大阪家庭裁判所 平成2年(家)1391号 審判 1990年10月23日
主文
本件申立を却下する。
理由
一 申立の要旨
1 申立人は、相手方と昭和57年9月13日婚姻し、事件本人を儲けたが、相手方が飲酒して暴方を振るうので、平成元年10月12日事件本人を連れて実家に帰り、別居している。申立人は、相手方に離婚を申入れ、協議離婚届に署名押印して相手方に交付した。相手方は当初離婚に合意しなかったが、その後離婚自体には応じる意向を示した。申立人と相手方は、事件本人の親権者について引き続き協議していたところ、相手方は、平成2年3月15日上記離婚届用紙に申立人に無断で事件本人の親権者を相手方と記載して、大阪市○○○区役所に協議離婚届をした。
2 前記協議離婚届のうち親権者を相手方とする部分は、申立人の意思に反するもので無効であるから、改めて親権者の指定を要する。事件本人は、幼少であり、現在申立人が養育している。相手方は、酒癖が悪く、親権者として不適当であるから、申立人が親権者として指定せられる事を求める。
二 相手方の主張
1 申立人は、平成元10月12日に勝手に家出して実家に帰った。相手方は平成元年10月20日申立人に婚姻継続の意思の有無を糺したところ、申立人は離婚の意思を明示し、離婚届に署名押印した。申立人は親権者になること等の権利を全て放棄する事に同意していたが、平成2年3月14日幼稚園に土足で上がり込み、職員の制止を無視し、事件本人を無理やりタクシーで連れ去った。
2 申立人は、前夫の子には無関心で一度も会っていないし、派手好きで感情的で事件本人の親権者には不適当である。
申立人は養育費を一括請求しているが、金銭受取後は事件本人の養育を放棄する虞れがある。申立人を親権者にする事に応ずる事は出来ない。
三 本件記録中の家庭裁判所調査官の調査結果並びにその他の資料により、当裁判所は以下の通り事実を認定し、判断する。
1 申立人は、昭和48年5月婚姻し、長女(昭和49年10月3日生)を儲けたが、同女の親権者を父と定めて昭和50年12月協議離婚した。
相手方は、昭和52年8月婚姻し、長女君子(昭和52年8月23日生)を儲けたが、昭和54年6月君子の親権者を父(本件相手方)と定めて協議離婚した。
申立人と相手方は、申立人の知人の紹介で知り合い、昭和57年9月13日婚姻(同年10月10日挙式)し、君子を伴い、相手方の父母が相手方の弟の為に買った家屋に住み、事件本人(昭和58年10月8日生)を儲けたが、昭和59年婚姻した弟夫婦に上記家屋を明渡し、相手方、申立人と君子は、相手方の父母の住居(相手方の現住所)に同居した。申立人は、相手方の父母が弟のため家を買ってやりながら、相手方の為に家を買わなかった事に不平を言った。相手方は、「父の死後会社の跡取りになるので家を買う必要はない」旨を説いたが、申立人は納得せず、会社の土地を売って家を買って欲しい、と言ったり、新築のマンションを見に行ったり等した。申立人は、事件本人の出生後間もなくから、君子に何かと辛く当たることが多く、相手方の父母と同居後も依然変わらなかった事や相手方の母と仲がうまくゆかなかった事等から、昭和61年暮れ頃相手方の父母の求めで、君子を相手方の父母の許に残して、相手方夫婦は相手方の父母と別居し、賃貸マンションに別居した。マンションの家賃8万円は相手方の父母が負担した。昭和62年4月から事件本人は、近くの○○○幼稚園に入園した。相手方は、父の経営する○○工業株式会社の取締役として働き、手取り月収約32万円の給与を受け、これを申立人に生活費として渡していた。申立人は地位の割りには収入が少ないと不満を言い、相手方が会社の交際等で飲酒して帰ってきたり、帰宅後飲酒するとそれが原因で、よく夫婦喧嘩し、相手方は夫婦喧嘩の腹立ち紛れに物に当たることが度々あった。昭和62年6月28日申立人は、荷物を実家に送り、事件本人を連れて実家に帰り、7月27日離婚の調停申立をした。第一回調停期日(9月9日)に夫婦としてもう一度やり直すことに定め、申立人は申立を取下げ、相手方と再度同居した。
2 平成元年7月25日相手方の父が死亡し、相手方等夫婦は相手方の実家に戻る事になり、引越しの日を10月15日と決めた。申立人は特に反対はしなかった。同月9日相手方が取引先の客と飲酒して帰宅すると、申立人の母が来ており、相手方の飲酒を咎め立てするようなことを言い、また君子を軽ろんずるような言葉を言ったことに腹を立て、申立人の寝ていた布団を風呂場に持って行って投げ捨てた。
申立人は、相手方と離婚する気になり、同月12日荷物を運送屋に運ばせ、事件本人を連れて申立人の父母方に帰った。相手方は帰宅して申立人が実家に帰った事を知り、何度か電話して申立人と話し合いをしようとしたが、申立人は相手方を避け、申立人の父母が電話の応対をし、申立人は電話に出ないようにしていたが、数日後相手方と京阪電鉄○○○駅付近の喫茶店で相手方と会い、相手方から「家に戻り、夫婦としてやり直す気があるかどうか、その気がないのであれば、離婚しよう」と言われ、相手方が差し出した協議離婚届用紙に申立人の署名欄に署名押印して相手方に渡した。申立人は、「これは相手方の脅しであり、すぐに離婚届けをするとは思っていなかった、親権者の事は後日話し合うもの、と思っていた」旨申述し、事件本人の親権者を相手方とすることについて合意は出来ていなかった旨主張するけれども、他方相手方は「自分の方は夫婦としてやり直したいが、申立人が離婚する気であれば、財産や子供に対する権利はいっさい放棄して出て行ってくれ、それで納得するなら離婚届にサインしてほしい、と言うと、申立人は納得して署名した、この時すぐ離婚をしようと言う気はなく、申立人の気持さえ変わればやり直したい気持であった」旨並びに申立人の会社が世話になっている弁護土の事務所に申立人と相談に行き、その際同弁護士が「離婚届に署名押印して、他は白紙であっても、押印まですれば、親権を放棄することになるがそれでもよいのか、と申立人に言った、申立人は黙って頷いていた」旨申述している。この点について同弁護士は、家庭裁判所調査官の照会に対して、「10月19日相手方と申立人が来たが、随分以前のことであり、事件の依頼を受けていないので何を話したか忘れた、離婚届まで書いていると電話で聞いていたが、仲良さそうにやって来たので意外であった、別れる話をしてたことは記憶にない、仲直りしたものと思っていた」旨申述している。しかし、10月19日以後申立人は、事件本人を伴いしばしば相手方と会っており、且つ相手方は、11月4日以降平成元年2月7日まで5回にわたって合計58万円の生活費を申立人に交付していること、申立人は相手方が平成2年1月9日から2月24日までの入院中度々事件本人を連れて見舞いに行っていること、申立人が、3月4日に事件本人を伴って相手方と会い、食事後相手方の家に行き、テレビゲームに夢中になっている事件本人を相手方の住居に残し、相手方の車で○○○まで行き、相手方から「夫婦としてやり直す気が無いのならここで降りてくれ、子供は自分が引き取る、やり直す気があるなら○○の家に帰ろう」と言われたが、申立人は相手方と婚姻を継続する気がないので車を降りて実家に帰り、同日の夜相手方と電話で話し合い、事件本人を相手方の許から、○○○幼稚園の3月17日の卒園式まで通わせる旨を決めていること、申立人も相手方も以前に協議離婚の経験があり、協議離婚届には子の親権者の指定が必要なことは双方共知っていると認められること等を総合すると、相手方が協議離婚届に申立人の署名を求めた際には、相手方が事件本人の親権者になる旨を告げており、申立人も、相手方が協議離婚届が提出する場合には、相手方が事件本人の親権者として届け出るであろう事は承知のうえで、協議離婚届に自己のに署名押印して他の欄は無記載のまま相手方に交付したものと認めるのが相当である。申立人の「協議離婚届交付の際事件本人の親権者を相手方とする旨の合意は成立していない」との申述は採用できない。
3 申立人は、事件本人と申立人の父母の家に同居している。父名義の敷地や建物は広く、申立人母子が同居するに充分な広さがある。父は年金を受けている他1ヶ月20日位働き、月6万円位を得ている。母は無職であるが、申立人は実家の近くの喫茶店で午前10時から午後4時までパートで働き、実家の近くに家賃4万1000円の単身者用のワンルームマンションを賃借している。申立人は、母子が住める広さではなく、生活保護を受けるためである、と述べている。資産や負債はない。今後生活保護として月13万円住宅補助4万300円を受給する予定でいる。申立人の父母は、事件本人を申立人が親権者になり、養育する場合は申立人に協力する意思をもっている。
4 相手方は、母カヨ子と前婚の長女君子と暮らしている。○○工業株式会社の代表取締役は母カヨ子であるが、相手方が専務取締役をし相手方兄弟が実質的に経営し、相手方は、前記会社から月額約40万円(諸税込み、交際費は別)を得、亡父の遺産(自宅の土地建物、賃貸しマンション、自社株式であるが、未分割)があり、負債はない。午前9時から午後6時の勤務であるが、自営業であり可なり融通がきく。母カヨ子は家事一切を引受けており、相手方が事件本人を引き取れば、事件本人の身の回りの世話をして相手方と共に養育する心算でいる。
5 相手方は、平成2年3月14日申立人が事件本人を連れ去った事を午前9時半頃幼稚園から連絡を受け、幼稚園に行き申立人の無礼を詫び、申立人との婚姻継続を断念して翌日離婚届けをした。申立人から連絡は無く、そのうち本件申立を知った。家庭裁判所調停委員や相手方代理人から事件本人を連れ去る様なことをしてはならない旨戒められているので、軽はずみな行為をしないよう我慢していた。事件本人に対する気掛かりに耐えきれず、しばしば小学校に通う事件本人の様子を物陰からそっと見に行ったりした。平成2年4月28日下校中の事件本人に声を掛け、車でファミリーレストランに行き食事をし、自宅へ連れ帰った。途中事件本人の求めで○○○幼稚園に行った。事件本人は、幼稚園で10分位過ごし、相手方の家に入ると、相手方が事件本人の入学のために買っていた学用品を嬉しげに見ていた。相手方がダイヤルして、事件本人に3日たったら帰る旨申立人に電話させた。事件本人は、就寝の際相手方の母に「お母ちゃんの留守にお父さんに電話したが掛からなかった」と言った。市外局番を回していなかった為であった。相手方は、君子と事件本人を29日にエキスポランドに、30日に伏見桃山城に連れて行き、夕食後事件本人を申立人の家に送り届けた。
6 事件本人は、現在申立人や申立人の父母と暮らし、近くの小学校に通っているが、学校生活で特に変わったことは無く、明るい性格である。学校側は、申立人から「離婚裁判中なので配慮してほしい」旨告げられ、事件本人の学友らに知れ無い様配慮していたが、事件本人は友人らに「僕のお父ちゃんは、体が凄く大きいんや」とか「僕は本当は、太田健一でなく、里見健一言うんや」などと話し、学校側で隠そうとしている事を自ら言うので驚くと共に、事件本人は相手方を嫌っていないと感じている旨申述し、○○○幼稚園の職員も、事件本人が通園中申立人も相手方も保護者としてきちんとしていた、運動会の行事にも2人揃って参加していた、園の送り迎えや行事への参加の際の様子から見て相手方の事件本人に対する情は入並み以上であると思える旨申述している。相手方の母カヨ子は申立人が事件本人の親権者になることにつよい反対をしている。相手方の母や君子は事件本人を可愛がり、君子は事件本人の置いていったペットの犬や鳥の世話を事件本人に代わってしている。当庁調査官の調査の際の様子では、事件本人は相手方の母や君子に深い親和感を持っている事が窺われた。
四 申立人の、離婚届の協議離婚の効力について争はないが、事件本人の親権者の指定は無効である旨の主張を採用しえないことは、前記のとおりであり、更に前記認定の諸事実の他本件記録により窺われる諸事情を総合すると、事件本人の親権者を相手方から申立人に変更することが事件本人の福祉を一層増進すると考えるべき特段の事情は認められない。そうすると、本件申立は理由がないから却下することとし、主文の通り審判する。