大阪家庭裁判所堺支部 平成24年(少)619号 決定 2012年6月19日
少年
A (平成10.○.○生)
主文
1 少年を医療少年院に送致する。
2 少年に対して強制的措置をとることは,これを許可しない。
理由
【ぐ犯保護事件について】
(非行事実)
少年は,a市立b中学校2年生であるが,小学1年生時にADHDと診断されて投薬治療を受け始めたものの,妹や他児童への暴力など粗暴行為が多いため,平成21年10月7日,自閉症児施設cに入所し,同月26日にはd病院思春期病棟に医療保護入院した。その後,c施設への再入所を経て,平成23年3月31日,情緒障害児短期治療施設eに入所したが,同年5月15日,職員から注意を受けたことにいらだち,自室の壁を殴って穴を開けたり,蛍光灯やベッドを壊したりし,同月22日にも,自分の欲求が通らないことから興奮状態になり,障子の木枠を外して障子紙を切り裂き,ガラス製のコップを割って床を破片だらけにし,同月23日,再びd病院思春期病棟に医療保護入院した。平成23年10月17日,e施設に戻ったが,その後も自室の壁やベッドを殴るなどの粗暴行為がみられ,同年11月17日には,2階にある自室の窓から,他の児童が遊んでいた屋外に向けて椅子を投げ落とした。それ以降も,壁を殴って穴を開けたり,自室を勝手に飛び出すなど職員の指示に従わない状態が続き,平成23年11月23日,一時保護の措置がとられた上,同月25日,f病院児童精神科に入院したが,同病院入院中にも,いらいらして壁を殴ったり,物を壊したり,他児童とけんかをして暴力に及んだりすることがあった。平成24年5月8日,同病院を退院して児童自立支援施設gに入所したが,g施設職員の指示に従わず,同月16日,頭を机にぶつけ,シャープペンシルで自らの手の甲を刺し,同月17日,トイレで自らの首をひもで絞めるなど,自傷行為を繰り返した。
このように,少年は,保護者である施設職員の正当な監督に服さず,自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖があり,その性格環境に照らして,将来,暴行,傷害,器物損壊等の罪を犯すおそれがある。
(補足説明)
少年は,平成23年11月17日に椅子を屋外に向けて投げ落とした際に他の児童はいなかった,などと事実の一部を否認するが,信用性を疑う事情が全く見当たらない情緒障害児短期治療施設e施設長作成の「児童の不適応行動について(報告)」と題する書面を中核とする関係証拠によれば,上記非行事実を優に認めることができる。
また,付添人は,少年に将来暴行,傷害の罪を犯すおそれがあるとは認められない,と主張する。確かに,少年の近時の問題行動は,物に対する粗暴行為や自傷行為が中心になってきているものの,少年が小学生時から人に対する暴力や人の身体に危害を加えかねない行為を繰り返していたことに加え,2年以上にわたる各施設や病院での指導や治療を経ても粗暴な傾向が収まっていないことを併せ考えると,少年にはなお暴行,傷害の罪を犯すおそれがあると認められる。
(法令の適用)
少年法3条1項3号イ,ニ
(処遇の理由)
本件は,少年が施設や病院を転々としながら粗暴行為や自傷行為を繰り返してきたことを中核とするぐ犯の事案である。
少年は,感情統制が利きにくく衝動性が高い上,承認欲求が強い一方で知的能力の制約もあって言語表現が苦手であることから,思いどおりにならないと粗暴行為や自傷行為によって自己表現を図りやすい,という性格,資質上の問題を抱えており,この問題が,少年のぐ犯行状に結びついているものと考えられる。そして,近時の少年の問題行動は,周囲の反応を見ながら自分の主張を通すための手段という意味合いが強くなってきており,本年5月のg施設における自傷行為は,居心地のよかったf病院に戻ることを企図したものである。少年の抱える問題は,生来的な能力や性質を基礎とし,不安定な成育環境によって醸成されてきたものであってその根が深く,改善が容易でない。少年においては,観護措置を経た現時点においても,粗暴行為や自傷行為を繰り返して施設職員等に多大の迷惑や心配をかけてきたことに対する内省は深まっていない。これまでの施設等における指導が効を奏さず,家庭の監護力も乏しいことなどを併せて考えると,社会内処遇による少年の立ち直りを期待することはできない。また,処遇機関の教育指導を受けて立ち直ろうという姿勢が少年に乏しいことに鑑みると,仮に,少年を強制的措置が行える児童自立支援施設に収容したとしても,一時的に逃亡や問題行動を抑えることができるにとどまり,問題の根本的な改善にはつながらないと考えられる。
以上によれば,少年を更生させ非行を繰り返させないようにするためには,少年を少年院に収容して長期間の綿密かつ系統的な矯正教育を施し,個別処遇を通して指導官との信頼関係を築き,自らの問題行動の責任を理解させて処遇に対する前向きな姿勢をもたせた上で,感情統制力や自己表現力を涵養するなどその抱える問題の改善に取り組ませていくほかない。なお,少年に対して投薬等の医療的措置を行う必要があるから,まずは少年を医療少年院に送致した上,医療的措置が終了した段階で,知的能力の問題に配慮された特殊教育課程を有する初等少年院に移送することが相当である。
なお,仮退院後の少年の生活を安定したものとするためには,少年の適切な帰住先を選定する必要があるから,別途その旨の環境調整命令を発することとする。
よって,少年法24条1項3号,少年審判規則37条1項を適用して主文第1項のとおり決定する。
【強制的措置許可申請事件について】
(申立ての趣旨及び理由の要旨)
少年は,平成24年5月8日に児童自立支援施設gに入所した後,職員の指示に従わず,自傷行為に及ぶなどしたもので,g施設入所前から粗暴行為や自傷行為等の問題行動を繰り返していたことをも踏まえると,少年につき児童福祉施設での開放処遇は困難であり,強制的措置をとることが必要であるから,その許可を求める。
(当裁判所の判断)
本件において,申請の理由にかかる少年のg施設入所前後の問題行動については,上記(非行事実)の項に記載のとおりこれを認定できるが,上記(処遇の理由)の項で説示したとおり,少年の抱える問題は,単に一時的な強制的措置で改善されるものではなく,少年院において矯正教育を施すべきものであるから,本申請を認める必要がない。
よって,少年に対して強制的措置をとることを許可しないこととし,主文第2項のとおり決定する。
(裁判官 松井修)
処遇勧告書<省略>
〔参考〕 環境調整命令書
平成24年6月19日
大阪保護観察所長殿
大阪家庭裁判所堺支部
裁判官 松井修
少年の環境調整に関する措置について
少年 A
年齢 平成10年○月○日生
職業 中学生
本籍 <省略>
住所 <省略>
当裁判所は,平成24年6月19日,上記少年について,医療少年院送致の決定をしましたが,下記のとおり,その環境調整に関する措置が特に必要であると考えますので,少年法24条2項,少年審判規則39条により,下記の措置をとられますよう要請いたします。
なお,詳細については,別添の決定書謄本並びに鑑別結果通知書及び少年調査票の各写しを参照してください。
記
1 必要な措置
少年の仮退院に際し,適切な帰住先を選定すること
2 措置が必要な理由
少年は,粗暴行為や自傷行為を繰り返し,小学5年生時から施設や病院で指導や治療を受けてきましたが,問題行動が収まらなかったため,今回,少年院に収容されることとなりました。少年においては,中学3年生時の仮退院が見込まれるところ,家庭をみるに,少年の母親は,将来的には少年を引き取りたいとの意思を持っていますが,覚せい剤精神病に罹患して通院治療を受けており,現状生活の維持が精一杯というのが実情であり,家庭への引き取りは困難な状況にあります。したがって,少年が,仮退院後,中学校に通学して安定した生活を送るためには,早期の段階から,収容先の少年院のほか,児童相談所を中心とした福祉機関との連携を積極的に取っていただいた上で,適切な帰住先を選定する必要があります。
以上