大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪家庭裁判所 事件番号不詳 判決

本籍 大阪市浪速区霞町二丁目一番地

住居 大阪市西成区山王町四丁目二十六番地

待合業 新富こと 鳥倉章一

明治二十七年四月二十六日生

主文

被告人を罰金二万円に処する。

右罰金を完納することが出来ないときは金三百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

被告人は肩書住居で、接客婦数名を使用して待合業新富を経営している者であるが、およそ斯る業務に従事するものは自己の使用する接客婦を雇入れ又は住込ましめるに当つて、先づ戸籍その他につき周到かつ適切なる方法によつてその婦女の年令を確かめいやしくも児童をして売淫行為をなさしめざるようにすべき業務上特別の調査義務があるにもかかわらず、被告人は自己の使用する接客婦田○ま○子こと田○き○ゑ(昭和十年十月十四日生)が昭和九年五月十四日生と自称しかつ同女の身体格好が大柄であるところから同女が満十八才を超えたものと軽信し、漫然前記調査義務を尽くすことなく、昭和二十七年八月十五日頃右新富で同女をして萩○正○外一名と淫行せしめたのを始めとして、昭和二十八年五月二十日頃迄の間前後約六百三十回にわたり孰れも前記場所に於て同女をして売淫をさせ以て児童をして淫行を為さしめたものである。

右の事実は

一、被告人の当公廷での供述

一、証人田○き○ゑの当公廷での供述(但し年令を昭和十年十月十四日と述べた点その他年令についての供述を除く)

一、右同人の検察官に対する第一回供述調書

一、右同人の身上調査に関する照会回答書記載

一、証人高田敬子の当公廷での供述

一、市丸和子の司法巡査に対する第一回供述調書

一、安武輝次の司法巡査に対する第一回供述調書

一、島倉トシの司法巡査に対する第一回供述調書

一、被告人の司法巡査に対する第一回、司法警察員に対する第二回、第三回各供述調書

一、同人の検察官に対する供述調書

一、被告人より提出にかかる家族雇人名簿一册、遊興時間表出勤簿書上げ票の各存在

を綜合してこれを認める。

なお弁護人は本件起訴事実につき次の通り主張する。

一、待合業と接客業は互に独立した業態であつて、待合業者と接客婦との間には雇傭関係或いは使用従属的な関係は存しない。即ち接客婦は身分的にも経済的にも全く自由な地位にあり、自己の自由な意思に基いてこの業務に就いているものである。本件の田○き○ゑも前敍のように被告人との間に雇傭等の関係なく、被告人方において何等拘束されない自由の立場にあつてその自由意思において売春行為を為して居るものであるから、被告人が同女に対して淫行を為さしめたものではない。

二、被告人と右き○ゑの間柄に前敍のような雇傭乃至使用従属関係がないのであるから、同女の年令については調査義務がなく、従つて児童福祉法の適用は除外される。

三、又被告人が右き○ゑを住込ましめるに際し同女の年令十八才を超えているものと信じていたもので、たとえ同女が児童であつたとしてもその年令の不認識について何等過失の責むべきものがない。従つて以上の理由により本件は無罪であると主張するにつき当裁判所は右犯罪事実を認定するに至つた見解を明かにすることとする。

一、戦後連合軍総司令部から所謂公娼制度廃止についての覚書が発せられたが生活の資を獲るため個人が自発的に売淫行為に従事することを禁ずるものでないことは、右覚書実施についての指示によつて明かである。しかしながら被影響性強く未成熟の児童のする売淫行為が弁護人の主張のような自発的であるためにはその児童が名実共に経済的にも精神的にもいささかの拘束をも受けない独立の地位に置かれなければならないと思考する。顧みて本件の児童き○ゑの被告人の経営する待合新富に於ける地位を考察するに、前顕各証拠によつてこれを綜合するに、

(イ)  接客婦たる右き○ゑは被告人より一室の貸与を受けその部屋に居住すると共に、専属的に売淫の場所として使用して居り、又寝具調度の額も同被告人より貸与をうけて居るにかかわらず一日百二十円位の食費の実費を支払つているのみである。

(ロ)  さらに売淫料は被告人の司法警察員に対する第三回供述調書及び島倉トシの司法巡査に対する供述調書の各記載当公廷での右き○ゑの供述と前顕被告人の提出にかかる出勤簿、遊興時間表、書上げ票の各存在に照応するに、被告人に於て日々の稼高を記録するとともに売淫料の全額は一応遊客より被告人に交付し、のちその六分(内二割税込とした)を席料として被告人が、四分を右き○ゑが受取るような計算になつているのである従つて遊客なく売淫料を取得できないときは既述の食費の負担はあるも別に席料を納付するの要もない実情である。

(ハ)  しかして右売淫料の收入は実に被告人の主たる所得の源泉をなしているものであつてこれは席料名義による利得の追求でありかようにあらゆる被告人の場屋施設、調度設備と利便の供与はその目的の故に外ならない。

(ニ)  かかる機構と環境下に置かれた婦女は売淫を継続することなくしては、自己の生活を維持することができない。

(ホ)  又斯る機構の下における婦女の売淫行為を目して完全な自由意思に基くものと謂うことを得ない。しかして児童き○ゑをして斯る施設と機構環境の下において、なさしめたる売淫行為を為すに至らしめた場合およそ同女の自由意思は著しく制限され、被告人の支配の下において淫行させられる行為と見るべく、被告人は児童福祉法第三十四条第一項第六号の責を免れることを得ない。そもそも児童はすべての国民に対し、道義的な社会的責任として児童が心身ともに健かに生れ且つ育成されるように努むべき義務を課し又すべての児童はひとしくその生活を保障されかつ愛護される権利が与えられ厚くその福祉を保護されているのである。児童福祉法第三十四条において国民は何人も児童の心身の健全生活に支障をきたすような有害なそして、そのような危険を伴う虞のあるような種々の生活状態に陥らしめる行為をなすことを禁じこの禁止命令に違反するものに対しては同法第六十条で刑罰制裁を科してその違反を予防して十八才未満の児童の福祉を厚く保護しているのである。弁護人の主張する所謂三業分離の観念は名実ともに実行されてのみ首肯し得るところであつて、実情は前縷述の通りであるからこの点についての弁護人の主張はこれを採用するに足らない。

なお前示認定に反する証拠はこれを採らない。

二、被告人とき○ゑとの間に雇傭又は使用従属関係が存しないとの主張の理由のないことは前記認定の通りで、従つてこれを前提とする年令調査義務のないとする弁護人の主張のまさに理由なきことは明瞭である。次に右き○ゑの児童年令について認識があつたかどうかの点につき審究するに、この点についての同人の検察官に対する供述調書(前顕)の記載に徴すれば同人は雇われ当初自己の年令につき昭和九年五月十四日生と虚偽の年令を被告人に対し告知したこと、そののち同年十一月末頃被告人は同女の年令が十八才未満で児童であることを知るに至つた事実を窺知し得るところでその後も漫然同人に対し淫行をなさしめた事実を認めることができる。つぎにおよそ被告人のような売淫を主とする業者においては婦女を接客婦として使用し淫行をさせるに当つては、戸籍謄本、配給関係書面或は公信力ある書面によるとかその他特に適切周到なる方法によつて、その年令を確認しいやしくも児童をして売淫行為をなさしめざるようにすべき業務上の調査義務があるものと解する。

本件において被告人が児童き○ゑの言を信じ又同人の外形的容貌体格とうにのみに依存して十八才を超えたものと確信し当然採るべき年令確認の調査の手段をつくしていないことは明瞭であるから右き○ゑの児童年令の不認識について過失がないとの弁護人の主張も亦採用するに由がない。

法律に照すに被告人の所為は児童福祉法第三十四条第一項第六号第六十条第一項第三項に当るから所定刑中罰金刑を選択しその罰金額の範囲内で被告人を罰金二万円に処し罰金不完納の場合は刑法第十八条により主文第二項記載の通り被告人を労役場に留置すべく訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条に則り被告人の負担とする。

(裁判官 野村稲一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!