大阪家庭裁判所 平成15年(少)1640号 決定 2003年6月06日
少年 N・T(昭和61.2.13生)
主文
この事件を大阪地方検察庁検察官に送致する。
理由
(罪となるべき事実)
少年は、
第1 公安委員会の運転免許を受けないで、平成15年3月16日午前5時10分ころ、大阪府守口市○○町×番××号付近道路において、普通乗用自動車(以下「本件加害車両」という。)を運転した。
第2 上記日時ころ、本件加害車両を運転し、上記道路を北東から南西に向い、あえて道路右側部分に進出して、時速約40キロメートルないし50キロメートルで進行中、対向して進行してきたA運転の原動機付自転車(以下「本件被害車両」という。)を前方約47.6メートルの地点に認めたが、本件被害車両の通行を妨害する目的で、引き続き、ことさら道路右側部分を走行して本件被害車両に本件加害車両を急接近させる暴行を加え、回避の遅れたAをして、本件加害車両の右前部に本件被害車両ごと衝突を余儀なくさせて、Aを本件被害車両もろとも路上に転倒させ、その責任追及等を免れるべく逃走するため、一時停止していた本件加害車両を発進させて、Aを本件加害車両の前輪部分等で引きずるなどし、その際、そのまま進行を続ければAをさらに引きずったり、れき過したりして、重篤な傷害を負わせ死亡させるかも知れないことを認識しながら、それもやむなしと決意し、あえてそのまま本件加害車両を進行させ続け、同所から大阪府守口市○△町×番××号先の交差点までの約212.3メートルにわたり、最大時速約40キロメートルで本件加害車両を走行させて、Aの身体を引きずるとともに、同交差点において、Aの身体を本件加害車両の後輪でれき過し、よって、Aをして、同年3月17日午前5時7分ころ、大阪府吹田市○□×番××号所在の○○病院高度救命救急センターにおいて、右大腿部杙創に基づく失血により死亡させて殺害した。
(事実認定の補足説明)
少年は、罪となるべき事実第2の事実につき、相手を殺すつもりはなかった旨述べ、付添人は、殺人の故意を欠き、業務上過失致死罪ないし傷害致死罪が成立するに止まると主張する。しかし、証人B及び少年の審判廷における各供述等の関係各証拠によれば、少なくとも本件被害車両と衝突後本件加害車両を発進させ、Aを本件加害車両の前輪部分等で引きずるなどして、ハンドルを取られるなどの運転上の困難やある程度の振動が生じたことが認められ、少年においてこれらを感知できるに至った時点では、少年に未必の殺意を認めることができ、少年の供述中これに反する部分は採用できず、付添人の主張は採用できない。
(法令の適用)
罪となるべき事実第1の事実につき、道路交通法117条の4第1号、64条。同第2の事実につき、包括して刑法199条。
(処遇の理由)
本件は、保護観察中に、自動車を無免許で運転し、対向車線を走行中、対向車である被害者運転の原動機付自転車の通行を妨害する目的で引き続き対向車線を走行し、回避の遅れた被害者を自車に衝突、転倒させたが、その責任を免れるべく逃走を図るために自車を発進させ、自車前輪部分等で被害者の身体を引きずり、その際このまま自車の進行を続ければ、場合によっては被害者に大怪我を負わせ死亡させるかも知れないことを認識しながら、あえて進行を続け、その間被害者を200メートル余り引きずって、れき過し、被害者を失血死させた事案であり、罪となるべき事実第2の事実は少年法20条2項本文のいわゆる原則逆送事件に該当する。
罪となるべき事実第2の事実については、その動機は自ら引き起こした被害者との衝突等の責任を免れるという自己保身にあり、酌量の余地など全くない。その態様も、少年は自動車の運転免許を取得しておらず、運転していた自動車は整備不良であり、他方、被害者においてほとんど落ち度が見受けられないところ、被害者との衝突は少年が被害者の進行を妨害して脅かしたために生じたものであり、その衝突により転倒した被害者が自車前方付近にいるのに後退もせず、自車を前進させ、200メートル余り引きずって、れき過し、そのまま放置するといった危険で残忍なものである。被害者は前途のある19歳の男性であり、引きずられている間の激痛、恐怖感、母、兄を残してその命を奪われた無念さは想像するに余りあり、その被害結果は甚大であるうえ、本件非行が地域社会に与えた影響も看過できない。さらに、被害者の遺族の被害感情は厳しく、少年、保護者の資力がないため、遺族への慰謝の措置を講ずる目途がほとんど立っていない。
少年の父母は、少年が幼少のころに離婚し、父が少年の親権者となるも、少年はいったん養護施設に入所し、母方祖父母と養子縁組をして、母を通じて母方祖母に引き取られた。その後少年は母方祖父、母方祖母と転々とし、平成6年10月ころ、母方祖父母と離縁し、既に義母と再婚していた父に引き取られた。
少年は、小学生のころから、家出、家内盗、万引等の問題行動が散見され、父から体罰を受けるなどしていた。中学1年生になると、毎日のように喧嘩をし、倒れた相手を踏みつけにして大怪我をさせたこともあった。中学2年生のころから、原動機付自転車を盗んでは無免許運転を繰り返し、中学3年生になると、暴走族に所属し、10回程度暴走に参加し、そのころ、友人とあるいは1人で恐喝を重ねていた。平成13年4月少年は高校に入学したが、同年5月父が少年を伴い義母と別居し、少年は無断で義母方に入り込んで、家の金を持ち出したり、菓子を食べ散らかしたりしていた。その後も原動機付自転車窃盗やその無免許運転を繰り返し、同年11月高校を中退した。少年は、平成14年1月現職である墨出し大工として稼働を始め、同年3月少年は原動機付自転車の運転免許を取得し、同年4月父と義母が正式に離婚していたところ、同年9月窃盗等保護事件(平成13年7月から12月までの原動機付自転車等盗3件、放置自転車の横領、原動機付自転車の無免許運転等)により、保護観察(但し、一般短期処遇勧告付き)に付された。少年は、当初保護司と連絡を取っていたが、平成14年12月ころには父に無断で義母方に身を寄せ、保護司との接触がなくなった。平成15年2月初めころに自動車の運転方法を職場の先輩から教えてもらうや、同年2月末ころから、Cと一緒に自動車の無免許運転を繰り返し、その後少年の職場から無断で自動車を持ち出して、無免許運転をし、「やかり」と称して他の単車等を煽ったり、脅かしたりするようになり、その後いわゆるオヤジ狩りと称する恐喝ないし強盗を数回なした。このようなオヤジ狩りや「やかり」をしようと出かけ、被害者等の運転する単車2台を視認しながら、対向車線をあえて進行して、被害者と衝突し、本件非行に至っている。その後、逃走し、Cから本件加害車両が警察に見つかったと聞いて、Cに対し、指紋のふき取りや少年の名前を出さないことを頼んだ。
このように、万引等から、原動機付自転車窃盗及びその無免許運転、自動車の無免許運転、いわゆる「やかり」行為、いわゆるオヤジ狩りに至り、最後には本件非行を敢行しているなど、少年の非行性は深化し続け相当程度進んでいる。そして、何度も発覚しても非行を止めず、また、保護観察に付されても保護司との接触を怠りがちになって結局自動車の無免許運転を繰り返しているなど、少年の再非行を抑止することは難しい。
少年は、本件非行について一応反省の弁を述べるが、被害者の遺族の調査結果を伝えられても「(遺族が)許さないというのは想像していたとおり」と述べるにとどまり、家庭裁判所調査官に対し「留置場で反省した以上のことは思い浮かばない」「鑑別所では何もすることなく暇であり、時間の無駄である」などと述べるなど、その反省は表面的で十分なものではなく、最終審判にあたり、被害者に自分の弟を置き換えることでその反省が進み始めたという状況であり、さらに自己の責任を真剣、深刻に捉えて自覚する必要がある。
鑑定結果通知書によれば、少年の問題点として、不遇な成育歴等から情緒や自律性の発達が阻害されており、他者の心情などに配慮することが難しく、社会規範等を遵守しようとする姿勢が身に付いていない点、目先の面白そうな刺激に安易に飛び付こうとする姿勢がある点、社会的判断力が未熟である点などが指摘されており、本件非行、少年の生活状況、特に自車で被害者を踏んだかも知れないと認識してもあまり動揺せず、被害者の死を知ってもなお普段の生活を送っていたことなどに照らし、上記各指摘は十分首肯できる。上記各問題点に加え、少年の非行性、反省状況等を併せ考慮すると、少年に対し、保護処分として治療的な矯正教育を施すことである程度効果を得ることができるが、それを十分なものとすることは必ずしも容易でないと思料される。上記のように少年には、精神的に未熟であるといった側面が認められるが、一方、金を得るために働くとの勤労意欲を有し、平成14年1月ころから墨出し大工として働き始め、怠業しつつも辞めずに長く続いているのであり、就労中心の社会生活を営む力に大きな不足はなく、就労の点では成人と同様の生活実態を有しているといった側面も認められ、就労面での社会適応を促す意味での保護処分の必要性は乏しい。
保護環境をみるに、父は、自己の生活や負債返済に汲々とし、少年との関わりも希薄で、被害者対応に努力しようとしているが本件非行の大きさに途方に暮れるばかりで疲弊し、その監護力はほとんど皆無であり、そのような状況が2、3年で大きく改善されるとは考えにくく、その監護に期待することはできない。そして、少年が今後社会復帰し真面目に働いて被害者に償いをしていくためには、被害者の遺族や地域住民のある程度の理解が必要であるところ、被害者の遺族の被害感情は厳しく、このまま保護処分に付したとしてもその理解はほとんど得難く、少年が刑事手続を経て、被害者の死の原因、経過を明らかにしたうえで、刑事処分を受け、そこでようやく少年の社会復帰に対する理解が得られる余地が生ずると思料される。
付添人は、これまで父から体罰等の支配を受けてきたことから、強者が弱者を支配することは当然であるとの偏った価値観があることを指摘し、刑事処分を科することはその価値観を一層固着させるだけであると危惧されると主張する。確かにかかる側面があることは否定できない。しかし、少年は当時既に父の支配から離脱し自立しつつあった。そして、上記のように情緒の発達が阻害されてきた少年にとって、保護処分も刑事処分も、裁判所という上からされる処分という点では程度の差こそあれ変わりがない。他方、少年刑務所での処遇においても、少年院における処遇ほどではないものの、青少年受刑者の特性が考慮されている。したがって、かかる問題点があるからといって、直ちに刑事処分が相当でなく、保護処分が相当であるとすることはできない。
上記の本件非行の動機、態様、犯行後の情況(反省状況等)、少年の性格、行状、保護環境等の各事情に照らせば、少年が17歳と比較的若年であるうえ、年齢に比して精神的に未熟であること、これまで不遇な成育歴を経てきたことなど刑事処分の措置になじまない各事情を最大限考慮しても、現時点では、少年法20条2項ただし書の「刑事処分以外の措置を相当と認めるとき」に該当しない。
よって、少年法23条1項、20条2項本文、1項により、主文のとおり決定する。
(裁判官 田中寛明)