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大阪家庭裁判所 平成14年(少ロ)2001号 決定 2002年8月16日

本人 I・S(昭和60.11.18生)

主文

本件については、補償しない。

理由

1  当裁判所は、平成14年7月26日、本人に対する平成14年(少)第2892号、第3178号窃盗、ぐ犯保護事件について、送致、報告された2件の非行事実のうち、1件の非行事実を認定したうえで、平成14年(少)第3178号ぐ犯保護事件を大阪府東大阪子ども家庭センターに送致する旨の決定をするとともに、同第2892号窃盗保護事件における同年7月1日の原動機付自転車のエンジンキー等の窃盗の事実(以下「第1事実」という。)については、その事実が認められないことを理由として、本人を保護処分に付さない旨の決定をした。

同各事件の記録によれば、本人が身体の自由を拘束されたのは、平成14年(少)第2892号窃盗保護事件についてであり、本人は同年7月1日に第1事実に基づき緊急逮捕され、同年7月3日には当裁判所において観護措置決定を受け、少年鑑別所に収容されて、同年7月26日上記の各決定を受けるが、保護者による受け入れ準備のため同年7月27日まで少年鑑別所における収容が継続されたことが認められる。

2  そこで検討するに、上記観護措置及び同収容継続については、少年の保護事件に係る補償に関する法律3条2号後段に、上記逮捕については、少年の保護事件に係る補償に関する法律3条3号に、それぞれ該当するものと考える。すなわち、本事件においては、<1>平成14年(少)第3178号ぐ犯保護事件において認定されたぐ犯の事実(以下「第2事実」という。)は共犯者が第1事実をなす直前の事実関係であって、社会的事実としては相互に密接関連していること、<2>第2事実のとおり、本人は第1事実の共犯者と一時保護所から無断外出して、第1事実の共犯者と一緒に種々のぐ犯行状を繰り返していたのであり、本人は第2事実を第1事実で緊急逮捕された時点で自認していたこと、<3>当時本人と保護者との間に深刻な確執が認められ、保護者による本人の引き取りが不可能であったことなどに鑑みれば、仮に第1事実について緊急逮捕、観護措置決定がされなかったとしても、第2事実を理由として、身体の自由の拘束をする必要があり、ぐ犯通告のうえ、緊急同行状が発付され、観護措置決定がされたであろうと認められる。そして、上記各事情に加え、本人が逮捕中第1事実を安易に自認し、観護措置を取られる段階で初めて否認に転じており、捜査機関が第2事実につきぐ犯通告、緊急同行状の発付請求をせずに、第1事実に基づき緊急逮捕することを選択したことはやむを得ないものであり、むしろ本人の供述態度がかかる事態を招いたとも言いうること、第1事実に基づく緊急逮捕ではなく第2事実に基づく緊急同行状の発付によったために観護措置を取るのが仮に2日間早かったとしても、本事件の終局決定はその観護措置期間内にされたであろうことなどを考慮すると、上記逮捕について全部の補償を行うことは健全な社会常識に反すると言うべきであり、上記逮捕については補償の必要性を失わせ又は減殺させる特別の事情があったものと評価することができる。

3  次に、本人に対し、補償の全部又は一部をしないことができるか否かにつき検討するに、本事件においては、観護措置期間中、第1事実の有無について証拠調べが行われているが、同時に本人の要保護性についての調査及び心身鑑別も併せて行われ、当該調査結果及び鑑別結果は概ね平成14年(少)第3178号ぐ犯保護事件の処理に利用されていること、逮捕中に取り調べられていた第1事実とその前後の事情は第2事実とその周辺事情に他ならないこと、本人と保護者との確執が大きく、これをある程度緩和して児童福祉法上の措置に繋げるためには相当期間が必要であったこと(保護者は審判後においても身柄引き受けの準備のため丸1日要している。)などが認められ、これらの事実を総合すると、本事件の逮捕、観護措置等に関しては、補償の全部をしないのが相当であると認められる。

4  よって、本件については、少年の保護事件に係る補償に関する法律3条2号及び同条3号に該当するので、同条本文により本人に対し補償の全部をしないこととし、同法5条1項により主文のとおり決定する。

(裁判官 田中寛明)

〔参考〕 窃盗、ぐ犯保護事件(大阪家裁 平14(少)2892、3178号 平14.7.26決定)

主文

平成14年(少)第2892号窃盗保護事件については、少年を保護処分に付さない。

平成14年(少)第3178号ぐ犯保護事件を大阪府東大阪子ども家庭センター所長に送致する。

理由

(非行事実)

少年は、中学校不登校及び家族との不和ゆえに平成11年2月から奈良県中央児童相談所の措置により児童自立支援施設○○学園に収容され、平成14年3月にいったん帰住して高校に進学したがなお学校怠学及び家庭との不和が続いたため、保護者から相談を受けた大阪府東大阪子ども家庭センターの措置により同年6月11日から大阪府一時保護所で一時保護されていた者であるが、

1 同じく一時保護中であったA(当時13歳)とともに同年6月30日に無断で退去した。

2 上記A単独であるいは上記Aと共謀して窃取した自転車でともに移動し、かつ同様に窃取したカップラーメンをともに飲食するなどした。

以上の行状は、保護者の正当な監督に服さないもので、少年法3条1項3号イに該当し、このまま放置すれば、その性格、環境に照らし、将来、窃盗等の罪を犯すおそれがある。

(事実認定の補足説明)

平成14年(少)第2892号窃盗保護事件の送致事実の要旨は、「少年は、Aと共謀のうえ、平成14年7月1日午後7時30分ころ、大阪府東大阪市○○×丁目×番××号、○○店西側商品置場において、□□所有にかかる第1種原動機付自転車のキーホルダー付きエンジンキー1本他1点(時価合計500円相当)を窃取した」というものである。

よって、審理したところ、少年の供述など本件各証拠によれば、上記Aが上記日時場所において、エンジンキー1本等を盗んだこと、少年と上記Aがエンジンキーを盗取した後、後で原動機付自転車を盗もうと話し合っていたことが認められる。そして、上記A、少年の平成14年7月2日付け各供述調書によれば、上記Aが当該エンジンキー付きの原動機付自転車を発見した際、上記Aが「キー付きや」と言い、少年が「ほんまや」と答え、それに対し上記Aが「どうする」と聞き、少年が「盗ろ」と答えたとなっている。

しかし、審判廷において、少年は、上記Aが「どうする」と聞いた際に何も言わなかった旨述べ、上記Aは、少年に「どうする」と聞くと「どっちでもいい」と答え、結局盗んだ、もし少年がいなかったとしても、自分はエンジンキー等を盗んだと思う旨述べている。

少年と上記Aは一時保護所で偶然知り合った関係にとどまり、上記Aが少年のために敢えて嘘の供述をするとは考えにくいし、上記Aが当時13歳であることからすれば、自分がなした非行についてはともかく少年に関する事情については十分に注意を払わないまま、自分の上記供述調書に署名・指印した可能性は否定できない。そして、少年の性格、知的能力を鑑みると、捜査段階では大げさに言ったため少年の上記供述調書が作成されてしまったとする少年の弁解が虚偽であると断ずることもできない。また、上記Aがエンジンキー等を盗んだ後、少年らは原動機付自転車を盗もうと話し合っていることも認められるが、上記Aが既にエンジンキーを盗んでしまったことを前提としたうえでの、原動機付自転車の窃取に関する共謀にとどまり、これのみでは上記Aと少年との間に以前からエンジンキー等の窃取についての事前共謀が成立していたと認めるに足りない。

そうすると、現時点での証拠関係では、上記Aと少年において事前共謀を認めるのに合理的疑いが残る。また、少年が見張りをしていたなど上記Aと少年において現場共謀を認めるに足りる少年の積極的な行為も認められない。

このように少年と上記Aとの間の共謀を認めるに足りないから、平成14年(少)第2892号窃盗保護事件の送致事実は非行事実として認定できない。

(適用すべき法令)

少年法3条1項3号本文、同号イ

(処遇の理由)

原動機付自転車のエンジンキー等の窃盗の点については、少年に非行がないことになって、保護処分に付することができないと認められるから、少年法23条2項を適用し、また、一時保護所から一緒に無断外出した仲間のした自転車窃盗や万引などに関与したというぐ犯の点については、少年に対する少年調査票、少年鑑別所鑑別結果通知書及び審判の結果等を併せ考えると、少年の健全な育成を期するためには、その性格、これまでの行状、環境等に鑑み、少年を児童福祉法の規定による措置にゆだねることが相当と認められるから、少年法23条1項、18条1項を適用し、主文のとおりそれぞれ決定する。

(裁判官 田中寛明)

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