大阪家庭裁判所 平成18年(少)2865号 決定 2006年9月04日
主文
少年を初等少年院に送致する。
理由
(非行事実)
少年は,平成18年7月13日午前10時55分ころ,大阪府○○市△△町×丁目○○番△号○○市立××中学校□階2年□組教室内において,同校同組の生徒であるBが同所に置いていたリュック内の財布から,同人所有の現金5000円を窃取した。
(適用すべき法令)
刑法235条
(事実認定の補足説明)
1 本件の送致事実においては,少年が窃取した金額は7000円であるとされているところ,少年は,審判において,窃取金額は5000円であると思うが,記憶が定かでないので7000円かもしれない旨陳述し,付添人は窃取金額は5000円である旨主張している。
2 一件記録によれば,捜査段階における少年らの供述の経過は以下のとおりである。
被害者Bによれば,窃取された金額は1万7600円であるところ,少年は,窃取金額について,逮捕当初は1000円(千円札1枚)であるとしていたが,同年8月1日の司法警察員による取調べで5000円(5千円札1枚)であると供述を改め,翌2日の検察官による弁解録取でも同供述を維持するとともに,その余の金員については当時現場にいた他の生徒が盗んだかもしれない旨供述していた。しかし,同月4日には,窃取金額は7000円(5千円札1枚と千円札2枚)で,犯行直後に現場に居合わせたCも金額は不明であるが現金を盗んだと供述するに至り,以降,同月5日,同月8日の司法警察員による取調べ,同月9日の検察官による弁解録取でも窃取金額は7000円であると供述している。一方,Cは,平成18年7月20日,同月30日の司法警察員による取調べにおいて,被害者の財布から現金を窃取したのは少年である旨供述していたが,同年8月3日の司法警察員による取調べにおいて,少年から窃取した現金として5千円札1枚と千円札2枚を見せられた,自身も1万円を窃取した旨供述するに至った。
3 一件記録及び審判における少年の陳述によれば,窃取金額が5000円であるとの捜査段階における少年の供述は,当該供述当時の少年の記憶に従ってなされたものであると認められるところ,上記2の供述経過に鑑みれば,窃取金額が7000円であるとの少年の供述は,取調担当捜査官が,Cの供述を基に少年が窃取した金額は7000円であろうとの予断を抱いて誘導して得られたものである可能性が高く,少年も,審判において,被害金額が1万7000円余りであり,Cが1万円盗んだと供述していると聞いて,自分が盗んだのは7000円かもしれないと思うようになった旨陳述している。他方,Cの供述も,当初は自身の犯行を秘匿して少年に罪責を負わせようとしていたなど必ずしも一貫性があるわけではなく,また,Cに続いて現場に居合わせたDは,少年から,窃取した現金として5千円札か1万円札(いずれにしても札1枚)を見せられたと供述しているのであって,窃取金額が5000円であるとの少年の供述に比べてCの供述の方が信用性が高いともいえない。
4 以上によれば,少年が窃取した金額が7000円であると認めるにはなお合理的な疑いが残るといわざるを得ず,送致事実につき,窃取金額を5000円とする限りにおいて非行事実を認定するのが相当である。
(処遇の理由)
1 本件は,少年が,小遣い欲しさから金員を窃取しようと考え,在籍する中学校において,授業時間中に,他の教室で授業を行っているため無人となっていた教室に忍び込んで他の生徒の荷物を物色するうち,被害者のリュック内に財布があるのを発見し,同財布から現金5000円を抜き取って窃取した窃盗1件の事案である。動機は単純であるが偶発的な犯行とはいえず,後述のとおり前件非行により保護観察に付されて間もなく,さしたる抵抗感なく犯行に及んでおり,規範意識,罪障感の乏しさが窺える。
2 少年の家庭は,平成10年10月に実父母が離婚しており,それ以降,実母が少年を含む4人の子を養育・監護してきた。少年は,中学校1年生の1学期ころまでは特段の問題行動を起こすことはなかったが,中学校1年生の2学期ころから,学校生活への不適応を示し始め,遅刻,欠課といった怠学傾向がみられるようになったほか,夜間に校舎へ侵人したり,教師等に対する暴行,校舎への落書き,学校の備品の損壊といった粗暴行為,リストカットなどの自傷行為に及ぶようになった。家庭においても,夜間に校舎へ侵入した件について実母から体罰を伴う厳しい叱責を受けたことで実母に対して嫌悪感を抱き,これに伴って,実父母の離婚の原因が実母の不貞にあるなどと疑い始めて実母に対する不信感を募らせ,実母に対して一方的に拒否的な態度を示して実母の指導に従わなくなっていた。このような経過を経て,平成17年4月には児童相談所において一時保護の措置がとられたが,同措置が解除されて帰宅した後,平成17年5月に教師に対して暴行を加え,傷害を負わせる事件を3件起こしたことで,ぐ犯保護事件として当庁に事件係属し,平成17年6月17日,試験観察決定を受けた。試験観察は約1年に及んだが,その間,少年は,少年なりに学校生活に適応しようとする姿勢を示し,学校内での粗暴行為や自傷行為はみられなくなり,実母との関係についても,以前のように拒否的な態度を示すことはなくなり,改善のきざしがみられるようになった。そこで,依然として怠学等の問題行動が散見され(少年によれば,試験観察中には申告していなかったが,平成17年夏ころから喫煙を始め,平成18年2月ころから同級生らとの夜遊びが始まり,次第にその頻度を増していったとしている。),実母も,少年の問題行動に対して暴力は振るわないまでも頭ごなしに叱りつけるだけになって少年と衝突してしまったり,実母自身の交友のために夜間不在がちで少年と接する機会が乏しいなど,実母による監護・指導に必ずしも適切とはいえない面があるといった課題を残しつつ,平成18年6月27日,保護観察決定を受けた。少年は,保護観察に付された後も,怠学等の問題行動は収まらず,実母との関係も良好とはいえない状態が続く中,小遣いが欲しいことを実母に言い出すこともできずに,本件非行に及んだ(少年は,本件非行の前後にも同種行為に及んだのが3件あると申告している。)。
3 これら少年の問題行動の背景には,鑑別結果通知書において指摘されている,感情や行動の統制が未熟である上に,自律性や主体性の発達も大きく立ち後れており,目先の刺激や周囲の動きに流されて,ことの善し悪しや後先をよく吟味しないままに即行しやすいといった少年の資質上の問題がある。家庭,学校生活,友人関係等において生じる種々の問題状況に対して自己の感情を整理して適切に対処することができずに,情緒的に混乱し,衝動的に問題行動を繰り返している。また,問題行動について指導を受けても,ときにこれを被害的に受け止めて不快感を抱き,その感情を統制できずに更に混乱を招いてしまいがちである。前件非行による試験観察,保護観察を通じて,学校生活の在り方等を改善しようと少年なりに努力し,それまで主な問題行動とされていた粗暴行為や自傷行為を自制するようになり,学業についても以前に比べれば前向きに取り組んでいたが,より高いレベルでの学校生活への適応を求められたり,学校外での生活態度等別の問題行動を指摘されることで,努力しても正当に評価されないとの思いを強めるなどして情緒的な安定を欠くとともに,善悪の判断も曖昧なものとなり,本件非行に至ったものと解される。
4 少年の更生には上記資質上の問題を改善することが不可欠であるところ,少年の保護環境についてみれば,実母は前件非行による試験観察を経て少年に対する関わりの在り方に問題意識を持つに至っているが,依然として,叱責が一方的なものになりがちであったり,夜間不在となることが多く少年と接する機会が著しく乏しいままであり,少年の抱える問題に配慮したきめ細かな監護・指導が十分できているとはいい難い。少年の抱える問題の大きさに照らし,家庭を中心とする保護環境は少年の更生の基盤としては脆弱といわざるを得ない。
5 以上の諸点に鑑みれば,少年に対して在宅での処遇を選択することは相当でなく,まずは心情の安定をもたらす落ち着いた環境を確保すべく,施設に収容した上で処遇することが必要である。そして,少年の抱える資質上の問題の特質・根深さに鑑みると,ある程度強固な枠組みの下,規範意識や自己統制力を養うとともに,適切な対人関係の持ち方などを学ばせ,少年が進学を希望している高校での生活を含めた社会生活に適応するために必要な力を身につけさせるべく,矯正教育を施すのが相当であり,それには相当の時間を要するものと解される。
6 よって,少年法24条1項3号,少年審判規則37条1項を適用し,主文のとおり決定する。
(裁判官 中田克之)
<以下省略>