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大阪家庭裁判所 昭和49年(家)1729号 審判 1974年12月13日

申立人 広瀬照子(仮名)

相手方 広瀬信二(仮名)

主文

相手方は申立人に対し、婚姻から生ずる費用の分担として、本審判確定と同時に金一五万〇、六四五円、昭和四九年一二月一日以降別居状態解消或は婚姻解消に至るまで毎月金一万円宛を各月末日限り、申立人住所に持参または送金して支払え。

理由

1  申立の要旨

申立人と相手方とは、昭和四六年五月二三日結婚式を挙げ、同年六月四日婚姻の届出をして、相手方の父所有の吹田市○○二丁目所在の家屋で同棲したが、持参金のなかつたことを根に持つ相手方の母は度々申立人に、いやがらせをし、当初は、何等その気配がなかつた相手方も、次第に相手方の母に同調して申立人につらくあたり、同年一一月三日朝、相手方は申立人に対し「お前は二、三日里に帰れ」と怒り顔で申し渡し、理由を聞いたところ「時間がない」と言つて答えずに出勤し、爾後帰宅しなかつた。そこで申立人はやむを得ずその頃実家へ帰つた。その後仲人であつた橋本が相手方を説得したが相手方は離婚を迫るのみである。別居後、申立人は昭和四七年三月九日長男正夫を分娩したが、相手方が引取り、現在相手方の妹によつて養育されている。相手方は別居の時から、その両親方(千里青山台所在)に同居している。相手方は、○○大学医学部附属病院特殊救急部(外科)に勤務し、同所から昭和四八年四月現在一か月手取額金一五万一、一七〇円(但し、ボーナスを含まず)を取得し、その他○○病院に毎週二~三回(終日)と○○病院に毎月二~三回(終日)各勤務し、これら病院から一か月計約二〇万円の支払を受けているので、相手方の毎月の総収入は三〇万円以上であり、申立人は相手方から別居以来生活費等の支給を全く受けていない。よつて申立人は相手方から婚姻費用分担金として一か月金一〇万円宛の支払いを求める。

2  事件の経緯

申立人は昭和四八年六月一九日当裁判所に対し、相手方が申立人に一か月金一〇万円宛の婚姻費用分担金を支払うことを求める調停の申立をした。当裁判所は、直ちに家庭裁判所調査官に事実の調査を命じた。同調査官は昭和四八年八月二九日相手方に面接した。当庁調停委員会は同年一二月一二日から九回に亘つて調停を試みたが昭和四九年七月一九日当事者間に合意が成立する見込みがなく調停が成立しないものとして事件を終了させ、上記調停事件は本件審判手続に移行したものである。

3  当裁判所が調査の結果認定した事実

申立人と相手方とは昭和四六年五月二三日結婚式を挙げ、爾来相手方の父の所有であつた吹田市○○二丁目の家屋で同棲し、同年六月八日大阪市北区長に対し婚姻の届出をした。相手方は同年一一月三日の朝申立人に対し「実家に二、三日帰れ」と言つて出勤したまま、上記の家屋に帰つて来なかつたので、申立人はやむなく、同年同月六日その実家(申立人肩書住所所在)に帰つてそのまま居住し、相手方は同年一一月三日以来その父母の所有であつて、同人らの住む相手方肩書住所所在の家屋で起居し、当事者双方は爾来別居を続けている。

なお、申立人は昭和四七年三月九日、相手方との長男「正夫」を出産し、暫く養育していたが同年五月六日正夫を相手方に引渡した。相手方は正夫の養育を、相手方の妹山下由美に依頼し、正夫は現在山下由美(箕面市○○一丁日に居住)の許で養育されている。

申立人は、昭和四四年三月○○女子大学文学部を卒業したものであるところ、上記別居当初は正夫の出産もあつて、働いていなかつたが、昭和四八年四月頃から申立人の父が代表取締役として経営している株式会社○○(主な営業目的、化学工事、食品工業の原料、資料の販売およびビル経営)の、ビル経営の事務を無報酬で手伝つている。同ビル経営の事務は申立人の実母が主として担当しているので、申立人はその補助者である。申立人は資産はないが、健康であつて出産以外は病床に就いたことはない。申立人は無収入であつてその父によつて養われている。同父の家族は昭和四八年七月頃においては、同父およびその妻(申立人の母)、その子二人(申立人の弟と妹)と申立人との五人であつて、この五人が父から一か月について支給される生活費三〇万円と衣服等購入費約二〇万円計五〇万円を費消して生活していたが、昭和四九年四月上記弟が独立して別居した後は、上記残りの四名のものが、父から一か月について支給される生活費六〇万円位を費消して生活している。

相手方は昭和四〇年三月○○大学医学部を卒業し、昭和四一年五月医師国家試験に合格し、昭和四五年五月一日から文部教官助手として○○大学医学部附属病院特殊救急部(外科)に勤務し、併せて○○病院に週二回位、○○病院に月一回位手伝に行き、○○大学からの給与手取額は、昭和四九年一〇月分は約一五万円であり、○○病院から昭和四九年四月より同年九月までの間に受けた給与手取額は月平均約一三万円であつた。なお、○○病院からの給与は月平均約二万円である。相手方に資産はなく、収入は上記三病院から受ける給与だけであつて、これで自分の生活費を賄い、かつ長男正夫の養育費を負担しているが、申立人に対しては別居以来その生活費等を支給したことはない。

申立人は昭和四六年五月二三日から同年一一月三日までの相手方との同居の期間中には、相手方から生活費として一か月について約七万円の交付を受け、新婚間際で衣料費がいらなかつた事情もあつて、それだけで申立人と相手方との生活費を賄つていた。

相手方は昭和四八年一一月九日申立人を被告として大阪地方裁判所に離婚の訴を提起し、現在係属中である。

4  当裁判所の判断

夫婦が別居し事実上離別状態にあつて婚姻関係が事実上破綻していても、法律上の婚姻関係が存続している限り、別居に正当な理由がなく、他方配偶者の意思に反して別居しているなど特別の事情がある場合の外は、経済的に優位な配偶者は、生活費に事欠く配偶者に対して、婚姻費用を分担しなければならないものと解する。

本件においては、申立人と相手方とは昭和四六年六月八日婚姻したところ、同年一一月六日以降別居し、事実上離別状態にあるが上記特別の事情は認められず、経済的に優位に立つものが相手方であることは明らかである。上記認定事実によれば、申立人はその実家において、その父に扶養され経済的に比較的恵まれた生活を送つていることが認められるけれども、妻を扶養するものは第一義的には夫であると解すべきであるから、申立人が現在父に扶養されて、生活に困つていないからと言つて、配偶者である相手方が申立人に対する婚姻費用分担の義務を免れることはできないものと解する。

申立人は、その父の経営する会社の仕事を手伝い、その報酬を受けていないこと上記認定のとおりである。報酬を受けるか受けないかは申立人の自由であるが、報酬を受けていないから無収入であるとして、その生活費の全額を相手方に婚姻費用として分担を求めることはできないものと解する。

上記認定事実によれば、申立人は昭和四八年四月頃以降、その父が代表取締役をしている株式会社○○においてビル経営の補助的事務を担当し、その代わり上記父から扶養されており、労働省統計情報部による昭和四八年六月分の賃金構造基本統計調査中大阪府下の統計(昭和四八年賃金センサス第八巻)によれば、企業規模一〇~九九人、二五~二九歳の女子労働者の不動産業における勤続年数三年の現金給与額は六万五、九〇〇円、年間賞与は一七万八、五〇〇円であるから、申立人はビル経営の補助的事務を担当して昭和四八年八月頃から月額四万円の収入を得ているものと評価するのが相当である。

一方相手方の昭和四八年八月頃から現在に至る収入は月収約三〇万円(賞与を含まない)と認められるところ、婚費計算のためには職業費として、その三割を差引くを相当と考える。

そこで、相手方が受けている賞与の額を考慮の外においても、申立人の生活費月額を労研(労働科学研究所)生活費算出方式により、当事者および長男正夫を一世帯を構成するものとし、消費単位を、相手方一〇五、申立人九〇、正夫四〇、生活費に醵出する額を相手方二一万円、申立人四万円として、計算すれば、約一〇万円となることは明らかである。

一般に夫婦間の婚姻費用分担の程度は、いわゆる生活保持義務であつて、自己と同程度の生活を配偶者にさせる義務があるものであるけれども、同程度と認められる生活費を超えて、たとえば、貯蓄に廻す金額までも分担しなければならないものではないものと解すべきである。

上記認定事実によれば、申立人は相手方と同居の期間においては衣料費を除いて約三万五、〇〇〇円で生活していたのであるから、当時からの物価の上昇その他諸般の事情を考え合わせても、現在における相手方の生活費と同程度の申立人の生活費は月額五万円であると認めるのを相当とする。

そうすると、申立人は一か月について四万円の収入があるのであるから、相手方は申立人に対し、残金一万円を交付すれば足るものといわなければならない。

申立人が本件調停の申立をしたのは昭和四八年六月一九日であるが、記録によれば、同申立が相手方に知らされたのは同年八月二九日であることが認められるから、相手方は申立人に対し昭和四八年八月三〇日以降別居状態が解消するか或は婚姻解消に至るまで婚姻費用分担金として、一か月について毎月金一万円宛を支払わなければならない。昭和四八年八月三〇日から昭和四九年一一月末日まで一か月について一万円の割合による金員は計一五万〇、六四五円であるから、相手方は申立人に対し、上記一五万〇、六四五円を直ちに、昭和四九年一二月一日から申立人と相手方とが別居状態を解消するか、または婚姻解消に至るまで毎月一万円宛を各月末日限り申立人住所に持参又は送金して支払わなければならない。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 常安政夫)

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