大阪家庭裁判所 平成17年(家)1193号 審判 2007年2月26日
申立人(寄与分申立人)
A
申立人(寄与分申立人)
B
相手方
C
D
被相続人
E
主文
1 申立人Bの寄与分を750万円と定める。
2 申立人Aの寄与分を定める処分の申立てを却下する。
3 被相続人Eの遺産を次のとおり分割する。
(1) 申立人Aは,別紙1遺産目録記載のすべての遺産を取得する。
(2) 申立人B,相手方らはいずれも,遺産を取得しない。
4 申立人Aは,申立人Bに対し,前項(1)の遺産取得の代償金として,6288万2098円を支払え。
5 申立人Aは,相手方Cに対し,第3項(1)の遺産取得の代償金として,5538万2097円を支払え。
6 申立人Aは,相手方Dに対し,第3項(1)の遺産取得の代償金として,5538万2097円を支払え。
7 本件手続費用は各自の負担とする。
理由
一件記録に基づく当事者の主張,当裁判所の事実認定及び法律判断は,以下のとおりである。
1 被相続人は平成14年×月×日死亡し,相続が開始した。相続人は,被相続人の子らである申立人B,相手方C,相手方D及び申立人Bの夫であり被相続人の養子である申立人Aである。各人の法定相続分は,いずれも1/4である。
2 遺産の範囲及び評価
現在残存する遺産として認められるのは,別紙1遺産目録に記載した預貯金,現金,保管金,配当金である。
本件係属当初未分割遺産であった○○市△△町に所在する不動産については,平成17年×月×日に全員が1/4ずつ共有取得することで一部調停が成立した。
本件係属当初存在した被相続人名義の株券や有価証券は,当事者合意の上,申立人ら代理人弁護士がすべて売却し,売却代金を同弁護士名義の預金口座で保管している。現在保管している売却代金は,別紙1遺産目録4記載の保管金記載のとおりである。
したがって,現時点における分割すべき遺産の総額は,別紙1遺産目録記載の財産の総額である2億2902万8389円となる。
3 申立人Bの寄与分主張について
(1) 申立人Bの主張
ア 被相続人宅の家事労働など
被相続人は,自らは家事労働を全く行えず,申立人らを同居させ,申立人Bに家事労働一切を行わせた。被相続人は偏食が多いなど,申立人Bは気を遣うことが多かった。
昭和59年6月,病院で寝たきりの状態だった被相続人の夫Fの母Gを被相続人宅で引き取り,昭和60年1月まで,Fとその弟らが交代で介護した。その間申立人Bは,GやFの弟らの食事の支度など家事の負担が増えた。昭和60年1月にFの弟らがGの介護から手を引いた後,Gが亡くなる昭和61年10月まで,申立人BがGを介護した。
イ 被相続人の洗髪や排泄の介助など
平成8年ころ以降,被相続人は,自分で入浴はするが,洗髪ができず,申立人Bがこれを介助した。また,被相続人が排泄に失敗することがあり,申立人Bは,その介助や後始末もするようになった。家事労働一切についても,従前どおり,申立人Bがこれに従事した。
ウ 被相続人の自宅風呂場での転倒時から平成13年11月ころまで
被相続人は,平成12年8月24日に自宅の風呂場で転倒し,以後,身動きが不自由となった。申立人Bは,洗面,食事,風呂,排泄など自宅内での移動も含め,被相続人の移動に絶えず付き添った。
平成12年9月以降,被相続人の生活が昼夜逆転となり,夜中1時2時まで就寝せず,就寝した後も一晩に2,3回排泄のために申立人Bを起こす状況となった。平成13年5月には申立人Bが体調を崩したこともあり,申立人Aは××歳で勤務先を退職した。
このように,申立人Bは,被相続人の移動,入浴,排泄(深夜を含む。)などの介助に加え,家事労働一切を行った。
被相続人は,他人に介護されたり,病院に入院したりすることを極端に嫌い,介護センターから派遣された担当者の次回の訪問を拒否するほどだった。申立人Bはそのような被相続人の性格を知って,在宅介護を続けた。
エ 申立人Bの寄与分の評価
申立人らが被相続人と同居を始めた昭和48年から平成7年12月末ころまでの申立人Bの家事労働に関する寄与分は,1日当たり少なくとも2000円として,1600万円(=2000円/日×約8000日)である。
平成8年から平成12年8月24日まで(約1700日)の洗髪介助については,1回の介助を300円,3日に1回として約574回で17万2200円である。排泄の介助,後始末などの身辺介助を1回1000円,1日1回として,合計170万円である。さらに,この間の家事労働一般を1日5000円として,850万円である。したがって,この期間の申立人Bの寄与分は,これらの合計の1037万2200円である。
平成12年8月25日から平成13年11月まで(約450日)の介護に関する寄与分は,平成12年に導入された介護保険制度の基準を参考にすると,入浴介助は1回1万3250円として450日で596万2500円となる。排泄介助は1回400円で,1日4回として算定すると72万円である。家事一般は1日1万円で,450万円である。深夜の排泄介助は1回1000円,2日に1回程度として20万円となる。したがって,この期間の寄与分は,これらの合計の1138万2500円である。
以上を合計した3775万4700円が申立人Bの寄与分である。
オ 平成7年12月にFが亡くなるまでは,被相続人夫婦と申立人らは,生活費を折半で負担していた。平成7年12月のFの死後,被相続人は,生活費として,年金や恩給から月額平均10万円を申立人らに交付してきた。しかし,これのみでは被相続人の生活費を賄いきれず,申立人Bは,自らが小遣いとして被相続人から取得した金銭からも,被相続人の生活費を支出していた。
(2) 相手方らの反論
ア 相手方Cの主張
a 申立人らとの同居を望んだのは被相続人ではなく,むしろFであった。Fは,申立人Aを養子とした結果,申立人Aを○○家を継承する者と扱い同居するのが当然と考えたからである。
b 被相続人は,自宅風呂場で転倒するまでは介護を要する状態ではなかった。それまでの間,申立人Bが何らかの世話をしたとしても,家族の助け合いの域を超えるものではない。また,平成7年12月×日にFが亡くなって以降は,相手方C一家も,週1,2回程度,申立人Bの留守時に被相続人の食事の支度をするなど,家族ぐるみで被相続人の世話を手伝った。
c 平成12年8月以降,被相続人は歩行が困難になり,徐々に介助が必要となった。この介助は,相手方Cの家族をはじめ各相続人の協力により行われ,申立人らのみの手によるものではない。
d 平成13年10月ころ,被相続人が風邪をこじらせ,12月には○○を起こした。相手方C自身は,平成13年×月に○○で緊急入院して以来入通院治療中だったが,相手方Cの夫で相手方Cの許可代理人であるHやその長女I,次女Jが,週いくどか,申立人Bの留守時などに,被相続人を看護した。
被相続人が平成13年12月×日に△△病院に入院してから○○病院で死亡するまでは,各相続人がその家族を含めて,交代で被相続人の付添い看護に当たった。
e 申立人Bは,毎月10万円の介護料を被相続人から受領していた。その他にも,被相続人から,平成8年から12年にかけて合計928万円の資金供与,生活費として452万円,さらに被相続人の生活費の余剰金168万円などの供与を受けており,既に申立人Bの寄与をはるかに超える金額を受領済みである。
f 申立人らによる介護には不適切な面があり,寄与というべきでない。
おそくとも平成13年12月初旬ころまでに,被相続人は○○の兆候を示し,客観的に在宅看護には相応しくない状態だった。主治医からも規模の大きい病院での検査,治療や入院を勧められ,Iも申立人Bに,被相続人を入院させるよう依頼していた。しかし,申立人らは被相続人の入院に消極的だった。被相続人が入院したのは,平成13年12月×日に△△を発症して救急入院した時点であり,このときも,Iが申立人らを説得して,ようやく実現したものだった。
イ 相手方Dの主張
a 平成7年12月にFが死亡するまでの被相続人は,□□の上に既に○○病をも患っていたが,Fの食事の支度をするなどの家事を行っており,申立人Bのみが被相続人宅の家事に従事したのではない。
また,被相続人宅と申立人ら宅は二世帯住宅だったが,生活の主要部分は共用であり,申立人Bがこの部分を掃除しても,通常の協力の範囲内であり,特別の寄与とはいえない。
b 平成7年12月にFが死亡してから,被相続人は,□□と○○病の進行に伴い,体調が悪化した。その後の被相続人の世話,被相続人の死亡前1年間の介護については,各相続人がそれぞれの立場に応じて協力して行ったもので,申立人Bのみが特別に寄与したわけではない。相手方Dは,夫の仕事で住居地の□□から毎月大阪を訪れており,来阪時に申立人Bの依頼を受けて被相続人宅に滞在し,申立人Bの留守中,被相続人の介助や家事などに当たった。相手方Cの娘らもたびたび被相続人宅を訪れ,被相続人の入浴,洗髪,排泄の介助などをした。
c 被相続人が独りで歩行することが困難となり,介助を要するようになったのは,平成12年7,8月ころに転倒して腰と膝を痛めて以後である。申立人Bが本格的に介護に携わったのはこれ以降である。
d 被相続人は,家事労働のために他人を雇って賃金を払うよりも実子の収入となる方がよいと考え,昭和48年から平成7年12月まで,申立人らに,毎月少なくとも10万円を支払っており,支払合計額は2660万円(=10万/月×266か月)に上る。昭和48年当時は大卒の初任給がせいぜい10万円程度だったのと比較しても高額の報酬であり,申立人Bは既に報酬を受けている。
e 申立人らによる被相続人の介護には不適切な面があり,これをもって寄与というべきではない。
被相続人の自立生活が徐々に困難となり,介護を要する状態になったのは,食事やリハビリなど日々の介助が適切に行われなかったことが原因の一端である。
申立人Bは,被相続人の○○病と極度の□□への配慮が乏しく,医師の食事指導に従わず,被相続人の欲しがるままに甘い菓子などを与えた。このような不適切な食事管理により,被相続人の○○病が悪化し,□□□症を招き,後の介護の負担を重くする結果となった。
排泄介助についても,申立人Bは,被相続人が排泄を終わっても,1時間以上便座に座らせておくことがあった。被相続人の排泄の失敗は,申立人Bの介助の方法にも原因があったと思われる。
申立人Bによる介護には,濡れている紙オムツを取り替えないことがあるなど,清潔さが十分でなく,被相続人の疾患が悪化する一因となった。被相続人の緊急入院の原因となった△△は,△△症による○○炎が引き金となり□□□を引き起こしたもので,これらの疾患の根本原因は,不潔さと不適切な介護にあった。
また,被相続人が起きていると仕事にならないとして,日中被相続人を寝かせておくので,被相続人の生活が昼夜逆転した。
f 申立人らは,被相続人の介護を適時に,ヘルパーなど第三者に委任するのが相当だったが,これに消極的だった。
被相続人の介護が徐々に重度になった平成12年後半,相手方Cは,申立人Bに対し,ヘルパーに依頼するよう勧めたが,申立人Bは,これを受け容れなかった。
相手方Dも申立人Bの介護の状況をみかねて,被相続人を引き取る旨申し出たが,申立人Bはこれを断った。申立人Bは,他人を介護に関与させることを拒否し,適切な介護を否定した。
g 被相続人の入院時期の判断も不適切だった。申立人Bは,平成13年12月×日の検査で被相続人の△△症が判明し,医師が入院を勧めた際も,被相続人が入院を嫌がったとして,入院させなかった。
(3) 認定事実
一件記録によると,以下の事実が認められる。
ア 申立人Bは,昭和48年×月,申立人Aと婚姻した。申立人Aは,婚姻に伴い,被相続人夫婦と養子縁組をした。申立人らは,婚姻当初から,被相続人宅で被相続人と同居した。当時,被相続人の夫Fは△△方面に単身赴任中で,単身赴任を終える昭和59年6月まで,申立人らと被相続人の3人で生活した。被相続人は,若いころから血圧が高く,失神することもあるなど,健康状態が不安定だった。
イ 昭和57年ころ,被相続人は,高血圧の投薬治療のため通院するようになった。以後,申立人Bは,被相続人の通院に付き添ったり,被相続人の代理で薬を受け取ったりした。また,発症の時期は明確でないが,被相続人は,○○病をも患った。
被相続人は,その姉であるKの○○療法を継続的に受けていた。申立人Bは,その施療や後片づけを手伝った。
ウ 昭和59年6月,病院で寝たきりだったFの母Gを被相続人宅に引き取った。昭和59年7月から昭和60年1月まで,Fとその弟らが交代でGを介護した。昭和60年1月から昭和61年11月にGが死亡するまでは,申立人BがGを介護した。
エ 昭和61年から昭和62年にかけて,被相続人の視力が悪化した。老齢化によるもので,治療は困難と診断された。
オ 平成6年から7年ころ,被相続人の装着した義歯の具合が悪く,申立人Bは,食材をミキサーやすり鉢ですり下ろすなどの手間をかけて被相続人の食事の支度をするようになった。
カ 平成7年12月×日,Fが死亡した。以後,被相続人は,自らの収入のうち月額10万円程度を生活費として,申立人らに渡すようになった。このころの被相続人の年収は,厚生年金,恩給,株式配当金など合計で300万円余りであった。
キ 被相続人は,Fの遺産分割により,○○市△△の自宅,相続税申告当時8762万余円相当の□□□株式会社の株式,利付国債10万余円相当,投資信託約9107万円相当,現金及び預金1391万余円などを取得するほか,保険の満期返戻金約2571万円の支払いを受けた。
被相続人は,その後折に触れ,相続人らや孫らに多額の小遣いを与えた。平成8年から平成12年9月にかけて,被相続人が各自に与えた小遣いの合計の概算額は,以下のとおりである。
申立人B 1108万円
申立人A 54万円
相手方C 556万円
H 14万円
I 118万円
J 320万円
相手方D 794万円
相手方Dの子2人 合計104万円
ク 平成8年ころ以降,被相続人は,□□のため,洗髪が一人でできなくなり,申立人Bがこれを介助した。また,平成8年4月ころから同10年11月ころまで失禁が続き,申立人Bは,その都度,汚れた衣類の洗濯や部屋,椅子の掃除など後始末に追われた。
ケ 平成11年から12年ころ,被相続人は,転倒して自力で起きあがれず,他人に助けを求めることが幾度もあった。被相続人は,身長××センチ,体重××キロ程度という体型であった。
コ 平成12年3月,□□に居住する相手方Dは,夫の仕事の都合で,兵庫県△△市のマンションに毎月10日ほど滞在するようになった。その間,申立人らの依頼で,被相続人宅に宿泊することがあった。
サ 平成12年8月24日,被相続人は,自宅の風呂場で転倒した。申立人Bだけでは助け起こせず,偶然居合わせた知人の手を借りて3人がかりで助け起こした。以後,被相続人は,歩行に介助を要するようになった。
被相続人の主治医は被相続人の入院を勧めたが,被相続人は,これを拒否した。
シ 平成12年9月ころ,被相続人宅の1階をバリアフリーに改造した。申立人Bは,足の悪い被相続人に常に付き添っていた。ベッドや椅子から滑り落ちた被相続人を,申立人Bがさらしを腰に巻いて引き上げたこともあった。排泄の際は,申立人Bが被相続人の手を引いてトイレに連れて行ったが,失禁することもあり,下着の洗濯などの後始末を申立人Bが行った。申立人Bは,入浴の介助も行った。
被相続人は,生活時間の昼夜が逆転するようになり,夜中まで就寝しないようになった。夜中の排泄の回数も増え,申立人Bは,一晩に幾度も排泄を介助することがあった。
このころ,相手方Cの子らであるI,Jも,3日に1度程度,被相続人宅を訪れ,入浴,排泄などの介護を手伝っていた。相手方Dも,被相続人宅を訪れたときは,同様の手伝いをした。
ス 平成12年9月,被相続人は,介護保険の介護認定で,要介護度2と認定された。相手方らは,申立人Bに対し,ヘルパーなど第三者の支援を求めるよう助言した。
セ 平成13年2月には被相続人の要介護度が3となり,平成13年5月,被相続人は,介護センターの介護士によるリハビリを週1回在宅で受けるようになった。被相続人は,訪問した介護士に対し,次回の訪問を拒否する発言をすることがあった。
ソ 申立人Aは,平成13年ころ,××歳で勤務先を退職した。
タ 平成13年6月,相手方Cが○○で入院した。相手方Cの子であるI,Jは,以後4か月ほど,被相続人の介護を手伝うことができなかったが,平成13年10月末以後再び,被相続人宅を訪れて介護を手伝った。
チ 平成13年12月,被相続人が体調を崩した。Iは,申立人Bに,自宅介護の限界を述べ,被相続人を入院させるよう勧めた。被相続人の主治医も,かねてから,入院して検査を受けることを勧めていた。
ツ 平成13年12月×日,再び体調を崩した被相続人を主治医が往診した。主治医は,○○の兆候を認めて被相続人に入院を勧めたが,被相続人がこれを受け付けなかった。
テ 平成13年12月×日××ころ,被相続人の体調が急激に悪化した。被相続人の様子を見に被相続人宅を訪れていたIは,相手方Dの夫に相談の上,申立人らを説得し,救急車で被相続人を△△病院に搬送して緊急入院させた。被相続人は○○を発症しており,申立人らとIの相談の上,手術を受けさせた。
その後平成14年2月×日まで,被相続人は,△△病院で入院治療を受けた。その間,申立人ら,相手方D,相手方Cとその家族は,交代で被相続人の付き添い看護に当たった。
平成14年2月×日,被相続人は○○病院に転院した。転院後も申立人ら,相手方D,相手方Cとその家族は,交代で付き添い看護に当たった。
平成14年4月×日,被相続人は○○病院において死亡した。
(4) 申立人Bの寄与分の有無及び評価
寄与分を認めるためには,当該行為がいわゆる専従性,無償性を満たし,一般的な親族間の扶養ないし協力義務を超える特別な寄与行為に当たると評価できることが必要である。以下,(3)の認定事実に基づき,検討する。
ア 平成8年ころまでの家事労働などについて
申立人Bの結婚当初から平成8年ころまでについて,被相続人宅の家事労働を申立人Bのみが全面的に行った事実は認められない。また仮に,申立人Bが被相続人の居住範囲の掃除,被相続人の食事の支度その他の家事を担当したのであっても,同居の親族の協力義務の範囲を超える特別の寄与には当たらない。
申立人Bは,Fの母Gを引き取って介護したり,介護に訪れたFの弟らの食事の世話をしたことなどの負担を主張する。これらは被相続人宅の家事の延長ではあるが,むしろFとの関連の出来事であり,必ずしも被相続人に関する寄与というのは相応しくない。また,その期間や負担の程度に照らして,同居の親族の協力義務の範囲を超えるものではない上,申立人Bのこの点に関する主張が,財産的寄与というよりは精神的負担を述べる点でも,寄与分にはなじみにくい。
また,被相続人は,若いころから血圧が高く,□□体型で,後には○○病をも患うなど,申立人らとの同居当初から健康状態が不安定であった。申立人Bは,通院に付き添ったり,○○治療の手伝いをしたり,被相続人の視力が悪化した後はその安全面にも配慮するなどした。義歯を入れてからは調理法にも配慮していたが,これらの事実も,いまだ同居の親族の協力義務の範囲を超える寄与に該当するとまではいえない。
イ 平成8年以降の入浴介助,排泄介助,家事労働について
この間の家事労働については,同居の親族の協力義務の範囲を超えるものでなく,これによる寄与分は認められない。
他方,平成8年ころから,申立人Bが被相続人の洗髪や排泄を介助したり,失禁の後始末をするなど,身体介助の側面が認められるようになる。特に,排泄介助は,この時点で被相続人が一応独りで歩行できたことに照らすと申立人Bがこれに専従したとまで評価するかは微妙だが,作業の性質や作業量にかんがみ,相当の負担になったことは推認できる。平成12年8月以降の介護と併せて,寄与分の評価の一要素にはなりうる。
ウ 平成12年8月から平成13年12月の入院までの在宅介護について
a 介護の専従性
平成11年ころ以降,被相続人が転倒して自力で起きあがれないことが幾度も起きるなど,被相続人の下肢が弱っていた。特に平成12年8月に風呂場で転倒した後は,歩行や移動に常に介助を要する状態となった。加えて,排泄介助(深夜も含む。)や失禁の後始末,入浴介助,転倒時の助け起こしなどの介護の大半を申立人Bが担っており,申立人Bが家事労働をこなしながらこれらの介護を行ったことからすると,その作業量,肉体的負担,所要時間を考慮して,申立人Bの生活の中心を被相続人の介護作業が占めたといっても過言ではないと推認できる。したがって,この間の申立人Bの被相続人の在宅介護について,専従性が認められる。
相手方らは,被相続人の介護は申立人Bのみが行ったのではなく,相手方らやその家族も協力して行った旨主張する。たしかに,相手方ら及びその家族も,被相続人の介護に協力した事実が認められる。特に,相手方Cの子であるI,Jはしばしば被相続人宅を訪れ,入浴,排泄などの介護に相当貢献したと認められる。しかしながら,申立人Bは深夜も含めて24時間被相続人を介護する状態であったことによれば,他の親族の協力を得たからといって,申立人Bの介護の専従性が全面的に減殺されるわけではない。
b 介護の無償性
相手方Dは,申立人Bが昭和48年以来,毎月10万円を被相続人から受け取っていたと主張し,また相手方Cも同趣旨の主張をし,申立人Bの介護は有償であり寄与分の要件としての無償性を欠くと主張する。以下,この主張を踏まえて,申立人Bの介護の無償性を検討する。
(3)の認定事実によると,申立人Bが平成8年から12年9月にかけて総額1000万円以上の小遣いを貰っていること,平成8年以降,月額10万円の生活費を受け取ってきたことが認められる。相手方Dの主張する,平成8年以前も毎月10万円を受け取っていた事実は,一件記録中これを認めるに足りる資料がない。
この事実を前提にすると,たしかに,申立人Bが受け取った小遣いが高額である上,平成8年以降,被相続人が自らの最低限の生活費を分担していたとの評価が可能であり,被相続人が何らの費用分担をしていない事案とは別途の考慮が必要である。
しかし他方,被相続人から小遣いを貰ったのは申立人Bのみならず,相手方Cも500万円以上,相手方Dは800万円弱,被相続人の孫Jも320万円程度,その他の孫らも数十万円以上を貰っている。各自の小遣いの金額を比較すると,申立人Bが小遣いを貰った事実から,その介護の無償性を全面的に否定することは相当でない。相手方らや一部の孫らが被相続人の介護に協力した事実を考慮しても,小遣いの金額が必ずしも協力の程度に比例するとは認められないからである。また,被相続人が分担した毎月10万円の生活費は,その金額に照らし,食費その他の一般的な家計費に主として充てられたことに疑問はなく,介護に対する報酬としての側面は必ずしも大きくないといえる。
したがって,申立人Bの介護の無償性は否定されない。もっとも,申立人Bが相続人中で最も多額の小遣いを貰っていた事実は,申立人Bの寄与分の評価をする上で,考慮を要する事実には当たる。
c その他の相手方らの反論について
相手方らは,①ヘルパーへの依頼や入院に消極的であるなど,申立人Bの介護方針には不適切な点があった,特に入院いかん,時期の判断は妥当でなかった,②申立人Bの介護は,食事療法が徹底されず,清潔さも不十分で,日中被相続人を寝かせておくなどの不適切な点があったなど主張する。
①の点については,被相続人自身が親族以外の者の世話になることや,入院することを嫌っていたことを考慮すると,申立人Bの介護の瑕疵として申立人Bの寄与を大きく減殺する事情とはいえない。②の点については,少人数で在宅介護を担った場合一般に起こりうる事柄であり,仮に申立人Bの介護が完璧なものでなかったとしても,それによって全面的に寄与分を否定する事情とまではいえない。
したがって,結論として,申立人Bの介助及び介護について,寄与分を認めることが可能である。
エ 申立人Bの寄与分の評価
(3)の認定事実を前提に,以下,申立人Bの寄与分の評価につき検討する。
a 申立人Bが被相続人の介護にほぼ専従したのは,平成12年8月24日の風呂場での転倒時から平成13年12月末ころまでの約16か月間(486日間)である。
b 看護師家政婦紹介所が看護師等を派遣する際の標準賃金表(ただし平成17年当時の基準)によれば,看護師の場合,①泊込勤務が1万8000円,②午前9時から午後5時までの通勤勤務が1万3000円である。ケアワーカーの場合は,泊込勤務が1万2100円,②午前9時から午後5時までの日勤が7800円である。いずれも泊込勤務の際,午後10時から午前6時まで特に介護を要した場合,泊り料金の1割から2割増しとなり,徹夜勤務の場合は5割増しとなっている。
c 上記の標準賃金を参考にしつつ,申立人Bの介護が①勤務としてではなく,あくまで親族介護であること,②少人数による在宅介護のため,完璧な介護状態を保つことは困難だったと窺われること,③申立人Bが他の親族より多額の小遣いを取得していたこと,④昼間は,他の親族も交代で被相続人の介護を手伝っていたこと,⑤被相続人の生活が次第に昼夜逆転し,深夜の排泄介助もしばしばあったことは負担感を増したといえること,⑥被相続人が□□体型であり,介護の肉体的負担が極めて大きかったといえることなどを考慮して,一日当たりの介護費用を1万2000~1万3000円程度として算定することとする。とすれば,申立人Bの当該期間の介護労働を金銭的に換算すると,600万円程度との評価が可能である。
d 上記の数字は,専ら当該期間中の介護面のみを抽出して金銭換算したものであるが,最終的な寄与分評価としては,上記の数字を踏まえ,相続財産の額その他一切の事情を考慮(民法904条の2)し,相続人間の実質的衡平に資するべく評価を決定することとなる。
本件において,申立人Bは,①平成8年4月以来,被相続人の洗髪を介助するなど,軽度の身体介助は相当早期から始まっていたこと,②失禁の後始末など排泄にまつわる介助も平成8年ころから既に行っていたこと,③平成11年ころから,被相続人が幾度も転倒しており,その行動に注意を要する状態は既に始まっていたことなどを併せて考慮すれば,最終的な寄与分の評価としては,遺産総額中の3.2%強である750万円と認めることとする。
4 申立人Aの寄与分主張について
(1) 申立人Aの主張
アa 被相続人は,Fの遺産から取得した□□□の株式配当金を年額80万円程度受領しており,市民税を支払う必要があった。申立人Aは,税金対策として被相続人に助言の上,被相続人の□□□の株式(Fから相続したもののほか,被相続人が以前から保有していたものも含む。)を売却した。また,その売却益を原資に新たな株式や投資信託による資金運用を行って合計2941万8128円の売却益を上げ,配当金や分配金(以下「分配金等」という。)合計1105万2822円と併せて4047万0950円の利益を実現し,被相続人の生活費や親族への配分金の原資とした。詳細は,別紙2から4までに記載のとおりである。
他方,□□□の株式を保有し続けたとすれば配当金として年間80万円,6年間で480万円の入金が見込まれたことから,これを控除した差額である約3500万円が申立人Aの寄与分である。
b 株式などにより収益を上げるには相応の注意深い市場観察を要し,その行為の無償性を考えると,民法904条の2「その他の方法による労務の提供」として寄与分に該当する。
イ あるいは,被相続人がFから相続した資産がそのままの状態で被相続人の死亡時まで保たれた場合の評価総額との比較でも,申立人Aの寄与分が認められる。つまり,被相続人がFから相続した資産のうち預貯金,有価証券など金融資産の評価総額は相続当時2億1696万6241円であったが,これらが平成14年4月22日まで存在したと仮定すると,別紙5記載のとおり,評価額は2億1988万2245円と予測される。
平成8年から14年にかけての被相続人の家計収支は,別紙6から8までに記載のとおり,平成8年から13年までの収入合計が2010万円,生活費支出合計が3056万円,臨時支出合計が4730万円,平成14年の収支は399万円である。
とすれば,被相続人死亡時のFから相続した資産の残額は,別紙5に記載のとおり1億5813万2245円となるはずであるが,現実には1億8210万5834円存在し,2397万3589円増加した。これは,Fから被相続人が相続した資産を申立人Aが運用した結果であり,申立人Aの寄与分に当たる。
(2) 相手方Cの反論
ア 申立人Aの主張する株式等の売却益の大半は,被相続人がFから相続した□□□株式の株価が一時期上昇したことによって得られたものに過ぎず,申立人A自身が売買した株式,公社債投資信託に限定して運用損益を見ると,入金された配当金等を考慮しても,何ら寄与とはなっていない。
イ 申立人Aは,被相続人の生活費として年間共通経費分担額188万円との前提で主張するが,被相続人と申立人らの経費を折半するのは不当である。その他の支出額にも相当でないものがある。被相続人の年間生活費はせいぜい307万円程度と見積もるべきである。
ウ Fの死亡当時,被相続人は,□□□株式5930株,○○○株式1000株,△△△株式2000株,利付国債,定期預金合計2500万円を固有資産として保有しており,これらの当時の評価額は合計で4176万5325円であった。申立人Aが運用する以前の被相続人の資産には,Fから相続した遺産にこれらを加えるべきであり,そうして計算すると,申立人Aの資産運用によって,被相続人の資産はかえって減少している。
(3) 認定事実
一件記録によれば,以下の事実が認められる。
ア 被相続人がFから相続した不動産以外の資産は,①現金及び預金合計1391万余円,②□□□の株式16万5644株(当時の株単価529円),③当時の評価額10万余円の利付国債,④当時の評価額合計9107万余円の投資信託などである。その他に,保険の満期返戻金約2571万円の支払いを受けた。
イ 被相続人は,Fの死亡当時,その固有資産として少なくとも○○○1000株,△△△2000株,□□□8500株の各株式,定期預金合計2500万円を保有していた。
ウ □□□の株単価は,Fの死亡後1000円程度まで上昇したが,被相続人の相続開始時である平成14年4月当時は541円であった。その後さらに下落し,平成16年9月時点では375円となっている。
エ 申立人Aは,平成8年4月から平成12年10月ころにかけて,被相続人の□□□の株式17万4144株を,株単価おおむね600円以上975円以下の価格で売却した。
オ 申立人Aは,□□□以外にも,別紙2記載のような株式,投資信託の取引を行った。損益状況は別紙2記載のとおりである。
カ 被相続人の平成8年から13年までの平均年収は,恩給54万余円,厚生年金200万余円,配当金73万余円の合計327万円程度であった。
キ 被相続人は,平成8年から13年にかけて,生活費以外に,別紙8に記載のとおり,親族に対する小遣い,バリアフリーその他の工事費用,法事費用,交際費,高額商品の購入などで4700万円程度を支出した。
ク 被相続人の相続開始当時の株式,有価証券の評価額は合計1億1503万5000円程度,現金預金は合計6875万円程度であった。これらの内訳は別紙9記載のとおりである。
(4) 判断
ア 株式,投資信託による資産運用には利益の可能性とともに,常に損失のリスクを伴う。しかるに,一部の相続人が被相続人の資産を運用した場合,その損失によるリスクは負担せずに,たまたま利益の生じた場合には寄与と主張することは,いわば自己に都合の良い面だけをつまみ食い的に主張するものであり,そのような利益に寄与分を認めることが相続人間の衡平に資するとは,一般的にはいいがたい。
イ 申立人Aの寄与分主張のアについて見ると,株式等の運用益の大半を占めるのは,被相続人がFから相続した□□□株式の売却益2824万余円である。これ以外の取引には大幅な損失を生じた取引もあり,被相続人の相続開始時までに売買を完了した取引に限っても,損益合計で若干の利益に止まっている。被相続人の死亡時に残存した株式等の評価については,かえって大幅な評価損を生じていた可能性すら否定できない。
申立人Aの購入した株式,投資信託によって,6年間で合計1105万余円の配当金等を得ており,□□□株式を保有し続けた場合よりも多くの配当金等を得た事実は窺われる。しかしながら,もともと被相続人の保有資産は多額であり,それと比すると死亡時に残存した株式等が評価損を生じていた可能性も否定できないことなどを考え併せると,より多くの配当金等を得たからといって,申立人Aの資産運用が被相続人の遺産に寄与したとはいまだ認められない。
□□□の取引については,株価が上昇した時点で売却したことで,大幅な利益を生じている。しかしながら,株価の上昇自体は偶然であり,単にその時期を捉えて保有株式を売却した行為のみで,特別の寄与と評価するには値せず,この点においても,申立人Aの資産運用に寄与分は認められない。
ウ 申立人Aの寄与分主張のイは,要するに,申立人Aが資産運用した結果,そのまま被相続人の資産を維持した場合と比較して,被相続人の支出による資産の目減りを少なくした旨の主張である。
しかしながら,この主張の中で,被相続人が6年間で支出したとされる生活費(高額商品の購入等は除く。)3056万円は,一般的な生活費と比較すると相当高額である。しかるに,被相続人がそのような高額な生活費を現に支出したことを裏付ける的確な資料は一件記録中見当たらない。また,この主張における計算方法では,Fの相続時点の被相続人の固有資産が考慮されていないが,被相続人が少なくとも(3)認定事実のイ記載の資産を保有していたことによれば,これを考慮しない計算方法は妥当でない。このように,寄与分算定の前提とする数字や計算方法の妥当性に疑問があることからすると,寄与分主張イの観点からしても,申立人Aの資産運用が被相続人の遺産に寄与したとはいまだ認められない。
エ したがって,申立人Aの寄与分に関する主張は認められない。
5 当裁判所の定める分割方法
(1) 各自の具体的相続分
現時点における分割すべき遺産の総額は,2億2902万8389円である。申立人Bの寄与分を750万円認めた各自の具体的相続分は,以下のとおりとなる。
申立人B 6288万2098円
申立人A 5538万2097円
相手方C 5538万2097円
相手方D 5538万2097円
(2) 具体的分割方法
現時点の遺産は,預貯金,申立人Aの手元現金,申立人ら代理人弁護士保管金,株式配当金であり,いずれも容易に換金可能なものである。従前からこれらの財産を申立人Aにおいて主として管理してきたことによれば,遺産の現物をすべて申立人Aに取得させた上で,申立人Aから他の当事者に対して,各自の具体的相続分に相当する代償金の支払いを命じることとする。
6 手続費用の負担
手続費用はいずれも,それぞれ支出した当事者に負担させるのが相当である。よって,主文のとおり審判する。
(家事審判官 山本由美子)
<以下省略>