大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪家庭裁判所 平成8年(家)3435号 1997年2月14日

主文

本件申立てを却下する。

理由

1  申立ての要旨

申立人の父細川雅之と母石井美香は平成元年初めころから同居を始め、平成3年2月19日に申立人をもうけた。申立人は、同年3月2日に父の認知を受け、出生以来父母と共に生活し、父の姓である「細川」を名乗ってきたため、通称と戸籍上の氏と異なることに種々の不便が生じている。

他方、申立人の父と戸籍上の妻浩子との別居生活は8年以上に及び、既に婚姻関係が破綻し、現在離婚訴訟が係属中である。

よって、申立人の氏を父の氏である「細川」に変更することの許可を求める。

2  当裁判所の判断

申立人法定代理人親権者父に対する審問の結果、家庭裁判所調査官○○作成の調査報告書及び本件記録添付の資料によれば、次の事実が認められる。

(1)  申立人の法定代理人親権者父細川雅之(昭和15年9月22日生、以下「父」という。)は昭和42年5月8日妻浩子(昭和17年1月8日生、以下「浩子」という。)と婚姻し、長女久美(昭和42年11月24日生)及び長男明(昭和45年10月18日生、以下「明」という。)をもうけ、京都府綴喜郡○○町で生活していたが、父の不貞が度々発覚したこともあり、昭和63年9月下旬に父は自宅に戻らなくなり、以来、父と浩子は別居状態にある。

父は別居後、浩子に対して毎月約20万円の婚姻費用を分担しているほか、賞与時に相当額を送金している。

(2)  ところで、父は、浩子と別居した頃から申立人の母石井美香(昭和38年10月20日生、以下「母」という。)と親しく交際するようになり、同年末ころから同棲を始め、平成3年2月19日に申立人が出生した。父は、同年3月2日に申立人を認知し、平成6年8月29日に申立人の親権者となる届出をなした。

申立人は、出生以来父母と生活しているが、現在通園中の幼稚園での生活を含め、母と共に、社会生活全般で父の氏である「細川」を通称として使用している。そのため、申立人は、病院等で戸籍名で呼ばれる都度けげんな表情をするようになり、母はこのような事態を苦にし、また、申立人から氏について説明を求められるため精神的に混乱し、体調を崩して通院治療中である。

そのため、父母は、申立人を父の戸籍に入籍させ、今春入学する予定の小学校でも父の氏を名乗らせることを切望している。なお、申立人が入学する予定の小学校では、申立人が父の氏を通称として使用することを受け入れる見込みであるが、父は、申立人の戸籍上の氏が偶然知れる可能性は否定できないとして、通称として父の氏を使用するのでは根本的な解決にならないと指摘している。

(3)  父は浩子に対して、平成7年5月に離婚調停を申し立てたが、調停が不成立で終局したため、父は同年9月に京都地方裁判所に離婚訴訟を提起した。同訴訟では和解期日が進行しているが、双方が提示している離婚給付の差が大きいこともあり、現時点で合意の目処は立っていない。

(4)  本件申立てについて、浩子は、長男明の精神状態が不安定なため、申立人が同籍すれば、将来の就職、結婚に支障があるだけではなく、申立人の存在に衝撃を受けて明の精神状態が悪化するおそれがあること、長女久美は平成8年11月24日に結婚するため、申立人が同籍すれば、申立人の存在に衝撃を受けたり、結婚相手の親族に知れて結婚生活に支障が生じるおそれがあること、本件が認容されれば父が満足し、現在係属中の父と浩子との間の離婚訴訟に対する父の熱意が薄れ、離婚条件等の折衝で浩子が不利な立場におかれるおそれがあることなどを指摘し、本件が認容されることに強く反対している。

さらに、浩子は、明が父が別居した直後の平成元年春に大学受験に失敗し、以来他人との交流を絶って家に閉じこもるようになり、身体的不調もあり内科を受診したところ精神科の受診を勧められたこと、父は、家に戻って欲しいと浩子が頼んでも帰宅せず、平成元年末に父の所在が偶然発覚するまで所在を明らかにしなかったこと、その後も浩子は明のことを相談しては帰宅を求めたが、父から明に対して積極的な働きかけはなかったこと、平成6年頃から父は浩子に対して離婚や申立人の入籍に同意するよう求めるようになったことなどを指摘している。

これらについて父は、明が受験の失敗以来落ち込んでいることは認識していたが、浩子との別居後、明と会って話す機会は、冠婚葬祭を除いてほとんどなかったこと、久美及び明に対して申立人の存在を話していないこと、久美の結婚相手に対して浩子と別居している事実を話したこと、久美の結婚式も無事終了したこと、今後は、明に対して就職等の援助に尽力する意向であることなどを指摘している。

以上認定のとおり、本件は、婚姻外で出生した申立人を小学校入学の機会に父の戸籍に入籍させるという子の利益と、父と浩子との間の子を含む父の同籍者の利益とが対立している事案である。

申立人が出生以来約6年間父と同居して父の氏を通称として使用し続け、戸籍上の氏で呼ばれることを不審に感じる年齢に達していることなどに鑑みれば、申立人が父の戸籍に入籍する利益が大きいことに異論はない。また、父の戸籍の身分事項欄には、申立人を認知した記載がなされているため、申立人が父の戸籍に入籍することの一事をもって、明や久美が申立人の存在を知り衝撃を受けることにはならないと考える。

しかしながら、父の別居の主たる原因は父の不貞行為であり、別居後浩子に対して相応の婚姻費用を分担してきたものの明が父の別居後から、不安定な状態に陥ったことに対する父としての積極的な関わりはほとんどなく、明との対応を浩子に任せる結果となり、明は依然として自立した状態にないこと、その間父は母や申立人との内縁生活を優先し、浩子との婚姻関係を修復する努力を惜しんできたこと、父と浩子は離婚訴訟の渦中にあり、早晩決着が見込まれるところ、本件が認容されることにより離婚訴訟及び和解の進行に微妙な影響がないとは言えないことなどの事情に鑑みれば、浩子の反対を単なる主観的な感情に基づくものとして軽視することは妥当ではない。

したがって、これら子の利益と父の同籍者である浩子が反対する事情を比較考量すれば、少なくとも父と浩子との間の離婚訴訟が決着するなどして婚姻関係の帰趨が定まるまでの間は、従前どおり、父の氏を申立人の通称として使用するのが相当であると考える。

よって、本件申立ては理由がないから却下することとし、主文のとおり審判する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例