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大阪簡易裁判所 平成15年(ろ)377号 判決 2004年10月01日

主文

被告人を罰金40万円に処する。

その罰金を完納することができないときは、金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は、

第1  平成15年8月12日午後7時21分ころから同日午後7時26分ころまでの間、大阪市中央区<以下省略>大阪市高速電気軌道第6号線日本橋駅付近から同市<以下省略>同線天下茶屋駅付近までの間を進行中の天神橋筋六丁目駅発天下茶屋駅行き電車内において、乗客A(当時19年)に対し、右手で同女の臀部などを触り、もって、公衆の乗物において、人を著しくしゅう恥させ、かつ、不安を覚えさせるような方法で、衣服等の上から人の身体に触れ、

第2  同日午後8時17分ころ、同区<以下省略>大阪府西成警察署天下茶屋交番において、上記事実による大阪府公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反として逮捕されたことに立腹し、同交番出入口引き戸ガラスを足蹴り、よって、大阪府西成警察署長B管理に係る大阪府所有のガラス1枚(損害額5万3500円相当)を損壊し

たものである。

(証拠)省略

(事実認定の補足説明)

1  被告人は、大阪府公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反事件(以下「迷惑防止条例違反事件」という。)について、捜査段階において、最初は否認していたものの、その後自白するに至ったが、公判廷において、「私の手の甲が相手の足かどこかに当たっていたことは事実ですが、自分から触ったりはしていない。」旨供述して再び否認し、器物損壊事件について、交番のガラスを割ったことは認めるものの、その動機について、「逮捕されたことに腹が立ったからではなく、警察官がいきなり蹴ったり、首を絞めたり、ビンタをしたりし続けたので、やり返した。」旨供述し、弁護人も、迷惑防止条例違反事件について、「被告人の手が無意識のうちに被害者の身体に触れていた事実はあったものの、被害者からそのことを指摘されて以降は、被告人が被害者の身体に触れることはなかったもので、故意及び実行行為はなく無罪である。」旨、また、器物損壊事件について、「動機の点は否認する。」旨、それぞれ主張する。

2  迷惑防止条例違反事件について

(1)  本件は、目撃者など、本件の存在を裏付けるに足りる直接証拠はないから、その争点は、被害者A(以下「被害者」という。)の証言と被告人の供述のいずれが信用できるかという点である。そこで、以下検討する。

(2)  被害者証言の信用性について

ア 第2回公判調書中の被害者の供述部分の内容は、概ね次のとおりである。

<1> 被害に遭った日、友達と梅田で待ち合わせて梅田で午後6時過ぎころまで遊んだ後、地下鉄梅田駅から御堂筋線に乗り、本町駅で中央線に、堺筋本町駅で堺筋線に乗り換えて、天下茶屋駅まで行った。友人とは、本町駅で7時過ぎに別れた。堺筋線に乗り換えたとき、何両目だったか全く覚えていない。混み具合は、満員でもガラガラでもなく、立っている人も全くいないとは言えないが、目立たたない程度だった。堺筋本町駅で堺筋線に乗ったのは、友人と別れた時間から考えて、午後7時15分ころだったと思う。

<2> 目の前の扉が開いて、すぐ目線に入った左斜め前の席に座った。進行方向が右だったので、右側の席だった。そこは、一人座れるくらいのスペースだった。荷物は、かばんと紙袋1つで、自分の膝の上に2つとも置いた。私の右側には、サラリーマン風の新聞を読んでいる男性が座っていた。左側は、20代前半の男の人で、痴漢をした男の人だった。その男との座席の間隔は、20センチくらいすき間が空いていた。私は、座席に座って、すぐ携帯でメールを打ち始めた。

<3> メールを打ち終わった時に、左を見ると、私の左太ももの辺りに男の人の手があり、手の甲が上を向いた状態で、右手の小指辺りが私の太ももに触れていた。膝とお尻の間の太ももくらいだった。座席と太ももの間にちょうど挟まるような感じだった。触れた時に、相手の男の手は見ていない。最初は、手が、私の左太ももに触れている感じがした。座席と太ももの間に手が挟まるような格好で触れてきたという感覚を覚えた。

<4> それで、びっくりして、座り直すような格好で、新聞を読んでいる人の方に少し移動した。そういう動きをすることによって、相手が手を退けてくれるかなと思った。

<5> しかし、相手の手はそのままだった。その後、当初は小指が軽く擦れる程度だったのが、電車の揺れと同時に段々奥に入ってきて、薬指が私の太ももの下に入るくらいまで深くなってきた。そのとき、相手の男の手を見たが、手の甲が上だった。その後、相手の男の手は、段々私のお尻の方に上がってきた。その後、腰の辺りまで、背もたれとお尻に挟まるような格好になった。太ももの下からお尻を通って腰の方までいくまで、30秒くらいだったように思う。

<6> 私は、男が自分の意思でやっているとしか感じなかったので、「止めてください。」と相手の目を見て言った。そのときは、びっくりして、恥ずかしかったし、怖かった。相手の男は初めて見る人で、見ず知らずの男の人に触られるのは怖いです。

私は、1年くらい前、電車で、痴漢に遭ったことがあり、そのときは、怖くて何も言えなかったが、次に痴漢に遭ったら、絶対言ってやろうと思っていたので、勇気を振り絞って、そのときは言った。痴漢をする人は許せないと思っていた。

私は、普通に隣の人に聞こえるくらいの大きさで、「止めてください。」と言った。それに対して、相手の男は、大きい声でもなく、「はい。」と言った。私は、「止めてください。」と言ったことを理解した上で返事をしてくれたと思った。そのとき、男は、酒を飲んでいるようなことはなかったと思う。

そのとき男の顔を見たが、どんな表情をしていたか、覚えていない。「止めてください。」と言うのに必死で、そんな余裕はなかった。そういう返事があって、男は、私の腰の辺りまで回っていた手を退けてくれた。腰に触れていたのは、手の甲だった。それは確認した。

<7> 男が引いた手をどこに置いていたかは見ていないが、私が「止めてください。」と言うと、「はい。」と言って、私の身体から手を退けてくれたので、それはそれで終わったと思った。

<8> その後、携帯電話をまだ手に持っていたので、それを開いて、メールの続きをした。

<9> その後、いったん引っ込めた右手が再び私の左太ももに小指が触れるような感じで触れてきたのを見た。その時間は、天下茶屋に着くすぐ前だったので、10秒、20秒くらいだった。手の平は下を向いていた。

<10> それに対して、私は、「止めてください。」とは言っていない。もうすぐ電車が終点の天下茶屋駅に着くところだったので、天下茶屋駅に着いて、男が立つと同時くらいに、「一緒に降りてください。」と言った。男は、無言だったが、一緒に降りた。他の客が降りてから、男の方が先に降り、私はすぐ後ろについて降りた。駅員を呼ぼうと思って、駅員が車掌室から首を出したときに、私が手を挙げて気付いてくれるように合図した。それに気付いてくれた駅員が私の所に向かって来ている途中に、男が階段の方にふらふら行こうとしたので、私は男のシャツの後ろをつかんだ。男が着ていたのは、赤のコンバースのTシャツで、ズボンは薄い色の綿パンか何かだった。その後、駅員がやって来たので、「この人痴漢です。」と言った。その後、駅員と一緒に駅長室に行った。

<11> 駅長室に入ってから、駅の人が警察官を呼んでくれ、やって来た警察官に、「痴漢されました。」と説明した。その後、警察官と一緒に天下茶屋交番に行き、被害状況について説明した後、パトカーで西成警察署に行き、そこでも痴漢被害についてありのまま説明した。

イ 弁護人は、被害者の捜査段階の供述及び公判廷における証言の信用性を争い、被告人も最終陳述において、被害者の供述及び証言の食い違いを指摘し、その信用性を争う。

a まず、被害者が「止めてください。」と声をかけたときの被告人の手の位置及び「止めてください。」と声をかけた後の被告人の手の位置については、被告人が指摘するような食い違いが見られるが、被害者としては、同じ位置付近について説明していることが窺われるから、看過できないほどの食い違いとは言えず、したがって、信用性に影響を及ぼすもとは言えない。

ただ、被害者は、確かに、公判廷において、「やめてください。」と声をかけた後の被告人の手の位置について、「見ていない。」旨証言するが、それは、被害者は、「「止めてください。」と言ったところ、被告人が「はい。」と言って、被害者の身体から手を退けてくれたので、それはそれで終わったと思った。」旨証言していることから、被害者としては、それで安堵し、その直後の被告人の手の位置についてはそれほど強い印象として記憶されていなかったことが考えられるし、また、本件被害後約5箇月経過していることから、記憶が減退している点があったとしても無理からぬ面もあると言えるから、この点に食い違いがあるからといって、被害事実に関する被害者の証言の信用性に影響を及ぼすものとは言えない。

b 被害者が注意した後、被告人が再び手を伸ばして触りにきたという点については、被害者の警察官調書(検31)中の供述とその後の捜査段階での供述及び公判廷における証言には、被告人が指摘するような供述の食い違いが存する。

そこで検討すると、前記警察官調書(検31)中の、「最終的には、座席の背もたれから私のお尻の下に挟み込んできて、男の右手の甲で、私のお尻を撫でる様に触った。」(6頁)旨の供述については、空いている電車内(被害者は、向かいの人からも、被告人がお尻を触っているのが見えると思う旨証言している。)で、一度注意されて手を引っ込めた者が、大胆にも座席の背もたれからお尻の下に手を挟み込んできて、お尻を撫でるように触る行為をしたというのは、いかにも不自然であるから、読み聴けの際、被害者が勘違いしたのではないかとも考えられるが、一方、被害者は、前記警察官調書中で、被害感情及び処罰感情を強く示していることから、自己の体験以上に誇張したり、被告人に対し過度に不利益に供述する心理が働くことは十分に考えられることであり、同調書は、被害者が本件被害に遭って、自ら被告人を現行犯逮捕して警察官に引き渡した後、警察署で事情聴取を受けて作成されたことを考慮すると、前記の被害感情や処罰感情から、誇張して供述している疑いがあることは否定できない。いずれにしても、被害者は、公判廷において、弁護人の問に対し、「被告人の手は触れたままだった。」とか、「お尻の方に移動するとかはなかった。」旨明確に答えていることから、被害者のこの部分の供述は信用性に欠けるというほかない。

しかしながら、その他の被害事実に関する捜査段階における供述及び公判廷における証言は、概ね一貫した内容となっていることが認められるから、前記部分の供述記載があるからといって、信用性に影響を及ぼすものとは言えない。

c 電車の混み具合については、被告人が指摘するように、若干の食い違いが見られるが、この点は本件被害とは直接関係ない事柄であるから、被害者には強く印象づけられなかったことが考えられるし、その上、被害後約5箇月を経過していて記憶の減退も十分に考えられる。したがって、そのことが被害事実に関する被害者の証言の信用性に影響を及ぼすものとは考えられない。

ウ 以上の点を含めて検討すると、被害者の証言は、本件被害に至るまでの経緯、被害状況について、その内容自体は自然であり、特段不合理な点はないこと、捜査段階の供述とも概ね符合していること、弁護人の反対尋問に対しても、基本的部分において動揺は認められず、ほぼ一貫した供述をしていること、被害者は、被告人とは面識もなく、殊更虚偽の事実をでっち上げて訴えるような動機も考えにくいこと等に照らすと、被害者の証言には、高い信用性を認めることができる。

(3)  被告人供述の任意性及び信用性について

ア まず、弁護人は、被告人が逮捕時、駅員室、交番所において、警察官から不当な暴行を受け、次に、検察官から勾留請求前の取調べ時に、目の前の机を激しく叩かれてどう喝を受け、その影響を引きずったまま、警察官及び検察官の取調べを受けて、認めざるを得ない心理状態に追い込まれたのであるから、被告人の自白調書は任意性を欠く旨主張する。

しかしながら、被告人は、公判廷において、「交番で暴行を受けたり、検事に怒鳴られたりしたときは怖かったが、その時が去ってしまうと恐怖は全くなかった。西成警察署では、暴力とかは全く受けなかった。検察官も、立ち上がったときは、ひょっとしたら飛びかかってくるかもしれないとは思ったが、その後は、危害を加えられるとかは思っていなかった。認めた調書を作ったのは、親のことも心配だったが、認めて早く出たいからだった。そして、「好きにやってください。サインしますから。」という言い方をし、警察官の言い分でよいというふうに認めた。検事調べのときは、警察官の調書と食い違わないように、「こういうふうにやりました。」と自分から話した。」旨供述していることから、前記自白調書の任意性は十分に認められる。

イ 次に、弁護人は、被告人が自白に転じて以降の警察官調書については、取調べに当たった警察官C(以下「C警察官」という。)が被害者供述に合わせて提案した内容に対し、投げやりに、「それでいいです。」と応じていたものにすぎず、被告人自身が供述したものではなく、また、検察官調書については、C警察官から、話が食い違うと処理が進まない旨教え込まれ、早く出たいとの思いから、C警察官が作文した前記警察官調書の内容に合わせて供述したものにすぎず、信用性を欠く旨主張する。

a 被告人の捜査段階における供述内容は、概ね次のとおりである。

<1> 平成15年8月12日、私は、大阪の梅田で古本屋巡りをしようと、正午ころ自宅を出て、JR紀三井寺駅からJR天王寺駅まで電車で、その後地下鉄に乗り換えて梅田に来て、梅田の古本屋を2、3軒回り、その後、ぶらぶらと歩いていた。午後4時30分ころ、コンビニでぶどうの缶酎ハイを2本買った。私は、買った缶酎ハイを2本飲み、さらに古本屋を回った後、自宅に戻るため地下鉄の入口を探したが、なかなか見つからず、ようやく地下鉄扇町駅の出入口を見つけたときには、周囲は暗くなってきた。私は、自宅に戻るため、JR天王寺駅を目指そうと思い、扇町駅からでは動物園前駅で乗り換えることが分かり、切符を買った。

<2> 扇町駅で電車に乗ったが、座席も空いていたことから、私は、空いている座席に座った。

<3> 私は、お酒のせいもあって、両手を広げて座席の上に置いていたが、私の右手の小指付近が右隣に座っていた若い女性の太ももに当たっていたのが分かった。私は、その女性を見て、ムラムラとしたいやらしい気持ちが起こり、そのまま、右手を差し込んで、その女性のお尻を触ってやろうと考え、引き続き、私の右手の甲で、その女性の左太ももから潜らせて、お尻を触り、さらに腰付近まで触った。

このとき、私は、手のひらではなく、甲であれば、電車の揺れで偶然当たっただけだと、その女性が考えると思った。

<4> 私が、その女性のお尻の柔らかい感触などを楽しんでいたところ、その女性から、「やめてください。」と言われたことから、私は、驚いて、咄嗟に、「はい。」と言って、一旦、自分の手を引っ込めたが、その女性の柔らかい太ももなどの感触を楽しみたいという自分勝手な気持ちが抑えられず、再び、私の右手をその女性の左太ももまで伸ばして私の右手小指甲部分でその女性の左太ももを触った。

<5> このように、私がその女性に触るのに夢中になっていたため、気づいたときには天下茶屋駅まで乗り過ごしてしまった。

<6> 私は、電車を降りようと、席を立って出入口へ向かったところ、私が触っていた女性から、「一緒に来てください。」と言われ、私を痴漢の現行犯人として警察に突き出すことが分かった。

<7> 私は、やって来た駅員と駅員室へ行き、しばらくすると警察官が来て、警察官と天下茶屋交番へ行った。

<8> 私は、警察沙汰になってしまったことから、自暴自棄になってしまい、交番の中で暴れて、警察官を蹴飛ばしたりした。そして、警察官に制圧されたものの、気がおさまらず、交番の出入口引き戸ガラスを割ってやろうと考え、右足でガラスを蹴ったところ、ガラスが割れた。

b そこで検討すると、<1>前記の供述内容には、特段不合理、不自然な点は認められないこと、<2>その供述中、被告人が体験した事実を述べている部分は、取調官が勝手に作文できるようなものではないこと、<3>被告人の警察官調書(検19)添付の「私が電車内で痴漢行為をした時の見取図」と被害者の警察官調書(検31)添付の「私が痴漢にあった時の電車内の図」を対比すると、被告人と被害者が座っていた位置について、かなりの相違が認められるところ、被告人は、C警察官にその位置を指示されて作成した旨公判廷において供述するが、C警察官は、前記被告人の警察官調書を作成する以前に、被害者の前記警察官調書を読んでおり、その上で被害者立会いの実況見分も実施していることから、C警察官がその後被告人の事情聴取の際に、これと異なる位置を指示するのは不自然であることに照らすと、被告人の供述は不合理であること、<4>被告人が自供するに至った心境についても、特段不自然、不合理な点はないこと、<5>被害者の証言とも概ね符合していること等に照らすと、前記捜査段階における供述は、十分に信用性が認められるというべきである。

ウ 次に、被告人の公判廷における供述の概要(地下鉄扇町駅で電車に乗り込んで以降について)は、次のとおりである。

<1> 電車に乗った時は酔っていたので、空いていたかどうか覚えていない。どういうきっかけで座ったとか、いつ座ったとかも覚えていない。座るまで電車内でどのように過ごしたかも分からない。

<2> 座ってからもちょっと記憶がないが、女の人に「やめてください。」か「当たっています。」と言われたときに意識がはっきりした。その時点までは覚えていない。何に対してやめてくださいと言っているのか、手を引っ込めた時に、当たっているような感触がして、それですぐ理解した。僕の手の甲か指先か、多分右手の甲だったと思うが、女の人の多分太ももくらいに当たっていた。女の人は、右側に座っていた。

「やめてください。」と言ったことに対して、咄嗟に「はい。」と言った。「やめてください。」とは、普通に言われたと思う。そんなに大声は出していなかった。そのとき、相手は怒っていたように感じた。

「やめてください。」と声をかけられた後、なぜ声をかけられたのか分からなかったので、目の前のガラスで相手の顔とかを観察していたら、僕の方の横を見て、顔を覗き込むようにじっとしていた。それで、恥ずかしかったので、身体を縮めて手の平を両膝に置いて窮屈な姿勢でずっと居た。

手の甲か指先辺りが相手の太ももあたりに当たって居たかもしれないが、それは意識的ではなかった。

<3> 天下茶屋駅に着いてから、相手がじっと覗き込んでいたので、恥ずかしくて、しばらく動けずに座席に座っていた。わざと当てていたみたいな雰囲気が表れていたのを感じて、いやだなど思いつつ座っていた。立ち上がったら捕まるか声をかけられるような気がして、先に降りてくれないかなと思って、じっと座っていた。なかなか降りてくれずにじっと座っていたので、僕から先に電車の出入口に向かった。

<4> そしたら、すぐ後ろから、「一緒に来てください。」と言われ、痴漢に間違われているとすぐに理解できて、ちょっとショックで呆然とした。

<5> 駅のホームに降りたときは、我に返っていた。相手は、駅員を呼んでいたが、私は、駅員が来る途中から酔ったふりをしていた。最初に酔ったふりをしようとしたのは、相手が駅員を呼んでいる途中で、目の前のエレベーターに乗っている人たちが、扉が開いた状態で、僕の方をじっと見ていたので、その視線が気になって、かなり恥ずかしかったからである。

<6> 駅員が来てからも、酔ったふりを続けた。それは、一旦酔ったふりをしていたら、途中で我に返ったら何か悪いと思ったからだった。その後、駅員から名前とか住所を聞かれたと思う、ずっと酔ったふりをして、適当なことを言っていた。駅員に対し、痴漢をしていないと説明はしていない。一旦酔ったふりをしてしまったので、そういうことを思いつかなかった。

<7> 駅員室にいるとき、警察が来るなり、いきなり「何しとんじゃコラ。」とか言われ、すぐに手を出してきた。皆が見ている前で椅子を蹴りに来たりして、そのことは多分皆見ていると思う。痴漢のことを尋ねられるより先に、いきなり椅子を蹴りに来たり、胸ぐらを掴みにきたり、先に手を出してきた。平手打ちをいきなりしにきたりした。それに対して、ちょっと驚いたが、酔ったふりとかしていて、黙っていた。キレてる様子で、名前を聞いたり、痴漢行為について質問をしたりということは全くなかったと思う。

駅で、住居や名前を聞かれたが、酔っているふりをしていて、ひたすら適当に答えたと思う。

咄嗟に酔った行動をしてしまって、痴漢をしていないと説明しようとかいう気持ちは起こらなかった。

<8> その後、警察官に交番に連れて行かれた。その時どう答えたか、動揺していて内容ははっきりとは覚えていない。いろんな質問に対して、酔っているふりをして、適当に答えていた。

<9> 交番に連れて行かれて、警察官にすぐに殴る、蹴る、胸ぐらを掴むということをされた。扉のドアを閉めて、外から見えないようにして、警察官が、いきなり平手打ちをしにきたりした。胸ぐらを掴んだり、脇の方も掴んだり、壁に押しつけたり、ビンタとかいろいろしてきた。

私は、相手の腕を掴んで首をできるだけ絞められないようにとかはしたが、やり返しはしていない。

複数の警察官から暴行を受けたことは、最後の時点ではあった。ガラスを割って、その後掴みかかってきた警察官を蹴りに行った後、身体の力を抜いて抵抗しないという態度を示して、抵抗しなくなったところを、2人で乗られてきた。私はうつぶせだった。僕に蹴られた人が、コラコラと言いなから頭を踏みにきたりした。

<10> ガラスを割ったり、暴力を振るってきた警察官に蹴り返そうとしたのは、警察官の態度が、いきなり叩きにきたこととかを誤魔化すと思って、卑怯だと思って、ガラスを蹴る時に少し迷ったが、しばらく考えてから割った。何で割ったということになり、警察官に叩かれたからと言えると思ったからである。誤魔化しが効かないと思ったからやった。先に叩いてきたこととか、内輪でもみ消すと思って、証拠とかを残そうと思って割った。

<11> 交番を出てから、西成警察署に行った。西成警察署では、酔ったふりはやめていた。

翌日は、C警察官が担当になって取調べがあり、私は、「やってない。」と答えていた。検察官の所にいった時も、「やってない。」と答えていた。

<12> 最初の10日間の勾留が終わる直前、留置場の生活が苦しくて、早く出たいと考えていた。認めた調書を作った理由は、親のことも心配だったが、認めて早く出たいからだった。親のことも、面会にきた時に、ちょっと老けたような雰囲気がしたので、心配していた。

認めた後は、具体的にその時の状況を供述したのではなくて、C警察官の言うとおりに合わせていった。写真撮影も、自分から指示したのではなくて、言われるとおりにした。器物損壊事件の調書も、「もう好きに書いてください。」と言った。これも警察の方から話があって、「それで良いです。」と言っていた。

<13> 略式を受け取った時に金額を見て、なんでこんなん払わないけないんだという怒りがこみ上げてきて、正式裁判をしようと考えた。

エ そこで検討すると、<1>「やめてください。」と言われたとき、「手を引っ込めた時に、当たっている感触がして、それですぐ理解できた。」旨の供述をする一方、「なぜ声をかけられたのか分からなかった。」旨の供述もしていて食い違いが見られること、<2>「一緒に来てください。」と言われ、「痴漢に間違われているとすぐに理解できて、ちょっとショックで呆然とした。」旨供述するが、「ちょっとショックだった。」というのも不可解な心理状態であるが、その後駅のホームに降りてから「酔ったふりをしていた。」とか、「一旦酔ったふりをしていたら、途中で我に返ったら何か悪いと思った。」というのも不自然であること、<3>痴漢をしていないのであれば、その旨の主張をするのが通常であるのに、その主張を全くせず、「痴漢をしていないと説明しようとかいうことを思いつかなかった。」とか、「咄嗟に酔った行動をとってしまって、痴漢をしていないと説明しようとかいう気持は起こらなかった。」というのも不合理であること、<4>警察官が駅員室で、被害者や駅員のいる前で、事情も聞かずにいきなり暴行を加えたというのも不自然であること、<5>自白調書の作成経過についても、被告人自身の体験や心理状態についての記載は、被告人が供述しなければ作成できない事項であり、それを警察官の言うとおりに合わせていったというのも不合理であること、以上の点を総合すると、被告人の公判廷における供述は、信用性が低いというべきである。

(4)  以上検討したとおり、被害者の証言は信用性が高いと認められのに対し、被告人の公判廷における供述は、不自然、不合理な点があるから、これらの供述部分は信用することができない。一方、被告人の捜査段階の自白調書は、信用性が高いというべきである。

そうすると、被害者の証言とこれと符合する被告人の自白調書及びその他の関係証拠を総合すると、被告人が本件痴漢行為に及んだことは優に認めることができる。

3  器物損壊事件について

被告人は、交番のガラスを割ったことは認めるものの、その動機について、「逮捕されたことに腹が立ったからではなく、警察官がいきなり蹴ったり、首を絞めたり、ビンタをしたりし続けたので、やり返した。」旨供述し、弁護人も動機の点を否認する旨主張するので、以下検討する。

(1)  弁護人は、被告人の警察官調書3通(検20(第2項のみ)ないし22)及び検察官調書(検23)についても、その任意性及び信用性を争う。

まず、任意性については、前記2(3)アに述べた理由から、その任意性は十分に認められる。

次に、信用性については、被告人は、公判廷で、前記2(3)ウのとおり(本件に関する部分は、<8>ないし<10>、<12>)供述しており、それによると、「交番に連れて行かれて、すぐ殴る、蹴る、胸ぐらを掴むということをされた。」というのも不自然であるが、「「ガラスを割ったのは、警察官がいきなり叩きにきたことを誤魔化すと思って、卑怯だと思って」とか、「内輪でもみ消すと思って、証拠とかを残そうと思って」割った。」旨の供述も、極めて不合理というべきであって、到底信用することはできない。

これに対し、被告人は、捜査段階で、「痴漢行為により逮捕されたことに腹を立て、天下茶屋交番の出入口引き戸ガラスを蹴飛ばして割った。」、「私は、警察沙汰になってしまったことから、自暴自棄になってしまい、交番の中で暴れて、警察官を蹴飛ばしたりした。それで、警察官に制圧されたものの、気がおさまらず、交番の出入口引き戸ガラスを割ってやろうと考え、右足でガラスを蹴ったところ、ガラスが割れた。」旨供述しているところ(検23)、<1>被告人は、痴漢行為をして現行犯逮捕され、駅員室に連れて行かれて、そこで駅員に事情を聞かれた際、まともに答えることもしなかったこと(駅助役Dは、その態度から、知的障害者かと感じた旨供述している(検6)。)、<2>その後やって来た警察官が被告人に対し、「椅子から立ちなさい。」とかなり説得しても、被告人は、だだをこねて立ち上がろうとしなかったことから、その警察官が被告人の腕を抱え上げて駅長室を出て行った旨、同助役が供述していること(検6)、<3>同助役が、その後天下茶屋交番に行くと、同交番の取調室のような部屋で、警察官と並んで立っていて、その警察官が盛んに男に対して、「取りあえず座れ。」と説得しているのを見ており、その際、男は同人の目を見て、「叩かれた、叩かれた。」と言って、手で頬を叩くような仕草をしていたこと、<4>被告人が公判廷で、掴みかかってきた警察官を蹴りに行ったりした旨供述していること、以上の諸点に、被告人が痴漢行為の後、天下茶屋駅で、被害者に「一緒に降りてください。」と声をかけられて駅のホームに降りてから、酔ったふりをし続けた旨の公判供述を併せ考慮すると、現行犯逮捕後の被告人の行動には、何か意図的なものが感じられる。そして、前記捜査段階の各供述は、その点について具体的に述べており、特段不合理な点も見いだせない。したがって、十分に信用性が認められるというべきである。

そうすると、器物損壊事件は、動機の点も含め、優に認めることができる。

(法令の適用)

罰条

判示第1の事実について

大阪府公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和37年大阪府条例第44号)11条1項2号、6条1号

判示第2の事実について

刑法261条

刑種の選択    いずれも罰金刑選択

併合罪の処理   刑法45条前段、48条2項

労役場留置    刑法18条

訴訟費用の負担  刑事訴訟法181条1項本文

(量刑の理由)

本件は、電車内で、隣に座った被害者に痴漢行為を働いた上、現行犯逮捕されて連行された交番の出入口引き戸ガラスを蹴って割った事案である。

被告人は、被害者の羞恥心を無視し、更に逮捕されたことに立腹して、それぞれ犯行に及んでおり、その動機は自己中心的で酌量の余地はない。犯行態様も、痴漢行為は執拗であり、器物損壊事件も、自ら警察官に暴行を加え、それを制圧しようとした警察官の行為を不当として交番内で暴れ、警察官に両脇を抱えられるや腹立ちまぎれにガラスを蹴って割ったもので悪質であること、被告人に反省の情が薄いことに照らすと、被告人の刑事責任は決して軽いとは言えない。

しかしながら、ガラスの損害については、被告人の母親が既に弁償して被害が回復していること、被告人に前科前歴がないこと、被告人が23歳の若年であること等、被告人に有利に考慮すべき事情もあるので、これらを総合考慮して、主文のとおり量刑した。

(求刑 罰金50万円)

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