大阪家庭裁判所 昭和45年(少)2844号 決定 1970年5月12日
少年 J・B(一九五二・九・二九生)
主文
一 この事件について審判を開始しない。
二 押収してある生あへん一塊(残量九・〇八グラム)、同一塊(残量四八・四五グラム)、大麻一包(残量二一・三五グラム)、大麻タバコの吸がら二個(残量計〇・四七グラム)、大麻一袋(残量一二五グラム)(以上昭和四五年押第三九八号の一、二、四、五および一〇)を没取する。
理由
〔非行事実〕
少年の非行事実は、司法警察員作成の昭和四五年五月六日附追送致書および大阪税関長作成の告発書各記載の犯罪事実のとおりであつて、その概要は、少年は○国貨物船○ヤ○ー・○ン○号の乗組員であるが航海中あへん塊を入手し、これを日本で密売して利益を得る目的で、まず同船が大阪港に入港後の同四五年四月二七日あへん一塊を携行のうえ上陸して、密輸入し、なお同様の目的であへん三塊を自己の船室内に隠匿所持してこれを密輸入しようとしたものであるほか、同船室内に自己使用の目的で大麻を所持していたというものである。
〔適用法条〕
あへん法違反の点 同法六条一項、五一条二項三項。
大麻取締法違反の点 同法三条一項、二四条の二。
関税法違反の点 同法一〇九条一項二項。
〔処遇理由〕
少年の処遇につき検討してみると、まず本件は少年があへん塊を日本国内で密売しようと図つた行為を中心とするものであつて、あへんによつてもたらされる恐るべき害毒を思えば少年に対して厳しくその刑事責任を追及すべきものであろうが、しかし少年がいまだ一八歳に満たず、窃盗の非行歴(一回)を除いては前科もなくかつ顕著な非行歴もないこと、本件とくにあへん法違反の点は少年が航海中好奇心に駆られてたまたま入手した少量のあへん塊をみずから服用した後その残量を売却して利益を得ようとしたにすぎないものであつて、きわめて単純かつ偶発的な動機のもとなんらの背後関係もなく単独で敢行されたものであるうえ、買受けを求められた相手方の通報によりただちに検挙され残りのあへん塊もすでに押収されたため幸い実害の発生を見るに至らなかつたこと、さらに今回の検挙とそれに引続く身柄の拘束によりかなり反省の態度を示すに至つていることなどの諸事情を勘案すれば本件の前記罪質を考慮しても、必ずしも刑事処分に付すべき積極的事由は見出せない。
また本少年のように海外で生活し全く日本語を解せず、かつ風俗、生活習慣を異にしているものである場合、集団処遇による矯正教育は不可能でないにしても事実上困難であるから少年院送致は適当ではなく、また少年は外国に生活の本拠を持ち航海の途中一時的に本邦に上陸したにすぎないものであるから、保護司による継続的指導監督も実際上不可能であることからして保護観察に付すことも相当でない。
なお少年には前記のように窃盗の非行歴があり、親許を離れ船員として航海にでるなどその非行性ないし要保護性に疑問がないわけではないが、その非行性もとくに強度のものではなく、またその性格上格別の偏倚は窺われないし、カナダに居住するその母親が会社経営上○ル○島に単身居住する父親と連絡を取り、その意を受けて急拠来日し今後は少年を父親の膝下で厳しく監督する旨誓つていることからその保護能力にも期待ができ、したがつて要保護性も低いといわなければならない。
そこで少年に対する処遇としては審判を開いて訓戒等の保護的措置をとつたうえ不処分とするか、このまま審判不開始とするかそのいずれかの方法によるべきこととなるが、手続上の便宣上審判を開かず、来日した母親と附添人立会いのうえ少年に面接して訓戒を加えかつ誓約書を徴するにとどめることにした。
よつて少年法一九条一項なお没取の点につき同法二四条の二を適用して主文のとおり決定する。
(なお少年に対しては観護措置がとられ少年鑑別所に収容されているところ、本邦への在留は出入国管理令に違反するため、その釈放にあたつては事前に少年鑑別所長より所轄入国審査官に対する通報の措置がなされている。)
(裁判官 武藤冬士己)