大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪家庭裁判所 昭和55年(家)3775号 審判 1981年10月06日

申立人 細川コトエ

相手方 細川真人

主文

相手方は、申立人に対し、婚姻費用の分担金として、昭和五五年九月から昭和五六年三月までは月額七五、〇〇〇円宛を、同年四月から申立人と相手方とが別居を解消して同居生活をするに至るまで月額八五、〇〇〇円宛を毎月末日限り持参又は送金して支払え(支払期限の到来した分は即時に支払え。)。

理由

一  申立人は、「相手方は、申立人に対し、別居期間中の婚姻費用の分担金として、毎月少くとも一八万円(住宅ローンの割賦金三万円を含む)を支払え。」との審判を求めた。

二  本件記録中の証拠資料及び当家庭裁判所調査官の調査結果を総合すると、

1  申立人は、昭和三五年三月婚姻し、昭和三六年五月一五日、長女由利子を出産した。しかし、事情があつて夫婦は昭和四〇年頃、一旦、協議離婚をしたが、その後間もなくして復縁することになり、昭和四一年四月一五日、再度婚姻した。そして、申立人は、昭和四三年一二月一二日、長男洋夫を儲けた。

2  しかし、申立人は、金銭的経済的な面に細かく、生活費の確保や家計の維持にも厳しく対処する傾向があるところから、常づね相手方が経済的にルーズで家計を顧みることが少いといつた不満があり、そのため家計の補助にと化粧品セールスなどに働きに出る有様であつた。一方、相手方は、会社や仕事を大事にして精励し他人との関係を重んずる傾向にあり、こうしたことから家庭経済をおろそかにする嫌いがないではなかつたが、相手方としては、オイルショック以後、勤務会社が度たび倒産状態に陥り、賞与はおろか給料の支払もままならぬ状況でやむを得ない事情があつたのであり、そのような会社の経営上の苦境を申立人に説明して給料遅延のやむなきことの諒解方を求めても、申立人は相手方の言葉に耳を傾けず、信用せず、また会社における相手方の地位や立場についても理解が乏しいなどといつた不満があつた。こうした相互の不満や不信感の相乗作用の結果、夫婦の不和は次第に進行し深刻化し、相手方は、遂に昭和五一年九月単身で家を出て別居するに至つた。そして、申立人と相手方とは今日まで別居状態が続いている。

3  申立人一家は、昭和四八年一月、それまで住んでいた大阪市都島区から枚方市内の現住所に移つた。申立人は、上記転居の際に従前の化粧品セールスの仕事をやめた。そして間もなくして枚方市内の○○病院に事務員として勤めるようになつた。個人経営の診療所である。それ以来、同病院に勤務している。

4  相手方は、上記のように、昭和五一年九月に別居した後、申立人が管理する相手方名義の○○銀行総合預金口座に毎月一〇万円宛払込んだ。しかし、それも昭和五四年七月までであつて、同年八月からは月額八万円宛となり、更に昭和五五年二月からは月額三万円宛の送金になつてしまつた。

申立人は、昭和五五年四月一七日、当庁に対し、相手方との間の夫婦関係調整(B)の申立をした。その際、担当調停委員会は、同月三〇日、調停前の措置として、「相手方は、申立人に対し、生活費として、昭和五五年五月から調停手続が終了するに至るまで、毎月一〇万円宛を毎月末日までに仮に支払え。」との趣旨の命令を発したが、相手方は五月に八万円を送金したのみで、翌六月二五日、調停は不成立により手続が終了した。

5  申立人は、上記のように枚方市内の病院で働いているが、申立人より提出された給料支払明細書(昭和五五年一月、二月、四月、七月ないし九月分)によると、給料支払額より健康保険料、厚生年金、雇用保険料、所得税、及び住民税を控除後の手取り平均月収額(上記六ヶ月間の平均額)は、一二五、四〇五円である。

申立人は、上記給料収入のほかには、特段の資産はない。しかし、申立人と相手方とが協力して購入した資産として、申立人らが居住する下記宅地及び建物がある。いずれも、相手方名義となつている。

枚方市○○○町×丁目××××番××

宅地 一六二・七五平方メートル

同地上所在

家屋番号××××番×

木造瓦葺二階建

一階 四七・三五平方メートル

二階 一二・五九平方メートル

これは昭和四八年二月二六日付で購入したものである。上記不動産の購入については、総額七九〇万円のうち頭金二〇〇万円は申立人が負担し、残金五九〇万円については住宅ローンを使用した。この借入金は、毎月三万円宛、賞与時に二〇万円宛年二回、年間合計七六万円宛の割賦返済の約定となつており、上記割賦金は相手方が負担し支払つている。また、上記不動産に対する固定資産税及び火災保険料は、事実上、申立人において負担し、支払をなしている。

上記固定資産税は、昭和五三年度から昭和五四年度にかけての枚方市の固定資産税領収証書によると年額二八、一八〇円であり、月額二、三四八円である。また、上記保険料は、○○火災海上保険相互会社の保険料領収証によると年額四〇、〇〇〇円であり、月額は三、三三三円となる。

申立人は、長女由利子及び長男洋夫と生活を共にしている。由利子は、昭和五五年三月高校を卒業し、同年一〇月に犬の美容師(愛玩犬などの毛をカットしたりするもの)を養成する専門学校に入学した。一年制であるが、二、三年は勉強しないと一人前にはなれないということである。洋夫は、昭和五六年四月から中学校に進学した。申立人も子供らも健康である。

6  相手方の職業、収入、生活状況は次のとおりである。

相手方は、○○大学商学部を卒業し、○○商事株式会社(○○電機株式会社の子会社)に就職し、約五年間営業畑で働いた後、現勤務先の○○○○工学株式会社に移つた。資本金一〇〇〇万円、従業員一六人、震動によつて粉末や液体を処理する機械を製作する会社である。相手方は、営業担当の役員をしている。オイルショック以後会社の営業状態は必ずしも芳しくない。

相手方提出の給料支払明細書によると、昭和五四年一二月から昭和五五年三月までは基本給二九万円で、昭和五五年一一月分は三〇万円となつている。四月に昇給すると一年間は変らないということであるから、同年四月から基本給が一万円昇額したものと考えられる。賞与は、昭和五四年一二月に四〇万円、昭和五五年八月に四〇万円受給しているので年間八〇万円である。上記期間における基本給と賞与との総額は、次のとおり四三六万円となる。

(29万円×4)+(30万円×8)+80万円 = 436万円

すなわち、平均月額は三六三、三三三円である。

また、相手方提出の書面によれば、昭和五四年一二月から昭和五五年一一月までの社会保険料、所得税及び住民税の平均月額は七三、九三六円である。

上記三六三、三三三円から七三、九三六円を控除したもの、すなわち二八九、三九七円が相手方の手取り平均月収額である。

なお、相手方は、学生時代に腎臓結核を病み、片方を切除したことがあり、爾来、薬を飲んでおり、そのため膀胱が硬化し尿が近い状態にある。医療費が毎月二万円ほどかかる。

相手方の資産としては、上記の宅地・建物があり、住宅ローンにつき、毎月三万円宛、賞与時に年二回、各回に二〇万円宛を返済している。

大要以上の事実が認められる。

三  上記認定事実によると、申立人と相手方とは双方の性格の相違や家計に対する考え方の差異などから次第に夫婦の間に不和が生じ、相手方が家を出て行く形で別居し、今日まで数年にわたり別居状態が続いており、夫婦関係は破綻を来たしているものと認められる。しかし、上記別居の事情やその後における双方の交渉の経緯などからすると、申立人と相手方との夫婦関係は修復が絶対に不可能であるとは認め難い。したがつて、申立人と相手方は、夫婦として相互に協力扶助の義務があり、家族共同生活体(現実には二つに分れている。)の費用、すなわち婚姻費用を分担し合うべき義務があるものといわねばならない。そして、上記認定事実よりすると、本件の破綻的別居について、申立人の側に特段の原因や責任があると断ずることはできない。

しかして、民法七六〇条によれば、夫婦はその資産、収入その他一切の事情を考慮して婚姻から生ずる費用を分担すべきものとされているが、上記分担に当つては、まず双方の収入(労働収入と資産収入とを区別しない。)を基準とすべく、収入が家計費を満さない場合に、双方の資産が分担の基準となるものである。本件については双方の収入額を基準とすることになる。

ところで、婚姻費用に含まれるべきものは、夫婦を中心とした家族共同生活に必要な衣、食、住費すなわち生計費と未成熟子の養育費とがその主要なものである。本件においては、長女由利子は、昭和三六年五月一五日生まれで、昭和五五年三月に高校を卒業しているのであるから、同年四月以降は未成熟子というわけにゆかないので、同年四月以降の同女に関する生活費等は、別途、父である相手方に対する扶養請求として、これが支払を求めるのが相当である。したがつて、本件においては、由利子に関する生活費関係は本件婚姻費用の分担の問題としないこととする。

以下、いわゆる労研方式により、相手方の分担すべき婚姻費用額を試算することとする。

1  申立人について

上記のように、申立人の手取り月収は一二五、四〇五円である。

職業費を手取り月収額の一五パーセントとみると、一八、八一〇円となる。これを上記月収額より控除した後の一〇六、五九五円が、申立人側において申立人と長男との二人の生活費に振向けることのできる額と認められる。

125,405円-18,810円 ≒ 106,595円

2  相手方について

上記のように、相手方の手取り月収は二八九、三九七円である。上記と同様に職業費を一五パーセントとみると、四三、四〇九円となる。これを上記月収額より控除すると二四五、九八七円となるが、これが相手方において生活費に振向けることのできる額と認められる。

289,396円-43,409円 ≒ 245,987円

3  労研方式による計算

(消費単位)

申立人     90

長男      60

85(56年4月以降)

独立世帯加算  20

相手方    100

独立世帯加算  20

(双方の収入の合算)

申立人と相手方との夫婦共同生活に供せられるべき生活資金は、双方の収入の合算額である。

106,595円+245,987円 = 352,582円

(配分額、申立人に配分される生活費)

352,582円×(90+60+20/90+60+20+100+20) ≒ 206,686円(56年3月まで)

352,582円×(90+85+20/90+85+20+100+20) ≒ 218,265円(56年4月以降)

(相手方の負担分、申立人に対する上記配分額より申立人の上記収入額を控除したもの。)

206,686円-106,595円 = 100,091円(56年3月まで)

218,265円-106,595円 = 111,670円(56年4月以降)

4 共通経費の分担について

固定資産税、火災保険料については事実上申立人において負担し、住宅ローンについては事実上相手方が負担している。しかし、これらの費用は、申立人と相手方とが夫婦共同生活を維持するについて必要な共通の経費であるから、以上の経費は、双方間において特段の約定がない限り、申立人と相手方とが上記と同様の割合により按分して各自分担するのが相当である。

(一) 固定資産税について

2,348円×(100+20/90+60+20+100+20) ≒ 972円(56年3月まで)

2,348円×(100+20/90+85+20+100+20) ≒ 894円(56年4月以降)

(二) 火災保険料

3,333円×(100+20/90+60+20+100+20) ≒ 1,379円(56年3月まで)

3,333円×(100+20/90+85+20+100+20) ≒ 1,270円(56年4月以降)

(三) 住宅ローン返済金

63,333円×(90+60+20/90+60+20+100+20) ≒ 37,126円(56年3月まで)

63,333円×(90+85+20/90+85+20+100+20) ≒ 39,206円(56年4月以降)

(四) 上記(一)及び(二)の金額は相手方が負担すべき月額、(三)の金額は申立人が負担すべき月額である。

5 以上の生活費と経費との分担額の差し引き計算をすると、次のとおりになる。

(100,091円+972円+1,379円)-37,126円 = 65,316円(56年3月まで)

(111,670円+894円+1,270円)-39,206円 = 74,628円(56年4月以降)

四  ところで、労研方式によつて、相手方の負担すべき婚姻費用の月額を試算すると、以上のとおりとなるが、更に具体的な諸事情について検討するに、長男洋夫は成長期にあつて漸次出費が嵩む傾向にあり、長女由利子は未成熟子ではないとは言つても、未だ独立した生活を営むに至つておらず、同女について陰に陽に生活費を支出せざるを得ない状況にあると考えられるし、また、諸物価も一般に高騰の趨勢にあることなど諸般の事情を斟酌すると、上記試算額はこれを一割五分程度において修正するのが相当と思料される。しかして、婚姻費用については、支払義務者は請求権利者についてその必要性が具体化し顕在化したと認められる申立の時点に遡つてこれを分担するのが相当である。

以上のとおりとすれば、相手方は、申立人に対し、婚姻費用として、本件申立の月である昭和五五年九月から昭和五六年三月までは月額七五、〇〇〇円宛を、同年四月から申立人と相手方が別居を解消して同居生活をするに至るまで月額八五、〇〇〇円宛を分担し、毎月末日までに持参又は送金して支払をなすべきである。なお、支払期限が到来した分は即時に支払をなすべきである。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 諸富吉嗣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例