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大阪家庭裁判所 昭和40年(家)4562号 審判 1965年11月04日

第三〇〇五号第四五六二号事件申立人 岡本時男(仮名)

第三〇〇五号事件申立人 辺見京子(仮名)

相手方 岡本清(仮名)

主文

一、被相続人亡岡本久の遺産を次の通り分割する。

(1)  下記物件を申立人時男の取得とする。

(イ)  東亜重工業株式会社の株式中同社が保管する七〇〇株及び申立人時男が保管する六〇〇株

(ロ)  東亜重工業株式会社の株主配当金中申立人時男が保管する金八、七七五円

(ハ)  相手方が保管する現金九万一、七七六円の内金七万〇、七二八円

(ニ)  申立人時男に対する金七万五、七五〇円の額の貸金債権

(2)  下記物件を申立人京子の取得とする。

(イ)  東亜重工業株式会社の株式中同社が保管する一〇〇〇株及び申立人京子が保管する三〇〇株

(ロ)  東亜重工業株式会社の株主配当金中、同社が保管する金一一万三、一三三円及び申立人京子が保管する金八、七七五円

(ハ)  相手方が保管する現金九万一、七七六円の内金一万五、七九五円

(3)  下記物件を相手方の取得とする。

(イ)  東亜重工業株式会社の株式中同社が保管する一三〇〇株

(ロ)  別紙目録記載家屋の滅失による金一五万円の額の代償請求権

(ハ)  相手方が保管する現金九万一、七七六円の内金五、二五三円

二、相手方は申立人時男に対し七万〇、七二八円、申立人京子に対し一万五、七九五円の各金員を支払え。

三、被相続人亡岡本久の祭具及び墳墓の所有権の承継者を相手方と定める。

理由

申立人等両名は遺産分割事件において、被相続人亡岡本久の遺産につき共同相続人間の分割協議に代わる審判を求め、申立人時男は祭具等の承継者指定事件において、上記被相続人の祭具及び墳墓の所有権につきその承継者指定の審判を求めた。

よつて調査した結果、当裁判所が認める事実及び之に対する判断並びに処分は次の通りである。

一、本籍大阪市○区○○○○町○丁目一番地岡本久は、昭和三四年一〇月二六日死亡し、相続が開始したがその相続人は二男岡本時男(申立人)三女辺見京子(申立人)及び三男岡本清(相手方)の三名で(長男鉄男は被相続人の継子であつて相続権を持たない)同人等の法定相続分はいずれも三分の一である。

二、相続開始当時存在した遺産は別紙目録記載の通りであるが、その内、

(1)  定期預金、普通預金及び現金について

定期預金一〇万円は相続開始直後九万四、〇〇〇円で現金化し(何故額面より少額となつたのかその間の事情は不明である)、普通預金二万九、一二一円は相続開始の翌日解約して全額払戻を受け、以上の金員は現金六、〇〇〇円と共に相手方が保管した。これらの保管金は葬儀主宰者たる相手方が香典三万五、六五〇円と共に葬儀費用の支弁に充てたが、同人を葬儀主宰者とすることについては申立人等の間に異議がなかつたのであるから、結局右措置は相続人全員の合意に基くものと解される。ところで相手方は右葬儀費用の額は一六万七、五四一円であると主張し、その提出した会計帳と題する書面にはこの主張に添う記載がある。しかし(イ)申立人時男は葬儀費用の額につき調停期日に相手方が提出したメモに記載された額を真相に近いものであると主張し、そのメモには総額六万九、七四五円となる記載があること、(ロ)相手方及びその妻の調査官に対する言辞(昭和三七年一二月六日付調査報告書記載)が葬儀費用を支弁してなお一〇万円程度の残金があることを示唆するものであつたこと、(ハ)相手方の主張を裏づけるべき各領収証記載の全金額を合算しても五万一、一九九円に過ぎないこと、以上の諸点を総合し、かつ被相続人及び本件各相続人の生活程度、原田宗心の供述等により認められる葬儀の規模等を併せ斟酌すれば、上記相手方の主張は到底採用できず、むしろ上記メモに記載された金額を以つて本件葬儀費用の額と認定するのが相当である。そうすると前記各種預金、現金、香典の合計額である一五万八、七七一円から右葬儀費用六万九、七四五円を差引いた残金は現に相手方の手許に保管されている筈であるし、更に相手方は昭和三五年二月六日上記定期預金の利息として金二、七五〇円を受取つているので、この金員をも加えた、金九万一、七七六円を後に説明するように遺産に準ずべきものとして分割の対象とすべきである。

(2)  家屋について

別紙目録記載の家屋(以下本件家屋という)は、被相続人が昭和三七年建築したものであるが、相手方は同三一年右家屋に隣接して木造亜鉛葺二階建物置建坪六坪二階坪六坪を建築し、更に相続開始後の昭和三五年二月五日頃申立人等に無断で両者を一体として大改造を施した。右大改造を行つた理由として、相手方は本件家屋は朽廃の度甚しく、放置するときは周囲に危険を及ぼす虞れがあつたと主張するけれども安田サヨ子の右と異る供述等に照し、右主張は採用できない。そして右改造の結果、本件家屋は大きく変容しただけでなく、上記物置の従として之に附合するに至つた。従つて本件家屋自体は既に滅失したものとしなければならないが、その場合右家屋が有した価値を如何に取扱うかは困難な問題である。

この点については周知の如く相続開始時説と分割時説とが鋭く対立する。相続開始時説は滅失した財産をなお遺産の範囲に属するものとし、之を有責者に割当てることによつて問題を公平かつ平易に解決しようとするのであるが、この説に対しては将来に向つて権利関係を形成することを目的とする遺産分割の本質に反するとの非難が加えられている。一般に家事審判において過去に遡つて権利関係を形成することは必要でもあり許されることでもあるが(たとえば離婚の際の財産分与は離婚時の財産状態を標準としなければ衡平を欠く場合があり、婚姻費用の分担及び扶養料の支払についても同様の問題を生ずる。なお婚姻費用については過去に遡つて支払を命ずることを適法とする最高裁判所昭和四〇年六月三〇日大法廷決定がある)、遺産分割に関してもそういえるかは疑問である。けだし、現に存在しない財産を分割の対象とすることは、その財産の存在を擬制するものであり、このような擬制は事の性質上必然的に既存の権利ないし事実関係と矛盾衝突を来たすため多くの複雑な法律問題や事実問題を生ずる(たとえば、滅失財産の評価を分割時点において行なうとすればその不可能な場合の取扱をどうするかもその一つである)。従つてこのような擬制は法が特に認めた場合とか相続人間の衡平を実現するため他に手段方法のない場合とかにはじめて許されると解すべきところ、之を認める特別の規定はなく(民法九〇九条は分割の効果を擬制するものであつて、分割の対象を擬制するものではない)、かつ相続人間の衡平は後記代償請求権の分割を認めることにより容易に達成し得るからである。

分割時説のあるものは滅失財産を分割の対象から除外するだけで、他に何ら特別の操作を行わない。その根拠は分割の対象を現存財産に限定し、滅失による責任追究を遺産分割とは別箇の問題とするものの如くである。その結果有責者に対する代償請求の問題は訴訟手続によらなければ解決できないことになるから、相続人間の衡平は事実上保ち得ず(当事者の多くは内紛の公開を憚り出訴を躊躇することを思うべきである)、遺産分割を特に非訟的審判手続に委ねた法の趣旨に添わないこととなるであろう。

分割時説の他のものは、代償請求権につき之を遺産の範囲から除外しながらも、総合的に把握された遺産の価値の再分配を目的とする遺産分割の特殊な性格に鑑み、なお之を分割の対象とする。思うに遺産分割は、現物分割を本則とするものと解されるから代償請求権は当然には分割の対象とはなり得ないであろう。しかしながら、当事者が分割手続において求めているものは遺産にまつわる財産問題の一括解決であつて、遺産と代償請求権とを切りはなし後者を分割の対象から除くが如きことは思いも及ばないところであろう。このような社会意識を前提として考えた場合、現行の法律体系を混乱させない限度で叙上当事者の要求に応えるのが親族共同生活を維持するため後見的機能を与えられた家庭裁判所のとるべき態度ではなかろうか。この見地に立てば代償請求権の存否範囲に関する紛争が訴訟事項に属することは認めざるを得ないけれども、その存在が明白な場合には之を遺産に準ずべきものとして積極的に分割の対象とするのが至当である。そしてそのことは前記(1)記載の預金債権が化体した金銭、預金債権から生じた利息にもひとしく妥当すると考える。

以上の観点から本件につき判断すると、相手方が本件家屋を滅失したことにより本件各相続人は相手方に対し右家屋の価格に相当する額の損害賠償請求権もしくは不当利得返還請求権を有するところ、右価格は安田サヨ子の供述によれば約一五万円であつたことが認められるから、この額の代償請求権を分割の対象とすべきであるが、之を申立人等に割当てるときは、後に履行の問題を残すこととなり、適切でないので、この結果を回避するためその全額を相手方に取得せしめることとする。

(3)  株式について

被相続人は死亡当時東亜重工業株式会社の株式一三〇〇株を所有していたが、昭和三五年一月、同三七年一月の各無償増資により現在被相続人名義の株式数は三九〇〇株となつており、その内三〇〇〇株は右株式会社が、六〇〇株は申立人時男が、三〇〇株は申立人京子が各保管している。次に同様株式の配当金中昭和三四年五月期分一万七、五五〇円は本件相続開始後支払を受け、之を八、七七五円宛に折半して申立人時男と同京子とが保管中であり、昭和三四年一一月期から、同三八年五月期迄の分一三万〇、六八三円は東亜重工業株式会社が保管している。以上の株式中増資によつて増加した分と、配当金中右会社が保管している分とは共に遺産から生じた事実であるが、前記(2)において説示したところに従い、親株並びに昭和三四年五月期の配当金と共に分割の対象とすべきである。その内株式についてはその価格が算定できないので、之を他の遺産から切りはなした上、三等分してその一を各相続人に割り当てることにより衡平を図ることとするが、上記保管の実情に鑑み、申立人時男には同人保管の六〇〇株と東亜重工業株式会社保管の七〇〇株とを、申立人京子には同人保管の三〇〇株と同社保管の一〇〇〇株とを、相手方には同社保管の一三〇〇株を各取得させることとし、配当金中申立人等が保管している分はそのまま各同人等に取得させることとする。

(4)  債権について

被相続人が生前申立人時男に対し金七万五、七五〇円の貸金債権を有していたことは同申立人の自認するところである。この債権について同申立人は、昭和三二年一月から相続開始迄の間多数回に亘り合計金八万円を被相続人に交付したから、右債権は弁済によつて消滅したか、もしくは右交付金の返還請求権と相殺することによつて消滅したと主張するけれども、被相続人から同申立人の妻に宛てた葉書等によれば右金員交付は、父である被相続人の生活費の足しとして贈つたものであつて、扶養義務の履行に外ならないことが認められるから、之によつて被相続人に対し何らの債権を取得するものでないことは勿論、弁済の効果を生ずるものでもない。よつて同申立人の上記主張は採用できず、右貸金債権はなお之を分割の対象とすべきであるが、後に履行の問題を残さないため、之を申立人時男に取得させることとする。

(5)  動産について

申立人時男は相手方保管の衣類、道具等多数の動産を遺産として分割することを求めた。しかしそれらの動産は、数量厖大なため、品目及び価格を確定するのに相当の費用を必要とするところ同申立人は右費用の負担を拒むので之を詳かにすることができない。よつてこれらの物件を分割の対象から除外することとする。

三、上記二において認定したところによれば、被相続人亡岡本久の遺産総額は四六万五、七五九円(但し株式を除く)であるから、之に対する本件各当事者の相続分はいずれも一五万五、二五三円となる。その内申立人時男に対しては前記の通り株式配当金八、七七五円と貸金債権七万五、七五〇円を取得せしめる外、不足額七万〇、七二八円については一の(1)記載の現金の内右と同額を取得せしめることによつて之を充足し、申立人京子に対しては前記の通り株式配当金八、七七五円を取得せしめる外不足額一四万六、四七八円については東亜重工業株式会社が保管する株式配当金一三万〇、六八三円と、一の(1)記載の現金の内一万五、七九五円とを取得せしめることによつて之を充足し、相手方に対しては前記の通り一の(2)記載の代償請求権一五万円を取得せしめる外、不足額五、二五三円については一の(1)記載の現金の内右と同額を取得せしめることによつて之を充足することとする。

又、東亜重工業株式会社の株式については、本件各当事者はいずれも一三〇〇株の相続分を有することとなるが、申立人時男に対しては前記の通り同人の保管する六〇〇株を取得せしめる外、不足分七〇〇株については同社が保管する株式中から右と同数を取得せしめることによつて之を充足し、申立人京子に対しては、前記の通り同人の保管する三〇〇株を取得せしめる外、不足分一〇〇〇株については同社が保管する株式から右と同数を取得せしめることによつて之を充足し、相手方に対しては一三〇〇株全部を同社が保管する株式中から取得せしめることとする。

このようにして遺産を分割した結果、相手方はその保管する一の(1)記載の現金の内七万〇、七二八円を申立人時男に、一万五、七九五円を同京子に支払わねばならないことになるので、本審判において右支払を命ずることとする。

四、祭具及び墳墓の承継者指定申立について

祖先の祭祀を主宰すべき者につき、被相続人の指定なく、又之を定むべき慣習も明かでない本件においては、祭祀財産の承継者は裁判所が之を定めなければならない。

ところで、相手方及び原田宗心の各供述によれば、(イ)岡本家累代の位牌を安置した仏壇は被相続人の生存中から相手方が保管して回向を行ない、その回向料はすべて相手方が負担したこと及び(ロ)岡本家の墳墓は天王寺区○○町の○○寺境内にあるが、その維持費年間一、〇〇〇円は昭和三〇年以来相手方が負担し滞りなく支払つていることが認められるから、相手方は被相続人の生前同人の委託を受けて祖先の祭祀を司つていたものといわなければならず、かつ被相続人が右の委託を取消す意思を表示した形跡はない。以上の事実と相手方が前叙の通り被相続人の葬儀を主宰した事実、及び現在被相続人の位牌をも前記仏壇に合せ祀つている事実を併せ考えると本件祭祀財産の承継者を相手方とするのが相当である。被相続人はその晩年相手方とは不和の間柄にあり、むしろ申立人時男を頼りとしていた事実、及び相手方が最近一〇年間墓参を怠つているのに反し、申立人時男が昭和三八年以来毎年盆毎に墓参し、その都度一、〇〇〇円の回向料を納めている事実も右の判断を左右する根拠とはならない。よつて本件祭祀財産の承継者として相手方を指定することとする。

以上の理由により主文の通り審判する。

(家事審判官 入江教夫)

目録<省略>

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