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大阪家庭裁判所 平成18年(少)432号 決定 2006年3月06日

少年 A(平成3.6.24生)

主文

少年を初等少年院に送致する。

理由

(ぐ犯事実)

少年は、窃盗保護事件及びぐ犯保護事件により、当裁判所において、平成17年12月26日に児童自立支援施設送致決定を受け、現在、○○学園に入所中の中学2年生であるが、同決定後、しばらくは生活が落ち着いていたものの、学園内において、他児童ともめて殴りかかったり、他児童に対して「ちくった奴は殺す。」等威圧したり、このような態度に注意指導を与える学園職員に対して反抗したりしている。

その性格、環境等からすれば、将来、暴行、傷害等の犯罪を犯すおそれがある。

(適用すべき法令)

少年法3条1項3号イ、ニ

(事実認定等についての補足説明)

1  検察官はぐ犯保護事件の外にも詐欺保護事件を送致するが、当裁判所は、詐欺保護事件について、検察官送致事実よりも縮小して、「少年は、平成17年11月25日午後0時すぎころ、○○市○○区○○×丁目×番×号○○方付近道路上を走行する○○交通株式会社所属のタクシー運転手Bが運転する同社タクシー内において、Bに対し、目的地到着後に乗車料金を払う意思も能力もないのにあるかのように装い、「△△駅まで。」などと申し向けて、同人をして、目的地到着後確実に料金の支払が受けられるものと誤信させて欺き、よって、同所から大阪府△△市△△町××番××号○○鉄道株式会社△△駅西側ロータリーまで、上記タクシーを運転走行させ、もって、その間の乗車料金2530円相当の財産上の不法の利益を得たものである。」との限度でその事実を認め、かつ、同事件については少年を保護処分に付さない(不処分)のが相当と判断した。その理由は次のとおりである。

2  詐欺の事実を縮小して認定した理由

一件記録と当審判廷における少年の供述によれば、次の各事実が認められる。

少年は、児童自立支援施設である○○学園から逃げ出し、実家に戻れば実母がタクシー代を払ってくれると考えて、□□駅のタクシー乗り場でタクシーに乗り込み、運転手に対して、○○市○○区にある実家に向かうように言った(なお、少年は、警察では、実母が代金を払ってくれるはずはなく、当初から運転手を騙すつもりだったと供述しているが、当審判廷では、実家に戻れば実母が代金を支払ってくれると思ってタクシーに乗ったと供述する。実家に戻った後、少年は運転手と一緒に実家の前に行き、運転手の携帯電話を使って実母と連絡をとっているし、現に母は○○学園に立て替えてもらうように述べていることからすれば、少年は、最初にタクシーに乗った段階では、実母に確実に代金を払ってもらえると考えていたといえるので、当審判廷での供述を採用する。)。

実母は運転手に対して○○学園に戻り、同学園で代金を受け取ってくれと述べ、運転手も少年もそのことを了解し、運転手は○○学園に戻ろうとした。

少年は、○○学園に戻ろうとした車内で、実在しないのに△△に行けば祖父がいて代金を払ってくれると述べて、行き先を変更して△△駅に向かうように頼んだ。運転手はその言葉を信じて△△駅まで少年を運んだ。

これらの各事実からすれば、実家に戻るために□□駅でタクシーに乗った当初、少年に「運転手を騙してやろう。」という気持ちがあったとまではいえない。よって、この時点ではまだ詐欺の成立を認めることはできない。ところが、実家を出て○○学園に向かおうとしたときには、少年は、同学園に戻るのが嫌で実在しない祖父を語って運転手に△△駅へと向かわせており、△△駅に行き先を変更した段階では同駅に着いても代金を払うあては全くなかったと推認される。したがって、実家を出て△△駅に向かった時点以降について少年に詐欺罪が成立する。

3  詐欺事件については不処分とする理由

前項の範囲で詐欺の事実が認められるけれども、この事実については既に裁判所の判断は示されているといえる。すなわち、少年は平成17年12月26日にぐ犯保護事件により児童自立支援施設送致決定を受けているが、その際にぐ犯性を基礎づける事実としてタクシーの乗り逃げが摘示されている。もし本件で詐欺の事実をもって少年を処分するとすれば、前件決定と本件決定とで同じ事実を二回にわたって評価することになってしまい、相当でない。したがって、詐欺の事実については不処分とする。

(処遇の理由)

本件は、少年がこのままだと将来に暴行や傷害の犯罪を起こすであろうというぐ犯の事案である。少年は幼いころから施設に預けられて育ち、小学校2年生のころに家に引き取られたけれども、実母や継父から酷い虐待を受け、小学校からの虐待通報により一時保護されたり、家出して警察に保護されたりして、小学校5年生だった平成15年2月に実母の同意により○○学園に入所した。その後、中学2年生であった平成17年8月に自宅に戻ったけれども、前件の窃盗事件を起こし、実母に引受を拒否されて、○○学園に戻った。その後、同園を逃げ出し、平成17年12月に前件で児童自立支援施設送致決定を受け、再度、○○学園に戻ることになった。その際に、指導には従うこと、威圧的な言動によって他児童をコントロールしたり自分勝手に行動したりしないことなどを約束したのに、わずか2か月足らずの間に、学園内で他児童に殴りかかったり、職員に反抗したりしていて約束を守ることができなかった。少年は学園の指導に対して「自分ばかりが怒られる。」と考えていて被害的になっていることや、これまで何度も粗暴な態度を取ってきたことからすると、少年のぐ犯性は相当に高まっているというほかない。

少年の資質を見る。上記のとおり少年はとても不安定な環境で育ってきた。特に幼いころから実母に放任・虐待されていて、大事にされたり可愛がられた経験がなく、実母を恨む強い気持ちを持ちながらも同時に実母に愛され構ってほしいという感情も抱いている。そのため、少年は他人と信頼関係を築くことが難しいし、気持ちが全く安定しない。被害的になったり、ちょっとしたことで苛立ったりしやすく、感情的になると自分をコントロールできずに粗暴的になってしまう。生育歴に起因する少年の資質上の問題は相当に根深いというほかない。

保護環境や社会資源を見る。実母は、調査官の調査呼び出しにも応じず、鑑別所への面会も行っていないし、審判にも出席していない。前件も同様である。これまでの実母の養育姿勢からして、同人に少年の監護を期待することは全くできないし、また、期待するのも相当ではなかろう。少年は、現在、児童相談所や○○学園の対応に被害感や不信感を募らせていて、児童相談所や児童自立支援施設での処遇に乗せるのはとても難しい状態にある。

上記ぐ犯性の程度、保護処分歴、資質上の問題、生育歴、保護環境等からすれば、少年を直ちに少年院に収容し、他人を信じ、信じられる経験を通じて、円滑な人間関係を築く力を身につけさせると共に、情緒を育み、自分の感情をコントロールして社会で生活していく力を育てるべき必要がある。処遇期間であるが、少年は今までに児童自立支援施設に入所したことがあるから、原則として短期処遇は選択できない(「少年院の運営について」平成3年6月1日法務省矯教1274号矯正局長依命通達)し、その資質上の問題の根深さからして、短期処遇とすべき特段の事情を認めることもできない。少年院での徹底的な教育が必要であるから、長期処遇とするのが相当である。

よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 古川大吾)

〔参考1〕 環境調整命令書

平成18年3月15日

大阪保護観察所長 殿

大阪家庭裁判所少年第1部

裁判官 古川大吾

少年の環境調整に関する措置について

少年 A

年齢 14歳(平成3年6月24日生)

本籍 ○○県○○市○○××番地

住居 (実母方)○○市○○区○○×丁目××番×号

学籍 中学生

上記少年について、平成18年3月6日、当裁判所において別紙決定書のとおり初等少年院送致の決定をしましたが、帰住先等の環境調整の必要があると思料しますので、少年の在院中の早期から、少年院と連携の上、適切な措置を執られますよう、少年法24条2項及び少年審判規則39条に基づき、下記のとおり要請します。

第1指示事項

仮退院後の少年と実母との関係調整

同時に並行して、帰住先、就労先の調整

第2理由

(詳細は、大阪少年鑑別所長○○作成の平成17年12月21日及び平成18年3月1日付け鑑別結果通知書、大阪家庭裁判所家庭裁判所調査官○○作成の平成17年12月22日及び平成18年3月3日付け少年調査票記載のとおりであるから、これらを参照されたい。)

1 本件非行の背景

少年は、幼少期から施設に預けられ、小学生時代に実家で暮らしたこともあったけれども、その後は児童自立支援施設で養育されてきた(途中、一時帰宅したこともあるが、適応できずに同施設に戻った。)。小学生時代に実家で過ごした際には実母と養父から酷い虐待を受け、情緒の発育が大幅に阻害されているし、実母に対して恨みを持つと同時に愛情飢餓感や受容欲求も抱いているという複雑な心理状態にある。そのため、情緒は不安定で、他者との信頼関係を築くことができず被害的になっている。その上、粗暴性が強く感情統制力に乏しい。これらを要因として、本件ぐ犯に至ったと考えられる。

2 家庭環境等

実母は少年に対する虐待が見受けられる上、審判時点においては、少年の引受けを拒否している。その他めぼしい社会資源は、現時点では見あたらない。

3 まとめ

少年の非行の背景には、前記1のとおり、少年の生育歴、特に実母との関係から生じた資質上の問題があるにもかかわらず、前記2のとおり、実母にその関係改善を図る意思がない。少年の円滑な社会復帰のためには、実母が少年の問題について理解を深め、出院に向けての引受態勢を整えることが必要である。そこで、少年院在院中から面接や通信等を通じて、親子間の意思の疎通を図ることができるようにするため、実母に対して指導・助言を行い、両者の関係を調整すべきと思料する。

なお、親子間の問題は相当に根深く、容易には改善に向かわないと考えられる。そこで、少年の帰住地と就労先について、例えば実母方ではなくどこか住み込みの就労先を確保する等の環境調整も、上記親子間の関係調整と同時に並行して行うのが相当と思料する。

〔参考2〕 前件(大阪家裁 平17(少)3678、4247号 平17.12.26決定)

主文

少年を児童自立支援施設に送致する。

理由

(非行事実及びぐ犯事実)

第1少年は、保護者の同意により平成15年2月17日から児童自立支援施設に入所している中学校2年生であるが、(1)平成16年4月に施設内の現在の寮に入寮した後平成17年5月までに計5回無断外出をした上で、同年11月25日にはさらに寮長の指示に従わずに許可なく無断外出をし、(2)無断外出の際に、鉄道の無賃乗車、タクシーの乗り逃げ、万引き等の行為を繰り返し、(3)寮内においても、他の寮生に威圧的な態度をとって支配しようとする等の言動が続き、また他の寮長の指導に反発して寮長に対し暴力を振るい、(4)気分が安定しないときに、自己の腕に煙草の火を押し付け、熱く痛い思いをすることで気分の改善を図るといった行為をしているところ、少年の以上の行為は少年法3条1項3号イ及びニに該当し、このまま放置すれば、その性格や環境に照らして、将来、窃盗、暴行などの罪を犯すおそれがある。

第2少年は、平成17年9月14日午後0時40分ころ、○○市○○区○○×丁目×番×号「○○」北側路上において、○○所有の二輪自転車1台(時価約2000円)を窃取した。

(適用すべき法令)

ぐ犯事実につき少年法3条1項3号本文、同号イ及びニ

窃盗事実につき刑法235条

(処遇の理由)

少年は幼児期に施設に預けられ、小学2年生ころ一度家庭に引き取られたが、小学5年生時からは児童自立支援施設である○○学園に入園した。中学2年生時の夏(平成17年8月)、少年の強い希望もあって家庭に一時帰宅したものの、実母と良好な関係を築けないまま、少年が判示第2の窃盗を行い、実母が少年の引取りを拒否して少年は再度○○学園に戻った。少年の実母は家事のほとんどを少年やその兄姉に負担させる一方で、継父とともに暴力的な虐待を繰り返し、少年は親の愛情を受けたとの実感を得ないまま成長した。少年は、長期間にわたって、判示各記載のような問題行動をとっているが、この背景には、少年が上記のような不遇な生育環境の中で、基本的な人間関係の構築方法や価値観を十分に学びえないまま、自己の感情のままに行動する傾向が強いことに加え、実母に対し、愛情を求める一方で不信感や不満を抱くといった複雑な感情を抱き、その感情を整理できないでいることがあると思われる。少年に対しては、家庭的かつ安定した環境の中で、健全なものの見方や人間関係の構築方法を学びつつ、母への感情の整理を行わせる必要が高い。そして、調査や審判に不出頭であった母の監護に現時点では変化を期待できないこと、従前少年が生活していた○○学園が少年を受入れ可能と述べていること、少年が一連の手続の中で、自己の非行や問題行動を反省し、今後は学園の指導に従って自己を改善する決意を述べていることなども考慮すると、今回は少年を児童自立支援施設に収容してその更生を図るのが妥当と考える。

よって、少年法24条1項2号を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 藤原瞳)

〔参考3〕 抗告審(大阪高裁 平18(く)110号 平18.3.29決定)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、少年作成の抗告申立書及び付添人弁護士○○作成の抗告申立(補充)書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、少年を初等少年院(長期処遇)に送致した原決定には、処分の著しい不当があるから、その取消しを求めるというものである。

そこで検討すると、少年を初等少年院に送致した原決定の判断は、「処遇の理由」において説示するところを含めて正当として是認することができる。

すなわち、本件は、窃盗及びぐ犯保護事件で児童自立支援施設に送致された少年が、その施設内で、他児童に対して、殴りかかったり、「ちくった奴は殺す。」等述べて威圧したりし、このような態度に注意・指導を与える施設職員に対して反抗するなど、保護者の正当な監督に服さず、自己の徳性を害する行為をする性癖を有し、その性格、環境に照らして、将来、暴行、傷害等の犯罪を犯すおそれがあるというぐ犯の事案である。

少年は、父母の事情により生後間もなく施設に預けられ、小学生のころ家庭に引き取られたけれども、実母と継父(継父は後に傷害致死事件で服役したという。)から虐待を受け、小学校から虐待が通報されるなどし、平成15年に児童自立支援施設○○学園に入所した。入所後、少年は、問題行動を繰り返し、少年鑑別所入所を経て、平成17年12月に窃盗及びぐ犯保護事件で児童自立支援施設に送致され、あらためて同学園に戻ったが、2か月も経たないうちに、本件の粗暴な言動をするに至ったものであり、少年のぐ犯性は軽視できない。

少年は、不遇な生育歴を背景に、社会や他者への信頼感が乏しく、情緒が安定せず、その資質上の問題には根深いものがある。付添人弁護士と実母とが連絡を取り、原裁判所も、母子関係を改善するために、しかるべき配慮をしているけれども、現時点では、家庭に監護能力がないといわざるを得ない。また、少年が、前回の少年審判の際に施設の指導に従うことを約して、立ち直りの機会を与えられたにもかかわらず、その指導に従わず、施設への被害感や不信感を強めていることから、施設における指導が困難な状況にある。

そうすると、少年が暴力を振るった点を反省していること、少年の生育歴に同情すべき点があることなど、少年のために酌むべき事情を考慮しても、少年の資質上の問題が根深く、じっくりと時間をかけて、被害感を克服し、社会や他者への信頼感を養う等の必要があること、少年が施設の指導に従わず、問題行動を繰り返すため、明確な枠組を持った環境の下で指導する必要があることなどを総合的に考慮すると、相当期間の収容保護はやむを得ず、短期処遇勧告を付さずに少年を初等少年院に送致した原決定に、処分の著しい不当はない。

論旨は理由がない。

よって、少年法33条1項により、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 陶山博生 裁判官 杉森研二 西崎健児)

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