーティングを施し、車両本件価格四八〇万円(消費税別)とされたものである。しかし、八〇万円もの費用(ただし、本件車両に適合する同コンピュータは二八万九八〇〇円である。)を出してまで走りにこだわる者が、一二万kmを超える走行距離の自動車を中古で買うとは考え難い。また、外装の状態に強い関心があるのに、わざわざ修復歴や小傷のある中古車を安価で購入した上で、高額な費用を掛けて全塗装を行う必要性も考え難い。

また、b社がオークションで本件車両を落札したのは平成一八年一二月二日であるが、本件車両がb社に届くまでには約一週間はかかり、そこから全塗装に五日間、ガラスコーティングに二日間かかる(証人B)以上、作業完了は同月一六日前後になる。しかし、本件車両の名義変更は同月一四日付けでなされ、残代金の領収書も同月一五日である。しかも、上記作業に関する領収書、注文書、取扱書、保証書等は提出されていないことからすれば、実際に上記作業が行われたとは考え難い。

e Aは、本件自動車の購入資金五三三万円を現金で払ったと説明しているが、通常五三三万円を現金で保管していること自体不合理であり、その原資を裏付ける通帳、会計帳簿等も一切存在しない。

f Aが当時行っていた個人事業の収支内訳書(甲二七の二)を見ても、現金で五三三万円も拠出できるほどの経済状態にあったとは考え難い。また、原告会社の第一期事業年度の確定申告書控(甲三〇の一)及び決算書(甲三〇の二)を見ても、原告らの経済状態が極めて良好であったとは到底いえず、高級乗用車を現金で購入するような裕福な状態にあったとは考えられない。

g 原告らは、本件旅行中にたまたま本件盗難が発生したというが、それ自体が偶然に過ぎる。しかも、原告X2らは、平成二〇年二月に長野県への旅行中にも自宅の空き巣被害に遭ったというのであるが、同年中に二回しか行っていない旅行の際、いずれも上記各被害に遭うことが偶然に過ぎることは明らかである。

h 本件旅行は三人の一泊旅行であり、行き先も温泉旅館であるから、持参する荷物はせいぜい三人分の着替え程度である。また、所要時間は片道一時間一五分程度であって、座席をフルフラットにする状況は想定し得ないから、車内空間がより快適な本件車両を使用するのが合理的である。しかも、Cは以前からAに対し、複数回わたって自分の車で行くと言っていた(証人A)のであるから、わざわざハイエースで旅行に出向いたこと自体著しく不合理である。

なお、被告は原告らに対し、再三にわたって、Cが自らの車を使用することに決まった時期と、連絡を受けた方法について釈明を求めてきたが、原告らは一向に明らかにしようとせず、平成二三年七月一五日付けで準備書面においてようやく、当日ハイエースでCの自宅に迎えに行ったところCが気を遣って別の車で行くと述べた旨回答した。しかし、Aは証人尋問において突然前記のような供述をするに至ったのであり、かかる原告X2らの行動自体が著しく不合理である。

(エ) 結論

以上のとおり、本件盗難の外形的事実のうち、本件車両が平成二〇年八月二日午後七時三〇分頃に本件駐車場所に置かれていたとの点については、証人Aの供述が存するのみであるが、その供述が何らの信用も値しないことは上記のとおりである。また、原告X2ら以外の者が本件車両を本件駐車場所から持ち去ったとの点については、上記のとおり、その客観的かつ物理的な可能性の面のみをもってしても、原告X2ら以外の者が当該現場から本件車両を移動させることは不可能である。

(2)  争点(2)(本件車両の持ち去りが原告X2らの意思に基づくものであるか否か)について

ア 被告の主張

前記(1)イで述べたような客観面及び主観面を合わせて考えれば、本件車両の持ち去りが原告X2らの意を受けたものによって発生したとしか考えられない。

イ 原告らの主張

原告X2らが第三者の意を受けた者をして本件車両を持ち去らせたような事実は何ら立証されていない。原告X2らがそのような犯罪行為の危険を冒してまで警察に盗難の被害届をすることは考え難い。この届出により警察は現場の検証や事情聴取などをしたが、原告X2らの供述に何ら矛盾も、第三者との共謀の事実も見付からなかったものである。また、被告の調査会社の調査員は、疑問点を見付けるため、多方面の関係者に対して相当深く突っ込んだ事情聴取をしているが、何らの疑問も出されていない。

第三当裁判所の判断

一  争点(1)(本件盗難の外形的事実の有無)について

(1)  被保険自動車の盗難という保険事故が発生したとして車両保険金の支払を請求する者は、盗難の外形的事実、すなわち、「被保険者の占有に係る被保険自動車が保険金請求者の主張する所在場所に置かれていたこと」及び「被保険者以外の者がその場所から被保険自動車を持ち去ったこと」を主張、立証する必要があるが、その場合、「外形的・客観的にみて第三者による持ち去りとみて矛盾のない状況」を立証するだけでは、盗難の外形的な事実を合理的な疑いを超える程度にまで立証したことにならず、上記各事実を積極的に立証する必要があるものと解される(最高裁平成一八年(受)第一〇二六号同一九年四月一七日第三小法廷判決・民集六一巻三号一〇二六頁、最高裁平成一七年(受)第一八四一号同一九年四月二三日第一小廷判決・裁判集民事二二四号一七一頁)。

(2)  上記「被保険者の占有に係る被保険自動車が保険金請求者の主張する所在場所に置かれていたこと」、すなわち、本件車両が平成二〇年八月二日午後七時三〇分頃、本件駐車場所に置かれていたことを基礎付ける証拠としては、平成一九年八月二日午後七時三〇分頃に原告会社の従業員(E)が本件駐車場所に本件車両が駐車してあるのを見たというAの供述(甲三七、証人A)があり、また、原告らは上記事実を推認する事実として、本件駐車場所が原告X2らの居住していたマンションの駐車場であり、本件車両は常時その場所に駐車していたこと、Aが同月三日午後四時四〇分頃本件駐車場所に本件車両がないことに気付いてすぐ泉南警察署に電話を掛け、原告X2が同日同署に被害届を提出していることなどを挙げている。しかし、本件車両を本件駐車場所に常時駐車していたとの事実や、原告X2が警察に被害届を提出したとの事実、さらには、日頃給油しているガソリンスタンドの従業員がAから本件車両の盗難の話を聞いたとの事実のみでは、本件車両が上記日時に本件駐車場所に置かれていたことが合理的に推認されるわけではないのであり、この事実が認められるためには、Aの上記供述部分に信用性が認められることが必要というべきである。

(3)  しかしながら、以下のとおり、Aの上記供述は信用することができない。

ア 上記日時に本件駐車場所に本件車両が置かれているのを見たという人物は、原告会社の従業員(当時)であったというのであり、同人と原告ら及びAとの関係からすれば、その者の供述を直ちに信用することはできないところ、そもそも同人の供述は本件の証拠として一切現れていない。

イ Aは、次のとおり、本件盗難より前に二回、事故が所有する車両が経済的全損に陥ったとして車両保険全額を請求している。

(ア) 平成一六年一〇月三〇日、大阪市生野区の路上において、A名義の日産プレジデントにつき車両盗難に遭った(保険契約者A、保険金額二九九万円)。

(イ) 平成一八年一〇月三一日、本件駐車場において、原告X2の父D名義のトヨタセンチュリーにつき悪戯被害にあった(保険契約者D、保険金額四〇〇万円)。

そして、本件車両も、これらの各車両も、いずれもAが実質的に所有していた車両と認められるが(上記センチュリーについては、証拠(乙九の六、乙一九、証人A)から明らかである。)、いずれも所有名義と保険契約者名義が異なっている。その理由についてAは何ら合理的な説明をしていない。

ウ Aは、本件車両を原告X2名義にした理由として、原告会社の経費で落とすためであると供述している。しかし、Aが本件車両を購入したのは平成一八年一二月であり(甲四、乙一八、証人B、同A)、その時点で原告会社は存在していなかったから(前記前提となる事実記載のとおり、原告会社が設立されたのは平成一九年八月一四日である。)、Aの上記説明は不合理なものとなっている。

エ 上記イ(イ)のセンチュリーの被害に関し、Aは、証人尋問の当初、同車両が名義も実質もDの所有であり、その購入に関与したこともない旨述べた。しかし、Aが事故当時に調査会社にした説明では、自分が毎日使用しており、また、自分が購入したが名義をDにしたと述べており(乙九の五、乙一九)、そのことを指摘されるや、Aは供述を変え、Dと原告X2らが同じくらい乗っていたと供述し、更には、自分が半分以上乗っていたと供述するに至った。しかし、このように供述を変えた理由について何ら合理的な説明はない。

オ Aは証人尋問において、本件車両にはマインズのコンピュータとアルミホイールを追加装備し、車体の全塗装をした上で、平成一八年一二月末に納車を受けたと供述し、また、車体にガラスコーティングもしたとの前提で供述をしている(これらの装備の追加や加工をしたこと、納車日がその頃であったことは、証人Bも同様に供述している。)。しかしながら、証拠によれば、b社が本件車両をオークションで落札したのは平成一八年一二月二日であり(乙一三の二、弁論の全趣旨)、それがb社に届くまでに一週間弱の期間がかかる上、全塗装に五日間、ガラスコーティングに二日間かかる(証人B)ことからすれば、作業完了は同月一六日前後になるはずである。ところが、証拠(甲四、乙一八)上、本件車両の名義変更は同月一四日付けでなされ、残代金の領収書の日付も同月一五日となっているのであって、真実、上記のような作業が行われたのか疑問が残る(証人Bも、同月一五日の納車であれば、全塗装やガラスコーティングをする時間はない旨述べている。)。また、納車日についての供述も上記客観的証拠と合致していないが、その合理的な理由の説明はない。

カ Aは、本件自動車の購入資金五三三万円を現金で払ったと供述するが、その原資についての裏付けはなく、極めてあいまいな説明しかしていない。

キ Aの供述によれば、原告X2らは平成二〇年に二回だけ旅行に行き、一度目の旅行の際には自宅の盗難(同年二月)に遭い、二度目の旅行の際には本件盗難の被害に遭ったというのであるが、これを偶然と見るには疑問が残る。しかも、Aは、このほかにも前記のように過去二度、車両の全損事故に遭っているというのであり、尚更その偶然性には疑問が生じる。

ク Aは、平成二〇年二月に自宅に空き巣が入られた際、本件車両の鍵が被害に遭ったかどうかは確認しなかったと供述している。しかしながら、Aは複数の車両を保管していたのであるから、それらの車両の鍵(そして、車両本体)が盗まれていないか気にならなかったとは考え難い。しかも、Aは相当のこだわりを持って本件車両を購入したというのであって、その重要な財産の一つとも考えられる本件車両の鍵を上記盗難の際に確認しなかったというのは非常に不自然である。

ケ Aは、本件旅行にハイエースで行った経緯について、Cからは旅行に行く以前に何回か自分の車で行くと言われていた旨供述している。しかし、原告らは、被告の再三にわたる求釈明に応じる形で、「当日ハイエースでCの自宅に迎えに行ったところ、Cが気を遣って別の車で行くと述べた」旨の主張し、Aも陳述書(甲三七)において同様の経緯を説明していたのである。それにもかかわらず、上記のように説明が変わった理由は、何ら明らかにされていない。

コ 以上のとおり、Aの供述は、全体的にその内容に不自然、不合理な点やあいまいなが点が多々見受けられる上、不合理な変遷も複数存在することから、その信用性には疑問があるというべきであり、平成一九年八月二日午後七時三〇分頃に原告会社の従業員(E)が本件駐車場所に本件車両が駐車してあるのを見たとの供述部分についても信用することはできないというべきである。

(4)  したがって、Aの上記供述部分によって、本件車両が平成二〇年八月二日午後七時三〇分頃、本件駐車場所に置かれていたとの事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

二  争点(2)(本件車両の持ち去りが原告X2らの意思に基づくものであるか否か)について

(1)  なお、仮に、本件車両が前記日時場所に置かれていたとの事実が認められ、かつ、原告X2らが本件旅行中に、原告X2ら以外の者によって本件車両が持ち去られた事実があったとしても、以下に述べるような諸事情を総合すれば、その持ち去りは原告X2ら意思に基づくものであったと認めるのが相当である。

(2)  本件車両を盗む方法としては、主に、①本件車両をレッカー車や車両積載車を用いてその状態のまま運び出す方法、②真正なカギを使用せずに車内に侵入した上、レッカー車等を用いて運び出すか、真正な鍵を使用せずにエンジンをかけて自走させる方法、③真正な鍵を使用して車内に侵入した上、これを使用してエンジンをかけて自走させる方法が考えられる。

(3)  まず、前記①の方法(本件車両をレッカー車や車両積載車を用いてその状態のまま運び出す方法)で盗まれた可能性について検討すると、証拠(乙七、調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば、本件車両にはステアリングロック装置が装備されており、本件車両が駐車された状態にある場合には、真正の鍵がない限り、本件車両はハンドルの角度が固定された状態になることが認められる。また、本件はオートマチック車であって(乙一五参照)、停車時にシストレバーをパーキングに入れればシフトロックがかかる上、パーキングブレーキもかけられたという(証人A)以上、後輪も回転できない状態に固定されることになるから、本件車両をレッカー車で車両積載車により運搬した場合には、本件駐車場所の地面にはタイヤを引き摺った跡や、タイヤを台車等に乗せる際に生じた何らかの痕跡が残るはずである。しかしながら、本件駐車場所にそのような痕跡は何ら確認されていない(この点について、原告らは特に争ってはいない。)。したがって、①の方法により盗み出された可能性はないと解される。

(4)  次に、前記②の方法(真正なカギを使用せずに車内に侵入した上、レッカー車等を用いて運び出すか、真正な鍵を使用せずにエンジンをかけて自走させる方法)によって盗まれた可能性について検討する。

ア まず、本件盗難後、本件駐車場所には窓ガラスの破片等は発見されていないことからすれば、本件車両が窓ガラスを割られて車内に侵入された可能性はないか、極めて低いと考えられる。なお、原告らは、ガラス片の存否について、現実に盗難現場を検証したものではないと主張しているが、原告らは他方で、警察官が現場の検証をしている旨の主張もしていること、仮にそのようなガラス破片等が落ちていれば、現場を見た原告X2らにおいても当然これに気付くはずであるが、そのような指摘は一切なされていないことからすれば、上記のとおり、ガラス片は発見されなかったものと解される。

また、証拠(乙七、調査嘱託の結果)によれば、本件車両にはオートアラームが装備されており、ドアが全て施錠されている状態でリモコンを使用する方法又は鍵を差し込む方法以外の方法によりドアを解放した場合にはハザードランプが点滅し、ホーンが鳴る状態になる仕組みとなっていることが認められる。本件駐車場所が約一〇〇世帯の居住するマンションの目の前に位置していることからすれば、そのような状態で本件車両を盗み出すのは事実上不可能であると考えられる。

しかも、上記証拠によれば、本件車両にはフリーホイールキーシリンダーが装備されており、真正な鍵以外の物を鍵穴に差し込んで開錠しようとした場合には、キーシリンダーが回転して開錠できない仕組みとなっていることが認められるから、真正な鍵を使わずに車内に侵入することは不可能と考えられる。

イ なお、仮に、真正なカギを使用せずに車内に侵入できたとしても、本件車両を自走させて盗むことは不可能であると解される。

すなわち、証拠(乙七、調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば、本件車両には盗難防止装置としてイモビライザーが装備されており、鍵に登録されているIDコードが車体に登録されているコードと一致しない限りエンジンを始動させることができない仕組みになっていることが認められる。したがって、真正な鍵を使用することなく車内に侵入しても、本件車両のエンジンを始動させて自走させることは不可能と解される。

この点について、原告らは、本件盗難の時期よりも前からイモビライザー付きの車両が盗難被害に遭っている実情があること、イモビカッターといったイモビライザーを破る機械の存在も明らかになっていること、イモビライザー付きの車両に盗難の可能性がないのであれば、これに保険契約を締結するのはおかしいことなどを主張している。しかしながら、証拠(甲二一)及び弁論の全趣旨によれば、イモビカッターという機械の存在を警察が初めて確認したのは、本件事故から二年以上経過した平成二二年二月であるというのであって、本件盗難時にこれが一般的に出回っていたとは直ちには解し難く、その他、本件全証拠をもってしても、本件盗難があったとされる当時、本件車両のイモビライザーを破る方法があったことをうかがわせるような事情は認められない。

また、原告らは、本件盗難以前にもセルシオを含むイモビライザー付きの車両が盗難被害に遭っていること、保険会社もイモビライザー付きの車両であっても盗難保険の対象としていることを挙げるが、イモビライザー付きの車両であっても、それが作動していない状態、あるいは、鍵を一緒に盗まれる可能性があるのであるから、これらの事情はイモビライザーが容易に破られるものであることを裏付けるものとはいえない。

したがって、この点からも、真正な鍵を使わずに自走させて盗まれた可能性はないと解される。

ウ また、本件車両の車輪を固定するステアリングロックとシフトロックを解除するためには、真正の鍵をイグニッションキーシリンダーに差し込む必要があると解されるから(乙七、調査嘱託の結果、弁論の全趣旨)、真正な鍵を使わずに車輪の固定を解除した上でレッカー車等により本件車両を運び出すことも不可能であると考えられる。

エ 以上によれば、前記②の方法によって本件車両が盗まれた可能性もないと考えられる。

(5)  そうすると、本件車両が盗まれたとすれば、前記③の方法(真正な鍵を使用して車内に侵入した上、これを使用してエンジンをかけて自走させる方法)が採られたものと考えられる。

ところで、原告らの主張によれば、本件車両の鍵は購入時に二本あったが、保険請求手続をした後に事情聴取を受けた被告の担当調査員からの指示で調べたところ、自宅に保管していたスペアキー一本が所在不明となっていることに気付いたというのであり、それがなくなった理由としては、平成二〇年二月に自宅に空き巣が入られた際に盗まれた可能性があるというのである。

しかしながら、上記自宅の盗難の際に上記スペアキーが盗まれたというのであれば、その窃盗犯人は被害者に気付かれる前に本件車両も盗もうとするはずであり、鍵を入手してから六か月も経過した後に本件車両を盗んだというのは不自然である。また、上記自宅の盗難の際に原告X2らが本件車両の鍵の所在を確認していない点が不自然であるのは前記のとおりである。したがって、上記自宅盗難の際に上記スペアキーが盗まれたとは考えられず、上記スペアキーは、それ以外の原因によって所在不明になったか、本件盗難があったとされる頃まで原告X2らが所持していたと考えるのが合理的である。

そこで、上記自宅盗難以外の原因で上記スペアキーが所在不明になった可能性について検討すると、Aは、自分がどこかに置き忘れて失くした可能性があるなどとも供述している。しかし、A自身、上記スペアキーは自宅のパソコン机の下のかごに他の鍵と一緒に入れており、これを自分も他人も使うことはなかったと供述しているのであるから、Aがどこかに置き忘れて失くした可能性があったとは考え難い。

また、原告らの主張によれば、原告X2らにおいてスペアキー一本が所在不明となっていることに気付いたのは、前記のとおり、保険請求手続後に事情聴取を受けた被告の担当調査員からの指示により調べたことによるという。しかし、通常、自己の所有する車両が盗まれたのであれば、直ちにその鍵が全て揃っているかを自ら積極的に確認する行動に出るはずであり(これは盗難の手口を特定するためにも重要な行動と考えられる。)、上記のような保管状況からみて、その確認が困難な状況にあったとも考えられない。それにもかかわらず、原告X2らは、被害届の提出後、しかも、保険請求をした後に、被告の調査員に指示されるまで上記スペアキーの存在について確認をしなかったというのであるから、その説明が不合理的であるとは明らかである。

その他、本件証拠上、上記スペアキーが所在不明になった原因は全く明らかになっていないことからすると、上記スペアキーは本件盗難があったとされる頃まで、原告X2らが所持していたものと認めるのが相当である。

(6)  そうすると、仮に、本件車両が本件盗難のあったとされる日時場所に置かれ、かつ、本件車両が原告X2ら以外の者によって持ち去られたとしても、その持ち去りには原告X2らが所持する上記スペアキーが使用されたと考えるほかはないから、結局、上記持ち去りは原告X2らの意思に基づくものであったと認められる。

三  結論

よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 中里敦)

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