大阪家庭裁判所 平成16年(少イ)4号 判決 2005年1月11日
被告人
A (昭和39.10.23生)
主文
被告人は無罪。
理由
Ⅰ 訴因変更後の本件公訴事実は,次のとおりである。
「被告人は,○○市○○区○○×丁目××番×号○○×階「○○店」店長であるが,被告人がその雇用及び勤務条件等を決定した上,部下として使用していた同店従業員B(昭和63年×月××日生,当時16年)が満18歳に満たない児童であることを知りながら,
1 平成16年4月14日午後11時40分ころ,前記「○○店」店内において,同女の乳房等を手でもてあそぶなどした上,自己を相手に性交させ,
2 同月15日午前1時ころ,同区○○×丁目××番×号○○内において,同女のズボン及びパンティーを引き下ろすなどした上,自己を相手に性交させ,
もって,満18歳に満たない児童に淫行をさせる行為をしたものである。」
Ⅱ 弁護人は,被告人とBとの本件性交行為は,同女の完全な同意の下で,むしろ同女のほうから積極的に被告人を誘ってなされたものであり,被告人が,店長の地位を利用するなどして,同女に対し事実上の影響力を行使して行ったものではないから,児童福祉法にいう「児童に淫行をさせる行為をした」ものとはいえず,被告人は本件につき無罪である旨主張し,被告人もまた,後記のとおり,その事実関係につき弁護人の上記主張に沿う供述をしている。
Ⅲ そこで検討するに,まず,検察官及び被告人・弁護人がこれを争わず,関係証拠からも明らかに認められる事実としては,①本件当時,被告人が,「○○店」(以下,単に「本件店」又は「店」という。)の店長をしており,Bが同店の店員をしていたこと,②被告人は,平成16年3月14日,求人広告をみて応募してきたBと面接した上,本件店のアルバイト店員として採用し,同女は,同月16日から同店で働くようになったこと,③被告人は,公訴事実記載の各日時,場所においてBと性交行為をしたが,当時,これを目撃した者はいなかったことなどがあげられる。
Ⅳ ところで,上記のとおり被告人とBとが2度にわたり性交行為をなすに至った経緯及び各性交行為時の状況等についてのB及び被告人の各供述内容についてみるに,まず,Bは,証人として,当公判廷において,「本件当日は,午後10時ころに閉店後,先輩店員のCと共にいわゆるレジ〆と更衣をしたが,その後,被告人に命ぜられあるいは勧められてチューハイやビール,日本酒等を少し飲んだ。そして,Cら他の店員が帰って被告人と2人になると,被告人に手を引っ張られて同人の横に座らされた。当日は,交際中だったDと待ち合わせをしていたこともあり,早く帰りたかったが,店長である被告人を1人残しては帰りづらく,そのまま残ることになった。被告人は,『(私が)16になったから,やっと手が出せるわ。』などと言いながら飲酒していたが,しばらくしてCが忘れ物を取りに戻ってきてすぐに帰って行った後,店内の電気を消し,出入口の鍵を掛けた上,私の手を掴んで店の奥の席に連れて行った。私は,その場でテーブルに両手をつかされ,その手を背後から被告人に片手で押さえられた上,ズボン等の着衣を下げられて性交された。その際は,何も考える余裕がなく,被告人に対して拒否の姿勢を示せなかった。その後,被告人と共に店外に出たところ,暗がりで再び同様の体位で被告人に性交と口淫をさせられたが,この時は抵抗の気力もなかった。」旨供述している。
しかしながら,関係証拠を総合すると,①被告人とBとは,同女の入店以来,職場の休憩時間を近くの喫茶店で2人で過ごすことも多く,また,携帯電話によるメールの交換も頻繁に行い,本件当日には,被告人は,Bの頼みを聞き入れて同女の電車定期券購入のために駅まで同女に同行するなどしており,このように,かねてより2人は相当親密な関係にあり,Bが被告人を嫌っているような状況にはなかったことが窺われること,②本件当夜,Bは,閉店後の経理処理と更衣を終えて店に戻った後,被告人が店内で1人で飲酒している様子を認めながら,同僚のCが午後11時前ころに店を出た際に同女と行動を共にせず,被告人と2人だけになるのにあえて店内に残っていたこと,③そして,同日午後11時30分ころ,Cが忘れ物を取りに店に戻った際,被告人とBは店内の椅子に並んで腰かけて談笑しており,Bは,その後まもなくCが再び同店を離れる際にも,同女と共に店を出る素振りを示さなかったこと,④Bは,当夜は,閉店後,当時の交際相手のDと本件店の近くで待ち合わせる約束をしていたのに,翌15日午前1時すぎころ,同人に対し,携帯電話で「酔ってべろべろの状態」との趣旨のメールを送付するまでの間,同人からは何度も同女宛に携帯電話で連絡をしているにもかかわらず,同女の方からDに連絡を取ろうとした形跡がほとんどないこと,⑤本件における被告人との2度の性交行為や口淫等の際,Bは,被告人に対し,これを拒絶する旨の言動を一切取っていないこと,⑥被告人の所持する携帯電話には,店内での性交行為を終えて店外に出た後に被告人が同電話を用いて撮影した,あたかもキスを求めるかのようなBの顔面の画像が残されていることなどの事実が認められ,この認定を左右するに足る証拠はない。そして,これらの事実に照らすと,被告人との性交行為に至った経緯及び性交行為時の状況等に関するBの上記供述は,当日被告人と2人で店内に残った事情や性交行為時に抵抗しなかった理由として同女が述べるところを考慮してもなお,いささか不自然であって,直ちには採用し難いものといわなければならない。
これに対し,この点に関する被告人の当公判廷における供述をみると,「本件当夜,自分が店内で1人で飲酒していた際,Bにチューハイを作ってくれるよう頼んだところ,同女が『私も飲んでいいですか。』というので一緒に飲むことになった。店内に同女と2人きりになった後,同女が進んで自分の横に座り,2人で飲みながら話しているうち,同女が『ラブホ(ラブホテルのこと)に連れて行ってくれるのか。』というようなことを言いだしたことを契機に自分が同女にキスをし,忘れ物を取りに帰ってきたCが店を出た後,Bが,今日はラブホテルへ行く時間がないというので店内で関係を持つことになり,同女の求めに応じて,自分が同女を抱き上げて店の奥の席に行った上同女の背後から同女と性交行為をし,その後,帰宅のため2人で店外に出て○○内を歩いているうち,同女の方から再度の関係を求めてきたため,店内におけると同様の体位で同女と性交行為をした。」というものであるところ,この供述は,全体として具体的かつ詳細であって,供述自体にその信用性を疑わせるような不自然,不合理な点は見当たらない上,捜査段階から一貫しており,また,上記認定の①ないし⑥の各事実との間に格別の齟齬がないことに加え,関係証拠によれば,Bは,本件の2週間ほど前にいわゆるナンパをされて知り合ったDとの間で,その後本件に至るまでの間に何度か肉体関係を持ったことがあると認められることをも併せ考慮すると,被告人の上記供述を直ちに虚偽のものとして排斥するのは躊躇され,本件各性交行為が被告人の述べるような経緯ないし状況の下で行われた可能性を否定し去ることはできないように思われる。
Ⅴ そして,児童福祉法34条1項6号についてみると,同規定上,単に淫行行為の相手方となる行為自体はその処罰の対象となっていないこと,法定刑が,同種の行為を処罰する趣旨の各都道府県の青少年保護育成条例等にみられる規定のそれに比べて格段に重いものとなっていることなどに照らし,同号にいう「児童に淫行をさせる行為」とは,児童に対し,その立場を利用するなど事実上の影響力を行使して淫行するように働きかけ,その結果児童をして淫行するに至らせる行為をいうものと解すべきであって,淫行の相手方となる場合に通常伴う程度の行為はこれに含まれないものと解するのが相当である。この点につき,検察官は,本件性交行為がたとえBの受入れ意思の下に行われたものであったとしても,被告人は,同女に対し,店長であるという雇用関係上の立場を利用し,その影響力の下で同女に飲酒させた上,同女をして飲酒酩酊の上で淫行を許容するような言動を引き出して同女と性交行為をなすに至ったものとして,このような被告人の行為は,同号にいう「児童に淫行をさせる行為」に該当すると主張する。しかしながら,Bが,本件当時まだ16歳になったばかりの,その思慮未だ未熟な児童であることや,被告人が同女の年齢を熟知していたことなどの事情を考慮しても,本件性交行為に至った経緯及びその行為時の状況に関する被告人の上記供述が直ちには排斥できないものとする以上,被告人とBとの本件性交行為が,被告人において,同女に対する雇用関係上の立場を利用し,その事実上の影響力の下に同女に働きかけた結果なされたものと認めるにはなお疑問が払拭できないといわなければならない。
Ⅵ なお,弁護人は,本件訴因には,被告人が,Bに対し,事実上の影響力を及ぼして淫行するよう働きかけた行為が明らかにされておらず,したがって訴因は不特定といわざるを得ないから,本件については,刑事訴訟法338条4号により公訴を棄却すべきである旨主張するが,本件訴因は,その記載内容に照らし,他の訴因を構成すべき事実と区別し得る程度に特定・明示されていることが明らかであるから,本件公訴の手続に何ら違法の廉はない。
Ⅶ よって,本件公訴事実については,その証明が不十分であって,犯罪の証明がないことに帰するから,刑事訴訟法336条により無罪の言渡をする。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判官 湯川哲嗣)