大阪家庭裁判所 平成8年(家)574号 1997年4月01日
申立人 増村みつこ
主文
申立人の氏を「増村」と、名を「みつこ」と変更することを許可する。
理由
1 本件申立の要旨
申立人は、幼いころ近親者から性的虐待を受けたことが原因で、その近親の血縁集団に属することが耐えがたい精神状態になっている。
よって、その血縁集団の呼称としての性格も有している申立人の氏及び氏と一体となって血縁集団への帰属を反映する名を、申立人が通称として使用して来た「増村みつこ」に変更することの許可を求める。
2 当裁判所の判断
本件記録添付の各資料、家庭裁判所調査官○○、○○、○○作成の調査報告書及び申立人審問の結果によれば、以下の事実が認められる。
(1) 申立人は、戸籍筆頭者であり、同一戸籍には前夫との間の長女あずさ(昭和58年1月6日)がいる。
(2) 申立人は、小学生当時に実兄から継続的な性的虐待を受けたが、その被害の影響が申立人の心に深く、長期間にわたって残り、そのことを想起することにより、強い心理的苦痛を感じ、激しい感情的変化や外界に対する鈍化や無力感といった生理的反応を示すようになった。
そして、現在までに2度結婚したがいずれも離婚し、その間、一時は就職して働いたこともあるけれども、精神的に安定した生活を送ることができず、現在は定職に就いて働くことも困難な状態で、完全な社会復帰ができないでいる。
(3) 申立人は、戸籍上の氏名で呼ばれることに強い抵抗を示すが、申立人にとって戸籍上の氏名で呼ばれることは、同じ呼称である加害者をそして被害行為を想起せしめ、強い精神的苦痛を感じることに因る。
(4) 申立人がその氏名の変更を求める理由は、加害者ひいては被害行為を想起せしめる氏と、忌まわしい子供時代を象徴する名前とを変更して、被害行為を過去のものとし、いわばその呪縛から逃れて新たな生を生きたいと考えてのものである。
(5) 申立人が変更を求める氏の「増村」は、申立人が感銘を受けた映画の監督の氏に因んでのものであり、名の「みつこ」は人生の歩みを示す「○○」からとったものである。
そして、申立人は、平成4年秋ころから、氏名として「増村みつこ」を表札にも表示して使用して来ており、長女の学校の関係でも「増村」を使用している。
上記認定の事実によれば、申立人が自己の氏名の変更を求める理由は、珍奇であるとか難読・難解であるとか、あるいは社会的差別を受けるおそれがあると言った社会的な要因を理由とするものではなく、主観的なしかも極めて特異な事由(本件記録添付の資料によると、申立人の上記のような心理状態は、心理学的に見てあり得ない事象ではないことが推認される)である。
しかしながら、主観的事由ではあるけれども、近親者から性的虐待を受けたことによる精神的外傷の後遺症からの脱却を目的とするものであり、氏名の変更によってその状態から脱却できるかについて疑念が残らないでもないけれども、上記認定の事実に照らせば、戸籍上の氏名の使用を申立人に強制することは、申立人の社会生活上も支障を来し、社会的に見ても不当であると解するのが相当であると言える。
以上により、申立人が氏を変更するについて、戸籍法107条1項の「やむを得ない事由」があるものと認めるのが相当であり、また名の変更についても、単なる好悪感情ではなく上記のような事由に基づくものであること及びその使用年数等を併せ考えると、同法107条の2の「正当な事由」があるものと解するのが相当である。
よって、申立人の本件申立はいずれも理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 新崎長政)