大阪家庭裁判所 昭和41年(家)7506号 審判 1967年9月26日
申立人 寺田和子(仮名)
相手方 寺田正信(仮名)
主文
相手方は申立人に対し婚姻費用として金九万円を即時に、並びに昭和四二年九月一日から毎月金六、〇〇〇円を毎月末までに支払え。
本件の申立費用は各自の負担とする。
理由
一、(本件申立の要旨)
申立人は昭和三九年五月一四日、相手方と婚姻届出をなした夫婦であるが、右届出以前より夫婦関係のあつたもので、相手方との間に長男強(昭和三七年六月二七日生)がいる。そして現在上記住所で別居生活をしているが、生活費に困りこれまで親戚、知人から借金して生活して来たものである。この際相手方に対して、申立人と長男強の生活費として相当額の支払を求める。というのである。
二、(当裁判所の判断)
当事者提出の資料、当裁判所の調査及び申立人、相手方に対する各審問の結果、並びに昭和四〇年(家イ)第二七六九号夫婦関係調整事件記録、昭和四一年(家イ)第一九三三号婚姻無効確認事件記録によると、次の事実が認められる。
I (1) 申立人と相手方とは昭和三九年五月一四日大阪市東成区長受付で婚姻届出がなされ、又件外寺田強(昭和三七年六月二七日生)が申立人と相手方間の子として、相手方において認知した旨の届出が、上記婚姻届出の日と同日付でなされている。
(2) ところで申立人と相手方とが知合いになつたのは、昭和三五年頃、相手方が東京より大阪に出て勤め初めてから間もなく大阪の自動車学校で知合い、昭和三六年頃に申立人は相手方と交渉を持つようになり、(申立人三〇歳、相手方二一歳)翌昭和三七年六月二七日に件外寺田強が出生したが、その後昭和三九年五月一四日に至るまで申立人と相手方とはいわゆる結婚式をあげたことはなく、又夫婦としての継続的な同棲、又は、夫婦子との家族生活をなしたこともなく、従つて婚姻届は勿論、子の認知届等も出されなかつた。
そして上記五月一四日に至り、申立人は相手方の承知ありとして、相手方との婚姻届並びに子の認知届を単独でなしたが、その後も家族生活を形成すると言う様なことはなかつた。
(3) その後昭和四〇年一一月二五日申立人より相手方に対し当庁に対し「相手方に女が出来て、離婚を強要される」との主旨で夫婦関係調整の申立がなされたが、昭和四一年一一月一〇日に不成立になり、右の調停期間中である昭和四一年八月一日、相手方より当庁に対し、婚姻無効確認の調停が申立てられたが、これも合意に至らず不成立になり、又申立人より本件の婚姻費用分担の調停申立がなされたが不成立になり、審判に移行した。そして相手方は、昭和四二年七月三日に至り、大阪地方裁判所に対し婚姻届無効確認の訴を提起した。しかして、この間寺田強が申立人と相手方との間の子供でないとの趣旨で争われたことはなく、相手方は当裁判所に対し「上記強の扶養料として毎月三、五〇〇円を送金する」と述べていたにも拘らず、これを全く実行もせず、又その意思も見受けられない。
上記の事実からすると、なるほど形式的には婚姻届出がなされた夫婦ではあるが、その実体はおよそ申立人と相手方間に通常の夫婦共同生活があつたものとは考えがたい。
しかしながら他面、申立人と相手方の年齢差、申立人の積極性寺田強が出生した当時及び婚姻届がなされた当時の相手方の年齢思慮分別等及び相手方の上記強に対する態度からすれば直ちに、申立人と相手方の婚姻届出が相手方の主張する如く全く相手方の関知せぬままになされたかについて、疑問の存するところである。
従つて、形式的に無効な婚姻届出だけが残存しているに過ぎない夫婦と考えることは早計であるので、その届出の有効、無効が確定するまでは、夫婦として見るを相当とするので、以下婚姻費用の範囲、分担その程度について検討する。
II 婚姻費用の分担として申立がなされる場合は、通常夫婦の共同生活(準婚の場合を含めて)が破綻し、別居生活に入り、その共同生活の形態の多くは、夫がその資産又は労働によつて婚姻生活の資を稼ぎ、妻は家庭にあつて家事の処理にあたるという形をとつている。ところで本件の場合には、夫婦として共同生活が婚姻届出前後ともなく、又生活形態も相手方が申立人を扶養保護するとか、又その逆の場合を取つていたとの事情は見当らないし、又将来共同生活が回復しうる見込もなく、共同生活が存在しなかつたのであるから破綻の理由も又特に問題とはならない。(ただ、相互に自己をだましたとか、相手が不誠実であるとかを叫ぶのみに終始している。)
かかる場合には婚姻費用に属する子に対する養育費・教育費の問題は別として、相手方に対し申立人に対する日常の生活費を夫婦間の義務の履行として分担せしめることは、
(1) 申立人は独自で現在昭和四二年二月一五日、○○住宅より、代金一一〇万円で新規に購入した守口市○○町五丁目一六四番地の四九、宅地二九・三四平方メートル、建物同地上木造瓦葺二階建(区分住宅)一階一八・五六平方メートル、二階一六・五一平方メートルを所有している。そしてその代金は頭金四〇万円については、愛知県に居住する姉より、残金は月額一万八、七五〇円の五年割賦になつており、又申立人は現在一応無職であるが近く洋裁をすれば一ヶ月一万ないし二万円相当の収益をあげることが予想されているが、従前から主として、姉、義弟らの援助により生活をしており、子供の教育費を除いて、その生活費は少くとも二万円が必要であることが認められる。
(2) 相手方は、現在他の女性と内縁関係にあり、住吉区○○○一丁目で文化住宅の二階を賃借りし、昭和四一年秋から○○建材株式会社のトラック運転手として、復職し、給料・諸手当を含めて、月収三万五、〇〇〇円ないし四万円を得て、家賃八、〇〇〇円を除いた金額で相手方と内縁の妻との生計を維持しているがトラック運転手としての職業柄の生活としてはほぼ一杯であると一応考えられる。
上記双方の現況を合せ考えるとなるほど戸籍上では夫婦であり、婚姻費用の分担が自己と同質同量の生活を保障するいわゆる生活保持義務であると言つても、本件の場合には、その夫婦の実体からして、相手方に対し、申立人の生計を維持するための負担を負わせることは適当でないものと考えるを相当とする。
III 次に婚姻費用の内寺田強に対する養育費・教育費について検討する。
(1) まず寺田強に対する扶養必要額(一ヵ月の最低生活費)
労働科学研究所の生活費算出方式によると消費単位一〇〇についての最低生活費(大阪市統計局の大阪市生計費指数は昭和三五年を一〇〇とすると昭和四二年七月のそれは一四九・一である。)は
7,000円×149.1/81.1 = 12,869円(円以下切捨)
寺田強に対する消費単位(六歳の幼稚園児)は四五に相当するから
12,869円×45/100 = 5,791円(強の一ヵ月の最低生活費)
(2) ところで、上記強の実母たる申立人は、上記の如き事情で、仮りに洋裁による収入が既にあつたとしても、同収入では自分の生活を支えるのが、精一杯の状態と考えるのが相当であり、到底強の生活費まで支出できる能力はないものと認められる。
次に相手方の扶養能力は、同人のトラック運転手としての前記の消費単位は一一五であり、同人の内妻(無職)のそれは八〇に相当するから、両名の最低生活費は、
12,869円×(115+80)/100 = 25,095円
である。従つて相手方の収入を仮りに一ヵ月三万五、〇〇〇円と見ても差引き月約一万円の余剰が認められる、そうすると強の上記生活費を見る余裕があり、相手方の収入に照らして、扶養金額として一ヵ月金六、〇〇〇円とするのが相当である。
(3) しかして相手方は従来より自己の給料としては、月三、五〇〇円が強の養育費として支出する限界である旨当裁判所に陳述しながら、それさえも、なんら実行していない。
以上のとおりであるから、相手方は、申立人に対し婚姻費用(子に対する養育費)の分担金として、一ヵ月金六、〇〇〇円宛を、申立人が本件婚姻費用の分担の申立をした昭和四一年六月から同居の回復ないし離婚に至るまでの間毎月末までに(従つて、昭和四二年八月分までの婚姻費用合計九万円については支払期限が到来した。)申立人に対し支払うのが相当であると認められる。(なお離婚になつた場合以後の長男強の扶養料については、その際に定めるのが適当である。)
よつて、主文のとおり審判する。
(家事審判官 山中紀行)