大阪地方裁判所岸和田支部 平成8年(ヨ)109号 決定 1997年3月31日
債権者
福廣和
右代理人弁護士
上原康夫
竹下政行
債務者
学校法人池田学園
右代表者理事
池田壱二
右代理人弁護士
岡本浩
道本素平
右当事者間の頭書事件につき、債権者に保証を立てさせないで、次のとおり決定する。
主文
一 債権者が、債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は債権者に対し、平成八年七月一日から平成九年六月三〇日まで、毎月二八日限り、金三四万三四八〇円宛を仮に支払え。
三 債権者のその余の申立てを却下する。
四 申立て費用は債務者の負担とする。
理由
一 申立ての趣旨
1 主文第一項と同旨。
2 債務者は債権者に対し、平成八年七月一日から毎月二八日限り、金四〇万四九六〇円宛を仮に支払え。
二 本件事案の概要
1 本件は、雇用期間一年の契約書を交わしている専門学校(学校教育法一条に該当しない専修学校)の常勤講師に対し、学校法人が生徒数の減少による経営難を理由として、契約の更新をしないで雇い止めにした行為の効力を争う事案である。
2 争点は、(一)期間を一年と定めた雇用契約であっても、その更新拒絶に解雇の法理を適用し又は類推すべき事情があるか否か、(二)本件の更新拒絶に相当な理由があるか否か、(三)更新拒絶が組合結成準備行為を嫌忌した不当労働行為であるか否か、(四)保全の必要性である。
三 争いのない事実と問題なく疎明された事実
1 債務者は関西コンピューター情報処理専門学校(以下「本件学校」という)を経営している。本件学校には中学卒業者が対象の高等課程(修業期間三年)と高校卒業者が対象の専門課程(同二年)がある。
2 債権者は昭和四八年三月に近畿大学工学部を卒業して、中学・高校理科と高校工業の教員免許を有し、平成三年四月から本件学校高等課程の常勤講師として勤務したが、期間一年の期限付きであり、一回更新した後の平成五年三月末で退職した。
3 債権者は平成六年七月一日から、再び常勤講師として本件学校へ復職した。このときも契約書では一年の期限付きであったが、同日から翌年六月末日までの学期を跨ぐ一年の契約であった。
4 平成六年度の復職後の債権者の担当職務は生徒指導部副部長、二年A組担任、数学と理科の教科担任であり、平成七年度の債権者の担当職務は生徒指導部副部長、三年学年主任、三年C組担任、数学、理科及び自動車一般の教科担任であった。
5 債務者は債権者に対し、平成八年四月一六日、同年六月三〇日をもって雇い止めとする旨通告した。これに先立つ同月一二日発表の教科担任表で、債権者は平成八年度の教科担任を全てはずされた(証拠略)。
6 債務者が債権者に対して平成八年一月から五月までの五ヶ月間に支給した給与(期末手当を除く)の平均支給額は四〇万四九六〇円、手取の平均額は三四万三四八〇円であって(<証拠略>)、その支給日は毎月二八日であった。
四 争点に対する判断
1 期間を一年と定めた雇傭契約であっても、その更新拒絶に解雇の法理を適用し又は類推すべき事情があるか否か。
(一) 疎明資料(<証拠略>)によると、本件学校は昭和五九年に創設された専修学校(学校教育法一条に該当しない学校)であり、その教員には雇傭期間の定めがない専任教員、雇傭期間を定めた常勤講師と非常勤講師とがあり、専任教員と常勤講師の労働条件の違いは、後者に雇用期間の定めがあって退職金の支給がないという点だけであるところ、本件学校のような専修学校は、洋裁学校がそうであったように、はやり廃れがあって長期間存続することが困難な要素を持っており、しかも高校に入れない学力レベルの生徒を受け入れるため、中学卒業者数の減少の影響をもろに受けて、入学者数が減少することが予測されたため、学校経営を維持するには教員数の調整を弾力的に行う必要があり、雇傭期間を定めた講師を多用しているものであって、債権者の更新を拒絶する以前に、五名の常勤講師が更新を希望しながら容れられなかった経緯があること、以上の事実が疎明される。
(二) 債務者は、債権者との雇用契約は平成七年七月一日から一年の期間を定めた常勤講師であって、平成八年七月一日以後の雇用を更新しなかっただけであるから、これを解雇と同様に論ずることはできないと主張するのに対し、債権者は、右期間の定めは形式に過ぎず、実質は専任教員と同等であり、期間の定めがあってもそれが更新されることを期待する法的利益があったから、その更新拒絶は解雇と同一に論ずべきだと反論するので検討する。
(三) 疎明資料(<証拠略>)によると、次の事実が疎明される。
(1) 債権者が学期途中の平成六年七月一日から本件学校へ復職したのは、債務者が本件学校の数学の教員を解雇して数学担任が欠けたため、急遽数学の教員を補充する必要があったことのほか、当時本件学校の生徒が荒れていたので、本件学校の事情に通じ指導力のある教員を必要としていたからであったところ、債権者は理科と工業の正式免許を有して数学を教える能力があり、前に本件学校に勤務した経験があって生徒指導力も備えていたうえ、当時他の学校等に勤務しないで小さな私熟(ママ)を自営していただけであったので、債務者理事長としては、欠員を急遽補充する要員として是非とも債権者を獲得したかった。
(2) しかし、債権者は、前に本件学校を辞めた理由が、一年間の期限付常勤講師という不安定な身分に不満があったからであり、今回も同様の条件で復職することに強く抵抗したところ、双方の妥協の産物として、七月一日から翌年六月三〇日までの学期に跨る一年間という異例の期限付き常勤講師として雇用契約が締結されたのである。
(3) 平成七年七月一日の債権者の雇用更新にあたり、債務者は学期末に一致した平成八年三月末までの九ケ月間に期間を変更して更新しようとしたが、債権者がそれを拒否したので、平成七年一〇月二六日になってようやく、平成八年六月末までの一年で雇用を更新する旨の契約書を交わした経緯があり、債務者としては学期を跨ぐ一年という異例の契約の解消を望んだが、債権者はこれを維持する姿勢を貫いた。
(4) 債権者は復職後の平成六年度と平成七年度共に、教科担任とクラス担任を持ったほか生徒指導副部長の校務に就き、平成七年度には重ねて三年生学年主任の校務にも就いた。平成七年度の本件学校の教科担当教員は全部で一五人、そのうち常勤講師は五名、非常勤講師は三名、専任教員は七名であり、一年から三年までの計八クラスのうち半分の四つ(ママ)クラス担任を常勤講師が受け持っており、進学、就職、修学旅行などがあって最も重責の三年の学年主任を常勤講師である債権者が担当していた。
(四) 右の事実によると、本件学校のように生徒数確保に不安定要因が大きい私立学校にあっては、生徒数変動に応じて教員数を調整する必要性が高いということができ、その調整手段として期限付き雇用の講師を多用し、期間の更新を拒絶する方法を採ることもやむを得ないこととしなければならないが、債権者の場合は、再採用の経緯や期間の定め方に特異性があり、加えて担当職務が専任教員に勝るとも劣らぬ重責であった事情を考慮すると、期間の定めのない専任教員と同等の扱いはできないとしても、通常の常勤講師よりも格段に、雇用期間の更新に対する期待が保護されるべき地位にあったといわねばならないから、その期間の更新を拒否するには、解雇に準じた相当な理由を要し、これを欠く更新拒否は権利の濫用となり、従前と同一条件で雇用が更新されたものとするのが相当である。
2 債権者に対する今回の更新拒絶に相当な理由があるか否か
(一) 疎明資料(<証拠略>)によると、平成元年から平成八年までの間の本件学校高等課程及び専門課程の在学者数は別表1<略>のとおりであること、同期間における近畿六県の一六歳人口、本件学校高等課程の入学者数、高等課程及び専門課程の全在校生数並に(ママ)教員数のそれぞれの推移を指数で比較すると別表2<略>のとおりとなること、本件学校高等課程の入学者指数及び全在校生指数は一六歳人口指数を上回る勢いで激減したが、教員数の減少はとうていこれに追いつけなかったこと、本件学校の損益計算では、在校生指数六〇・一、入学者指数が三〇・〇に落ち込んだ平成六年度においても七五〇万円の黒字経営であったが、在校生指数が四一・三、入学者指数が一六・五になった平成七年度に至って一六四五万円の赤字になったから、在校生指数が二七・四、入学者指数が八・五になった平成八年度においても赤字が予測されること、以上のとおり疎明される。
(二) 疎明資料(<証拠略>)によると、債務者は本件学校の他に、近畿モードビジネス専門学校、大阪社会福祉専門学校、桃山台幼稚園、フレンド幼稚園を経営しており、債務者法人全体の損益計算では黒字を計上しているようであるが、右学校等はその内容に鑑みて、理数系の本件学校の教員を配置換えできるような職場ではない。
また疎明資料(<証拠略>)によると、本件学校のライバル校である岸和田ビジネス学園は、平成八年に二〇〇人を越(ママ)える入学生を獲得したのに、本件学校高等課程と専門課程は合計三六人の入学生を得たのに留まったこと、しかし入学生の出身校数は過去三年より多く、生徒募集範囲が広がっていたこと、以上の事実が疎明されるから、本件学校は新入生獲得競争でライバル校に惨敗したといえるが、それが経営努力の著しい怠慢の結果であると認めるに足りる疎明はない。
(三) したがって、債務者が教員を削減して本件学校経営の合理化をはかろうとしたことはやむを得ないことというべきところ、債務者の理事長は、平成八年度には常勤講師五名全員を雇い止めにして教員数を削減することを考えたが、学校運営面の支障を考慮して、三名の雇い止めに留めることとし、五名の常勤講師の中から桃井と船越を更新し、大野、平井及び債権者の三名を更新しないことにしたものであり、その選択基準は次のとおりであると主張する。
(1) 五名の出勤状況は別表3<略>のとおりであり、桃井と船越が最も優れている。
(2) 桃井は平成三年採用で過去の更新回数が四回と多く、協力校PL学園において家庭科の指定教員にもなっていたので、必要不可欠の教員であった。
(3) 船越は平成二年採用で過去の更新回数が五回であり、五人の常勤講師の中で最も更新回数が多かった。
(4) 大野は出勤状況に問題があり、平井と債権者は過去の更新回数が少なく、債権者には勤務態度に問題があった。
以上のとおり主張する。
(四) しかし、疎明資料(<証拠略>)によると、平成七年度に数学を担当していた専任教員の川端は平成八年三月で辞めたところ、債務者は、もう一人の数学担当者であり、かつ理科と自動車一般を担当していた債権者を、平成八年度の教科担当から完全に降ろしたので、平成八年度の数学は、簿記を担当していた専任教員の乃坂と、社会・ワープロを担当していた常勤講師の船越に担当させ、更に船越には債権者が担当していた理科と自動車一般までも担当させたこと、船越は債務者からの要請があればいつでも退職するという態度であったのに、債務者は希望退職者を募らず、継続雇用を求めていた常勤講師を雇い止めにしたこと、以上の事実が疎明される。
右事実によれば、債権者を雇い止めにして船越を残した結果の教科担当の割り振りは、教員の教科専門性を全く軽視したものになっているのであり、コンピューター専門学校を標榜する本件学校にとっては、生徒に対する教科教育の点において、数学、理科、自動車を担当する債権者を残す必要性が、船越を残す必要性に勝っていたと言うべきである。
(五) 別表3<略>によると、債権者の出勤状況は桃井、船越に劣るものではない。有給休暇の取得日数において、債権者は船越より二年間で五日多いが、有給休暇取得日数が多い者を不利益に選別することは許されない。
(六) 債権者の雇用更新回数は平成四年四月と平成七年七月の二回であり、桃井の四回、船越の五回に劣るけれども、債権者には1項で認定したとおり、平成六年七月の復職の際の経緯や期間の定め方の特異性及び担当職務が専任教員に勝るとも劣らぬ重責であった事情が考慮されねばならない。
(七) 債務者が主張する債権者の勤務態度不良に関して、岡本校長が述べるところは、文鎮投げ捨て事件や黒板取り外し事件等の生徒の粗暴行為に対する指導において、生徒指導副部長であった債権者が、管理職手当を貰っている指導部長と同じ熱意では対応できないという姿勢であったこと、喫煙所に居座って煙草を吸いながら、生徒と文化祭の作業をしていたことであるが(<証拠略>)、前者については、専任教員に担当させるべき生徒指導副部長の校務を、常勤講師に担当させていた債務者の体制自体に問題があると言わねばならないし、後者について、煙草を吸いながら生徒に接することは好ましくないが、指定場所外での喫煙ではなく、課外活動中のことであるから、不良な勤務態度としてあげつらうほどの事柄ではない。
(八) 以上の点を総合考慮した場合、雇い止めにする三人の常勤講師の一人に債権者を選び、船越を残した債務者理事長らの判断に相当性があるとは認め難いのである。
したがって、債務者が債権者に対して、平成八年七月一日から一年間の期間更新を拒否した行為は、解雇権の濫用に準じる行為であって、前と同一条件で雇用が更新されたものというべきである。
(九) もっとも、疎明資料(<証拠略>)によると、平成八年四月に期間更新された常勤講師の桃井も、同年八月にPL学園での担任が終わって本件学校を退職したこと、一六歳人口は今後も減少を続けるから、本件学校の入学者数も減少の一途をたどるであろうことが疎明される。
このような事情を考慮すると、期限付き常勤講師である債権者については、次の平成九年六月三〇日の期限において、更新の是非が改めて検討されなければならないのであり、賃金の仮払を命ずる期間は同日までに止めなければならない。
3 更新拒絶が組合結成準備行為を嫌忌した不当労働行為であるか否か
この点に関する債権者の主張は、債権者が平成八年二月ころ、常勤講師の大野と平井に対し、常勤講師による労働組合結成を働きかけ、専任教員の労働組合である大阪府私立学校教職員労働組合池田学園分会の組合員と交流したため、債権者と大野、平井の三名の常勤講師が雇用更新を拒否され、これに係わらなかった常勤講師の桃井と船越は更新されたから、債務者の債権者に対する雇用更新拒否は労働組合結成準備を嫌忌した不当労働行為だというものであるが、債務者側で債権者らの労働組合結成の動きを掌握していたとする疎明はないし、仮にこれが疎明されても、本件の結論に影響はない。
4 保全の必要性について
疎明資料(<証拠略>)によると、債権者にはパートで働く妻と、大学受験期の長男、高校二年生の長女、中学二年生の二女の三人の子があること、債権者は債務者から得る給与の他に、夜間に営む私塾「トータス学園」の収入があるが、平成六年七月に本件学校へ復職して以後、トータス学園の生徒募集を中止し、現在四人の生徒がいるだけなので、利益の出る経営状態ではないことが疎明される。
したがって、債権者が平成八年一月から五月までに債務者から得ていた平均手取月収三四万三四八〇円の範囲で保全の必要性があるといえるが、その余については保全の必要性があるとは言えない。
五 結び
以上のとおりであるから、債権者の本件申立は、債権者の雇用契約上の地位を確認するほか、賃金の仮払に関しては平成八年七月一日から一年間に限り従前の手取り収入の範囲で理由があるから認容することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 小林克美)