大阪家庭裁判所 昭和45年(家)582号 審判 1970年10月22日
申立人 草野浩子(仮名)
相手方 川上正次(仮名)
事件本人 川上俊子(仮名) 昭三七・一〇・二〇生
主文
本件申立はこれを却下する。
理由
本件調査の結果及び当庁昭和四四年(家イ)第二七一二号親権者変更申立事件の記録によるとつぎの事実が認められる。
申立人は昭和三一年頃大阪市○○区○○の○○○で働いていたが、その店の帳場に出入していた相手方と知り合い、昭和三四年頃から同区○○町のアパートで同棲し、昭和三七年一〇月二〇日事件本人出生、昭和四〇年三月二日婚姻届出をした。相手方は贓物故買その他で昭和四一年二月から同四三年一一月二八日まで服役したが申立人は昭和四二年末頃から現在の内縁の夫町田義雄と情交を結んだ。相手方は出所に際し、申立人に引受人になつてもらい迎えられて同人の住居の○○町の○○荘に落ち着いたが三日位経つて上記町田義雄が現われ申立人と関係のあることが判明した。申立人の母、上記義雄を交えて話合つた結果申立人と相手方とは別れることに話がついたが事件本人については相手方が離さないと言つたので申立人は諦めたがその後昭和四三年一二月二二日事件本人が風呂に行つた時に申立人が相手方に無断で連れ去つた。離婚届については相手方は同じアパートに住んでいた申立人の母から何回も懇願されたがこれを拒否し続けた。ところが事件本人が小学校に入学する昭和四四年三月頃、申立人が事件本人を「返す」といつて連れて来たので受取り、小学校入学手続を済ませ通学させた。それでこれ以上離婚届を出さないと頑張つても仕方がないと思い申立人の母に「離婚届を出すから」といつて申立人の印を借り離婚届を作成して届出たが、その際事件本人の親権者を定めることについては別に話し合つたことはないが、申立人の母は何も言わないし、申立人は事件本人を「渡す」といつて連れて来たのだし、現に相手方のもとから通学しているのであるから当然親権者は相手方であると思つてそのように上記離婚届書に記入した。(これに対し申立人は相手方が籍は絶対に渡さないからと強硬な態度であつたのでそれなら裁判に出すからと言つて家を出たのであつて、相手方を親権者とすると言つたわけではない。それなのに相手方は離婚届と一緒に自分勝手に相手方を親権者として届出てしまつたと主張する。)ところがその後相手方は事件本人の世話を十分見られなかつたので申立人の母がこれを助けていたのであるが、申立人側から事件本人を引取るといつたところ、相手方は「事件本人を申立人の所で学校へやつてもよい。相手方は嫁さんをもらうので事件本人とは義理の仲になるから」といつて籍はぬかない(親権者変更をしないの意)が事件本人を引取ることに同意したので昭和四四年六月頃申立人のもとへ引取り現在に至つている。
昭和四四年九月一八日当庁へ申立人より相手方に対して親権者変更の裁判申立がなされ、昭和四四年(家)第六八三九号として係属したが、その後調停に付され、昭和四四年(家イ)第二七一二号親権者変更調停事件として進められ、調停期日は五回開かれ第五回目の期日である昭和四四年一一月二二日午前
「1 申立人は双方間の長女俊子(昭和三七年一〇月二〇日生)の親権者が父である相手方であることを確認する。
2 現在申立人方において養育されている上記俊子を毎土曜日に相手方、方に連れて行き、翌日曜日に申立人方に送りとどける事。
3 本件調停費用各自弁とする。」
との調停が成立した。これに対し本件申立人(代理人弁護士横山昭二)は「申立人は本件申立と同旨の申立を昭和四四年九月一七日御庁に行つた(昭和四四年(家)第六八三九号)ところ、調停手続の進行中に調停成立の見込がないので調停打切とすることになつたので代理人であつた本申立代理人が一寸他の裁判所に行つた間に申立人に親権者を現状のままでおくよう強制(申立人はそう言つている)して親権者を変更しないことを合意する旨の調停を成立させた。」と主張するが、当庁昭和四四年(家イ(第二七一二号親権者変更調停によれば、昭和四四年一一月二二日の調停成立には当事者双方本人、家事審判官古川秀雄、調停委員岡田寿一、同金森アキ、家庭裁判所書記官野田真司、同調査官加藤淳一らが立会したことは明らかであり、また上記加藤淳一調査官の立会調書には
「一一月二二日調停に立会した。
申立人と相手方が調停の席に着いており大要次のように述べた。
相手方――事件本人を引取りたいが事件本人が申立人のところがよいと言うなら仕方がない。しかし一週間に一回でも家に事件本人を連れて来たい。
申立人――相手方の所に連れて行くのはよいがもしものことがあるといけないので、申立人の所に帰らせないとか言い出すから、事件本人があつちに行つたり、こつちに来たりでは可哀想である。行くのを事件本人が厭がつている。迎えに来てくれるのならよいが学校に行つている時には困る。
相手方――毎土曜日に迎えに行き日曜日に連れて行く。
申立人――それでよい。時間は決めなくてよい。
以上の如くで調書の通り調停が成立した。」
との記載があり、また本件記録中の調査官補大屋公彦作成の調書中に申立人が「調停の際は、申立人が子をだしにして親の意地で親権を主張しているように調停委員会で言われ、自分に情がないと見られているように思えたのでしばらく冷却期間をおいてと考え、調停条項に同意した。しかし帰つてから弁護士からも言われて考えなおし再度申立した。」と述べていることなどを総合すると上記調停が調停委員会の強制により成立させたということは到底考えられない。
申立人は上記住所地で上記内縁の夫町田義雄、事件本人の三名で同居している。申立人には資産収入はないが上記町田は月収一五万円位あるので経済的には不自由はない。申立人方の住居は古く、アパートの玄関は壊ればなしであり六畳一間で所狭しと家具が置かれてあり、昼も暗く壁にはヌード(座つている)写真が貼られてある。アパートは二階建で約四〇世帯位が入居し建築関係の人が多く言葉遣いは荒く、アパートの住民の教養程度は高いとは思われない。申立人には浪費の傾向が認められるがそれは家具や電気製品の購入であり事件本人の養育に不安をもたらすことはないと考えられる。しかしながら上記町田は申立人の生活の無計画さについてかなり強い不満を持つており、また事件本人の躾についても意見が異り申立人のやり方に批判的であるが抑制心があるので表面化して喧嘩になることはない。内部的には問題を生じる要素をはらんでいるけれども、申立人にとつては今までの生活に比べて町田との夫婦関係を容易に破壊するような行動をとる可能性はあまりないのではないかと思う。事件本人の家庭に対する適応を阻害するような事態はない。
相手方は住所地で妻洋子(婚姻届出昭和四四年八月四日)と二人暮し、資産なし、収入は日給、能率給であるが月収平均八万円強、洋子は無職であるが生活は楽な方である。住居はいわゆる文化住宅で(四・五畳、六畳、台所)で部屋の中は小ぎれいに整頓されている。府営住宅がすぐそばにある住宅地域で文化住宅等も多い。相手方夫婦の関係は現状では特に問題となるような点は見当らない。相手方は繊細な神経や感情はもつていないので仕事から疲れて帰宅して安息できる家庭であることが第一であり、現在はその点で特に不満はないようである。事件本人を引取ることには洋子は反対ではなく、その他に意見が対立するような話題はあまりないので夫婦間の心理的困惑や葛藤状態を生じる可能性が少ない。そのため外部から何か刺激があり問題を生じた場合、夫婦間でそれにどれほど耐えられるかということは明らかでない。相手方には犯罪歴があるが、現在の生活状態、前非を悔い自重している心境から見るかぎり再犯の可能性はないものと思われる。しかし妻を取られた上、子供まで取られたら立つ瀬がないという気持が強い。
事件本人は申立人夫婦に親密さを示し、相手方夫婦に疎遠であり嫌つている面もあり、申立人夫婦との同居生活を指向しているがその判断は日常の生活から来る居心地の良さといつた感情の次元でとらえられており、必ずしもそのまま親権者としての適格性を示すものとはいえない。しかし少くとも申立人夫婦のもとでの生活は相手方夫婦のもとでの生活より感情的に安定さを示しているといえる。事件本人は相手方夫婦の家には行きたくないという感情を抱いているが相手方夫婦の方も引取つた場合、事件本人をなつくようにするのが第一でなければならぬことを理解している。相手方夫婦を感情的に嫌つている事件本人が相手方夫婦に引取られた場合結局はその家庭に順応するとしても心理的な影響を残すのではないかと思われる。ただそれがどの程度であるか判断が困難である。事件本人は申立人の叱責が激しい場合に反抗的機制が働くが、感情的な結びつきが阻害されるような点はなく申立人との同居生活を希望している。町田義雄に対しては「おとうちやん」と呼んでいるけれども父親に対するような親密な感情を抱くに至つていない。といつて反発するような感情はみられない。
申立人は事件本人を相手方に引渡したくないという感情が強く、事件本人を中心とした円満な家庭生活を考えており心理的にかなり強く依存している。町田との夫婦生活の中でその生活の維持に事件本人の存在の必要が大きい。
相手方は事件本人に対し父親として可愛いという感情で接しているが相手方としては妻(川上洋子)との生活を大事にしたいという気持が先であり、事件本人と同居することは妻と事件本人との関係が義理の関係でうまくいかないという心配や親権者になつて置きさえすれば養育するのは申立人の方でもよいという考えで引取ることに積極的意思は見られない。
以上認定の事実によると、昭和四四年(家イ)第二七一二号親権者変更の調停が有効に成立したこと、ならびに調停成立後一年も経ておらず上記調停成立後に親権者を変更しなければならない事情変更は何も見当らないし、現状のままで何等不都合な点もないと思料される。従つて本件申立は理由がないものと認めこれを却下することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 古川秀雄)