大阪地方裁判所岸和田支部 昭和56年(ワ)121号 判決 1985年9月05日
原告 岩田祐幸こと 岩田雄幸
右訴訟代理人弁護士 平山正和
被告 昭和機械製鎖株式会社
右代表者代表取締役 岡崎啓一
右訴訟代理人弁護士 丸尾芳郎
同 林義久
主文
一 被告は、原告に対し、金一〇二一万〇九四〇円及び内金九四六万〇九四〇円に対する昭和五六年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の第一次的請求を棄却する。
三 訴訟費用は五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができ、被告は、金三〇〇万円の担保を供して右仮執行を免れることができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
(第一次的請求)
1 被告は、原告に対し、金一二四〇万一一六四円及び内金一一四〇万一一六四円に対する昭和五六年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決及び仮執行の宣言。
(第二次的請求)
1 被告は、原告に対し、金二二五万円及びこれに対する昭和五六年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決及び仮執行の宣言。
二 被告
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
(第一次的請求)
1 事故の発生
原告は、昭和五四年三月二六日当時、被告会社の従業員であったが、同日午前一一時三〇分ころ、岸和田市臨海町一三番地所在の被告会社工場において、プレス機械No.1(以下、本件プレス機という)を使用して二〇ミリチェーンの曲げ作業に従事していた際、右手を本件プレス機の下部ローラと中型の間に狭まれ(以下、本件事故という)、右手部圧挫滅創、伸腱断裂、右第二指切断創等の傷害を負った。
2 被告の責任
(一) 本件事故の原因
本件事故が発生した原因は、本件プレス機のラムがペダルを踏まないのに落下したこと(以下、これを「二度落ち」という)によるものであり、ラムが「二度落ち」した原因は、本件プレス機の老朽化のため、クラッチのクラッチピンやクラッチ作動用カム(以下、矢板という)が摩耗したり、牽引するバネが働かなくなっていることにより、クラッチピンがフライホイルの中央部の凹み(以下、クラッチピン穴はピン穴という)から完全に抜けないか、又は、矢板により一旦押し込まれたクラッチピンが矢板の後退により再び飛び出してピン穴に入りクラッチがかかる状態になったことによる。
なお、本件プレス機には、ノンリピート装置(連続打しないための一時停止装置)やラムの下に手を入れないようにする装置、急制動装置などの安全措置が実施されていない。
(二) 土地の工作物責任(民法七一七条)
本件プレス機は、大型プレス機械で地上に固定されているものであるから、土地の工作物であるところ、本件工作物には、右(一)で述べたように、安全装置がないばかりか、老朽化して瑕疵のある状態で使用されていたから、設置保存に瑕疵がある。
(三) 債務不履行責任、不法行為責任
被告は、原告の雇用主として、原告を安全に就労させる義務があり、したがって、危険な老朽機械では作業をさせないようにすべき義務があるところ、右(一)で述べたように、瑕疵のある危険な本件プレス機で原告を就労させたものであるから、被告には右義務違反(債務不履行)があるし、また、本件プレス機で作業しておれば本件事故が発生することも予見できたのに、何ら回避措置を講じなかったものであるから、故意過失によって本件事故を発生させたものとして、被告には不法行為責任がある。
3 損害
原告が本件事故により被った損害は、次のとおりである。
(一) 休業損害
原告は、本件事故のため、昭和五四年三月二六日から同年六月一六日まで(八三日間)入院し、同月一七日から同年八月三一日まで通院したが、同年三月二七日から同年九月二〇日までの一七八日間、休業を余儀なくされた。
原告の当時の一日平均賃金は金五四八八円であったが、労災保険により支給をうけなかったのは内二割である。
したがって、休業損害額は金一九万五三七二円である。
5,488円×178×0.2=195,372円
(二) 入院雑費
原告は、入院期間(八三日間)中、一日金八〇〇円の割合で雑費を要したので、その金額は金六万六四〇〇円である。
800円×83=66,400円
(三) 後遺症による逸失利益
原告は、昭和五四年九月一八日、労働基準監督署により労働災害後遺障害等級一〇級と認定された。
右後遺症による労働能力喪失率は二七パーセントとみるべきところ、原告(昭和七年四月八日生)は、年収が金二四〇万円で、就労可能年数は右後遺症の認定をうけたときから二一年間と考えられるから、ホフマン式により中間利息を控除して計算すると(右期間に対応する新ホフマン係数は一四・一〇四である)、逸失利益の現価は金九一三万九三九二円である。
2,400,000円×0.27×14.104=9,139,392円
(四) 慰藉料
原告が本件事故により入通院したことに対する慰藉料としては金一二〇万円、前記後遺障害に対する慰藉料としては金三三〇万円が相当である。
(五) 弁護士費用
原告は、弁護士である原告訴訟代理人に訴訟の提起と遂行を委任し、報酬の支払いを約したが、被告に請求しうる損害は金一〇〇万円である。
(以上合計金一四九〇万一一六四円)
4 損益相殺
原告は、労災保険から金二二五万円の支払を受けたので、右損害額から控除する。
5 よって、原告は、被告に対し、損害賠償として、損害金残額金一二六五万一一六四円の内金一二四〇万一一六四円及びその内金一一四〇万一一六四円(弁護士費用を除く分)に対する本訴状送達の翌日である昭和五六年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(第二次的請求)
6 被告と被告の従業員で構成される昭和機械製鎖労働組合との間において、昭和四九年四月一九日、労働災害については、労災保険法による補償に加えて、これと同額の補償金を被告が支払う責任を有する旨の協定が締結された。
7 原告は、本件事故の後遺症に関する補償として労災保険から金二二五万円の支払をうけた。
8 よって、原告は、被告に対し、右協定に基づく金二二五万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五六年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2について
(一) 同(一)は争う。
(1) 本件事故は、原告が誤ってペダルを踏んだためにラムが落下したことにより発生したものであり、原告の自己過失による。
ちなみに、本件プレス機は、ペダルを踏まなければ、ラムが落下しないようにできている。すなわち、
本件プレス機は、別紙図面に記載のような構造になっており、同図面(イ)上図のように、ペダルを踏まないときは、リンク機構引上用スプリングが収縮するため⑥の矢板(クラッチピン)が⑤のクラッチドラムの溝に入り、このとき、⑦のクラッチピンは同図面(ロ)上図のように①のフライホイルのピン穴から抜けており、クラッチは噛み合わないから、クランクの回転は停止している。
ペダルを踏むと、同図面(イ)下図のように、リンク機構引上用スプリングが伸長し、⑥の矢板(クラッチピン)が⑤のクラッチドラムの溝から抜け出し、このとき、同図面(ロ)上図のように⑦のクラッチピンは押しバネの働きにより①のフライホイルのピン穴に入るので、クラッチは噛み合い、クランクは回転する。
そして、⑥の矢板がクラッチドラムの溝に入っている限り、たとえ何らかの故障によりクラッチピンがピン穴に入りクランクが回転し始めることがあるとしても、同図面(ハ)のように矢板がストッパー(突起物)に当たり回転を止めることになる。したがって、原告主張のように、クラッチピンがピン穴から完全に抜けないことが起きた場合でも、クランクの回転は止まることになる。
これに対して、ペダルを踏み⑥の矢板がクラッチドラムの溝から出てしまったときには、同図面(二)のように矢板がストッパーに当たることがないので、クランクの回転に何らの支障がないことになる。
このように、本件プレス機は、ペダルを踏まない限り、クランクが回転しないような構造になっているので、ラムが落下することはない。
(2) 本件プレス機にノンリピート装置はとりつけていなかったが、これは作業効率をよくするためにつけないことが慣行化しており、本来設置すべき安全装置ではない。
(3) 本件プレス機について、労働者の身体の一部が危険限界内に入らないような措置としての具体的方策は見当たらず、労働基準監督署でも適切な指導をしていない。
(二) 同(二)は争う。
本件プレス機は、土地の工作物ではないし、設置保存につき何らの瑕疵はない。
(三) 同(三)は争う。
3 同3は争う(但し、同(三)のうち、原告がその主張のとおり後遺障害一〇級と認定されたこと及び年収が金二四〇万円であることは認める)。
原告は、本件事故により右手第二指を失ったが、治療の末、昭和五四年九月二一日から職場復帰をしたので、被告は、原告に身体的な障害があることを理由としては、他の従業員との比較で何らの格差を設けずに処遇した。そして、原告が昭和五五年一二月になって退職を申し出た際にも、被告は、右説明をするとともに、万一、機械操作の仕事が身体につらいのであれば、職場の配置転換も考慮すると申し伝えたのに、原告は、勝手に退職したものである。
したがって、原告が収入減となった分を損害金として請求することは許されない。
4 同4の事実は認める。
5 同6、7の事実は認める。
三 被告の抗弁
1 免責について
請求原因2(一)に対する認否で述べたとおり、本件プレス機にノンリピート装置をとりつけなかったのは作業効率を高めるために慣行化していたことによるものであり、また、ラムの下に手を入れないようにする装置など労働者の身体の一部が危険限界内に入らないようにする措置としての具体的方策は見当たらないので、右措置を講じなかったことにつき被告に責任はない。
2 権利の濫用について
原告は、請求原因3に対する認否として述べたような事情により被告会社を退職したものであるから、その収入減分を損害金として被告に対し賠償請求することは、権利の濫用として許されない。
四 抗弁に対する認否
いずれも争う。
第三証拠《省略》
理由
一 第一次的請求について
1 本件事故の発生
請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
2 被告の責任について
(一) 本件プレス機の構造と二度落ちの可能性
《証拠省略》によると、(1)本件プレス機は、クラッチの構造形式がポジティブ式の一種でスライディングクラッチと分類されているものであり、クランク軸に固定したクラッチカップリング(クラッチドラム)内に納められたクラッチピンが、バネの弾力で常に外側に向って飛び出そうとしているのを、クラッチ作動用カム(矢板)によって妨げられてクラッチが切れた状態になり、矢板の保持が失われると、クラッチピンはフライホイルの中央部に向って飛び出し、中央部に設けられた凹み(ピン穴)に飛び込んでクラッチがかかった状態になる(この点については、被告主張の別紙図面(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)を参照)という構造になっていること、(2)そして、矢板は、通常、ペダルを踏むことによってのみ保持が失われる(クラッチドラムの溝から抜け出す)仕組みになっており、しかも、矢板がクラッチドラムの溝に入っているときは、たとえクラッチピンかピン穴に入りクランクが回転し始めることがあるとしても、ストッパー(突起物)に当たって回転が止まる仕組みになっていること、(3)したがって、通常は、ペダルを踏まない限り、矢板が抜け出すことはあり得ないこと、(4)しかし、矢板は、これを押し下げようとする外力によって押し下げられることがあり得るので、如何なる外力によっても絶対に押し下げられないような構造にしておかなければならないところ、本件プレス機では、クラッチピンが飛び出していないとき、すなわち、矢板が作動していないときにも、矢板を作動させるリンク機構が「くの字」になっていて、矢板を押し下げようとする力に対抗できない状態になっており(対抗するためにはリンクが立ち切って一直線になっていないといけない)、また、クラッチピンと矢板が摩耗していると、クラッチピンが矢板を押し下げようとする力が働くが、本件プレス機ではクラッチピンと矢板の摩耗がかなり進行していること、(5)したがって、本件プレス機では、ペダルを踏まないのに矢板が押し下げられてクラッチドラムの溝から抜け出し、クラッチピンがピン穴に飛び込んでクラッチがかかる状態になることが起こり得ること、(6)そして、この場合には、矢板が抜け出しているのであるから、ストッパーがあってもクランクの回転を防止することができないこと、(7)したがって、ペダルを踏まないのにラムが落下すること(二度落ち)の可能性があること、以上のことが認められ、この認定の妨げになる証拠はない。
(二) 本件事故の原因
本件プレス機についての右認定の事実と前掲各証拠に、《証拠省略》を総合すると、原告は、本件プレス機で作業中、ペダルを踏まないのにラムが落下し(いわゆる二度落ち)、そのために本件事故が発生したものと認めることができ(る)。《証拠判断省略》
また、本件プレス機に、ノンリピート装置やラムの下に手を入れないようにする装置が施されていなかったことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、本件プレス機のシューブレーキが故障していたことが認められる。
(三) 土地の工作物責任について
原告は、土地の工作物の設置保存に瑕疵があるとして被告の損害賠償責任を主張するが、本件プレス機のような工場内に据付けられた機械は、土地の工作物ではないとするのが相当であるから(大判大正元年一二月六日民録一八輯一〇二二頁参照)、原告の右主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
(四) 債務不履行責任及び不法行為責任について
被告は、原告の雇用主であるから、従業員である原告を安全に就労させるべき雇用契約上の義務があり、したがって、被告が原告に対し機械で作業をすることを命じる場合には、安全な機械で作業させるように配慮すべき義務があると解されるところ、前判示のように本件プレス機は老朽化してラムが二度落ちする不良機械であるのに、原告を本件プレス機で就労させていたものであり、しかも、本件プレス機には、ノンリピート装置やラムの下に手を入れないようにする装置が施されておらず、シューブレーキも故障したままであったというのであるから、被告には安全配慮義務に違反した債務不履行責任があるとしなければならない。
被告は、抗弁1においてノンリピート装置は作業効率を高めるためにつけないことが慣行化していた旨主張し、また、ラムの下に手を入れないようにする措置としての具体的方策が見当らなかったとも主張するが、右主張は、それのみではいずれも被告の債務不履行責任を免除すべき事由になるものではなく、主張自体失当である。
なお、被告に債務不履行責任があると認められるので、不法行為責任については、これも成立する余地があるけれども、その判断をしない。
3 損害について
(一) 休業損害
《証拠省略》によると、原告は、本件事故のため、昭和五四年三月二六日から同年六月一六日まで(八三日間)入院し、同月一七日から同年八月三一日まで通院し、同年三月二七日から同年九月二〇日までの一七八日間、休業を余儀なくされたこと、原告の当時の一日平均賃金は金五四八八円であったこと、労災保険により支給を受けなかったのは内二割であること、以上の各事実が認められる。
そうすると、休業損害額は、次のとおり金一九万五三七二円と算出される。
5,488円×178×0.2=195,372円
(二) 入院雑費
前判示のとおり、原告は、八三日間入院していたが、右期間中の入院雑費は一日金八〇〇円を要したものと経験則上認めることができるから、次のとおり金六万六四〇〇円が算出される。
800円×83=66,400円
(三) 後遺症による逸失利益
原告が右手第二指切断の傷害を負ったことは前判示のとおりであるが、原告が昭和五四年九月一八日労働基準監督署により労働災害後遺障害等級一〇級と認定されたこと、当時の原告の年収が金二四〇万円であったこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、労働省労働基準局長通牒昭和三二年七月二日基発第五五一号の労働能力喪失率表によると障害等級一〇級に対する労働能力の喪失率が二七パーセントであることは当裁判所に顕著な事実である。
ところで、後遺障害により労働能力を喪失したことで財産上の損害を被ったとして将来の逸失利益を請求するには、原則として事故の前後を通じて減収の生じていることが必要であって、そうでない場合に右請求が許されるためには、収入に変更がないことにつき本人が特別の努力をしているとかあるいは従事している職業の性質に照らし将来不利益な取扱いを受けるおそれがあるなどの特段の事情の存在が必要であるというべきである(最高判昭和五六年一二月二二日民集三五巻九号一三五〇頁参照)。
そこで、これを本件についてみるに、《証拠省略》によると、原告は、昭和五四年九月二一日から職場復帰し、身体的な障害を理由として給与面において格別不利益な取扱いをうけることはなかったが、昭和五五年一二月退職の申出をし、被告から、機械操作の仕事が身体につらいのであれば、職場の配置転換も考慮すると言われたのに、昭和五六年一月二〇日退職したこと(もっとも、原告は、その後、三和銀行に勤務するようになり、収入を得ている)、原告は、被告会社を退職するまでの間、被告に対し、労組との協定に基づく私的労災補償金の支給を求めたが、被告は、これに応じなかったこと、そして、本件事故の原因につき、原告が本件プレス様のラムが二渡落ちしたことによると主張しているのに対し、被告は原告がペダルを踏んだことによるものであると主張し、対立していること、以上の各事実が認められる。
右事実によると、原告が職場に復帰した後被告会社を退職するまでは、収入の減少がなかったことが明らかであって、それが特に原告の努力によるものとも認め難いから、後遺障害による労働能力の喪失を理由として逸失利益を請求することは許されないが、原告が被告会社を退職したのは、一〇級の後遺障害が残ったことによりプレス工としての職種を継続して行くことにつき不安が生じたうえに、本件事故の原因をめぐって被告と対立し、約束されていた私的労災補償金の支給さえも受けられなかったという事情によるもので、無理からぬことというべきであり、原告が被告会社を退職した後は、たとえ転職によって収入を得ることがあるとしても、原告の後遺障害の程度からみて、不利益な取扱いを受けるおそれがあることは十分に推認されるので(原告が現に三和銀行に勤務して収入を得ていることは、この推認の妨げになるものではない)、後遺障害による労働能力の喪失によって財産上の損害を被っているとしなければならない。
そうすると、昭和七年四月八日生の原告(この事実は、原告本人尋問の結果によって認められる)の被告会社退職後(退職時の原告は満四八歳である)の就労可能年数は一九年間とみるのが相当であるから、ホフマン式により中間利息を控除して計算すると(右期間に対応する新ホフマン係数は一三・一一六である)、逸失利益の現価は金八四九万九一六八円である。
2,400,000円×0.27×13.116=8,499,168円
なお、被告は、抗弁2において、原告が被告の配慮を無視して勝手に退職したものであるから、その収入減分を損害金として賠償請求するのは権利の濫用であると主張するが、原告は労働能力の一部喪失を根拠にして逸失利益の損害賠償を求めているものであり、また、原告が被告会社を退職した事情は前判示のとおりであって原告を非難すべき点も見当たらないので、被告の右主張は採用することができない。
(四) 慰藉料
前判示のような原告の本件事故による負傷の程度、入通院期間、後遺症の部位、程度などを勘案すると、原告の本件事故による慰藉料の額は、入通院分として金八五万円、後遺症分として金二一〇万円が相当である。
(以上、合計金一一七一万〇九四〇円)
(五) 損益相殺
原告が労災保険から本件事故につき金二二五万円の支払をうけたことは当事者間に争いがないので、前記損害額からこれを控除すると、被告の支払うべき損害額は金九四六万〇九四〇円である。
(六) 弁護士費用
本件事案の難易、審理の経過及び本訴認容額等を参酌すると、弁護士費用のうち金七五万円をもって本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
(右合計金一〇二一万〇九四〇円)
4 結論
以上によると、被告は、原告に対し、債務不履行に基づく損害賠償として金一〇二一万〇九四〇円及び内金九四六万〇九四〇円(弁護士費用を除く分)に対する本訴状送達の日の翌日であることが一件記録上明らかな昭和五六年四月九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
よって、原告の第一次的請求については右の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないので棄却することとする。
二 第二次的請求について
原告の第一次的請求についての認容額が第二次的請求の金額を上廻るので、第二次的請求についての判断をしない。
三 むすび
以上の次第で、原告の第一次的請求につき金一〇二一万〇九四〇円及び内金九四六万〇九四〇円に対する昭和五六年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で認容し、その余は棄却することととし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行及びその免脱の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 孕石孟則)
<以下省略>