大阪家庭裁判所 昭和40年(家)2861号 審判 1974年3月26日
申立人 早川正夫(仮名) 外一名
被相続人亡 光本一郎(仮名)
主文
被相続人亡光本一郎の相続財産のうち、
(1) 金二三〇〇万円及び別紙目録記載1の物件を、申立人早川正夫に、
(2) 金二四四万円及び別紙目録記載2の物件を、申立人光本雪子にそれぞれ分与する。
理由
1 本件申立の要旨は、各申立人提出にかかる各申立書記載のとおりである。
2 よつて審案するに、当裁判所の調査の結果によると、次の如き実情が認められる。
(1) 被相続人亡光本一郎は昭和一九年一二月六日午後九時五〇分○○海峡○○北方約三〇浬海上において戦死し、同人につき相続が開始したが、同人には相続人がいなかつたので、相続人不存在の手続がとられ、昭和三八年二月一八日光本正勝が相続財産管理人に選任され、相続債権者・受遺者への請求申出の催告(昭和三八年二月二二日官報掲載)をなしたものの、同人は同年六月六日死亡したのであらためて同年七月五日申立人光本雪子が右管理人に選任され、その後相続権主張の催告(昭和三九年七月二〇日官報掲載)をなし、昭和四〇年二月二八日同催告期間が満了したが、相続権を主張する者はあらわれなかつた。そして右期間満了後三箇月以内である昭和四〇年三月八日に申立人早川正夫が、同年五月二七日に申立人光本雪子が、それぞれ本件各申立をなしたものであり、申立人両名以外には右期間内に被相続人との特別縁故関係を主張して本件相続財産の分与を求めたものはいない。
なお、前記相続財産管理人光本雪子は、申立人早川正夫からの解任の申立がなされたこと等から昭和四四年一一月二六日その任を辞したので、昭和四五年二月三日弁護士福浦喜代治が右管理人に選任されたが、同人も翌四六年四月二〇日辞任し、昭和四七年四月一日弁護士乾久浩が右管理人に選任され後記相続財産の管理清算事務にあたつている。
(2) 相続財産の現況
被相続人の遺産としては、相続開始当時別紙目録1の(1)、2の(1)記載の建物(ただし、未登記の一棟の建物であつたものを相続財産管理人において保存登記のうえ、区分登記したもの)及びその敷地についての賃借権並びに東大阪市○○△△番△畑(現況は雑種地)三九〇平方メートルが存したが、これらはいずれも被相続人の父亡光本源一の所有していたもので同人が昭和一九年一月五日死亡して相続が開始し、その一人息子であつた被相続人が同月一〇日家督相続により前記各権利を取得したものである(もつとも、前記畑については、登記簿上は被相続人が昭和一八年六月二三日前所有者奥住惣右衛門から売買によつて取得した旨記載されているが、後記認定のような事実関係から見ると、前記のように認定するのが相当である)。
しかして前記相続財産のうち、別紙目録記載1の(1)の建物は申立人早川正夫が、同2の(1)の建物は申立人光本雪子が、それぞれ居住占有しいずれも無償で(ただし、敷地の賃料は各自がその負担において直接地主に支払つている)使用しており、前記畑は若干の使用料をとつて第三者に貸与されていたが、家事審判規則一一九条の六に基づく当裁判所の換価命令により、相続財産管理人乾久治において昭和四九年一月一三日売却処分した。
その結果、現在の相続財産としては、前記各建物及び賃借権のほか、管理人名義で○○銀行○○支店に金二八、四八〇、五四四円(昭和四九年三月二五日現在額、したがつてこの外にその後の経過利息がある)が普通預金として、現金六一、八〇五円(昭和四九年三月二四日現在)が管理人においてそれぞれ保管されている(なお、その外に仏檀一基を申立人光本雪子が保管中であるが、これは本来法律の出る幕ではない祭祀の関するものであるからその所属は別途決定すべきものであり、本件相続財産に含めないのが相当である)。
もつとも、最終的な管理・清算が未了のため、なお前記全員から相続財産管理人報酬、登記手数料その他の管理費用として合計三、一〇〇、〇〇〇円余りの支出が見込まれる。
(3) 申立人両名と被相続人との関係
(イ) 申立人早川正夫について、
申立人早川正夫は、被相続人の母方の従兄弟(被相続人の母ミヤの兄早川太一郎の長男)であり、右ミヤの誘いもあつて昭和一一年ごろから被相続人らの住居の隣りに転居して住むようになつて、被相続人ら一家と親しく交際するようになつた。
一方被相続人は、父源一、母ミヤ間の長男として大正四年二月九日出生したものであるが、兄弟姉妹がいなかつたこともあつて、申立人早川を慕い、その間には実の兄弟のような親密な関係が成立していた。そして、昭和一三年二月一三日被相続人の母ミヤが死亡し、被相続人の家に女手がなくなつてからは、申立人早川の妻モヨが被相続人及びその父源一の身のまわりについてなにくれとなく世話をするようになつた。
ところで、被相続人は、生来若干知能が低かつたこともあつて、学校を卒業しても仕事につかず、家でぶらぶらしていることが多く、もつぱら父の源一の収入でくらしていたものであつたので、右源一が昭和一九年一月五日に死亡した後は申立人早川夫婦に前にもまして世話になることが多くなつた。
そうするうちに、被相続人は昭和一九年六月出征することになり、その際申立人早川に対し本件相続財産の管理等一切を任す旨言い置いていつたが、同年一二月六日○○海峡方面で戦死してしまつた。そこで申立人早川は、被相続人の遺骨を引き取り、葬式をとりおこない、それ以後昭和二一年一月ごろまで被相続人らの法要を営み、その財産を管理し、固定資産税等も負担してきた。しかし昭和二一年以後は、申立人光本雪子の亡夫正勝及びその親族との話し合いの結果、同人に被相続人らの遺骨・位牌・仏檀等を引き渡し、その財産の管理も半分ずつ行うことになり、申立人早川においては、別紙目録記載1の(1)の建物及び前記畑の二分の一を管理しその分の租税・地代等を負担してきた。
なお、申立人早川は、昭和三六年九月前記建物に居住するようになり現在に至つている。
(ロ) 申立人光本雪子について、
申立人光本雪子の亡夫正勝は被相続人の叔父(被相続人の父源一の弟)であつて、被相続人とはそれほど親密な交際をしたことはなかつたが、その父源一とは他の兄弟が亡くなつたこと等からその晩年は比較的親密な間柄にあつて、同人が病床にあるようになつてからはよく見舞に同人宅をおとずれていた。そして同人は、昭和一九年一月五日死亡したが、その際前記のような関係から本件相続財産等につき右正勝にその後事を託していつた。
以上のような源一の遺志があり、また他の親族達からの勧めもあつて、昭和二一年一月ごろ被相続人の遺産である別紙目録記載2の(1)の建物に移り住み、申立人早川から仏檀等の引き渡しを受けてその祭祀を主宰し、その財産のうち前記畑の二分の一及び右建物を事実上管理し、租税、地代等の必要経費も、その負担において支払つてきた。このような事情にあつたので、正勝としては、民法九五八条の三の規定に基づいて本件遺産の分与を受けたいものと考え、まずその前提として昭和三七年九月六日当裁判所に相続財産管理人選任の申立をなし、翌三八年二月一八日右申立が認容されて、正勝がその管理人に選任され直ちに管理行為に着手したものの、前記法条に基づく申立をする前に、同年六月六日死亡してしまつた。
ところで、申立人雪子は、昭和二一年六月五日正勝と結婚(もつとも、その届出は昭和二六年六月八日である)したものであつて、それ以後は正勝ともども被相続人らの法要を営む等してその仏事に配慮し、前記財産の管理にも尽力してきたので右正勝の遺志を継ぎ、昭和三八年六月一九日当裁判所に相続財産管理人選任の申立をして、自から管理人となつて管理行為及び相続人不存在の手続を遂行してきたものであり昭和四四年一一月二六日管理人を辞任した後も別紙目録記載2の(2)の土地の賃料を支弁している。また、もちろん被相続人らの法要は今日まで誠実に行つてきている。
なお、申立人雪子一家(雪子、長男(二二歳)及び長女(二〇歳))は、前記建物を生活の本拠としているため、右建物を立退くことになれば直ちに生活に窮する状況にある。
3 以上認定の事実によれば、申立人早川が、民法九五八条の三にいわゆる特別縁故者に該当すること明白であり、その被相続人との親交の程度、被相続人の遺志、さらに葬儀を主宰し、本件相続財産の管理に努力してきたこと等に照らし、本件相続財産のうち別紙目録記載1の(1)の建物及び賃借権並びに金二三〇〇万円を分与するのが相当である。
つぎに申立人雪子について考えるに、前記認定のとおり申立人雪子自身と被相続人との関係は全くの死後の縁故にすぎないものであるから、これをもつて直ちに民法九五八条の三にいう特別縁故者に該当すると判断することは到底できないにしても、前記認定のように本件相続財産は源一の死亡により相続が開始し被相続人が相続によりその権利を取得したものではあるが、被相続人に属した期間がわずか一一箇月余にすぎないことからして、本件相続財産の処分の当否を判断する際には、右源一との縁故関係をも考慮に入れるのが相当であり、また前記認定の事実関係のもとでは正勝と申立人雪子とを一体のものとして縁故関係の有無を決するのが妥当であること、申立人雪子と本件相続財産との密接な関係、本件相続の開始の時期、民法の一部改正に関する昭和三七年法律第四〇号の附則における経過規定の趣旨、その他諸般の事情を斟酌するならば、申立人雪子は民法九五八条の三にいうその他被相続人と特別の縁故関係があつた者という範ちゆうには包含されるものと解して差支えないものと考えられるところであり、さらに諸般の事情を検討すると、本件相続財産のうち別紙目録記載2の(1)の建物及び賃借権並びに金二四四万円を申立人雪子に分与するのが相当であると考えられる。
(なお、前記賃借権については、貸主である白井勇人において、二〇年余にわたつて申立人両名からなんらの異議なくその賃料を受領してきたことに鑑み、本件譲渡を承認するものと認められる。)
4 よつて、当裁判所は、相続財産管理人乾久治の意見を聴いたうえ、主文のとおり審判する。
(家事審判官 赤塚信雄)